DOG DAYS DUAL-BRAVER   作:天木武

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Episode 19 紅の帰郷

 

 

 翌日。シンクにとって滞在期限の最終日。フィリアンノ城ではシンク帰還のための式典が行われていた。

 ガレット勇者ということでソウヤもそれに出席しており、他にもガレット側からはレオとガウル、側近のビオレ、将軍であるバナードにゴドウィン、それにジェノワーズと錚々(そうそう)たる面々が揃っていた。とはいえ、式典と言いつつも堅苦しい式でもなく、シンクから一言と、あとはシンクに最後の挨拶をするための会、と言い換えてもよかった。

 

「では勇者様、一言ご挨拶をお願いします」

 

 勇者のコメントを求められてアメリタからマイクを受け取ったシンクは、その顔ぶれにやや緊張気味に壇上へと足を進めた。

 

「え、えーっと……。今日はこのような会を開いていただき……あれ? 違うかな……。えーっと……」

 

 「何緊張してんだよ!」とガウルから野次が飛ぶ。それを聞き、そこに出席していた人たちから笑いが起きた。

 

「あはは……ゴメンガウル。……えっと、今日はこれだけの人が集まってくれて、あとガレット側からもたくさんの人たちが来てくださって、本当にありがとうございます。今回も16日間っていう長いようで短い期間の滞在だったけど、いろんなことがありました。中でも1番印象深いのは……」

 

 シンクがソウヤのほうへ視線を移す。

 

「自分と同じ世界から、もう1人の勇者がガレットに召喚されたことです。ソウヤ……えっと、ガレットの勇者ソウヤとは戦場でと、あと昨日の特別興業での2度、剣を交えさせてもらいました。1度目はかろうじて僕が勝てたけど、2度目は引き分け……でもそういう結果以上に、フロニャルドの戦を通して仲良くなれて、一緒にこの世界での滞在を楽しめた、っていうのが、僕としてはすごく嬉しかったりします」

 

 ソウヤが俯く。照れ隠しだろう。

 

「他にも今回も姫様のコンサートを見ることが出来たし……あっ、レオ様の歌も……」

「それは言うな……」

 

 遮るように横から呟かれたレオの声に再び笑いが起きる。一晩経ったおかげだろうか、レオは早くもこれを「笑い話」として捉えることが出来たようだった。

 

「……とにかく、今回も楽しい16日間でした。次の長い休みはちょっと先になっちゃうけど、それでもまた必ず戻って来たいと思います。そして、ビスコッティ勇者として、また皆と一緒にこの熱い日々を過ごしたいと思います!」

 

 出席していた人々から拍手が送られる。少し照れくさそうに一礼し、アメリタにマイクを返してシンクは壇を下りた。

 

「勇者様、ありがとうございました。それでは勇者様の送還の儀まで今しばらくの時間がありますので、それまで皆様ご歓談くださいませ」

 

 そうアメリタが言うと会場内が話し声に包まれる。

 と、レオとビオレが席を立った。会場を後にするのだろう。それを横目に見て一つ息を吐いたソウヤも立ち上がる。が、2人を追いかけるのではなく、バルコニーの方へと歩いて行った。

 

 会場内の喧騒から離れ、ソウヤはバルコニーの手すりに肘をつく。そのまま昨日の夜は2つの月が出ていた空を見上げた。

 

「いいのか? 勇者に会いに行かずに」

 

 聞こえた声に首を傾ける。そこにエクレールがいつもどおりの不機嫌そうな顔で立っていた。それを確認し、ソウヤは振り返って手すりに背をもたれかける。

 

「そういう親衛隊長殿こそいいのか? さっきシンクが言っていた通り今度来るまでの期間は長いんだ、やせ我慢などせずにあいつに会ってくればいい」

 

 ピクッとエクレールの眉が一瞬動く。

 

「……今あいつは最後の挨拶をして回っているところだ。この後私は送還が行われる召喚台まであいつを連れて行く役割がある。最後の話は、そこですればいい」

「勇者をエスコートする女性騎士様か。立場が逆だと思うが」

 

 フンと鼻を鳴らすエクレール。

 

「……明日は姫様の付き添いでお前の見送り式典には顔を出す。だが姫様は多忙だ、その後すぐビスコッティに戻られなければならなく、私もそれに付き添ってこっちに戻らなければならない。だから今日がゆっくり話せるのは最後だと思ったから来てやったというのに……」

「別に話に来てくれと頼んだ覚えはない。……だが、お前にも色々世話になった。俺が『禍太刀』に乗っ取られたあの時、お前が割り込んでくれなかったら、俺はユキカゼを斬ってたかもしれなかったからな」

「友人を助けただけだ。貴様のためではない」

 

 ソウヤが小さく笑う。

 

「それでもいいさ。明日話す時間がないなら今のうちに礼だけは言っておく。……ありがとう」

「それは……こっちのセリフだ。貴様のおかげであいつは……シンクはとても楽しそうだった。戦場で肩を並べて戦ったこともあったが、それ以上に、あいつは貴様と戦っている時は輝いていた。お前のおかげであいつは楽しくこの期間を過ごせたんだと思う。だから……」

「……なんでお前がそれで礼を言う必要がある?」

 

 エクレールが驚いた表情を浮かべた。

 

「それはシンクの話であってお前じゃないだろ」

「そ、それは……」

「あいつの喜ぶ顔を見られてお前も嬉しい、そう捕えていいのか?」

「な……ち、ちが……」

「前に城下町を歩いた時も言ったと思うが……お前は心の中ではあいつのことを大切に思っているんだろう?」

「いや……私は……」

 

 エクレールがソウヤから視線を逸らす。だがソウヤはそのまま続けた。

 

