◇
『さあ、プラリネ砦の攻防戦も佳境に差し掛かってきました! 引き続き実況は私、ガレット国営放送のフランボワーズ・シャルレーと』
『ビスコッティ国営放送のエビータ・サレスがお送りいたします!』
『おっと、ここで新しい情報です! ガレットにとっては重要な拠点であるこのプラリネ砦を防衛するため、総大将のレオンミシェリ閣下ご本人が戦場に登場との情報が入ってまいりました!』
戦、と一口にいっても、フロニャルドの戦は特徴的である。一定量以上のダメージを受けた相手は「けものだま」と呼ばれる状態に変化し、一定時間無力化される。騎士級などのランクが高い兵の場合は、まず防具がダメージを肩代わりし、その上でさらにダメージが大きい場合は防具破壊後に同様にだま化する、というものだ。
これはフロニャルドに満ちている「守護力」によるものである。「フロニャ
他にもソウヤを呼び出した召喚台が海から浮いてきたことや、実況をしているブースが空中に浮かんでいるのもフロニャ力によるものである。フロニャルドの全域に多大な恩恵を及ぼしているのがフロニャ力なのだ。
その戦の様子を伝える実況ブースからレオ参戦の情報がもたらされると、押され気味だった砦のガレット兵達が雄叫びをあげた。自分たちの君主の登場とあっては、兵たちも奮起しなければならない。
『今回は勝利条件なしの時間一杯ポイント勝負ですから、ここを落とされてはガレット側としても非常に苦しくなりますからね』
戦の勝利条件には本陣制圧、重要物奪取など様々なものがある。今回はそういったものはなく、ポイント――つまり兵を倒した分だけポイントは加算、他に拠点奪取や騎士級・隊長クラス撃破によるボーナスが与えられえる――によって純粋に勝敗が決められるものだった。
「うわー……レオ様登場だって。ガレットの人たちも戦う気満々って感じだし、ちょっとこれは厳しいんじゃないの、エクレ?」
そんな戦意の高揚した兵の攻撃を避けた少年が手に持った棒で反撃の一撃を繰り出す。兵の背中に攻撃はクリーンヒットし、その兵は毛玉のようなけものだまに変化し無力化された。
金の髪に青いハチマキ、赤を基調とした服を身に纏い、まだ幼さも残る顔立ちにビスコッティの神剣「パラディオン」を変化させた長尺棒を持つその少年こそ、ビスコッティに勇者として召喚されたシンク・イズミであった。
「話す前に手を動かせ、勇者。……だったらレオ様が着く前に出来るだけ戦力を削っておくだけだ」
シンクに話しかけられた少女は、不機嫌そうにそう返すと両手の短剣を振るって手身近な兵士2人をけものだまに変えた。
緑の髪とそこから生えたやや垂れ気味の犬のような耳、黒の短いスカートからはすらりとした健康的な脚が覗き、利き腕の右手に黒のリストバンドをつけ、それぞれの手に短剣を持つ少女。
彼女の名はエクレール・マルティノッジ。15歳と言う若さながらビスコッティ騎士団親衛隊の隊長を務めていた。
「それに……こっちにレオ様が来るなら逆に好都合だ。湖側には兄上たち本隊の1番隊が、平野側にはダルキアン卿率いる2番隊を中心にした部隊が展開している。砦攻め部隊の私たちの方に敵の大将が来るとなれば、その分他の場所への負担が軽くなる」
「ま、つまり僕らはその分大変になるってことだとは思うけどね……」
シンクは苦笑いし、また兵の1人をけものだまに変えさせる。エクレールと話しながらでもシンクは全く危な気なく戦っていた。その実力を知っているからこそ、エクレールは無駄口を叩く勇者に余計に言わないし、互いに背中を預けあえているのだ。
「でも、レオ様と戦うとしたら、手合わせするのは久しぶりだな。前はエクレと二人がかりでも全然本気出してるって感じじゃなかったもんね。今度は少しは本気になってくれるぐらいには頑張りたいなあ」
「ほう、貴様ら2人程度でワシが本気を出すに値すると思っているのか?」
