DOG DAYS DUAL-BRAVER   作:天木武

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11月、都内某所にて(地球組)

 

 

 冬の気配が街を包み込み始めていた。今は11月の第4土曜日。12月を間近に控え、肌寒い空気を感じる。寒いのは嫌いだ。暑い方がまだいい。

 2週間前は薄手のジャケットで出歩けたのに、それからめっきり冷え込んだこの気候を呪わずにはいられない。仕方なく、そのジャケットを着て出歩いた2週間前に()()()()で引っ張り出した()()()()()のダウンジャケットを着込み、俺は電車に揺られていた。向かう先は都内。最寄駅から小一時間で着く。

 と、ポケットに入れていた携帯が震えた。取り出して開く。送信主の「シンク・イズミ」の名を見てなんとなく内容が予想できて苦笑を浮かべた。

 

『ソウヤ、今どの辺? こっちはベッキーとナナミともうすぐ着くところ』

 

 やっぱり思った通り。本当にわかりやすい奴だ。返信ボタンを押して文字を打つ。

 

『あと数駅で着く。着いたら前に言ったとおり西口の改札前で待ってるぞ』

 

 送信して携帯を閉じる。しばらくしてまた携帯が震えた。そうなるだろうと思って今度は手に持ったままにしてあった。

 

『了解、楽しみにしてるよ!』

 

 まあ楽しみなのは俺も楽しみなんだが……。如何せん寒い。今も停車駅でドアが開いて入ってきた寒気に思わず眉をしかめてしまった。

 

 今日はシンクと遊ぶ約束をした日だった。なんでもあいつの幼馴染でイギリス在住のナナミが丁度日本に来てるらしい。さらに都合のいいことに祝日、土曜、日曜の3連休、今日はその中日だし予定も合ったということでこの日になったのだった。

 実はフロニャルドで初めて出会い、戻ってきてからの約4ヶ月間、こっちであいつとはまだ1度も顔を合わせてはいない。携帯でメールやら、時折電話やらはしたのだが、互いにうまくスケジュールが噛み合わず、結局ここの連休までうまく日程を取れずにいた。まあ住んでる場所も遠いってのもあったが。

 

 電車が止まる。目的の駅だ。ドアが開いての寒気に再び俺は眉をしかめてダウンジャケットの中へ亀のように首を縮め、襟首に顔をうずめる。うずめてから気づいた。このダウンジャケットは2週間前、()()()が着た物だった、と。

 なんだか後ろめたいような、背徳感のような、そんな感情を覚えて三度眉をしかめて俺はホームの階段を下る。待ち合わせたのは大型駅だ、ホームから降りる人も改札へ向かう人も多い。その人の波に乗って改札を通過し、辺りを見渡す。

 どうやらシンクはまだ来てないらしい。改札が見え、かつ人が少ない場所を見つけてそこの壁に寄りかかりつつ、俺はシンクを待った。

 が、姿を目視するより先に携帯が震える。メールが着信していた。

 

『着いたよ! 今改札前にいるよ』

 

 もう1度辺りを見渡す。だがやはり姿は見えない。仕方ない、と俺は電話帳を開いてあいつの番号を探し出して通話ボタンを押した。

 数度の呼び出し音の後で電話が繋がる。

 

「……もしもし?」

『あ、もしもしソウヤ? 今どこ?』

「こっちのセリフだ。俺は改札前にいるぞ。お前間違えたんじゃないか?」

『ええ!? 西口でしょ? ここ西口って書いてあるし……ベッキーもナナミもここが西口だって言ってるから間違いないよ。ソウヤこそ間違えたんじゃない?』

「俺だって改札出るときに確認したんだぞ。確かに西口って……」

 

 言いながら周りを見渡す。そして思わず「あ」と言葉をこぼした。確かにここは西口と書いてあった。ただし、その前に「中央」と着いていて「中央西口」と書いてあったが。

 

「……中央西口じゃないよな?」

『ただの西口。やっぱりソウヤが間違えてたんじゃん』

「……俺にだって間違えることぐらいある。多分そんなに距離はないはずだ、すぐ行く」

 

 電話を切って構内の案内図を見る。「現在地」と書いてある場所は確かに「中央西口」と書いてあった。そこから北に少し進めば「西口」と書いてある。紛らわしい……。

 ともあれ地図の通り歩き出す。券売機を通過し、今度こそ本当の「西口」と書いてある改札を発見した。そして改札から少し離れたところ、見たことのある金髪が()()()()でこっちに手を振っている。これだけ人が多いと少し恥ずかしいからやめてほしい。

 

「ソウヤ! 久しぶり!」

「ようシンク。場所間違えちまった、悪い」

「いいって。でも完璧超人のソウヤが待ち合わせ場所間違えるなんて……」

「……その言い方、どっかのやんちゃ坊主みたいなんだが」

 

 4ヶ月前に似た様な事を言われたのを思い出した。なぜか俺はなんでも出来る、と思われていることが多い。……まあ比較的なんでもやる、とは自分でも思ってるが、器用貧乏だと思っている。

 

「あ、それより2人を紹介するよ。僕と一緒に紀乃川のインターナショナルスクールに通ってる幼馴染のベッキー」

「えっと……レベッカ・アンダーソンです。皆ベッキーって呼んでるから、よかったらそう呼んでください」

「こっちはイギリスに住んでる、幼馴染でライバルで師匠のナナミ」

「ナナミ・タカツキだよ、よろしく!」

 

 茶色の髪をいわゆるツインテールにまとめているのがベッキー、黒髪で見るからにスポーティなのがナナミ。シンクから話だけは聞いていたが、イメージと違う。特にベッキーが日本在住、一方のナナミがイギリス在住という()()()()な感じが余計にイメージとのギャップを強めているのだろう。

 

「ソウヤ・ハヤマです、よろしく」

 

 とりあえず俺も挨拶しておく。多分俺についてはシンクがあれこれ説明してるだろうから省くことにした。

 

「へえー。シンクから話だけは聞いてたけど……。ちょっと意外かな」

 

 どうやらこのナナミという女性は思ったことをストレートに口にするタイプらしい。

 

「……何が?」

 

 確かシンクから高2と聞いていた。今の俺は高1、基本年上には敬語を使うのが俺の信条でもあったが、多分このタイプは「普通に話してよ」と言ってくることが多い。だから俺は最初から普通に話すことにした。

 

「あ、気を悪くしたらゴメンね。いやさ、シンクの友達っていうと()()()()()()()鹿()ってわけじゃないけど、もっとこうスポーツに命捧げてます、みたいな人が多いのかなーと勝手に思ってたから……」

「ナナミ、前に言ったと思うけどソウヤは今年の……インターハイだっけ? 高校生の弓道の大会で全国1位になった生粋のスポーツマンだよ? 他にも中学時代は空手や剣道で全国常連だったとか……。今も格闘技習ってるんだっけ?」

「……一応な」

「わお、そりゃすごいや。失礼しました」

 

