DOG DAYS DUAL-BRAVER   作:天木武

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4層のスポンジケーキ(ガウル・ジェノワーズ)

 

 

 こうやって数字や文字の羅列を見てると頭が痛くなってくる。だがこれも仕事だ。とやかく言ってられねえ。俺はこの書類を投げ出したい衝動を抑え、なんとか最後まで目を通して異常がなさそうだ、と確認した。

 

「前回の興業の収支はこれでよし、と……。ノワ、前々回の方のチェックはどうだ?」

「今確認終わった。大丈夫、問題ないよ。ガウ様もやればできるじゃない」

「おう、でもそれはちょっと発言に問題ありじゃねえのか?」

 

 口ではそう言ったが、本心では全く気にしていない。俺とノワは幼年学校からの腐れ縁だ、昔はもっと口が悪かったし今更この程度でどうこう言うつもりはない。……まあ昔の話題を蒸し返すとノワが拗ねそうだからやめておくが。

 

 今俺がやっているのは興業の収支報告書に異常はないか、要するに会計監査な仕事だ。そんなもんは手の空いてる事務を得意とする奴がやりゃあいいとも思うのだが、あいにくこの興業のガレット側の責任者は俺だ。よって最終確認は俺が自ら行わないといけない。

 

 とはいえ、俺は元々こういうのが苦手だからうっかり怪しいところを見落としちまう可能性がある。……まあここに来るまでにチェックが入ってはいるから、そんなもんがここに来るなんてことは前例がない。ないが、可能性はゼロでないのでこうして俺も目を通し、さらにノワにも手伝ってもらってるってわけだ。

 

「しかし毎度わりいな、手伝わせちまって」

「ううん、気にしないで。私はガウ様の親衛隊なんだし」

 

 そう、実のところ「毎度」手伝わせちまってる。戦にしろ競技戦にしろ、興業ってのはタダで出来るわけじゃない。参加者をを募って参加費を集め、商工会や後援会などにも協力してもらい、その上で開催。んで勝ち負けによって分配される。そうすると俺が興業主の度に毎度こういう収支報告書が転がり込んでくる、ってわけだ。

 無論興業主がやることはこの事後処理だけじゃなく、どういう興業にするか、どこを使うか、規模はどうするか、といった事前準備も必要となる。全部興業主がやるわけではないし手分けして任せる部分もあるが、最終的にゴーサインを出して責任を持つのは興業主だ。決して楽じゃない。だが国民や参加者、視聴者が喜んでくれるってんならまあ頑張れるってもんだ。王族ってのはいい暮らしが出来てる分、そういった苦労は背負い込むもんだと俺は思ってるからな。

 

 だから毎度手伝わせちまってるノワやら他のジェノワーズの連中にはすまなく思ってる部分もある。今ノワが言ったとおり「親衛隊だから」と言っちまえばそれまでかもしれないが、俺が背負うべき重荷まで任せちまってるみたいで、どうも申し訳がない。

 

「つってもなあ……。ジョーには次の興業の打ち合わせのために外部との連絡を取り持ってもらってるわけだし、ベルはその補佐任せてるし……。いくら親衛隊とはいえ、なんだかんだお前らに頼りすぎてんなあ、俺も」

「……私達はガウ様の親衛隊だよ? そんなこと言わないで頼ってくれていいの」

 

 ……なんだ、ノワの奴、不機嫌そうに返して。こっちは申し訳なく思ってそう言ったってのに。

 

「んでもよ、俺だっていつまでもお前らに頼りっぱなしってわけにはいかねえだろ。一応いつかは姉上を蹴落として領主になろうとしてんだからよ」

 

 そう、それが俺の夢だ。姉上はまだ領主の座に居座るつもりのようで、俺も俺でもう少し成長しないといけないとわかってはいる。が、いつまでも任せてはおけないという気がしてもいる。いや、姉上が領主にふさわしくないなんていうつもりは毛頭ない。ただちょっと前までは「いい加減恋人でも作れ」と冷やかすことができたのに、とうとう最近それができなくなっちまった。それが今年の橄欖(かんらん)の月の頭、今が紅水晶の月に代わって間もなくだから、60日ほど前の話だ。

