DOG DAYS DUAL-BRAVER   作:天木武

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Episode 20 蒼の誓い

 

 

 ソウヤがヴァンネット城の入り口付近へと降りてくる。水辺へと迫り出した岩の上に建築されたこの城は、2週間あまりのこの日々においてソウヤの第2の家としての役割も果たしていた。

 今、ソウヤが荷物をまとめ、来た時同様のTシャツにジーンズという姿でその第2の家から出ようとしているところだった。

 

「お、来たか勇者」

 

 ガウルが現れたソウヤに声をかける。

 

「姉上は召喚台の方にもう行ってる。つってもすぐそこだが、そこまではビオレが案内するから、皆に挨拶が終わったらついていくといい」

「わかりました」

 

 そう言い、ソウヤは2人の将軍の方を向く。

 

「バナード将軍、ゴドウィン将軍、お世話になりました」

「いやいや、こちらこそ勇者殿の活躍のおかげで2連勝に大盛り上がりの特別興業と、非常に助けられましたぞ」

 

 ゴドウィンがそう返した。

 

「今度来た時は是非将軍と奥様の話を伺いたいものですね」

「そんな、以前言ったと思いますが、自分はそれほど愛妻家というわけでは……。そういう話は愛妻家のバナード将軍から伺ったほうが面白いかと」

「そこで私に話を振るのか、君は」

 

 思いがけないタイミングで話を振られたことに、バナードは苦笑を浮かべた。

 

「へえ、バナード将軍は愛妻家なんですか」

「さあ、どうだかね。周りはそう言うけれど」

「初耳でした。……まああまり話したことがないから、ですかね」

「一昨日言ったことを根に持っているのかい? 私は事実を言っただけだよ。私のようなおじさんより、年の近いレオ閣下やガウル殿下と一緒にいた方が、勇者殿としては楽しいだろうからね」

「まあ確かにそうはそうですが、あなたのような方と互いに腹を探り合うような会話をするのも、俺は嫌いじゃありませんよ」

「……ソウヤ殿は本当に16歳か?」

 

 再びバナードが苦笑を浮かべる。

 

「とりあえず次来た時は是非奥様を紹介してくださいよ」

「ナタリーはソウヤ殿に一度会いたいと言っていたから、今度来た時に紹介するよ。ゴドウィン、君もエリーナを紹介するんだろう?」

「むう……。そのことはエリーナと相談して、次にソウヤ殿がいらっしゃる時までに考えておく、ということではダメですかな?」

「何をそんな恥ずかしがる必要があるんです?」

「エリーナは美人だからね。ゴドウィンは、君にエリーナを取られるんじゃないかと不安なんだよ」

「バナード将軍!」

「それはないでしょう。こんなガキに色目を使うほどだったら、ドリュール家は崩壊秒読みでしょうから」

 

 バナードが声を上げて笑った。

 

「……これはまいった。腹を探り合う会話が好きと言うのは本当のようだ。……次に来た時はゆっくりお茶でも飲みながら話をしよう」

 

 そう言うとバナードは右手を差し出す。

 

「こちらからもお願いしたいですね」

 

 ソウヤもその右手を握り返す。次いでゴドウィンのほうにその手を向けた。

 

「先ほどのはジョークですよ。気を悪くされたら謝ります」

「いや……そういうわけでは……。ともかく、またお会いできる日を楽しみにしておりますぞ」

 

 ゴドウィンもその手を握り返した。

 

「こちらこそ。……では」

 

 2人に頭を下げ、ソウヤは次の3人へと視線を移す。

 

「……おい、なんで泣いてるんだ?」

 

 そこで目にした光景にソウヤが戸惑う。ジェノワーズの黄、ジョーヌが目を拭っており、ノワールとベールがそれをなだめていた。

 

「お前らいじめたのか?」

「そんなやない……。せっかく仲良くなれたと思ったソウヤともうお別れなんて思ったら……涙が溢れてきて……」

 

