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『き、き、き、来ましたー! ビスコッティの勇者、シンクによる一騎打ちの申し出! もしもこれをガレット勇者、ソウヤが受ければ勇者同士による一騎打ちとなります! これは前代未聞! 勿論私も見たことがありません! そして、おそらく両国の国民にもこの戦いを見たい人は数多く存在するでしょう! さあ、ガレット勇者の返答は如何に!?』
白熱する実況とは対照的にソウヤは冷たい視線をシンクに向けていた。
「ま、待てシンク!」
「ごめんガウル、これだけは口を挟まないでほしい。僕はソウヤさんの答えが聞きたいんだ」
硬い表情を崩さず、そしてソウヤから視線を外さず、シンクははっきりとそう告げる。
「……俺もお前も異世界人、俺達がぶつかれば最悪の場合どうなるか、お前はわかっているんだな?」
「勿論」
「言っておくが俺は手加減はしない。本気でいく。……この言葉が何を意味してるかもわかっているんだな?」
「わかってますよ」
「……そうか」
ソウヤが剣を抜き、背の矢筒と腰の鞘を外して弓と一緒に地面に落とした。そして切っ先をシンクへと向ける。
「……ガレット勇者、ソウヤ・ハヤマ、その一騎打ちの申し出、受けさせていただく!」
ウオオオオオッ! と兵が沸いた。ビスコッティもガレットも関係なく、勇者対勇者という通常では見ることの出来ない戦いに対する期待感で溢れていることが見て取れる。
「お、おいソウヤ!」
完全に戦う気の勇者に、ガウルは思わず声をかけていた。勇者対勇者、両国民が盛り上がるのはわかる。だが一歩間違えて、双方とも大ダメージを受ければそれが怪我に直結しかねない戦いだ。
確かにソウヤは以前と少し変わった、それはガウルもわかっている。だがだからといってこの戦いを両手放しで喜んで見物に回ることはまだ出来ない。
それはガウルの不安でもあった。ソウヤはまだシンクを敵としてみなし、フロニャルドの「戦」としてではなく、彼がいた世界での「戦」として戦うつもりではないのだろうか。だとするなら、この一騎打ちを容認することはしたくない。
「ガウ様、これは俺達の戦いだ。口出ししないでもらいたい」
「でもよ……!」
「……あいつはわかっている。あれは覚悟を決めた者の目だ。例え己が傷つくかもしれないとわかっていても、それでもこの戦いをやめる気はない者の目だ」
「そうは言うが……お前ここまでの攻砦戦で体力は随分消耗してるんじゃ……」
「……関係ありません」
「関係ないって……」
「この戦いは避けられない。……そして俺も避けるつもりはない。ガウ様にだってわかるでしょう?」
ソウヤの心は頑なだった。その様子にガウルはため息をこぼす。
「……わかった。もう言わねえ。お前に任せる」
「ありがとうございます」
依然として先の懸念に対して幾ばくかの不安はある。ソウヤ自身の消耗が激しいことに対する心配もある。だが、それでもガウルは信じてみようと思ったのだ。自身の姉が見込んで召喚したこの勇者を、そしてライバルとしてまた腕を上げ、その名にふさわしい存在となった隣国の勇者を。
まだ互いに一撃も交わしていない。しかし、この戦いはひょっとしたら後世にまで語り継がれる、勇者対勇者の名勝負になるかもしれない、という期待すらガウルは抱くようになっていた。不安がないわけではない。それでも、この2人の戦いを見てみたい。その思いに負け、結局ガウルは折れたのだった。
「へっ……そういや最初のダルキアンとの一騎打ちの時も、こうやってお前に譲ったんだっけな」
あの時みたいな戦い方だけはするなよ、と心の中で付け加えて、ガウルはソウヤから離れる。
そして、ゆっくりとソウヤがシンクの方へと歩く。攻めるには僅かに足りない程度の距離を残し、その足を止めた。
「……お前の目、命のやり取りをする覚悟は出来たみたいだな」
「そんなものは出来てないよ」
「何……?」
「フロニャルドの戦は明るく、楽しく、元気よく! だから、互いを傷つけあったりの殺し合いじゃないんだ」