 なんだかあの()鹿()()()の女版みたいな人だ。こりゃシンクと馬が合うだろう。

 

「ナナミさんはシンクの師匠なんだっけ?」

「あー『さん』はつけなくていいよ、ソウヤ君。別にあたしはデコスケ野郎とか怒らないからさ」

 

 やっぱり思った通りのタイプだった。

 

「なら俺にも『君』はつけなくていいよ、ナナミ」

「了解、ソウヤ。……で、あたしがシンクの師匠か、って質問だっけ? イエスだよ。棒術を教えたのもあたし」

「なるほどね」

「2人とも立ち話も何だしさ、また後でゆっくり話すことにして、とりあえずここ動かない?」

 

 俺とナナミの会話にシンクが割って入ってきた。

 

「だな」

 

 一先ずシンクの提案に同意して歩き出す。確かにこんな人の多いところにいつまでも突っ立ってるのは通行人にも迷惑かもしれないし、待ち合わせをしてる人から場所を奪ってることにもなる。

 

「で、動くのはいいがどこに行くんだ?」

「えーっと……」

 

 悩むシンクを横目に「はいはい!」とナナミが手を上げている。

 

「まずは女の子2人の買い物タイムから!」

「ええー!? ベッキーもナナミも買い物の時間長いから……」

「ちょっとシンク、それひどい言い方じゃない?」

 

 ベッキーが口を尖らせながらそう反論する。

 

「シンク、女性の買い物は長いって相場が決まってるんだ。文句を言うもんじゃないぞ」

「……ソウヤ、それ自分で墓穴掘ってない?」

「まったくシンクもソウヤもデリカシーって物がないよね」

「……それを言えるとしたらこの中じゃナナミじゃなくてベッキーが適役だと思うんだが」

「ええ!? 何それ!? ……まあいいわ。デリカシーのない男2人は荷物持ちね!」

 

 ……ダメだ、ナナミに完全にペースを握られてる。仕方ない、ここはおとなしく従っておくが吉というものだろう。

 

「……わかったよ」

「え、ソウヤ、いいの?」

「仕方ないだろ」

 

 聞いてきたシンクも別に嫌ではなかったようだ。「ま、いっか」と納得したらしい。

 

「よーし、じゃあデパート行こう! ベッキーに似合う可愛い服さがしてあげるんだー!」

「あ、あたし?」

「自分じゃないのか?」

「あたしが着たってつまんないじゃん。やっぱ着て映える人が着ないとね!」

 

 ナナミはノリノリだし、ベッキーの方もどうもまんざらじゃないようだ。

 

「じゃあそれで行こうか。ソウヤはそれでいい?」

「元々そっちに今日の予定は全部投げたんだ、任せるよ」

「けってーい! じゃあ早く行こ行こ!」

「ナ、ナナミ……そんな引っ張らないで……」

 

 言うが早いかナナミはベッキーの腕を引っ張り駆け出していた。やれやれと俺とシンクは互いの顔を見合わせてそれに続く。

 なんだかんだ、結局勇者とか言われてるこの2人はフロニャルドじゃなくても女の子に振り回されっぱなしなのかもな、とも思ったのだった。

 

 

 

 

 

 このフロアについてから早くも1時間は経とうとしている。女の子向けのファッショショップに入っていった2人……というかナナミは、ベッキーにいろんな服を試着させては「ねえねえシンク、ソウヤ、これとかどう?」ってな具合で俺たちに意見を求めてきた。

 男の感覚からいうと「今のでもさっきのでも、その前のでもなんでもいいじゃねえか」というものなのだが、そんなことを言った日には「女心をわかってない」と怒られそうなので俺は黙っていた。シンクももう慣れっこなのだろう、作った愛想笑いを浮かべてナナミが満足するのを待つつもりらしい。

 だったら、と俺は「何着かに絞れたら呼んでくれないか、シンクと2人で話したいこともあるし、あそこで座ってる」とうまいこと言ってなんとか椅子へと逃げることに成功した。シンクも大きくため息をこぼして椅子に腰掛ける。

 

「あの2人、いつもあんななのか?」

「まあね……。ナナミは可愛い女の子が好きだし、ベッキーもベッキーでおしゃれさんだから結構乗り気になっちゃって、こんな具合にいつも時間かかるんだよね」

「女の買い物は時間がかかるもんだと言ったのは俺だが……。本当にかかるもんだな」

 

 まあでも別にいい。こいつと久しぶりに顔を合わせて、出来れば2人で話した方がいいようなことはたくさんあるからな。

 

「女の子の買い物っていえば……。2週間前、レオ様がこっちの世界に来たって話、本当なの?」

「俺の電話越しにあの人の声を聞いたろ?」

「いや、まあそうなんだけど……。どうも信じられなくて……」

「だろうな。俺だって今思うとあの人連れて歩き回ったとか嘘じゃねえかと思えてくる」

 

 ほんと、よくばれなかったもんだ……。

 

「どこに行ったの? あ、どんなデートしたの、のほうがいいか」

「……おい、お前この手の話に鈍いんじゃなかったのか」

 

 確かにこいつに「俺はレオ様と肩を並べるにふさわしい人間か」と聞いたことはある。だから仲が良い、とは思っていただろうが、こいつがその話だけで「デート」なんて単語に結び付けるのはやや無理があると思う。どうしようもなく鈍いしな。おそらく誰かから聞いた、という線だろう。

 

「前も言ったと思うけど僕そんなに鈍いかな……」

 

 どの口が言う、どの口が。もう1回ビスコッティに呼び出されたときに姫様や親衛隊長の前で同じこと言ってみろ、どうなるか知れたもんじゃねえぞ。

 

「姫様とメールのやり取りしてた時にさ……」

「……ちょっと待て、思い出した。お前俺にフロニャルドと連絡取れることをなぜ教えなかった?」

「え? いや、てっきり知ってるものだとばかり……」

「……まあお前の場合使いの犬を通して最初手紙のやり取りしてたんだっけ? だからってのはあったんだろうし。今となっちゃ別にもういいから、一応言うだけは言っておこうと思っただけなんだがな。

 ……で、なんだっけ、なんで俺とレオ様の関係を知ってるか、だ。鈍いお前じゃ他からの情報がなくちゃ気づかないだろうと思ってたが、やっぱり姫様が出所なんだな?」

「うん、そう。姫様がリコから聞いたって言ってたよ」

 

 ということは……。おそらくそのリコッタは親友のノワールから聞いた、でノワールはジェノワーズだから……。やはりあの()()()()が全ての諸悪の根源ってわけだ。おそらくもうガレットはおろか、ビスコッティにも広まっているだろう。次に顔を合わせたときはどうしてくれようか……。

 

「別に大したことはしてない。観光ってことでちょっと東京タワーまで連れて行って、ハンバーガーショップで昼飯食って、その辺ブラブラして帰ってきただけだ。ああ、帰ってきてから俺の手料理食わせてテレビ見せたか。そんなぐらいだ」