 ため息をこぼし、ソウヤがジョーヌの頭に手を乗せる。

 

「……やっぱ馬鹿だな、お前は」

「な……馬鹿って言うな……」

「別に2度と会えないわけじゃないんだ。お前がそんなだとこっちまで調子狂う。……大体、俺のお守りは2度とゴメンなんじゃなかったのか?」

「あの時はそう思ったんや……そう思ったんやけど……」

 

 再びソウヤがため息をこぼす。

 

「……こいつ、どうやったら元に戻る?」

「わからない……。ジョーがここまで泣くなんて珍しいから……」

「私達の中でソウヤさんと1番接していたのはジョーですし、思いも一入(ひとしお)なんだと思います……」

 

 困った表情を浮かべ、ソウヤは乗せていた手でジョーヌの頭をぐしゃぐしゃと乱暴に撫でた。

 

「い、痛い! 何するんや!」

「ジェノワーズが三馬鹿なんて言われてる要因のほとんどはムードメーカーのお前にあるんだからよ、そのお前がこんなじゃ他の2人も困るだろ。……だから俺のことは笑って見送ってくれ」

「ソウヤ……」

 

 また溢れ出そうになった涙を手の甲で拭い、ぎこちないながらもジョーヌは笑顔を浮かべる。

 

「……わかった! お前の言うとおりやな!」

 

 それを見たソウヤも小さく笑った。

 

「……そう、それでいい。……ついでに景気づけにあれやってくれ」

「あれ……? あれって……」

「あれ、やろな……」

「ですよね……?」

 

 無言でソウヤが頷く。3人は一様にため息をこぼしつつも、ノワールを真ん中に、左手側にジョーヌ、右手側にベールが立った。

 

「……我ら、ガレット獅子団領!」

「ガウ様直属親衛隊!」

「「ジェノワーズ!」」

 

 ビシッと3人がお得意の登場ポーズを決め、それを見ていたソウヤが拍手を送った。

 

「なんかやれって言われてやると恥ずかしいな、これ……」

「いつもは勢いでやってるから……」

「いや、いいもの見せてもらった。やっぱりお前たちジェノワーズはこうじゃないとな」

 

 3人が顔を見合わせて思わず笑う。

 

「あ。預かった本、大切にしますね」

「大切にするのもいいが、とりあえず読め。……次に俺が来た時に感想を聞くから、それまでに読んでおけよ」

「え、ええ!? 本気か!?」

「勿論」

「ノワ、何か言ってやってな!」

「……私、意外とあれ読みたかったりしてた」

「ここでまさかのカミングアウト!」

「じゃあ約束だぞ。読んでおけよ」

 

 そう言い残し、ソウヤはこの十数日間、身分を越えて友のように接してくれた王子の前に立った。

 

「……お前がいなくなると、寂しくなるな」

「そんなことないでしょう、ガウ様。腕白坊主がいればいつだって賑やかでしょうに」

「……へっ! そう言ってくれる相手がいなくなるから、寂しいってんだよ」

 

 言葉通り、どこか寂しそうな表情でガウルがそう言った。

 

「……本音を言うと俺としてはここに永住してくれてもいいとは思ってるんだがな」

「面白そうな話ではありますが……その件についてはもう少し時間をください。一応俺の一生に関わる話ですから」

「まあ昨日の今日でいきなりずっとここにいろとも言わねえからよ。……とりあえず、また来いよ」

「ええ。そうさせてもらいます。……ではガウ様、お元気で」

「ああ。お前もな!」

 

 シンクとの再戦直前と同じように、ガウルが右拳を顔の位置まで上げる。ソウヤが笑みをこぼし、そこに自分の拳を合わせた。

 挨拶を終えたところで近衛メイド長のルージュへソウヤは視線を移す。

 

「ルージュさんにもお世話になりました」

「いえ。またいらしてくださるのをお待ちしております」

 

 完璧ともいえるメイドスマイルを見た後で、ソウヤは全員の方を振り返る。

 

