DOG DAYS DUAL-BRAVER   作:天木武

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Episode 13 ハチ蜜取り

 

 

「ほう、ハチ蜜取り、でござるか」

 

 戦勝イベントの翌日。ガレット領内で一夜を過ごした後、シンク達はビスコッティ領へと戻ってきていた。その後、シンクはここ風月庵に顔を出しているところだった。

 

「帰り道に皆で話してたんです。以前来たときに口にしたハチ蜜がすごくおいしくて、また食べたいねって。前回リコは一緒に行くことができなかったから、今度は行こうって話になって」

「向こうの勇者やらガウル殿下も誘って皆で行きたいという話になったわけでございます」

 

 ユキカゼがシンクの説明を補足する。その間この屋敷の主は茶をすすりながら話を聞いていた。

 その言葉通り、シンクは以前の召喚時にハチ蜜を取りに行ったことがあった。その時の体験と、その後食べたハチ蜜尽くしのフルコースの数々。それらを思い出してまた行きたい、友人の勇者にも経験させてあげたいという気持ちになったようだ。

 

「よかったらダルキアン卿もいらっしゃいませんか?」

「ふむ、まあそういう楽しいことは若い者同士で……と思う心もないわけではないでござるが……」

 

 そう言うと湯飲みを盆へと戻す。

 

「母熊殿と拙者は顔馴染み故、拙者もついていった方が話は通じそうでござるな」

「では、お館様」

「うむ。拙者も参るとしよう」

「本当ですか!? きっとエクレが喜びます」

 

 シンクが笑顔を見せる。

 

「ただ実力行使、ということになった場合、拙者はあまり手を出さない故、そこからは若い者同士汗を流してくだされ」

「わかりました」

 

 ブリオッシュが空いた湯飲みに再び茶を注ぎなおし、口に運ぶ。

 

「そういえば、先ほどソウヤ殿も来られる、と言ったでござるか?」

「確定ではないですが多分来てくれると思います。昨日の戦勝イベントでも一緒に話しましたし」

「おお、そうでござったか。……そのように心が変わったということは、シンクの願いは」

「はい。叶いました。昨日はアドレス交換……っと、僕のいた世界で仲がよくなった人同士が行うこともしましたし、色々話すこともできました」

「そうでござるか。いやあ、よきかなよきかな。あの後のユキカゼとの戦いの様子を見たかったでござるが、拙者もレオ様の相手をしていた故、ソウヤ殿の様子が確認できなかったでござる。……しかしこのユキカゼに勝った、ということは己をもう1度見定め直し、ガレットの『勇者』としてあるべき姿になった、とも言えるでござるな」

 

 その主の言葉を聞いたユキカゼは大きくため息をこぼした。

 

「……拙者としてはあそこで敗れたのは不覚でござる」

「いやいや、話に聞けば先の勇者同士の戦いに勝るとも劣らない名勝負だったと聞いたでござる。両者とも最後まで果敢に攻め続け、最後の最後まで一歩も譲らない、息をするのも忘れるような戦いだったと。故にユキカゼ、何も恥じることはないでござるよ」

「そ、そうでありますか……?」

 

 主にここまで称賛されてはユキカゼとしても納得せざるを得ない。

 

「……とはいえ、最後のサービスカットは放送的に非常においしかった、と昨日祭り中にフランが感謝していたでござるが」

「お、お館様!」

 

 愉快そうにブリオッシュが笑った。

 

「あれ? ダルキアン卿、昨日は騎士団長とアメリタさんと向こうのバナード将軍夫妻と一緒と聞いていたんですが……」

「途中でフランとジャンに会ったでござる。……そういえば2人は騎士団長とアメリタの関係はまだ知らなかったようでござるが、2人の様子から『スクープの匂いがする』とか言い出して、無理矢理聞き出してしまったでござるよ」

「うわあ……」

 

 若干呆れ顔でユキカゼ。

 

「すっごいプロ魂……。あ! でもあの人たちにバレちゃったら本当にスクープとかで流されちゃうんじゃ……」

「それは大丈夫でござる。騎士団長もバナード将軍もしっかり釘を刺しておいたでござるから。……ただ、代わりに結婚式を行うことになったら是非ともビスコッティだけでなくガレットでもその様子を放送させてくれと頼み込んでいたでござるが」

「はは……。どこの世界にもああいう人っているんだな……」

 

 シンクも少し呆れたような顔でそう言った。

 

「……さてと、じゃあ僕はそろそろお城に戻ります」

「おお、そうでござるか。もう少しゆっくりしていっても構わないでござるよ?」

「いえ、お気持ちは嬉しいですが、この後騎士団の訓練に参加する、ってエクレに言ってあるんで」

「昨日戦は終わったばかりだというのに、シンクは元気でござるな」

「まあね。ここにいられる間は出来るだけ体を動かしていたいから。……じゃあユッキー、ダルキアン卿、また明日!」

「うむ。気をつけて帰られよ」

「また明日ーでござるー」

 

