◇
夢を、見ていた。
平凡な少年はある日、自分が住む世界とは違う世界へと召喚された。
そして自分を呼び出した美しい姫に少年はこう言われる、あなたは勇者だ、と。
少年は戦う。魔を斬り、邪を払い、とうとう倒すべき魔の長の元へと辿り着く。
魔の長は勇者となった少年へと囁きかける。我の元へ来い、そうすればこの世界を半分あたえてやろう、と。
少年はそんな誘いには全く耳を貸さない。
両者の激しい戦いが始まる。
いつ終えるとも知れない激闘の果て、両者の相打ちという形でその戦いは幕を閉じた。
城へと無言で帰って来た少年の亡骸を目にし、姫は泣き崩れた。
だが、その姫の涙が少年へと触れたとき、開かれるはずのない少年の目が開いていく。
目覚めたことを不思議そうにする少年へと姫は抱きつき、こう言ったのだった――。
◇
「……あなたを信じてよかった。やはり奇跡は起こるものなのですね、か……」
どこかたどたどしい口調で独り言のように文を読む声。その声で目覚めたか、眠り姫よろしく眠り続けていた「彼」は閉じていた目をゆっくりと開けた。
「んー……1冊目は……あとは後書きやからこれで終わり、と……。なんや、えらいご都合主義やな……。それに最初でいきなり敵の親玉倒したらまだ2冊残っとるのにどうするんや、これ……」
「2巻はな……」
突如聞こえた声に「ひゃあ!」という声を上げ、その少女――ジョーヌは思わず椅子から跳び上がる。
「戦うべき敵を失った人間同士の醜く愚かな争いだ。3巻は再び魔王が甦り、もう1度人間達が結束して戦う話になる」
先ほど跳び上がったと同時、思わず手に持った本を落としてしまい、彼女は慌ててそれを拾い上げた。さらに普段はかけているところを見かけない眼鏡を額にずらしていたが、飛び上がった拍子に半分ずり落ちていた。傍らで眠る「彼」がまさか起きている、とは夢にも思っていなかったのだろう。
「……俺の荷物を勝手に漁るとはあまり感心しないな」
「ソ、ソウヤ! いつから起きてたんや!?」
名前を呼ばれ、ベッドに横になったままの眠り姫ならぬ勇者――ソウヤは小さく笑う。
「どの辺りかな……。夢では見ていた気がするんだが……。目が覚めている、と実感したのは多分245ページ目、帰ってきた勇者を見て姫が泣くところ辺りからだ」
「え……245……?」
ジョーヌが額の眼鏡を目元に戻して慌ててページをめくっていく。
「……お前、眼鏡なんてかけるのか?」
「いや、視力はいい方や。これはリコの発明品で、これのおかげでソウヤ達の世界の文字がフロニャ文字に解読して読むことができる、っちゅーもんや。……ってほんとに245ページ……お前すごいな……」
「もう何度読んだかわからんからな。もっとも、個人的に1番好きなのは2巻だ。共通の敵を失ったことで己の利益を得ようとする人間のエゴがぶつかりあい、信頼する人々にも裏切られた主人公が翻弄されていく。そこの泥沼の展開が面白く、またそこがあるから3巻でのドラマが深まってると俺は思ってる。……しかしあまりに展開が暗く、内容が重すぎたために読者が離れ、次の3巻で終わりにせざるを得なかった、とかっても聞くがな」
「へえ……」
本を閉じ、眼鏡を再び額にずらしながらジョーヌが関心したような声を上げた。
「それからお前は『ご都合主義』なんて言ったが、まさか紋章術でほとんどの問題を解消できるようなこの世界の人間の口からそう言われるとは思ってもいなかったぞ。……だから実際に俺はこうして今も生きてるわけだろうしな」
「そ、そうやった! こんな世間話しとる場合やない! レオ様に報告にいかんと!」
手に持った「サモン・ヒーローズ・オペラ1」と書かれた本と額にずらしていた眼鏡を近くの机に置き、ジョーヌが立ち上がる。
「すぐレオ様連れてくるから待っとってや!」
「あ、ジョーヌ、ちょっと待て」
部屋を出て行こうとするジョーヌをソウヤが呼び止める。驚いた顔でジョーヌが振り返った。
「なんや?」
「……意外と眼鏡姿も似合ってたぞ」
「な……!」
ジョーヌの顔が赤くなっていく。
「あ、アホなこと言っとらんと、おとなしく寝とけ!」
乱暴にドアが閉められ、足音が遠ざかっていく。その様子を見てソウヤはやれやれとため息をこぼした。
「……まさか本当に生きてるとは、な」
ポツリと独り言を呟き、ソウヤは苦笑を浮かべる。
あの時は死ぬ気はない、などと大層なことを言った。しかし心の中では既に死を覚悟していた。だから先ほどのようにジョーヌをからかいつつ話し、今こうして生きているということに今ひとつ実感がもてない、と思っているのも事実だった。
(……夢オチ、って話はないよな?)