 と、そこで「にゃーん」という声を聞き、ソウヤは足元へと視線を落とした。

 

「……ああ、お前にも世話になったな」

 

 短剣は背負っていないが、ネクタイ姿は最初に見たときと同じく決まっているチェイニーだ。屈んでソウヤはその頭を撫でる。

 

「お前がいなきゃ俺はここに来れなかったわけだしな。感謝してるぞ」

 

 再び「にゃーん」という満足そうな鳴き声を聞き、ソウヤは笑みをこぼした。撫でていた手を止めて立ち上がる。

 

「……では皆さん、本当にありがとうございました。また会いましょう」

 

 そして全員に背を向け、外へと歩き出した。

 

「ああ! またな!」

「じゃあね、ソウヤ」

「また会えるのを楽しみにしてるでー!」

「さよーならー!」

 

 皆の声を背に受けながら、眩しい光が目に入ってくる。外に出て、ソウヤは前方で待機している女性の元へ歩みを進めた。

 

(さてと……。正直な話、本番はここからか……)

 

 ソウヤの姿を確認して一礼したビオレが、ソウヤが歩いてくるのを待つ。心中を隠すように、ソウヤもその近衛隊長の下へと近づいていった。

 

「こんにちは、ビオレさん」

「こんにちは。召喚台までの短い距離ですが、ここからは私がご案内いたします」

 

 そう言って、ビオレはソウヤに背を向けてゆっくりと先導し始めた。しかし召喚台は目と鼻の先、別に案内が必要となる距離でもないだろう。

 要するに話す時間がほしかったのだろう、とソウヤは推測した。

 

「まず……謝らせてください」

 

 そのソウヤの推測が正しいことを証明するかのようにビオレがそう切り出す。

 

「何がです?」

「先日は感情が昂ぶってしまっていたとはいえ、客人であり、ガレットの勇者でもあるあなた様に手を上げてしまった……。申し訳ありません」

「気にしないでください。殴れと言ったのは俺です。それに……あの夜は月が綺麗だったせいで、他の些細なことは忘れてしまいましたよ」

「なるほど、いい殺し文句ですね。でも……殴っていいとおっしゃったのは覚えているのに、ですか?」

 

 一枚上手を行かれた、と思ったのだろう。思わずソウヤが苦笑を浮かべる。

 

「……で、それで顔を合わせにくかったから、この2日間の俺の世話役はルージュさんに任せていたわけですか?」

「そういうわけではありませんが……。そう捉えられても仕方ないですね……」

 

 今度はビオレが苦笑を浮かべた。

 

「……ソウヤ様のお気持ちは、お決まりになりましたか?」

 

 一瞬間を空け、ビオレが聞きたかったであろう本題を切り出す。

 

「以前あなたに伝えた通りです。あれから大分考えましたが……俺は自分の出した答えを変えるつもりはありません。少なくとも俺の方から切り出すと言うことは、ありえません」

「……そうですか」

 

 落胆したようにビオレが息を吐いた。

 

「……既成事実があれば考えが変わると思ったんですけどね」

 

 ソウヤがかろうじて聞き取れる程度にポツリとビオレが呟いた。

 

「既成事実? 何の話です?」

「いえ、独り言ですのでお気になさらないでください。……ソウヤ様、またガレットにいらしてくださるんですよね?」

「レオ様が俺を嫌いになって召喚をやめてしまわない限りは、そうしたいと思っています」

「でしたらそれで十分です。レオ様だけでなく、ガウ様も、他の方々も、またあなたに会うことを楽しみにしておられますので」

「会うことを楽しみにしている、か……。俺は幸せ者ですよ。ここで色々な人に出会えてよかった……」

「それをご自分でお認めになられたと言うことが、ソウヤ様の一番の成長と言えるのではないでしょうか」

 

 驚いたようにソウヤがビオレを見つめた。

 

「……失礼しました、出過ぎた発言でしたね」

「いえ。……ビオレさんの言うとおり、ここで俺はひとつ大人になったってことでしょうね」

 