「そんなぐらい、って……。よく異世界人だってばれなかったね」

「ニット帽被せて耳隠して、尻尾はジーンズ履かせて出さないように頼んだ。まあ帰ってきてから尻尾が蒸れたとか相当ご機嫌ななめだったがな」

「ああ……。なるほど……」

 

 何かを考えながらシンクが苦笑する。この辺はフロニャルドに行って来た人間だから出来る想像だろう。

 

「で、レオ様はこの世界を観光してどうだって?」

「目に入るもの全てに驚いてるようだった。フロニャルドにはビルも電車もないからな。東京タワーも気に入ったようだった。食べ物も、ハンバーガーも俺が作った肉じゃがもうまいって言ってくれたしな」

「肉じゃが……。ソウヤ、料理できたの?」

「体は資本だから栄養のあるもの食えと言って来たのはお前だろ。だから時間があるときは作るようにしたんだよ。味付けはめんつゆで基本的にできるからな」

「へえ……。さすが完璧超人」

「だからその呼び方はやめろ」

 

 事実、最初に肉じゃがを作った時は煮込み時間が足りなくてじゃがいもが固く、さらに目分量で入れためんつゆが明らかに過量でかなりしょっぱい作りになった。一応失敗したからあの程度になったわけで、完璧超人なんてものからは程遠い、と俺自身は思っている。

 そんな俺の気など知らない様子で、シンクは遠いものを見るように中空に視線をさまよわせた。

 

「そっかあ……。そんな話聞いちゃったら、僕も姫様やエクレやリコにこの世界を案内してあげたくなってきたなあ……」

「レオ様も言ったと思うが、やめておいた方が無難だ。はしゃぎまわる姿と、見るもの全てに驚いて挙動不審そうに辺りを眺め回す姿と、逆に好奇心をくすぐる物ばかりでなんにでも飛びつく姿の3人が容易に想像できる」

「えーっと……。ああ、確かにそうなるかも……」

 

 再び考えながらシンクは苦笑した。

 

「それより、俺たちにとっちゃ召喚方式が簡略化されたってことの方が重要だろ。これで極端な話、いつでもフロニャルドに行けていつでも戻ってこれるわけだからな」

「発見したっていうリコを疑うわけじゃないけど、それ本当に大丈夫なの? だって僕が初めて召喚された時は地球に戻れない、から始まって、見つかったと思ったらフロニャルドに2度と戻って来れないし記憶も失う、って話だったのに……。信じたくてもどうしても信じられないんだけど……」

「それは大丈夫だ」

「何でそう言いきれるの?」

 

 俺は得意気に小さく笑う。ああ、鏡で見てないからわからんが、おそらくこれが世間でいう()()()って奴なんだろう。

 

「なぜなら2週間前の日曜日、俺は()()()でフロニャルドに行って来たからだ」

「え……ええーっ!?」

 

 シンクが思わず立ち上がる。近くを歩いていた人たちが何事かと一旦足を止めた。その様子に気づいたシンクは困ったように手を後頭部に回して周りに頭を下げる。

 いちいちリアクションの大きい奴だ……。いや、でも同じことを聞かされたら俺もこんなリアクションを取ってしまうかもしれないが。

 

「……それどういうこと!?」

「正確にはレオ様の帰還に巻き込まれたんだ。どうやらあの人は俺の部屋にこっちと向こうを繋ぐゲートか何か……。いや、これは俺が読んでる小説の話だったか? とにかく、俺の部屋の中から向こうに帰るわけだったんだが、部屋の中なんで靴は脱いでいた。で、それを忘れそうになったから俺が取りに行って渡した……と思ったら、次の瞬間にはフロニャルドの上空にいたんだよ」

「巻き込まれたって……それ結構一大事だと思うんだけど……」

「俺もそう思ってたんだが……レオ様が『どうせいつでも帰れるだろ』みたいな感じで言うからな。結局軽く顔だけ出して、夕飯ごちそうになって帰ってきた」

「なんか……話だけ聞くと隣町の親戚の家にちょっと行ってきた、って感覚だよね……」

 

 どうやらシンクは信じられないらしい。まあそうだろう、俺もやはり信じられないところがある。

 

「だけど……これでフロニャルドとの距離は一気に縮まった、ってことでいいんだよね?」

「だろうな。だが俺たちも一応学業が本分だからな。平日行くわけにもいかないし、今後を考えると次は冬休みか?」

「そうなるね。短い期間になるからベッキーとナナミは春休みに連れて行こうかなって思ってるんだ」

「というか……本当に連れて行くのか、あの2人?」

「まずい?」

 

 なんで、と言いたそうにシンクがこちらを見つめる。

 

「やめろ、と頭ごなしには言わないが……。フロニャルドのこと、どこまで話してるんだ?」

「全然。思いっきり体を動かせる場所が見つかった、ってぐらい」

「俺のことはどう説明したんだ?」

「そこでたまたま知り合って仲がよくなった、って」

「……よくそれで通じてるな。普通もっと突っ込んで質問してくるもんだろ?」

「そうかな……。ベッキーもナナミも特にそれ以上突っ込んだ質問してこなかったから……」

 

 ここで俺は少しわかってきた。多分あの2人はシンクに対して格別の信頼をおいているのだろう。それはおそらくシンクから2人に対しても、だ。そのシンクが2人を連れて行っても大丈夫、と判断してるなら、俺が口を出すことではないのかもしれない。

 だが、それでも気にかかる部分はある。

 

「2人とも一般人だろ? 呼び出されて『あなたは勇者です、この国を救ってください』なんて可愛い女の子に言われて、思いっきり体を動かせそうだなんて理由であっさり適応したお前はさておき……」

「……そう言ってるソウヤだってすぐ適応してたんでしょ?」

「俺の場合その手の小説を多く読んでる。そういう世界で暴れてみたいと思ったことは数え切れないほどあった。だから比較的簡単に受け入れられた。……だが、自分で言うのもなんだが、俺たちは特例だと思うぞ。異世界なんて本来ありえない世界に連れて行かれたらパニック起こすなんてことにもなりかねない」

「そうかなあ……。ベッキーはソウヤと一緒でファンタジー小説大好きだし、ナナミも楽しそうな場所ならそんな細かいことは気にしなさそうだし……」

「……細かいことで済むのかよ、あの姉ちゃん」

 

 いや、でも会ってからまだ少しの時間しか話してないが、今までのことから考えると笑いながらそう言いそうで怖い。

 

「だから僕は2人については心配してないよ。きっと受け入れられると思ってる。あとは姫様や皆の了解を一応取ってから、っては思ってたけどね」

「……わかった。その件で俺が口を出す必要はなさそうだな。お前に任せる」

 

 結局そういうことでまとまる。俺が心配しすぎなだけだろう。「元の世界の人間と異世界人との間で軋轢(あつれき)が生まれる」なんて小説を読んだせいだ。あくまでそれは多数の人間を呼び出した場合に起きる現象、俺とシンクに加えてあと2人呼んだところでなんてことはない話だろう。

