DOG DAYS DUAL-BRAVER   作:天木武

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Episode 1 勇者、召喚

 

 

 日本の夏は、暑い。今が7月下旬の昼時ならなおさらだ。そのことを象徴するように蝉たちが競い合うように鳴き声を辺りに響いている。加えてここは男子更衣室。人が集まっているせいで暑さは余計に増すだろう。

 

「お疲れ様でした、お先に失礼します」

 

 その暑さを感じさせないような抑揚のない声と共にロッカーが閉まる音がして、その場にいた全員が音の方を向いた。

 

「おいおいソウヤ、今日はお前の優勝祝いをするつもりでいたんだぞ? 大会空けで午前練だけなんだ。せっかくの夏休みなんだしたまにはちょっと付き合えよ」

「暑苦しいです、先輩」

 

 ソウヤと呼ばれた少年に大柄な少年が肩を組んでくる。が、至って冷静にそう返しつつ、彼は回してきた腕から抜けた。

 彼の名はソウヤ・ハヤマ。日本風に言えば葉山蒼也。16歳の高校1年生ながら、つい先日行われた弓道の夏のインターハイにおいて優勝するほどの腕前である。

 身長はやや小柄、髪は短く整えられ、端正な顔立ちではあるが、その瞳は鋭く、言葉少なで斜に構えた問答をすることがあるためにどこか人を寄せ付けない雰囲気があった。

 

「暑いって、そりゃ夏だからな!」

 

 ソウヤに先輩と呼ばれた少年は、そう言って笑いながらソウヤの肩をバンバンと叩いた。他の部員が接するのをためらう中、この弓道部の主将である先輩だけは、ソウヤにも他の部員と分け隔てなく接してくれていた。

 

「……今日は習い事があるので」

「習い事? ……ああ、あの脚で戦う格闘技か。なんだっけ、カンフーじゃなくてそれっぽい……」

「カポエイラ」

「そうそう、それだそれだ。型とかあるんだろ? 今度見せてくれよ」

「見せるほどの腕前ではないので……。では先に失礼します」

 

 主将がまだ何か言いたそうだったが、ソウヤは足早に更衣室を後にした。

 

「主将……あいつ誘うのはやめません? どうせ来やしませんよ」

「そうそう。あいつスポーツ万能で弓道全国1位、噂じゃ中学のときは空手と剣道でも全国大会行ったとか……。なのに他人と接しようとしないし……」

 

 ソウヤがいなくなったのを確認すると他の部員が口を開き出す。部の中では1年にしてエースのソウヤだが、全く周囲とコミュニケーションをとろうとしないためにその存在は浮いていた。まだその腕を鼻にかけるようなら部員も目の敵に出来るだろう。しかしそれすらもせず、自分達を嫌っているでもなく、ただ話そうとしない。そんなソウヤに対してどう接していいかわからず、部員たちは困惑していた。

 主将がため息を1つこぼす。そんな状況を改善しようとしてはいたが、やはり当のソウヤ本人は打ち解けてはくれなかった。

 

「まあ気難しいって奴だってのはわかるけどよ。もっと俺たちに心を開いてくれりゃいいんだがな……」

 

 

 

 

 

 時間帯はこれからが昼、もっとも暑くなる頃合である。

 自宅に着いたソウヤは鍵を回してドアを開けると、無言で中に入って鍵を閉める。どこにでもあるようなアパートの一室、高校に入ってからソウヤはそこで1人暮らしをしていた。暑さのこもる室内はお世辞にも豪華とは言えない殺風景な様式。唯一本棚だけはびっしりと本が入っていたが、それらの大半はファンタジー小説であり、それを読むことが10歳から続けてきた習い事以外では数少ないソウヤの趣味だった。

 