 こうなるとさっさと姉上の肩の荷を降ろさせて今度は「とっとと結婚して楽して暮らせ」って言いたくなる。……もっとも、相手の現実主義の口の悪い勇者は告白するだけして帰った薄情者らしいので、まだ将来がどうとかって話はないらしい。俺がそんな話を振ったところで「まだそんな年じゃない」とか言ってのらりくらりと俺の()()をかわすんだろうが。

 それでもいずれは領主になるつもりでいるんだ、なら成長しなくちゃいけないってのはわかってる。それなのにいつまでもこいつらに頼りっぱなしじゃ次期領主としてのメンツが保てねえ。それ以上にこいつらの負担を増やすってことは気に食わねえ。だからしっかりしなくちゃいけないんだ。

 

「……頼ってくれていい、って言ってるじゃない。今更そんな他人行儀なこと言わないでよ」

 

 が、どうやらノワはますます機嫌を悪くしたらしい。

 

「だから頼らないっては言ってねえだろ。お前らの負担増やしたら悪い、って言ってんだ」

「……怒るよ? 私達の負担だとか、ガウ様はそんなこと考えなくていいの」

「んなわけいかねえだろ。お前らだっていつまでも俺の親衛隊ってわけにはいかねえだろうし。将来のことを考えたらお前らのやりたいことの時間奪っちまうってのも……」

「私達はガウ様のためにジェノワーズを結成したんだよ! なのにいつまでも親衛隊ってわけにはいかないって……ジェノワーズは必要ないって言うの!?」

 

 まずい、これは()()()()()()()()だ。このままだと()()()にはまる。

 

「だからそういうことを言ってんじゃねえって! 国のことを考えたらお前らだっていつまでも俺の親衛隊って器に収まってるわけにいかねえだろ? 将軍になるだとか隊を持つだとか、そういうポジションにつける逸材を3人も俺1人が抱えるわけにはいかねえって言ってんだよ!」

 

 会話に沈黙が生まれる。……思わず俺も興奮しちまったがわかってくれたらしい。

 

「……ガウ様、私たちのこと嫌いになったの?」

 

 訂正だ。わかってなかった。しかもこいつ涙目だ、()()()

 

「ハァ? だからなんでそうなるんだよ?」

「さっきの話だって結局はジェノワーズはもういらないってことでしょ?」

「だからお前何聞いてたんだよ!? そんなこと言ってねえだろ! 俺が言ったのは将来的にだな……」

「……もういい。……ガウ様のバカ」

 

 そう言ったノワは入り口の方へ駆けて行っちまった。

 

「おい! ノワ!」

 

 俺の言葉を無視してドアを開けようとしたノワだったが、それより一瞬早く入り口のドアが開く。

 

「しつれいしまー……。あれ? ノワ?」

 

 俺の今の仕事とは別な物を任せておいたジョーだ。だがそんなジョーの脇をすり抜け、ノワは走って出て行っちまった。

 

「頼まれてた外部との摺り合わせ、終わらせてまとめておきましたよ」

「……ああ、すまねえな」

 

 頭を抱えたいが、あいつは拗ねると長い。それに俺の仕事も残ってるし追いかけるのは諦める。しばらくすりゃ頭も冷えて帰ってくるだろう。……まあ頭を冷やすってのは()()()言えることなんだが。

 一先ずジョーから書類を預かって目を通し始める。

 

「……ノワとまたケンカですか?」

「また、って言うな。……あいつが勝手に拗ねたんだよ」

「んなこと言って、どうせガウ様も半分ぐらい責任あるんちゃいますか? どんな風になったか聞かせてくださいよ」

 

 書類を確認しつつ俺はさっきの出来事を大雑把に話す。はっきり言ってジョーがどう反応するのか気になって書類の情報が全然頭に入ってこねえ。

 