 隠密部隊の2人に手を振り、シンクが風月庵を後にする。

 今日はこの後騎士団との訓練、そして明日はハチ蜜取り。まだまだ楽しいことはたくさんある、とシンクの心ははずんでいた。

 

 

 

 

 

 一方、ヴァンネット城内、大浴場、男湯。

 

「ハチミツ取り、ですか?」

 

 肩までお湯に浸かりながらのガウルに投げかけられた言葉を、のぼせてきたからか、風呂の渕に腰掛けたままのソウヤがオウム返しに口にした。

 

「ああ。以前シンクがフロニャルドにいたときに皆でハチ蜜取りに行ったんだ。あん時はやけに盛り上がってよ。……んで、さっきノワのところにリコッタから連絡があって、よかったらまた行かないか、って話になったらしいんだよ。お前も来るだろ?」

「そりゃいいなら行きたいですが……。でもハチミツなんて大勢で行って取るものですか?」

 

 当然のように行く、と即答したソウヤの様子にガウルから思わず笑みがこぼれた。

 やはり数日前とはまるで別人。自分がなんとかしようとしても最後まで氷解することのなかったその心は、シンクとの戦いによって綺麗に晴れ渡っているようだった。

 言うまでもなくそれは喜ばしいことではあるが、一方で自分ではそれができなかったとも思うと少し寂しいというか、どこか悔しいと感じざるを得ないとも彼は思っていた。

 

「そりゃ大勢であるに越したことはないし、どうせ行くなら皆で行った方が楽しいだろ?」

「まあ、そうですね」

 

 脚だけをお湯につけていたソウヤももう1度湯に体を沈めながらそう答えた。

 

「ぶぅああ、訓練後の風呂はやはり最高ですな。……殿下は、明日はハチ蜜取りでございますかな?」

 

 聞こえてきたいかつい声とともに巨躯が湯船に浸かり、お湯が豪快にこぼれていく。

 

「おう、ゴドウィン。なんならお前も来るか?」

「殿下とご一緒したい気持ちはやまやまですが、明日も兵達の訓練を見なければなりませぬ故……」

「ああ、そっか……」

「私めのことなど気にせず、殿下はお楽しみになってきてくださいませ」

「わりいな、言葉に甘えさせてもらうわ」

 

 いえいえ、と言いながらゴドウィンが大きく伸びをする。それだけでまたお湯が少しこぼれていった。

 

「そういやよ、ゴドウィン。お前昨日はバナードと一緒にいたのか?」

「いえ。閣下が兵達を労った際は城内で兵達と飲んでおりましたが、その後は……」

 

 ゴドウィンにしては珍しく、どこか決まりが悪そうに言葉が尻すぼみになる。

 

「あ、エリーナか。まあそうだわな」

「エリーナ?」

 

 ソウヤの問いかけにガウルがにやけながらソウヤの方を振り返る。

 

「ああ。こいつの妻だ」

「妻、って……」

「嫁さんってことだよ。こいつ、こう見えて結婚してんだよ」

 

 ソウヤにしては珍しく、相当驚いた様子でゴドウィンをみつめている。

 

「……ソウヤ殿、そんなに自分に妻がいることが意外ですかな?」

 

 そんなソウヤの顔を見るのは初めてだったか、ゴドウィンは訝しげな表情でそう問いかけた。

 

「意外ですね。あなたのような方は戦が全て、という感じだと思ってましたが……」

「ぬう……。そこまではっきり言いなさるか……」

 

 思わずゴドウィンが苦笑を浮かべる。

 

「こいつだって最初はそんなだったんだぜ? 俺と初めて会ったときは武芸者とか言って各国渡り歩いてて、国の王になりたい、とか言ってたっけな」

「……やめてくだされ殿下。もはや昔のこと故……。あの頃はまだまだ未熟者でしたしな」

「んで俺が姉上に口を利いてスカウトしてもらったらめきめき頭角を現して、今じゃガレットの将軍だからな。しかも美人な奥さんまでもらってよ」

「へえ……」

「惚気話と思われるかもしれませんが……。自分はエリーナと結婚できて、彼女との家庭を、そしてドリュール家の名誉を守るということを生きがいにできました。かつては何の背景もない自分のような男がそのような生きがいを持てる。人生とは何があるかわかりませんな」

 

 愉快そうにゴドウィンが笑う。

 

「やっぱ結婚する、ってのは何かが大きく変わるもんなんだな」

「そりゃそうでしょう。俺のいた世界じゃ『結婚は人生の墓場』なんて言葉まであるぐらいです」

「なんだそりゃ!? どういう意味だ?」

「結婚すれば自分1人の時間や使える金、そして空間。それら全てが不自由になる、ってことから言われる話です。つまり生活の様子はこれまでと一変する、ってことでしょう。……もっとも、この言葉もこんなネガティブではなく、もっとポジティブに捉える人もいるようですが」

「……そこんとこどうなんだ? 愛妻将軍?」

「自分はそれほど愛妻家というわけでは……。しかし、それら自分1人のときにあったものを失っても、得るものは大きいと思いますぞ。……などと私めが申し上げても惚気にしかならないでしょうが」

 

 へっ、とガウルが小さく笑った。

 

