DOG DAYS DUAL-BRAVER   作:天木武

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Episode 12 ガレット地酒祭り

 

 

『き、き、決まったー! 勇者ソウヤの鋭い蹴り! ここまで奇抜めいた攻撃を連続で出しながらもきわどいところでそれを捌かれていた勇者でしたが、ここに来ての直撃! そしてパネトーネ筆頭の防具を破壊! さらにそれと同時にここでタイムアーップ! もしや、これはもしかするともしかして……』

 

 実況席からの声が、点差を確認するために途切れる。その結果が出るのをソウヤは黙って待っていた。

 

『……逆転! ガレット、ただいまの勇者の活躍によりその点差をひっくり返しました! よって今回の戦勝国はガレット獅子団領国と相成りましたー!』

 

 その実況の言葉に平原や砦のガレット兵達が歓喜の声を上げる様子が映像で流される。ソウヤもまた、一安心したように息を吐き出した。

 

『それでは勝利を収めたガレットのレオンミシェリ閣下のお言葉を頂きたいところですが……。えー、現在国営放送のレポーターがレオ閣下とダルキアン卿の一騎打ちの場へと駆けつけているところですので、しばらくお待ちください』

 

 そんな実況を聞き流しつつ、ソウヤは肌を晒している自分の対戦相手のほうへと近づいていく。

 

「巨乳ちゃん?」

「よ、寄るなでござる! 見るなでござる!」

 

 両手で前を隠すようにし、さらにソウヤに背を見せるユキカゼ。

 

「あーわかったわかった。でもちょっとだけ文句は言うな」

 

 そう言うとソウヤは自分が身につけていたマントを外し、ユキカゼの体へとかけてやる。

 

「これでいい。言われた通りもう寄らないし見ない。……怪我はないのか?」

「……大丈夫でござるよ。ここは守護力が働いている故……」

「そうか。なら安心した」

 

 ユキカゼが体を隠すようにマントを両手で掴みながらソウヤのほうを見る。彼女が言ったとおりソウヤは距離を置き、あられもない姿を見ていなかった。

 

「……拙者の完敗でござるな」

「よく言う。辛勝ってところだ。勝てたのが不思議なぐらいだ」

 

 世辞ではなく、心からソウヤはそう言った。確かに最後は彼の思惑通り事が運んだ。だがどれかが少しでもずれていたら敗者は目の前の狐耳の女性ではなく、疲労困憊状態の自分だっただろう、と思っていた。

 

「予想外だったでござる。ここまでの連戦でもっと疲れている状態だと思っていたのに……」

「ああ、疲れてはいたよ。……でも久しぶり、いや、ひょっとしたら初めてなんだ、こんな清々しい心でいられるのは。シンクに負けて、フロニャルドの戦の楽しさを教えてもらって、レオ様に認められて、エクスマキナを預かって……。俺は何かが吹っ切れた。そうしたら疲れてる場合じゃない、って思ったんだ。俺がずっと夢見てたようなこんな異世界に今俺はいて、そしてそこで勇者なんて呼ばれてる……。……まあエクスマキナが俺を助けてくれたってのもあるだろうけど、そう思ったら自然と体が軽くなったんだ」

 

 空中の映像版にレオの姿が映る。どうやらレポーターが着いたようだ。

 

「ソウヤ……」

「……ま、俺のそんなどうでもいい話より、レオ様のありがたいお言葉でも聞くとしますかね」

 

 ソウヤがそう言うとほぼ同時、レオの話が始まった。

 

『ガレット総大将、レオンミシェリじゃ。ワシはずっとダルキアンと一騎打ちをしていたから、恥ずかしい話じゃが最後の方の状況をあまり把握しておらんかったが……。我らの勝利、ということのようじゃな』

 

 

 

 

 

『ワシとダルキアンの勝負は決着がつかなかった。……つまり今回も勇者がひとつやってくれた、ということになる。フランぼーず、ワシなんぞより勇者の方の話を聞きに行ったほうが盛り上がるぞ? そっちにカメラを移せ』

『え!? し、しかし……』

『ワシがいいと言っておるのじゃ、そうしろ。ワシの話などこの後の戦勝イベント、ガレット地酒祭りの最初にちょろっとするだけで十分じゃ。……ほれ、お前ら行かんか』

 

 レオからマイクを預かると、言われるままレポーター達が今度はソウヤのいる方へと走っていく。

 

「レオ様、いささかぞんざいではありませんかな?」

「今回最も勝利に貢献した者はワシではない。ならその勝利の立役者に譲るまでのことじゃ。……実際お前との決着はまたしてもつかなかった。しかしあいつは勇者としての務めを十分に果たし、ガレットに勝利をもたらした」

 