 着ていた服を脱ぐと浴室に入る。シャワーをやや冷ために調節して頭から浴び、汗の不快な感覚を一気に洗い流す。

 シャワーを浴びながら、やっぱり人付き合いは面倒だと彼は思う。ほうっておいてくれればいいのに主将はやけに自分に構ってくる。確かに自分は弓道部の部員ではある。だがそれは弓の腕を磨きたい、ただそれだけの理由だ。馴れ合うつもりはない。それが彼の考えでもあった。

 

 体を拭き、ソウヤは腰にバスタオルを巻いたまま冷蔵庫を開ける。クールサーバーに入った麦茶と、あとは必要最小限の調味料しかない、部屋同様殺風景な中身。それを全く気にする様子もなく、冷蔵庫から麦茶を取ると水切りカゴに逆さに置いてあるグラスに注ぎ、一気に飲み干す。

 やはり夏の麦茶はいいものだ、と思いつつ、壁にかかっている時計を見る。稽古の時間は夕方すぎ、家を出るには遙かに早い時間である。

 そういえば今日は読んでいるファンタジー小説の最新刊が発売する日であることを思い出した。それを買ってどこかで読んで時間を潰し、あとは早めに道場に着いたら準備運動を入念にやっていればいい。そう考えながら、机の上にある栄養バーの箱を開け、口に加えながら服を着ていく。着終わると同時に袋の中にあった2本目の栄養バーを食べ終え、適当に荷物の入ったバッグを背負って玄関を後にした。

 

 道場までは最寄の駅まで15分ほど歩き、そこから電車で約30分。さらに駅から5分と、片道だけでほぼ1時間はかかる。だがソウヤはそれを苦とも思わず、4月から週に3度欠かさず通っていた。これまで格闘技は空手をやってきていたが、カポエイラほど足技に特化した格闘技ではなかったため、今までと大きく異なる格闘技を面白く感じたからである。習い始めてわずか数ヶ月ではあったが、元々空手をやっていたためにセンスはいいのか、今では道場の誰もが一目置くほどの腕前となっていた。

 

「ん……?」

 

 駅までの道のりを半分ほど進んだ辺り。住宅街の間に1匹の大きなネコがたたずんでソウヤのほうを見上げているのが目に入った。奇妙なのはネコのくせにネクタイなんてのを締めていること、そして背中に鞘に入った短剣のようなものを背負っていることだった。まさか本物ではないだろうが、アクセサリーとしてはいささか珍妙と言わざるを得ない。

 無言でソウヤが屈み、ネコの頭を撫でる。「にゃーん」と一声鳴き、ネコはソウヤに背を向けて路地の方へと入っていった。まるでついてこい、と言わんばかりのその態度。

 つられるようにソウヤはそれについていく。ネクタイを締め、背中に短剣を背負ったネコ。もはやファンタジー以外の何物でもないじゃないか、という考えが思わず頭をよぎる。

 

(じゃあ何か、着いていった先にあるのは異世界への入り口か?)

 

 ありえない、俺の心はそこまでご乱心か、とソウヤは自嘲的に笑みを浮かべた。いくらファンタジー小説が好きだし妄想に近い空想を頭の中で抱くこともあるとはいえ、その辺りの線引きがつけられなくなったら重症だろう。

 ネコがようやく足を止めてソウヤの方へと振り返る。人目につかないような裏路地。辺りに人の気配はない。

 と、その時だった。

 

「なっ……!?」

 

 魔方陣のような紋様が地面に浮かび上がり、蒼い光が辺りを眩しく照らし出す。不可思議な紋様と見慣れない文字のようなものが敷き詰められたその中心、先ほどのネコが背中に背負っていたはずの短剣を口にくわえ、ソウヤを手招きしている。

 驚いた表情のままソウヤは、その手招きに手繰り寄せられたかのようにネコに近づいてく。

 すると――。

 

「うわっ……!」

 

 ネコが地面に短剣を突き刺し、ますます光が辺りを眩しく照らし出した。そのまま光が広がっていき――光が収まった後、そこには初めから何もいなかったかのように、ネコも、そしてソウヤの姿も消え去っていた。

 

 

 

 

 

 ソウヤが眩しい光の次に見たものは、眼下に広がる広大な景色だった。だがその両脚は宙に投げ出されている状態で、景色が段々と迫ってきている。早い話が空中に浮いている状態、そして落下している状態だ。

 

(なんでこんなことになったんだ……?)

