DOG DAYS DUAL-BRAVER   作:天木武

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Episode 14 悪夢の魔剣

 

 

「この気配……!」

 

 ソウヤの異変と時を同じくしてブリオッシュとユキカゼはただならぬ空気を感じていた。

 

「お館様、これはもしや……!?」

「ああ……。拙者の嫌な予感が当たってしまった……!」

 

 ガレット勢と手分けしてハチェスタ森林を調査し始めてから数刻、自分達が調べていた範囲において土地神は減っているどころか、むしろ増えていると感じた辺りで、ブリオッシュは一つの不安を抱き始めていた。

 土地神とはその地に留まるのが常ではあるが、己の身の危険を感じれば留まっていた地を離れることもある。そしてその己の危険とは――「魔」の存在。すなわち魔物である。

 魔物はフロニャ力の弱いところに生息すると言われている。一般的にその説明で間違いはない。だが厳密にはフロニャ力の弱いところに生息するのではなく、魔物を恐れて土地神が逃げるために、結果としてその地のフロニャ力が弱くなるのだ。

 その逃げた土地神は当然他の地へと移る、すると今度はその地のフロニャ力が強くなったと感じられる。すなわち、フロニャ力が弱くなった気がする、といわれた地においてむしろ逆に強くなったと感じられた場合、その地の近辺に魔物の存在する可能性が高い、ということでもある。

 

(それにしてもこの気配……。最初拙者が感じたときよりかなり邪悪に感じられる……。どういうことか……)

 

 胸騒ぎがする。そしてその胸騒ぎは不幸なことに的中することとなる。

 

「ダルキアン卿! ユッキー!」

 

 聞こえてきたのはジョーヌの声だった。

 

「ジョーヌ、それにベールでござるか。この気配、魔物でござるな?」

「え? そ、そうなんか? ウチらはレオ様にすぐにダルキアン卿を呼んで来いって言われただけで……」

「ソウヤさんがいなくなっちゃって、探してるときに突然そう言われて……すごく焦っていたようでしたが……」

 

 ベールからの報告を受けるとブリオッシュの顔色が変わる。

 

「……ジョーヌ、ベール、すまないがエクレール達にこのことを伝えてもらえるでござるか?」

「え? まあいいですけど……」

「よろしく頼むでござる」

「あ! 場所は……」

「大丈夫、大体の予想はついているでござる」

 

 そう言うとダルキアンは自身のセルクルであるムラクモを全速力で走り出させ、ユキカゼもそれに続いた。

 

「お館様、先ほどの話、もしやソウヤは……」

「考えたくはない……。が、この胸騒ぎ……。拙者の見積もりが未熟だったと言わざるを得ないかもしれないでござる……」

 

 ユキカゼが主の顔を窺うと、珍しく焦燥の色が濃く出ている。

 

(それほど良くないことが起ころうとしている……)

 

 そう思って表情をやや曇らせ、ユキカゼはブリオッシュに遅れぬようセルクルのスピードを上げた。

 

 

 

 

 

「姉上っ……!?」

 

 ガウルが目にしたのは、自国の勇者がその召喚主に刃を突き立てるという衝撃的な光景だった。

 その「ソウヤ」が左腕を突き出す。そこから放たれた衝撃波がレオの体を吹き飛ばした。

 

「姉上っ!」

 

 咄嗟にガウルが駆け出す。間一髪、地面に激突しようとするレオの間に体を割り込ませた。

 

「おい姉上! 大丈夫か!? しっかりしろ、姉上!」

「ガ……ガウ……ル……」

 

 弟の呼びかけにレオは呻くように名を呼ぶ。

 レオの腹部を支えた左手に熱くぬめる感覚を感じる。見れば、その左手は赤く染まっていた。

 慌ててノワールが駆け寄り、手の甲の紋章を輝かせながらレオの傷口に両手から生まれる光を当てる。

 

「ソウヤ……てめえ……!」

 

 レオをノワールに任せ、ガウルが立ち上がった。

 

「ガウ様! ダメだよ!」

 

 ノワールの忠告を無視し、

 

「輝力解放! 獅子王爪牙!」

 

 両手に輝力武装による爪を展開してガウルが「ソウヤ」へと飛び掛った。

 

「だ……ダメじゃ……ガウル……」

「レオ様喋らないで! 今紋章術で治療してるから……」

「そいつは……間違いなくソウヤなんじゃ……そいつを斬れば……ソウヤが傷つ……ゴホッ!」

「レオ様……」

 

 口から血を吐き、そして気を失ってしまう。それでもレオはガウルにその「ソウヤ」と戦ってはいけないと伝えようとしていた。

 だがその声はガウルには届かない。

 

「うおおおおおおっ!」

 

 ありったけの力を込めてガウルが「ソウヤ」へと輝力の爪を連続で叩きつける。しかしそれは右手の漆黒の剣によって軽々と打ち払われていく。

 

「なぜだソウヤ! お前は姉上を守るって言ってたじゃねえか! なのになぜだ!」

 

 その問いへの答えはない。代わりにその口元が残忍そうに歪んだ。

 

「答えろ! ソウヤ!」

『なるほど……。ソウヤというのはこの者の名か……』

「な、何……!?」

 

 聞こえた声に思わずガウルが動揺する。彼の知るソウヤの声とは異なる、人ならざる者の声。その一瞬の隙を突かれ、下からの切り上げに反応が遅れた。

 

「ぐっ……!」

 

 防御した両腕が大きく払われる。続けて突きの構えを取られたのがガウルの目に入った。

 

(間に合わねえ……!)