 もっとも、ベッキーはわからないがナナミはシンクと同等、あるいはそれ以上の身体能力を持ってると聞く。だとするとこんな化け物がもう1人加わるとなるから……ビスコッティ側で呼び出されたらガレットとしては結構しんどいことになるだろう。戦力調整で自由騎士殿には空気を読んでもらう必要とかも出てきそうだ。

 

「……そういや思い出した」

 

 ナナミの身体能力がシンクと同等かそれ以上、で思い出したことだった。

 

「お前、今年はナナミに勝って()()()()んだっけな」

「アイアンアスレチックのこと? ……まあね」

「テレビで見てた。最後はほとんどタッチ差だったが……勝ててよかったな」

「ありがと……って、メール送ってくれたんだっけ。去年悔しい思いをしたから、今年は絶対勝ちたかったんだ」

「フロニャルドの経験が生きた、ってか?」

「かもね。紋章術は使えなかったけど」

 

 それが使えるなら俺だって大会に出れる。そう一瞬思ったが、こいつとは元の身体能力が異なる。紋章術でカバーしたところで最後はガス欠になるのが関の山だろう。

 しかし、もしこれでナナミも紋章術を使えたらどうなる? さっきの話だが、要はアイアンアスレチックの1位と2位が紋章術というブーストつきでフロニャルドに現れることになる。……戦好きのあの人に言ったら「手応えのある奴が増えた」とか言い出して小躍りしそうな話だ。

 

「シンク! ソウヤ! やっと絞れた! ちょっと来てー!」

 

 と、俺が考えをめぐらせていた当の本人からお呼びがかかった。ベッキーの服がようやく絞り込めたらしい。

 

「……ま、つまるところフロニャルド関連で今特に心配するべきことなんてないってことか」

「そういうことだよね」

 

 元々悩みなんてなさそうな声でシンクがそう答えて立ち上がった。

 こいつの能天気さともいえる性格が少し羨ましくも感じる。これだけ悩みがないような、真っ直ぐな目で()()()()フロニャルドを見つめることが出来ていたら、今頃どんな思いになっていたのだろうか。

 

 ……いや、考える必要もないか。

 経過はどうあれ、今の俺はこいつ同様フロニャルドを愛してるわけだ。だったらそれでいいだろう。

 

 シンクに続いて俺も立ち上がりつつ、だが絞り込んだとはいえこれからあと30分はかかるだろうなと悲観的な予想を立てて、俺たちを呼ぶナナミの元へ足を進めた。

 

 

 

 

 

 結論から言うと30分なんて俺の見立ては甘いと言わざるを得なかった。俺の感覚だと「絞った」と言ったら2着か3着辺りだと思っていたが、どうやらあの姉ちゃんの感覚は俺とずれてるらしい。

 ナナミは10着近くある服からどれにするかを迷っている状態だった。そんなに残ってるのは絞るとは言わねえだろ、と突っ込みたかった。そこからなんだかんだ3着まで絞り込み、我慢しきれなくなった俺が「全部買えばいいだろ」と口走ったところ、ナナミが半分出すということで3着お買い上げとなった。

 

 その後昼食。服で出費したからなるべく安くしようというナナミの提案でチェーンのイタリア料理のファミレスに入ることになった。

 だが言ってることとやってることが違うというのがこのナナミという女性の怖ろしいところだと俺は気づいたわけで。彼女はジョーヌもびっくりなほどの大食いで、俺の倍以上は平気で食べていた。安くすませるんじゃなかったのかよ、とこれまた思わず突っ込みたいところだったが、これだけフリーダムな彼女に何か言ったところでどうせ焼け石に水だろう。何も言わないことにした。

 

 満腹になった後でファミレスから外に出る。空は晴れ渡っているがやはり風が冷たい。

 

「それで、この後はどうするんだ?」

「いつものルート、腹ごなしもかねてバッティングセンター行くよ!」

「……バッティングセンター?」

「うん。ナナミと競争なんだ、どっちが多くホームランを出せるか!」

 

 ホームラン出るのは前提かよ、こいつら……。

 しかしバッティングセンターというのは少し興味がある。格闘技や武道をやってきた俺だが、実は球技はてんでダメである。だが何を隠そう野球だけは知識が豊富な自信がある。面白そうだ。

 

「ソウヤもやる?」

「お前ら2人に勝てる気はしないが、俺はこう見えて野球は好きだからな。やるぞ」

「よっし! じゃあ2位と3位が1位とベッキーにジュースおごりね!」

「やった、誰が勝ってもあたしはお得!」

「待て、ホームラン出るのが前提の勝負じゃ俺は勝ち目ねえぞ」

「そんなのやってみないとわかんないじゃーん! 1度参加表明をしたらもう逃げられないのだ!」

 

 来る者は拒まないが去る者は決して許されない。はめられた、俺がジュース1本おごるのはもはや確定的だった。

 

 

 

 

 

 バッティングセンターに着いた俺たちはそれぞれの打席とでも言うべきか、区切られたボックスに入る。と、いっても俺がいるボックスとあの2人のボックスは少し異なる。今俺がいるのは球速120キロのピッチングマシンがあるボックスだ。

 一方あいつらは150キロなどというありえない速度のマシンを選んだ。冗談じゃない、150キロなどバットに当てられる気さえしない。そもそも今の日本球界なら150キロなら打者に対する強力な武器となるレベルだろう。ここによくブレーキのかかるカーブ1つ持ってるだけでも怖ろしいピッチャーになりかねない。

 おまけにあそこは変化球がたまに来るらしい。150キロの高速スライダーなんて考えただけで寒気がする。シュートなんて来た日には問答無用で逃げる。150キロが自分に迫ってきたら逃げるしかないだろう。

 だが120キロならなんとかなると思う。120キロのストレートといえば高校球児レベル、プロならスローボールを得意とするピッチャーが投げることがあるらしいが基本はもっと速い、つまり基本的にアマのレベルだ。それにこっちはストレートのみ、それなら……。

 

 ……などと甘い考えだった。飛んでくる球に対して必死に俺はバットを振るが全然当たらねえ。当たったところでファールボール、前に転がったのは2球程度で、ホームランなんて夢のまた夢だった。

 ま、そりゃそうだろう。俺は野球が好きなのは事実だが、それはあくまで()()であって、ちゃんとした野球をやったことなんて()()()()()わけだし。

 

 球が飛んでくるのが止まった。1ゲーム終わりというわけだ。やはり頭でっかちじゃ実戦には通用しないか。もう1ゲーム、という気にもならず、俺はボックスを出る。

 出たところで景気よくスカーンスカーンと長打を連発してるあの2人が目に入った。……ありえねえ、150キロだぞ?

