◇
ソウヤとシンクの再戦から数時間、段々と陽は傾き始め、夕方の様相を見せ始めてきていた。
今はソウヤとガウル、ジェノワーズの5人でフィリアンノの城下町を散策しているところである。
「姫様のコンサートまでまだ時間があるからって城下町をブラブラするってのは別にいいんだが……。お前、なんでシンクに声かけなかったんだ? てっきりお前の方からかけてるもんだと思ってたから……んぐ……俺の方からは何も言ってねえぞ?」
ガウルが先ほど露天で買ったフロニャルドの焼き物、ココナプッカを口にしながらソウヤにそう言った。地球の、日本の食べ物で言えばクレープか薄く焼いたお好み焼き、といったところだろうか、とソウヤは考えた。
「あいつは俺より1日早く召喚されてますよね? だったら明日にはもう元の世界に帰るはずです。夜はあいつの部屋に泊まるってガウ様の話でしたし、だったらその前の時間ぐらいは自国の人とゆっくりした方がいいんじゃないかと思ったんですが……。独断でしたね、すみません」
「いや、別にいいさ。あいつとは風月庵で模擬戦をしてるし、戦勝祭の時も喋ってる。それに姫様のコンサートの後もあるからな。お前があいつのことを考えてそうしたってんなら、俺は何も口を出さねえよ」
「……そう言ってもらえると助かります」
普段どおりの調子のソウヤに思わずガウルが笑いをこぼした。
「ソウヤも何か食べないんか?」
ガウルとソウヤの会話に後ろからジョーヌが口を挟む。
「ビスコッティのココナプッカはおいしいよ。……あ、ガウ様が食べてるやつね」
「栄養価も高いし、オススメですよ」
「……そこまで言うなら買ってくる。ちょっと待っててくれ」
「あ、せやったらウチの分も買ってきてな」
ノワールとベールにも薦められ、ソウヤも買うことにしたらしい。左手で返事をしつつ回れ右をし、先ほどガウルがココナプッカを買った店に向かおうとする。
「ソウヤ、金はあるんだろうな?」
「今日の特別興業分がたっぷりありますよ。気にせずとも……」
首をやや傾けながらそう言いつつしばらく歩いたソウヤだった。が、何かに気づいた様子で、気まずそうに苦笑を浮かべつつ振り返って戻ってくる。
「なんだ? どうした?」
「……ジョーヌ、リコッタの便利眼鏡はあるか?」
「便利眼鏡? ……ああ、ウチがお前の持ってた本を読んだときのか。ウチの部屋にあるで。でもなんで?」
「……フロニャ文字を正確に読む自信がない」
思わず4人が顔を見合わせる。そして声を上げて笑った。
「……笑わないでくださいよ」
「わ、わりい! 完璧超人のお前にもそんなところがあったとは思ってもいなくてよ……」
「完璧超人って……。俺はそんなじゃないですよ」
「しかもソウヤ……あの眼鏡だとお前の世界の文字がフロニャ文字に変換されるわけだから……お前がかけても意味ないで?」
ガウルに続いてジョーヌも笑いながら答える。
「……逆の機能ないのかよ。じゃあいい。ジョーヌ、ちょっと来い」
「はいはい、了解や。まったく人使いの荒い勇者様やで」
文句を言いつつも嫌がる素振りは見せずにジョーヌがソウヤについていった。
「なんだ、最初あいつのお守りをした時は『あんなの二度とゴメンや』とか言ってたくせに、ジョーの奴もすっかり気許してるな」
「ガウ様、それは私たちも一緒だと思うよ」
「私なんて最初怖い人だと思ったけど……いい人ですね」
「いい奴か? お世辞にも口がいい奴とは言えねえぞ? ……まあ根は悪い奴ではないってわかったけどよ」
ガウルが声を上げて笑う。
「……ほらやっぱり今の声……あ、いたよ……。おーい、ガウルー!」
そのガウルの笑い声を聞いてか、最初遠くで何かを確認したような声が聞こえた後、ガウルの名を呼ぶ声が聞こえてきた。