「何と言おうと俺とお前は互いの身を賭ける戦いだ。場合によっては怪我をする、最悪の場合命を落とす。なら殺し合いとなんら変わらない」
「それは違うよ! ……ソウヤさん、本当はわかっているんでしょう? ソウヤさんは意地になってるだけだってことを!」
「意地だと……?」
「本当は皆と一緒に笑ったり、仲良くしたり、そういうことが楽しい事だって。そしてこの戦はそういうものだって、わかってるんでしょう?」
ギリッと思わずソウヤは奥歯を噛み締める。図星だ。彼自身そのことには薄々気づいている。だがこれまでそれを否定し続けてきた自分が、今更どうしろというのだろうか。
素直になれるなら当の昔にそうしている。だが心を閉ざしてからの6年という歳月は彼にとって長過ぎた。今ここでシンクの言ったことに首を縦に振ることは、その6年を否定しているとも思いかねない。だから彼は素直になれなかった、シンクの言ったとおり「意地になって」しまっていた。
「……黙れ」
自身の心に土足で入られてきたことに対して苛立ちを滲ませつつ、ソウヤは呻くようにそう吐き捨てた。しかしシンクはその様子に全く気づかないらしい。あくまで、自分の気持ちをソウヤに伝えたいと、畳み掛けるように口を開く。
「気づいているはずなのになんでそれを認めようとしないの? レオ様だってガウルだってジェノワーズの皆だって、ソウヤさんと本当はもっと仲良くしたいと思ってるはずなんだ!」
「黙れと言ってる!」
ソウヤが地を蹴って一気に間合いを詰め、力任せにシンクに剣を振り下ろす。しかしシンクはそれを長尺棒にさせているパラディオンの腹で受け止めた。
「黙らないよ! 仲良くなりたいって気持ちは僕も一緒だ!」
シンクがソウヤを力任せに押し返す。ソウヤが後方に跳び距離を離した。
「だから僕は、僕なりのやり方で、無理矢理にでもソウヤさんと仲良くなるって決めたんだ!」
シンクが追撃をかける。ソウヤの右手側から迫る水平な薙ぎ。ソウヤは剣をぶつけ、その腹で攻撃を受けつつ距離を詰める。
「勝手なことを!」
右足の上段回し蹴り。シンクはパラディオンを握っていた左手を離し、それを受ける。次いで右手でパラディオンを一旦引いて突き出す。ソウヤは左腕の手甲でそれを弾くと後ろへと飛び退き、その突きの間合いから逃れた。
(棒か……厄介だな)
少し熱くなってしまった自分を反省しつつ、ソウヤは相手の得物を見つめた。まずは冷静さを取り戻すことが先決、相手に乗せられては勝てる勝負も勝てない。一度深呼吸して呼吸を整える。
(こんなことなら剣道だけじゃなく他の武器の武道もやっておくんだったな……。ま、後悔しても始まらんが)
ない物ねだりをしても始まらない。そんなことを考えるぐらいならこの状況を打破する方法を考えた方が意義がある。相手は両手で扱うサイズの棒、つまり長柄物だ。リーチが長い武器は手元が弱い、というのがセオリーだとソウヤは考える。なら、懐に潜り込めば勝機はあるだろう。
考えをまとめ、足に紋章術を発動、加速力を高めてソウヤが飛び込む。
それに反応し、シンクが突きを出す。ソウヤの高い加速力によって相対的に数倍の速度を得た一撃だが、間一髪、ソウヤはそれを右によけた。が、その突き出された棒が横に振るわれる。
左手の剣でそれを受け止め、さらに前へ。踏み込みつつ、右の拳を固める。
だがシンクはパラディオンを手元に引き寄せると、背を通して反対側でソウヤの右肩を狙ってきた。棒術独特の予想不可能な動き。完全に意表を突かれた形のソウヤは相打ちの覚悟を決め、固めた右拳をシンクの脇腹へと打ち込んだ。
「ぐっ……!」
「うわっ……!」
シンクが数歩分あとずさる。だが攻撃を打とうとした矢先に右肩にぶつけられた一撃のせいで、予想よりも手応えが軽いとソウヤは感じていた。追撃をかけたいところだったが、予想外のダメージを受けたことで足を伸ばしきれない。
「いったぁ……。ある程度勢いは殺せたと思ったけけど……やっぱユッキーより一発が重いな……」