「ま、本人が幸せならいいんじゃねえか? いつまでも一人身ってのも寂しいだろ。そういう意味だとロランとアメリタもようやく、って感じだよな」

「む……? ロラン殿とアメリタ殿が何か……?」

「ああ、お前も聞いてないのか。あの2人結婚しそうらしいぜ。言われてみりゃあ元々仲がよかった気がしないでもないしな」

「おお、それはめでたい。結婚の際には是非お祝いの品を送りたいところですな」

 

 少しのぼせてきた、と感じたソウヤは再び風呂の渕に腰掛ける。が、上がろうとする様子はない。

 

「これでバナード、お前、そしてロランと妻帯者が増えるな。……この調子だと次は姉上か?」

「こう言ってはなんですが……閣下を迎える男性は、閣下と張り合えるぐらいでなくてはなくては務まらないでしょう」

「だよな。……つーわけでソウヤ、お前姉上と結婚する気はないか?」

 

 急に話を振られ、一瞬ぽかんとした表情を浮かべた後、ソウヤは眉をしかめた。

 

「……なぜそこで俺が出てくるんです?」

「だってよ、お前姉上にケンカ売ったそうじゃねえか?」

「売ってませんよ。あの方にケンカなんて売ったら今頃ここでこうしてられないでしょう」

「おや、妙ですな……。自分の耳にも勇者殿が閣下を黙らせた、と入ってきましたが」

 

 ソウヤの表情がおかしいと言わんばかりの様子に変わる。

 

「……ちょっと待ってくださいよ。ガウ様、その話の出所どこです?」

「ジェノワーズだ。お前と姉上が口論してるところを見たって話を聞いた、って言ってたぜ」

「又聞きじゃないですか、それ。確かに口論……までいってないな、意見の衝突で話をしたことは以前ありましたよ。ですが俺がレオ様を黙らせたとかケンカ売ったとか、尾びれ背びれが着きすぎでしょう」

「噂話などそんなものですぞ。……しかし実際閣下と舌戦を繰り広げた、ということなら、まさに閣下と張り合える男性ではありませんかな?」

「だな。どうよソウヤ? 姉上もお前のこと段々気に入ってきたみたいだし、お前もまんざらじゃないんだろ?」

 

 はあ、と大きなため息。

 

「相手は領主、俺は勇者とか言われてても元の世界に戻ればただの学生ですよ? 身分が違いすぎるでしょう」

「身分なんて気にすんなよ。ゴドウィンとエリーナは騎士とそれに仕えるメイド、ロランとアメリタだって騎士団長と姫様の専属とはいえ一秘書だぜ? ましてや元の世界とか関係ねえ、ここじゃお前は勇者だ。それだけで何の問題もねえよ。お前さえその気なら明日にでも俺が姉上を引き摺り下ろして領主になってやる。その方が都合もいいだろうしな」

「……昨日俺に『覚えておけ』と言ったのはそういう意味だったんですか」

 

 再びため息をこぼし、ソウヤが立ち上がった。

 

「……のぼせてきました、先に上がらせてもらいます」

 

 そう言うと2人に背を向け、浴室から出て行ってしまった。

 

「おや……気に障ってしまったようですかな」

「いや、あいつきっと照れてやがるんだよ。……ったく、シンクと戦ってちっとは素直になったかと思ったが、ああいうところは素直になってねえなあ」

「……本当にそうですかね?」

 

 ゴドウィンはガウルの予想は見当違いだ、と言いたげであったが、一方のガウルは間違いない、と自信たっぷりである。

 と、その時ガウルはあることを思い出した。

 

「……あれ? そういや俺あいつにハチ蜜取りに行くって事しか言ってなかったような……。ま、いっか!」

 

 

 

 

 

「昨日今日とお疲れ様でした、レオ様」

 

 ヴァンネット城、レオの自室。昨日の戦に対する領主会見を終えて部屋に戻ったレオにビオレが労いの声をかけた。

 

「うむ。戦も一段落つくじゃろう。ようやく少し落ち着けそうじゃ」

 

 椅子に腰掛けると手にグラスを持ち、ビオレがそこに色鮮やかな液体を注いでいく。

 

「……これでやっとソウヤ様とゆっくり話でもできるんじゃないですか?」

 

 口に運んだ果実酒を思わず噴出しそうになってレオが咳き込む。

 

「な、なぜそこでソウヤが出てくるんじゃ!」

「あら、だってレオ様、昨日の戦勝祭の前の僅かな時間にソウヤ様とお話したと聞きましたよ。あれだけの時間では何も話せなかったでしょうから、もっとゆっくりお時間を取りたいと思ってるのではないかと」

「……何でそのことを知っておる?」

「メイド達の間で話題になってましたよ? レオ様の部屋にお茶を持っていったらソウヤ様がいらした、って」

 

 チッとレオが舌打ちをこぼす。

 