そんな小説も読んだな、という考えがふと頭をよぎる。いや、夢であるなら自分は生きてるということになるはずだ。だがその夢はもしかしたらフロニャルドに来る前から続いているとしたら。それに死の間際に見る夢もあると聞く。
取り留めのない妄想だ、と思わず彼はため息をこぼした。だがやめようにも考えは次から次へと頭を巡り、ソウヤを困惑させる。なるべく頭を働かせないようになんとなしに天井を見つめ、ソウヤは来るべき人を待つ。
早足で足音が近づいてくる。その音を耳にしつつ、ソウヤはゆっくり上体を起こす。そして一つ大きく深呼吸をした。
当然その足音の主には会いたい。それは相手も同じであろう。
だがこれだけ迷惑をかけた自分がどんな顔をして会えばいいのかわからない。
結局、その答えが出るより早く、扉が開かれた。
「ソウヤ……」
ずっと、会いたかった。その人を前にした時、さっきまで悩んでいたことなど、もうソウヤの頭の中から消え去っていた。
「……おはようございます、レオ様」
まるで不慮の事故で引き裂かれた恋人同士が、ある時突然に再開を果たしたような。そんな表情を浮かべ、レオは開けた扉の前で立ち尽くしていた。
「ソウヤ……!」
瞳に涙を溜め、ソウヤに駆け寄ったレオは――躊躇なくその体を抱きしめた。フワリ、とレオの髪の香りがソウヤの鼻腔をくすぐる。
「レ、レオ様……」
「この……馬鹿者が……! ワシが……ワシ達が……どれだけ心配したと……!」
「……本当に申し訳なく思ってます。それでも……『すみません』なんて月並みな言葉しか出てきませんが……」
「いい……。それで許す……。許してやる……。お前のその素直でない物言いをまた聞けて……ワシは嬉しいぞ……」
その言葉を証明するかのようにレオがより強くソウヤを抱きしめる。
「俺もあなたの声がまた聞けて嬉しいですよ。ですが……さすがにちょっと苦しいんで……」
「あ……す、すまん」
慌ててレオがソウヤから離れた。
そのまま互いの瞳を見つめ、思わず頬を赤らめてレオがその視線を外して下を向く。そこでさっきまでジョーヌの座っていた椅子を見つけそこに腰を下ろした。
「……さっき謝りましたが、改めて謝らせてください」
「ん……?」
「俺はあなたを守る、なんてことを言っておきながら実際は全く逆のことをしてしまった……。あなたに選ばれた勇者として情けないと思うと同時に本当に申し訳なく……」
「もうよい。ワシの傷は癒えた。それにお前自身望んでやったわけではないのだろう。だったら……」
「だとしても……。……すみません」
ソウヤが深々と頭を下げる。
「いいと言っておろうに……そういうところは真面目な奴じゃ。……だが……本当にすまないと思っているなら……」
下げていた頭を戻し、レオを見つめる。一方、レオはソウヤから少し目を逸らし、ベッドの辺りを見つめている。
「その約束を……『ワシを守る』と言った約束を……2度と違えないと……」
ソウヤは答えず、レオを見つめ続ける。レオは顔を上げ、今度は正面からソウヤを見つめた。
「ワシを守るための盾となってくれると……誓ってくれるか……?」
その瞳は不安、あるいは決意の色を滲ませていた。それを感じ取ったソウヤは1度開きかけた口を閉じる。そしてやや考えたように間があった後、ゆっくり口を開いた。
「俺は……」
と、その時、廊下から騒がしい声が近づいてきた。「ソウヤが目を覚ましたんだろ!」というガウルの声と、「そうですけど、今はダメです!」「そやそや、今はあかんてガウ様!」と言うそれを止めようとするジェノワーズの声。結局は「邪魔すんな!」というガウルの声が聞こえ、乱暴に走る足音の後、扉が開けられたのだった。