脇腹を押さえつつ、だがダメージはあまりなさそうにシンクが呟く。
「チッ……巨乳ちゃんまで協力してんのか……」
「ユッキーのこと? まあね」
「体術対策もしてきた、ってわけか。……だがそんな付け焼刃な方法で……」
足に紋章術を展開、ソウヤが地を蹴る。
「なんとかなると思うな!」
シンクのリーチを生かした攻撃がこない。変わりに相手を懐まで呼び込んだところで棒をスライド、持ち替えての下段からの攻撃を繰り出そうとする。
しかしソウヤはそれを右足で踏みつけて攻撃を止めると、そのままそこを軸に左足で上段後ろ回し蹴りを放つ。
シンクは上体を逸らして攻撃を交わし、抑えられていたパラディオンを力任せに引き抜くと、そのまま突きへと移行。
左手の剣でソウヤは攻撃をそらし、接近して右拳をシンクの顔面目掛けて伸ばした。
が、シンクは左手でその拳を払い、右足の前蹴りの姿勢に入る。すかさずソウヤも右足をその蹴りに合わせて直撃を避け、そのまま自然と距離が開く。
だがソウヤはすかさず距離を詰めなおし、シンクが体勢を整えるより早く踏み込んで、パラディオンの真ん中に剣を打ち込む。そして鍔迫り合いの密着体勢へ。
「ぃやあああ!」
均衡状態を破ったのはシンクだった。パラディオンを押し込んでソウヤの剣を跳ね除け、、さらに棒の右端で上段を狙う。
ソウヤは上体を逸らしてそれを避け、バランスを崩しながらも右の回し蹴りを上段へ放つ。
今度はパラディオンの左端でシンクはそれを受け止め、さらに先ほど攻撃を空振った右側でソウヤの軸足を刈り取ろうとする。
その攻撃をソウヤはアクロバティックにバク転でやりすごした。「マカーコ」と呼ばれるカポエイラ特有の動きだ。その着地と同時に体を半回転させつつ地に腰がつくほど重心を落とし、右かかとの足払いを放つ。が、それは飛び上がったシンクの足の下をかすめていく。だがソウヤはその勢いを殺さずさらに一回転、左手と左脚で体を支えたまま中段に右の後ろ回し蹴りを打ち込んだ。
しかしこれもシンクがパラディオンを縦に構えたことによって防がれる。ここで攻防が一旦止み、両者とも間合いを取った。
『こ、これが勇者同士の戦い! 目まぐるしいほどの攻防です! 互いに軽装ということもあり動きが速い! 目で追うのもやっと! なんという戦いでありましょうか!』
元々熱気は高かったギャラリーが実況によってさらに盛り上がる。そんなギャラリー同様、根っからの戦好きなシンクはやはり楽しそうな表情だったが、ソウヤもそれにつられてか、普段より表情が生き生きしてるようにも見えた。
『驚くべきは2人ともここまでほぼ紋章術らしい紋章術を使っていないということでしょう! 勇者ソウヤの方は移動力を増すために使用していることがあるようですが、それでもここまでほぼ2人の身体能力のみでの戦いです! それがほぼ互角! やはり期待は裏切らない、まさにこれぞ勇者対勇者!』
さらに煽ってくる実況にソウヤは内心苦笑を浮かべた。なるほど、どうやら傍から見るとこの戦いは互角に見えるらしい。しかし直接剣を合わせている彼の感想は全く異なっていた。
シンクは予想以上に強かった。いや、予想以上、では控えめな表現かもしれない。なぜなら、ソウヤは移動時以外にも回避と防御の際に時折身体能力を輝力によってカバーしていた。そうしなくては相手の速度についていけなかったからだ。
やはり噂どおりの天才少年だとソウヤは思う。自分よりも2つ年下だというのに既に身体能力は自分と互角以上、自分の間合いで戦わせてもらっているのに未だにソウヤはペースを掴めていない。それより何より、彼の戦うその姿、それこそが彼を天才せしめているのだろうとソウヤは気づき始めていた。
シンクの戦う姿は、華麗で、鮮烈で、そして見る者の目を惹きつける。
それが互いに剣を交わした人間ならなおさらだろう。事実、この戦いが始まる前に心に土足で踏み込まれた、と不快感を持っていたソウヤでさえ、その怒りを忘れ、むしろ感心しているほどでもあった。彼の剣は自身のそれとは異なり曇ってなどいない。清く澄み渡り、ただただ自分との「フロニャルドの戦」を目的として織り成される。