「……あいつら、本当にそういう話が好きじゃな」

「ですからそんなレオ様のために、明日のスケジュールを空けておきました」

「……は?」

「ガウ様から聞いたんですが、明日ハチ蜜取りに行くそうです。勿論ソウヤ様も一緒に。なのでレオ様も明日一緒に行ってはいかがですか?」

「いや一緒にって……明日のレザン王子との定例の通信会談はどうするんじゃ!?」

「ドラジェの方から、ここのところ戦続きで忙しいだろうから今回は中止で構わないという申し出があったので、私のほうでそれを了解しておきました」

 

 ドラジェ領国。それはガレットの貿易相手で近隣国である。ビスコッティ同様友好な関係を築いており、時折戦も行われていた。レザン王子はそのドラジェ領国の王子にあたる。

 

「中止、って……仮にも公式の会談じゃぞ!?」

「……レオ様、向こうからの申し出を断っては逆に失礼に当たります。ここのところ戦の連続で忙しかったのは事実です」

「しかし……」

「とにかく、それを除けば後に回しても構わない公務ばかりです。明日は気分転換にお出かけください。こうでも言わないとまた無理をされるし、ソウヤ様がこちらに滞在していられる期間も限られているんです。勇者様の接待をするというのも、召喚主として重要な仕事と思いますよ」

 

 レオは何も返さずグラスの液体を一口呷った。

 

「……わかった。せっかくのビオレの気遣いじゃ。それに甘えるとしよう」

「ありがとうございます」

 

 頭を下げ、ビオレが空いたグラスに再び酒を注いでいく。

 

「では私の方からガウ様に伝えておきますね。……レオ様がソウヤ様と一緒に行けるのを楽しみにしていた、と」

「だ、だからなぜそうなるのじゃ!」

「違うのですか?」

「違うわ! ……まったく寄って集って人をからかいおって……」

 

 不機嫌そうにそう言うとグラスの中の酒を一気に飲み干す。しかし口ではそういいながらも、内心では明日を楽しみにしているレオであった。

 

 

 

 

 

 明くる日。ビスコッティ南部、ハチェスタ森林地帯を目指し、一行はヴァンネット城を出発してビスコッティへと続く街道を進んでいた。

 

「しかしよ、姉上が来るなんて珍しいな」

 

 セルクルを寄せ、ガウルがレオに話しかける。

 

「丁度スケジュールが空いていたのでな。ビオレに行ったらどうだと薦められたので、ついて行くことにしたんじゃ」

「へえ……」

 

 姉のその言葉を聞いて弟はニヤリと意地悪そうに笑う。さらにセルクルを寄せ、姉にそっと耳打ちをした。

 

「……ビオレからはソウヤが行くって言ってたからついていく、って聞いたぜ」

「なっ……!」

 

 見る見るうちにレオの顔が赤くなっていく。

 

「ち、違うぞガウル! ワシは……」

「大丈夫だって姉上、わかってるから。ったく、いつの間にこんなからかいがいのある姉になっちまったんだ?」

 

 そういえば昨日戦の時本陣でソウヤにも同じようなことを言われた、とレオは思い出し、再び顔を赤らめた。

 

「ん? どうした、姉上?」

「な、なんでもないわ!」

 

 そう言ってガウルの背を平手で叩く。

 

「いってえ!」

 

 思いのほか力が篭っていたらしい。ガウルがセルクルから落ちそうになった。

 

「あ……。す、すまん」

「すまんじゃねえよ! 弟をもっと労われよ!」

 

 そんな姉弟の後ろをソウヤとジェノワーズの4人が続く。

 

「いやあ、やっぱあの2人は仲ええで」

「いや、どう見てもガウ様が一方的にどつかれたように見えたんだが……」

「多分そんなことない。きっとガウ様が余計なこと言ったんだと思う。……ベール、どうなの?」

「んー……。おそらくそんなところですねー。さすがにこの距離だとあまりよくは聞こえないけど……」

 

 自慢のウサギ耳をピンを伸ばしつつ、ノワールの質問にベールが答えた。前の姉弟との距離はそこそこ開いている。何かを話している声は聞こえてくるが、ソウヤの耳では内容まではまったくわからないような状態だった。

 

「この距離で2人の会話が聞こえるのか?」

(サンクト)ハルヴァー王国出身の私の聴力を持ってすれば結構遠くの音まで聞こえたりするんですよ。……でもさすがにこれだけ離れてて小声だと全て聞き取るのはちょっと難しいですけど」

「せやからソウヤ、お前も誰にも聞かれてないと思って迂闊に話すと、ベールには全部筒抜けだった、何てこともありかねんで?」

「……これからは話す時に周りにベールがいないか確認してからにする」

「え、ええ!? なんかそれちょっと酷くないですか!?」

 

 ソウヤがベールのほうを向いて一つ小さく笑った。

 

「……ソウヤ、変わったね」

「何がだ?」

 

 ノワールにかけられた声に対し、振り返りながらソウヤが尋ねる。

 

「前はもっと無愛想で、全然笑わなくて無口だった。でも今は私たちとも普通に話すようになった、と思って」

「……お前に無愛想とか無口とか言われるとは思ってなかったな」

 

 その返しに思わずノワールが「う……」と言葉を詰まらせる。

 