「なら、違うなら聞き流せ。……この数日間の付き合いで感じたことだが、あいつはこういうことに関してはどうしようもなく鈍い馬鹿だ。言葉で伝えなければ……いや、言葉で伝えたってちゃんと伝わるかわからないほどの鈍感だ。だから、お前があいつのことを大切に思ってるなら……ちゃんとそのことを伝えてやれ」

 

 エクレールは顔を赤くし、俯いたままだった。

 

「……別にどうするもお前次第だ。その気持ちを心にとどめておく、というならそれでいい。でもな、本人を前にしたらまだ言えないにしろ、あいつのいないところでは名前で呼んでやれるぐらいにはなったんだろう? だったら、もう少し勇気を出して……後悔する選択だけはしないようにしろ」

 

 そう言うとソウヤはエクレールに背を向け、再びバルコニーの手すりに肘を着いた。

 

「よ、余計なお世話だ! せっかく来てやったというのに貴様という奴は……!」

 

 ソウヤはその愚痴を背中で聞き流す。その時部屋の中から「エクレール」と彼女を呼ぶ声が聞こえた。兄のロランのものだろう。

 一言二言、言葉を交わした後、エクレールは背を向ける隣国の勇者に声をかけた。

 

「……私はあいつの付き添いで出かける準備をしなくてはならないから、そろそろ行く。お前もあいつに最後の挨拶をしておきたいなら、早いうちに声をかけておけよ」

 

 了解、という意思を伝えるためにソウヤは左手を軽く上げた。

 

「……礼は、言っておく」

 

 そう言い残し、エクレールの足音が離れていった。

 

「全く本当に素直じゃない奴だな」

 

 だがそこがまた可愛いところでもあるか、とソウヤは思った。

 

 と、外にレオとビオレ、それに数十名の騎士がセルクルに乗ってフィリアンノ城を離れていくのが見える。

 

「後悔する選択だけはするな、か……。人のことを言えないほど、俺も大概卑怯だな……」

 

 昨夜ビオレに張られた左頬に触れ、離れていくレオの背を見ながら呟く。

 

 エクレールは以前、「いっそ別れがつらくなるくらいの楽しい思い出ができるなら、それはきっといいことだ」と言った。そういう前向きな思考をできる人間に「後悔する選択だけはするな」と言えばどうなるか。

 ソウヤはその答えをこう予想する。「おそらくエクレールはシンクに自分の気持ちを伝える」と。それは「伝えなければ後悔する」とわかっているからだ。だから、エクレールはそれを回避しようとするだろう。

 

 ではソウヤは同じことを言われたらどうするか。答えは、昨日ビオレに伝えた通りなのだ。

 なぜなら、伝えなければ後悔することは目に見えているが、伝えたところで後悔がついてまわるだろうということにもまた、ソウヤは気づいてしまっているからだ。

 例えばエクレールの例で言うなら、同じくシンクに好意を抱いているであろうミルヒとシンクを取り合うことになるだろう。敬愛する姫君と文字通り愛する勇者。その板ばさみで親衛隊長は悩むことになるかもしれない。

 つまりどちらの選択をしようと、後悔はすることになる。早い話がやって後悔するか、やらないで後悔するか、なのだ。だからソウヤは自分を卑怯と言ったのだ。

 しかし、そうわかっていてもなお、エクレールには、いや、自分以外の人には自分と同じ道を進んでほしくない、そうも考えていた。そのためにエクレールにさっきの言葉を投げかけたのだ。そんな状況になってもエクレールは前向きな答えを出せる、そう思ったからだった。

 

 ソウヤは見えすぎていた。大切な人のことを思いすぎるあまりに、結局はその人の気持ちを裏切ろうとしている。

 だがそれをわかっていてもなお、自分の気持ちを押し殺す。それがその人のためになるのならそうする。やって後悔よりもやらずに後悔を躊躇なく選択する。それがソウヤ・ハヤマという人間なのだ。

 そうであったはずなのに、別れを避けるために出会いも避けてきたような考えの持ち主のはずなのに、今ソウヤの心は迷い、揺れている。このフロニャルドに来たことで変わりつつある心は、冷静というよりむしろ冷酷ともいえたかつての判断が下せなくなっていた。だから、エクレールにそんな話をしてしまったのだった。

 

「……ヤキが回ったな。他人をおせっかいする前にてめえのことを何とかしろって話だな」

 

 ポツリと呟き、ソウヤが手すりから肘を浮かせる。

 迷う心を隠しつつ、ソウヤはシンクに最後の挨拶をするために城の中へと戻っていった。

 

 

 

 

 

 結局物思いに耽った時間が長かったせいか、シンクは城の外に出てしまっており召喚台へと向かおうとしているところだった。

 

「あ、いたいた! よかった、レオ様は公務があって先に帰るって言ってたから、ソウヤも一緒に帰っちゃったのかと思ったよ」

「いくら俺でも最後の挨拶ぐらいはちゃんとするさ」

「そっか。まあそうだよね。……じゃあソウヤ、一足先に日本に戻ってるよ」

「ああ、わかった。……最後まで見送りに行きたいところだが、送還の儀は召喚主と勇者でしか行われないってことだもんな」

「そうだね……」

「約束、忘れるなよ?」

「約束……?」

 

 シンクが一瞬考える様子を見せる。

 

「……おい」

「あ、元の世界に戻ったらメール送るってことだよね。勿論忘れてないよ」

「……本当か? 明日の昼ごろには戻ってると思うが、その後部活があるからもしかしたら返信が遅れるかもしれない」

「わかった。でも帰ってきてるかってこととアドレス正しいかの確認はしたいから、明日中に返信は頂戴ね」

「わかったよ」

 

