艦これ/龍の巫女と少年と……   作:エス氏

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第壱話

あの子と最後に会ったのは、もう何時の事だったか………もう記憶の中にしか見いだせない、幼馴染の女の子………

 

 

―かん、むす……?―

―おとーさまが、ひなにそのししつがあるって言ってた……おねーちゃんも、せーちゃんのおじいちゃんも、言ってたもん―

 

もうすっかり薄れてしまった遠い記憶。その向こうで、幼い男の子と、もっと幼く見える女の子が話している………

 

 

 

―でも……せーちゃんとは、もう会えないって……………ひなだけ、お引っ越しするんだって……いってた………―

 

よく見れば、女の子の肩が心なしか震えている。

男の子も、涙を堪えているような食い縛った顔で女の子を見つめていた。

 

―もう、会えない……?―

―うん………―

たった一言。それでも、女の子の言った言葉は鉛みたいにズン……と重苦しい感じがした。

 

―……かんむすになったらね、『てーとく』って人たちといっしょに海をまもるの……『しんかいせいかん』をいーーっぱい壊さないといけないの……だから、せーちゃんとはもう、会えないんだ………―

本当は、女の子も納得していないんだろう……だけど、小さい子供に何ができる?親の決め事にすら抵抗できないのに、一時の我儘をまかり通せるわけがない。

 

 

きっと、もう会えなくなる………

 

 

 

 

しかし………

 

 

 

 

本当に、それでいいの?

 

 

 

 

 

 

 

無理だと分かっていても、そう叫ばずにいられない。

 

 

初めてお互いを友達と認め合った掛け替えのない存在を、こんな簡単に失いたくはない――――――――

 

 

 

 

 

―なら……ぼくが『てーとく』になるよ!―

 

 

 

気が付いた時、男の子はそう呟いていた。

 

 

 

―ぼくが『てーとく』になる……ひなちゃんが『かんむす』になるなら、ぼくが『てーとく』になって一緒に戦う……それならずっと一緒にいられるよ!約束しよう!―

男の子が徐に左手の小指を突きだす。その手はもう、震えていなかった。

―せー、ちゃん……?―

女の子は一瞬キョトンとしたが、やがて覚悟を決めたように口元を綻ばせた。そして、男の子の指に自分の小指を絡ませる。

 

 

 

 

 

 

―約束……うん、約束!!せーちゃんとひな、『かんむす』になってもずーーーーっと忘れないよ―――――!―

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん……?」

身体を揺らす微かな振動が、青年を微睡みから呼び覚ます。

 

「……ここは………そうか、もうじき名古屋なんだね」

何気なく窓から外を覗き込むと、遠くの方に陸地らしき影がかすかに見える。現在、船は紀伊半島沖を通過中の様だ。

これまで6年間過ごしてきた江田島を出発し、呉の軍港でこの客船に乗ってから今日で2日目。予定通りいけば、昼ごろには名古屋の軍港に到着する筈だ。

 

空は程よい晴れ模様。カンカン照りでも曇りでもない、穏やかな日の光が、山口 誠太郎の意識を鮮明に覚醒させていく。

それは、彼にとっては何処か新鮮な感覚さえさせるものであった。

 

 

 

 

誠太郎はこれから、住み慣れた呉を離れ、瀬戸内海を超えて名古屋まで行かなければならない。足繁く通った広島市の平和公園にも別れを告げ、近所や同級生達にも別れの挨拶は済ませた。既にあちらに引っ越し用の荷物は送っておいたが、後は自分が行くだけ。

そこで新生活を始めるのだ。

 

着いてからは忙しくなりそうな予感がしたが、元々夜遅くまで夜更かしして眠れなかったこともあり、何もしないこの状況は非常に心地良く思えるものだった。

 

 

慣れてきた心地良さは、安らぎと共に眠気すら運んでくる。

何時の間にか、誠太郎の瞼も少しずつ下がって来ていた。

(まだ、時間はあるか……向こうに着くまで、もう一眠りしようかな)

そう思いながら、彼の意識は少しずつ微睡にとろけていった。

 

 

 

ジリリリリリリリ!!!!!!

 

船内に突然、甲高い音が鳴り響くまで。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『それ』は、今この瞬間まで水底に鎮座していた。

 

太陽の光が差し込む海中。その下にある薄暗い岩礁地帯にいた何かは、ふと何かに気付いた。魚やクジラとは明らかに異なる、機械のように規則正しく水を掻きわける音……

それが大型船のスクリュー音だと確信した瞬間、潜んでいた何かは行動開始していた。

 

 

狙うはあの船……あれを海の藻屑と化し、その命を残さず喰らってやる―――――――!!

 

 

 

 

 

「何だ!?」

警報が鳴った瞬間、今まで纏わりついていた微睡は霧散し、張り詰めた空気が船内に充満する。

この空気が何なのか、誠太郎は知っていた。

(この緊迫感……船が狙われているのか!?)