 

 もう1度記憶を整理する。部活から帰ってシャワーを浴び、カポエイラ教室に行く途中で変なネコを見つけて光に包まれて……。

 

(じゃあ今いるここは、この状況は何だ!?)

 

 まさか本当にファンタジーな世界に入り込んだのか、と辺りを見渡す。紫の空、浮いた島――普段は見ることすらないそれらを目にし、そんな妄想ともいえる考えはますます強くなる。さらに目を動かし、山、森、海、そういった遠くの風景の手前、何かが視界に入った。さっきのネコだ。

 

「ったく、何がどうなってんだよこりゃ……。いくらネコは高いところから落ちても平気っつったってこの高さじゃお前も死んじまうだろ……」

 

 ソウヤはネコの首根っこをしっかりと掴む。驚いたようにネコは「にゃん!」とかわいらしい声を上げたが、気にせず抱きかかえた。眼下に視線を向ける。どうやら地面ではなく海に落ちるらしい。だったら運がよければ助かる、悪けりゃ死ぬだけだと考え、その表情に自嘲的な笑みが浮かんだ。

 が、急に落下の速度が遅くなったように感じた。ソウヤは驚いて首を下に向ける。間違いなく速度はゆっくりになっており、さらに驚くことに海の中から何かが浮かび上がってきた。それは石畳の台座のようなものだった。浮き上がってきた原理も何も不明だが、どうやらそこに着地することになるらしい。

 その台座に近づくに従ってさらにゆっくりになっていく。と、このまま落ちていくであろう場所に女性のような人影が2人と、巨大なダチョウのような鳥が2羽、目に入った。片方は黒、もう片方は黄色がかった毛並み。

 

 ソウヤは空中で体勢を立て直し、足を下に向ける。そのままゆっくりと、それこそ空から落ちてきたとは思えないほどゆっくりとその場に着地したのだった。

 地にしっかりと足が着いたことを確認し、目の前の人物を見つめる。銀の髪に女性らしい肉感的な胸、肌が覗く色っぽく大胆な衣装、そして――頭にはネコの耳のようなものが、腰の辺りからは尻尾のようなものが生えていた。傍らに立つより年上そうなもう一方の女性は紫の髪、だがやはり頭と腰には同様のものが生えている。

 

(耳に尻尾……?)

 

 まるでファンタジーな、頭の上にぴょこんと生えた獣の耳を見つめる。

 

「よく来たな、勇者」

 

 と、その銀髪の女性が口を開く。

 

「勇者……?」

 

 普段の日常生活ではまず聞かないであろう単語にソウヤが顔をしかめた。

 

「チェイニーもご苦労じゃった」

 

 その言葉とほぼ同時にソウヤの腕の中にいたネコが飛び出した。ネコ独特のしなやかな動きで、ネコの耳を持ったその女性の腕に入る。

 

「さて、お主の名はソウヤ・ハヤマ、間違いないな?」

「なぜ俺の名前を?」

「ワシがお主を召喚したんじゃ、まあ当然知っていることになる」

「召喚……?」

「何をとぼけておる。召喚に応えたから、ここにいるんじゃろうが。チェイニーの召喚の陣に書いてあったであろう」

 

 ネコが女性の手から地面に下りる。すると石畳にソウヤが先ほど吸い込まれた魔方陣のような紋様が描き出された。

 

「ほれ、ここに書いてあるじゃろう。『これは勇者召喚です。応じる場合のみこの紋章を踏んでください』」

「……どこの文字だよこれ」

 