「おいソウヤ! 目覚ましたって……」
開いた扉、ガウルの奥ではジェノワーズが申し訳なさそうに謝るようなジェスチャーを繰り返している。
ソウヤはそれに一瞬視線を移した後で、ガウルのほうを見直した。
「……ご覧の通りです。おはようございます、ガウ様」
「この野郎……! おはようございます、じゃねえ! 散々心配かけさせやがって……!」
「……返す言葉もありません。すみませんでした」
顎を引いてソウヤが頭を下げた。
「……けっ! 俺だけじゃなく、姉上やジェノワーズ、それにその他大勢にもちゃんと申し訳ないって気持ちを持てよ! 皆散々心配したんだからな!」
「ガウル、その辺はワシがもう言っておる。あまり言わんでやっても……」
「姉上はこいつに甘いんだよ! かく言う姉上はこの数日間、ほとんど飯も喉を通ってないような状況だったじゃねえか!」
「ま、まあまあガウ様……」
「せっかくソウヤが目を覚ましたんや、そのぐらいで……」
「……ソウヤ、もう1回寝たふりとかした方がいいかも」
「おいノワ! 余計なこと言ってんじゃねえ!」
普段通りのガウルとジェノワーズのやり取りを見て、やれやれと、だがどこか嬉しそうにソウヤはため息をついた。
「……話が逸れちまった。とにかく丸3日……お前はこの3日間ずっと眠り続けてたんだよ。医者が言うに『命を落とすことはないが輝力が著しく損なわれている状態で、いつ目を覚ますかわからない』とかだったらしいぞ」
「3日……」
「ワシがお前を呼び出して今日で11日目じゃ。滞在期間中にお前が起きなかったらどうしようかと心配もしたんじゃぞ」
そう告げるレオの顔は先ほどまでのような不安や決意の色は消え失せ、いつも通りとなっている。
「そうでしたか」
そう言い、ソウヤが一つ息を吐く。
「……もし、知ってる方がいたら教えてほしいんですが」
そのように切り出すと、ソウヤはその場にいる5人を見渡した。
「……なぜ、俺は助かったんですか?」
「なっ……! てめえ、それはどういう意味だ! あの時死ぬ気はねえとか言ってやがった癖に……!」
「……やはり、お前はあの時……」
驚くガウルと対照的、レオは静かにそう呟いた。
「あ、姉上……?」
「……気づいていらっしゃったんですか」
「……ああ」
レオが俯く。
「口では死ぬ気はない、だの奇跡を信じる、だの言っておったが……。本当は死ぬ気だったんじゃろ……?」
「お見通しでしたか……。あの時は魔物狩りの専門家であるダルキアン卿でさえ、器である俺ごと禍太刀を破壊しなければならないと判断した状況でした。……ですが、皆俺を斬ることためらい、助ける方法を考えてくれた。それはとても嬉しいことでしたが……その方法を模索したせいでより被害が拡大する、なんてのは絶対に嫌だったんです。……ああでも言わないと、皆心を決めることができなそうでしたから」
「そうじゃろうな。……じゃが言われても心を決めかねた」
「それでもレオ様は俺の頼みを聞いてくれた。……俺が死ぬ気だとわかっているにも関わらず、です」
「ワシもお前と同じ立場に立ったなら……きっと同じ頼みをした、と思ったからじゃ。……しかしまあその結果、実際お前は今こうして生きておる」
「ええ。そこで最初の質問に戻るわけです。なぜ俺は助かったんですか?」
「……やっぱ……『アレ』かな……?」
一瞬の間を空け、ジョーヌがそう口にした。
「『アレ』?」