あの時―――――自分の乗った船を海の藻屑に変え、両親やたくさんの乗客を海に引きずり込んだ忌まわしき存在―――――その時、初めて目の当たりにした敵――――『深海棲艦』の姿。

あの冷たい目をした海生生物の様な異形の姿は、忘れられるものではない。

 

その怪物によって海に消えていった両親の断末魔も――――――――

 

 

 

「くっ!」

軽やかなフットワークで部屋を飛び出した誠太郎は、駆け足で部屋を飛び出す。そしてブリッジへと足を進めていった。

 

 

 

 

 

同時刻、渥美半島南西70キロ海域

 

「ったく、哨戒任務がやっと終わりそうだってのに深海棲艦が出るなんて……!」

「帰り際のれでぃーにいきなりスクランブルかけるなんて、あのクソ提督もムチャクチャするわ!」

「まぁまぁ……緊急事態なんだ、近くを通ってる僕達に頼むのは自然な流れたと思うよ―――――あの提督にしてはね」

海上を進む一群の影。

それは重厚な装備を身に纏い、海を守る為に戦い続ける乙女達―――――――艦娘である。

 

彼女達は今、哨戒任務の最中に受けた緊急出撃命令を受けて急行している最中だった。

 

先頭を進むのは、緑の着物を纏い背中に矢筒を背負ったツインテールの少女。そして、右肩と右手に砲塔を付けたセーラー服の小柄な少女。

その背後からは背中に大きな砲塔を背負った少女2人が追従し、互いに目で合図しながら進行する。

そして最後尾を進むのは、緋色の着物と栗色のボブカットが似合う長身の少女であった。

 

「『飛龍』!準備は良い?」

先頭を行く緑の着物の少女が、最後尾の少女に振り向いて言い放つ。

「あ、ハイ!自分はオッケーだよ」

飛龍と呼ばれた少女は、先頭の空母艦『蒼龍』からの問いに一拍遅れて答えた。

「『暁』ちゃんは客船の先導、最寄りの港へのアプローチよろしく。『山城』さんと『時雨』ちゃんは砲撃支援で暁ちゃんをサポートして」

「わかった!」

「上等よ」

『山城』『時雨』と呼ばれた2人は、飛龍の問いかけに頷いて答える。

「そんでもって……敵は私と飛龍の航空機隊で仕留める!」

手早く作戦を確認した一同は、即座に行動に入っていた。

 

 

 

 

 

『皆様、ご安心ください!この船は絶対安全です。係員の指示に従って、各自冷静に行動して下さい』

船内に流れるアナウンス。しかし、突然の出来事に誰もついていけない。

不安と恐怖の入り混じった空気が船内に充満していた。

 

 

(この空気は……まずい、このままだとパニックになる!)

張り詰めた緊張の中で混乱が起きることは、最も避けたい事態。誠太郎も、その状況が作り出す恐怖をよく理解していた。

逃げ場のない海上でそんな事になれば、船内は暴動状態になる。海に飛び込んで溺れる者だって出てくる。そうなった時の被害は計り知れない。

 

だが……こんな時にこそ、経験からくる判断は重要なファクターとなる。

現役の海軍高官である祖父から良く聞かされていた事だが、目の当たりにするとその恐ろしさは嫌でも伝わってくる。

 

 

 

しかし、焦って行動してはいけない。

冷静に状況を分析し、その中から最良の方法を見つけ出す……それが最善の方法だ。

杞憂で済めばそれが一番だが、もし本当に深海棲艦が狙ってるのだとしたら……下手に動いては危険だ。

 

 

 

「あ、あれは!!」

途端に、外を見張っていた船員が声を上げて後ずさる。深海棲艦が視界に現れたのだ。

歪な魚や鯨の様な、もしくは深海魚を思わせる様な独特のフォルム………明らかに魚類の類ではない。

 

 

現れたのは、『駆逐イ級』と呼ばれるものだった。下級の深海棲艦ではあるが、艦娘でもない通常の船舶にとっては恐ろしい脅威となる。ましてや非武装で足も遅い客船など、連中にとっては格好の餌食(カモ)だ。

 

それが3隻、まっすぐに船へと向かってきていた。

 

 

 

 

 

しかし、それと同時に―――――――

 

 

ドガガガガガッ!!

何かが破裂するような音が響き、大型船に迫っていたサメの様な頭が次々に弾けて吹っ飛んでいく。同時に、海上を無数のトンボの様な影が横切っていった。

 

「あれは……!?」

誠太郎の視界に映ったそれは、旧日本軍の零戦をミニチュア化したような戦闘機の形状をしていた。これが今、眼前の深海棲艦を叩いたのか……!