 思わずソウヤが呟く。彼女が指差す先にある文字は見慣れたひらがなや漢字でも、アルファベットやその類でもない。先ほど見かけた文字と同じ、あえて表すとするなら古代ギリシャ文字、あるいはロシアの方で見られるキリル文字をさらにややこしくしたような文字であった。

 

「ああ、今はここにいるからこの文字だが、お前が見たときはちゃんと知っている文字になっていたであろう?」

「……なってなかったし、これと全く同じ文字でしたけど」

 

 そのソウヤの一言に女性は固まった。

 

「そ、そんなはずは……。いや待て、確かあの辺りの紋章回路を面倒だと省いた記憶が……。だとするとそのせいで……。いやいや、それともあそこの回路を書き間違えたか……」

「レ、レオ様! ひとまず落ち着いてください!」

 

 レオ、と呼ばれた女性は頭を抱えてなにやらぶつぶつと呟き、傍らにいた紫の髪の女性がそれをなだめようとする。その漫才よろしくな2人のやりとりを、ソウヤはため息をこぼしつつ眺めていた。

 

「弱ったの……。しかしまあ、こうなってしまっては仕方ないか……。状況を説明してダメなら諦めることになってしまうが……」

 

 大きく肩を落とした後で「まず自己紹介をしておこう」と彼女は口を開く。

 

「ワシの名はレオンミシェリ・ガレット・デ・ロワ。レオでよい。ガレット獅子団領の領主じゃ。こっちはワシの側近で近衛隊長のビオレ・アマレット」

「ガレット……? 聞いたことの無い国だ」

「ここは『フロニャルド』と呼ばれるあなたのいた世界とは全く別な世界なんです」

 

 ビオレが補足する。それを聞いたソウヤは一瞬呆けたような表情を見せて俯き、肩を震わせる。突然の事態に動揺しているのか、あるいは泣いているのかもしれないとレオは心配そうに覗き込もうとするが、彼の表情は全く逆――口元を緩め、笑いを必死に噛み殺しているのだった。

 

「笑っているのか?」

「……すみません、あまりにおかしったので。事実は小説よりも奇なり、昔の人はうまいこと言ったもんだ。……まあいいや、さっき勇者とか言ってましたよね? それに召喚とも。じゃあ俺はさしずめこの世界を救うために異世界から召喚された勇者だ、とかって話ですか?」

 

 レオが驚いたようにビオレと顔を見合わせる。

 

「何も驚くことはありませんよ。俺のいた世界じゃその手の話は作り話として受けがいいからよくあって、そして俺はそういう本を読むのが好きだった、ってだけの話です」

「なるほど……お前のいた世界はワシらの世界とは大きく異なると聞いていたからもっと驚くと思っていたが、それでさほど驚かないというわけか」

「驚いてはいますよ。まさか自分がファンタジー小説の世界に入り込んじまって、目の前にネコの耳をもった女性が現れるなんて思ってもいなかったですからね。まったく笑うに笑えない話ですけど」

「あ、あの勇者様……」

 

 レオとソウヤが話しているところにビオレが申し訳なさそうに口を挟む。

 

「レオ様はガレットの領主……。一国の主に当たるわけですから、勇者様といえどもう少し言葉遣いの方を……」

「ワシは構わん。見たところ年もそう離れてはおるまい」

「ですが……」

 

 ふう、とソウヤが1つ息を吐いた。

 

「領主、と聞いた後は一応気をつけてはいたんですが。ま、一国の主となれば民や他の家臣からの目ってのもあるでしょうからね。……以後はもう少しかしこまらせて話させていただきます、レオ姫様」

 

 姫、という単語に対してレオが眉をしかめた。勇猛な武人として常日頃から振舞う彼女は姫、と呼ばれることを嫌う。そのために臣下たちに閣下と呼ばせ、姫と言った者に対しては「閣下と呼べ」が半ば口癖となっていた。

 