 

 やられる、そうガウルが覚悟を決めた時、

 

「一の矢・花嵐!」

 

 紋章術の矢が「ソウヤ」目掛けて飛来する。その矢を弾くために追撃の手が一度止まる。が、続けてガウルへの追撃を仕掛けようと踏み込む瞬間、今度は2人の間に割って入る影があった。

 その者の刀によって斬撃を防がれ、さらに反撃を交わすために「ソウヤ」が飛び退き、距離が空く。

 

「ダルキアン!」

 

 割り込んだ自由騎士、討魔の者の名をガウルが呼んだ。

 

「ガウル殿下、お下がりくだされ」

「下がれるかよ! あいつは姉上を……」

「お下がりくだされ」

 

 有無を言わせぬ二度目の口調に思わずガウルがたじろぐ。いつも飄々(ひょうひょう)としている彼女らしからぬ、重々しい声だった。

 

「……あれを討つのは我々の役目故……」

「何……? 『あれ』って……ソウヤじゃねえのか?」

「我々が狩るべき『魔物』とは不幸に見舞われた存在。ある者はその体を妖刀で貫かれて魔物となり、またあるものは捨てられた悲しみが怨恨となって魔物となる……。しかし前者のように、そういった呪われた物……すなわち、『禍太刀』が原因となって、魔の物へと変えてしまう場合があるでござる」

 

 説明しつつ、ブリオッシュとガウルの間にユキカゼが立つ。最初に紋章術の矢を放ったのは彼女だった。

 

「な……! じゃ、じゃあソウヤは……!」

「そう……。今はその禍太刀に体を乗っ取られている状況でござる」

『乗っ取られている、とはいささか誤っているぞ、我らを討つ者よ……』

 

 「ソウヤ」の口から発せられた、しかし明らかにソウヤとは異なる声。

 

『もはやこれは我が完全に支配した……。すなわち我は器で器は我なり。これは実に素晴らしい器だ……。まさに最強の器……。そして我は最強の剣なり……。すなわち我に敵なし……』

「ほう、最強とは大きく出たでござるな。……それを証明するためにソウヤ殿の体を使うつもりか?」

『理解が早いのは助かるぞ……我らを討つ者よ……。すなわちそのために……まずは主達を斬る……』

「させぬでござる。『討魔の剣聖』として」

『我を討つことはこの器を斬ることと同義なり……。主に斬れるのか……? この器を……』

 

 ソウヤを通して出る「禍太刀」からのその声に一瞬ブリオッシュの言葉が止まる。

 

「……斬る。ソウヤ殿もきっとそれを望むはず」

『よかろう……できるものならやってみるがよい……!』

 

 「禍太刀」がブリオッシュへと斬りかかる。それに対し、彼女は手に持つ大太刀でそれを止めて鍔迫り合いへ。

 そんな主の戦いの様子を見つつ、ユキカゼは視線は逸らさずに首だけを少し後ろへと傾けた。

 

「ガウル殿下、レオ様を安全な場所へ。可能ならシンク達と合流し、拙者達の戦いが終わるのを待っていてほしいでござる」

「しかし、お前ら2人で……」

「禍太刀狩りは拙者達の役目故……。まずはレオ様の無事を確保してほしいでござる」

 

 ガウルが返答に詰まる。

 

「ガウ様、私1人の治癒じゃ限界がある……。出来ればリコの手も借りたいし、ここから離れた方が守護力も働くから、その方がレオ様のためにもいいと思う」

「……わかった。ノワがそう言うならそうする。……ユキカゼ、ソウヤを頼んだぞ」

「了解でござる」

 

 最後まで主の戦いから目を離さずに答えたユキカゼを見送り、レオの右腕を肩にかけてガウルがその場を離れていく。

 

 その間もブリオッシュと「禍太刀」の攻防は続いていた。「最強」と自負しただけのことはあり、その剣はブリオッシュにも引けを取らない。加えて器となるソウヤの体の影響により、時折出される格闘が非常にやっかいなためにブリオッシュは攻めあぐねていた。

 

「くっ……!」

 

 今も相手の剣を払ったために追撃をかけようとした瞬間、見えない角度から蹴りが伸びてきたのだ。それを避けるためにブリオッシュの手が止まったところだった。

 

「閃華裂風!」

 

 ユキカゼの手に生み出された輝力による巨大な手裏剣が「禍太刀」を狙い、反撃を諦めさせる。その援護を受けてブリオッシュは距離を取り直した。

 