「……なるほど。やっぱ半分ぐらいガウ様が悪いんじゃないですか」

「なんでだよ?」

「あの子、ウチやベル以上にジェノワーズに対する思い入れが強いんですよ。ノワとしても今後どうなるのか気にしてたところで当の本人が将来は解散する、なんて言い出したら……」

「んなこと言ったってよ、事実は事実だろ。お前だって将来は将軍だろ?」

「まあウチが将軍になれるかどうかはおいておくとして……。ガウ様、もうちょっと乙女心っちゅーもんをわかったほうがいいんちゃいますか? 女の子の心ってのは複雑で繊細なもんですよ?」

「お前が女の子、とかいうと変な感じすんな……」

「ほら、それがダメなんですよ。……全く、それじゃ姉のレオ様からかう前に我が身見ろっちゅー話ですわ。もっとも、もうレオ様をからかうこともできへんと思いますけど」

 

 ……くそう、こいつ言いたい放題言ってやがる。

 

「ま、ノワの件はウチとベルでなんとかしますんで」

「いや、お前らの手を煩わせるのも悪い。いつものことだし放っておけばそのうち……」

「だからそれだから女心をわかってない、って言われるんですよ。……ともかくウチらに任せておいてください。その間にガウ様は書類に目でも通しておいてくださいな」

「……わかった。後は頼む」

 

 結局ジェノワーズを頼ることになっちまった。それにこんな状態じゃ書類も何も頭に入ってこねえよ……。

 俺のそんな心など知らずか、ジョーの奴は「失礼しましたー」なんて元気な声を残して部屋を去っていった。

 

 やっぱ俺が悪かったのかな……。あいつらなら俺の親衛隊なんてポジションよりもっといい待遇を受けられるはずだ。それを思って言ったってのに……。ジョーの言うとおり女心ってのは複雑で繊細なのかもな。

 

 一先ずそれは置いておくとして、俺は頭に入ってこない書類と無理矢理睨めっこすることにした。

 

 

 

 

 

 ガウ様に任せろといった手前、ウチはノワを探すためにヴァンネット城内を歩き回ることにする。今日はずっとデスクワークやったから歩き回るのは苦やない。やっぱ頭使うより体使う方がウチには向いてるわ。

 

 しかしガウ様とノワにはちょっと困ったもんや。時たまああやってケンカしてノワが拗ねる。で、ウチらが機嫌をとって仲直りをさせる。ケンカするほど仲がいいとは言うけど、ケンカしすぎるのも考えもんや。……まあこのところ落ち着いてはいたけど。

 元々ガウ様とノワは付き合いも長い。幼年学校からの付き合い、とか言ってたっけ。ウチはレオ様の紹介で、それからベルが留学生ってことで、それからウチら4人の付き合いが始まったんやった。なんだかんだ、結局ウチらも長い付き合いになってるんやな……。

 

 ウチが最初に向かったのはノワが1番行きそうなところ、ってことでウチらの部屋や。

 

「ノワー? いるかー?」

 

 返事はない、まあ拗ねてるんやからここで「いる」なんて答えは返ってこないやろな。いるはずはないけどベッドの中、あとはベッドの陰、それからたまにいることもある小さい箱の中。でもこの部屋で隠れられそうな場所にはどこにもいないらしい。

 

 そう簡単には見つからんか。一先ず部屋を出ることにする。

 

「あら、ジョーヌ」

 

 部屋を出ると同時にかけられた声にウチはその方を向いた。

 

「あ、ルージュ姉」

 

 近衛メイド長のルージュ姉や。丁度通りかかったみたい。

 

「どうしたの? 何か探し物?」

「まあ……探し物っちゃあ探し物かな……。ノワ見なかった?」

「ノワ? 見てないけど……どうかしたの?」

「ガウ様とまた()()()()()……」

 

 ハァ、とルージュ姉がため息をこぼすのが見えた。

 

「もう、本当にあの2人は……。ケンカするほどなんとやら、かしら」

「ああ、ウチも同じこと思ったわ」

 

 ウチが苦笑を浮かべたのを見てルージュ姉も苦笑した。

 