突然聞こえた方に2人が、いや、他の兵たちもその声の主の方へと目を移す。砦の上に大剣を肩に担いだ闘姫が不敵な笑みを浮かべたままそこに立っていた。
「レオ姫……」
「閣下と呼ばんか、この無礼者が!」
エクレールからの呼称を無理矢理訂正したお約束のセリフと共に登場した総大将。その姿に兵達が一斉に沸いた。
「うおおおおおーっ!」
「レオンミシェリ閣下がいらしてくださったぞー!」
ガレットの兵達が口々に叫びだす。
「ビスコッティのダメ勇者にタレミミ親衛隊長よ、ワシがいぬ間に随分と兵達をかわいがってくれたようじゃの。兵達の仇、ワシが直々に相手をしてやろう!」
レオが砦の上から飛び降りシンクとエクレールの前に着地する。
「誰も手を出すな、勇者とタレミミはワシが相手をする!」
「閣下の決闘だ!」
「うおおおお閣下ー!」
ガレット兵の熱気はピークに達している。
エクレールが目で周りの兵達に下がるように伝え、ビスコッティ側もシンクとエクレールを残して兵達は距離を取った。
それを確認したところで、そこまで険しかったレオの表情が僅かに緩む。ガレットとビスコッティは基本友好関係、故にレオとシンクも久しぶりの再会となればまずは挨拶を交わしたいところだろう。
「久しぶりじゃの、勇者」
「お久しぶりです、レオ閣下。昨日こっちに召喚された後に伺いたかったんですが、そのまま戦と、あと閣下の方も都合が悪かったと伺ったので挨拶しそびれてしまいました」
「そうか。まあ気にするな。ワシが忙しかったのは事実だしの。……ところで、次来るときは知り合いを連れて来るとか言ってなかったか?」
「はは……。幼馴染2人を連れてきたかったんですけど、うまく予定合わなくて……。もう少し後にしようかと思ってたところで、連絡ミスもあったりしてまた今回も半ば急に召喚されちゃったんです。そのせいでまた僕1人なんですよ……。あ、でも滞在するからには楽しんでいきますよ! この戦が終わったら、ガレットに正式に挨拶に行きます。ガウルにも会いたいですし」
「そうか。確かにガウルの奴はお前に会いたがっていたな。……じゃが来るのはこの戦に勝った上での招待、というのはどうじゃ?」
ニッと笑ってレオが大剣を構えた。
「そうはいきませんよ、閣下。前と少しは変わったってところを見せてやります!」
シンクも棒状のパラディオンを構えて戦闘モードに入る。
「行くよ、エクレ!」
「言われなくてもわかっている」
冷静に答え、エクレールも両手の短剣を構えた。
「来い、勇者にタレミミ……。少しは強くなったところを見せてみろ!」
『さあ! いよいよレオンミシェリ閣下が登場! プラリネ砦の攻防戦、ますます盛り上がってまいりましたー!』
実況がこの熱狂にさらに拍車をかけ、プラリネ砦は今日最大の盛り上がりを見せていた。
◇
セルクルでガレット本陣のキャンプに向かうソウヤとビオレの間にはしばらく沈黙が広がっていた。レオの側近として仕えてきたビオレの話術なら何か話題は提供できそうなものだったが、ソウヤの「特に何も話したくない」という雰囲気に飲み込まれ、何も切り出せずにいた。
彼女としては問いただしたいことは山ほどある。元の世界に帰れることは不満なのか、戦の様子を見て乗り気ではなかったのに協力を受け入れてくれたのはなぜか、そして何よりなぜ「命を賭けるほうが面白い」などと言ったのか。
これまでの言動を見るに勇者としてふさわしいとは到底言い難い。だが領主であるレオが選んだのだ、腕は一流に違いないだろう。しかしいかに腕がよかろうとそれだけで勇者が務まるものではない。隣国の勇者シンクは彼女もよく知っている。確かに行動に少々子供っぽさが出るところもあるし、危なっかしいところもある。だが戦場を華麗に駆け抜ける彼の姿は、それを補って余りある魅力だろう。
では今自分の後ろにいるこの少年にそれはあるのだろうか。レオが惹かれたものは一体なんだったのだろうか。