「姫はやめろ。それなら閣下と呼べ。……じゃが先に言ったとおりレオでよい。それから言葉遣いも無理せんでいい」

「そうもいかないでしょう。貴女は領主と言う立場ですから。今後も気をつけてはみます。……それで、勇者ってのはわかりましたが、俺に何をさせる予定だったんです? 悪しき魔王でも倒して来い、ですか?」

「いや、そういうものではない。お前を召喚した理由は戦において華やかに戦い、我が国に勝利をもたらしてほしい、というものじゃ」

「戦ねえ……。相手はどちらで?」

「隣国、ビスコッティ共和国」

「へえ……!」

 

 一瞬ソウヤの表情が変わる。まるでいびつな笑顔のようにも見えたそれは、レオとビオレを寒気立たせるに十分だった。

 

「それで、侵略戦争か防衛戦争か、まあ戦争の内容や目的に興味はないですが。とにかくそこでの殺し合いに俺も参加すればいいわけですか?」

「協力してくれるのか? ……いやその前に勇者、お前は戦について何か勘違いしているようにも思えるが。まあいい、戦については、この後実際に戦場(いくさば)を見てもらうつもりじゃし、その上でお前にワシ達に協力してくれるかを改めて聞くつもりじゃ」

「それですがレオ様、もう戦は始まっておりますしそろそろ向かった方が……」

「む……そうか。では続きは移動しながら話すとしよう」

 

 レオがダチョウのような鳥に近づき、慣れた様子でまたがる。ビオレももう1羽の方にまたがると、自分の後ろ側をポンポンと手で叩いた。

 

「勇者様、私の後ろに乗ってください」

「後ろって……このダチョウに?」

「ダチョウ……? これは『セルクル』というフロニャルドで乗用に使われる動物ですよ。見るのは初めてですか?」

「セルクル……。まあ馬みたいなもんか」

「あの、何か……?」

「いや、なんでもないです」

 

 ビオレの後ろにソウヤが乗ろうとセルクルと呼ばれた鳥の背に手を置く。だが飛び乗ろうとした後、何やらためらった。

 

「どうしました?」

「……女性の後ろに乗せてもらうと言うのは格好がつかないと思ったんで」

「もう、そんな細かいこと気にしてないで。はい!」

 

 ビオレがソウヤの腕を掴む。思わず嫌がる表情を見せたソウヤだったが、おとなしくその助けを借りてセルクルへと跨った。

 

「行くぞ」

 

 レオを乗せた黒いセルクル「ドーマ」が走り出し、次いでビオレとソウヤを乗せたセルクルも走り出す。

 

「ビオレ、さっきの続きを勇者に説明してやってくれ」

「わかりました。えっと、勇者様に来ていただいた目的はもう言ってるから……。おそらくもっとも重要な話、滞在期間について説明させていただきます。こちらに滞在していただく最長期間は16日、帰る期日は勇者様に決めてもらうことは出来ますが、一度元の世界に帰ると勇者様が戻って来たいと望んでも91日以上空けないとこちらに戻ってくることは出来ません」

「……ちょっと待ってください。帰れるんですか?」

「可能です。ただ、先ほど申し上げました通り91日以上空ける必要がありますので、この後帰還を要望されればすぐにお帰りいただくことは出来ますが、間をおかずにここにまた来ることはできません」

 

 なんだよそりゃ、というソウヤの声がビオレの耳に届く。何が不満なのだろうか。勝手にフロニャルドに連れて来られたことだろうか。それとも今このタイミングで不満を漏らしたということは元の世界に戻れる、ということなのだろうか。

 

「……勇者様、何かご不満な点がございましたか?」

 

 今抱いてしまった疑念は払っておきたい。そう思ってビオレは尋ねる。自分の主が選んだ勇者に対して疑いの目で見るつもりはない。だが、先ほどの不吉な笑顔に「殺し合い」という言葉。そこがどうしてもビオレにはひっかかっていたのだ。

 