「ああ、レオ様がお前を斬った直後や」
「突然蒼い光と緑の光がソウヤを包んで……蒼い光はレオ様が斬った傷を包み、緑の光はソウヤが握っていた黒い剣を包んだ」
「そうしたら……ソウヤさんの傷が見る見るうちに塞がっていって……。剣の方もダルキアン卿が力を完全に失ってる、って……。一応大事を取ってユッキーさんが封印していたみたいですけど……」
「蒼い光と緑の光……」
ソウヤには心当たりがあった。布団の中に入っている右手を上へと出す。
「やはり……お前もそう思うか」
レオも自身の右手を見つめた。
「エクスマキナ……それにグランヴェール……お前達が俺を助けてくれたのか……?」
答えはない。しかし、自分の指にあるエクスマキナが一瞬光ったように見えた。
「可能性としてはあるじゃろうな。宝剣には宝剣の意思がある、と以前言ったであろう。……だとすれば、エクスマキナはお前を主として認めて助けようとし、グランヴェールもその己の対となる剣の主を助けるために力を貸した、と考えられなくもない」
「……確かに俺を乗っ取った禍太刀には意思があった。だとすれば宝剣に意思がある、というのも十分頷ける話ですね」
自分の指にあるエクスマキナに語りかけるようにソウヤが言った。
「……そういえば、そもそもなんでお前禍太刀に乗っ取られるようなことになったんだ? ダルキアンがお前を乗っ取る前の禍太刀はそこまで強力な力は発していない、みたいに言ってたんだが……」
ガウルにそう尋ねられると、ソウヤは思わず苦笑を浮かべた。
「……間抜けな話ですよ。俺を呼ぶ声が聞こえたんです。その声の方へ行ってみると、見るからに禍々しい漆黒の剣がそこにあった。……頭ではそれに触っちゃいけないってわかっていたのに、俺の体は言うことを聞いてくれなかった。そしてその剣の柄に触れ……あとは俺の意識が存在するのに体は好き勝手にあいつに動かされてる、って状態でした」
「それも禍太刀の魔の力じゃろうな……。ソウヤを優れた使い手とみなしたからじゃろう」
「ったく半分ぐらいはお前の不注意じゃねえか。……まあダルキアンの話じゃあの禍太刀自体の力はそれほどでもないが、お前と合わさったことによって何倍にも膨れ上がった、ってことだそうだ」
「なんにせよ、お前が無事で本当に良かった。……お前の言ったとおり奇跡は起こるものなんじゃな」
先ほどジョーヌが読んでいた小説の文章のようなセリフにソウヤが思わず小さく笑う。
「……運がよかっただけです。奇跡ってもんが、たまたま安売りされてただけですよ」
「けっ! その調子は相変わらずだな。……でもま、それだけの口が利けるなら心配はいらなそうだな」
「はい、体にだるさは残ってますが、それだけですね」
「さっきガウルが言ったかもしれないが、医者の話では体自体はなんともないが、輝力が著しく損なわれている状態じゃそうじゃ。意識は戻ったし、もうしばらく休めばすぐによくなるじゃろう。……さてと」
レオが椅子から腰を上げる。
「あれ、レオ様、ソウヤの付き添いはいいんで?」
「ああ。もう大丈夫そうじゃしな。ビスコッティ側もお前のことを心配していたから、ちとミルヒに連絡してくるとしよう」
そう言ってレオが背を向けるが、
「待ってくださいレオ様」
ソウヤがそれを呼び止めた。
「なんじゃ?」
「ビスコッティ側に連絡するなら……1つお願いがあります」
◇
それから3日が経った。
『皆さんこんにちは! ガレット国営放送のフランボワーズ・シャルレーです! ここからの時間はレギュラー放送の予定を変更してお送りいたします!