「助かったでござる、ユキカゼ」

 

 礼を言う主の顔からは余裕の色は完全に消えていた。

 

(やはり……乗っ取られた相手が悪かった……。剣術だけでなく体術にも長けるソウヤ……。しかも相手が異世界人のソウヤという影響もあってお館様は迂闊に相手を斬れない……)

 

 ギリッとユキカゼが奥歯を噛み締める。

 

(もはやソウヤの体自体が禍太刀として支配された以上、その体ごと斬らねばならない……。フロニャルドの者であれば、弱いとはいえフロニャ力が多少は働いているこの状況ならなんとかなるかもしれないでござるが、異世界人のソウヤは……)

 

『……剣が迷っているな、我らを討つ者よ』

 

 そのユキカゼの不安を見越したかのように「禍太刀」が口を開く。

 

『我ごと器を斬ることを躊躇っているのだろう……。我には解る』

「……斬る、と言ったはずでござる」

 

 あくまで冷淡にブリオッシュはそう返す。が、「禍太刀」は器となっているソウヤの口を醜く歪ませた。

 

『……ではそうするがよい』

 

 「禍太刀」が地を蹴る。上段からの力のこもった一撃をブリオッシュは刀の腹で受け流す。反撃に出した返す刀は離された距離に空を切る。

 再度両者の打ち込み。力が拮抗した瞬間、互いの刃が離れて「禍太刀」が中段へと右の回し蹴りを放つ。それをブリオッシュが肘で防ぐと同時、今度は上段からの打ち込みが迫る。

 だが蹴りの直後、バランスを取りきれていない状態からの攻撃ということをブリオッシュは見抜いていた。彼女がその攻撃を力強く上へと払う。剣ごと両腕が開け、防御を失った体がブリオッシュの目の前に見えた。

 

(好機……!)

 

 上へと払った刀を振り下ろす、狙うは上段からの袈裟斬り。防げない、と確信したブリオッシュだったが――。

 しかしその手は振り下ろすことを一瞬躊躇した。

 

『……やはり迷いがあったな』

 

 残忍な笑みを浮かべ、ブリオッシュの刀より早く、払われていた剣を「禍太刀」が振り下ろす。

 

「ぐっ……!」

「お館様ァー!」

 

 ブリオッシュのうめき声とユキカゼの悲痛な叫び声が森に響き、そして鮮血が宙を舞った。

 

 

 

 

 

「ここまでくりゃいいだろ……」

 

 ガウルは傷ついたレオを連れて戦闘の場から離れていた。

 

「ノワ、姉上の様子は?」

「……傷が深い。命に別状はないけど、私1人じゃこれ以上の治癒は難しいかもしれない……」

「くそっ……。なんだってこんな……」

 

 愚痴りながら素手で地面を殴り、意識が虚ろな姉の顔を心配そうに覗き込むガウル。

 確かにガウルは輝力の使い方には長けているが、こういった治癒のような方法として紋章術を使うことは不得手であった。こんな状況なのに何も出来ない自分が恨めしい。

 

「ガウ様ー? ガウ様どこやー?」

 

 と、その時ガウルを呼ぶ声が聞こえてきた。

 

「ジョー! ここだ!」

 

 立ち上がって声を張り上げ、自分の所在を知らせる。少し離れた位置に残りのジェノワーズであるジョーヌ、ベール、そしてハチくまとの物資の交換を行っていたシンクとエクレールとリコッタの姿が見えた。

 

「ガウ様! 無事そうでよかったわ……ダルキアン卿が魔物が出たとか言うとったし、エクレ達もハチくまに嫌な空気を感じるって言われたとかで……。え!?」

「レ、レオ様!?」

 

 ガレットの2人は領主の傷ついた姿に思わず言葉を失う。それは少し遅れてその場に着いたビスコッティの3人も同じだった。

 

「な、なんでレオ様が……」

「リコ、手伝って。治癒の紋章術使えたよね?」

「……あ、ご、ごめんであります。使えるであります」

 

 衝撃的な光景に思わず呆然としていたリコッタだったが、自分を呼んだ声我を取り戻す。そのまま自分の手をノワールの手の側へとかざし、手の甲の紋章を輝かせ始める。心なしか、レオの顔色が少し良くなったようにも見えた。

 

「フロニャルドの人達って怪我するぐらいのダメージを受けるとだま化するんじゃなかったの?」

 

 ずっとそれを聞くタイミングを窺っていたようにシンクの質問が切り出される。

 

「説明しなかったか? フロニャ力の弱いところでは私達も怪我をすることもある、と」

「……そうか。そういえば……そうだった」

 

 おそらくシンクは以前魔物と戦う前に、単身ミルヒを救出しようとして叶わずに怪我をしたレオを思い出したのだろう。

 

「それでガウル殿下、このレオ様の傷はやはり魔物が……?」

「……魔物といえば、もう魔物なのかもな……」

 

 ため息と共に意味ありげなセリフを一つ呟き、

 

「……姉上を刺したのはソウヤだ」

「「なっ……!?」」

 

