◇
『以上、過去の映像から振り返る勇者2人の活躍でしたが、いやあ両者とも素晴らしいですね』
これまでのソウヤとシンクの戦いの様子をまとめたダイジェストが終わり、フランボワーズはそう感想を述べた。
『我がビスコッティのシンク殿はレオ閣下から、ガレットのソウヤ殿はダルキアン卿から、形はどうあれ勝利を収めている、ということですからね。腕は折り紙つきでしょう』
『その両者の再度の激突……実は私も楽しみにしているんですよ』
『そうでしょう、ですがそんな楽しみにしているのはバナード将軍だけではないはずです! この会場、そして放送をご覧になっている視聴者の方々、もう少々お待ちください! もう間もなく始まるかと思われます!』
相変わらずのハイテンションなアナウンスが続く。
「遅くなりました! 立て込んでしまっていて……まだシンクとソウヤ様の再戦は始まってませんよね!?」
と、その時、可愛らしい声とともにレオの座る特等席へと駆け寄る姿があった。
「丁度いいタイミングじゃ。間に合ってよかったの、ミルヒ」
「本当ですか!? よかった……」
息を切らせながら、しかし間に合ったことをホッと安堵するようにレオの隣の席へと腰掛けるミルヒ。
「今勇者2人の過去の軌跡が終わったところじゃ。これから双方とも入場になるじゃろ」
「そうでしたか。……ですがレオ様、連絡を受けたときからずっと気がかりだったのですが、ソウヤ様は今戦っても大丈夫な状態なんですか?」
ミルヒの最もな質問にレオは一瞬言葉を詰まらせた。
「……本音を言えば、ワシとしてはあいつをもっと休ませてやりたかった。……じゃがやる、と言い出したら聞かない奴じゃからな。それにあいつなりに今回の責任、だとかまあ思うところもあったようじゃし……。昨日ガウルと軽く模擬線をして、問題ないとガウルからのお墨付きじゃ。安心して見守れるじゃろ」
「……わかりました。では大丈夫そうですね。シンクもそのことだけを気にかけていましたから」
「そうじゃろうと思ってガウルが既にシンクのところに行っておる。余計な心配は無用、と伝えるためにな」
「さすがガウル殿下、抜かりはありませんね」
そう言ったミルヒに軽く笑いかける。しかしその後でレオは何か考え込むような表情に変わった。
「……ワシとお前の星詠み、あれは何も見えていなかったのではなく、ああもはっきりとソウヤの不吉な未来を見ていたんじゃな」
「みたいですね……」
「ワシはかつてお前の未来が見えてしまった時……そしてその光景を一度目にしてしまった時同様、ワシにとって大切な人が目の前で失われてしまうのではないかととても怖れた。事実奴は一度は禍太刀の手に落ち、ワシに刃を向けたしな……。まあ最後は結果よし、と言うところじゃが……」
「レオ様は最後、ソウヤ様をその手でお斬りになった、と伺いましたが……」
一度間を空け、レオが重々しく口を開く。
「……ああ。あいつが懇願したんじゃ。これ以上自分の意に反して大切な人たちを傷つけるくらいなら、いっそ斬ってくれ、と。その後口では斬られても自分は生き残るみたいなことを言っておったが……本心ではそのまま禍太刀と命を共にする覚悟だったようじゃ……」
「そうでしたか……」
レオ同様にミルヒもうなだれる。
「……なあミルヒ」
「何でしょう?」
「……ワシの行動は正しかったのじゃろうか?」
「レオ様……」
「ワシは自らの手で召喚した勇者を、結果はどうあれ、一度はこの手で斬った。……それは正しかったのじゃろうか?」
考え込むような素振りを見せ、ミルヒが口を開く。
「……すみません、私にはわかりません。それに、私なら同じ状況になっても、シンクを切るという決断はできません。最後まで皆が納得できる、助かる方法を探すと思います」
「……そうか」
「ですが……」
その言葉に一度視線を下に落としたレオがミルヒへと視線を移す。
「結果としてソウヤ様は助かりました。でしたら、レオ様の取った行動は間違いではなかったのだと思います」