 召喚台と、そこに立つ1人の少女の姿が見えてくる。その姿を確認すると、ビオレは歩く足を止めた。

 

「私がご一緒できるのはここまでです。あとは召喚主と勇者の2人で送還の儀を行う、と言うのが決まりですから」

「ありがとうございました。色々迷惑かけました。……あ、そうだ」

 

 ソウヤが荷物を探り出す。何事かとその様子をビオレが見つめていた。

 

「ビオレさん、これを」

 

 そう言ってソウヤが渡したのは日本の文房具店ならどこででも売っているような黒のボールペンだった。

 

「シンクが4色ボールペンを置いていったって聞いたんで……。大した物でもない安物ですが、買ってからあまり使ってませんから。非公式な書き物をする時にでも使ってください」

「そんな……私になど……」

「最初から最後まであなたには身の回りを世話してもらいっぱなしでしたから、感謝の気持ちとでも思ってください。それにレオ様とのことで心配も迷惑もかけましたし……。何より、個人的にあなたのことは好きですし」

「ありがとうございます。では、遠慮なく受け取らせていただきますね」

 

 ビオレがペンを受け取り懐にしまう。

 

「……ではこれで。ビオレさん、お元気で」

「ソウヤ様も体にお気をつけて。またいらしてください」

 

 召喚台、そしてそこに立つ少女の元へ、勇者と呼ばれた少年が歩いていく。

 

「……もっとも、私にかけた最後の言葉は、私などではなく、レオ様にかけてほしかったですけどね……」

 

 ソウヤの背を見送り、自身も背を向けつつ、ポツリとビオレが呟いた。

 

 

 

 

 

 召喚台の前、銀髪の少女が召喚台を見つめたまま立ち尽くしている。

 

「レオ様」

 

 名前を呼ばれた少女が名を呼んだ少年の方を向く。

 そういえば顔を会わせるの自体久しぶりのようにソウヤには思えた。思い起こせば特別興業の日の朝に少し話したぐらいだっただろうか。丸2日ほど、ちゃんと喋ってないことになる。

 

「来たか、ソウヤ」

「ええ。……なんだかちゃんと話すのは久しぶりな気がしますね」

 

 まるで俺を避けるように、と付け加えようとしてソウヤはそれをやめた。避けていたのはレオではなく自分だ、と気づいたからだ。

 元々レオが忙しいという事実はあったものの、レオの姿を見れば自分の心が揺らぐかもしれない、そう思っていたから、ソウヤはこの2日間はレオと必要以上に接しようとしなかった。いや、ほぼ接していなかったと言ってもいいだろう。

 

「ここ数日忙しかったからな。お前の特別興業の事前準備と事後処理にシンクの送還、そしてお前の送還と立て続けじゃったし」

「レオ様も歌われた姫様のコンサート、が抜けてますよ」

「それは……言うな」

 

 恥ずかしそうにレオが失笑した。

 

「ああ、その件で謝ってませんでした」

「何がじゃ?」

「あそこで俺が茶々入れたせいでレオ様が恥をかくことになった、とジョーヌに言われましたよ」

「別にお前のせいではない。ミルヒの押しに負けてステージに上がるといったワシが全ての原因じゃからな」

「押した姫様の方が問題な気もしますけどね」

 

 言いつつ、ソウヤは召喚台の中心へと足を進め、台の様子を見る。従来海の中に隠れている召喚台は今は既に浮いてきてはいる。が、それ以外は見たところ変わった様子はない。

 

「見ただけではわからんかもしれんが、準備は終わっておる。あとは時間が来ればお前が来た時と逆、お前は空へと舞い上がり、元の世界に帰れるだろう」

「へえ……。……あ、ルージュさんから俺の時計は受け取りました?」

 

 荷物を召喚台に置き、ソウヤはレオと向かい合う。

 