 

そして、こんな代物を運用できるとしたら――――――近くに艦娘がいる。それも恐らく空母級が2人はいるだろう。

 

 

 

 

彼の推測は当たっていた。

 

一瞬遅れて、海の彼方から人の様な影が幾つも現れたからだ。

 

 

 

 

 

 

「こちら名古屋軍港基地所属、暁型駆逐艦、『暁』よ!そこの客船さん、応答して!!!」

先頭を進む暁が、無線で客船に呼び掛ける。

『こちら客船『横浜丸』、援護に感謝する!』

客船からは、狼狽しつつも力強い応答が聞こえた。とりあえず、間に合った様だ。

 

「良かったぁ……そ、それじゃあ最寄りの港へエスコートするわ。私について来て」

一先ず胸を撫で下ろした暁は、すかさず客船に向けて指示を出した。そして先導する様に前に出る。

 

「こちら暁。山城さん、時雨さん、アプローチ成功よ♪」

とりあえずコンタクトは上手くいったらしい。襲ってきた深海棲艦も、飛龍と蒼龍の航空機体で撃破された様だし、後はこのまま船を港に着ければ仕事はおしまいだ。

 

 

 

 

「ふぅ、とりあえず終わったね」

「一時は間に合わないかと思ったけど、良かった良かった」

客船の後方についた飛龍と蒼龍は、一仕事終えて帰ってきた艦載機を出迎えていた。

今回の敵はイ級3体と少々物足りない気もしていたが、客船に被害が無くて何よりである。とりあえずは鎮守府で待つ提督にもいい報告が出来そうだ。

「それじゃ帰ろっか、蒼りゅ――――――――ッ!!!!」

何気なく蒼龍の方に振り返る飛龍。そのまま軽い台詞で締めくくろうとした……瞬間、その表情が凍り付いていた。

 

 

ガガガガガガガ!!!!

 

青い着物に緋色の影が覆い被さった途端、上空から不吉な破裂音が鳴り響いていた。

 

 

 

 

 

「あれは!?」

「蒼龍達の方向から!?」

暁と共に客船を先導していた山城、時雨は、背後からの不吉な音に素早く反応する。

すると、彼方から飛来するゴマ粒の様なものが視界に入ってきた。

「深海棲艦の戦闘機!?」

ほんの6機ではあったが、あの歪なフォルムは間違いない。空母級から発進した深海の艦載機だ。

しかも、2機は腹に何やら黒光りする物体を吊るしている。爆弾だ!

 

「くそっ、飛龍!蒼龍ーーーーーーーー!」

時雨が粟を食って跳び出し、山城が援護射撃とばかりに砲撃を空に放つ。

「時雨は2人のところへ!ここは私が引き受けるから、暁ちゃんも客船を連れて早く離脱しなさい!!」

背後から山城の声が聞こえた時には、時雨は全速力で飛龍達のところに向かっていた。

 

 

 

一方、展開していた敵は砲撃につられたのか、何機かが山城に向かって迫って来ていた。

(これでいい……出来るだけ多く引き付ければ、後は皆が何とかしてくれる――――――せめて仲間とあの船の人達は守らないと!!)

 

どのみち、艦娘として海に出た以上、海で死すならば本望………そうでなくても、姉共々『不幸姉妹』だの『欠陥戦艦』と揶揄されていた自分がここまでやってのけたのだ。

それだけでも十分………後はきっと、皆が自分の遺志を引き継いでくれる―――――――

 

 

沈黙を破るかのように通信機が鳴ったのは、ちょうどその時だった。

 

 

 

 

「ぅ、ぐぅ……い、痛い………痛いよぅ」

飛龍の右足は、焼け火箸を喰らった様に焼け爛れている。傍から見ても重傷と思われた。おまけに甲板も穴だらけ、これでは艦載機の発進は難しいだろう。

「飛龍!飛龍ッ!!」

一方、助けられた蒼龍は悲痛な声で彼女に呼び掛ける。

「あ、ぁはは……ごめんねぇ、ちょいと無茶してコケちゃった。てへッ」

本当は痛くて悲鳴すら上げられない筈なのに、それでも心配をかけまいとわざと笑顔を作って笑いかける。

 

「こんな無茶をして……沈んじゃオシマイなのにぃ――――――」

苦痛に苛まれながらも無理に笑顔を作って笑みを浮かべる飛龍。蒼龍は傷付いた友を気遣うしか出来なかった。

そんな彼女達を嘲笑う様に、敵の航空機が2人の真上に接近する。そのまま爆弾を落として一網打尽にするつもりだ。

 

 

『2人とも、伏せるんだッ!!!』

繋ぎっぱなしにしていた通信機から鋭い声が聞こえたのは、ちょうどその時だった。

その瞬間、

 

グワッ!!!

爆弾を落とそうとした敵機が、突然飛来した砲撃に貫かれて四散していた。

 

「飛龍~~~蒼龍~~~~~!!!」

その声と共に現れたのは、時雨だった。背中の2門の砲塔が硝煙を上げている。

「「時雨(ちゃん)!?」」

 

 

 

 

 

 

同時刻、

 

「間一髪……だったわね。山城さん」

「ええ、グッドタイミングよ。流石、レディは伊達じゃないわね」

幾つもの砲塔で対空砲火を行う山城。その横で援護射撃を行うのは、暁。山城だけを狙っていた敵機の側面を突き、クリーンヒットをかましてやったばかりだ。

「トーゼンよッ――――――だけど……あの指示がなかったら、ホントにどうなってたかわかんないわ」

 

 

数分前、船を先導して離脱しようとしていた暁は不意に別の通信を受け取った。発信元は客船の救難チャンネル、どうやら船員の誰かが呼び掛けているらしい。

 

そして応じたところ、思いがけない言葉が暁の耳朶を撃っていた。

 