 ふむ、とブリオッシュが相槌を打つ。

 

「……それよりダルキアン! 貴様先ほどの戦い中好き勝手なことを言いおって……!」

「おや、全部本当のことと思って言っていたでござるが?」

「ぐ……!」

 

 レオが言葉に詰まったのを見てブリオッシュは愉快そうに笑う。

 

「……しかしよいではないでござるか。もっと御自分の心に素直になって、ソウヤ殿と話してみてはいかがでござるかな?」

「そうではあるが……」

「うちの姫様はシンクに対してそれはもう仲良く接しているでござる。レオ様ももっと仲良くされては? 今のソウヤ殿ならレオ様のお心にも気づくかもしれないでござるよ」

「……フン!」

 

 レオは答えずそっぽを向く。と、映像版にソウヤの姿が映った。レポーターが今度はそっちに着いたようだ。

 

『えーそれでは閣下直々に勇者のコメントをもらえとのことでしたので、今回の勝利の立役者といってもいいでしょう、ガレットの勇者ソウヤ殿よりコメントを頂きたいと思います!』

 

 映像の中のソウヤはマイクを持つとひとつ大きくため息をついた。

 

『……どうも、ガレットの勇者ってことになってますソウヤ・ハヤマです。ま、話すのはあんま得意じゃないんですが……』

 

 レオがその映像を見つめる。その瞳は一国の領主、レオンミシェリ・ガレット・デ・ロワとしてではなく、年頃の、1人の少女の瞳のようにも見えた。

 

 

 

 

 

 戦が終了し、ガレット軍はヴァンネット城下へと戻ってきた。連勝に加え、このあと戦勝イベントが行われるとあって既に人々は興奮気味である。それはヴァンネット城内も似たような雰囲気であった。

 そんな空気が城の内外に満ち溢れる中、ソウヤは前回の戦終了後と同様医務室に来ていた。

 

「ふむ、今回は大丈夫のようですな。ただ輝力の方は前回以上に酷使した様子が窺える。この後の祭りが終わったらゆっくり体を休めてくだされ」

「わかりました。ありがとうございます」

 

 礼を述べ、ソウヤが医務室を後にしようとする。と、その時入り口のドアが開いた。

 

「入るぞ。ここに勇者が来てると聞いたが……」

「おやおや閣下。またいらしたのですか。それほど勇者殿のことがご心配のようで……」

「そ、そんなではないわ!」

 

 茶化した様子の初老の医師の言葉に思わずレオの顔が赤くなる。コホン、と一度咳払いを挟んで彼女は仕切りなおした。

 

「……ただ今日も医務室の方に向かったと聞いたから来ただけじゃ」

「ご心配おかけしてすみません。ですが今日は輝力の使いすぎ、ということだけのようなので疲れてる程度です。言われた通り危険な戦い方は避けましたし」

「そのようじゃな」

 

 レオは安心したような表情を見せる。

 

「しかし閣下、輝力の使いすぎも考え物ですぞ。閣下の方からも一応釘を刺しておいてくだされ」

「何、足取りもしっかりしとるしその程度は心配するに足らん。お主もあまりやかましく小言を言うとまたシワが増えるぞ」

「おやおや、これは手厳しい。閣下には叶いませんな」

 

 医師の愉快そうな笑い声を背に受けつつ、レオが医務室から出る。ソウヤもそれに続いて部屋を後にした。

 

「今日は……戦勝イベントどうするんじゃ?」

「参加させていただきたいと思っています。ガウ様に街の方に繰り出そうと誘われてますし。ビスコッティの連中にも声をかけたから、とのことなので」

 

 ヴァンネット城の廊下をレオと並び、話しながらソウヤが歩く。話しつつ、レオは安堵していた。やはりシンクとの一戦は大きな影響を及ぼしたらしい。前回は戦勝祭に参加するしない以前の問題だったというのが嘘のようだ。

 

「そうか。それはよかった。……祭りが始まるまでは今しばらく時間があるが、それまで用事はあるか?」

「いえ、特に。部屋で休もうかと考えていた程度でしたが」

「……よければ少し顔を貸してほしいんじゃが」

「構いませんよ。なんですか?」

「……先ほど戦場では少し話をしたが……その……もう少し話したいと思っての……」

 

 レオにしては珍しく歯切れが悪い。だがソウヤは特に気にした様子もなかった。ここまで話す機会もほとんどなかったのだ、ソウヤからしても嬉しい申し出である。

 

「それは願ってもない話です」

「そ、そうか。それで場所なんじゃが。……ワシの部屋ではどうじゃ?」

「レオ様のお部屋に? お邪魔してもよろしいんですか?」

「……嫌か?」

 

 レオが不安そうな顔を見せる。が、ソウヤの口元が緩んだ。

 