強く、真っ直ぐなミルヒの瞳に見つめられ、レオは再び視線を下に移した。
「……そう言ってくれるか」
「それに……」
「ん……?」
「レオ様はソウヤ様のことを本当に大切に思っていらっしゃるんですね。……私同様失いたくない存在だとおっしゃいましたもの」
「な……! いや、ワシは……」
レオの顔が赤くなる。ミルヒは小さく笑うと先を続けた。
「隠さなくてもいいですよ。……この間フィリアンノ城でソウヤ様のことを話したときと、今ソウヤ様のことを話してるレオ様の目はまったく別なものになってますから。……でも、だとしたらレオ様は本当にお強い方だと改めて実感しました」
「強い……?」
「はい。先ほど言った通り、同じ状況に私がおかれたら、シンクを斬ることはできません……。言葉通り『できない』のです。ですがレオ様はソウヤ様をお斬りになった……。そこまで大切に思っていらっしゃる方を斬る、という判断をなされたレオ様の強さは、私などには到底真似できないものだと感服したのです」
「ワシは……強くなどない……。あいつがそう望んだから……もしワシがあいつの立場なら、きっと同じことを望むと思ったからそうしただけじゃ。……じゃがもしあいつを失っていたら……ワシはどうなっていたかわからん。それはミルヒ、お前が相手でもそう言えることじゃがな」
「レオ様……」
どこか照れくさそうに、ミルヒがレオの名を呼んだ。
「……やめじゃ。今更過去の話をしても結果は変わらん。ソウヤは助かった、その事実だけでワシは十分じゃ」
「そうですね。……ですがレオ様、そこまでソウヤ様のことを思っていらっしゃるなら、レオ様のお気持ちをお伝えになってもよろしいのではないでしょうか?」
「な!? な、何を言う!」
「私は……シンクが以前元の世界へと帰ってしまう時に勇気を出して自分の気持ちを伝えました。それに対してシンクは私のことが、そして皆のことが大好きだ、と答えてくれました。ですが……それは、私が求めているものとは違う、と時折思ってしまうんです……」
ミルヒがぎこちない笑顔をレオへと向ける。
「浅ましい、とお思いになるかもしれません。確かに私はシンクと一緒にいれて、皆のことが大好きだと言ってもらえてとても嬉しいです。嬉しいですが……私の本当の気持ちはシンクにはうまく伝わってないのかな、って思ってしまうんです。……ですからレオ様にはご自分の気持ちをちゃんとソウヤ様に伝えてほしいんです」
「ミルヒ……」
「……なんて、私らしくもないですね。すみません、レオ様に対して出すぎた発言でした。忘れてください。……あっ、そろそろ始まるみたいですよ!」
今までの話の雰囲気を振り払うようにミルヒが闘技場を見るようにレオに言葉をかける。
その横顔を見たレオは自分はどうするべきなのかを考えつつ、その気持ちを伝えるべき相手が決戦の場に現れるのを待った。
◇
『皆さん大変お待たせいたしました! これより特別興業の本番、勇者シンク対勇者ソウヤの一騎打ちが始まります! それでは両者入場! まずは赤ゲートよりビスコッティ勇者、シンクの入場です!』
片側の入場ゲートを閉ざしていた門が開き、そこから1人の金髪の少年を乗せたセルクルが走り出してくる。駆け出してしばらくしたところで少年は持っていた棒を空高く放り投げた。そのままセルクルを飛び降り、側転、バク転、そして飛び上がって空中で回転を加える。そこで投げた棒を掴んで着地を決めた。
「ビスコッティ勇者、シンク・イズミ! ただいま参上!」
『今回もド派手に鮮烈に登場! 今巷で話題のエクストリームキャッチを華麗に決め、ビスコッティの勇者、シンク・イズミが見参です!』
それを見ていた会場の観客達が声援と拍手を送る。シンクはそれに対して手を上げて応えた。
『いやあ鮮やかな登場でしたね、ロランさん』
『勇者殿は派手好きでいらっしゃるからね。それがまた見ている者の心を惹きつけるんだろうね』
『そうですねー。……さあ、続きまして、青ゲートよりガレット勇者、ソウヤの入場です!』