 ガウルの言葉にその場の全員が息を飲んだのが解った。

 

「そ、そんな……どうしてソウヤが!?」

「……厳密には、もうあいつじゃねえ。ダルキアンがそう言った……」

「あいつやない……?」

「……魔物に体を奪われた、ということですか?」

 

 その言葉の主であるエクレールの方を向くとガウルは重々しく頷く。

 

「禍太刀とか言ってたな。ソウヤはそれに体を支配された、と」

「あの時の子狐と一緒……」

 

 シンクは再び以前の魔物と戦ったときを思い出す。あの時の原因は子狐に突き刺さった妖刀――すなわち禍太刀が原因であり、シンクとミルヒの手によってその妖刀は抜かれ、子狐を呪いから解放している。

 

「だったら、その禍太刀を破壊しちゃえば……」

「いや……。どうもそれが……できないらしい」

「そんな!」

「あの禍太刀はソウヤの体を乗っ取って言葉を話していた。どうも自分を消したければ、ソウヤごと切るしかない、ということを言っていた……」

「ダルキアン卿の様子を考えると……それが嘘じゃないんだと思う……」

 

 ガウルに続いてノワールからももたらされる事実にシンクが愕然とする。

 

「じゃあ……どうしたら……」

 

 そのシンクの問いは皆答えが知りたい問いだ。だがその答えは誰も教えてはくれない。

 誰もが言葉を発せず、その場で黙り込んでいた。

 

「う……」

 

 その沈黙を破ったのはレオのうめき声だった。

 

「レオ様!?」

「意識が戻ったでありますか!?」

 

 皆がレオへと駆け寄る。全員が見つめる中、うっすらと彼女の瞼が開かれていく。

 

「ワシは……」

「レオ様は怪我をしたんです。今私とリコの紋章術で治療を……」

「怪我……。確かソウヤを見つけて……それで……」

 

 そこまで言ったところでレオの瞳が見開かれ、意識が完全に覚醒する。

 

「そうじゃ……ソウヤ! ソウヤは……!」

 

 そう言って上体を起こそうとして、左腹部に走った激痛にレオは思わずうめき、顔をしかめた。

 

「レオ様、まだ応急処置しかしてないんです。無理しないで……!」

「ワシのことなどいい……! それよりソウヤは……」

 

 レオがその場の全員を見渡す。だが誰もその質問に答えようとせず、目を伏せる。

 

「……そうか。あれは……現実じゃったんじゃな……」

 

 そのことを確認させるように腹部がまたズキリと痛んだ。

 

「今ダルキアンとユキカゼが戦ってる……。もうあいつの体は禍太刀に支配されていて……あいつを斬るしかないとかって……」

「……そうか」

 

 辛そうに現状を報告するガウルを見つめた後でレオは目を地に落とす。

 

「……本当になんとかできないの?」

 

 シンクが再び訪れた沈黙を破る。

 

「シンク……」

「だって前のときは僕と姫様で禍太刀を抜いて、それで子狐を救うことが出来た。だったら……!」

「実にお前らしい意見じゃ。……もしかしたらまだワシらのことを覚えていて、禍太刀の呪いに打ち勝てるかもしれん……」

「レオ様……!」

 

 同意を得てシンクがレオのほうを見返した。

 

「よっしゃ! だったら行こうぜ! 俺達の声であいつを元に戻してやればいい!」

「でも……うまくいくでしょうか……?」

 

 ガウルの提案にベールが不安な表情でそう尋ねる。

 

「知るかよ! でもよ、何もしないでいるよりは可能性はあると思わねえか?」

「さすがガウ様、たまにはいいこと言うで!」

「一言多いぞ、ジョー! ……とにかく行くぞ、皆が反対しても俺は行く」

「無論ワシも行く。……無理強いはせん。残りたい者はここに残ってもいいぞ」

 

 そう言ってレオが全員を見渡す。だが皆の目はもはやその意思を決めている輝きを放っていた。

 その様子を確認したレオがフッと笑いをこぼした。

 

「……これだけ多くのものに心配してもらえるようになりおって。……行くぞ、あの偏屈勇者を説得するために……!」

 

 ガウルに肩を貸してもらいながらレオが歩き出す。そこにいた全員がそれに続いた。

 

 

 

 

 

 左肩を抑えながらブリオッシュが飛び退く。仕掛けようと思えば追撃が出来ただろうに、「禍太刀」はそれをしなかった。

 

「くっ……」

 

 傷の具合を確認する。左肩から胸部にかけてざっくりと斬られてはいたが、致命傷を覚悟していただけに思ったよりは深くはない。だがそれよりも「己の剣が迷っていた」という事実を突きつけられたことのほうが痛手であった。

 

「お館様、大丈夫ですか!?」

 

 不安そうな声を上げて駆け寄ろうとするユキカゼだが、ブリオッシュが怪我をした方の左腕でそれを制した。

 

「心配ない。致命傷からは程遠いでござる」

 