 シンクが笑顔を浮かべ、セルクルに跨った。

 

「じゃあね、ソウヤ。続きは日本で!」

「……ああ、そうだな」

 

 見送りに来てくれた他の人たちにもシンクは手を振った。

 

「それじゃあ皆、ありがとう! また来るよ!」

「またシンクが来てくれるのを楽しみにしてるでありますよー!」

「土産話を用意して待ってるでござるー!」

「また来いよー! こっちも戦の準備して、楽しみに待ってっからよー!」

 

 別れを惜しみつつも、離れていく背中に声をかけ、シンクは手を上げてそれに応えた。

 エクレールに連れられたその姿が見えなくなるまで、皆手を振っていた。

 

「……さてと、じゃあ俺たちもガレットに帰るとすっか」

 

 シンクの姿が見えなくなるまで見送った後、ガウルはそう切り出した。

 

「もう帰ってしまうでござるか?」

「すまねえな、こっちの勇者も明日帰るからよ。で、その手続きっつーか済ましておかなきゃならねえ事務ごとに全然手つけてねえんだ。一応これでもこいつ数日前まではずっと寝続けてたような人間だしな」

「そういえば……そうでありましたね」

「ルージュがよ、シンクを見送ったら出来るだけ早く戻って来い、とか結構真顔で言いやがったから、多分それなりに急ぎだと思う。……ってか、よく考えたら召喚もだが、勇者を送還するのは今回が初めてだから、焦ってるってのもあると思うんだが」

「でもその点は大丈夫」

 

 いつの間に背後に回っていたか、ノワールがリコッタの両肩に手を置いた。

 

「今日からリコがガレット入りして、不測の事態に備えてくれるから」

「頼りにしてるで、発明王!」

「いやいや、自分はそんなじゃないでありますし、送還の知識もノワやガレットの研究員の方々には伝達済みでありますので、自分が行っても役に立つかどうか……」

「そんなのどうでもいいんですって。リコちゃんが来てくれた方が私達は楽しいんだから」

「ともかくそんなわけで俺たちは帰らないといけねえ。リコッタ借りていくぜ」

 

 ガレットの騎士がセルクルを連れてくる。6人がそれぞれセルクルに跨った。

 

「ユキカゼ、ダルキアン連れて明日来るんだろ?」

「今頃お館様は騎士団長かゴドウィン将軍辺りと晩酌してそうでござるが、明日は伺うと言っていたはずでござる」

「んじゃあソウヤとの最後の挨拶はそん時でいいか。とりあえずルージュに怒られるのは嫌だから、俺たちは行くぜ」

「了解でござる。では殿下、お気をつけて」

 

 「おう」とガウルがセルクルを走らせる。ジェノワーズ、ソウヤ、リコッタがそれに続いた。

 

 

 

 

 

「まあ今回は戻って来られる、ってわかってるから、あいつの別れもあっさりだったな。……っつってもその事実を知ったのはあいつが帰った後だったけどよ」

 

 ビスコッティとガレットをつなぐ街道を進みつつガウルが口を開く。

 

「前回は……本当に悲しかったでありますよ。戻る時に記憶を失ってしまう、ということでありましたから……」

「リコ、ずっと徹夜して一生懸命皆が悲しまずに済む方法を探してくれてたんだよね」

「じゃあリコッタがその方法を見つけたと?」

 

 以前の状況を知らないソウヤが問いかけた。

 

「うーん……あれは自分とは言えないような……」

「でも封筒を見つけたのはリコだし……」

「それも、自分とは言えないような……」

「……わかるように説明してくれないか?」

 

 置いてけぼりを食ったソウヤが苦笑を浮かべる。

 

「シンクが戻った後も諦め切れなかった自分は調べ物をしていて、つい眠ってしまったであります。その時にノワが持ってきてくれた本の中か、あるいは自分がまだ調べていなかった本の間か……詳しいことはまだわからないでありますが、ある封筒が挟まっていたであります」

「ビスコッティの蝋緘(ろうかん)が捺してあって、その中に勇者召喚の注意点と、送還を一時帰還に変える方法が書いてあって……」

「ああ、その封筒の謎、まだ解けてないんや?」

「うん……。とにかく、そこに書いてあった方法でシンクは記憶を戻すことが出来たし、またフロニャルドに来ることも出来るようになった、ってわけ」

「じゃあなんだ、あいつは帰るその時まで、もう2度とここには来れないし記憶も失う、そういう状態で帰っていったってことか?」

 

 ソウヤの問いかけにリコッタが当時を思い出すように重々しく頷いた。

 

「……やっぱあいつは勇者だな」

 

 ポツリと呟いたソウヤの言葉の真意を知りたいと全員の視線が集まる。

 

「どういう意味だよ?」

「だってそうでしょう。あいつのことだ、きっとそのことは誰にも話していなかった」

「……そうであります。言わないように、と釘を刺されたであります」

「で、そんな心を隠して普段どおりに振舞って、今日みたいな会もこなして、そして帰っていった」

「……であります」

「俺が同じことをやれと言われたら、到底できませんね。2度と来られないとわかっているなら、そのことを知った瞬間から当初の俺の通り、別れの痛みを減らすためにより深い付き合いを避けますよ。『いつかまた来る』という淡い希望を抱かせ続けるよりは『もう来ない』とはっきり諦めさせたほうがいい。なら、別れもあっさりしたほうが、後に引かずに済む。残酷かもしれませんが、諦めることで人はまた前に進めることだってある」

「……お前はどこまで現実主義者だよ」

 

 思わずガウルが顔をしかめる。

 