先ほどと反対側の門が開き、鞘に収まる剣を持つ黒色短髪の少年を乗せたセルクルが走り出す。こちらはシンクより長くセルクルを走らせたが、そのまま普通に降り、鞘ごと剣を空中へと放り投げた。
そしてバク転しつつ、右足で鍔の部分を蹴り、剣を空へと跳ね上げる。その隙に地上では鞘を左手に取ると飛びながらの回し蹴り、側転、バク転と全て蹴り技としても通用する動きをし終えたところで、左手の鞘を構える。そこへ空から降ってきた剣が綺麗に収まった。
『な、なんと! こちらも派手な登場だー! 華麗な足技を披露しつつの登場、ガレットの勇者、ソウヤ・ハヤマ!』
こちらにも観客は熱い声援と拍手を送った。ソウヤもそれに対して慣れていない様子だったが右手を軽く上げて応える。
『バナード将軍、こちらも派手な登場となりましたね』
『驚きですね。もっと落ち着いた、淡々とした登場かと思いましたが、これは相手方に刺激されたのでしょうかね』
実況放送を耳にし、ソウヤは鼻を鳴らす。今のパフォーマンスは別にシンクへの対抗意識、というわけではなかった。ただ、興業としてのこの戦いにおいて、自分に求められていることは何か。それを考えた時、「見ている人たちも喜んでくれるようなものにしたい」というのが、彼が辿り着いた答えであったからだった。
声援に応えた後で、シンクの方へと歩き出す。シンクもソウヤの方へと近づいてきた。
「ソウヤ、元気そうだね。安心したよ」
「おかげさまでな。……迷惑かけたな、お前にも」
「ううん、全然。ソウヤが無事ならそれでいいし」
「ありがとう。……だが、それと戦いは別だ。ガウ様やエクレールからの話もいってると思うが、俺はもう全快だ。本気で行く、お前も本気で来い」
「勿論! 手を抜くなんて失礼なことはしないよ!」
小さくソウヤが笑う。そして右腕を前へと差し出した。
「いい戦いにしよう。……それでも勝つのは俺だがな」
「こっちも負けないよ!」
シンクもその手を握り返す。握手を終えると両者は距離を開け、ソウヤはエクスマキナを形状変化させていた鞘と剣を一度消した。その後で蒼く輝く刀身の剣を改めて実体化させて左手に持つ。シンクの方も感触を確かめるように長尺棒を数度回転させて構えた。
『神剣パラディオンを操るビスコッティの勇者シンクと、こちらも今度は神剣エクスマキナを持つガレットの勇者ソウヤの戦いが今始まろうとしております! ルールはどちらかがギブアップするか、防具破壊までの時間無制限! では、開始の合図を両国の代表であるミルヒオーレ姫とレオンミシェリ閣下によって行っていただきます!』
手元にマイクを渡されるとミルヒとレオの両者が立ち上がった。
『シンク、頑張ってください』
『ソウヤ、ガレット勇者として連敗は許されんぞ』
レオの言葉に思わずソウヤに苦笑が浮かぶ。
『それではいいですか、両者、構えて……』
ミルヒの声に2人が互いに構えを取る。その間合いを中心として張り詰めた空気が広がる。
『始めッ!』
そんな空気を打ち破るように告げられたレオの開始の声と共に――ソウヤとシンク、2人の勇者が同時に地を蹴った。
◇
戦いが始まると、途端に会場の熱気は高まった。
互いに踏み込むと同時、シンクが挨拶代わりのパラディオンによる突きを繰り出す。ソウヤは左手のエクスマキナで弾き、間合いを詰めようとするが、シンクはそれを読んでいたか、後ろにステップを踏みつつ、迫るソウヤに対して手元に戻した棒の反対側で攻撃を繰り出した。が、対するガレットの勇者は右の掌でその攻撃を防ぎつつ、さらに加速して踏み込む。
速い、と一瞬シンクに動揺が走る。以前戦ったときより踏み込みにキレが増している。やはり前回は本調子ではなかったのだと気を引き締めなおし、しかし本調子の相手と戦えることに喜びを覚えてもいた。
そのシンクに対して出されるソウヤの追撃の右の膝。それに対してシンクも左の膝をぶつけて一度間合いが空く。
再びソウヤが駆ける。今度はシンクがパラディオンを横に薙いだ。上体を屈め、エクスマキナがそれを上に払って受け流す。その屈んだ姿勢のまま左の後ろ回し蹴り、「コンパッソ」がシンクの上段へと伸びた。しかしシンクは上体を反らせてこれをやり過ごす。