 そう聞いて一度胸を撫で下ろすユキカゼ。だが、主の傷口を押さえていた右手が離れ、そこが赤く染まっているのを目にして再び表情に不安の色が生まれた。

 

『肩から上を離してやるつもりだったが……少し浅かったか……。さすがだな……』

 

 そう言った「禍太刀」の口元が歪む。

 

「……よく言う。先ほどは追撃をかけようと思えばかけられたはず。だがそれをしなかった。……拙者が苦しむ姿を見て楽しんでいるんでござろう?」

 

 今度は歪んだ口元から歯が覗いた。

 

『……聡明聡明、実に物分りがいいな、我らを討つ者よ……。悲哀は愉悦に、苦痛は快楽に……。主達の心が絶望に染まるその瞬間こそ、我の至高の瞬間なり……』

「お世辞にもいい趣味とは言いがたいでござるな」

 

 軽口とは対照的にブリオッシュの顔に嫌悪の色が浮かぶ。

 

『……ではどうする? 我らを討つ者よ……』

 

 「禍太刀」の質問に答えず、ブリオッシュは僅かに顔をユキカゼのほうへと向けた。

 

「……ユキカゼ、『封魔陣』を頼むでござる」

 

 主からのその言葉にユキカゼが驚愕の表情を浮かべた。

 

「しかしお館様……それは……」

 

 そこまで口にしたところでユキカゼは主の表情に気づく。

 その表情はもはややむをえない、と言いたげであった。だがそれを言葉にはしない。すれば今迷いが生まれているその剣がより迷う、とわかっているからだろう。

 もはや目の前の「ソウヤ」を斬るより他にない、と解っているつもりでいても、それでも何か方法がないかと考えてしまっている。しかしそれ故に心に隙が生まれ、剣が迷う。その結果が左肩の傷だ。

 ブリオッシュはそのことを痛感している。そして封魔の者として自分が倒れることは許されない、そのことも承知している。加えるなら、心を決めねばならない、ということも。

 だからこその「封魔陣」の要求なのだ。ユキカゼはそのことに気づいた。

 

「……承知しました」

 

 短く答え、一つ息を吐く。そして懐から短刀を取り出し、逆手に持つと顔の前に構えた。

 

「……浮世に仇なす外法の刃……」

 

 ユキカゼの紋章術の詠唱が始まったのを聞くと同時。ブリオッシュが地を蹴り、「禍太刀」に斬りかかる。

 

「……封じて廻るが、我らの務め……」

 

 ブリオッシュの刃を受け流し、反撃に右の上段回し蹴り。だがブリオッシュが深追いしないためにそれは空を切る。

 

「……大地を渡って幾千里……浮世を巡って幾百年……」

 

 ユキカゼの足元に光り輝く魔方陣が広がる。さらに辺りにも同じ光が満ち溢れてくる。しかし今剣を交える2人の手は止まらない。

 

「……天狐の土地神ユキカゼと、討魔の剣聖ダルキアン……」

 

 一層光が激しくなる。ユキカゼの周り、いや、そこを中心として半径数メートルの周りを取り囲むように、光の剣が宙へと浮かんでいた。

 

「……流れ巡った旅の内、封じた禍太刀……五百と十本……!」

 

 これまで切り結んでいたブリオッシュが大きく後ろへと飛び退き、距離を開けた。追おうとした「禍太刀」だが異変を感じたのか、その脚が止まる。

 

「……天地に外法の華は無し!」

 

 光の剣が「禍太刀」の方へと切っ先を向ける。次の瞬間それは一斉に飛来し、「禍太刀」の全身へと突き刺さる。

 

『ぐ……!』

「朽ちよ! 禍太刀!」

 

 光の剣によって「禍太刀」は動きを封じられ、さらに残りの光の剣がブリオッシュの刀に吸われていく。それを受けて刀身は紫の輝きを放ち出し、一回り巨大化したようにも見える。――いや、実際にそれは彼女の輝力の光を纏い巨大化していた。そしてその紫の光はブリオッシュをも包み込む。

 

「……ソウヤ殿、御免……!」

 

 小さくそう呟いたブリオッシュの体が宙に舞う。大上段に構えた光を纏うその刀に、落下のスピードを加え――。

 

神狼滅牙(しんろうめつが)天魔封滅(てんまふうめつ)!」

 

 叫びと共に、刀を振り下ろす。それに対して「禍太刀」は動かない。いや、動けないのだ。

 封魔陣と神狼滅牙は一体の技と言ってもいい。光の剣によってその技の文字通り動きを封じ、そこをブリオッシュにしか扱えない秘技の神狼滅牙によって魔を絶ち斬る。

 2人の連携は完璧であり、これまで数百もの禍太刀を封じてきた方法である。それ故、逃れる術は存在しない。

 

 ――はずだった。

 

「な……!」

 

 ブリオッシュが驚愕する。動けるはずのない封魔の術を受けたのに、目の前の「禍太刀」は器であるソウヤの腕とその漆黒の刃によって己の太刀筋を受け止めたからだ。

 

『甘いぞ……我らを討つ者よ……』

 