目の前の勇者は、かつて自分に忠告をしてきたエクレールやブリオッシュ同様、だが言葉ではなく戦でもって間違えた道を進むことを止めようとしている。ソウヤにはそれがわかってきていた。
しかし、だからといって「はいそうですか」と剣を収めるつもりは彼にはない。良くも悪くも彼は頑固であり意地っ張りだ。戦いは終わっていない。進んでいる道が間違えているか否か、それはこの戦いが終わった時に判断すればいいことである。
「やっぱり強いな、ソウヤさん」
そんな「天才」の勇者が声をかけてくる。ソウヤは思わず小さな笑みをこぼした。
自分が同じセリフを言えば皮肉の意味がこもるだろう。しかし彼は純粋にソウヤのことを賞賛している。
「……よく言う。相当俺の動きを研究してきやがったな」
「あ、わかる?」
わからないわけがあるか、と心の中でソウヤは呟く。彼の体術は空手をベースにしながらカポエイラを織り交ぜるという異色の我流スタイルだ。動きはトリッキーでアクロバティックなことが多い。これまでの戦いでも蹴りでは来ない、と思うような場面から蹴りに移行していることがあったわけだが、シンクはそれに対して大きく動揺するでもなく対処をしてきた。1度ブリオッシュ戦で見せている以上、そのとき側で見ていたユキカゼから事前情報を仕入れているのだろう。
「お前の間合いではリーチを生かした突きと薙ぎ、それを避けようと懐に潜り込めば今度は手元に戻して棒の両側による攻撃と防御、上段への徒手の攻撃に対する徒手の防御、さらに意表をついてるはずの蹴りまで初見で避ける……。ダルキアン卿に相当しごかれたようだな」
「体術はユッキーだけどね。足技が主体みたいだったから大陸を渡ってる時に聞いた武術を織り込んでみた、って言ってたよ」
やっぱりか、とソウヤが一つ息を吐く。疲労の色が滲んでいるのが自分でもわかる。どうやら長期戦は不利らしい。
「……いい師を持ったな」
「師であり、仲間であり、友達だよ。ソウヤさんも今度ダルキアン卿とユッキーに稽古をつけてもらうといいよ」
「仲良く、などという考えはない」
「……戦ってるときのソウヤさん、楽しそうなのに……」
「フン……」
ソウヤが剣を左手から効き手の右手へと持ち替える。
「……前言は撤回する。付け焼刃かと思ったがお前の体術対策はなかなかだ」
「ありがとう」
「……だが」
ソウヤの背後に2頭の獅子を模した、ガレットの紋章が鮮やかに輝き出す。
「紋章術……」
「……勝つのは俺だ」
「僕も負けないよ。その勝負、受けて立つ!」
シンクも背後に紋章を輝かせた。大きな羽を持つ2頭の竜が描かれた、美しく鮮やかなビスコッティの紋章。
『輝くはガレット紋章とビスコッティ紋章、そしてその前に立つのは互いの国の勇者! 勇者対勇者の戦いはいよいよクライマックス、互いの全てを賭けた紋章剣に移行する模様です! 果たして勝つのはどちらか!?』
興奮気味の実況と真逆、砦で2人の戦いを見ていた者たちは言葉を発せずただその様子を見つめていた。勝負は間違いなく次の一撃で決まる。誰もが目を逸らせず、その戦いの行く末を固唾を呑んで見守っていた。
その中心、勇者2人は武器を構える。奇しくも互いに得物を左脚の脇に構える同じ構え。
「俺の残りの輝力全てを叩き込んでやる……!」
「望むところ!」
ソウヤとシンク、両者の輝力が高まっていく。濃紺と橙、互いの輝力の光を纏い――。
眩いばかりの紋章を輝かせて、2人は同時に動いた。
「オーラブレードッ!」
「紋章剣! 裂空……」
「ダルキアンの技か! 2度は通じん!」
ソウヤがシンクの「裂空一文字」に合わせて濃紺の輝力を纏う剣を振るう。居合い抜きの要領の一撃だ、互いの獲物がぶつかり合う瞬間に最大輝力をぶつけて勢いを殺し切る。そこで押し切れればそれでよし、決め切れなかったら返す刃で決定打を放てばいい。
1度本家の技を目にしていた故にソウヤが立てた勝利への算段。だが、それが裏目だった。死角から現れたシンクの右手のパラディオンは棒状ではなく、一対の