 

「あー惜しい、もうちょっと右だったのに!」

「じゃあ今のうちに僕がっ……! って、ちょっとつまっちゃった……」

 

 いや、シンク、お前の今のはつまったとは言わない。普通なら間違いなくセンターオーバーの2ベースヒット……いや、お前の足の速さなら3ベースまで狙える飛距離だ。

 あんな規格外の連中と競うなんて不可能に決まってる。紋章術を使わせてくれるなら多少は……。だがそれでもバットに当たらないんじゃ話にならねえか。

 結局勝ち目のなかった勝負だったと諦め、椅子に腰掛けて2人の様子を見守るベッキーの元に近づいた。

 

「2人はどんなだ?」

「あ、ソウヤ……さん」

「『さん』はいらない。あと敬語もやめてくれ。シンクもナナミも普通に話してくれてるからな」

「うん、じゃあ普通に……。ソウヤ、もういいの?」

 

 ため息をこぼして俺はベッキーの隣に腰掛ける。

 

「そもそもバットに当たらない。好きだとは言ったがあくまで見るのの話、やるの自体はほぼ初めてだ」

「え!? そうなの? ……じゃあ最初から勝ち目なかったんじゃ……」

「そういうことになる。……とはいえ、約束は約束だ。何がいい? 買ってくる」

「2人が言ってたジュースの話? いいわよ、元々2人が言い出したんだし」

「そう言うなよ。どうせ俺も何か飲みたかったところだ。何がいい?」

「じゃあお言葉に甘えて……ミルクティーお願い。ホットで」

「了解」

 

 1度下ろした腰を上げる。近くの自販まで行き、自分用にスポーツドリンク、ベッキー用にあたたかいミルクティーのボタンをそれぞれ押して商品を回収する。

 俺がベッキーの元に戻るまでの間も2人は快音を響かせていた。当たりは全てホームラン級、だが惜しくも「ホームラン」と書かれた看板にはまだ当たっていないようだ。

 そしてそれを真剣な――いや、どこか()()()でベッキーが見つめていることに気づいた。2人の勝負の行方が気になる、なんて雰囲気じゃない瞳。

 

「お待たせ」

 

 そのベッキーの視線を遮るようにミルクティーの缶を差し出す。

 

「あ……。ありがとう」

 

 ベッキーにミルクティーを手渡して俺も腰掛け、自分の缶のプルタブに指を掛けた。プシュッと中の空気が抜ける音と共に口が開き、中身を喉に流し込む。

 その間ベッキーは心ここにあらず、といった具合か、先ほどのように視線をさまよわせつつ、両手の平で缶を転がしながら2人の様子を見つめている。

 

 ……さて、どうするべきか。

 

 ()()()は大体どういうものかはわかる。レオ様、姫様、親衛隊長……。その辺りでああいう目は見てきた。自分では届かない何かに思い憧れるような、要するに()()()()()の瞳だろう。

 そんな目を見て、いつまでも吹っ切れない姿を見るに見かねて、以前はあの堅物親衛隊長に発破をかけてやったことはあった。そうしないと鈍いあいつは気づかないぞ、と。

 

 だがここで同じようにベッキーにけしかけるというのは……。それでいいのだろうか。違う相手なら喜んで応援するだろう。だがよりにもよって相手は同じ、あの()()()()()()なのだ。

 そこで俺がけしかけたとあれば……まるで場をかき回して喜んでいる奴みたいにも思える。言うなればシンクとエクレールの仲を見てニヤつくリコッタや()()()()()といったところか。いや、あの2人も純粋にエクレールの進展を応援してるだけかもしれないが。ともかくそれはどうなのだろうか。

 

「……あ、そういえばソウヤ」

 

 その問いに対する答えが出るより先にベッキーが俺に話しかけてきた。

 

「シンクから聞いたんだけど、ファンタジー小説好きなんだよね?」

 

 ひとまずさっきの答えは保留するとしよう。

 

「まあな」

「1番好きなのって何?」

「……『サモン・ヒーローズ・オペラ』」

 

 ジェノワーズの3人に1冊ずつ預けた全3巻の小説のタイトルを口にする。自分で言うのも何だが、これを好きだという人間は結構な()()()だろうと思う。王道な1巻の話をぶち壊す2巻は相当にアクが強く、多くの人が煙たがるからだ。いや、そもそも少し古いタイトルで、今更こんなのを知ってる方が少ないのではないか。そう思ったのが俺が一瞬ためらった理由だ。

 

「え!? 『サモヒロ』!? ……なかなかマニアックな線突いてくるのね」

「知ってるのか?」

「そりゃ勿論よ。いろんな意味で話題作だったもの。一応最後まで読んだわよ。もう1回読もうって気分にはならないけど……」

「2巻がダメなんだろ?」

「え……? なんでわかるの? そうよ、3巻はいいと思うけど、2巻がちょっと……」

 

 だろうな。1巻の「召喚された勇者が魔王を倒す」なんて王道展開から、人と人とが憎しみあい、自国の大臣や信頼していた人間にまで裏切られるあの2巻への落差はそうそう受け入れられるもんじゃない。

 

「あれがいいんだけどな……。だから3巻が映える」

「それはそう思うけど……。ファンタジーにしては夢が無さすぎるっていうか……」

「正確な評論だ」

 

 本当にそう思う。ファンタジー小説なんてものは夢と希望に溢れてなんぼ、とも思う。それが微塵も見当たらないのが2巻なわけだからな。

 

「そういうベッキーが1番好きなのは?」

「うーん……。『2ダース半の小さな騎士達』かな」

 

 王道だ。巷の人気タイトルの1つ。そのタイトルの通り2ダース半、つまり30人の中学生の1クラスが修学旅行に行く途中、まるまる異世界に召喚されて騎士になるという話だ。30人という大所帯でありながら、うまく1人1人の個性を立たせ、話によって主人公が変わっていくという点が評価されている。

 

「『2ダース半』か……。なんでだ?」

「話が面白いっていうのはあるけど……。それ以上にキャラが魅力かな」

 

 この小説、人気のイラストレーターを複数名据えて、美麗なイラストで登場人物30人を描いたということでも話題になっている。ネット上ではどのキャラ推しか、このイラストレーターのこのキャラがいいということで論議が白熱することもあるほどだ。

 

「ベッキーは誰が好きなんだ?」

「やっぱりわかってる人に言うとこの話になるわよね。そこがいいんだけど。あたしは……ヒロかな、出席番号7番の」

「ああ……」

 

 タイトルと一転、こっちはメジャーとは言いがたい。人の好きな小説を「マニアック」と評しておきながら、ベッキーの選んだお気に入りのキャラは人のことを言えないようなキャラだった。出席番号7番、河合弘美、作中での愛称はヒロ。部活動に所属しておらずに勉強もスポーツも特に出来るわけでもない地味なキャラだ。ただ、家事全般を得意としており、一応騎士でありながら城内の掃除や行軍時の炊き出しに精を出し、代わりに戦闘にはほとんど参加しないために出番は少ない。