「……ビオレさん、だったっけ?」
「あ、はい! なんでしょう……?」
そんな考えを延々と頭でめぐらせていたところで不意に話しかけられた声。動揺したビオレは声を裏返しかけた。
「戦っていうのはいつもあんな風に安全に行われるんですか?」
「基本的にはそうですね。ただ、以前の戦の最中に神剣に惹かれたのか、フロニャ力が弱まった場所だったからか、封印されていた魔物が復活して戦どころではなくなったことがありましたが」
「フロニャ力……? ……まあいいや。とりあえずそれがどうなったか知りたいんですが」
「最終的にはビスコッティの勇者シンク君と姫君のミルヒ様を始めとする方々の手によって魔物は封印されました。『禍太刀』とも呼ばれるある妖刀が原因になった、とも聞きましたが……」
「そのときレオ様は?」
「ガレットのもう1つの宝剣、魔戦斧『グランヴェール』を手に魔物と戦いました。しかし魔物の力が強大で、1人で討つことは適わなかったようです」
「へえ……」
「でもそんなのは本当に稀、基本的には怪我や事故がないように行われます。大陸に布かれたルールに則り、フロニャルドの国民が健康的に運動や競争を楽しむ行事でもありますから」
「ますますスポーツだ……」
ボソリとソウヤが呟く。
「で、攻撃されても怪我をしない原理ってのがフロニャ力とかって物のおかげなわけですか?」
「そうです。フロニャ力はこの世界の力の源でもあります。この力が満ちている場所では戦で怪我することなく、ダメージは防具や服の破壊という形になり、さらに大きなダメージを受けても先ほど見たような『けものだま』に変わるだけですみます。ガレットの人々はねこだまに、ビスコッティの人々はいぬだまになります」
「俺も攻撃されたらけものだまに変わる?」
「いえ。勇者様は異世界の方ですから、変われません」
「じゃあ俺が攻撃を受けすぎると怪我するってこと?」
「フロニャ力の恩恵によって治癒力は高まります。ですが大きいダメージを受けた場合は……怪我に繋がるかもしれません」
「……つまり勇者2人がぶつかったら、本当の意味で戦ってことか……」
自分の位置から表情は確認できないが、ソウヤの言葉にどこか喜びが混じっていたようにビオレは感じた。
「それじゃあ俺達異世界の人はあまりフロニャ力の恩恵は受けれないわけですか」
「そうでもありません。フロニャ力と自らの力を混ぜ合わせることで『輝力』というエネルギーに変換でき、それを使って『紋章術』という力を使うことが出来ます」
「魔法は使える、ってことか。ますますファンタジーでいい。その力の使い方は教えてもらえます?」
「はい、本陣で準備が終わった後、私が教えられる範囲でなら可能です」
「そうか……。ただのスポーツかと思ったがこれは意外と面白そうだ……!」
「勇者様、本陣が見えてきましたのでもうすぐですよ」
複雑な内心を押し殺し、ビオレがそう告げる。その言葉通りテントの集まったキャンプ、この戦におけるガレットの本陣が近づいてきていた。
◇
「くっそー! いくらこっちは本隊じゃないとは言え、俺にゴドウィンにジェノワーズまで揃っててこの様かよ……!」
平野部での戦闘、シンクとさほど年の変わらなそうな少年がそう愚痴をこぼす。銀の髪とそこに生えた耳、獰猛そうな目、その他の風貌からもどこかレオの面影が見える。それもそのはず、若干14才ながらこの部隊の指揮を執っている少年こそ、レオの弟でガレット王子のガウル・ガレット・デ・ロワであった。
現在両腕に展開している輝力から作り出した爪は、彼得意の紋章術「
加えてこの場にはガウルの直属の配下でガレットの将軍でもあるゴドウィン・ドリュール将軍、さらにはガウル直属親衛隊と言う手だれ達が揃ってもなお苦戦していた。
「ぐぅおあぁ!」