『こっちの先導は後回しで良い。それより直ちに後方の戦艦のもとへ向かってくれ』

 

 

聞いた時には何を言ってるのかと疑ったが、あそこで駆けつけなければ山城は集中砲火に晒されてただでは済まなかっただろう。誰だか知らないが、先見の明に長けた人物らしい。

 

「暁ちゃん、残りの敵を掃討したらすぐさま蒼龍達のところに向かうわ。ついてきてちょうだいね」

「了解よッ!!」

 

 

 

 

その頃……

 

 

「し、時雨ちゃん、どうして此処に?」

突然現れた時雨に、飛龍は素っ頓狂な顔で問い掛ける。

 

「いや、僕もわかんないんだけどね……急に客船から貴女達のところに向かって欲しいって言われたんだ。ちょうどそっちに行くところだったんだけどね」

そう言いながらも砲撃の手は緩めない。上空にいる敵の航空機は次々に時雨の餌食となっていく。

 

「何処の誰だか知らないけど………ま、一応感謝しときますか」

 

程無くして、最後の1機が反転して戦場から離脱していく。

それに合わせて、海の彼方から今度は別の何かがちらっと見え始めた。

 

 

「あれは……軽母ヌ級!?」

 

 

飛龍と蒼龍には、それが何なのかすぐに分かった。先程襲ってきた敵機の母艦に間違いない。

 

 

 

顎のある歪なクラゲを思わせる異形の形状は、確か「ヌ級」。深海棲艦の軽空母だった筈。

それが2体、こちらに向かって口を開けていた。

 

同時に、その中から複数の影が勢いよく飛び出してくる。新しい敵機のようだ。

 

 

『聞こえるか、そこの艦娘達……今出せる航空機は幾つ残っている?』

それと同時に、開きっぱなしの回線から飛龍、蒼龍、時雨の耳に新たな声が入ってきた。先程の回線と同じ声だった。

 

 

 

「ぁ……あんた、一体何者………?」

思わずそう返してしまう蒼龍。しかし、そうこうしているうちに敵機の第2陣が次第に近づいてくる。

 

「ッ!」

射程距離外ではあったが、すかさず時雨が構えた。が、そこに再び回線が開く。

 

『時間がない、分かる範囲で良いから教えてくれないか……今動かせる飛行機は幾つ残ってる?』

 

 

 

 

 

 

何だコイツ、この非常時に何を言ってるの……?

 

蒼龍にとって、此度の通信の時は、正直うざったいという気持ちしかなかった。

「……21型零戦が4機、99式艦爆が3機、97式艦攻はもう2機しかないわ。飛龍の甲板だってもう使えない……何処の誰か知らないけど、こんなのでどうするって言うの!?」

イライラした口調で、蒼龍が回線に応じた。こんな寡兵を投入したところで、十数機はある敵機とどう戦えばいいのか……闇雲に出撃させても、こちらの機体を使い潰すだけだ。

 

 

しかし、次に放たれた指示を聞いて、3人は思わず目を見開いていた。

「え……!?」

 

 

 

 

「バカ言わないでよッ!そんな無謀な作戦、出来るわけないでしょうが!!」

驚いたのは蒼龍だけではない。飛龍達に合流しようとした山城、暁も同じく回線を聞いていた。

その仔細を聞き、山城が声を荒げる。

「あんた、誰だか知らないけどいい加減に―――――」

『無茶は承知の上だ!けど、何もしないと君達は死ぬ!君達の仲間も、船の人達も、死ぬ危険がグンと上がる!それでもいいのか!?』

心なしか、その声は切羽詰まっている様に聞こえた。だが、その声色には強い気迫が込められており、飛龍も山城も否応なくそれを感じざるを得なかった。

 

 

『………申し訳ない、君達にこんな危険な真似を強要してしまって―――――だけど、全員生きて帰れる可能性が少しでもあるなら、僕はそれに賭けてみたい。だから一度でいい、君達の力を貸して貰いたい―――――!!』

 

 

 

 

「飛龍、蒼龍、山城………みんなはどうするの?」

 

突然の申し出に文句を言いあぐねていた蒼龍と山城。

そこに波紋を投げかけたのは、思いがけない人物だった。

 

「時雨……」

時雨もオープンになった回線を通じて、その海域にいる艦娘全員に声が聞こえるように話しかけていた。

「まぁ……聞いた限りじゃ、僕も正直危険だと思う。荒唐無稽もいいところだよ……霧島さんだったら、絶対こんな危険な手は使わないね」

イライラし始めた蒼龍や山城に比べて、彼女は冷静に言葉を紡ぐ。

「でも、ここでこうして待ってたって危険なのは同じだと思うよ……ていうか、このまま手をこまねいたせいで船が危険にさらされたら、それこそ本末転倒じゃないかな――――――それならいっそ、一矢報いてから倒れても悪くない気がする。最悪、船を逃がす暇くらいは稼げるよ」

「暁もやるわよ!」

今度は、山城に随伴して直進する暁が彼女に呼応する様に答える。

「こいつらを突破しなきゃいけないっていうんなら、れでぃーの誇りに賭けて絶対に負けられないわねッ!!」

 