「中庭の方に行ってみましょうか。騎士達が見たかもしれないし、天気がいいから外でひなたぼっこかもしれないわ」

「まあ……それもあるかもしれんな……。でも、ウチに付き合って仕事はいいんか?」

「ええ。今のところ急ぎの用はないから」

「そっか。すまんな、ほんま」

「いいのよ」

 

 完璧なメイドスマイルでルージュ姉は答えてくれた。

 

「それで、原因はなんなの?」

「大元はガウ様が女心をわかってないっちゅーことや。すっごく掻い摘んで説明すると、ガウ様とノワは一緒に仕事してたらしいんやけど、ガウ様はガウ様なりにウチらのことを心配してくれて、『自分のために苦労をかけさせるのは悪い』って。それに対してノワも『そんなの気にするな』って言ったらしくて、まあそこまではいいとしても、『いつまでもお前らも親衛隊という器に収まっているわけにもいかないだろう』って」

「なるほど……。ノワはそれを『ジェノワーズは不要だ』って言われたと捉えちゃったのね」

「さっすがルージュ姉、理解が早い!」

「ガウ様も悪気はないんでしょうけど……。ジョーヌの言うとおり女心をわからないのね、あの方は……」

 

 そう、女心というのは複雑なんや。ノワの場合は特に、やと思う。

 ノワ本人の口から聞いた事はないから予測やけど、ノワは今の状態がいつまでもは続かないことに気づいていて、それで不安に思ってるんやと思う。それでガウ様の口から直接そういうことが出たら、そりゃ不安を煽られるやろうな……。

 いや、そうでなくてもノワがガウ様に抱いてる感情はウチらと()()()()ってことは薄々わかってる。ウチとベルは、まあ王子にこういう言葉が適切かわからんけど、いい友達、と思うと同時にいずれ国をまとめるべき人として尊敬の念を持ってる。

 

 でもノワは……。ウチらと似た部分はあるにしろ、その中には他の……、より強く()()()()気持ちも含まれてると思う。だけどガウ様は次期領主、自分は()()()()対象じゃない、ってノワもわかっていて板ばさみになってるから……。だからノワはこの話題に敏感すぎるぐらいに反応しちゃったんじゃないかとも思ってる。

 

「まあ……男なんてそんなもんなんやろな」

 

 結果、ウチが今口にした一言が、ウチの考えをまとめた感想になるわけや。

 

「そうね……って言いたいところだけど、その男ってのはガウ様以外に誰が入ってるの?」

「勿論、しれっと帰ろうとした()()()()()()のことや」

「でもあの方はあの方でいろいろ悩んでたみたいよ」

「その辺はビオレ姉やんから聞いたけど、それでもレオ様の心を無視してたわけやし」

「まあ……そうだけど……。今回のとはちょっと状況が違うと思うわ」

「なんやルージュ姉、あいつの肩持つんやな?」

「それはそうでしょう? だって将来のレオ様のパートナーとなるであろう方なんですから」

 

 ルージュ姉の言ってることはごもっともや。でもだから女心がわかってるということにはイマイチ繋がらんと思うんやが……。

 

「ま、そうやな。でも実際レオ様幸せそうやし、別にいいか」

「ん、なんじゃ? ワシが何かしたか?」

 

 不意に曲がり角から聞こえてきた声にウチは飛び上がりそうなほど驚いた。

 

「レ、レオ様?」

「なんじゃ、そんな驚いて。……ワシの陰口でも叩いておったのか?」

「いえいえ、そんな……」

 

 ……あーでもこれって捉え方によっちゃそうなるんかな?