豪快なうめき声を上げ、これまた豪快にゴドウィンがガウルの脇に吹き飛ばされてくる。鉄球つきの大戦斧を武器とするゴドウィンは巨躯な体格を生かした力が自慢である。だがそれでさえもここまであっさりと吹き飛ばされてきていることから、2人が対峙する相手は只者ではないことが証明されていた。
「参りましたな、殿下……。さすが『自由騎士』と言ったところですかな……」
珍しく弱音を吐き、ゴドウィンが体を起こす。
ガウルとゴドウィンが2人がかりでも手が出ないほどの相手、それが目の前にいるビスコッティ隠密部隊頭領であり「討魔の剣聖」や「自由騎士」とも呼ばれる女剣士、ブリオッシュ・ダルキアンであった。物腰柔らかな風格からは想像もできないほどの剣の腕前は大陸一との呼び声も高く、あのレオが本気で戦っても勝てるかわからないと認めるほどの実力者である。
「いやいや、ガウル殿下とゴドウィン将軍もなかなかでござる。拙者も久しぶりに熱くなってきたでござるよ」
「けっ! よく言うぜ……!」
苦笑しながらガウルが口を開く。目の前の相手からはまだ本気、という印象は受けない。それは確かに癪だが、しかしそこまで至らせていないのは自分の力不足だということもガウルは気づいている。そこがより気に食わなかった。
「あん!」
「……ぐう」
「どぉわー!」
そんなガウルの苦悩をさらに増やしたのが、気の抜けるような声と共に吹き飛ばされてきた3人だった。
「立ち耳」と呼ばれるウサギ耳が特徴の弓使いであるベール・ファーブルトン、短剣とナイフの使い手で無口無表情のノワール・ヴィノカカオ、西方の訛りで喋り力自慢で斧を使うトラジマ娘のジョーヌ・クラフティ。3人ともガウル直属親衛隊「ジェノワーズ」であり、その連携は見事なものがある実力者のはずであった。
しかしその3人を1人で相手にしても全く動じることがなく、むしろ圧倒してさえいるのが忍装束のような衣装を身に纏うビスコッティ隠密部隊筆頭のユキカゼ・パネトーネである。ブリオッシュのことを「お館様」と慕っている彼女もまた相当な使い手であり、弓、短剣、体術と様々な武器で戦う。ビスコッティでは「天狐様」と呼ぶ者もおり、その名の通り土地を守る天狐の土地神であり、狐の耳と尻尾を持っていた。
「ジェノワーズのお三方、どうしたでござるか? 拙者はまだまだ戦い足りないでござるよ?」
「ぐ……おいノワ、あんなこと言われてるで! ちょっと何とかして来てや!」
「無理。3人でも無理なんだから1人じゃ無理」
「そうだよー。ユッキーさん強いから……」
「だあー! もうそんなこと言っとる場合か! ウチらガウ様の直属親衛隊『ジェノワーズ』なんやで! これ以上コケにされてたまるかい!」
ジョーヌの奮起する声がガウルのところまで聞こえてくる。だが自分も向こうもかなり分の悪い戦いをしているのは明らかだった。
(ちくしょう……姉上がうまくすれば援軍をよこすとか言ってたが……その姉上がプラリネ砦に行った以上、誰が援軍に来るってんだよ……)
湖上ではエクレールの兄でビスコッティ騎士団長のロラン・マルティノッジが指揮するビスコッティ軍本隊の1番隊と、同様にガレット騎士団長で将軍のバナード・サブラージュの指揮するガレット軍本隊がぶつかり均衡状態にある。とても援軍は見込めない。
(だとすると本陣からか? それでもいたのは確かビオレと近衛隊、あとは最初姉上がそこで指揮を執っていたからそのために騎士が少しと護衛の兵士程度……。いや、そもそも前線にいるのが信条の姉上がなぜあんな後方で指揮を執った? っつーか、昨日の戦の状況から元老院とぶつかってたわけだし、戦況をよくしようとするなら最初から前線にいてもいいはずじゃ……。そうでなくても昨日の敗戦から間をおかずの連戦も疑問が残る……)
「ぅおおりゃぁぁぁああ!!」
ガウルが考えを巡らせているとそんなことを知らずにかゴドウィンがブリオッシュ目掛けて突撃をかける。
(考えてても埒が明かねえ、姉上の言葉を信じてここは戦うしかないか……!)