「おいソウヤ、前も言ったと思うけどこの子拗ねると長いんやから、あんまいじめんといてな」

「……今のも悪いのは俺か?」

 

 ソウヤが苦笑を浮かべた。

 

「おう、三馬鹿プラス勇者。楽しそうなのはいいけどよ、待ち合わせ時間に遅れるのは嫌だからちょっとばっかしスピード上げるぞ?」

「りょうかーい。……ほら、ガウ様にまで怒られたわ」

「別に怒ってはいなかったろ。……お前らと話すと疲れる。先に行くぞ」

 

 少し呆れ気味に、だが本心から嫌がっている様子ではない表情を浮かべ、ソウヤがセルクルの速度を上げた。ジェノワーズの前に出て、さらに距離が開いていく。

 

「あいつ、本当に先に行ったで」

「元々無口な人だったし、話すことに慣れてないのよ、きっと。……でもノワの言うとおり変わったわね」

 

 3人が顔を見合わせ、全員が笑って頷く。そしてソウヤに遅れないよう、3人ともセルクルのスピードを上げた。

 

 

 

 

 

 ソウヤ達6人がハチェスタ森林地帯に着いたとき、ビスコッティ側で到着しているのはブリオッシュとユキカゼの2人だけであった。

 

「おや、レオ様がいらっしゃるとは珍しいでござるな」

「そう言うダルキアン、貴様もな」

 

 昨日2度にわたって激闘を演じた2人が言葉を交わす。

 

「他の連中まだ来てないのか?」

「拙者達は先に出て来たでござる故。シンクとエクレとリコのお城組も荷物と共にもうすぐ到着すると思うでござるよ」

 

 ソウヤが隠密部隊の2人を見る。共に戦や任務の時用の騎士服と装束をそれぞれ身に纏い、ユキカゼは背に矢筒と弓まで持って完全武装である。

 それはガレット側も同様で、輝力武装するガウルこそ丸腰に見えるが、ジェノワーズの3人も武器を用意し、レオも右手の指には緑の宝石の指輪、すなわち魔戦斧グランヴェールが存在している。

 

「ガウ様、城を出たときからずっと気になってんたんですが……」

「ん? どうした?」

「なんで全員武器持参なんです?」

「そういうお前だってエクスマキナ持ってきてるじゃねえか」

「それはそうですが……。国の宝剣を正式に預かってるわけですから、責任持って肌身離さず身につけているぐらいのつもりでいます」

「ほう、なかなかいい心がけじゃな。さすがわが国の勇者、というわけじゃな」

「……からかわないでください、レオ様」

 

 ソウヤが苦笑を浮かべる。

 

「それでさっきの俺の質問なんですが……」

「ごめーん! ガウルー!」

 

 口にしかけたソウヤの質問は、遠くから聞こえてくる声によってかき消された。

 

「お、シンク!」

 

 シンクにエクレール、そしてリコッタが合流する。さらにその後ろには大量の荷物が積んであると思われるセルクルとそれに引かれる荷車。

 

「すみませんレオ様。お待たせしてしまい……」

「気にするな、タレミミ。それより食料を用意させてしまってすまなかったな」

「いえ。元々こちらが言い出したことですし、それに前回はガレット側に出してもらっているので……」

「……お話中いいですかね?」

 

 ソウヤがレオとエクレールの会話に割り込んだ。先ほどから疑問の数は増える一方である。

 

「なんじゃ?」

「ハチミツ取るのに食料とか必要なんですか? ついでにさっき聞きそびれた全員が武器持参してる理由も出来れば答えてもらうと助かります」

「それは勿論必要でありますよ」

「詳しいことは行ってからのお楽しみ、ってことで。僕も最初びっくりしたし」

「シンク、知ってるなら教えてくれ」

「ダメダメ。行ってからのお楽しみだって。その方が楽しいだろうし」

「シンクがそう言うなら行くまで伏せておくか」

 

 ガウルも意地悪そうに笑う。

 

「……それならそれでいいですが、でしたら早いところ行きましょう。意外とこう見えて気になるのはさっさと処理しておきたい性格でしてね」

 

 ソウヤにしては珍しい、ジョークとも取れる一言に思わずレオの表情が緩まる。

 

「では勇者殿のご希望通り、『ハチ蜜』取り、行くとするかの!」

 

 

 

 

 

『なんやワレエ?』

 

 いざ、「ハチ蜜」を取りに来た一向だったが、森に入って出会ったのはなんとクマだった。

 

「……クマ?」

「ああ、クマだ。こいつらがハチくま、正式名称『ハチェスター黒熊』だ。こいつらは摂取した蜜や果物を体内の蜜袋に溜めて熟成させるんだ。で、それを取り出したのが『ハチェスター黒熊の蜜』、略して『ハチ蜜』ってわけだ」

「……は?」

 

 得意気なガウルの説明を聞いたソウヤが、らしくなく間の抜けた声を上げる。

 今ガウルが言ったとおり、ここフロニャルドにおいて「ハチ蜜」とはハチェスター黒熊が体内生成した蜜のことを意味する。全員が武装していることから、凶暴ではないだろうが蜂がいる、ぐらいまではソウヤも予想していたが、さすがにこれは予想の範疇を越えていた。