「暁ちゃん……って、マジ?こんな成功する保証もないのをわざわざ―――――」

「危険よ、こんなことをしたって返り討ちに遭うだけじゃないの~~~~、暁ちゃんも時雨ももうちょっと冷静に考えて―――――――」

やる気を見せている時雨と暁。これに対して蒼龍と山城はどうもいまひとつ納得できていないらしい。

 

 

 

 

そうこうしているうちに、山城と暁も何時の間にか飛龍達のもとまで接近してきた。

 

「来たね、2人とも………まぁ乗りかかった船だし、ここまで来たら僕もひと暴れさせて貰うよ」

 

 

「時雨……あんたも何ムキになってんのよ、こんなのやったって――――――」

「そうだよ、飛龍だって負傷してるのに、こんなのムチャクチャじゃない―――――」

しかし、なおも抗議しようとする2人の口は振り向いた瞬間に閉ざされていた。

 

 

「山城さん、蒼龍………わ、たしも………」

彼女達の視界に入ったのは、焼け爛れた足を震わせながら必死で立ち上がろうとする緋色の着物の艦娘の姿………

 

「わ、たしも……私も、賭けてみるよ。貴方の作戦――――――ううん、やらせて下さい!」

 

 

その躯体は硝煙と傷口から滲み出る鮮血で痛々しく見えた。

しかし……全員を見据える彼女の双眸は、並ならぬ決意を称える様に煌めいている――――そう感じさせる強さすら覚えるものであった。

 

 

 

 

 

軽母ヌ級は、眼前数キロ先に見える客船めがけてゆっくりと前進する。

少数の艦娘が必死の抵抗を見せている様だが、それさえ排除すれば後はこちらのものだ。やはり十数機の航空機による対艦攻撃は効果的に敵の戦闘力を奪っている。

だが、相手は艦娘。そう簡単に轟沈してくれるとは限らない。先程より若干数を減らした航空機の数が、それを如実に物語っている。

 

 

 

上等だ。

 

ならば、今度は二度と浮かんで来れない様に爆撃で粉微塵にしてくれる。

そう呟くようにヌ級の頭部から、大型の黒い筒をぶら下げた航空機が数機、爆音を立てて発進しようとしていた。

 

 

 

 

 

だが……ヌ級の余裕は不意に消し飛ばされた。

突然の爆発音と衝撃波が海域に鳴り響いたのだ。

 

 

 

 

 

「もぅ……こんな無茶、マジでやる気!?」

雁行陣状に展開した零戦4機の編隊の真下に立ちながら、蒼龍は悪態を尽く。

「無茶も何も、ここまで来たら乗りかかった船だよ!飛龍も山城も見す見すやらせるわけにはいかないしねッ!!」

「それに、あのクソ提督に指示されるよりはマシだわ!この際乗ってやろうじゃない♪」

彼女の前を走るのは、時雨と暁。こちらは蒼龍と対照的に、既に覚悟を決めたように真正面を見据えていた。

暁に至っては、寧ろ何処か楽しげでもある。

 

 

「とにかく全速前進!さっきの手筈通りに展開するよ!!!」(時雨)

「オッケー♪れでぃーの底力、見せてあげるわ!」(暁)

「ったく、誰だか知らないけど後で覚えときなさいよッ」(蒼龍)

 

 

『手持ちの零戦4機を突撃編隊にして、空母と駆逐艦2人による3人1組で突撃する。但し攻撃は零戦による露払いに限定し、艦娘はこの段階では手出しをしない………そのまま敵の攻撃を避けつつ、全速力で敵陣を突き抜けて貰う』

 

 

客船の謎の人物から言い渡されたのは、この一件意味不明な指示だった。

幸い、零戦は弾薬も増槽にも余裕があり、ある程度の作戦行動は可能な状態だ。

 

だが、眼前の敵に一発も攻撃せず、尚且つ一発も被弾せず回避しながら通過する……というのは、思っていた以上に骨が折れるものだった。

 

 

一方、零戦4機は雁行陣を維持しながら敵機の群れ、特に重装の攻撃機を狙って落としていく。相手側は突然現れた敵に即座に対応できず、ルート上にいる敵は次々に墜落していった。

 

 

 

そうこうしているうちに、ヌ級まで残り500メートルの位置まで3人は歩を進めつつあった。

 

「うわ、ホントにここまで来ちゃった……って、次!次の作戦よ!」

 

 

 

 

 

軽母ヌ級は予想外の反撃に内心で驚いていた。

 

当初は艦娘達もお目当ての客船も、双方確実に鎮めるため、持ち駒の航空機の多くを爆撃装備に換装して出撃させた。なのに、まさか相手が戦闘機と対空砲火を引っ提げて突撃してくるなど想定していなかった。

 

絨毯爆撃のつもりで密集させたのが裏目に出た。自分の持ち駒達は、零戦や駆逐艦娘の反撃に虚を突かれて次々にすり減らされていく。

それでも、数の有利は変わらない。態勢を立て直しさえすれば、逆にこっちからすり潰してやる。

この程度に戦鬼や姫の手を煩わせることもない。

 

 

 

だから、艦娘達の意図など知らない。読み取るまでも無いと思っていた。

 