 

「なんでだ? かなり地味なキャラだと思うんだが」

「うん。でもそこがいいというか……。大体先陣切って飛び込んでいくマサとか魔法で薙ぎ倒していくチーとかが、キャラデザインの絵師さんの人気と相俟ってメジャーどころだと思うんだけど……。でも、そんな中で普通なヒロがいいなって思うの」

「というと?」

「縁の下の力持ち、っていうのかな。見えないところで、きっと文で描かれてないところでも、ヒロはご飯作ったり怪我した兵士の治療に当たったり、そういうことしてるんじゃないかな、って思ったら……。なんだかそういうところが好きになってきちゃって……。他の人たちみたいに目立った活躍は出来なくても、それでも騎士なんだって、自分に出来ることを頑張る姿が好きなのよね」

 

 プシュッ、とベッキーがミルクティーの口を開ける。

 と、前方のボックスから「やったー!」という声が聞こえてくる。見ればシンクがホームランのボードに直撃させたらしい。

 

「すごーい! さすがシンク! ナナミも頑張って!」

 

 嬉しそうにベッキーが声を上げる。シンクは次来るボールを見逃さないよう、目は無効に向けたまま右手だけをバットから離して軽くこっちの声援に応えた。

 

「……ベッキー」

 

 そして俺は今彼女がシンクに声援を送ったときに心を決めた。さっき保留にしていた答えだ。シンクのことで喜んでいるときの彼女は自分のこと以上に嬉しそうに見えた。だったら……

 

「何?」

「……シンクのことをどう思ってるんだ?」

 

 後悔する彼女は見たくない。たとえあいつがベッキー以外の女性を選ぶとしても、ベッキーが今のままの関係を続けて自分の心を伝えないで後悔するなら伝えて後悔した方がいい。それが()()()()だ。……俺がフロニャルドで教えてもらったことだった。だから、俺は率直にその質問をぶつけた。

 

 予想外の質問だったのだろう。ベッキーは驚いた表情を浮かべた後、困ったように視線を手に持った缶の方へと落とす。

 

「どう、って……。別にあたしとシンクはただの幼馴染だから……」

「本当にそうか?」

「ほ、本当よ! 変な勘ぐりしないでよ!」

「それでいいっていうならまあこれ以上余計な口は出さないが。……でも『本当に』それでいいのか?」

 

 「本当に」の部分を強調する。茶化す目的だけじゃない、という意味をはっきりさせるためだ。どうやらベッキーは俺のその意図に気づいてくれたらしく、ムキになって反論した表情から少しずつ熱が引いていく。

 

「……そう。それでいいの」

 

 すっかり熱の引いた表情でベッキーはミルクティーを一口呷る。

 

「……シンク、あたしといるときより……ナナミとああやってるときとかアスレチック遊びしてる時のほうが楽しそうだし。あたしはナナミみたいに運動できるわけじゃないから、きっとシンクはあたしといるより思いっきり体を動かせる場所で大暴れしてる方が楽しいんだと思う。……前の春休みとこの間の夏休み、ちょっと連絡取りにくくなった後のシンク、なんだか変わったっていうか、前よりもっと体を動かすことに夢中になったっていうか……。だからそれは邪魔したくないし……。……あたしじゃそんなシンクに不釣合いじゃないかな、って思うから」

 

 ……くそっ。「不釣合い」とか、()()()()()()()()だ。

 

「だから……別にいいかな、しょうがないかな、って。その方が……きっとシンクのためだから。だから……いいの」

 

 俺がミルクティーを手渡した後同様、両手の平で缶を転がしながらベッキーはそう言った。

 

「……そうか」

 

 彼女なりの決心、そんなものを感じ取り、俺はそう返すだけにとどめた。

 目の前でシンクが特大の一発を放つ。その球はボードに吸い込まれ、どうやら今日2本目のホームランのようだ。

 が、ベッキーは今度は声援を送らずにぼーっとそのホームランバッターの後姿を眺めていただけだった。

 

「……ベッキー、野球は見るか?」

 

 でも……彼女が心を決めていようと、どうしても俺は1つだけ納得がいかない、いや、()()()()()()()()()部分がある。だから口を開いた。

 

「野球? お父さんがたまに見てるから、それで見ることはあるかな……」

「死んだ親父が昔こう言ってたんだ。『野球を面白くするのは4番バッターじゃない。2番バッターだ』ってな」

「2番バッター?」

「2番というのは器用さが問われる打順だ。打席が多く回るから出塁率や足の速さを重視する1番、長打力が求められる3、4、5番とは違う。1番をいかにホームに返しやすい状況を作り出せるか、後のクリーンアップが打ちやすい状況を作り出せるか、そして隙あらばいかにして自分も塁に出るか。それを求められるのが2番だ。そしてそんな2番で、さらにショートを守る選手が親父は大好きだった」

「ショート……」

「ピッチャー、キャッチャー以外の内野でショートは唯一数字でないポジション、日本名もまさに遊撃手。つまり他のどのポジションよりも技術が要求されるポジションだ。言うなれば2番ショートというのは技術に長ける選手の代名詞、といってもいい。

 しかし一般に見りゃ野球の華はホームランであり、息のつまるような投手戦でもある。2番ショートというのはどうしても日の目を見ることは少ない。だがそれでも親父は2番ショートが好きだったし、俺もそれが好きだ。なぜなら、華があるから勝てるとは限らないからだ。華を捨て、実を取ることが勝利に繋がることもある。俺はそう信じてる」

 

 ベッキーは何も返さず俺の方を見つめている。俺が意図していることをいまひとつ図りかねるのだろう。

 

「さて、話をまとめよう。今話した2番ショート、そしてベッキーが好きな『2ダース半』に出てくる出席番号7番のヒロ、どちらにも共通することがある」

「……目立たない、ってこと?」

「そうだな。一般的に見れば目立たないってことだ。……しかしチームの勝利、あるいは物語においては必要不可欠な存在だ。つまり華がなくても、目立つ特徴が無くても、引けを取らないってことだ。

 ベッキーはナナミのように体を動かしてシンクと一緒に過ごすことは出来ないかもしれない。でも、それが全てじゃない。ベッキーにはベッキーにしかない強みがあるじゃないか。だったら、華のある4番にならずに実のある2番になればいい、好きなヒロのようになればいい。今はまだ無理だというのなら、いつか成長してそうなればいい。……だから『不釣合い』なんて言うな」

 

 言い聞かせるように、勿論ベッキーにだが、半分は()()()言い聞かせるように、俺はそう言った。

 「不釣合い」と聞いた時、彼女に俺の影を重ねた。俺はあの人に不釣合いな存在かもしれない。だが、いつか肩を並べられる存在になりたい。だから今の話は俺が俺なりに考えての答えでもあった。「不釣合い」ということでベッキーが諦めてしまったのでは、なんだか俺の答えが否定されたように感じてしまったからだ。

 