「基本俺は現実主義です。シンクのように嘘の約束を交わすことも、到底ありえない可能性を信じるなんてことも、俺にはできません」

「よく言うぜ。『禍太刀』のときは奇跡を信じるとか言ったくせによ」

「……出まかせですよ。本心を言えば、俺はあそこで死ぬつもりでいた。言ったでしょう、運がよかった、たまたま奇跡が安く売られてただけだと」

「じゃあ何か? お前が姉上を守るとかいったのは嘘か? あれも出まかせか?」

「……それは……」

「ま、まあまあ2人とも! ソウヤは明日帰るんやし、最後にそんなケンカみたいにならんでも……」

 

 ソウヤとガウルの間に険悪な空気が流れたと判断したジョーヌが止めに入った。

 

「そうですよ。シンク君もまた戻って来れたんだし、ソウヤさんも今こうして元気なんだし、それでいいじゃないですか」

「……そうだな。悪かったソウヤ、別に責める気はなかったんだけどよ……」

「いえ、気にしないでください。俺の口が悪いのが原因ですし、直そうにもこればっかりは直しようがありませんから」

「……まずはそういう余計な一言を無くした方がいいんじゃねえか?」

 

 思わずそう口走りながらガウルが苦笑を浮かべた。

 

「……まあそれはさておき、再召喚の条件ってなんだっけ?」

「えっと……91日以上再召喚までの期日を空ける、召喚主以外の3名に身につけていたものを預ける、召喚主に再び戻ってくるという約束の書と身につけていたものを預ける、であります」

「……身につけていたものって何でもいいのか?」

「ソウヤさんが元の世界から持ち込んだものなら何でもいいでありますよ」

「参考に聞きたいんだが、シンクは何を置いていった?」

「えっと……姫様にはアイアンアスレチックの記念でもらった時計、エクレにはリストバンド、自分には『ボールペン』というものと『スピーカー』というもの、ユッキーには紐飾り、ダルキアン卿や騎士団長には記念のコインだったであります。あ、前回預かったものを皆大切に持っているようなので、今回は書状を書き残しただけでありましたが」

 

 リコッタの話を聞いていたソウヤが大きくため息をこぼした。

 

「どうしたでありますか?」

「……なんであいつはそんなに物を持ち歩いてるんだよ。俺は基本的に何も持ち歩かないから、預けられるような物は何もないぞ?」

「なんだっていいだろ。なんなら、そこの三馬鹿で丁度3人だ、そいつらとあと姉上に物預けるなら、俺には何もなくても構わないぜ」

「……そうもいかないでしょう。仕方ない、帰ったら荷物ひっくり返すか……。それにしても面倒な条件があるんだな。まあ戻って来れない、よりは遙かにマシだが」

「そうでありますね……。その召喚の方法については、おいおいもっと簡略化したいと思っているのでありますが……」

「リコが頑張れば、きっとそのうち『ケータイデンワ』っていうのを使って好きに連絡を取ったりとか、ソウヤたちの世界とフロニャルドを好きに行ったり来たりとか出来るようになると思うよ」

「いやいや! ノワ、それは自分を買い被りすぎであります! さすがに好きに行ったり来たりは……」

「そりゃいいな。頼りにしてるぞ、リコえもん」

「リ、リコエ……?」

 

 ソウヤが突然つけたリコッタの渾名の意味がわからないと、当のリコッタ本人が固まってしまった。

 

「なんや、その『リコエモン』っちゅーのは?」

「俺の世界ではそんな感じの名前の、困った時はなんでも解決してくれる架空のキャラクターがいるんだよ。それとリコッタの名前を組み合わせてリコえもんだ」

「お、それ新しい愛称にいいんじゃねえか?」

「でもなんかそれはリコに合わない気がする……」

「自分もそれはちょっと遠慮してほしいであります……。でも、ソウヤさんたちの世界と自由に連絡を取り合えたりというのは、フロニャ周波を増幅して、もっと研究すれば可能になるかもしれないでありますよ」

「本当かよ!? こりゃますますもってそのリコエ……なんとかだな!」

「だからガウル殿下、それはやめてほしいであります……」

 

 思わずガウルが笑い、それにつられるように全員が笑った。

 だが笑いながらも、ソウヤは心の中では別なことを考えていた。

 

 ビオレに言ったことをレオにも伝えなければならないのか。あるいは、レオの気持ちに気づいていないふりをして帰ってしまうべきなのか。そもそも、ビオレに言ったことをレオ本人を前にして口に出来るのか、そのまま言うべきなのかオブラートに包むべきか。

 様々な思惑が心の中で渦巻き、5人の会話もあまり耳に入らないまま、遅れないようにセルクルを進めた。

 

 

 

 

 

 ソウヤが元の世界へと帰る日がやってきた。

 昨日はヴァンネット城に戻った後、ルージュが付きっ切りでフロニャ文字について指導してくれて約束の書を書いたのだが、そもそもフロニャ文字を正確に読みきれないソウヤにとって、その文字をさらに書こうというのは難易度がかなり高いものとなってしまった。結果、予想以上に時間がかかってしまったのだった。

 さらに、国営放送が翌日の式典に合わせて特番を組むため、帰還直前の勇者のインタビューがほしいだとかで余計に時間を割かれてしまい、準備がまだ終わってはいない状態であった。

 

「まいったな……」

 

 式典と送還の儀は数刻後に迫っていると言うのに、ソウヤは荷物をまとめるどころか、逆にベッドの上に荷物をひっくり返していた。

 

「預ける物、って言ったってな……」

 

 ソウヤが頭を悩ませているのは召喚主、及びそれ以外の3名に預けなくてはならない物を何にするか、と言うことであった。シンクほど物を持ち歩かないソウヤは預けられそうなものは少なく、どうしたものかと困り果てていた。