ゴドウィンの雄叫びに続き、ガウルも獅子王爪牙を煌かせてブリオッシュへと襲い掛かった。
◇
砦での戦いも激しさを増していた。
「はあッ!」
気合と共にエクレールが両手の短剣を振るう。正面から迫る見え見えの攻撃を、レオは大剣で受け止めて弾き飛ばそうと力を込める。
「勇者ッ!」
「いけぇーッ!」
が、やはりエクレールは囮だった。彼女がそう叫んだ瞬間、レオの死角からシンクが迫りパラディオンによる脚払いを繰り出す。阿吽の呼吸、「ビスコッティの名コンビ」と呼ばれるシンクとエクレールの絶妙の連携だ。
「チッ!」
舌打ちをし、エクレールへの反撃を諦めてシンクの攻撃を回避することに専念するレオ。だが見逃してもらったエクレールは容赦なかった。シンクの攻撃と反対側に回り込み追撃を狙う。
「このッ……タレミミが!」
レオの左手に魔方陣のような緑の紋章が浮かび上がる。
「くっ……! まずいっ!」
追撃をやめてエクレールが体の前に両腕をクロスする。そのエクレールの両腕の甲にも水色の紋章が浮かび上がった。
「吹き飛べ、タレミミ!」
突き出されたレオの左手から光を纏った衝撃波が走り、エクレールの手前で爆ぜる。「紋章砲」、輝力を放つ紋章術の一種である。紋章術は3段階のレベルに分かれる。紋章を発動させるレベル1、紋章を強化して背後に輝かせるレベル2、さらに強化して眩く彩らせるレベル3。
「うわあっ!」
そのままエクレールは数メートル吹き飛ばされて背中から地面に落ちる。だが今のレオの一撃は咄嗟に放った名も無い紋章砲のレベル1、対するエクレールもレベル1で防御している。ダメージはさほどでもないらしく、すぐに立ち上がる準備を整える。
「お前もだ、勇者!」
「わ、わわっ!?」
レオが背を見せているのをチャンスと見て大上段からの一撃を狙ったシンクだったが、振り向き様に横に振るわれた大剣に、攻撃に出したはずの一撃は防御へと変わった。レオの攻撃はシンクの手にするパラディオンに当たり、その勢いで体ごと後ろに飛ばされる。が、シンクは得意の身軽さで空中で体勢を立て直して地面に着地した。
そのまま互いに睨み合いの状況に移行する。
「エクレ、大丈夫?」
「人のことを心配する前に貴様は自分の心配でもしたらどうだ?」
「ははっ。それだけの口が利けるなら大丈夫そうだね」
勇者と親衛隊長の軽口のやり取りに水を差そうとレオが口を開きかけたが、そのまま言葉を飲み込む。
(……確かに以前とは比べ物にならんほど強くなっておる)
まだ相手が本気を出していないのはわかる。勿論レオ自身本気には程遠い、まだ全力の半分程度も出していない。
だが下手に挑発して向こうが全力で来る、と言うことになったらこちらも少々本気を出さないと厳しい、と感じるほどにシンクとエクレールは腕を上げ、また互いのコンビネーションもよくなっていた。
無論レオに負ける気など露ほどもない。しかしこの後自軍の勇者が戦場に登場する、となれば戦局が変わる可能性は大いにある。そうなったとき、ビスコッティ側が砦から撤退、となったのに肝心要、総大将の自分が疲弊していては士気にかかわる、とレオはそこまで考えていた。
(つまり今すべきは勇者が来るまでの時間稼ぎ。この砦の兵達を消耗させず、かつ勇者登場後にここを反撃の拠点とするにはワシがあの2人を抑え切ることが重要……)
考えをまとめると、ヒュン、と横に大剣を1度薙いでレオはそれを肩に担ぐ。
「やれやれ……。さすがに2人同時はちと骨が折れるのう」
「よく言いますよ。まだまだ閣下余裕そうですけど?」
「そうでもない。最近は体も訛り気味でな。領主などと言うことをしてると己を鍛える時間が少なくなって困る。ガウルの奴がもう少し大人になれば、ワシとしてはこの座を明け渡してもいいんじゃが……」
「でもガウルもそういうのは嫌いそうですよね?」
「あやつもまだまだ子供じゃからのう」
「勇者、何を呑気に敵と喋ってるんだ」
エクレールにシンクとの会話に水を差され、レオは小さく舌打ちした。話好きの勇者に乗ってきそうな話題を振れば食いつくという予想は当たったが、真面目な親衛隊長はそれを止めにきた。このまま話していれば多少の時間は稼げたと思うとやや恨めしい。
(勇者の奴はまだか……?)