 

 

しかし………それはヌ級にとって、致命的なミスだった。

 

 

 

 

 

「行くわよ時雨、暁ちゃんも準備いい?」

「いつでもいい、行けるよ」

「それならチャッチャと始めましょうよ」

 

最後尾を行く蒼龍が指を鳴らしたその瞬間――――――暁と時雨が、不意に左右へと逸れたのであった。そして、蒼龍だけは猛然とヌ級に突進していく。

 

「っけぇーーーーーーッ!!!!」

ヌ級の周囲に残る爆撃機が慌てて爆弾を投下しようとするが、全力疾走する蒼龍には当たらない。寧ろ、後ろに落ちた爆弾の爆風が追い風となり、蒼龍をますます加速させていく。

 

 

 

 

 

そして――――――

 

 

 

一瞬の交錯の後、蒼龍はヌ級の側面を悠々とすり抜けていった。同時に、零戦4機がその上を飛び越えて彼女のところへ戻っていく。

一方、敵艦の真後ろを取った蒼龍は、直ちに次の行動に入っていた。間髪入れずに矢をつがえ、キリキリと引き絞る。

 

その頃、側面に逸れた暁と時雨も既に所定の位置についていた。ヌ級を中心に、直角二等辺三角形の三点を形成する形で敵部隊を取り囲んだ奇妙な陣形だった。

 

 

 

 

 

 

最初、ヌ級には艦娘達の意図は理解できなかった。

この奇妙な布陣……確かに背後や左右に逸れる動きはある程度抑えられるだろう。だが、自分達の前方はがら空きのままだ。

一角を崩すまでも無い。正面から抜け出してしまえば逆にこちらが主導権を握れるではないか。

 

 

 

 

そう考えたのか、すぐさまヌ級は前進しようとする。

 

 

だが……途端に、前進しようとした航空機の半数がいきなり爆炎に飲み込まれていた―――――――!!!!

 

 

 

同時に、ヌ級のギョロッとした両眼が前方にいる何かを捉える。

 

 

 

いつの間に前進していたのだろうか………そこには、前方に幾つもの砲塔を向ける人影が、そして、彼女に肩を支えられている緋色の着物の少女が悠然と佇んでいたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「全員、配置についたみたいね。これでいいのかしら?」

緋色の少女を支えつつ、砲門を前方に向けている戦艦娘―山城―は、繋ぎっぱなしにしていた回線越しに問い掛ける。

一方、支えられていた少女―飛龍―も、ゆっくりと自分の足で海面を踏みしめて弓をつがえた。矢を握った左手がキリキリと弦をしならせていく。

 

 

 

『ああ、バッチリだ……総員、全砲門開け(フルファイア)ッ!!!!』

 

 

 

 

 

 

艦娘達が取った作戦、それはマニュアルには載っていない、ある種の無謀な賭けでもあった。

 

 

 

 

 

機動力の残っている蒼龍と暁、時雨を航空機の密集する敵陣に突撃させ、直前で敵全体を取り囲むような形に配置する。そして残った前方に、山城と飛龍を向かわせて包囲、殲滅する。先程の回線越しの人物が即興で立てたのが、このような作戦だった。

 

 

蒼龍には残存の零戦と97式艦攻を託して敵空母の背後に回って貰い、敵艦が後退しないように道を塞いでもらう。そして配置と同時に、飛龍と山城で前方を塞げば、敵は行き場を失って立ち往生せざるをえない。

 

その一瞬のチャンスに賭け、最大の攻撃で敵に確実なダメージを与える。

 

 

 

急場凌ぎの無茶な作戦。真っ当な戦術指揮官なら恐らくこんな危険は冒さないだろう。

だが、不意を突かれたヌ級と敵航空機群は艦娘達の動きを把握できず、気付いた時には絶好のタイミングで包囲網が完成してしまったのであった。

 

そこから先は、艦娘達の独壇場だった。

 

 

山城と時雨、暁の対空砲が爆弾を搭載した敵機を次々に吹っ飛ばし、蒼龍の放った97式艦攻がヌ級に小さくとも確実なダメージを与えていく。やがて、敵はヌ級2隻を残して全て落とされてしまっていた。

 

「今よ、飛龍!」

「ブッ飛ばしちゃえ!」

 

 

そして最後の一手を放つのは―――――――

 

 

「行きます……99艦爆、全機発進ッ!!!!」

 

山城が合図を送った瞬間、飛龍の指が矢を解き放つ。たった1本のそれは、瞬時に3機の99式艦爆に変貌。傷付いた2隻の敵に猛然と突き進むと、大型の黒い物体を同時に投下した。

 

その黒い物体は重力に吸い寄せられるように敵の頭に向かって落ちていく。そして―――――

 

 

 

グワッ!!!!