 

「仕方ない。安物だがレオ様にはこの腕時計でも置いていくか……」

 

 家電量販店で安く買ったものだが、気に入ってずっと使っていた腕時計を見つめつつ、ソウヤはそう呟いた。

 と、その時入り口の扉がノックされる。

 

「どうぞ」

 

 ルージュか、もしかしたらビオレだろうと思ったソウヤの予想とは裏腹に、そこに現れたのはジェノワーズの3人とリコッタだった。

 

「お邪魔しまーす……ってなんや、これから帰るってのに荷物ひっくり返して」

「置いていく物がないんだよ。俺はあいつみたいに色々物を持ち歩く人間じゃないからな。音楽を聴かないからプレーヤーもないし、ゲームもやらないからゲーム機もない。……あったところでそういう高額品を置いていくのもちょっと気が引けるが」

「プレーヤー……?」

「ゲーム機……?」

 

 ノワールとリコッタが首をかしげる。

 

「俺の世界にある機械のことだよ。音楽を聴くことのできる持ち運べる機械がプレーヤー、遊べる物がゲーム機。リコッタがシンクから預かったって言ってたスピーカーを使えばそこから音も出せる」

「す、す、すごいであります! それは是非ぶんか……いやいや、見てみたいであります! どこにあるでありますか?」

 

 尻尾をすごい勢いで左右に振りつつ、リコッタが期待の篭った目でソウヤの荷物を覗き込む。

 

「だから持ってないんだって。俺のいる世界じゃ持ち歩く人は多くいるが、あいにく時間を潰す用なら俺には本が……」

 

 そう言ったところでソウヤが言葉を止めた。

 

「ソウヤさん……?」

「……そうか、本か。なんで気づかなかったんだ」

 

 ソウヤが荷物の中からポケットに入るサイズの本を3冊手に取る。

 

「ジェノワーズ」

 

 呼ばれた3人がソウヤに近寄る。その3人の手にそれぞれ1冊ずつ本を手渡していった。

 

「……これは?」

「暇つぶし用に俺がいつも持ち歩いてたお気に入りの小説だ。禍太刀騒動のあと、俺が寝てる時にジョーヌが読んでたやつさ。大分年季入ってるが……丁度全3巻だ。リコッタが作ったって言う便利眼鏡使えば読めるだろうし、お前たちに1冊ずつ預けておく」

「でも……お気に入りだったら悪いんじゃ……」

「気にするなベール、どうせ何度も読んで頭に話は入ってる。それでもなんとなく持ち歩いてた、ってだけの物だし、買おうと思えば戻ってから買うことも出来る。それにジョーヌは1巻を読み終えたところだから、続きが気になってるだろうしな」

「ええ!? いや、なんか重い話って聞いて読む気がなくなったんやけど……」

「そう言うな。読めば案外面白く感じるかもしれないぞ」

「これで召喚主以外の3名、という条件はクリアでありますね」

「それでも預ける物がある限りは預けたいが……さすがにないな……」

 

 ソウヤがベッドの上の荷物を眺める。

 他にあるのは財布やタオルや着替えのシャツに折りたたみの傘、その他は制汗スプレーに栄養バーと緊急用の絆創膏やテーピング、筆記用具といった消耗品ばかりだ。

 

「俺の使い古しのタオルやシャツ預けるのもあれだし……消耗品渡すのもな……。あとはガウ様辺りに俺の世界の硬貨、ってことで渡せるぐらいかな……。悪いなリコッタ、来てくれてるのに渡せそうなものがない」

「気にしなくていいであります。あ、その栄養バーっていうのに興味があるでありますが……」

「食ったらなくなるんだ、預けるものとしての効果あるのか? ……まあ帰ればいくらでも買えるから、ほしいならくれてやる。夜食にでもするといい。味は保証しないがな」

 

 ソウヤはまだ封の空いていない黄色い箱をリコッタへと手渡した。

 

「ありがとうであります。大切にするであります」

「……いや、大切にされては困る。かなり保存が利くとはいえ一応食い物だからな。次に俺たちが来る時ぐらいまでには食べておいた方がいいぞ」

「では来た時にシンクとソウヤさんと一緒に食べるであります」

「……だからそういうものじゃねえっての」

 

 ソウヤがため息をこぼした。

 

「あとは、書類は昨日書いたんだよね?」

「ああ、苦労した。できればフロニャ文字の一覧表のようなものをくれ。次来る時までに覚えてくる」

「あれ? ここから何か持って帰るのって大丈夫なんか?」

「……そう言えば何も持って帰れない、と言う話が当初だったと思ったけど……」

「でもシンク君は記憶が戻ったわけだし、確かパラディオンも持参して来たんですよね?」

「あいつ、パラディオン持って帰ったって言ってたぞ」

 

 5人の視線が入り口から聞こえた声に向けられる。

 

「本当ですか、ガウ様」

「ああ。……っと、悪い、ノックしようと思ったんだが、声聞こえたんでつい開けちまった」

「いえ、別に。……それよりそのシンクの話……」

「姉上が姫様から聞いたって言ってたし間違いない。ただ、ここに来る時はタツマキだっけ? あいつがお前らの世界に行かないといけないらしいが」

「じゃあ俺の場合はチェイニーが必要になる、と?」

「それはですね……」

 

 コホン、とリコッタが咳払いをする。これは彼女の専門分野と言ってもいいだろう。

 

「ソウヤさん達の世界とフロニャルドをつなぐ通路が普段は狭い状態なのでありますよ。タツマキやチェイニーといったオンミツ達はそこを通過できるわけでありますが、勇者召喚のためには召喚の剣でそれを広げる必要が出てくるであります。