 勝ち誇ったような声と共に剣を払い、体を一回転させて右の後ろ回し蹴りでブリオッシュの胴を狙う。動揺、加えて空中でバランスを崩していたブリオッシュはそれへの反応が遅れ、右のかかとが綺麗に体に吸い込まれていった。

 

「ガハッ……!」

 

 何かが折れるような音と共にブリオッシュの体が吹き飛ぶ。木を数本なぎ倒したところで、その体はようやく止まった。

 

「お、お館様!」

 

 慌ててユキカゼが駆け寄る。木にぶつかったときに出来た切り傷が目に付くが、おそらく問題はそこではない。

 

「ぐっ……! う……」

 

 苦悶の表情を浮かべ、ブリオッシュが左手で胴の右の部分を抑えている。

 

「……抜かった。まさかこのようなことが……」

「封魔陣は完璧でありました……。なのになぜ……」

『言わなかったか……?我らを討つ者よ……』

 

 背後から聞こえた声にユキカゼが険しい表情で振り返って短刀を構え、主を庇うように間に割って入る。

 

『我は器で器は我である、と……。我に支配されたとはいえこの器は元はヒト……。すなわち、我には通じず……』

 

 ニヤリ、と冷酷な笑みが口元に浮かぶ。

 

「そんな……」

 

 悲壮感溢れる声をユキカゼが漏らす。それを聞いた「禍太刀」はますます愉快そうに笑みをこぼした。

 

『いいぞ……主のその絶望の顔……。それこそまさしく我らの糧……!』

 

 悦に浸る「禍太刀」を苦痛に歪む表情でブリオッシュは睨みつける。だが状況は最悪、必勝の策を封じられ、自身もこの深手。もはや打てる手などないに等しい。心を決め、ブリオッシュはユキカゼにそっと耳打ちをする。

 

「……ユキカゼ」

 

 その言葉にユキカゼが僅かに首を傾ける。

 

「……お主だけでもこの場を離れるでござる」

「なっ……!」

 

 思いもしない主からの言葉にユキカゼが振り返った。

 

「そんなことできるはずありません! 例えお館様の命令であっても拙者は……」

「ユキカゼッ!」

 

 自分を呼んだその声は、最初自分を咎めているのだと思った。しかしブリオッシュの視線はその先に向けられていることに気づく。

 振り返ったユキカゼの目に入ってきたのは上段に剣を構える「禍太刀」の姿であった。

 

「しまっ……!」

 

 剣が振り下ろされる。

 

 間に合わない。

 

 そう直感したユキカゼは反射的に目を瞑る。だがその剣の衝撃が体にぶつかることはなかった。

 恐る恐る目を開けると、自分と相手の間に割り込んだ緑髪の友が、その両手に持った短剣で漆黒の刃を受け止めてくれていた。

 

「……いくらユキに相手にされないからって……」

「エクレ!」

 

 両手に力を込め、エクレールがその剣を押し返す。

 

「戦って互いに認め合った友に剣を向けるほど貴様は愚かだったのか、ソウヤ!」

 

 一度黒い剣が引かれる。だが続けて中段への斬撃へ移行。しかしそれも再び割って入ってきた白銀に輝く長尺棒の腹で受け止められた。

 

「シンク!? お主まで……」

「目を覚ましてよソウヤ! 僕に言ったじゃない、フロニャルドをもっと楽しむって! 元の世界に帰っても僕達は友達だって!」

 

 攻めあぐねる、と判断したか、「禍太刀」は一旦距離を取り直した。

 

「エクレール、シンク、2人ともなぜ……」

「2人だけではない」

 

 声の方へブリオッシュが視線を移す。そこに自分同様傷つき、肩を借りながらも威厳を漂わせて立つレオの姿があった。

 いや、レオだけではない。ガウル、ジェノワーズ、リコッタ……。先ほどまでハチ蜜取りのために集まったメンバーが全員その場に集まっていた。

 

「そんな、なぜ……」

「……皆、ソウヤを助けたいからじゃ。体は禍太刀に支配された、と言われて、はいそうですか、と納得できんのじゃ」

「ウチらの呼びかけなんてもう届かんかもしれん。無駄かもしれん。でも……こうでもしないとウチらは納得できんのや……!」

「俺はあいつを信じるぜ。あいつが禍太刀なんぞに負けるわけがねえ!」

「ガウルの言うとおり。……僕もソウヤを信じる……!」

「皆……」

 

 全員の目がまだ諦めていないことをブリオッシュは確認する。

 

「ワシらは誰もまだ諦めてはおらん。……自分達の呼びかけでソウヤの心が打ち勝つのではないか、ソウヤへの信頼が勝るのではないか、そういう希望を抱いている」

『……それは実に愚かな考えだな、獅子の姫よ……』

 

 響いたのはレオの、いやその場にいる全員の心に僅かに残る希望を打ち砕くような声。

 