 

次の瞬間には、大きな爆炎となって敵を飲み込んで膨張。轟音と大きな水柱を噴き上げて四散していった。

 

 

 

 

 

 

「敵の艦影……なし!やったよ、みんな!」

水柱が消えた直後、油断なく水面を見張っていた時雨が安堵した様に声を上げた。

「大成功!大成功だわ!」

暁もこの報を聞き、小躍りする様にくるくる水面を回り出す。

 

「す、凄い……ホントに、勝っちゃった」

蒼龍は目の前の出来事が信じられないといった驚きの表情で先程まで敵がいた海域を……そして、件の人物が乗っているであろう客船を見つめていた。

 

 

『ありがとう、大成功みたいだね』

そんな彼女の意識を引き戻す様に、回線からその人物の声が聞こえた。

「え、えぇ!ご覧の通り、完全にブッ飛ばしてあげたわ」

ちょっと声が上擦ってしまったが、蒼龍は件の人物に強気に応対する。

『そうか……君達の活躍に感謝する、ありがとう』

回線越しに帰ってきたのは、素直な感謝の言葉。未だに顔も名前も知らない奴のものだが、こうして言われる分には悪い気はしない。

「とっ、当然よ。あんまり艦娘を甘く見ないで欲しいわ―――――――って、そんな事より私達の仲間……正規空母の飛龍って言うんだけど………あの子、さっきの爆撃で足怪我しちゃってるのよ。感謝するっていうんなら、あの子をそっちに乗せてあげたら?」

『勿論そのつもりだ。彼女をこちらに連れて来れるかい?』

そして、蒼龍が提示した条件にも向こうはアッサリと応じてくれた。

 

『今からそちらに迎えが来る。船と一緒に君達も海域から離脱した方がいい』

 

 

 

 

数分後、一隻の脱出用モーターボートが飛龍達の方向に近づいてくるのが見えた。

 

 

 

 

 

「あ、あはは……ゴメンね蒼龍。なんか1人だけズルしちゃって」

ボートに乗せられた飛龍は、そのまま客船に収容されて一緒に港へ行くことになった。といっても、いくら怪我しているとはいえ1人だけ特別扱いされている様な感じは否めない。

「なーに言ってんのよ、怪我人なんだから無茶しないの」

「そうだよ、提督には僕達が言っておくから、飛龍は港に着くまで休憩してていいよ」

 

が、勿論それでも自分が中破、航行困難である事に変わりはない。

ここは山城と時雨の言う通り、短時間でもインターバルを取っておくのがベストなのだろう………

 

「それに、さっきの指示出してた人、どんな顔なのかも気にならない?あの船に乗ってるんでしょ?」

そこに、暁もこっそり耳打ちしてくる。

「う、うん……それもそうだね」

 

 

先程の声……初めて聞く筈の声なのに、何故だろう………こんなにも頼もしいって思えるのは………

少なくとも、自分達の提督や時々査察にやってくる憲兵さん達とは全然違う、信頼したくなるような、そんな響きすら感じられる………

 

 

それだけ興味を持てる人、どういう人物像なのか、確かに関心は湧いてくるものだ。

 

 

 

やがて、艦娘達の前にボートが到着する。そこに待機していた数名の船員に促され、飛龍は船へと入っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

12年前、とある神社の境内で―――――

 

 

―私の孫の『誠太郎』だ。さ、ご挨拶しなさい―

 

初めて出会った時の彼は、どこか儚くて壊れてしまいそうな感じの男の子だった………

 

 

―は、はじめ、まして………や、ま…ぐち、せぃたろぅ………で、す………っ―

 

 

 

 

うちの近くに引っ越してきた将校さんのおじいちゃん。その人が連れてきた、私よりちょっと年上のお孫さん……

お父さんとお母さんを海の事故で亡くして、おじいちゃんと2人きりで引っ越してきたって、お姉ちゃんから聞いた事は覚えてる………

 

 

最初は頑なで1人きりのときが多かったけど、私とお姉ちゃんはよく彼と一緒にいる事が多くなった。といっても、引っ込み思案でいつも泣いたり怯えたりしていて、最初はどう接していいのか解らなかったっけ。

何もわからないままぶつかって、一緒に泣いて、怖がって……そのうち一緒に笑ったり怒ったりできる様にまでなっていって………

とにかくそんなかんじで、次第に男の子も私達に対しては心を開くようになっていった………

 

 

 

そんな時間が2年くらい続いた、秋のある日………

 

 

 

 

―かん、むす……???―

―そうだ。君にはその適性が見受けられる……もしよければ、我が海軍の為に君の力を貸して貰えんだろうか?―

 

突然、うちの神社にやってきたおじいちゃんは、私の目を見て言った。

 

 

私には『艦娘』としての適性がある。

それを長い時間をかけて起こしていき、やがて艦娘として覚醒し、ゆくゆくは共に海軍として戦ってほしい。

 

でも、そのためには……私はこの家を出て、同じ子達と一緒の施設に移らなきゃいけない。

家族とだって、ずっと会えないかもしれない………

 

 

もし艦娘となる意思があるのなら、今から親元を離れて訓練機関に入らなきゃいけないんだって……

 

 

 

お父様とお母様は名誉な事だって喜んでたけど、お姉ちゃんとおじいちゃんは何だか辛そうに俯いてて……その時は、凄いと思える気持ちと寂しい気持ちが混ぜこぜになって、どんな顔していいのか解らなかった。

 