両者が体勢を立て直すと同時、シンクが力を込めてパラディオンを振り下ろす。ソウヤもそれにエクスマキナをぶつけて力比べとなるが、それも長くは続かず、再び両者が間合いを空けた。
『や……やはりすごい! まさしく勇者同士の戦い!』
興奮気味の実況に会場も沸き上がった。
呼吸を整えなおしてソウヤから仕掛ける。それに対してシンクがパラディオンを突き出す。先ほど同様剣の腹でそれを受けて間合いを詰めようとするが、シンクもより早くパラディオンを引き、再度突き出した。
それをまたエクスマキナで払うが、代わりに突進の脚が止まる。そのチャンスを狙い、シンクは自分の間合いで連続で突きを繰り出していく。ソウヤも負けじと打ち払い、あるいは身を交わして隙をうかがう。
事態が動いたのはシンクが上段への突きを出したときだった。ソウヤが上体を屈めつつ勢いよくそれを上へと払う。そのまま踏み込み、蒼い刃を返して振り下ろしを狙った。
「まだまだ!」
同時にシンクが脚に紋章術を発動、大地を強く蹴って一気に間合いを空けた。蒼く煌く切っ先が宙を切るが、ソウヤは距離を詰めようとはせず、もう一度仕切り直しを選んだ。
『なるほど……勇者シンクは自分の距離での戦いをやり通すつもりのようですね。長尺棒、というリーチを生かして勇者ソウヤを懐へと潜り込ませないつもりでしょう』
『だとすると、ソウヤ殿はまずその間合いを切り崩すところから始めなくてはならない。しかしうちの勇者殿の機動力を考えると、それも簡単なこととは言いかねる……。これはソウヤ殿がどう戦うか、見物と言えそうです』
解説を聞き流しつつ、ソウヤは一つ鼻を鳴らし、剣ごと左手首を1度回した。
(まったくもって両騎士団長の仰るとおりだな。前回と打って変わってあいつは自分の間合いを守ることに専念してる。……だが、だったらそれを逆手に取れば……)
「前回のように俺の間合いでは戦わないのか?」
「悪いけどこちらからは遠慮するよ。ユッキーとソウヤの戦いを見て、ベストな状態でのソウヤは相当やりにくい、ってことがよくわかったからね」
ソウヤの挑発とも取れる言葉に、シンクはあくまで自分の戦い方を続けることを返す。
「一応断っておくがあれもベターだ。ベストじゃない。……まあそっちにその気がないなら仕方ない、強引にこちらのペースに持って行かせてもらう……!」
またもソウヤが距離を詰める。それに合わせてシンクの突き。今まで同様にエクスマキナでそれを払う。
後方へと飛び退きつつ、シンクがパラディオンを手元に戻して下段からの振り上げ。ソウヤは突撃の脚を一度止めてそれをやり過ごす。シンクの攻撃が空振ると同時、再び間合いを詰めつつ、エクスマキナの突きを伸ばす。パラディオンでその切っ先が変わるが、ソウヤは勢いをそのままに右手に拳を固め、踏み込む姿勢に入った。
「くっ!」
先ほど同様にシンクが脚に紋章術を発動、距離を空けなおす。――ここまではほぼ先ほどと同じ展開だった。
だが今度は追うのをやめたソウヤの左手のエクスマキナの形状が突如として変化する。弓状に変わった左手のエクスマキナと、右手には輝力で作り出された矢が生まれていた。
「くらえっ!」
手の甲の紋章を輝かせて矢を引き絞り、放つ。
間合いを空けたことで一旦集中が途切れていたシンクはそれに対する反応が遅れた。
「う、うわっ!?」
咄嗟に両手を交差させ、輝力による防御。威力はそれほどではなかったものの、隙をつかれた形にシンクの心に動揺が生まれた。
矢を防ぎ切り、シンクが防御を解く。だが自分の相手が視界の中にいない。慌てて左右に目を動かすが相手は見つからず、その時自分の足元に影が生まれたことに気づいた。
「上!?」
落下の勢いを乗せてソウヤが剣状に戻したエクスマキナを振り下ろすのと、シンクがそれに気づいてパラディオンで防御の姿勢に入ったのが同時だった。金属音を響かせて2本の神剣がぶつかる。