『信頼……? 希望……? 笑わせる……。その心が絶望へと墜ちる瞬間、それこそが我らの至福のとき……。すなわち我の愉悦となるより他はない。……そしてそちらから来てくれるとは、探す手間が省けた……。先ほど仕留め損ねた主、まずは獅子の姫から切り裂いて……』

「黙れ下郎」

 

 短く、だがはっきりとレオはそう言った。

 

「貴様に気安く姫などと呼ばれる筋合いはない。そして……貴様に斬られる気もない!」

 

 怪我をしているにもかかわらず、レオの体から溢れんばかりに闘気が高まる。

 

「ワシはソウヤを信じる。自分が選んだ……ガレットの勇者を信じる! 笑いたければ笑うがいい。じゃがこのレオンミシェリ・ガレット・デ・ロワ、己の選択に、後悔は一切ない!」

 

 一瞬空白が流れるが、「クックック……」と声を漏らして「禍太刀」が笑い出す。

 

『……笑止。主がなんと言おうと結局は……』

「……信じた者が最後は勝つ、それがお約束なんだよ」

 

 「ソウヤ」の口から出た人ならざる者の言葉、しかし次に同じ口から聞こえた声はまごう事なくソウヤの声であった。

 

『な……何……?』

 

 「自分」の口から出た言葉に「禍太刀」が動揺する。

 

『馬鹿な……この器は我が完全に支配したはず……』

「そう思うなら、目の前の『姫』を斬ってみたらどうだ?」

『あ、ありえぬ……体が動かぬ……』

「ちょっとばっかし……返してもらうぞ」

 

 同じ口から発せられる、独り言のような会話。しかしそれが独り言ではないことは、この場の全員が気づいていた。

 

「そ、その声……ソウヤ……なのか……?」

「ええ、俺ですよ、レオ様……」

「ソウヤ……!」

 

 側に寄ろうとレオが数歩足を進めるが、ソウヤが「待ってください」とそれを止める。

 

「……今現在、この体は俺のものであって、俺のものではない状態です。……呼びかけが聞こえて、あるいはユキカゼの封魔の術のおかげもあるかもしれまんせんが、俺はかろうじて自我を保つことに成功しました。しましたが……気を抜けば一瞬でこの体を再び占拠されかねないようです」

「な……。で、ではどうすれば……」

 

 ふう、とソウヤが息を吐き出す。まるで何かを決意するかのように――。

 

「……俺を斬ってください」

「なっ……!」

 

 思わずレオが言葉を失う。

 

「ダルキアン卿とユキカゼの封魔の技でも封じ切れなかった。なら、俺がこいつを抑えて抵抗しない間に、俺ごと斬るしか方法はない。俺の体は禍太刀に支配されている状態にある……だがそこを逆手に取って器である俺ごと禍太刀を破壊すればそれで済む話だ」

「じゃ、じゃが……」

「そんなのダメだよソウヤ!」

 

 レオの言葉をかき消して叫んだのはシンクだった。

 

「何かきっと方法があるはずなんだ! だから……」

「……気持ちはありがたい、シンク」

 

 ソウヤが短くそう答える。

 

「だがもうこれしか方法がない。お前も俺を友と呼んでくれるのなら、最後になるかもしれない俺の頼みを聞き届けてほしい。俺にとって……大切な人たちが、この手で傷つけられていくのを何も出来ずに見させられるぐらいなら、いっそ死んだ方がマシだ。……だがな、俺は死ぬ気はない」

 

 矛盾とも取れるソウヤの言葉。

 

「ここはフロニャルドだ。俺が夢見たファンタジーの異世界だ。……だったら奇跡ってもんが、きっと起こるはずだ。たとえ禍太刀ごと斬られても、俺だけが生き残る、そうなるはずだ……」

 

 そう言うとソウヤは視線だけをブリオッシュと、そこに付き添うユキカゼのほうへ向ける。

 

「……ダルキアン卿、ユキカゼ、その可能性は、ゼロではないんでしょう?」

「……拙者の見解から言えば、無謀、と言わざるを得ないでござるな……。ソウヤ殿は異世界の人間である故、フロニャの守護力の恩恵は薄く、さらにここはその力が弱まっている……」

「……それでも拙者はソウヤを信じるでござる」

 

 ブリオッシュに対し、ユキカゼははっきりとそう言い切る。

 

「ユキカゼ……」

「ソウヤはガレットの勇者、そしてレオ様が信じた者。……なら、奇跡だってきっと起こすでござる」

 

 フッとソウヤが笑った気がした。

 

「……ありがとよ、巨乳ちゃん」

「……承知した。では拙者が……」

 

 顔を苦痛に歪ませ、右の肋骨辺りを押さえながらブリオッシュが立ち上がろうとするが――。

 

「いや、いい、ダルキアン。……ワシがやる」

 

 言うが早いか、レオはグランヴェールを実体化させた。

 

「レオ様!? しかし、もしものことがあっては……」

「そんなものはない。……万が一にあったとして、召喚主はワシじゃ。そうなった場合全ての罰は、ワシが受けてしかるべき。……ソウヤを斬った、という罪を永遠に背負う覚悟はできておる……!」