「いえ。では遠慮なくお邪魔させていただきます」

 

 この城で生活を始めてから約1週間。城の中はなんとなくわかってきていたソウヤだったが、それは基本的に自分に関係のあるところだけの話であり、レオの部屋のように他人の部屋へは入ったことがない。

 レオに続き、ソウヤがこれまで来たことのない城の場所へと進む。自分の部屋の入り口を開け、レオがソウヤを中へと招き入れた。

 

「お邪魔します」

 

 領主、ということである程度は豪奢な部屋ではあったが、それでも思ったよりは質素だ、とソウヤは思った。絵画や花を活けた花瓶は数点見受けられたが、そういった芸術品は他にほとんどない。調度品も質素なものが揃っていたし、何より「お姫様といえば天蓋付きベッド」と勝手に決め付けていたソウヤにとって、それがないだけで姫の部屋と呼ぶにはいささか物足りないと思ってしまったのだった。

 

「まあ……適当にかけておれ。今飲み物を持ってこさせる」

 

 そう言うとレオは一旦部屋を出て行く。来客用と思われる椅子に腰を下ろし、ソウヤはもう1度部屋を見渡す。広いは広い、が、やはり想像より質素だ、と改めて思った。

 

(お姫様なんてのはもっと豪華な部屋に住んでるものかと思ったが……。まあ天蓋がないとはいえベッドは立派だしこの椅子もかなりいいものなんだろう。壁に飾られた絵もきっと高価なもの……ん?)

 

 その時、床に寝そべる生き物がソウヤの目に止まった。似たもので言うならメスのライオンだろうか。思わずその生き物を凝視していると、閉じられていた瞳が開いた。ソウヤとの視線が合う。すると体をのっそりと起こしてそのライオンらしい生き物はソウヤの方へと近づいてきた。

 思わずソウヤが身構える。が、相手からは敵意を感じない、と思ったソウヤは恐る恐る右手をそのライオンの頭へと伸ばしてみる。目を閉じ、撫でられるのを待っている様子で、ソウヤの右手が頭を撫でると気持ちよさそうな顔を見せた。

 

「待たせたな。……なんじゃ、もうヴァノンと打ち解けたのか」

 

 ティーセットが乗ったトレイを持ったメイドと共にレオが部屋へと戻ってきた。

 

「ヴァノン?」

「今お前が頭を撫でている相手じゃ」

「噛み付きませんかね?」

「何を言う。ヴァノンは聡明じゃ。そんなことはせん」

 

 メイドがティーセットを置くと一礼して部屋を出て行く。それを確認したレオはカップにお茶を注いでいく。

 

「すみません、領主様にやらせてしまって」

「気にするな。ここはワシの部屋じゃ、もてなすのは部屋主の義務じゃろう。……甘さはどうする?」

「レオ様と同じで構いませんよ」

「そうか。甘くないと文句を言ってもお主の責任じゃからな?」

 

 そう言うとレオは粘度の高い液体を少しお茶に垂らしソウヤの前へと差し出す。ヴァノンから右手を離したソウヤはティースプーンでそれをかき混ぜ、熱い液体を口に運んだ。

 

「……紅茶ですか」

「口に合わんか?」

「いえ、おいしいですよ。この果物のような香りは実に素晴らしい。……ただ個人的にもう少し甘い方が好みだったかもしれませんがね」

「だから言ったじゃろ。まあそれを適当に加えるとよい」

 

 お茶の入ったポットとは別、先ほど垂らした粘度の高い液体の入った容器がソウヤの目の前に差し出される。中を開けてみると何かの蜜のような液体が入っていた。

 

「ハチミツ、ですか?」

「……ああ、そうか。お前たちの世界にも『ハチ蜜』はあるのか。じゃがそれは違う、花蜜じゃ」

「花蜜……」

「蜜の取れる大きな花から採取したものじゃ。ビスコッティの名産でな。ちなみにこのお茶の茶葉もビスコッティの名産、どちらもミルヒから贈ってもらったものじゃ」

「へえ……」

 

 ソウヤは花蜜をお茶に少し垂らして口へと運ぶ。先ほどより甘さが増し、より香りも感じられたような気がした。

 

「ガレットの名産は酒じゃから、本当はそれを用意するのもよかったんじゃが……。この後地酒祭りじゃし、何よりお前は飲めんのじゃろ?」

「そうですね。お茶の方が助かります」

「全く持って勿体無いのう。ガレットの地酒はうまいというのに」

 

 そう言うとレオは1杯目を飲み干し、2杯目をカップへと注ぐ。

 

「もう一杯どうじゃ?」

「いえ、まだ残ってますので」

「そうか」

 