ギリッと奥歯を噛む。
「あはは……ごめんエクレ、レオ様と話すの久しぶりだったから。……さてと、体もあったまってきたし、そろそろ全力で行こうか?」
「フン……いいだろう、貴様に合わせてやる」
シンクとエクレールの闘気が高まるのがわかる。おそらく今までの力では足りない。
(仕方ない……ここは腹をくくるしかないようじゃの……!)
「ほう……。本気を出したところで、この『百獣王の騎士』レオンミシェリ・ガレット・デ・ロワを倒せると思うてか……!」
決心したように己を昂ぶらせ、大剣を構えようとした。その時――。
『おおっと! たった今、衝撃的なニュースが飛び込んでまいりました!』
(来たか!)
実況からのその言葉が耳に入り、レオは構えを解く。
「悪いが、しばし待て」
手で目の前の2人を制し、実況に耳を傾けた。一瞬驚いたように目を見合わせたシンクとエクレールだったが、レオに倣って実況に意識を集中する。
『ガレット軍、レオンミシェリ閣下の側近、ビオレさんから実況放送宛に驚くべき内容の情報が届いています! ガレット領主のレオンミシェリ閣下はこの戦の最中に極秘裏に勇者召喚の儀を行い、これに成功。……なんと、その勇者が今戦場に向かっているという情報です!』
「な……! レオ様、それは本当ですか!?」
エクレールの質問に答える代わりにレオはマイクをよこすように要求する。砦内部へ戻った兵からすぐにレオの手元にマイクが渡された。
『あー、聞こえているか?』
『はい、こちら実況席、よく聞こえております! この放送は戦場全体に流れております!』
『ガレット軍総大将レオンミシェリだ。今話があったとおり、先の戦での大敗を受け、我らガレットに勝利をもたらす者として、我らも勇者を召喚することとなり、そして召喚に成功した!』
ざわざわと砦の兵達がざわつく。ガレット国内でもごく一部の者にしか知らされていない事項なだけに、彼らにとっては寝耳に水の話だったであろう。
「僕と同じ……勇者が……?」
驚くのはシンクも同じであった。が、その目は自分と同じ勇者が現れたという事実を知ってか、嬉しそうに輝いても見える。
『では紹介しよう! ガレットの勇者、ソウヤ・ハヤマ!』
◇
平原、というよりはいささか荒野とも呼べるような大地を、跨ったセルクルで走りつつソウヤはレオの放送を聞いていた。戦場へと向かうための道中、まだ遠い戦場エリアから音声だけは聞こえてくる。が、それを耳にして彼はどこか呆れたような様子でため息をこぼした。
「まったくレオ様も気が早い……」
「それだけ勇者様のご登場を心待ちにしていらっしゃったのですよ。いくら閣下とはいえ、プラリネ砦に進攻してきた勇者と親衛隊長の2人を相手にするのは少々骨でしょうから」
現在ソウヤと共に走る騎士の1人がソウヤの独り言を聞いてそう返す。レオからソウヤと共に戦場に向かうよう指示を受けて待機していた騎士である。
既にソウヤはさっきまでのTシャツにジーンズというラフな私服とは違い、ビオレ達が用意してくれた上下黒でまとめられた戦闘用の服にマント、そして銀の防具に身を包んでいる。両腕に手甲、両脚にはくるぶしまで隠れる脚甲を装備し、背中に矢筒を背負ってそこに弓をかけ、腰にはサイズの小さめな片手剣を吊るしている。どれも用意されていた武具の中から、ソウヤのチョイスによって選ばれたものである。