「ああ。シンクの奴も時計だったと聞いておるし、お前の世界ではそういう場合は時計を渡す決まりでもあるのか?」

「渡しやすい、ってことだと思いますよ。もっとも、俺の場合他に選択肢がなかった、と言ってもいいですが。安物ですみません、一応ずっと愛用してたものなんで……」

「わかってる。値段じゃない、と言うことぐらいはな」

 

 ソウヤが一呼吸置く。

 

「……あと、エクスマキナですが……」

「それはお前に預けておく。勇者の証としてシンクもパラディオンを持って帰ったそうじゃ。お前も持っていけ。……勇者の証であると同時に、またここに来る、という証として、な」

 

 反論しようかとも思ったが、レオは断固受け取りを拒否するように見えた。

 何より、レオは「ここに来るという証」と言った。ならこれを返せばもうここには来ない、という意思を表すことになる。

 

「……わかりました」

 

 結局ソウヤがやむなくそれを了承する。

 そしていつ時間になってもいいように――いや、時間が来たらこのままあっさりとした別れで済ませることができるように――ソウヤは召喚台の中心付近で待機しようと、数歩踏み出した。

 

「……ワシは……お前を……自分の相手としてふさわしくない、などと考えたことはない」

 

 その時、それまでの声色と一転して聞こえたその声に思わずソウヤが振り返る。

 

「確かにワシはお前に馬鹿にされるようにウブじゃ。それはわかる。わかるが……それでも、ワシのこの気持ちは一時限りの物ではない、そう思っておる……」

「レオ様……まさか……。あの時の俺とビオレさんの会話を……?」

「……すまない。盗み聞きをするつもりも、あんな形でお前の心を聞き、そしてここでこうして言うつもりもなかった。じゃが……このままワシもお前も互いの心を隠したまま別れるというのは……我慢ができなかった。気づかぬ振りをすればいいとわかっていながら……それはできなかった……」

 

 レオの瞳に涙が溜まっていく。

 

「……初めて星詠みでお前を見たときから、ワシはお前に惹かれていた。そのときはただ共に戦場を駆けたいという憧れだったかもしれない。じゃが、エクスマキナを手にして真に勇者として目覚め、共に戦場を駆け、そしてお前を失うかもしれないと思ったあの時、ワシははっきりと自分の心に気づいたんじゃ。

 じゃから……お前がどう思っていようが……その心のうちが決まっていようが……言わせてくれ。……ワシは、お前が好きじゃ」

 

 一瞬狼狽した表情を見せ、ソウヤはレオに背を向ける。

 

「……あの時の俺の話を聞いていたんでしょう? ならもう言っているはずです。……俺にはあなたを愛する資格などない」

「それでも……! ワシにはお前が必要なんじゃ……!」

 

 答えず、ソウヤは一歩足を進める。

 

「ソウヤ!」

「……あなたが必要とすべき人間は俺じゃない。俺のような器の小さな人間じゃ……」

「器など関係ない……! ワシが必要としているのは……ソウヤ・ハヤマ、他でもないお前じゃ……!」

「ーッ!」

 

 ソウヤが声にならない叫びを漏らす。

 

「ワシはいつまででもお前を待っておる……! 今お前が自分に納得できんのであれば、ワシはいつまでも待つ……。じゃから……今のお前の気持ちを答えにしないでくれ……勇者としてまたフロニャルドを訪れてくれ……。じゃが……それでも心が変わらないというのであれば……その時に今の心を答えにしてくれ……」

 

 答えず、ソウヤはただ俯き、拳を握り締めていた。

 

「ワシは……もう心を決めておる……! この先どんなことがあってもお前となら乗り越えていける……そう信じておる……! じゃから、もう1度言わせてくれ。ソウヤ、ワシはお前が好きじゃ……!」

 

 自分の気持ちを押し殺すようになおも硬く握られるソウヤの拳。

 

「俺は……!」

 