「いえ。大抵は勝手に召喚されて戻れない、というのがお約束だったもので。……いや、俺は半ば勝手に召喚されてんでしたっけね」

「それについては本当に申し訳ないと思ってます……」

 

 考えすぎだったか、とビオレはひとつ息を吐く。

 

「……あ! でも急にこちらに来ると言うことになったらご家族の方とか心配するんじゃ……」

「……その辺は問題ないです。俺は今1人暮らしだから。学校も今は夏休みだからないし、強いて言えば部活と習い事に顔を出せないぐらい。もっとも、俺が失踪したところで大した問題にはならないと思いますが」

 

 いや、どうにも思い過ごし、の一言で片付けられない部分があるようにも感じられる。ビオレの疑念はますます深まるばかりだった。

 とはいえ、そこを判断するのはレオだろう。今の自分は説明を続けるのが仕事、と言い聞かせ、ビオレは更に説明を続ける。

 

「『ケータイデンワ』と言うものをお持ちではないですか? それで連絡を取ることができます」

「『ケータイデンワ』? ……ああ、携帯電話のこと? あるにはありますが……」

「でしたら前に一時的に元の世界と連絡を取ったことがある、という話を聞いたことがあるので、大丈夫だと思います」

「何から何まで優遇されてる異世界だ……」

 

 天を仰ぎ、ソウヤは1つため息をついた。

 

「私から大まかには以上です。勇者様から何か聞きたいことはありますか?」

「……俺を召喚したレオ様にはあるんですが、いいですか?」

「なんじゃ?」

「なんで俺なんです? 俺が読んでる小説から考えても、俺は勇者とか言われるタマ(・・)じゃない。そこら辺にいるような、至って平凡な高校1年生だ」

「平凡? お前の世界ではその付近の年の者が集まって行われる弓の大会で、国の中でもっとも優れた成績を収めた者を平凡と呼ぶのか?」

「……インターハイのことですか。よくご存知で」

「お前の活躍は見させてもらった。その卓越した身体能力、高い技術、何よりその度胸。勇者としてふさわしいとワシが判断し、召喚した」

「……そりゃ光栄です。ま、過剰評価とも思いますけどね」

 

 このレオとのやりとりで、ビオレは少しずつこのソウヤという少年のことがわかってきていた。彼は謙遜、というより自身を卑屈に捉えて余計な一言を付け足してしまう、要するにひねくれ者なのだろう。それも極度に。彼女も知っている隣国の勇者とは全くの逆だ。

 

「ビスコッティの勇者……あの『シンク』に対抗できる逸材がほしかったからな」

「じゃあ俺以外にも召喚されてる奴がいるわけですか?」

「ああ。ビスコッティは過去にその勇者、シンクを1度召喚しておる。そして昨日ビスコッティが勇者を再召喚し、その時の戦でワシらは大敗した。本来ガレットはビスコッティより強大な戦力がある、と言われながらもこれまでは五分五分の成績で、しかしそれが勇者の登場によって崩れた。ならばガレットも勇者を召喚するべきだ、という機運が高くなってきた、というわけじゃ」

「確かに敗戦が続けばより大きな負けに繋がりますからね。……でもそんなたった1人でバランスが崩れるようなもんなんですか? もし相手がそんな化け物なら、たかが俺1人を呼んだところで大して変わらないと思いますけど」

「それは戦を見ればわかるじゃろ。丁度いい。戦場が見える場所に着いた。ビスコッティの勇者が戦っている様子がここから見えるはずじゃ」

 

 レオはセルクルを止め、岩場に降りる。ビオレとソウヤもそれに倣って降りた。

 そこから眼下に広がる雄大な景色、その中心に湖があった。だが、ただの湖ではない。そこはさながら巨大水上運動場とでも言うべきか、雲梯や細い橋などのアスレチックが並び、そこを渡ろうとする人、そしてそれを妨害しようとする人とに分かれている。水中に落ちた人にはすかさず船が寄って救助をしていた。