「くっ……!」
互いに押し合いの状態でソウヤが着地、すぐさま左足で下段へと脚払いを仕掛ける。シンクが脚を上げてそれをかわすが、休むことなく上段への回し蹴り、「シャペウジコウロ」。それを避けられるもさらに攻撃を続け、ソウヤはシンクを防御一辺倒へと追いやっていく。
しばらく続いた攻撃に耐えかね、シンクが間合いを空ける。それを待っていたかのようにソウヤは再びエクスマキナを弓へと変化、先ほど同様狙い済ました一発を放った。
再びシンクはそれを腕を交差させて防ぐ。が、エクスマキナを剣に変えていたもののソウヤの追撃はなく、そこで両者の手が止まった。
『な、な、なんという攻防でしょう! 先ほど両騎士団長が述べた間合いの問題、勇者ソウヤはそれに対してエクスマキナを得意の弓にするという方法で解消! そして自分の間合いに入ってからは連打連打! まさに独壇場!』
『今のソウヤ殿の弓による攻撃は見事でした。攻撃自体は紋章術のレベル1程度、威力はそこまででないにしろ、エクスマキナの形状変化、輝力による矢の生成と同時に行った、と言うことを考えれば素晴らしい攻撃です。彼の輝力制御の質の高さが窺い知れる場面ですね』
『加えて今のはシンク殿の動揺があったために攻勢に転じることが出来たと言えるでしょう。つまりそれだけ迅速な攻撃、と言うことでもあります。しかし今ので逆に距離を離しすぎれば自分の間合いになる、と言うことを植え付けたとも言えそうですね』
実況、次いでバナードとロランの聞き流しつつ、一旦肩の力を抜いたソウヤは息をひとつ吐いた。続けて左手に持った剣を手首ごと1度回す。
「なんで今仕掛けなかったの? 飛び込まれてたら僕は危ないところだったよ」
かけられたシンクの言葉に対し、ソウヤは一つ鼻を鳴らした。
「よく言う、悪いがその手には乗らん。……今のは俺を誘い込むための罠だろう?」
「え!? な、なんのこと……?」
「しらばっくれても無駄だ。言ってるだろう、騙し合いは俺の専門分野だと。俺を呼び寄せてカウンターでも狙ってたんだろ?」
はあ、とシンクがため息をこぼす。
「なんだ……バレてたのか……」
「同じ手がそうそう通じるとも思っていない。……だが俺には弓がある、ってことは思い出してもらえたようだな」
「ソウヤは弓の名手だもんね。実を言うとちょっと忘れてたけど……」
フン、とソウヤがもう1度鼻を鳴らした。
「……さて、次も俺が飛び込んでもいいが……さすがにまた同じ展開になったとあれば客も飽きてきそうだしな。乱打戦は見せたわけだし、そうなったら次は……」
ソウヤの背後に2頭の獅子が描かれた濃紺の紋章が鮮やかに輝き出した。
「……大技勝負、ってのはどうだ?」
それを聞いたシンクも僅かに微笑む。
「……あの時と同じってことだね。いいよ、その勝負受けて立つよ!」
シンクも負けじと2頭の竜が鮮やかな、オレンジの紋章を輝かせた。
『こ、これは! 両者とも紋章術の構えのようです! 以前の戦いでは勇者シンクが親衛隊長直伝の紋章剣、裂空十文字によって勝利を収めていますが、果たして今回はどうなるのでしょうか!?』
実況によって熱を煽られ、観客の歓声が高まる。
「行くぞ……前回の手は食わないから、覚悟しておけ……!」
ソウヤがエクスマキナを利き手の右手に持ち替え、左脚の脇に構える。
「その構えだと前回と同じだね。……なら僕も、今回はダルキアン卿直伝の一文字で勝負するよ」
シンクもまた同じ位置にパラディオンを構えた。
「いいのか? 自分の技を宣言して。俺がそれを聞いて考えを変えるかもしれないぜ?」
「それはないね。ソウヤはこの一撃に関しては真っ向からの全力勝負で来る。……だって、それを望んでるんでしょ?」
ソウヤの口の端が緩む。
「……そう言われちゃ、期待を裏切るわけにはいかないか。いいだろう。力でお前を捻じ伏せる……!」
「望むところ!」
互いの闘気が高まっていく。それに連れて、それまで歓声が飛んでいた観客席が次第に静かになっていった。観客も2人が全力で打ち込む、と言うその緊張感を無意識のうちに感じ取ったのだ。