「あ!? シンク!?」
「いたいた、探したよ。レオ様に聞いたらソウヤとジェノワーズと一緒に姫様のコンサートが始まるまで城下町にいるって言われて……」
「ひどいでありますよ。どうせなら自分達にも声をかけてほしかったであります」
合流したのはシンク、エクレール、リコッタ、ユキカゼのいつもの仲良し4人である。
「ああ、わりいわりい。でもソウヤがよ……」
「あれ? そのソウヤは?」
シンクが辺りを見渡す。と、ココナプッカを両手に持ったソウヤが近づいてくるのが見えた。
「シンク……?」
「ソウヤ、なんで誘ってくれなかったの? 誘ってくれたら喜んで一緒に行ったのに」
「お前は明日には日本に帰るわけだろ? だったら最後の夜はビスコッティの連中と一緒にいたほうがいいんじゃないかと思ったんだが……」
「そんな……水臭いこと言わないでよ。ビスコッティもガレットも関係なく、僕にとっては大切な人たちなんだから」
「……お前はよくそういう恥ずかしいセリフを平気で言えるな」
「へ?」
シンクの間抜けな声には何も返さず、ソウヤはノワールにココナプッカを手渡す。ベールにはジョーヌが1つ手渡していた。
「……私頼んでないよ?」
「俺のおごりだ。拒否は認めない」
「ウチのも、ベルのもソウヤ持ちや。遠慮せんほうがいいで」
「本当? じゃあお言葉に甘えて……」
「おいソウヤ、これじゃ俺だけ自腹じゃねえかよ。俺にはねえのかよ?」
「王子様にわざわざ庶民が物をおごる義理はないでしょう。それにどうせおごるなら可愛い女の子のほうがいいでしょうし」
それを聞いたガウルがフン、と鼻を鳴らし、眉をしかめた。
「……さっきの悪い奴じゃねえって発言撤回していいか?」
「何の話です?」
「気にせんでええって。可愛い女の子、とか、ソウヤわかっとるやないか」
「はいはい」
調子に乗ったジョーヌをソウヤが軽くいなした。が、直後ソウヤは予想もしない手痛い一撃を食らうことになる。
「じゃあ可愛い女の子の拙者達にも、ごちそうしてくれるでござるか?」
それがこのユキカゼの一言だった。思わずソウヤが固まる。
「……くそっ、失言だった。……でも巨乳ちゃんは土地神で最低でも100年は生きてるって聞いたぞ。『女の子』か?」
ソウヤの返しに今度はユキカゼが固まった。だがすぐ両手で目を押さえて「ウッ、ウッ……」と声を上げ始める。
「あんまりでござる……。拙者はまだまだ女の子だと言うのに……そうやって拙者のことを恥ずかしい呼び方で呼ぶだけでは飽き足らずいじめるでござるか……?」
「……おい、普段の態度と違いすぎるだろ。嘘泣きだってバレバレだぞ」
「ユッキー、泣かないでほしいであります。……ソウヤさん、女の子を泣かせちゃダメでありますよ」
リコッタにそう言われてソウヤは呆れたように大きくため息をついた。
「……はいはい、俺が悪かったですよ。……で、そっちの女性分3個でよかったか? シンクは男だから自分で買えよ」
「え、ええ!? なんかひどくない!?」
「私はいらん。ユキとリコの2つだけでいい」
「ちょっとエクレ、僕はやっぱり入ってないの?」
「わかった。3つだな」
そう言うとソウヤは店の方へと歩き出した。
「おい! 私の話を聞いてるのか!?」
「エクレ! 僕の話も聞いてよ!」
「だあー! もうやかましい!」
シンクの頭をエクレールがグーで殴る。痛そうに頭を押さえるシンクを見てその場の全員が笑った。
「この頭をどつかれてるのとパシリで買い物に行かされてるのがビスコッティとガレットの勇者で、今日の特別興業の主役2人だったとは到底思えねえな、こりゃ」
笑いながらガウルがそう言う。
「まったくやで。あの戦いが嘘みたいやわ」