 というか、本来ならクマが現れたこと以上にクマが話している、しかも言葉遣いがやけに悪いということをソウヤは突っ込むべきだったかもしれない。だが良くも悪くも彼はこの数日間でフロニャルドという異世界に順応してしまっていた。結果、「ありえることだ」という考えでその突っ込みを放棄することにしていた。

 

「ね、びっくりしたでしょ? 僕も自分の世界のハチミツ取りを想像してたから、最初すごく驚いちゃって」

「いや、驚くというか……。『ハチェスター黒熊の蜜』? 略し方が紛らわしすぎる……もっと違う略し方があるだろ」

「ま、ガレットやと『ハチくま蜜』って言い方もするんやけどな」

「なら最初からそう言っておいてくれよ、黄色いの。……それで、まさかこのクマの腹を掻っ捌いてハチ蜜を持ち出すとか言うんじゃないだろうな?」

「そんな恐ろしいことはしないでありますよ。ハチくまはハチ蜜を巣に溜め込んでいるでありますから、それを分けてもらうであります」

「その第一段階が交渉。だから食料をシンクたちに持ってきてもらった、ってわけ」

 

 ノワールの補足にようやくソウヤが納得した表情を見せた。

 

「なるほどな。それで交渉決裂したら実力行使、ってわけか。だから食料持参、全員完全武装だったと」

「まあそういうことだ。……おいハチくま! 今日はハチ蜜を分けてもらいに来たんだ! 食料はたんまり持ってきたし、これと交換ってことでどうだ?」

「こいつの姉、ガレット領主のレオンミシェリ・ガレット・デ・ロワじゃ。ワシからも頼みたい」

 

 ガレット権力者の2人が頼み込む。ハチくまは一瞬考えた様子だったが、

 

『おとといきやがれや』

 

 そっぽを向き、あっちへ行けと手を動かした。

 

「この野郎、上等じゃねえか! だったら決闘を……」

「あー、ガウル殿下、しばし待っていただいてもいいでござるか?」

 

 血気に逸るガウルを制し、ブリオッシュが一歩前へと出る。

 

「ハチくま殿、母熊殿は元気にしてるでござるか? 昔馴染みのダルキアンが参ったと伝えていただけると嬉しいでござるが」

『ダルキアン……? もしかしておかんが武芸を教わった……?』

「そうでござる。頼めるでござるか?」

『……ちょっと待っとってや。おかんに話通してくる』

 

 そう言うとハチくまは森の奥へとのしのし歩いていく。それを確認するとソウヤはブリオッシュへと話しかけた。

 

「ダルキアン卿、知り合いなんですか?」

「そうでござる」

「ここのハチくまの母熊さんの先生なんだって」

「昔故あって武芸を教えたことがあってな。拙者がいたほうが話が早いかもしれないと思って今日は着いて来たでござるよ」

「……さすが大陸一の剣士。獣までが師事してるとは思ってもいませんでしたよ」

 

 ソウヤの皮肉っぽい一言に思わずエクレールとユキカゼがムッとした表情を浮かべ、ソウヤを睨みつける。

 

「……信奉者の2人、そう睨むな」

「別に」

「睨んでないでござる」

「嘘付け。……こりゃダルキアン卿のことで迂闊な発言は出来そうにないな」

「はは。拙者は気にしていない故、構わないでござるよ」

「そうは言いますが、あなたが構わなくても、あの2人が許してくれそうにないですからね」

 

 苦笑を浮かべつつソウヤがそう言った時、森の奥から2頭のクマが近づいてくるのが見えた。片方はさっきまでここで話しをしていたハチくま、もう1頭はそれより大きく頭に花の飾り物をつけたハチくまだった。

 

『あら、ほんとにセンセやないの』

「元気そうでなによりでござる、母御殿。実は今日はお願いがあって来たでござるが……」

『ああ、息子達から話は聞いとるで。ハチ蜜がほしいんやろ? いくらセンセでもただでは……と言いたいところやが、まあウチとセンセの仲や。食料と交換でええから持っていきいや』

 

 母熊が子熊に視線を送る。それを受け、子熊が再び森の奥へと戻っていった。おそらくハチ蜜を持ってくるのだろう。

 

「かたじけない。恩に着るでござる」

『ええってことよ。……代わり、と言ったらなんやが、一つ頼み聞いてくれんか?』

「頼み……でござるか?」

 

 

 

 

 

 母熊がブリオッシュに頼んだ内容とは、「近頃森の土地神が減ったような気がしており、守護力が弱まったように感じる。その原因を調べてほしい」というものだった。

 土地神とはその土地に暮らす精霊に近い生き物である。形は様々、地球の生物でいえばカエルのようなどこか愛嬌のある物から、夜道に現れたら思わず声を上げてしまうような姿の物までいろいろである。その土地神が住むということは自然の実りが豊かな証、そしてフロニャの守護力が強く働いている証でもある。

 