「なっ……!」
「
右の剣がソウヤの剣を止める。さらに逆手に持った左手の剣が右の剣と重ねられ――。
ギィン! という金属のぶつかり合う音と共に、ソウヤの持っていた剣が中ほどから折れた。
さらにその斬撃はソウヤの身につけた甲冑も砕く。その衝撃にソウヤは僅かに後ろに仰け反るが、それでもその体に傷は付いていなかった。
信じられないというように折れた自分の剣を呆然と見つめつつ、ソウヤは口を開く。
「俺が……負けた……?」
視線がシンクの方へと移る。
「お前の今の技、あれはダルキアン卿の……」
シンクが首を横に振る。
「今のは『裂空十文字』。……ダルキアン卿の紋章剣を元にエクレが編み出したのを教えてもらった技なんだ」
「そうか、あの親衛隊長が言っていた技ってのはこれだったか……」
ソウヤが自分の体を触り、傷がないことを再確認する。
「……狙って切らなかったのか?」
「勿論。言ったでしょ、フロニャルドの戦は明るく、楽しく、元気よくだって」
「……そうか」
その口元が緩む。
「一度見たことのある技と思わせて別の技、そして武器と防具だけを破壊するように調整された力加減……。俺得意の騙し合いも、戦闘での技量も、全て上をいかれた、ってわけか……」
ソウヤが声を上げて笑う。今までのような皮肉めいた、あるいは自嘲めいた、そんな意味を全く含んでいないような笑いだった。
そしてそのまま地面に大の字に寝転がった。
満足だった。負けて満足したなど、彼にとって初めての経験だった。
強い相手に勝っても満足できなかった。心が満たされなかった。だから命を賭けた方が面白い、などと言った。しかし、それは違う。ソウヤが飢えていたものはただ強いだけの相手でも、自身の命を危険に晒して得る刺激でもない。
それは好敵手――すなわち、互いに全力でぶつかり合い、切磋琢磨しあうライバルだったのかもしれない。事実、今のソウヤは負けてなお満たされていた。相手の強さに感服したのもある。だがそれ以上に、ただひたすらに真っ直ぐな剣――互いに剣を交わしたものだけがわかるその感覚をソウヤが感じ取ったからかもしれない。
「……負けた。完敗だ。お前の強さに……それ以上にお前の素直すぎる心に」
「ソウヤさん……」
「実際に剣を交えてわかった。お前がこの世界を、この世界に住む人々を心から愛していること。……そして俺にフロニャルドの戦の楽しさを伝えようとしていること。……迷いのない真っ直ぐな剣だった。俺のように何もないものとは違う、羨ましいと思えるほどの、真っ直ぐな……」
「……僕はソウヤさんと友達になりたかっただけなんだ。悲しいこと、辛いこと、今までそんなことが一杯あったかもしれない。でも、ううん、だからこそ、これからは楽しいことが一杯になってほしい。そしてフロニャルドはそういう場所なんだってことを、僕は教えてあげたかったんだ。同じ世界から来た人間として、ビスコッティの勇者として、何よりションボリしている人を見過ごせない、ただのシンク・イズミとして」
「友達……か……」
ポツリとソウヤが呟く。
「……久しく考えもしなかった単語だ」
「ソウヤさん、僕の友達になってくれる?」
必要ないと思っていた。他人との係わり合いを避けるなら用のないものだと思っていた。だが今のソウヤは違った。純粋に、真っ直ぐにぶつかってきてくれたこの少年の言葉になら、耳を貸してもいいのかもしれない。信じることが出来るのかもしれない。
だったら、そうしてみるのも悪くない。そう、ソウヤは思った。「出会いで得るものは別れで失うものと等しいものではない」、その言葉を信じてみよう。
だからソウヤは、
「……ダメだな」
短くそう呟いた。一瞬期待を裏切られたような表情がシンクに浮かぶ。思ったとおりの反応だったのだろう、笑いを噛み殺しつつ、今度こそソウヤは期待通りの答えを返した。
「友人にさんづけってのは変だろ? ……ソウヤでいい」
そのソウヤの言葉にシンクの表情が見る見るうちに明るくなっていく。