 あと物の持ち運びについては、その遣いのオンミツ達が持てるサイズなら添付することができるであります。前回のシンクはそれでパラディオンを受け取って、その後姫様と手紙のやり取りをしてたわけでありますね。それから、もう帰還の方法は再召喚可能なものに変更なっているので、物を持って帰ることも可能であります。なので、その気になればソウヤさんもエクスマキナを持って帰ることができるでありますよ」

「本当かよ……。いや、さすがに置いていけと言われるだろうが……」

「あれ? お前知らないのか?」

 

 ソウヤがそう言ったガウルの方を見る。

 

「何がです?」

「今日の式典、エクスマキナ返還は入ってないぞ。持って帰ってもいいってことだろ」

「な……! ……何考えてんですか?」

「簡単なことだろ。姉上はそのぐらいお前を信頼してるってことだよ」

「……まあいいや。レオ様に用事があるんで、ついでにエクスマキナも返してきます」

「受け取ってもらえるといいな、エクスマキナ」

「受け取らせますよ。……ああ、そうだガウ様」

 

 一度立ち上がったソウヤが荷物の中から財布を探し出して硬貨入れを開ける。そこから真ん中に穴の開いた黄色の硬貨を取り出し、ガウルの方へと指で弾いて飛ばした。それをキャッチしたガウルが不思議そうにその硬貨を見つめる。

 

「これは?」

「俺の世界……というか国の硬貨です」

「へえ! でもいいのか? 帰ったらこれ普通に使えるんじゃ……」

「使えますよ。でもお金の価値としてはかなり低いものです」

「……なんで俺に渡すのはそんなもんなんだよ」

「お金の価値以上に意味があるからです。それは五円と言って、俺の国では『ご縁』にかけて使われることがあるんです。ご縁があるように、縁が切れないように……そんな意味も込められるんですよ」

 

 しかめっ面だったガウルの表情が一瞬で元に戻った。

 

「そ、そうか。悪いな、価値しか考えてなくて……」

「いえ。価値としても安いものだし、意味合いもあるから丁度いいと思ったので」

「……前の方が本音、ってことはないだろうな?」

「さあ? どうですかね」

 

 言いつつソウヤが腕時計をポケットに入れながら、部屋の入り口へ向かう。

 

「ソウヤ? レオ様のところに行くんか?」

「ああ。条件の最後をクリアしてくる。レオ様にずっと愛用してるこの安物の腕時計を預けてくる。あとエクスマキナもな。……すぐ戻る」

 

 扉が開けられ、部屋の主が出て行った。

 

「……賭けねえか? エクスマキナを姉上が受け取るかどうか」

「ガウ様、多分それ賭けにならんで」

 

 ジョーヌにそう言われ、ガウルは小さく笑った。

 

 

 

 

 

「ソウヤ様、ありがとうございました。ではこれにて会の方は終了とさせていただきます」

 

 ルージュが一礼する。それを横目に流し見て、壇上から降りてきたソウヤは椅子に腰を下ろした。

 昨日のシンクの時の式典同様、今度はヴァンネット城でソウヤの番であった。そしてソウヤが慣れない挨拶を丁度終えたところだった。

 

 実のところ、ソウヤの右手人差し指には蒼い宝石の指輪がまだ輝いている。

 あの後、ソウヤは自分の時計とエクスマキナをレオに渡すべくレオの部屋に向かおうとしていた。だがその途中でルージュと会い、レオの居場所を聞いたところ、時計は自分が渡しておくと言って預かってくれたが、エクスマキナだけは受け取ってくれなかったのだった。

 

「今レオ様は送還の儀の最終確認等、お忙しいご様子で手が離せないようですので、ソウヤ様の時計は私が預かってレオ様に渡しておきます。ですが、エクスマキナはこの後の式典まではそれを身にお付けになったままのほうがいいかと思います。レオ様にお返しになるのであれば、送還の直前に直接レオ様にお渡しになってくださいませ」

 

 そう言い、ルージュは頑なにエクスマキナを受け取ることを拒んだ。そのため、エクスマキナは今も主と認めた者の手に収まっている。

 

 と、そんなソウヤの前に近づく影があった。

 

「ソウヤ様」

 

 名を呼ばれたソウヤが顔を上げる。が、声の主を確認すると改まった様子でソウヤは立ち上がった。

 

「失礼しました、姫様」

 

 ソウヤが声の主、ミルヒに頭を下げる。

 

「いえ、こちらこそ急に声をかけてしまってすみません。この後ビスコッティに戻らなくてはならなくて……」

「そう言えばエクレールが昨日そう言ってましたね」

 

 チラリとソウヤは視線を後ろに立つ親衛隊長へと移す。普段どおりの仏頂面をしているように見えるが、昨日までのそれとは少し違うようにも見える、とソウヤは感じていた。

 

「すみません、隣国の勇者様を最後まで見送ることが出来ずに……」

「気になさらないでください。どの道召喚台では召喚主と勇者2人じゃないといけないわけですし」

「まあ……そうですね……」

 

 ミルヒの視線が泳ぎ、頬が赤くなったように見えた。

 それを見てソウヤは小さく鼻を鳴らす。

 

「……あっ、えっと、元の世界に戻っても、シンクと仲良くしてあげてください」

「戻ったら今日中に連絡は取ってみるつもりです。ですが何分お互い住んでる場所が結構遠いですから……顔を合わせるのはしばらく経ってからになってしまうかと」

「そうなんですか……」

「まあ、またこっちに来る時までには向こうの世界で少なくとも1回は会っておくつもりでいますよ。その時に遊ぶかどうかは……年の差もありますしわかりませんけど」

「そんな、全然問題ないじゃないですか。私とレオ様も2つ違いですし」

「そういえば……そうか」

 