 花蜜を2杯目の茶に入れ、レオがそれをかき混ぜる。そのまま2杯目を口に運び、カップを置く。その間、2人の間に沈黙が広がっていた。

 

「……話すのは嫌いか?」

「嫌いではないですが、苦手なので。……まあ今までは意図的に話すを避けてましたが」

「やれやれ。シンクと戦って少しは丸くなったと思ったが、そのひねくれた物言いは相変わらずじゃな。……ま、そんなところも、ワシは嫌いじゃないがな……」

 

 口に運びかけたカップを止め、思わずソウヤが驚いたような顔でレオを見つめる。その視線に気づき、そして自分が言った言葉の意味をもう1度考え直したところで、彼女はようやく自分が言った言葉の別な意味を自覚したようだった。次第にその顔が赤く変わっていく。

 

「い、いや! ち、ちが……そ、そういうことじゃなくてじゃな、その、お前の個性として、なかなか面白い物言いじゃ、ということを言いたかっただけで……」

 

 レオのしどろもどろな様子のせいか、ソウヤが笑みをこぼす。

 

「わ、笑うな!」

「すみません。ですが自分でもひねくれてるとわかるこの物言いを面白いといってくださったのは、レオ様が初めてだったもので」

「な、なんじゃ……。そっちの意味でか……」

「……勿論レオ様の慌てる様子が可愛かったってのもありますけどね」

「なっ……! き、貴様!」

 

 今度は声を出してソウヤが笑った。

 

「……フン! 貴様だって戦終了後のインタビューで相当いっぱいいっぱいだったじゃろうが」

「あれは……。まさか俺のところにそんなのが回ってくるとは思ってませんでしたから」

「お前は今日の勝利の立役者じゃ。当然インタビューは求められるじゃろう。しかしもっと盛り上がるようなコメントを返してやったほうがよかったな。レポーターが困っていたではないか」

「……話すのは得意じゃない、とは最初に断りましたよ」

「あんなものは勢いで話せばいいんじゃ。お前の場合聞かれた質問に『そうですね』とか『そんなところです』とかしか言ってないからな。せっかく盛り上がる戦いをするのにあれでは勿体無い。あの手のことはガウルが得意故、あとで聞くといいじゃろ」

「……わかりました。今後は努力します」

 

 そう言うとカップに口を着け、ソウヤは残っていたお茶を飲み干した。

 そのまま会話が途切れ、再び2人の間に沈黙が広がる。

 

「……そういえば」

 

 沈黙を破ったそのレオの言葉にソウヤの視線がレオのほうへと動く。

 

「お前はさっき戦中にワシに謝ったが、ワシはお前にまだ感謝の気持ちを言ってなかったな」

「感謝……?」

「ワシはガレットに勝利をもたらす勇者、としてお前を呼び出したんじゃ。そしてお前はそれに見事に応え、ガレットを2連勝へと導いてくれた。……ありがとう」

 

 レオが顎を引き、頭を軽く下げる。その様子にソウヤは困ったような表情を浮かべた。

 

「よしてください。今回はともかく、前回は勇者としては失格と言っていい戦い方をしたんだ。それに俺自身この体験を楽しんでますし、何より楽しんでると素直に言えるようにもなった。礼を言うのはこっちの方です」

「……だとしても、ワシは礼を言いたい。……ワシが望んだことが今日叶った、久しぶりに心躍る戦じゃった」

「レオ様が望んだこと……?」

 

 どこか恥ずかしそうにレオが視線を外し、カップの中のお茶へと移す。

 

「……言ったかもしれんが、ワシがお前を初めて見たのは弓の大会の時じゃった。素晴らしい技術、揺れることを知らない心、そしてガレットの勇者としてふさわしいであろうその風格……。ワシは驚くと同時に、この者と共に戦場を駆けたい、背中を預けて共に戦ってみたい、そう強く願うようになった」

 

 そこまで言ってレオはひとつ息を吐き出す。

 

「……じゃがここに来たばかりお前の瞳はまるで空虚で、ワシは映っていなかった。そのままお前はワシやこの世界の戦を受け入れず、ただ戦うだけなのかと不安にも思った。……しかしシンクと戦った後のお前はまるで憑き物が落ちたかのように、その瞳は意思を持ち、ワシを受け入れてくれていた。……そんなお前と今日に一緒に戦えてワシは本当に嬉しかったのだ。だからもう1度言わせてくれ。……ありがとう」

 

 再びレオは軽く頭を下げた。それを見たソウヤは、珍しく困惑するような照れたような、そんな表情を浮かべていた。

 

「……まいったな。そんなレオ様の心中は露知らず、本当に迷惑ばかりかけてしまいましたね。……でも俺も今日レオ様と一緒に戦えて楽しかったですよ。……それからこうやって一緒に話せてることも、ね」