「ですがさすが勇者様、という戦いぶりでありましたよ。最初の打ち合いもすごかったでありますが、最後の紋章剣の激突は尻尾の付け根がずっとぞわぞわ言いっぱなしでありましたし」
「まったくだ。……それ以上にずっと勝ちにこだわってたようなあいつがあそこで自ら引き分けを選んだことに俺は驚いたがな」
ガウルの発言に全員が頷いた。
「勝つならもっと圧倒的に勝ちたい、って言ってたよ。……あと勝ち負けより僕と戦えて嬉しかった、っても言ってくれたし」
「……結局ソウヤも恥ずかしいセリフ言ってるよね」
ノワールがポツリと呟き、全員が再び頷いた。
「まあ引き分けだったが、あいつの戦いぶりは姉上も称賛してたし、興業としても大成功って言っていいだろうよ。あいつなりに考えた結果の興業であれだったんだ、本人も満足してるんじゃねえか? ……あ、そういやその姉上だが、俺たちのこと姉上から聞いたって言ったか? じゃあ姉上は姫様のところに?」
「はい。なんだか神妙な面持ちをしていらっしゃいましたが……」
「その前には姫様の控え室からレオ様が姫様と言い争ってるような声も聞こえたであります」
ガレット側の4人が顔を見合わせる。
「なんだ……? あの2人がケンカか……?」
「それは考えにくいと思うでござるが……。特別興業をご覧になっていた際は両者とも仲良さそうに話していらっしゃいましたし……」
ガウルが考え込む様子を見せる。
「だとすると……。明日シンクが帰るから……シンク絡みで何かか? お前、何かやったのか?」
「ええ!? ……心当たり何もないんだけど」
「心配しすぎだと思いますが」
その時ココナプッカを両手に2つずつ持ったソウヤが帰ってきて口を挟んだ。
「仲がいいって言ったって考えの衝突とか些細な問題は起こるものでしょう? ……ほらよ、巨乳ちゃん」
そのうちの右手の1つをユキカゼに、もう1つをリコッタに渡す。
「親衛隊長」
「いらんと言ったはずだ」
「拒否は認めん。……どうしても嫌ならそこで食いたそうにしてるシンクと半分ずつにでもしろ」
エクレールが横を見る。そこにソウヤの言葉通り食べたそうなシンクの顔があった。
「……半分、食べるか?」
「いいの!? ありがとうエクレ!」
「……半分食べたらよこせよ」
顔をやや赤らめつつ、エクレールがシンクにココナプッカを手渡す。
「……で、さっきの話ですが。皆さんいい人だってことはよくわかってるし、他人を心配するのもわかりますけどね。人には放っておいてほしい時ってのもあると思いますよ。仮に当人同士の問題として、あれこれ俺たちが心配したところでどうしようもないですし、結局は当人達がなんとかすると思いますけど」
そう言うとさっき一口食べたきりだったココナプッカにソウヤがかぶりつく。予想通りソースを塗ったクレープか薄いお好み焼きといったところか。素直においしいとソウヤは思った。
「いやまあそうだけどよ……。お前が言うなよ」
「まったくでござる。シンクとお主の最初の一騎打ちのときとか、周り皆がヒヤヒヤでござったし。結局は当人達がなんとかしたでござるが」
「……悪かったですね。……だったらなおさら、前例があるんだから気にしすぎだ、ってことでしょう」
ソウヤの言葉に反論はない。
「まあソウヤの言うとおりだと思うよ。どうしても気になるなら、姫様のところ行ってみる?」
「この後コンサートやで? 本番前に行くのはあまりよくない気がするわ」
「……それこそお前が言うなよ、だろうが。シンクとの一騎打ち直前に俺の控え室に来たくせに」
ボソッとソウヤが呟くがジョーヌは知らん振りだ。
「だったら姉上だな。どうせフィリアンノコンサートホールじゃ俺たちと一緒の特別席だろうし。そこにいなくてもビオレかルージュに話通せば……」