……しかし、この変更を不満に思う人は少ないのではないでしょうか!? 先日レオンミシェリ閣下からされた驚くべき発表……本日はその特別興業、勇者シンク対勇者ソウヤの再戦の様子を全編生放送でお送りいたします! さらにさらに! その後夜はミルヒオーレ姫様によります特別コンサートの様子まで生放送でお送りさせていただきます!』
いつも通りのハイテンションでフランボワーズの声が響く。
3日前にソウヤがレオに言った「お願い」とは、他ならぬシンクとの再戦であった。
その話を聞いたとき、レオはおろか、その場にいた全員が賛成しかねるという表情をした。だが、ソウヤも譲らなかった。
「俺は今回の一件で多くの人たちに迷惑をかけた。……だからそのことに対して謝罪の意味を込めて、同時にもう元気だから心配いらない、ということを伝えたいんです。それに……俺を主として認めてくれたなら……このエクスマキナを手に、もう1度シンクと戦ってみたいんです」
こうなるとソウヤは頑固である。渋々レオがそれを承諾し、ミルヒに連絡して都合をつけてもらい、商工会や後援会の協力を得て、わずか3日での強行開催へとこぎつけたのだった。
同時にミルヒはこの興業後に自分のコンサートも計画し、そのためこの再戦の会場にビスコッティの施設を提供。その後のコンサートにも移動しやすいように、と利便を図ってくれたのであった。
『会場となりますフィリアンノ闘技場は既に満員の大入り! それもそのはず、昨日発売されたチケットは発売前の列段階で席全ての分がなくなるという人気の高さです! しかしチケットを買えなかった皆様もご心配いりません! 我々ガレット国営放送が責任を持って最後まで放送いたします! さらにさらに! ここに強力なゲストをお二方招いております! まずはビスコッティ騎士団、現在幸せ絶頂のロラン・マルティノッジ騎士団ちょ……え……?』
一言で言うならば放送事故。ハイテンションで喋り捲っていたフランボワーズの声が一旦止まり、空白が流れる。関係者用の特等席に座っていたレオはそれを聞いて苦笑を浮かべた。
「フランめ、余計なことを言いおったな」
「バナード将軍も釘を刺したとおっしゃっていたんですけどね……。やっぱりあの人には効果がなかったみたいですね」
傍らのビオレがそう返す。
「喋り好きにはいい薬じゃろ」
身も蓋もないレオの言葉に今度はビオレのほうが苦笑を浮かべた。
『えー……大変失礼いたしました。手元にあった……えっと原稿が……少々間違っておりまして……』
「苦しい言い訳じゃ」
声を噛み殺してレオが笑う。
『……では改めまして、ビスコッティ騎士団より、ロラン・マルティノッジ騎士団長にお越しいただいております!』
『……こんにちは』
ロランの声が少し不機嫌そうに聞こえる気がするのは、おそらく気のせいではないだろう。
『そしてもう
『こんにちは、今日はよろしくお願いします』
一方のバナードは普段どおりの
『さて、両国の騎士団長にお越しいただいたわけですが、まずはお二方にこれから互いに戦います、各国の勇者殿の話を伺いたいと思っております。それにより勇者殿2人についてより詳しく知っていただければと思います。では最初にロラン騎士団長。ビスコッティ勇者、シンク殿はどのような方でしょうか?』
『そうですね、非常に明るく、活発で元気な少年です。戦をご覧になった方はわかるでしょうが、すばやい身のこなしと棒術、何より戦を盛り上げる戦い方は見事、の一言に尽きます。うちの妹の婿にほしいぐらいですね』
会場から笑いが起きる。また、その笑いを切り裂いてどこからともなく「兄上!」と咎めるような声も聞こえてきた。