今目の前にいる2人にはそうさせるだけの迫力があった。見ている側にまで緊張感を伝えるほどの気迫。レオがかつて「ガレット勇者としてふさわしいであろうその風格」と評したソウヤから発せられる空気が、鮮烈さを期待させるシンクのそれとぶつかって生み出されるものだった。この空間、空気を全て支配したかのような2人に会場中の、そして映像を見ている人達の視線までも釘付けにしていく。
場内が水を打ったように静まった。普段ハイテンションで喋りやめないフランボワーズでさえ思わず言葉を発せずにいたとき、両者が同時に飛び出す。
「紋章剣! 裂空一文字!」
「斬り裂けッ! オーラブレード!」
両者の全力による打ち込み。オレンジの輝力の光を纏ったパラディオンと、濃紺の輝力の光を纏ったエクスマキナが激突する。その互いの輝力のぶつかり合いは荒れ狂う風となって観客席を吹き抜け、あるいは地を抉り砂礫を舞い上がらせた。
輝く力同士のぶつかり合いの中心で、2人の紋章剣の威力はほぼ拮抗していた。
だが、しばらく続いた互角の均衡状態が破れる。ソウヤがシンクを押し切ったのだ。
「う、うわっ!?」
パラディオンを持つシンクの両腕が押し戻される。だがソウヤはエクスマキナを振り抜いたものの、相手の腕を弾く程度に留まり、シンクにダメージは与えられていない。
その振り抜いた刃を今度は右手1本で上段へと構える。蒼い刃が煌き、シンクはそれを止めるために痺れが残る両手で上段への防御の姿勢を取った。その右手から見える蒼い光を注視し――。
だが次の瞬間、シンクは信じられない光景を目撃する。
「え、ええっ!?」
ソウヤの右手からエクスマキナが消えていた。あったのは蒼い光のみ。だが先ほどまでは確かにそこに剣が握られていたはずだったのに――。
「……約束どおり、最初の一撃は真っ向勝負したぞ」
そう言ったソウヤの口元が笑う。それを一瞥した後、シンクは目を動かし、エクスマキナの在り処を見つけた。
「左手……!?」
「撃ち抜けッ!」
「ま、まずいッ!」
左手に握られた剣の切っ先はシンクへと狙いを定めていた。ソウヤが右足を踏み込みなおすのとシンクが防御解いて逆に咄嗟の攻撃へと切り替えたのがほぼ同時。
「パイルバンカー!」
両者共まったく同じタイミングで突きを放った。
「くっ……!」
「うわっ……!」
両者とも体に攻撃が命中。そのまま互いに吹き飛び、身につけた防具も打ち砕かれた。
『あ、相討ちー!? い、いや! これは……』
ソウヤが立ち上がる。防具は吹き飛んでいるが体はなんともない様子だ。
『勇者ソウヤ立ち上がった! 防具は破壊されましたが、まだまだ元気な様子! 一方勇者シンクは……』
「い、いてて……」
シンクも立ち上がる。ソウヤ同様防具は破壊されているがダメージとしてはこちらの方が大きそうだった。
『こちらも立ちました! しかしダメージは勇者シンクのほうが大きいようですが……』
『両者とも防具が破壊されています。勝利条件は防具破壊ですから、ここまででしょう』
『バナード将軍の言う通りと思います。……しかしここまで、とすると……』
実況席から聞こえてきた声にシンクが頭をかき、困ったような表情を浮かべながらその席の方を向く。
「僕の方がダメージ大きいから……僕の負け、ってことになっちゃいますね……」
「いや」
不意に聞こえた声にシンクが驚いて今度はその声の主を見る。
「俺もお前も『防具破壊』という事例に変わりはない。そしてそれが起こったのは同時。だからこの勝負は引き分けだ。……そうでしょう、騎士団長殿お二方?」
ソウヤからの申し出にバナードとロランの2人は顔を見合わせた。
『確かに両者とも防具破壊されていますし……』
『ソウヤ殿からの申し出ならいいかとは思いますが……』
結論を出し切れずにいる騎士団長を見かねたか、ソウヤが観客席の方へと視線を移し、口を開いた。