「うん! わかったよ、ソウヤ!」
シンクが手を伸ばす。ソウヤはその友の手をがっちりと握り、体を起こした。
◇
『決着ー! ビスコッティの勇者、シンク・イズミとガレットの勇者、ソウヤ・ハヤマの勇者同士の戦いは勇者シンクの勝利となりましたー! しかし互いに素晴らしい戦い! そして何よりこの微笑ましい両者の健闘を称えあうような握手! ビスコッティとガレットの戦の歴史に名を残すような名勝負といっても過言ではないでしょう!』
なおも興奮冷めやらない様子の実況が続く。その様子が放送されていたロックフォール平原でも、兵達の誰もが戦の手を一旦休めて2人の戦いを見ており、そして今は見事な戦いを演じた2人に拍手を送っていた。
それは一騎討ち中だったレオとブリオッシュも例外ではなく、2人も勇者同士の戦いを見守っていた。
「やはり拙者達は少々心配しすぎていたようでござるな」
ブリオッシュのその言葉にレオも胸を撫で下ろしたように1つ息を吐いた。
「……シンクには後で礼を言わねばならんな」
「必要ないと思うでござるよ。あれは彼が自分から望んでやったことである故。……それよりレオ様、我らの戦い、続けるでござるか?」
レオの耳がピンと立つ。予想していない内容だったのだろう。
「それはどういう意味じゃダルキアン?」
「今ソウヤ殿は輝力を使いすぎの状態でござろう。おそらくこの後救護班に拾われると思われる。……レオ様としてはその時近くにいてあげたいのではござらんか?」
「なっ……! なぜワシが!?」
ブリオッシュが不思議そうに首をかしげる。
「レオ様はソウヤ殿の召喚主である故、そう思っただけでござるが……。特に他意はないでござるよ」
「な、なんじゃそういうことか……。確かにそう言われてみればその方がよいかもしれんな」
「この戦いは預けておくでござる。どうやら少しは考えも変わった様子、ゆっくり話す時間があってもいいでござろう。行ってさし上げてはいかがでござるか?」
レオは一瞬黙って考える。
「……では言葉に甘えるとするかの。すまんな、ダルキアン。1つ貸しじゃ」
「なんの、気になさらないで下され」
魔戦斧グランヴェールを肩に担ぐと、レオは愛騎ドーマへと飛び乗り、自陣へと引き返していく。
「よかったのですか、お館様?」
2人の戦いの様子を後方から見守っていたユキカゼがブリオッシュの元へと駆け寄り問いかける。
「確かにレオ様と戦うのは楽しみではあったが……まあ仕方のないことでござるよ。心ここにあらず、という具合だった故なあ」
「そうだったのですか?」
「自身の心を懸命に隠しているようではあったが……内心では相当にソウヤ殿のことを心配……いや、あるいはもっと他の感情があったようでござるよ」
「あんなのでも気にかけられるとは、レオ様はさすがでござるな」
「これこれユキカゼ」
主は困った顔を見せるが、臣下のユキカゼは済まし顔で聞き流している。
「まあ実際のところ拙者も心配はしていたでござるから、一安心でござる。……ユキカゼ、そなたもなんだかんだで気にかけてはいたのでござろう?」
「……確かに親を失った、ということでは拙者に似た境遇だったし、シンクや姫様、他の方々の協力をしたいという心はあったでござる。……でも拙者のことをあんな呼び方で呼ぶ以上、個人的に好きにはなれないでありますよ」
「はは、ユキカゼもそういう自分に正直になれないところはエクレールに似てきたでござるかなあ」
「な!? 拙者はいつだって自分に正直でござる!」
愉快そうに笑うブリオッシュに対してユキカゼが懸命に反論している。
と、そこに作戦の連絡を取り持つ騎士がセルクルを寄せてきた。
「ダルキアン卿!」
「おお、作戦の変更でござるか?」
「はい! ダルキアン卿揮下の3番隊は本陣手前まで後退、シトロン砦の動きに注意されたし、とのことです」
「シトロン砦の動き? ……ではもしやシトロン砦は……」
「はい……。勇者殿同士の一騎打ち後、ガウル殿下指揮する奇襲部隊によって砦内部の制圧はもはや時間の問題とのことです……!」