「……そうか。それはよかった」

 

 小さくレオが微笑を浮かべる。三度訪れる沈黙。

 そんな中、深呼吸し、レオが口を開く。

 

「ソウヤ」

「なんです?」

 

 ソウヤがレオを見る。が、レオの視線が定まっていない。尻尾も落ち着きなく左右に動いている。

 

「その……ワシは、じゃな……。……ワシは……」

 

 どこか決まりの悪そうに口ごもる様子のレオ。それでもソウヤはそんな彼女を急かすこともなく彼女の言葉を待っていた。

 

 と、その時部屋のドアがノックされた。

 

「レオ様?」

 

 思わずレオが椅子から小さく飛び上がる。

 

「な、なんじゃ!?」

 

 さらにその声が裏返りそうになりながら返事をした。

 

「間もなく戦勝イベントが開始されるお時間です。ご準備の方、よろしくお願いします」

「わ、わかった! すぐに行く!」

 

 部屋の外へと言葉を返し、ため息をこぼした。そしてどこか少し寂しそうにレオは苦笑を浮かべた。

 

「領主と言うのはやはりお忙しいんですね。ご苦労様です」

「……まあ、そうじゃな。……ワシは最初の挨拶の後、戦で功績を挙げた兵を労い、それから商工会の方へも顔を出さねばらなん。さらにその後はミルヒを接待することになるじゃろう。そんなわけでワシはお前と一緒には行けんが、ワシのことは気にせずガウルや三馬鹿、ビスコッティの連中と仲良くやってくれ」

 

 レオが席を立つ。それに合わせてソウヤも立ち上がった。

 

「わかりました。そうさせてもらいます。話せて楽しかったですよ、レオ様」

「ああ、ワシもじゃ」

「お忙しいかとは思いますが、また話せる時間があることを願ってますよ」

 

 これまでのソウヤからは想像できない言葉だったのだろう。レオは虚を突かれたように目を見開いた。

 

「では失礼します」

 

 だがそんなレオの様子を特に気にかけた素振りもなく、ソウヤが部屋を後にする。その姿を目で追い、レオはどこか嬉しそうに小さくため息をこぼした。

 

 

 

 

 

 ガレットの戦勝イベント、地酒祭りが始まった。城の中では兵達がお祭り騒ぎをし、城下町もたくさんの人たちでにぎわっている。

 ソウヤ、ガウル、ジェノワーズの5人はそんな城下町を歩いていた。この後ビスコッティ側とも合流して食事を取り、それから祭りを歩く予定である。だがその一行の姿がからきし見当たらない。

 

「ビスコッティの連中、もう着いてると思うんだけどな……」

「そもそも歩き回ってるわけですが……ガウ様、待ち合わせ場所とかちゃんと連絡取ったんですか?」

 

 ソウヤのもっともな質問にガウルは胸を張って答える。

 

「あたぼうよ! ジェノワーズを通して向こうに連絡が行ってるはずだ」

「……三馬鹿、なんて連絡したんだ?」

「ちょ、ちょい待てソウヤ! お前までウチらを三馬鹿呼ばわりか!?」

「レオ様もガウ様もそう呼んでたからな。それでいいものかと思っていたが」

「よくないです! ちゃんとジェノワーズって呼んでください!」

 

 ベールが必死に反論する。ジョーヌもそのベールの言葉にそうだそうだといわんばかりに大きく頷いた。

 

「リコにヴァンネットの城下町で、って連絡した。だからしばらく探してれば会えると思う」

「……この広い城下町を探すのか?」

 

 ソウヤの当然とも言える問いかけにノワールが「う……」とうめき声を上げ、背を向けてしまった。

 

「……連絡したもん。リコがわかった、って言ってくれたもん」

「ああ! ノワ、いじけないで……」

「おいソウヤ! ウチのセンターは拗ねると長いんやで!? どうしてくれるんや!?」

「……どうするも何も、至極当たり前のことを言っただけなんだが」

 

 ソウヤが苦笑する。と、その時。

 

「あ、いたであります! ガウル殿下ー!」

 

 耳に入ってくる聞き覚えのある声。

 

「お! 来た来た、ビスコッティ御一行様だ。ほら見ろソウヤ、うまく合流できたじゃねえか」

「……完全に結果オーライですよね」

 

 再びソウヤは苦笑を浮かべたが、ガレット側残り4人は全く気にしていないらしい。

 

「ガウル! 来たよ」

「おう、待ってたぜシンク! あとは……」

 

 ガウルがビスコッティ側のメンツを確認する。シンク、エクレール、リコッタ、ユキカゼ……。

 