「ソウヤは……優しいね」

「どうだかな。口は悪いと自認してる。まあ昔からの反動かもしれんが最近は余計な世話も焼くようになった。だがお節介焼きなら……」

「あたしの方が得意、かな」

 

 小さくベッキーが笑う。

 

「……ありがと。あたしなんかじゃ仕方ない、って思ってたけど……。そんなことないんだって思ってみる。だからあたしなりの答えが出せるように……シンクと一緒に過ごして考えてみる」

「それがいい。仕方ない、じゃなくて自分なりに本当に納得出来る答えを出すことだ。そうなるように、俺は祈ってるよ」

「うん……。頑張る」

 

 もう1度微笑んだベッキーに俺も笑顔を返す。よかった。少しは吹っ切れたようだった。

 

 と、そこで目の前のボックスが開いてナナミがため息をこぼしながら出てきた。

 

「ダーメだー! 今日は打てない!」

「0本か?」

「うーん、いい当たりは出てたんだけどね……。ボードには当たらなかったんだよね」

「じゃあ俺と引き分けか」

「引き分けって、ソウヤは随分早くここに来てあたしと話してたじゃない」

「そうそう。諦めよすぎ」

 

 なんだ、ナナミも俺には気づいてたのか。

 

「見るのは好きだが、知識だけじゃダメだな。バットに当たらない」

 

 などと俺が言っているうちにシンクの方から「やったー!」という声が聞こえてくる。これでホームラン3本目らしい。ぶっちぎりで優勝だ。

 そこで丁度今のゲームが終わったらしい。次のゲームに移行しようとしたところでこちらをチラッと見つめ、そして二度見して、シンクもボックスから出てくる。

 

「あれ? ナナミにソウヤ、もう終わり?」

「打てない」

「打てなーい」

 

 俺が言ったことを繰り返すようにナナミもふてくされ気味にそう言った。

 

「じゃあ1位は……僕でいいの?」

「そういうこと。ベッキーには俺がジュースを買ってきたからナナミはシンクに買って来てやってくれ」

「むう……。悔しいけど仕方ないか……。シンク、何がいい?」

「スポーツドリンク!」

 

 はいはい、とナナミが自販機へと向かっていく。

 

「そういえばソウヤとベッキー、すっかり仲良くなったみたいだね。何の話してたの?」

「え!? えーっと……」

「ファンタジー小説の話をな。さすが好きな人間と話すと話が合う」

「う、うん、そうなのよ」

 

 ベッキーが俺に目配せしてくる。感謝の意思を示しているのだろう。

 

「へえー。そういや2人とも好きだって言ってるもんね」

 

 そしてベッキーが少し()()()()ことに全く気づいてないらしい。さすがミスター鈍感だ。

 

 まあ出来るだけのアドバイス……いや、発破をかけたというべきか。とにかくあと俺に出来ることは見守ることだろう。最後に誰を選ぶのか……それはシンクのみぞ知るといったところか。まったくもってあいつは罪な男だ、と思い、俺は缶の中に残っていたスポーツドリンクを一気に飲み干した。

 

 

 

 

 

 バッティングセンターを出た俺達はゲームセンターへと足を伸ばす。本当はカラオケを間に挟むのがシンク達のいつものルートらしいのだが、俺は歌が苦手なのでそれだけは勘弁してもらった。むこうから提示された予定で唯一俺が変更を申し出た内容だった。元々歌がうまくないというのに加え、最近の歌手だとかアーティストだとか、そういうのを全くといっていいほど聞かない俺にとっちゃ苦痛以外の何物でもない。

 そうでなくても昼の短いこの季節では段々と日が傾いてくる頃だ。時間的にもそろそろお開き、となりそうだということで、駅へと戻る途中でゲームセンターに寄ったのだった。

 

 ここはベッキーの独壇場だった。クレーンゲームで欲しい物を見つけたかと思えば数回でその景品をかっさらい、リズムゲームをやったかと思えばハイスコアを叩き出し、シューティングゲームをやったかと思えば全ステージをあっさりクリアする。さっき俺に「自分は普通だ」みたいなことを言ったのはどこのどいつだと突っ込みたくなる。

 

 そうして可愛いマスコットキャラやらでっかいぬいぐるみやらいろいろ取ったベッキーは、最初にナナミが選んだ服と一緒に荷物を全部シンクに持たせている。幼馴染ゆえの特権だな。

 そのベッキーとシンクは前を歩いている。あとは駅に戻るだけ。今日の予定はこれで終わりだ。

 

「結局あたし達のいつものコースとあんまり変わらなかったけど……ソウヤはこれでよかったの?」

 

 自然と俺と一緒に歩くこととなったナナミが尋ねてくる。確かに俺がしたリクエストといえば「カラオケはやめてくれ」というだけだが、残念ながら俺は遊ぶ方法を詳しく知らない。なら知ってる人間に任せればいい、ということで結局全部投げてしまっていた。だがナナミとしては俺が何も希望を言わなかったから、と気にしているのだろう。

 

「ああ。楽しかった。そもそも人と出歩くことが少ないからな」

「そうなの? ベッキーともすぐ仲良くなったみたいだし、社交性ある方だと思ったけど」

「ない方だ。……いや、だった、になるのか。こんなひねくれ者で口の悪い俺なのに、あいつは友達になりたい、って言ってくれて……。だから俺は前よりは話せるようになったのかもな」

「ふうん……」

 

 両手を頭の後ろに組みつつ、ナナミはそう相槌を打った。

 

「……言いにくいことは言わなくてもいいんだけどさ」

 

 少し間があった後、ナナミはそう切り出した。

 

「ソウヤがシンクと出会った場所……()()()()()()ところでしょ?」

「え……」

 

 さっきシンクはベッキーとナナミにはフロニャルドのことは全然話していないといっていたはず。なのになぜナナミはそのことを……。

 

「あーやっぱりか。いや、いいよ。シンクは秘密にしておきたいみたいだし深く聞くつもりはないから。ただ、夏休みに会った時、なんだかちょっと変わったな、って思ってね。以前にも増して力強くなったっていうか、体だけじゃなくて心の方も成長したなって思ったからさ」

「それでなんで普通じゃない、という考えに至れる?」

「実を言うとシンクにとって心から喜んで体を動かせる場所なんてもうないのかもしれない、って思ってたの。そんなシンクが明らかに成長した、ってわかったわけだし、本人も『すっごく楽しいところ!』って言うし、普通じゃないんだろうな、っては思ってた」

 

 「すっごく楽しいところ」、か。やっぱりあいつは根っからのアスレチック馬鹿だ。楽しいことはとことん楽しむ、そんな天性のものがあるんだろう。

 

「……で、そこでソウヤ以外にもいろんな人と会ってるわけ?」

「まあ、そうなる」

「……女の子とも?」

 

 俺はナナミのほうを振り返る。おちゃらけた姉ちゃんかと思っていたが、カンはいいらしい。2人にとってよきお姉さん、というところなのだろう。

 