 呻きの後で、否定の言葉を続けてもよかった。そのまま無言で背を向け続けてもよかった。

 だが、ソウヤにはそれが出来なかった。彼の心は迷い、困惑していた。自分はレオと肩を並べる資格があるのか。否、そんな回りくどい、都合良く逃げることの出来るような問いなどではない。

 

 このまま帰って、いいのか。

 

 ソウヤは自身の心に再度問いかける。自分を好いていると言ってくれた女性に涙を流させたまま、自分はこの地を去るのだろうか。それで勇者などと呼べるのだろうか。ブリオッシュに言われた「良い後悔」を本当に選んだのだろうか。

 

 それは、嫌だ。

 

 はっきりと、ソウヤはそう思った。勇者としてだのなんだの、そんなものは関係ない。このまま帰るなどということは絶対に嫌だ。だが、自分にここで振り返る資格が、彼女と共に生きると言える覚悟があるのだろうか。

 そう思ってなお悩むソウヤの脳裏を、この世界で出会った人々の言葉が駆け巡り、背中を後押していく。

 

『俺は、お前になら姉上を任せられると思ってる……』

『レオ様を……お願いします……』

『そんなの、不安に思う必要もないじゃない。ソウヤはレオ様が選んで召喚されたわけだし、ガレットの神剣エクスマキナにも主と認められたんだから……』

『ソウヤ殿が納得できるような……『良い後悔』が選択できるよう、拙者はこれ以上何も出来ないでござるが……。それでも、祈っているでござるよ……』

『レオ様は、エクスマキナをあなたに預ける時に、勇者として認めるだけでなく……あなたを将来の相手としてもお認めになっていた……』

 

 ソウヤは天を仰いだ。

 

「……俺は……馬鹿だ……」

 

 何を迷う必要があっただろうか。

 ポツリとそう呟き、息をひとつ吐く。 

 

 そして何かを決意した表情でレオの方を振り返り、彼女の元へと歩み寄った。

 

「レオ様」

 

 瞼に涙を溜めたまま、レオはソウヤを見つめる。

 

「レオ様、あなたは俺が禍太刀騒動で意識が戻った後、『自分を守るための盾になってほしい』、そうおっしゃいましたね?」

「……ああ」

「それに対する答えがまだでした」

 

 一旦間を空けたソウヤの顔を、期待と不安の入り混じった顔で見つめるレオだったが――。

 

「……すみません、俺はあなたの盾になることはできません」

 

 その言葉に明らかにレオの表情に失意の色が浮かび、次いで目を伏せた。

 

「……そうか」

「……ですが」

 

 レオが顔を上げる。

 

「俺は矢になることはできる。しかしその矢を打ち出すには弓が必要だ……。だからレオ様、あなたが弓となって矢を放ち、守るのではなくあなたに迫る敵を撃ち抜いてください」

「ソウヤ……」

「……好きです、レオ様。気高く美しい百獣王の騎士、レオンミシェリ・ガレット・デ・ロワを……俺は、あなたを愛しています」

「あ……あ……!」

 

 レオの肩が震え、瞳から涙が溢れ出る。

 

「……俺のような人間があなたを幸せに出来るかどうかはわからない。ですが……あなたは俺を必要だと言ってくれた。待っていてくれるとも言ってくれた。なら、今はまだ肩を並べる資格が俺になかったとしても、いつかきっと並べる存在になってみせる。そしてあなたをもう2度と傷つけないと約束し、共に生きていく。……あなたから預かったこのエクスマキナにかけて、俺は……ソウヤ・ハヤマはそれを誓います」

 

 レオが膝をついて泣き崩れる。そして涙でぐしゃぐしゃになった顔を両手で抑えた。

 

「き……貴様と言う奴は……! 自分に資格がないだの覚悟がないだの散々言っておったくせに……! このタイミングでそんなことを言うなど……卑怯じゃぞ……!」

「……本当はこのまま帰るつもりでしたよ。ですが、周りの皆は俺を認めてくれた……。そしてなにより、愛するあなたの涙を見て気づいたんです。……あなたを泣かせたまま帰れば……俺はきっと『悪い後悔』をすることになると。だから……俺も覚悟を決めます。あなたが背負うものを、俺も背負います」