「そっちは全部で4人か。姫様は姉上のところか?」

「はい。とてもこちらに来たそうにしておられましたが……」

「まあ仕方ないだろうな。それが仕事みたいなもんだ。……よし、ジェノワーズ! 場所のセッティングと食い物と飲み物の確保だ!」

「「了解!」」

 

 ガウルの命を受けてジェノワーズが準備にかかる。ノワールは食べ物、ジョーヌは飲み物を確保に向かう。ベールに物を、特に飲み物を運ばせるとこぼす、ということをガウルはよく知っていたため、ベールは適当な場所を探してシートを広げて場所を取る役割だった。

 

「……ガウ様」

「ん? なんだソウヤ」

「さっき姫様のことを『それが仕事みたいなもんだ』って他人事みたいにおっしゃりましたが……。いずれはガウ様がそうなるのでは?」

 

 一瞬ガウルの顔が難しくなる。

 

「……まあ、な。俺自身、本当は早く姉上に認められてさっさと領主の座を奪い取って、『今までご苦労だったな、あとは俺がやるから適当に楽してな!』とか言ってやりたいところではあるんだが……。なんだかんだで姉上は姉上でもう少し領主やってそうだしな。だったら、ま、今のうちに俺のほうが楽しんでおくかな、ってところだ」

「へえー」

 

 感心したような声を上げたのは質問したソウヤではなくシンクだった。その小馬鹿にしような言い方にガウルが怪訝な表情を浮かべる。

 

「な、なんだよシンク……」

「てっきりガウルは領主みたいなのは合わない、とか言うのかと思ってた。政治とか外交とか、そういう裏があったり細々したもの苦手そうだし」

「ぐ……! た、確かに細々したのは得意じゃないが……。でもな! いつまでも姉上に任せっぱなしってのも気が晴れないってのは事実だ。だからいざってときは姉上を蹴落としてでも俺が領主になってやる。……ま、そういうことだ。覚えとけ、ソウヤ」

「わかりました。でも俺に対して覚えておけ、とはどういう意味ですかね?」

「……へっ。ま、わかるときがきたら、わかるんじゃねえか」

 

 答えになっていないガウルの返答にソウヤが突っ込もうとしたとき、ジェノワーズの2人が帰ってきた。2人とも両手に大量の戦利品を抱えている。

 

「屋台で色々売ってた。適当に買っておいたから」

「ウチは地酒たんまり持ってきたで。ああ、シンクとソウヤは飲めへんって話やったから酒じゃないもの持ってきたわ」

「場所のセッティング、完了ですー」

「よし! ほんじゃ、ま、全員座れ!」

 

 全員が座り、手元に飲み物が渡ったことを確認し、ニヤッと笑ってガウルが酒の入った容器を手にする。

 

「そんじゃ、今日のガレットの勝利と、ビスコッティの健闘と、両国の関係発展……ああ、細かい話は別にまあいいか! ……あ! 最後に両国が誇るこの勇者2人に!」

「え!?」

 

 いきなり話題を振られて戸惑うシンクだったが、ガウルはそんなことお構い無しに容器を高々と掲げた。

 

「乾杯!」

「「乾杯!」」

 

 全員が一気に飲み物を呷る。

 

「かあーっ! さすがガレットが誇る地酒!」

「うむ、やはり美味でござるな」

「酒といえば、巨乳ちゃん、酒好きの主は?」

 

 相変わらずのソウヤのその呼び方にユキカゼは嫌がる素振りを見せた。

 

「その呼び方……うー……でも今日拙者は負けてしまったでござるし……。……お館様はロラン騎士団長とアメリタと、あとそちらのバナード将軍が奥方のナタリー殿を連れていらしているということで、一緒でござるよ」

「へえ、アメリタがこういう場に来るなんて珍しいな」

「ロラン騎士団長がお誘いになったから、まあある意味当然とは思うでござるが。お館様としてはお2人の惚気話が聞きたいご様子でしたが、しかしいくらバナード将軍夫妻も来るとはいえ、野暮と言えるような……。まったくあれは悪い癖と言わざるを得ないでござる」

「へ? 惚気話ってなんだ?」

「あれ、ガウル殿下ご存じないでありますか?」

「しらねえ。どういうことだ、シンク?」

「いや僕もわからないんだけど……」

 

 エクレールがため息をつく。

 

「……兄上とアメリタ秘書官のおふたり……」

「近々結婚するかもしれないでありますよー!」

 

 食べ終わった骨付き肉の骨をかじっていたガウルの手が止まる。

 

「え、ええー!? マジかよ!?」

「アメリタってあのいつも姫様にくっついてる秘書の女性やろ?」

「そのお相手が騎士団長! わあ、なんてロマンチック!」

 