「つまり人であれ獣であれ、大抵は土地神が多く住む、フロニャ力の強い場所に住居を構える。その方が生活がしやすいからじゃ。そのため、土地神が減るということを何か良くないことの前触れ、と捕える者もいる」

「土地神が減るということはフロニャ力が弱まるということ。私達が戦で怪我をしないのはフロニャ力のおかげ。だからその地のフロニャ力が弱まるのはよくないことだし、原因は究明した方がいい」

 

 レオの説明にノワールも補足する。ソウヤはその説明を黙って聞いていた。

 今この場にいるのはガレット側の6人のみ。ブリオッシュとユキカゼは別行動を取り、シンク、エクレール、リコッタの3人はハチくま相手に食料品とハチ蜜の交換作業を行っていた。

 

「でもよ、ダルキアンが言ってたのは本当なのか? 『もしかしたら魔物の可能性がある』とかって……」

「ありえると思うで。魔物ってのはフロニャ力の弱いところで出やすいんやろ?」

「だとすると……またあのときみたいな魔物が出てくるの……?」

「それはないじゃろ。ダルキアンもそう言っておったし」

 

 平和であるはずのこの世界、フロニャルドにおいてその平和を根底から覆しうる存在、それが魔物である。歴史を紐解けば国が一つ魔物に滅ぼされた、という事例もある。

 かつてシンクとミルヒが打ち倒した魔物は古に封印された強大な存在であり、それほどの存在となれば気候が変動し、大気は荒れ、大地を切り裂くほどの力を持つものとなる。

 だがそこまでの力を持つ魔物は非常に稀である。それは魔物を生み出す元となる呪い、あるいは悲運の元凶となる怨恨、憎悪など、そう言ったものの重さと魔物の力が比例するからであり、そこまでの呪いを持つ存在自体が稀少であるから、というのが理由だった。

 

 「討魔の剣聖」とも呼ばれるブリオッシュとその右腕であるユキカゼは、実はこういった魔物を狩る狩人でもある。その狩人が母熊から土地神が減った、という話を聞いたとき真っ先に疑ったのは魔物の存在であった。

 通常、魔物狩りは極秘に行われることであり、ブリオッシュも基本的にユキカゼに口外を禁止するほどである。だが、ブリオッシュとユキカゼが危険すぎるほどの強大な力は感じないこと、今顔を合わせているメンバーは信頼できること、何より魔物が原因と決まったわけでないこと、という点から協力を要請してきたのであった。

 

「通常は極秘でござるが、今回は魔物と確定したわけではないし、仮に魔物であったとしてもそこまで強大ではないようである故、皆で手分けして魔物、あるいは土地神が減少した原因を探してほしいでござる。その方が早く原因を究明できると思うでござるし。ただし、魔物の類を見つけたら真っ先に拙者に連絡すること」

 

 それを条件とし、現在手分けして探しているところである。もっとも、ここまで原因らしい原因は見つかっていない。

 

「しかし魔物か……。平和なファンタジーの世界かと思ったら意外と危険な存在もあるんだな」

「お前の読んでる物語にも魔物のような存在が出るのか?」

「しょっちゅう出ますよ、というか敵のほとんどはそういった類です」

「ならお前としては嬉しい展開ではないのか?」

 

 レオにそう言われ、ソウヤは苦笑を浮かべる。

 

「本音を言えばそうです。……ですがこれは物語じゃない。俺だけならまだしも、フロニャ力が弱まっているとあればここにいる全員が怪我をする危険性がある。なら浮ついた気持ちだけではいけないってこともわかってます」

 

 ソウヤのその言葉にレオはほう、と感心したような声を出した。

 

「なかなかいいことを言うようになったの。じゃがな、『俺だけならまだしも』というのは気に入らん。お前はもっと自分を大切にしろ」

「無論、もう自分を粗末にするつもりはありませんよ。ただ、場合によってはそうなる可能性もあるという、覚悟を言ったまでです。……もしあなたを傷つける存在がいれば、俺がこの身に変えてもあなたを守る、ってことですよ」

「な……!」

 

 レオの顔が赤くなる。それを見ていた4人もニヤけ出して2人を見る。

 

「き、貴様ごときがワシの身を守るなど、思い上がりもはなはだしいわ! 馬鹿なことを言っとらんでさっさと原因を探すぞ!」

 

 レオがソウヤに背を向け、ドーマを進める。

 

「レオ様、あなたを守る存在より前に行っちゃダメやないですか?」

「う、うるさいぞジョーヌ! 貴様、ワシをからかうなどどうなるかわかってやっておろうな!?」

 

 グランヴェールを実体化させて手にしたレオの背後に紋章が輝き始めた。

 

「え、え!? いやそんないきなりマジギレされましても……。ちょ、ちょっとノワ、ベル! ついでにガウ様も! 見てないで助けてな!」

「しらねえな、お前の責任だ」

「自業自得」

「ジョー、骨は拾ってあげるからね……」

「あー! もうこの白状者共!」

 