ガウルがそこまで言った時、「あーっ!」と言うエクレールの声が響いた。
「この馬鹿勇者! 半分だと言ったはずだ! 何でお前は全部食べてるんだ!」
「あ、ああ! ご、ゴメン! おいしくてつい……。でもエクレ、いらないって言ってたんじゃ……」
「さっきはいらなかったが今はいる! 何で貴様はそうなのだ!? まったく貴様と言う奴は……!」
「ご、ゴメンエクレ! 買って返すから……」
シンクとエクレールの様子を見てソウヤが大きくため息をこぼす。
「……とにかく、皆さん気になるんなら今ガウ様が言ったとおり、レオ様に会うか、ビオレさんかルージュさんに話聞くとかでいいんじゃないですか?」
「そうだな。……よし、食ったらあの馬鹿2人おいて行こうぜ」
いつまでも夫婦漫才よろしく言い争う2人を一度見た後で、その場の全員が頷いた。
◇
「え……? 来ない……?」
ミルヒのコンサートの開演時間が近づき、城下町を散策していた一行はコンサートが開かれるフィリアンノコンサートホールに来ていた。
そこでルージュから告げられた言葉に思わずガウルが驚いた表情を浮かべる。
「ルージュ、それは本当なのか? 姉上が姫様のコンサートに来ないって……」
「えっと……。このホールの特別席にはお来しになりません」
ガウルの表情が険しくなる。
「どういうことだ……。姉上は姫様のコンサートは以前の一件があった時以外は基本的に会場で聴く、ってのが常のはずなんだが……」
「も、もしかしてさっき言ってたことが本当にあったりとか……?」
「いや、それこそないと思うんだが……」
そう言うとガウルがルージュの方を見る。思わずルージュはびくっと体をすくませた。
「ルージュ」
「は、はい!」
今度は声が裏返る。
「姉上と姫様……まさかケンカした、なんてことはないよな?」
「そんなこと! あの一件以来お2人の仲は非常によろしいです。むしろ……」
「むしろ?」
ハッとしたようにルージュが両手で口を抑えた。
「……いえ、なんでもありません」
怪しむようにガウルがルージュを見つめる。
「……なあルージュ、本当に何もないのか? リコッタが2人が言い争うような声を聞いたっても言ってたし、ここにいる連中も心配してんだ」
「少なくともレオ様と姫様がケンカをなされた、とか、そういうことはございません。ですから、その点は安心していただいて大丈夫です」
まだ納得していない様子のガウルではあったが、
「ルージュさんもそこまで言ってますし、心配ないってことでしょう。ガウ様がいい弟だってことはわかりますが、俺がさっき言ったとおり放っておいてほしい時だってあるかと思いますよ」
そのソウヤの言葉に説得されたらしく、大きくため息をついた。
「……わかった。まあ大した問題でもなさそうだしな。……んじゃあ姫様の歌声を堪能するとすっか」
ガウルが関係者用の特別席に腰を下ろす。それにつられるように一緒に来た全員が椅子に座った。
「で、俺は姫様の歌を聴くのは初めてなんですが、どんな感じなんですか?」
「どんな感じとはなんだ! 姫様の歌はそれはそれは素晴らしくていらっしゃる! 貴様も姫様の歌を聴けば愚かな質問だったとすぐにわかるだろうよ」
「ま、まあまあエクレ……」
興奮気味のエクレールをシンクがなだめた。それを見ていたソウヤは一つため息をこぼす。
「……盛り上がるってのは前にジョーヌから聞いた気もするな。だが俺はこういうコンサートとかライブとか、そういうのは初めてなんだが……」
「そうなの? 僕が以前野外ステージで姫様の歌を聴いたときは、昔ベッキーに連れて行かれたライブみたいな雰囲気だったよ。曲に合わせてリズム取ったり、ヒカリウムだっけ? 光る棒を振ったり」
「……まあ楽しみたいように楽しんで聴け、ってことか」