 ガウル、ジョーヌ、ベールが驚く様子を見せる。が、ノワールだけは普段のように落ち着いていた。

 

「おいノワ、お前驚かないのかよ!?」

「うん。知ってたから」

「は!? 知ってた、って……」

「リコから聞いてて、知ってた」

 

 ジェノワーズの「黒」ことセンターのノワールとビスコッティ王立学術研究員のリコッタは実は親友同士で、時々プライベートでのやりとりもしている。今回ビスコッティ側にノワールが連絡を取ったのはこのことが理由でもあった。

 

「し、知ってたって、なんでウチらに教えてくれんかったんや!?」

「リコからあんまり言わないで、って言われたから……」

「アメリタ、秘書官の相手が騎士団長ということで身分の差とか周囲の目を気にしてたでありますから……。本人からもあまり無闇に口外しないでほしいと言われてたであります」

「そっか……しっかしあのアメリタがなあ……」

「僕、あまりアメリタさんのこと知らないけど、そんなに意外?」

 

 シンクがガウルに問いかける。それに対してガウルは笑いながら答えた。

 

「意外だ、意外。すげー意外。ずっと姫様のために尽くしてて仕事が生きがいの出来る女、みたいに俺には見えたからな。……で、ロランのほうから言い寄ったのか?」

「らしいです。まあ……このことを兄上にはあまり聞きにくいのでちゃんと聞いてはいませんが……」

「だとよ。シンク、ソウヤ、やっぱ男の方からいかねえとダメってことだな!」

「ガウル、なんでそのことを僕に言うの……?」

「ついでに俺が出たのもわかりかねますが」

「ケッ! これだ、勇者殿おふたりは……。ま、いいか」

 

 酒が入っているからか、いつもより饒舌になっている様子のガウル。空にした容器に追加の酒を注ぐと焼いてある小さめの魚にかじりついた。

 

「それはそうと、勇者様といえば、今日の勇者様同士の戦い、すごかったであります! 自分、感激であります」

「そやな。ウチは目の前で見てたけど、まさに名勝負やった」

「え!? そ、そうかな……」

 

 シンクはどこか照れたように頭をかきながらソウヤのほうへと助けを求めるように視線を向けた。

 

「……シンク、勝者はお前だ、お前の口から答えてやれ」

「へっ! シンクとあんなにがっちり握手交わしたわりににそういうところはお前相変わらずなんだな」

「……なんとでも言ってください」

 

 少し面白くなさそうにソウヤが飲み物を口に運ぶ。が、ガウルはその様子から以前ほどの敵意、あるいは攻撃性がなくなったと感じていた。

 

「まあ……確かに勝ったのは僕だったけど、ソウヤはあの前からずっと攻砦戦に参加してて、しかも1人で強行突入して正門空けちゃってるんでしょ? コンディションで言ったら圧倒的に僕の方が有利だったし……」

「しかもお前はパラディオン、こいつはそのときは普通の武器だったしな」

「攻砦戦のときのソウヤさん、すごかったですよ。1人で1個大隊レベルの火力を叩きだすような紋章砲使って……。あんなの連発して輝力大丈夫かって心配でしたし」

 

 シンク、ガウル、ベールから擁護の言葉が出る。しかしそこまで話を聞いていたソウヤはそれらを拒否するように大きくため息をついた。

 

「……どうあれ負けたのは俺だ。言い訳するつもりはない」

「でもよ、お前としちゃあ勝ち負け以上に得た物はでかかったんだろ?」

「それを俺の口からわざわざ言わせますか? ……どうせ全員気づいてるんでしょう?」

 

 やはり不機嫌そうにソウヤがそう言う。しかし案の定、心から嫌がっている様子ではなかった。

 

「だったらあえて口にはしません」

「フン! 相変わらず貴様は素直じゃない奴だな」

「お前にだけは言われたくなかったな、エクレール」

「な、なんだと!?」

 

 その2人の様子に場にいた全員が笑った。

 

「……でもそのあとのソウヤとユッキーの戦いを見てわかったよ。今ソウヤはフロニャルドの戦を楽しんでるんだって。僕のことも友達として認めてくれて、この世界は楽しいって事を伝えられて……。僕はそれがとても嬉しかった」

 

 フン、とどこか決まりが悪そうにソウヤが鼻を鳴らす。

 

「……そのせいで気が抜けてガウ様に簡単に砦を落とされた、ってわけか?」

「え!? あ、あれは……」

「ああ! こいつアホだからよ、俺がつっかかっていったら見事にひっかかって俺との戦いしか目に入ってないでやがるわけよ!」

「その隙に私達が内部制圧」

「さっすがガウ様親衛隊のジェノワーズ!」

「シンク君には悪いことしちゃったけどね」

 