「ロランめ、それは墓穴じゃぞ……」
ボソッとレオが呟き、
『いやあ騎士エクレールまで婿をもらったとなっては、それこそマルティノッジ家は安泰……』
『フ・ラ・ン・君……?』
『お、おわああ! し、失礼しました! な、なんでもありません!』
「ほれ見ろ、言わんこっちゃない」
再びレオが笑いを噛み殺して笑った。
『……えー、では気を取り直して。今度はガレット側にお聞きしましょう。バナード将軍から見てガレット勇者、ソウヤ殿はどのような方でしょうか?』
『彼は弓術と体術が非常に長けてますが、それ以上に紋章術の扱いが見事ですね。この短期間で物にするばかりでなく、かなり制御しているようで、こちらも見事、の一言に尽きるでしょう。……もっとも、私と彼はあまり話したことはないんですけどね』
『おや、そうなのですか?』
『元々彼は話すのはあまり得意ではないそうですし、彼の周りには大抵ガウル殿下か、あるいはレオ閣下がべったりですので』
「な……! おいバナード! べったりとはなんじゃ!」
思わずレオが立ち上がって放送席の方へ文句を言う。それを見ていた会場から再び笑いが起こった。
「もう……やめてくださいレオ様、恥ずかしい……」
「ぐ……! バナードめ、あとで覚えておれ……!」
憎々しげにレオがそう呟き腰を下ろした。
『さて、両者について騎士団長に伺いましたが、2人のこれまでの戦歴を映像にまとめてあります。両国の勇者がどのような活躍をしてきたのか、これをご覧になればわかることでしょう。では映像、スタート!』
会場の中央にある巨大な映像板に映像が映し出される。シンクの初めての戦の様子が映り、それが解説され始めた。
◇
『まずは勇者シンクにとって初の戦、レイクフィールド攻防戦です』
『ここでの勇者殿の活躍は目覚しいものでした』
シンクが次々とガレットの兵達を相手にノックアウト、あるいはタッチダウンを行っていく光景が映し出される。さらには棒を空に高々と舞い上げ、落下してくる間に次々にタッチダウンを決めるなど、その動きはかなりアクロバティックである。
「昔から派手好きな奴だったんだな……」
闘技場の選手控え室、そこで国営放送が編集した過去の戦のダイジェストを見ていたソウヤはそう独り言をこぼした。
今この部屋にはソウヤしかいない。ただ、入り口には付き添いとしてルージュとメイド達数名が待機しているために、ソウヤから要望があればすぐに動いてくれる状況ではある。
と、その入り口がノックされた。
「ソウヤ様、お客様がお見えになっていますが……」
あの禍太刀騒動のあと、ソウヤはビスコッティ側の人間とは顔を合わせていない。本当なら自分の方から行くべき、とわかってはいたのだが、レオが「シンクとの再戦の場で元気な顔を見せればよい」と言ってくれたからであった。
そうではあったが、おそらく自分の控え室を訪ねてくる人はいるだろう、ともソウヤは考えていた。そのため、ルージュには前もって客が来たら通していい、とは言ってある。だが真面目な近衛メイド長はそれでも改めて確認を取ってきたのであった。
本音を言うとシンクの過去の戦いが気になり、もう少し映像を見ていたかったが、そうも言っていられない。
「どうぞ、お通ししてください。……それからルージュさん、最初にも言ったと思いますが、次からは確認とらなくてもいいですよ」
「かしこまりました」
ルージュの返答から一呼吸置いて入り口の扉が開かれる。
「ダルキアン卿、それに……ユキカゼ」
「元気そうでござるな、勇者殿」