 

「ルージュ、何の話をしていたの?」

「ああ! ビオレ姉やん、それはずるいで!」

「いえ、()()()()()みたいですが、丸く収まってレオ様は幸せそうですという話をしていただけですよ」

 

 ルージュ姉ナイスフォロー! で、それを聞いたレオ様は顔色をほとんど変えずフンと鼻を鳴らした。

 ……ちょっと前まではこの手のからかいにはオーバーすぎるほどリアクションしてくれたのに、最近は慣れてきたのかレオ様の反応がどうも悪い。まあ原因はウチがからかいすぎたせいで免疫がついたから、だと思うんやけど……。

 

「お前はまたワシをからかっているのか。人のことを言う前に、お前も相手を見つけたらどうじゃ?」

 

 ……で、今じゃこの有様や。とうとうこっちが投げた球をよけるどころか、掴んで投げ返すようにまでなってもうた。それを言われるとこっちとしても何も言い返せません。

 

「……はーい、努力しまーす……」

 

 とりあえず項垂れてウチはそう返す。

 

「あ、そうだ。レオ様、ビオレ姉様、ノワ見ませんでした?」

 

 そうやった、目的それやった。ウチが忘れてた本題をルージュ姉が切り出してくれた。

 

「いや、ワシ達は国営放送から今戻ってきたところ故な。じゃがここまで姿は見なかったぞ。……なんじゃ、また拗ねたのか?」

「ちょっとガウ様とぶつかっちゃって……」

「まったくあいつらも懲りんの……」

「ガウ様ももう少しその辺り大人になってくれると安心なんですが……」

 

 ああ、レオ様とビオレ姉やん、全く持ってその通りです!

 

「すまぬが、ワシはこのあとドラジェと通信会談がある故手伝えんが……」

「いえいえ! レオ様の手をお借りするなんて申し訳なくてできませんわ!」

「そうか。まあ頑張るんじゃな」

 

 はいはい、とウチとルージュ姉はレオ様とビオレ姉やんと別れる。

 

 そして中庭へ。戦士団が訓練をしているのが見える。……さすがにこんな人目に着くところで拗ねたりはしてないかな。

 

「んん? なんだ、訓練の様子を見に来たのか?」

「あ、おっちゃん」

 

 訓練を見守ってたおっちゃんことゴドウィン将軍がウチらに声をかけてきた。

 

「ノワ見なかった? あいつ拗ねちゃって、今ウチとルージュ姉で探してるところなんや」

「黒猫ぉ? いや、見ていないが……」

「うーん……中庭は外れかな……」

「あれー? ジョー、どうかしたの?」

 

 よく聞くゆるーい口調の声が聞こえてくる。この声は……。

 

「ベル! なんや、お前はここにいたんか」

「一応デスクワーク終わったし、体動かそうかなって思って。……何かあったの?」

「ああ、ノワが拗ねちゃって……」

「ええー!? またー?」

 

 ハァ、とベルがため息をついた。

 

「……仕方ない、私も手伝うわ」

「中庭にはいないみたいだし……いないんよね、おっちゃん?」

「知るか。見てないと言っただろうが」

「じゃあ中に戻りましょう。その後3人で手分けしましょうか」

 

 ルージュ姉の提案にウチとベルは頷き、再びヴァンネット城の中へと戻ることにした。

 

 

 

 

 

 私がガウ様、ノワ、ジョーと初めて会ったのは私が留学生としてここに来たときだったから……もう何年前かしら?

 そのときはもうノワは結構喋るようになってて……ああ、でもやっぱり今よりは口数少なかったかな。ジョーの話だと彼女が初めて会ったときは今ほどは喋らなかった、って言ってたっけ。

 でも昔より減ったとは言っても、それからもガウ様とケンカをすることは結構あったし、私達とも……あ、でも私達とはノワが一方的に拗ねちゃう方が多かったかな。ともかくガウ様とノワは幼馴染ってこともあって言いたいことを言い合える仲だから、逆にお互い言いすぎちゃうこともあるみたい。だけどお互いがお互いを思ってるからそうやって言い合えるのよね。

 

 ジョーから聞いたら今回のも互いのことを思い合った結果ぶつかっちゃった、ってことみたいだし。……まあジョーは「ガウ様が女心をわかろうとしないからいけないんや」っても言ってたけど。

 とにかく、こうなるとノワはどこかで1人で拗ねてることが多いわけで。ジョーが私達の部屋と中庭は探した、ってところで手分けしようということで私は前庭の方に来てみたけれど……。

 