「……ああ」

「そっか」

「なぜそれがわかった? あいつの行動にそんな兆候があったか?」

「ううん、全然」

「じゃあなぜ……」

 

 前の方を向いていたナナミが視線を俺の方に向けると同時に俺をピッと指差す。

 

「ソウヤがベッキーと深刻そうに話してたから」

「俺が……?」

「そ。さっきバッティングセンターで何か話し込んでたでしょ。最初は同じ趣味についてかなーとか思ったけど、途中で様子を窺ったらなんだかやけに深刻そうだったから……。趣味以外で深刻になる2人の共通点といえば……シンクでしょ? そのシンクからベッキーに関係することって異性関係かなって。それでソウヤがベッキーの背中でも押してるのかなーって思っただけ」

 

 ……参った。カンが鋭い、なんてレベルじゃない。全部筒抜けだったわけか。

 

「……シンクと楽しそうにしてるベッキーを見たら……なんだか応援してやりたくなってな。でもそのライバルが多いってことを俺は知ってしまっている。一方でシンクは多分それは伝えてない……いや、あいつにとっちゃ()()()()対象じゃない、とか思ってるだろう。だからその()()()()()に参加するように、なるべく後悔しない選択をするように話をした」

「ふふーん、なるほど。やっぱそういう話だったか。いやあお姉さんその辺が気になっちゃってさー。もうバッティングどころの話じゃなかったのよ」

「じゃあもしかして今日全然打てなかったってのは……」

「そ、君のせい。2人が後ろで深刻そうに話してるからさ。まあ別にジュース1本だしどうでもいいんだけどね。……で、その対抗レース、かなりの混戦なの?」

「ああ。激戦が予想されるな。……ちなみにナナミ、この際だからはっきり言っておくと、俺の中じゃお前もエントリーしてることになってる」

「え、あたし!? ……あたしは除外しておいて。確かにシンクといると楽しいけど、恋愛対象、ってのとはちょっと違うから。あたしは2人のお姉さんとして見守っていく役割だと思ってるからさ」

 

 ナナミが小さく笑う。が、笑った後で不意にその笑顔が消えていく。

 

「……でもいつまでもお姉さん面してもいられなくなってきちゃった。この間のアイアンアスレチックでは負けちゃったし……。シンクは今成長盛りの男の子だから、もうちょっとしたらきっとあたしの手の届かないところに行っちゃうんだろうな……」

「そんなことはないだろう。春休みと夏休みのあいつの秘密特訓の成果じゃないか?」

「それもあると思うよ。でもね、それ以上に心も体もシンクは成長してるからだと思う。……まあその『すっごく楽しい場所』での秘密特訓はシンクにとって相当プラスになったみたいだけどね。あたしの推測だと……ソウヤにとっても」

「まあな」

「いいなあ、そんな楽しそうなことして。いや、まあ『楽しかった、いろんな人に会った』ぐらいしかシンクは言わなかったから実際はどんなことしたのかわかってないんだけど……」

「次の春休みにでも、2人を誘うって言ってたぞ」

「ほんと!? よかったあ。夏絶対誘うから、とか言ってたくせになんか急にスケジュール決められた、とか言って行けなかったし……」

 

 ああ、そういやそんなこと言ってたかな。シンクが1回目に召喚された時同様、急に使いの犬が現れてフロニャルドに連れて行っちまったとか。今の召喚方式がその時に確立してれば1度戻って2人を連れてくるとか出来たのかもしれないが、まあもしもの話だな。

 

「……ま、とにかくベッキーの背中を押してくれてありがとね。あの子、シンクに対する思いは人一倍強いはずなのになかなか足を踏み出せないでいたから。お姉さんとして礼を言っておくよ」

「別に俺のお節介だ、礼を言われる筋合いはないぞ」

「もう、かわいくないなあ。……あ、あとシンクとも仲良くしてくれてありがと。兄貴分としてこれからも仲良くしてあげてね。で、シンクが困ってる時は相談に乗ってあげて。男同士の方が相談しやすいこともあるだろうから」

「兄貴分、か……。そう考えたことはなかった」

 

 そうか、フロニャルドでの人を考えてもあいつの身近であいつより年上の男、って言ったら俺か向こうの騎士団の人たち……ロランさんやエミリオさん辺りになるのか。

 ……ああ、なんだかビスコッティの人たちのことを考えてたら、向こうの国の人たちとはちゃんと顔を合わせてない人が多いことを思い出した。冬休みは滞在期間が短いだろうから、春休みになったらビスコッティに呼び出されるであろうナナミやベッキーに会いに行きながらちゃんと挨拶しよう。()()()()()()()その方が都合もよさそうだろう。

 

「……とにかく、これからもよろしくね、兄貴!」

 

 バン、とナナミが平手で俺の背中を叩いた。

 

「いてえな。俺はナナミより年下だぞ?」

「それでも前の若い子らよりは兄貴じゃない」

 

 何が面白いのかナナミが笑う。

 俺は兄弟がいないからよくわからないが、もしいたならきっとこんな感じなんだろう。なるほど、レオ様とガウ様があれだけ互いに信頼し合って仲がいいのが少しわかった気がした。

 

 と、荷物を抱えた前の()がこっちを振り返る。

 

「2人とも楽しそうに何話してるの?」

「なんでもないよー。ただの年寄りの世間話。ね、ソウヤ?」

「ああ。そうだな」

「年寄りって……2人ともあたしとそんなに変わんないじゃない……」

 

 呆れたようにベッキーが突っ込みを入れる。それを聞いたシンクも困ったように笑っていた。

 その()に俺は心の中で感謝の気持ちを述べる。

 

 あの時、お前が俺と無理矢理にでも仲良くなる、とか言ってくれなかったら、俺は今こうしてなかったかもしれない。互いに剣を交えて、戦いの中で俺にフロニャルドの戦の楽しさを教えてくれなかったら、俺は以前のまま腐っていたのかもしれない。

 もしそうだったらベッキーとナナミとも……このお節介焼きだけど素直になれないファンタジー小説が好きな少女と、おちゃらけてるけど実はしっかりしてるお姉さんとも出会えなかったかもしれない。今日2人と話せてよかった。楽しかった。

 

 だから俺は心の中だけじゃなくて、やっぱり口に出してあいつに伝えてやろうと思った。

 

「シンク」

 

 名を呼ばれ、夕日を浴びながらシンクは振り返る。

 

「今日はありがとな。楽しかった」

 

 シンクの表情が緩む。

 

「改まって何言ってるの。いいんだって、僕とソウヤの仲なんだし」

 

 俺も表情を緩める。

 夕暮れと共に、楽しかった今日の1日が終わろうとしていた。

 




中央西口……都内の某巨大ターミナル駅にある出口のひとつ。他にも東南口やら新南口やらサザンテラス口やら多数の出口がある。「とりあえず改札を出ればいい」という考えを改めさせてくれる。
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