 ガレットの4人が得意気に話す一方、シンクはうなだれていた。

 

「まったく、本当に貴様のアホさ加減にはうんざりする」

「……それについてはもう何回も謝ったじゃんエクレ……」

「何回謝っても謝り足りん!」

「でもま、そのおかげで……」

 

 ソウヤが揚げ物を口に運びつつ話す。どうやら地球にもあるような芋の揚げ物のようだ。

 

「俺は巨乳ちゃんと戦えたわけだ。点差がもっと開いてたらあんな無茶はしなかったわけだしな」

「そういうことでいうと、シンクはソウヤさんの見せ場をもう1つ作った、ということになったわけでありますね」

 

 先日の「勇者を名前で呼ぶ」という話以降、「勇者様」から「シンク」へと呼び方の変わったリコッタが補足する。本当は彼女としては「さん」付けで呼びたかった様子だったが、「シンクでいいって」という勇者の笑顔に負け、この呼び方に落ち着いていたのだった。

 

「……同時に巨乳ちゃんの恥ずかしい場面を作ることにもなったわけだがな」

 

 ぐ、とユキカゼが動きが止まる。

 

「ああ! そ、そっか……。ゴメン、ユッキー」

「……謝らないでほしいでござる。あそこで敗れた拙者の実力不足である故……」

「まあ国営放送的には嬉しいサプライズだっただろうがよ!」

「もうガウル殿下!」

 

 再びその場の全員が笑った。

 

「……こういうのも、悪くはないな」

 

 全員の笑いが収まったとき、ポツリとソウヤが呟いた。

 

「シンクの言うとおり、くだらない意地だった。親衛隊長のおっしゃった意味が今ならわかる。『いっそ別れがつらくなるくらいの楽しい思い出』か……。……しかし俺のここの滞在期間もあと半分しかなくなっちまったがな」

「半分『しか』じゃないよ。『まだ』半分ある」

 

 ソウヤがその声の主――シンクに視線を移す。

 

「まだまだ、これから楽しい思い出を作ればいいじゃない。これで終わりじゃないんだし、またここに戻ってくることも出来る。それに……元の世界に戻っても、僕達は友達でしょ?」

 

 真っ直ぐなそのシンクの言葉にソウヤはうつむいて笑みをこぼす。ソウヤなりの照れ隠しだろう。

 

「……そうだな」

 

 その場の全員の表情が緩む。それを確認したガウルが容器を再び掲げた。

 

「よーっし! 偉大なる2人の勇者のために、飲むぞー!」

 

 おーっ! とジェノワーズがそれに乗っかる。ビスコッティ側はやや苦笑を浮かべていた。

 

「……そうだ、シンク。忘れないうちに」

 

 ソウヤがポケットから何かを出す。現在の地球ではよく見かけるもの、携帯電話だ。

 

「うわあ、すごい年季が入ってるね……」

「連絡取れればいいって考えだからな。一応これでも赤外線機能はついてる。……番号とアドレスの交換、いいか?」

 

 シンクの顔が明るくなり、

 

「勿論! 僕もそれをやろうと思って持ってきてたんだ」

 

 言うなりシンクも携帯電話を取り出した。

 

「えっとこうやって……はい!」

「……お、きた。じゃあ今度は俺が……」

 

 その2人の様子をもの珍しそうに全員がまじまじと見つめる。ここフロニャルドでは目にすることがない光景なのだろう。特にリコッタはその目が輝いていた。

 

「うん! オッケー。ここじゃ電波がないから確認はできないけど……お互いに向こうに戻ったらメール送るよ!」

「そうだな」

 

 互いに目を合わせ小さく笑う。が、すぐその手にある物を狙う影に2人は気づいた。

 

「いやあ……それが2つあるということは……どっちか片方は分解してもいいということでありますよね……?」

「え!? ちょ、ちょっと待ってリコ! どっちか片方でも動かなくなったから困るから! ほんと困るから! せっかく今いい雰囲気だったのに台無しになっちゃうから!」

「大丈夫であります! 動かなくなっても、自分が直すであります!」

「……いや、分解したら補償が効かなくなる」

「でしたら自分が保証を……」

「あー! それ前も聞いた! ダメなものはダメー!」

 

 リコッタから逃げ惑うシンクに思わず全員が大きく笑う。同じように笑いながら、ソウヤは1人考えをめぐらせた。

 

(人とこんなに笑ったのなんていつ以来だろうな……)

 

 ソウヤが夜空を見上げる。月が2つ浮かぶ異世界の夜空は、今まで地球で見てきたそれより美しく感じた。

 

(でも……本当に悪くない気持ちだ……)

 

 澄んだようなソウヤの思いの中、ガレットの戦勝イベントと共に、夜は更けていった。

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