 ソウヤが視線を上へと逸らして考え込んだ時。背後に立っていたエクレールが「姫様、そろそろ……」と声をかけた。

 

「すみませんソウヤ様、もう行かねばならないようですので……」

「いえ。お忙しいところわざわざ来ていただきありがとうございます」

「……ソウヤ様」

 

 一瞬間を空けた後、決意したようにミルヒは口を開く。

 

「レオ様を……お願いします」

 

 真面目な雰囲気で言われた言葉に、ソウヤは目の前の姫君が何を言わんとしているのかを察した。だが彼はそれに対して明確な答えは出せていない。

 

「俺はこれから帰る人間ですよ? そんな、何かをお願いされても困ります」

 

 はぐらかそうと、あやふやな答えを返すソウヤ。

 

「ですが……それでも、お願いします」

 

 ミルヒはそう言って軽く頭を下げる。ソウヤは困ったような表情を浮かべただけで、それに対して特に返事はしなかった。

 

「……最後なのに変なことを言ってしまってすみません。……エクレール、何かソウヤ様とお話したいことは……」

「大丈夫です。昨日のうちに話しておきましたから」

 

 そう言うエクレールの方にソウヤは視線を移し、声を出さずに「よかったな」と口を動かした。

 

「なっ……!」

 

 その口の動きでソウヤが伝えたかったことが伝わったらしい。

 

「エクレール……? どうしました?」

 

 そのソウヤの様子はエクレールの方を振り返っていたミルヒには気づかれない。

 

「な、なんでもありません! 参りましょう、姫様!」

 

 頬を赤く染めつつエクレールがソウヤに背を向ける。

 

「あ、待ってくださいエクレール! ……ではソウヤ様、これで失礼します。またお会いできる日を楽しみにしておりますね」

「ええ。こちらこそ」

 

 今度は深く頭を下げ、ミルヒがソウヤから遠ざかる。

 それを見送ったソウヤは思わずため息を一つこぼした。

 

「ソウヤ殿は、姫様やエクレールともすっかり仲良しになったでござるな」

 

 次いで聞こえた声に苦笑を浮かべつつソウヤが振り返る。彼の視線の先に立っていたのはこの滞在中、ビスコッティ側で最も世話になった長身の女性、隠密部隊頭領のブリオッシュだった。

 

「そう見えますか? 姫様はまだしも、エクレールはどうですかね……」

「いやいや、あれが彼女なりの感情表現でござるよ。ユキカゼもそう思うでござろう?」

「さあ……。ただ、拙者はお主と仲良しになったとは思ってないでござるが」

「……というように、これもユキカゼなりの感情表現でござるよ」

「お、お館様!」

 

 愉快そうにブリオッシュが笑った。

 

「さてユキカゼ、ソウヤ殿に言いたいことがあったのでござろう?」

 

 そう言ってブリオッシュが数歩下がり、代わりにユキカゼが主の前へ出る。

 

「次に来た時は負けない故……覚悟するでござる」

「お、次もまた戦ってくれるのか?」

「負けっぱなしは嫌でござるからな。拙者があの戦いで受けた恥は、お主に返すでござるよ」

「意外と負けず嫌いだな。……でも俺も負けてやる気はないからよろしくな、巨乳ちゃん」

 

 最後まで変わることのなかった自分に対する呼び方を聞くとユキカゼは背を向ける。やはりよそよそしい態度ではあったが、それでも当初よりはいささか毛嫌いする様子は薄らいだようにソウヤは感じていた。あれだけ最悪なファーストコンタクトのすぐ後に、彼女の主に対して卑怯と罵られかねない方法で勝利を取ったのだ、印象はずっと悪かっただろう。その後だって意思に反するとは言えその主を傷つけてもいる。だがそれでも自分に対して口を利いてくれて、再戦の約束もしてもらえたことをソウヤはありがたく思っていた。

 

(今度来たときは……さすがに「巨乳ちゃん」は封印するか……)

 

 ふとそんな考えがソウヤの頭をよぎる。しかしユキカゼはそんな彼の考えは露知らず、ブリオッシュの後ろへと下がっていった。

 

「ユキカゼ、もういいでござるか?」

「はい。言いたいことは伝えました故……」

「そうか。……ソウヤ殿、よければ人の少ないところへ……」

「ええ。構いませんよ」

 

 ブリオッシュがソウヤをバルコニーへと案内する。そういえば昨日は同じようにバルコニーでエクレールと話したことを思い出した。

 

「それで、なんでしょうか?」

「……ソウヤ殿は、拙者と戦った際に拙者のことを『相手の身を案じるために降参を選択する優しい者』と言ったでござるな?」

「……言いましたっけ? 物覚えはよくない方ですので」

「ようやく気づいたでござる。あれは……ソウヤ殿自身のこともまた、指していたのでござるな」

 

 ソウヤは答えない。

 

「盗み聞きをするつもりはなかったでござるが……昨日のエクレールとの会話を聞かせてもらったでござる」

「耳がいいのは聖ハルヴァー人だと思ってましたが。あなたもよかったんですか」

 

 ソウヤの皮肉を聞き流し、ブリオッシュは続ける。

 

「……ソウヤ殿は見えすぎていたのでござるな。だから、エクレールにかけた『後悔する選択だけはするな』と言う言葉を、自身で卑怯と言った……」

「まいったな。独り言まで筒抜けですか」

「……後悔しない選択などない、そうわかっているのでござろう?」

 