「そういうことや。あ、ヒカリウムいるか? ウチ多目に持ってきたから、余ってるで」
ジョーヌの手元にピンクに輝く光の棒が握られている。これはフロニャルドにおけるコンサートグッズで、フロニャ力によって発光するものだった。
「いや、遠慮する。座って大人しく聴いてることにする」
「盛り上がってきたら立ってもいいのでありますよ?」
「ああ、そうするよ」
と、そこで会場の電気が暗くなり、人々の歓声が上がった。
「お、始まるな」
『皆様、お待たせいたしました! それではこれよりミルヒオーレ姫殿下によりますスペシャルコンサートを開催したいと思います!』
ますます歓声が大きくなる。それはせりあがるステージによって、その舞台の主役が現れるとさらに大きくなった。ステージ上に現れたミルヒは白のワンピースタイプのフリフリなドレスに身を包み、普段シニョンキャップに纏めてある髪は解かれて背中付近までウェーブがかかって伸びている。
『皆さん、こんばんは!』
「こんばんはー!」と観客の声が返事をする。
『お昼に行われた勇者様2人による特別興業、とても素晴らしいものでしたね! 私もそんな2人に負けないように、また、これまで目覚しい活躍を見せてくださったビスコッティ、ガレット、両国の勇者様にありがとうの気持ちを込めて。そして、今日ここに私の歌を聞きに来てくださった皆さん、放送を通じてご覧になってくださっている皆さんのために、心を込めて歌っていきたいと思います! では1曲目、聞いてください。【Brand-new SKY】!』
アッパーチューンな曲が流れ始め、ステージの上でミルヒが踊りだす。前奏が終わると、振り付けをしながら歌い始めた。
今ソウヤ達のいる2階の関係者用の特別席からは1階の客席のヒカリウムがよく見える。その光が幻想的な波となって広がっていた。
「すごい……」
思わずソウヤがそう呟いた。
「でしょ! 姫様の歌はとても素敵だから!」
歌と周りの熱気、両方にかき消されないようにシンクがそう声量を上げる。アップテンポな曲のせいか、既に体でリズムを取っていた。同時に、ソウヤはよく今の自分の呟きを聞き取ったなと感心した。
「そうだな! 確かに歌がうまいってのはある! だがそれ以上にこれだけの人を惹き付ける魅力ってのがすごいんだろうな!」
ソウヤも声量を上げて答える。
ミルヒが踊りつつステージ前方へと歩き、くるりと1度ターンをしたところで、曲はサビの部分へと入った。照明演出と観客の熱気がそれをさらに盛り上げる。
「……さすがお姫様、か……。生まれ持った、人を惹き付ける魅力と言ったところか」
「んなもん、お前だって持ってるだろうがよ」
隣のガウルからかけられた声にソウヤが驚いて振り向いた。
「俺が? そんなもの持ってませんよ」
「そう思ってるのはお前自身だけじゃねえか? 今日のシンクとの戦い、見ていた客は皆お前とシンクの戦いに魅了されてた。謙遜してるのかもしれねえが、お前は自分で思ってるほど小さな人間じゃねえよ」
「だとしても俺は人の上に立てるような器じゃない。姫様やガウ様、レオ様のようには到底なれません」
ガウルが一旦言葉を止める。ミルヒの歌は1番を終え、2番へと差し掛かった。
「……今姉上の名前を出したけどよ」
てっきり話は終わったと思っていたソウヤはステージに移していた目を再びガウルの方へと戻した。
「俺は、お前になら姉上を任せられると思ってる。姉上はああ見えて不器用だからよ。なんでも1人で背負い込んじまうんだ。俺がそれを分けてもらおうとしたときもあったんだが……。いっつも姉上は俺をガキ扱いして、結局俺は姉上と肩を並べることは出来なかった。……でもよ、あの禍太刀の一件のとき、姉上はただお前を失いたくないって言って涙を流した。それを見たときに気づいちまったのさ。……姉上が背負い込むものを分ける相手は、俺じゃなくてこいつなんだ、って」