 

「勇者はあそこじゃ。今砦の城壁から内部に侵入しようとしてる。まずいな、ここも落とされては……。本隊も押し切れないとは、バナードの部隊は何をしとるんじゃ……」

 

 レオの声に従い、ソウヤは砦の方へ目を移した。そこに砦の城壁にかけられた梯子を駆け上がり、右手に持った棒を駆使しして周りの兵士をなぎ倒す金髪の少年が見えた。少年に殴られた兵士たちは毛玉のようなものに変化し、その場で動かなくなっている。

 

「……これが戦?」

 

 しばらくその様子を無言で眺めた後、ソウヤはようやくそう呟いた。

 

「そうじゃが……何か?」

「見たところ死人どころか怪我人も出てないように見えますが?」

「そりゃ勿論じゃ。参加者の安全を確保するのも開催者の責任じゃからな」

「……なるほど、俺の知ってる『戦』じゃなく、戦争ごっこってわけか」

 

 はぁ、とソウヤは1つ大きくため息をつく。そこから落胆の意思をレオは感じ取った。

 

「乗り気ではないようじゃな?」

「いいえ。命のやり取りこそ出来なそうだとは言え、このファンタジー小説のような展開、ずっと俺が望んでいたものに近いものがありますからね。喜んでやらせていただきますよ」

「そうか。それはよかった。……じゃが勇者。今の言葉、貴様は殺し合いをしたいのか?」

 

 そのレオの言葉にソウヤが彼女の瞳を見る。冷たく、何の意思も持たぬようなソウヤの瞳にレオは一瞬ゾクリと数刻前に感じた感覚をもう1度感じていた。

 

「いえ。ただ、どうせなら命を賭ける方が面白い、そう思ってただけですよ……」

 

 そう言って砦の方に目を移し、再びレオのほうを見たときには、ソウヤの瞳はもう先ほどまでと同じ様子に戻っていた。

 

「それで、俺は早速戦線に加わって暴れてくればいいわけですか?」

「一旦本陣のキャンプ地に行け。そこに騎士数名とビオレの部下の近衛隊が待機しておるし、一式の装備がある。戦のルールや他にも説明した方がいいことが多くあるからの。そこで準備を整えてから出発するといい。その後で、平野のほうのワシの弟、ガウルの部隊の援護に行ってほしいが……」

「レオ様はどうなされるんですか?」

 

 少し心配そうにビオレがレオに尋ねた。

 

「この砦は長くもたんかもしれん。が、このまま易々と砦を落とされるのも癪じゃ。ちとワシが行って士気を上げさせ、粘ってみるとしよう。逆転できれば、勇者の戦線加入も含めてこの戦をひっくり返せるかもしれんからな。……ビオレ、これを預けておく。勇者に使わせてやってくれ」

 

 そう言うとレオは懐から蒼い宝石のはまった指輪のようなものを取り出し、ビオレへと手渡す。

 

「そんな! 今日レオ様は『グランヴェール』をお持ちになってないはず、丸腰ではないですか! この『エクスマキナ』はレオ様がお持ちになった方が……」

「砦の中にも武器はある。ワシはそれでいい。それよりも使いたい武器に形を変えてくれる以上、そのエクスマキナは勇者が持っていたほうがいい。……勇者よ、これは我が国に伝わる『神剣』じゃ。ひとまずお前に預ける。うまく使えよ」

「使えって言われても……」

「詳しいことは後でビオレに聞け。……ではワシは行く。ビオレ、頼んだぞ!」

 

 そう言うとレオはドーマにまたがり、そのまま急斜面をものすごい勢いで駆け下りていった。

 

「さて、私たちも行きましょう」

 

 ビオレに促され、再びソウヤがビオレと共にセルクルに乗る。そしてレオが降りていった斜面と反対、ガレットの本陣があると言う場所に向かって2人を乗せたセルクルは走り出した。

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