部屋に入ってきたのはソウヤにとってビスコッティ側で最も関係が深い人物達であった。両者とも戦った経験があり、加えて先日の騒動でもっとも迷惑をかけた隣国の人間といえば、隠密部隊のこの2人だろう。
「ご覧の通りです。シンクと戦う、と言ったぐらいですから体調の方は万全ですよ」
「そうでござるか、それはよかったでござる」
「そういうダルキアン卿のほうは大丈夫ですか? ……あの時はあなたを随分傷つけてしまった……すみません」
「なんのなんの、もう何ともないでござる。それにソウヤ殿が望んだことではないとわかっている故、気にすることはないでござるよ」
そう言ってブリオッシュは笑顔を見せる。
「……そう言っていただけると助かります」
ソウヤは頭を下げた。
「事の顛末は、レオ様から聞いたでござるか?」
「はい。……どうやらエクスマキナが俺を助けてくれたみたいですね」
「そのようでござるな。……よき剣に主として認められた、ソウヤ殿は素晴らしき使い手とみなされたと言うことでござる」
「どうですかね……。禍太刀にも見初められたような人間ですよ、俺は」
と、自嘲的な笑みを浮かべつつソウヤ。
「つまりそれほど使い手として引く手数多、優秀である証明でござろう」
今度は声を上げてソウヤが笑った。
「……これは一本取られた。あなたには敵いませんね」
それを聞いてブリオッシュも小さく笑った。
「……拙者はソウヤ殿の顔を見ておこうと思って来ただけでござるから、用は以上でござる。あとは言葉を交わさずとも、シンクとの戦いの中でわかることにござるからな。……ユキカゼ、お主からは何かあるでござるか?」
「……元気そうで安心したでござる。拙者もシンクとお主の戦い、楽しみにしてるでござるよ」
「ありがとう、巨乳ちゃん」
その呼ばれ方でユキカゼの眉が一瞬動いた。
「さっきもこの前も普通に呼んでくれたというのに……。……まあいいでござる。好きなように呼べばいいでござるよ。もしかしたらもうそんなふざけた呼び方で呼んでくれることはなかったのかもしれなかったでござるからな……」
「……なんだ、らしくないな」
「そのぐらい、ユッキーもソウヤさんのことを心配してたでありますよ」
その声は部屋の入り口から聞こえてきた。
「リコッタ、エクレール」
「勿論自分も、それにエクレもであります」
「フン! 私は貴様の心配など大してしていないがな」
「またまた、エクレは本当に素直じゃないでありますな」
「お、おいリコ!」
ソウヤを含めた、その場にいたエクレール以外全員が笑った。
「……なんだかんだで本当にいろんな人に迷惑をかけちまった。謝っても謝りきれないぐらいだな……」
「だが貴様はその気持ちがあったから、この戦いを企画したんだろ? ……ならその気持ちは勇者同士の戦いの中で証明してみせろ」
普段通りの仏頂面に厳しい口調だったが、それがエクレールなりの気遣いだとソウヤは感じていた。
「……言われるまでもなく、そのつもりですよ、親衛隊長殿」
だからそれが少し嬉しく、ソウヤは表情を緩めながら、こちらも普段通りの物言いで答えた。
「なら私はもう貴様に用はない。うちのアホ勇者にはお前は全快しているから、遠慮なく戦えと伝えておいてやる」
「よろしく頼む。……ついでに本気で来なかったらただじゃおかない、っても追加しておいてくれ」
「わかった。確かに伝えてやる」
そんなソウヤとエクレールの様子を見ていたリコッタが口を開く。
「では自分達はそろそろ退散するであります」
「あれ、リコもういいでござるか?」