ソウヤは答えない。無言でガウルを見つめ続けていた。
「だからよ、お前は姉上と肩を並べて歩くことが出来る、姉上を任せられるって思ってんだ。前にお前がその気なら俺が領主になって姉上を蹴落としてやる、って言ったが、まああん時は半分ぐらい冗談だったけどよ。……今なら本気でそう思えるようになった。……だからよ、そんな姉上を任せられるお前は、お前が自分で思ってるほど器が小さい人間じゃねえんだよ」
「ですが俺は……」
そこまでを口にしてソウヤは言葉を止めた。次に言う言葉を考えている、そんな雰囲気だった。
その様子を感じ取ってか、ガウルが一度鼻を鳴らした。
「……ま、お前に今すぐどうこうしろ、って言ってるわけじゃねえんだ。ただ俺は、お前だって十分すげえ奴だって、姉上と対等に渡り合える奴だってことを言いたかっただけさ」
「……そう、ですかね……」
なんとなしにステージに目を移し、ソウヤが呟いた。
1曲目が終わり、2曲目が始まる。「HONEY HONEY BABY」と言う名のつけられたその曲が始まると、1曲目同様アップテンポなイントロが流れ始める。
「……まあいいや。今言ったことはあんま気にしないでくれ。くれぐれも姉上には言うなよ、あとで怒られるからな。せっかくの姫様のコンサートだ、今日はそいつを楽しもうぜ」
そう言うと、それきりガウルはソウヤにこの件を話そうとはしなかった。ソウヤはガウルに言われた通り、ミルヒのコンサートを楽しむために意識をステージに集中する。
コンサートは素晴らしいものだった。
最初はテンポ感のいい曲で始まったが、ミルヒは時にしっとりと歌い上げ、時にのびのびと歌っていた。曲間に挟まれるミルヒのトーク、2度変わった衣装など、どこを取っても最高のコンサートであった。
だが、コンサートがまさに終わりに近づき、この後予想だにしない事態が起ころうとしていることを、この時特別席に、いや、客席に座っている誰もが知る由もなかった。
『皆さん、楽しんでくれてますかー!?』
ステージ上のミルヒからかけられる声に客が歓声で答える。
『ありがとうー! 私もすっごく楽しいです! ……でも名残惜しいですが、次が最後の曲となってしまいました』
それに対し、今度は「えー!」と観客席から残念がる声が上がった。
『ですが、最後の曲を一緒に歌ってくれる、とても素晴らしいゲストが来てくださっています!』
それを聞いた観客が誰だろうとざわつき始める。
「へえ、姫様と一緒に歌うゲストか。一体誰だろうな」
ガウルも他の観客同様、誰が来るのか楽しみにしている様子である。だが、一方のソウヤは渋い顔で、眉をしかめていた。
「……ガウ様、なんかすごく嫌な予感がするんですが」
「あん? どういうことだ?」
そのガウルの質問にソウヤが答えるより早く、
『ではご登場していただきましょう! スペシャルゲスト、レオンミシェリ閣下です!』
「な、何ぃぃぃいい!?」
ミルヒによって明かされた正解にガウルは思わず叫びながら立ち上がり、ソウヤは呆れたように左手で頭を抑え、会場の他の観客はどよめいた。
『……あれ?』
が、ミルヒがレオの名前を読んでもレオが出てくる気配がない。
『レオ様? 出番ですよ?』
慌てたようにミルヒがステージ袖へと走っていく。
「おい、まさか本当に姉上が……。ってソウヤ! お前もしかしてこのこと知ってたのか!?」
「……知ってるわけないでしょう。ただ、本来ここで聞いてるはずなのにいないレオ様、そのレオ様の行方を聞くと明らかに動揺した様子で応答をしたルージュさん、そして今の姫様のスペシャルゲストって言葉……。その辺からもしかしたら、って思っただけです。……まさか本当にそうなるとは思ってもいませんでしたが」