お父様とお母様が喜んでくれるなら、やってみたい……でも、あの子ともう二度と会えなくなるかもしれない………

 

 

 

―誠太郎、鳥居のところにいるって……あいつに、あんたからお別れ言ってやんな―

今にも涙がこぼれそうな顔で見つめるお姉ちゃんに背中をポンッと叩かれ、私は夢中で彼のところに走っていった。

 

 

 

 

 

そのときは、まだ知らなかった。

 

彼と私が、ある1つの約束を交わす事になるなんて、この時は全然思ってなかった…………

 

 

 

 

 

 

 

  ――――ひなちゃんが『かんむす』になるなら、ぼくが『てーとく』になって一緒に戦う―――――!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

現在

 

 

 

ボートから客船へと引き寄せてくれたのは、飛龍より少し年上っぽく見える長身の青年だった。

短く切り揃えた黒髪と灰色がかった大人しそうな瞳が似合う彼は、飛龍を見つめると真っ直ぐに彼女の目を見つめて―――――そして、次の瞬間には少し驚いたように表情を揺らげてしまっていた。

 

 

 

「君は……」

 

だが、驚いたのは彼だけではない。

 

 

「ぁ……貴方は――――――!?」

彼と対面した飛龍もまた、負けず劣らずの驚愕を顔に浮かび上がらせて立ち止まっていたのだ……!

 

 

その面差しは、飛龍の記憶の中に存在する彼とよく似ている……ように見えた。

 

少女の姿は、青年の記憶に残る幼馴染の姿によく似ていた……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「君は―――――――――――ひな、ちゃん???」

 

 

 

 

 

 

 

 

「ウソ――――――――――せいちゃん……貴方、せいちゃんだよね!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だが、一目見た瞬間に確信した。

 

 

 

 

目の前にいる人物は――――――――つい先ほど、一緒に戦っていた者は――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

遠い思い出の中にいた、掛け替えのない存在だという事に―――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

横須賀 海軍総司令部 通称「赤レンガ」

 

 

 

「紀伊半島沖に、深海の勢力が……?」

昼の陽気が照り付ける廊下で、老人はその報告を受けていた。

「はい、参謀長。軽母2隻を中心とした小規模のものでしたが……その海域を客船が通っていたために、哨戒中の艦娘達が駆け付け、撃退した模様です」

老人の傍らにつくのは、海軍の女性士官服を纏った女性。焦げ茶色の長髪をポニーテールに纏め上げ、片手には室内に似つかわしくない赤い和傘を下げている。

その女性はもう片方の手に握った報告書を静かに読み上げていた。

「その辺りは名古屋軍港基地の管轄であったな……黛大尉の艦隊か?」

「いえ、報告によれば……此度の対応に当たったのは戦艦山城、駆逐艦の時雨、暁、それから二航戦の蒼龍と飛龍だそうです」

女性は、少し驚いた様子で報告を行う。参謀長と呼ばれた老人も、思わず嘆息していた。

 

「あの磯部中佐の艦隊か……意外だな」

 

参謀長の知る限り、その男は中佐でありながら評判はよろしくない。現場にほとんど出てこないで常に安全な司令室で無茶な指揮を出してくる。

そのうえ作戦伝達も一方的で、作戦内容そのものも杜撰な指揮が多い。そのため、艦娘からの評判は軒並み最悪と言われていた。

 

(そんな男がこの緊急事態に的確な指揮を執ったというのか……だとしたら、評価を改めるべきなのか―――――)

にわかには信じられないが、だとしたらこれまでの評判、評価も改めねばならない。

 

 

「それが……指揮を執ったのは磯部中佐ではないみたいです。偶々乗り合わせていた中尉が暫定的に指揮を執って撃退した……と、時雨からの報告です」

「何だと?」

 

 

 

それから数時間後……

 

「全く……あ奴め、あれほど軽率な行動は慎めと言っただろうが。着任してもおらんのにはしゃぎおって」

詳細な報告を受け取った参謀長は、執務室の机に突っ伏して盛大な溜息をついていた。その手に持った報告書には、端正な顔立ちの青年の写真が写っている。

「……まぁ、ともあれ被害を出さなかったのは良しとしよう。軍令部総長にも一応報告しておいてくれ」

 

「まさか、彼だったとは……これは面白い事になりそうですね」

一方、ポニーテールの女性……大本営直属、主力艦隊の総旗艦『大和』は、参謀長とは対照的に微笑ましげな表情でその写真の青年を見つめていた。

 

 

 

 

 

(立派な提督になる……か―――――強くなったわね、誠太郎ちゃん)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

かつて、幼い子供達が小さな約束を交わした………

 

その約束は12年の時を経ても色褪せる事無く、少年と女の子の心の中で静かに生き続けていた………

 

 

 

 

そして、時を経て2人が邂逅する瞬間とき―――――――

 

 

 

子供達の思い出は、再び動き出していく―――――――――!!!




PIXIVで投稿している「艦隊これくしょん」の二次創作を、この度初挑戦をかねて投稿してみました。
艦これのゲーム自体は経験なく、知識は全て書籍類から得たものとなります……が、もし差支えなかったら、是非とも読んで貰いたいと思っています。

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