 今日は本当にいい天気ね。ここでぽかぽかひなたぼっこしたいぐらい。……っていけない、ノワを探さないといけないんだった。だけどこれだけいいお天気ならノワもこの辺にいるかも。

 

「ノワー? いないー?」

 

 うーん……いないかな……。でも植え込みの裏とか木の陰とかにいるかも。ちょっと探してみよう。

 

「ノワー?」

 

 木の陰には……いない。植え込みの裏も……いないかな。ここにはいないみたい。

 

「おや、ベール。何をしてるんだい?」

 

 と、その時不意にかけられた()()()に私は振り返る。

 

「あ、バナード将軍。将軍、ノワ見ませんでした?」

「ノワール? いや、見ていないな。……というか、私は今来たところなのでね」

「え? そうなんですか? 半日休?」

「ああ、急遽、ね。……実はナタリーが体調を崩したらしく熱を出してしまって……」

「あ、なるほど……」

 

 そうよねー。愛妻家のバナード将軍は奥様が寝込まれた、となったらそうなるわよね。

 

「今日は大した予定もなかったから休んで側にいる、と言ったのだが、風邪ならうつすと悪いし自分のせいで今日休ませるというのはどうしても気が引ける、と言われてしまってね。メイド達が付き添っていてくれるからと、こうして出てきたのさ」

「そうだったんですか」

「ノワールはまたガウル殿下とケンカでも?」

 

 むう、さすが切れ者将軍。鋭い。

 

「ええ、そうなんですよー。拗ねちゃってどこかに行っちゃったって。天気がいいからひなたぼっこかなーって思ったんですけど……」

「少なくとも、私が1人になりたいときはこんな人目につくような、しかも陽気で()()()()()()ようなこういう場所には来ないね。考え事をするなら、暗くて人目につきにくい、極端な話、部屋の隅辺りの方が落ち着くよ」

「へえー……。将軍でもそういう時があるんですか?」

「たまにはね。まあさすがに部屋の隅、は言い過ぎだけど、机に向かって書き物をして忘れるようにする時はあるさ」

「机に向かって書き物……」

「彼女は1人で抱え込むようなタイプだからね。そういう時私なら人目につかないところに行くんじゃないかと思うよ。それこそ……誰の目にも着かない書庫の中とか」

 

 書庫……そうだ! 確か以前ガウ様と結構大きなケンカしたとき、書庫の中の古い机に向かってたことがあったような……!

 

「……どうやら思い当たる節があったようだね」

「はいー! さすがバナード将軍です! 心当たりがある場所があるんで、行って来ますね!」

「ああ。無事見つかってガウル殿下と仲直りすることを祈ってるよ」

 

 失礼とは思いながらも将軍の声を背で聞いて私は城内へと駆け戻る。と、丁度食堂を探し終えたのだろう、ジョーの姿が見えた。

 

「ジョー!」

「お、ベル。見つかったか?」

「ううん。でも心当たりがある場所があるの」

「本当か!?」

「今バナード将軍とそこで会って……」

「え? 将軍がノワの場所知っとったのか?」

「いや、そうじゃなくて……」

「ベール、バナード将軍いらしたの?」

 

 ああん、もう、階段の上からルージュさん割り込まないでくださいよ!

 

「ええ、今そこに……」

「大変! 将軍に頼まれてたことがあったのよ。今日お休みって伺ったから後でいいと思っていたのだけど……。ごめんね、ジョーヌ、ベール。私そっちをすませないと……」

「いやいや、むしろ手伝ってくれてサンキューや、ルージュ姉。頑張ってな」

 

 「そっちもね!」と言い残してルージュさんは走って行ってしまった。

 

「しかし今日将軍休みの予定やったのか」

「奥様が熱を出されたそうよ。付き添っていたけど本人に自分のことはいいから行ってきてほしい、って言われたって」

「なるほど。互いに信頼しあってるんやな。ガウ様とノワもそんな風になれば……ってそうや! ノワの居場所に心当たりあるんやって!?」

「あ、そうよ! もう、ルージュさんに水刺されて忘れちゃうところだったわ。多分書庫よ」

「書庫? ……あ、そういえば以前……」

 