「はい、自分はソウヤさんの様子を見たかったというのが目的で、ほとんどエクレの付き添い、という意味合いが強かったでありますし。あまり長居してお邪魔しても悪いでありますから」
「では拙者たちも御暇するでござるよ」
部屋の入り口へ向かったエクレール、リコッタに次いでブリオッシュとユキカゼも続く。
「わざわざ来ていただいてありがとうございます。ご心配をかけた分、いい興業にできるよう頑張りますよ」
ソウヤのその言葉を聞き4人が表情を緩める。かつてとは違う「勇者」のしっかりとした一言に皆満足したような表情だった。
「期待してるでござるよ。では、拙者達はこれで」
4人を見送り、椅子に腰掛けるとソウヤは一つ息を吐く。と、遠くから賑やかな声が聞こえてくる。どうやら今出て行った一団と会話しているらしい。その声から誰が来るか、ソウヤは薄々勘付いていた。
「やれやれ、今度は賑やかな連中か……」
そう言い終わるとほぼ同時、入り口の扉が勢いよく開かれた。
「ようソウヤ!」
「どうも、ガウ様に三馬鹿の皆さん」
「また三馬鹿って言った……」
「馬鹿っていうほうが馬鹿なんやで!」
「そうですー! ちゃんと呼んで下さい!」
いつもと変わらない様子の4人にソウヤが大きくため息をこぼす。
「……俺は今戦いの前ですよ? 空気読むとかって発想はないんですか?」
「必要ねえだろ。お前はいつもの調子で戦えば、それだけで十分興業として客を喜ばせるだけの戦いになるんだからよ。調子の方はもう戻ってるんだろ?」
「一昨日丸1日休んで、昨日動いて大丈夫でしたから。……それで俺がどれだけ出来そうかは、手合わせしたガウ様が1番わかってると思いますが」
「なら問題ねえよ。余計に気負ったり緊張する必要もねえ。……なんてこと俺が言わなくても、お前はわかってるだろうけどよ」
フッと、ソウヤが笑う。
「今シンクのところに行ってきた。あいつも調子は万全そうだ。お前が病み上がりだってんで大丈夫かって心配してたが、余計なこと考えてると痛い目に合うって忠告しておいたぜ」
「ありがとうございます。あいつが俺に余計な気を使うんじゃないか、ってのだけが気がかりでしたからね」
「大した自信やな。ズバリ、勝算は?」
ジョーヌの問いに、ソウヤは不敵な笑みを浮かべた。
「お前馬鹿か? 100%に決まってるだろう。2度負ける気はさらさらないし、俺は負けるとわかってる勝負はやらない」
「すごい自信……」
「でもまた馬鹿って言ったー!」
「馬鹿って言う方が馬鹿なんですー!」
変わらぬジェノワーズの様子に再びソウヤが大きくため息をこぼした。
「まあ、調子の方はバッチリそうだな」
「おかげさまで。……さっき来たビスコッティ連中にも言いましたが、今まで心配かけた分と、俺はもう大丈夫だってことをアピールするために、あとはシンクと派手に戦ってきますよ」
「よっしゃ、その意気だ。期待してるぜ」
ガウルとソウヤの目が合い、2人が笑う。その時、入り口をノックする音が聞こえた。
「ソウヤ様、そろそろ選手入場の入り口においでください、とのことです」
「わかりました、今行きます」
ソウヤが立ち上がる。ガウル達が一足先に入り口へ向かい、ドアを開けた。
「行って来い勇者! ガレット勇者の名は伊達じゃないってところ、見せて来い!」
ガウルが激励し、右拳を顔の位置まで上げる。ソウヤが小さく笑うと、その拳に自分の右拳を合わせた。
「行って来ます」
「おう! 客席で見ててやる!」
ガウルとジェノワーズに背を向け、ソウヤがルージュの後ろをついていく。
その後姿にかつて見ることは出来なかった勇者としての威厳、風格、そう言った物を感じ、ガウルは満足そうに笑みを浮かべた。