 ジョーヌがセルクルを走らせレオから逃げようとする。が、レオもドーマをそれより早く走らせ、もはや紋章砲を放ちそうな勢いだ。

 そんな様子を見ていたソウヤがやれやれとため息をつく。そして少し距離を離された一団に追いつこうと自分のセルクルを進めようとした。

 

 ――その時だった。

 

『見つ……けた……』

「ん……?」

 

 何か声が聞こえたような気がしてソウヤが辺りを見渡す。だが少し距離を離されたじゃれあう5人以外の姿はどこにも見えない。少なくとも聞こえたのは老人のような皺枯れた声だった。一緒にいる者の声ではない。

 

(気のせいか……)

 

 ソウヤがそう思い、再びセルクルを進めようとした時。

 

『見つけた……』

 

 今度はよりはっきりとその声が聞こえる。

 

「誰かいるのか!?」

 

 声が聞こえたと思う方へソウヤが尋ねる。だが返事はない。

 

『こっちだ……』

 

 代わりに自分を呼ぶ声が聞こえる。

 ソウヤはセルクルを降り、その声の方へと歩いていく。

 

「ちょ、ちょっと待ってーな! レオ様落ち着いて……。ほら、ソウヤからも何とか言って……」

 

 5人が異変に気づいたのはその直後だった。

 

「あれ? ソウヤどこや?」

 

 ここにきてようやくジョーヌはソウヤがいなくなっていることに気づく。

 

「ジョーヌ、その手は食わんぞ……!」

「いや、ほんとにいないんや! さっきまで1番後ろにいたはずなのに……」

 

 ジョーヌのその言葉に全員が今までソウヤがいたはずの場所へと視線を移す。しかしそこには誰もいない。

 

「ソウヤ? どこ行った?」

 

 ガウルが言葉を投げかけるが答えはない。ガウルは自分のセルクルを来た道を少し引き返す形で進ませる。

 

「おい……。こいつ、ソウヤが乗ってたセルクルじゃねえか!?」

 

 主を失ったセルクルはその場で立っていた。4人もその場所へと駆け寄ってくる。

 

「おい! お前の主人、どこに行った!?」

 

 そう問いかけられたセルクルはクエッとより木が生い茂る森の奥をクチバシで指す。

 レオがその指し示された先へ行こうとしたその時――身震いするほどの寒気が背中を走った。何か、まずい。彼女はそう直感する。

 

「……ジョーヌ、ベール。ダルキアンを呼んで来い」

「レオ様?」

「どうかなさいまし……」

「いいから呼んで来い! 今すぐに!」

 

 さっきまでの雰囲気と一転した硬い声色、そしてその口調に2人は顔を見合わせた。これはただごとではない、とセルクルを走り出させる。

 

「どうしたんだよ、姉上!?」

「……ガウル、お前は感じないか? この奥から溢れてくる禍々しいまでの気配……」

「気配? ……いや、俺は何も……」

 

 ガウルの返答を最後まで待たずに、レオがその木々の奥へと脚を踏み入れる。

 

「お、おい! 姉上!」

 

 嫌な予感がする。

 ミルヒの死を星詠みで見たときのような。一度その光景を目の当たりにしたときのような。――そしてソウヤを星詠みしようとして何も見えなかった、あの時のような。

 鼓動が早くなる。先ほど感じた寒気は止むことなく続いている。ますます強くなる嫌な気配に、それを振り払うように草木を掻き分けてレオが足を進める。

 

 そして、レオは見た。

 

「ソウヤ……?」

 

 そこに立っていた「ソウヤ・ハヤマ」を。

 だが、その右手には漆黒の剣が握られ、その周りには剣同様、夜の闇のような色の瘴気が立ち上り――その瞳は血に飢えた獣のように紅く変わっていた。

 「ソウヤ」を取り巻いていた漆黒の瘴気が広がる。

 

「こ、これは……」

 

 ドクン、と大きく心臓が鳴る。

 

『ソウヤを星詠みしようとしたとき、影に包まれたように何も見えなかった』

 

(違う……!)

 

 レオはその時ようやく気づいた。

 あれは見えていなかったのではない、間違いなく()()()()()のだ。それもここまではっきりと。

 

「ソ、ソウヤ!」

 

 自国の勇者の名を呼び、瘴気を振り払いながらレオが「ソウヤ」に駆け寄ろうとする。

 その時、瘴気が漆黒の剣に吸い込まれていく。

 

(あれだ、おそらくあの剣を離させれば……!)

 

 レオがそう思うと同時――。

 

「レオ様! いけない!」

 

 背後からノワールの声が聞こえたと思ったその刹那、レオは体に何かがぶつかった衝撃を感じ、ややあって腹部に激痛が走った。

 

「ソ、ソウ……」

 

 だが、呼ぼうとしたその名を最後まで口にする代わりに喉に熱い液体がこみ上げ、それを吐き出す。

 見れば自分の脇腹に漆黒の刃が突き立てられ、今この瞬間も赤い染みを服に広げている。

 そして自分を刺した者の口が残虐そうに醜く歪み、レオはそこから発せられる人ならざる者の声を耳にした。

 

『見つけたり……我の最強の使い手……! 我、ここに甦らん……!』

 

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