 ジョーも思い出したいみたい。表情が多分そうだ、という確信を持つものへと変わっていく。

 

「よし、行ってみよか」

「ええ」

 

 私達はヴァンネット城の書庫を目指して歩き出した。

 

 

 

 

 

「……ガウ様のバカ」

 

 もう何度この言葉を呟いただろう。でもいくら呟いても呟き足りない。

 「いつまでも親衛隊ってわけにはいかない」、「逸材を3人も俺1人が抱えるわけにはいかねえ」。……なんでガウ様はそんなことを言うの? 私はずっとガウ様と一緒にいたい。ガウ様だけじゃない、ジョーとベルと、ずっとジェノワーズとしてガウ様の親衛隊として付き添っていたい。なのに……。

 ……ううん、本当は私もわかってるんだ。こんな時はずっとは続かないって。ガウ様は次期領主だし、ジョーは今じゃ将軍に最も近い存在って言われてるし、ベルも独立した弓術師隊を新たに編成してそこの指揮を任せてもいいんじゃないかって話も持ち上がってきたし……。私のほうもいろんなところから声がかかってる。リコとも仲がいいから学術研究員に、って声や、今度新たに諜報部隊を設立するかもしれないから是非部隊の隊長に、って声とか……。

 でも……今ガウ様や皆と一緒にいられる時間を……限られてる時間を、「いずれなくなる」ってはっきりガウ様の口から言われたみたいで……すごく嫌だった。……私の()()()()()は叶わないってわかってる。わかってるから、だからジェノワーズとして一緒にいたいって思ってるのに……。

 

「……ガウ様のバカ」

 

 もう1度呟いてみる。でも、それでも何も変わらないという事もわかってる。

 抱えていた両膝を離して床にかかとをつける。そのまま前のめりに、机に肘を着けて頬杖を着いた。

 

 ……ああ、やっぱりこの机は私にぴったりだな、って思う。でも、前より少し窮屈になったかな……。私も成長してるってことかな。

 ……そうだよね。変わっていかない人なんていないんだよね。わかってた。わかってたけど、認めたくなかった……。ずっと今のままでいたいのに……。

 ……ガウ様、怒ってるかな。怒ってるよね……。一方的に飛び出してきちゃったんだもん……。どんな顔をして謝りに行こう……。

 

「……ハァ」

 

 やっとガウ様への文句以外の言葉が出たと思ったらため息か……。私何してるんだろう……。

 

「ノワ」

 

 そんな私の耳によく聞き馴染みのある声が入ってきて、反射的にそっちを振り向く。

 

「ジョー……ベル……」

 

 多分2人はあの後ずっと私を探してくれていたのだろう。すぐ拗ねちゃうのは私の悪い癖だとわかっていてもどうしても直せない。そうなると私を探しに来てくれるのはいつもこの2人だった。

 

「なんや、こんな暗いところで1人で頬杖なんてついて。いつもはもっと見つかりやすいところにいるのに、そんなに今日はご機嫌斜めか?」

「……いいじゃん、別に……」

 

 ……また言っちゃった。本当は謝りたいぐらいなのに……。

 

「もう、ジョー。そんな言い方したらまたノワが拗ねちゃうじゃないの。……ノワ、前もここにいたわよね。その机、気に入ってるの?」

「……うん。私に丁度合うから。書き物する時とか、ぴったりですごくしっくり来るの」

「へえ……。机なんてどれも一緒ちゃうんか?」

「ジョー、あなたそれでよくガウ様に『もっと女心をわかったほうがいい』なんて言えるわね? 同じように見える武器でも癖が違うように、机にだって個性というか、僅かな違いがあるのよ。……そうよね、ノワ?」

 

 ……いつもはドジばっかりなベルがなんだか今日は頼もしい先生みたい。

 