 

 レオは泣きじゃくっていた。ソウヤを失いたくないと泣いたあの時と全く逆の涙を流していた。それは「綺麗な涙」と言い換えてもいいだろう。

 

「……それに卑怯なのはお互い様でしょう。女性の涙というのは最強の武器ですし、それ以前にあなただって、俺が気づいていない状態で将来を約束する契りを交わしたわけでしょう? だから俺は最後の一歩を踏み出せたわけですし」

「……ワシが?」

 

 涙は流しながらも、レオはきょとんとした表情を浮かべる。

 

「将来を約束する契り……? いつ、じゃ?」

「え……。いつ、って……戦の時に俺に輝力をわけたでしょう?」

「ああ、わけたが……」

「わけたが、って……。ビオレさんが言ってましたよ。それはフロニャルドにおいては家族以外で行われる場合、男女が将来を約束した時に行う行為だって……」

「ビオレが? ……そんな話聞いたこともないぞ。確かに輝力をおいそれとわけることはあまり行われないが……」

「な……」

 

 ソウヤが固まる。確かにビオレはあの夜、最後にそう言ったはずだ。

 

「本当にビオレがそう言ったのか?」

 

 その時ソウヤは、先ほどビオレが意味ありげに呟いたその言葉を思い出した。

 

『……()()()()があれば考えが変わると思ったんですけどね』

「……そうか、そういう意味か!」

 

 ソウヤが声を上げて笑う。何が起こったかわからないレオは完全に置いてけぼりだった。

 

「やられた……! 騙し合いは俺の専門分野だと思っていたのに……完全に騙された! あの紫猫め、次会った時はとっちめてやる!」

「なんじゃソウヤ、1人で納得してないで……ワシにもわかるように説明してくれ!」

「ですから……」

 

 ソウヤがレオに顔を近づける。頬を赤くしながらも、まるで魔法にかけられたかのようにレオはその瞳を逸らすことができない。

 そこからはまるで最初から予定されていたかのようなソウヤの動きだった。

 

 ソウヤの右手がレオの顎に添えられる。2本の指で優しく触れられて少し上を向いたレオの顔の、その唇にソウヤのそれが重ねられた。

 そして流れる一瞬の空白――。

 

「な……!」

 

 レオが何をされたか気づいたのは、ソウヤが顔を離した後だった。

 

「……こういうことですよ。俺はあなたを愛してる、行き着くところはそこだったってわけです」

「き……貴様! ワシの肌に触れるどころか、あまつさえ、く……唇など!」

 

 レオが文句を言おうとしたその時だった。

 突然背後の紋章台が光を放ち始める。

 

「おっと、そろそろ時間か」

 

 レオに、愛する者に背を向け、ソウヤは中心部へと近づいていく。

 

「お説教は、また今度来た時に聞きますよ」

「……貴様はいつもそうじゃ。そうやって気取ったセリフを吐く。……だがそこが……」

「俺のいいところでもある、とか言いたいんでしょう?」

 

 レオが微笑む。

 

「……ああ!」

 

 光が強くなる。ソウヤの持ってきた荷物が宙に浮かび始め、ソウヤの体も浮き上がり始めた。

 

「ソウヤ! またお前が来る日を……ワシは……レオンミシェリは待っておるぞ!」

「ええ! 必ずまた来ます! 愛するあなたに会いに来ます! だから、さよならは言いません! また会いましょう、レオ様!」

 

 空に吸い込まれながら、いつか聞いたセリフを残し、ソウヤ・ハヤマはフロニャルドの空へ消えていった。

 

「待っておるぞ……。お前が、また来る日を……」

 

 ソウヤが見えなくなった後もレオはその空を見上げ続ける。

 そんなレオを祝福するかのように、優しいフロニャルドの風が彼女の頬を撫でた。

 

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