 視線を逸らし、またしてもソウヤは答えない。

 

「だから……レオ様にご自身の気持ちを伝えないつもりでござるか?」

「あなたには関係のない……」

 

 質問に対する拒否の答えを言いかけたところで、ブリオッシュの表情を見たソウヤの口が止まる。それは言うことを強制させる、と言うものとは真逆、言いたくないなら言わなくていい、だが自分が力になれることなら協力する、そう言いた気に見えた。

 

「……そうですよ」

 

 だから、ソウヤは話そうと思った。ひねくれものの(さが)か、それとも、本当は誰かに胸のうちを話したかったのか。何百年も生きているとも噂される年長の大陸一の剣士になら、悩みを解決してもらえるかもしれない。以前自分にくれた助言のように、何か答えが見つかるのかもしれない。ひょっとしたらそんな淡い期待もあったのだろう。

 

「どの道後悔がついてまわるなら、やって後悔するよりやらずに後悔する……。それが俺なんです。俺は守ると言った約束を違えて、あまつさえてめえのその手で約束した人を傷つけたような人間です。それに、あの人の背負っているものを一緒に背負うほどの覚悟もない。……なら、俺などと言う人間に縛られず、自由に生き、ふさわしい人を見つけるべきだ。だったら、やらずに後悔で俺はいい」

「……ソウヤ殿、それは悲しすぎる考え方でござるよ」

 

 言葉の通り、ブリオッシュは表情を曇らせる。

 

「ソウヤ殿はまだ若い……。なら、後のことは後で考え、自分がその時思ったようにした方がいい……」

「……いかにも年寄りの言いそうなことですね」

「年寄りはそれを若い頃にできなかったと言う未練がある、だから若者にそう苦言を呈すでござる」

 

 皮肉で言ったはずのソウヤの言葉はあっさりとブリオッシュに返されてしまった。

 

「どの道後悔するとわかっているのであれば……『良い後悔』ができる方を選べばいいでござるよ」

「『良い後悔』……?」

「後悔をする、しないではなく、どうせ後悔するなら『良い後悔』をするような選択をする。それはいかがでござろうか? ……拙者は、かつて『良い後悔』を選択することが出来なかった。そして今もそれは胸に残っている……。相手の身を案じるために自分の身を引く……。それほどの決意ができる相手を諦めるというのは……一生『悪い後悔』として付き纏うでござるよ」

「俺はそうなろうが別に……」

「ソウヤ殿だけの話ではない。レオ様も、でござる」

 

 ハッとしたような表情を浮かべ、ソウヤはブリオッシュの顔を見た。

 

「相手の身を案じすぎ、良かれと思った自身の選択が、場合によっては相手も不幸にしてしまうこともある……」

「だったら……だったら俺は……どうすれば……」

「酷なようでござるが……それを決めるのはソウヤ殿自身でござる」

 

 ソウヤが俯いていた視線を戻した先にあったのは、優しいブリオッシュの顔だった。

 

「ソウヤ殿が納得できるような……『良い後悔』が選択できるよう、拙者はこれ以上何も出来ないでござるが……。それでも、祈っているでござるよ」

「ダルキアン卿……」

 

 一度視線を外した後、それまで迷っていたはずの目が、まっすぐブリオッシュを捕えた。そしてソウヤは右手を差し出す。

 

「……ありがとうございます」

 

 ブリオッシュも右手を差し出し、その手を握り返した。

 

「なんの。帰る直前だというのに説教じみたことをすまなかった」

「いえ。……今度こちらに来た時には是非稽古をつけてください」

「稽古……でござるか?」

「はい。あなたのその強さの本質はどこにあるのか……。剣を通してそれを覗いてみたい」

 

 ブリオッシュが苦笑を浮かべる。

 

「それは期待に応えられないかもしれないでござるが……剣を合わせるということは歓迎するでござるよ」

 

 ソウヤが微笑む。初めて見たようなその表情に、ブリオッシュは思わず虚をつかれた。

 

「お話中すみません。ソウヤ様、そろそろ外の方へお願いします」

「わかりました。すぐ行きます」

 

 ルージュに声をかけられ、ソウヤは握手していたその手を離した。

 

「ではダルキアン卿、また会いましょう」

「ああ。達者でな」

 

 ソウヤがルージュの後に続いて部屋の中に戻り、次いでその入り口の方へと歩いていく。

 その様子をブリオッシュが見送っているとユキカゼがバルコニーへと出て来た。

 

「お館様、随分長話でありましたね?」

「ソウヤ殿を見ていると……どうもかつての自分と重ねてしまうところがあった故な……」

「アイツとお館様が? 全然似てないでありますよ」

 

 歯に衣着せぬ物言いに思わずブリオッシュが苦笑する。

 

「大体お館様はアイツをご自分と似てる、だの、拙者と似てる、だの、そうやってなんやかんやで贔屓しすぎでござる」

「何だユキカゼ、嫉妬でござるか?」

「そ、そんなではないでございます!」

 

 ブリオッシュが声を上げて笑う。

 そして勇者が出て行ったその入り口の方へ視線を送り、一瞬真面目な表情を見せたが、

 

「……さあ、飲もう! 勇者殿の無事の送還を願って、そして若者達の素晴らしい明日を願って!」

 

 次の瞬間には、いつものブリオッシュの顔へと戻っていた。

 

「いや……飲むのはいいでござるが……拙者はお館様と飲むのは少々……」

「どうしたユキカゼ、ノリが悪いでござるな? ほら、付き合うでござるよ!」

 

 まだ酒を飲んでもいないのに既に酔ったかのような隠密部隊の頭領は、筆頭と肩を組んだまま部屋を後にしようとしていた。

 

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