「うん、そう。……でもこの机も少し窮屈になってきちゃった。私が成長してるってことなんだよね。……だから変わらないことなんてないってわかってはいるんだけど……」

「ノワ……」

「……ううん、大丈夫。ちょっと頭冷やして落ち着いたから。……いつも私が勝手に拗ねたりして、2人にも迷惑かけてごめんね」

「何今更そんな水臭いこと言ってるんや!」

「そうですよ。気にしないで。……だって私達は」

「ガウ様直属親衛隊!」

「ジェノワーズ! ……ですから」

 

 ……ありがとう、ジョー、ベル。

 

 うん、そうだ。今の私はジェノワーズのセンターなんだ。いつか、もしかしたら3人とも別々な配属になるかもしれない。でも今はジェノワーズで、それでいいんだ。

 

「お、笑えるようになったやないか」

 

 ジョーに言われて初めて気がついた。無意識に私は笑っていたみたい。

 

「さ、ガウ様のところに行きましょう」

「うん」

 

 しっくりくる机と椅子から立ち上がり、書庫を後にする。そのままさっき走ってきた道を戻る形で会議室へ。でも、書庫を出たときは軽かった足がなんだかちょっと重い気がする……。

 

「ほら、ノワ」

 

 とうとう扉の前で足を止めてしまった私にジョーが入るように促してくる。一旦深呼吸してドアを開けた。

 部屋の中で机の上の書類と向かい合っていたガウ様は1度私のほうを見たけど、すぐ書類の方へ目を戻してしまった。

 

「ガウ様……」

「どこ行ってたんだよ?」

 

 その質問には答えず、ずっと心の中で練習してた3文字を、私は勇気を出して口にした。

 

「……ごめん」

「悪いと思ってんなら、ほれ、さっき放り出していったお前の担当分だ。確認しといてくれ」

「うん……」

 

 そう言って書類を受け取ろうとしたんだけど、ガウ様が書類を掴む指を離さない。

 

「ガウ様……?」

「……俺の方こそ悪かった。お前の気持ちも考えないで軽はずみなこと言っちまって。お前のことを思っていったつもりだったんだが……逆効果だったな」

「ううん。ガウ様の言いたいことはわかってたはずなのに……ごめん」

 

 今度は自然にその言葉が出てきた。

 

「……よっしゃ! 2人とも仲直りしたところで、パパーッと片付けようで!」

「そうですね。私達も手伝えることがあったら手伝います」

「お、そうか。悪いな、ジョー、ベル」

「ええてええて。ウチらの仲やし」

「じゃあこいつとこいつを……」

「失礼します。ノワが戻ってきたって聞いたけど……あら」

 

 私達が残りの仕事を片付けようかという時に部屋に入ってきたのはルージュだった。

 

「あ、ルージュ姉。将軍のなんかがとか言ってたと思うけど、もういいんか?」

「ええ。大丈夫。それよりノワが見つかって、ガウ様と仲直りもできたみたいでよかったわ」

「ルージュも2人を手伝ってくれたの?」

「丁度手が空いていたからね」

「そっか……。ごめんね」

「いいのよ。……あ、そうそう。お茶を持ってきたのよ」

「お! さすがルージュ。気が利くじゃねえか」

 

 ルージュがお茶をカップに注ぎ、私達の前に置いていってくれる。

 

「じゃあ皆頑張ってね。……ガウ様もノワとのケンカはほどほどにしてくださいね」

「うるせえ、やりたくてやったわけじゃねえんだ、わかってるよ」

 

 ニコッとメイドスマイルを浮かべて、ルージュは部屋を出て行った。

 

「……よっしゃ! お茶飲みながらラストスパートだ! さっさと終わらせちまおうぜ!」

「「おー!」」

 

 ガウ様の言葉に私達が手を突き上げて答える。

 

 ……こうやって4人でいるのはもしかしたらずっとは続かないかもしれない。でも、今は、せめてもうしばらくはこうやって4人でいたい。私の()()()()ガウ様と、大切なジェノワーズの両翼であるジョーとベルと一緒に――。

 

 




「ジェノワーズ」とは本来の意味ではスポンジケーキのこと。
3人をそのケーキの層に見立て、ガウルも入れて4層、というのがタイトルの由来。
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