「俺とシンクの再戦は互角の引き分け。勝負の結果は次に俺たちが召喚されるときまで持ち越しのお楽しみってことで……。俺たちの戦いをご覧になった皆さんは、これじゃ不満ですかね?」
ソウヤにしては珍しく声量を上げ、観客席へと問いかける。それを聞いた観客は最初こそざわついていたが――。
当初まばらに聞こえた手を叩く音は、水面を伝う波のように一気に広がり、会場を包んだ。中には立ち上がり、歓声を送る人までいる。
「騎士団長殿、観客の皆さんは納得済みです。引き分け、ということでいかがでしょうか?」
ソウヤからの問いかけに実況席で再び顔を見合わせたバナードとロランだったが、笑顔をこぼすと互いに頷いた。
『引き分けー! 勇者同士による再戦は互いに防具破壊と言うことで引き分けとなりました! 今一度! 素晴らしい戦いを披露した勇者両名に惜しみない拍手を!』
フランボワーズの声に観客席から再び雨のような拍手が降り注ぐ。
それに対して右手を上げて応えつつ、ソウヤはシンクの元へと歩み寄った。
「シンク、大丈夫か?」
ソウヤ同様、手を上げて拍手に応えていたシンクだったが、どこか少し困っているようにも見えた。
「大丈夫。防具壊れたときの衝撃がちょっとあったけど、基本的になんともないよ。……でもソウヤ、よかったの? あのままならソウヤの勝ちだったと思うんだけど……」
「1回目の俺はお前に完敗した。……だから俺が勝つときは、お前をぐうの音が出ないほどに打ち負かしてやりたいんだよ。……その点、今日の戦いはお世辞にもそんな風にはならなかった。防具破壊が同時だったってのは事実だからな」
「意外と負けず嫌いなんだね」
フッとソウヤが笑う。
「まあな。……だが……パイルバンカーへのつなぎは我ながら悪くないと思ったんだが……」
「あ! あれどうやったの?」
「背を通してエクスマキナを落とし、右手から左手へと持ち替えた。その時に右手にダミーの光を紋章術によって発生させてお前に気取られないようにしたつもりだったんだが……」
「うわ! あの一瞬でそんなことしてたんだ……。完全に騙された、右手の方から光が見えてたからそこにあるものと疑いもしなかったよ」
「そこまではうまくいってたのか……。誤算があったとすれば……お前が死なばもろとも、という行動に出たってことだったな」
「あの状態からじゃ防御も間に合わないし、こっちの攻撃を当てて威力を殺ぐ方がいいと思ったからね」
「……俺がお前の怪我など気にせずに紋章剣を放っていたらどうするつもりだったんだ?」
そのソウヤの言葉にシンクがニコッと笑った。
「それはないよ。だってソウヤはガレットの勇者だからね!」
「……なんだそりゃ」
つられるように苦笑をこぼすソウヤ。
だが、どこか嬉しくもあった。シンクは自分を信頼してくれた、とわかったからだった。かつての彼なら迷うことなく全力で二撃目を打ち抜いていただろう。結果シンクは多少なりとも怪我を負っていたかもしれない。
しかし彼の心はそのシンクによって変わり、そしてシンクはそれを信じた。そうやって信頼しあえ、互いに強さを認め合えるライバル。そんなライバルと激闘を繰り広げることが出来た。本音を言えば満足する形での勝ちは得たかったが、それ以上に自身が満足する戦いを出来たことを、一度死の淵を彷徨いながらもまたこうして自身の好敵手と相見えられたことを、ソウヤは嬉しく思っていた。
「だがつまるところ、この勝負は最後の咄嗟の一撃で引き分けをもぎとったお前の勝ちと言えるのかもな。……いや、正直な話、勝ちだの負けだの、それよりも俺はこうしてまたお前と戦えたことが嬉しかったんだがな」
だから、彼にしては珍しく本音で心中を語っていた。そしてシンクもそれを察したのだろう。
「ソウヤ……」
嬉しそうに笑顔をこぼし、シンクが右手を差し出す。
「また戦おう! この明るく楽しい、フロニャルドの世界で!」
ソウヤも笑顔を見せる。そして差し出された右手を固く握り返した。
「……ああ!」
客席の拍手が一層大きくなる。見事な戦いを演じた両国の勇者に、惜しむことなく拍手が捧げられた。