 

 レオの背後に紋章が輝き出す。

 

「……お前の覚悟はいいか、ソウヤ?」

「レオ様に斬られるなら本望ですよ」

「その気取ったセリフは相変わらずじゃな」

「……そう聞こえますか?」

「……何?」

「あなたに斬られるなら本望だ……それは紛れもなく俺の本心です」

「な……ソウヤ……お前、まさか……」

 

 何かを悟ったようなレオの声。だがその続きは口にしない。いや、できないのだ。それを口にしたら本当にそうなってしまう、そんな予感がしたからだ。

 口では強がっていた。しかしそれは虚勢だ、とレオ自身気づいていた。むしろ逆に、だからこそ虚勢を張るような態度を取らなければ、不安に押しつぶされてしまう、それを怖れていたのだ。

 そしてソウヤの言葉はそのレオの本心、怖れを呼び起こすのに十分すぎた。――ソウヤ自身、死を覚悟している――そう気づいてしまったのだ。

 

 一瞬空いた間の後、ソウヤがゆっくり口を開く。

 

「……最初にも言ったとおり死ぬ気はありません。……ですが、もしこの命を落とすことになったとして……他でもないレオ様の手で俺の命を奪っていただけるなら、俺個人として思い残すことはありません。……ただ、あなたの高貴な手を俺の血で染めさせてしまうということは申し訳なく思って……」

「ワシの手など……!」

 

 うつむいたまま、レオがそう声を絞り出す。その声は震えていた。

 

「ワシの手など……どうなってもよい……。それよりもワシは……ワシは……!」

 

 レオが顔を上げる。その瞳には涙が溜まっていた。

 

「ワシは……お前を失うのが怖い……! 召喚主としてだの、領主としてだの、そんなものは全く関係なく……ただお前を……お前を失いたくないんじゃ……!」

 

 嗚咽交じりの涙声。その姿は普段の凛としたレオンミシェリ・ガレット・デ・ロワではなく、大切な人を失いたくないがために涙を流す1人の少女そのものであった。

 

「……あなたにそこまで気にかけてもらえるとは、俺は幸せ者です」

 

 ソウヤが呟く。

 

「ですが俺だってあなたを失いたくない。このまま体を支配されれば、先ほどのようにまたあなたを斬ることになる。……あんなことをするのはもう2度とゴメンだ。だから……そうなる前に、俺を斬ってください」

 

 再びの懇願。そのソウヤの言葉を聞き、レオのは下をうつむき、涙を零した。

 

「ソウヤ、その言い草じゃソウヤは……」

「口を出さないでくれ、シンク。……もう時間がない。心配しなくても……俺は……」

 

 ソウヤの口調が遅くなる。体も小刻みに痙攣しているように見えた。

 

「いけない……禍太刀に体を支配されてしまう……!」

「レオ様、やはり拙者が……」

 

 その声をさえぎるようにレオが左手をブリオッシュの前へと突き出した。

 

「言ったはずじゃ……。……ワシがやる……!」

 

 右手の甲で涙をぬぐい、決意を決めた表情のレオがソウヤを見つめる。

 

「……ソウヤ、ワシはお前が言った奇跡を信じるぞ……!」

「……俺は……死にませんよ……。約束します……ガレット勇者の……名にかけて……!」

「その約束を違えたら……地獄の淵まで貴様を呪ってやるから覚悟しておれ……!」

 

 レオの背後の紋章が鮮やかに輝き始める。グランヴェールを両手に持ち、大上段へと構えた。

 

(やめさせよ……。主は思い人の手を己の血で染めさせる気か……?)

 

 朦朧とするソウヤの意識に「禍太刀」の声が聞こえてくる。

 

(お前はわかってないな……。思い人()()()()()斬ってもらうんだよ。命あるものはいずれその命を落とす。……だったら、その唯一の命、思い人にこそ奪ってほしい、そうは考えないか?)

(な、なんと……。主は……)

(狂ってる、とでも思うか? ……そう思ってしまったなら、この俺を乗っ取ろうとした貴様は最初から間違いを犯してたってことだよ。今貴様が抱いた感情は他ならぬ「怖れ」だ。……貴様は俺を「怖れた」、ならそんな相手を乗っ取ることなどできるはずがないだろう?)

(主は……主は……!)

 

 己の意識の中で聞こえる声に対して鼻で嗤い、薄れつつある意識を保ちながらソウヤはレオの姿を目に焼き付ける。

 

「獅子王烈火!」

 

 斧の刀身に燃え盛る炎がほとばしる。涙で視界がぼやけながらも、レオは己の斬るべき、自身が呼び出した大切な人を見つめ続けていた。

 

「……さよならは言いません。また会いましょう、レオ様……」

 

 ソウヤの呟きが聞こえた瞬間、レオの瞳から大粒の涙が零れ落ちる。

 それが地に着くより早く――。

 

「爆炎斬!」

 

 レオは己の手にした炎を纏う魔戦斧を、漆黒の剣と、それを持つ者目掛けて振り下ろした。

 

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