「ちょ、ちょい待てソウヤ! その話が本当だとするとレオ様と姫様の言い争いって……」
「ステージにゲストとして出る出ない、あるいは衣装でなにか、とかそういう感じの話じゃないのか? 少なくともステージに呼ぼうとしてるんだ、ケンカとかって線はないだろう。……まったく人騒がせな」
やれやれとソウヤはため息をつく。
「……ガウ様、レオ様って歌うの得意だっけ?」
「得意じゃねえけど……。別にまったくダメってわけじゃないはずだ。……それでも姉上はそんなのは絶対断るような性格のはずなんだが……姫様はどうやって説得したんだ?」
関係者用特別席であれこれ考えながら混乱している様子だったが、それはステージでも同じだった。一旦舞台袖に引っ込んだミルヒがなかなか戻ってこない。
ただ、マイクを切り忘れているせいか、「レオ様、皆待ってますよ!」「無理じゃ! やはりこんな恥ずかしい格好……」「いいと言ってくださったではありませんか! さあ!」と言うような声を拾っている。
結局、しばらくしてステージ袖からミルヒが帰ってきた。その手に引かれて白いフリルの覗く青いドレスに身を包み、今のミルヒの髪型同様に2つ分けて、恥ずかしそうに顔を真っ赤にしつつ嫌々ながらステージに上がるレオの姿がそこにあった。
その姿が現れた時、会場が今日1番に沸きあがる。普段決して見ることのない、戦場では勇ましい姿の闘姫がかわいらしい衣装に身を包んでステージに現れると言う光景は観客にとって衝撃的だったようだ。
『では改めて紹介します。今日のスペシャルゲスト、レオンミシェリ・ガレット・デ・ロワ閣下です! 今日は両国の勇者様が頑張ったので、自分も特別興業に関わって皆を喜ばせたいと仰り……まあ半分ぐらい私が無理矢理誘ってしまったのですが……とにかく、私と一緒にステージで歌う提案を了承してくださいました! レオ様、何か一言ありますか?』
ミルヒの紹介に会場が再び揺れる。マイクを手に何かを話そうとするレオだったが、その姿は戦場で見るレオの姿からは程遠く、観客席から波のように寄せる歓声にマイクを口元に持っていったまま固まってしまった。
そのレオの様子に気づいたか、レオの話を聞くために次第に歓声は収まっていく。
『あ……えー……これは、その……』
普段の堂々とした態度と真逆、顔を赤らめて視線を下へと逸らし、言いたいことも口ごもってしまっている。
それを見かねたか、2階の席の方で立ち上がった影があった。
「かわいいですよ! レオ様!」
静かになっていたその状況で聞こえた声にレオがハッと顔を上げた。言った本人の顔は見えないがその声は聞き間違えるはずもない。ソウヤだ。
「似合ってるぜ! 姉上!」
次いで聞こえたその声の主は会場の皆がわかったらしい。会場が笑いに包まれ、その笑い声と共に「お綺麗ですよ閣下!」「眼福です!」と言った声も飛ぶ。それを聞いていたレオが先ほどまでとは違う風に顔を赤らめた。
『き、貴様ら! ガレットに帰ったらどうなるか、覚えておれ!』
マイクに向かって叫んだレオに再び会場から笑いが起きた。
『レ、レオ様……そろそろ歌のほうを……』
『……もうお前に任す! 勝手にせい!』
ステージ中央、レオがミルヒに背を向けて立ち、不機嫌そうに目を瞑る。
それを見ていたミルヒが苦笑を浮かべつつ、その中央に寄り、レオと背を合わせた。
『……それでは最後の曲です! 聞いてください、【きっと恋をしている ミルヒ&レオ・スペシャルバージョン】!』
姫様ライブの曲名はフロニャ文字を解読したセットリスト(1期3話かな)より。