「とはいえ、こっちはまだ移動中だからどうしようもないと思うけどな……」
「そんなことないですよ。国営放送のカメラの方々が多分そろそろ私達の動向を掴む頃でしょう」
『どうやら、ガレット国営放送が移動中のガレット軍勇者を捉えたようです! 現場のジャン・カゾーニさん?』
『はい! こちらジャンです! 今、プラリネ砦の南西平野部をお供の騎士数名と共にセルクルにて疾走している様子を確認いたしました! ご覧いただけますでしょうか!? こちらがガレットの勇者様です! 弓と矢を背負っています、弓が得意なのでしょうか!? このルート、どうやらこのままガウル殿下の部隊と合流する模様です!』
自分の様子が空中の映像に大きく映し出されたのを確認し、ソウヤは再びため息をついた。
「……まったく仕事熱心な連中だな」
「そうでしょう。彼らは我等ガレットが誇る国営放送の人々ですから」
皮肉のつもりで言ったつもりが、この騎士にはどうやらそれが通じなかったらしい。
「これじゃ動向がバレバレだ。奇襲も何もあったもんじゃない」
「それは必要ありませんよ。勇者様の腕前ならきっと正攻法でも大丈夫なはずです」
「俺の戦いを見たこともないのになぜそう言い切れる?」
「閣下がこの方だと選んだのです。自分は、その他ならぬ勇者様を信じてますから」
騎士はいたってまじめな顔でソウヤを見つめつつそう言った。ソウヤは視線を逸らし、三度ため息をこぼす。
「俺がそこまでの信頼に足る人物だといいがな……」
隣を走る騎士に聞こえないようにそうポツリと呟いた。
「勇者様、そろそろガウル殿下の部隊が見えるかと思われます」
「わかった。あとは兼ねての計画通りそっちはレオ様の援護に。俺もやれるだけのことはやってみる」
「承知しました。ご武運を!」
それまで並走していた騎士数名が離れ、砦の方へと向かう。その姿をソウヤは目でしばらく追い、やがて前方へと目を移した。
「さてと……。俺は『勇者』なんて器じゃないだろうが……。本を読んで頭の中で空想するだけだった世界にせっかく来れたんだ……好き放題暴れさせてもらうとするか!」
左手を背に回し、矢筒にかけてある弓に手をかける。そのまま左手で弓と手綱を握り、右手で背中から矢を1本掴んで番える。ビスコッティの兵士が遙か前方に小さく見えた。
「
過去に読んだ小説の登場人物は難なくこなしていた。この距離なら立ち止まっていれば狙うことは可能ではある。だが馬、いやこの場合厳密にはセルクルだが、それに乗ったままやったことなど勿論ない。
(バランス感覚さえ取れれば……)
両手を離し、弓を射る姿勢をとる。目の前がぶれる。バランスをとるのも思ったより難しい。
だが、ソウヤはフッと一瞬笑った。
視界の先にビスコッティの兵士を捕らえる。そこに神経を集中し矢を放つ。矢はまだ遙か前方遠い距離にいる兵に命中し、兵をけものだまへと変化させた。
「よしっ……!」
弓を左手に持ったまま手綱を握りなおしたソウヤの耳に、遠方の歓声が飛び込んできた。
『な……なんという射撃! セルクルに乗ったままであの距離を撃ち抜きましたー!』
◇
「す、すごい……」
プラリネ砦でレオとの戦いの手を止め、空中に映し出された映像を見ていたシンクは思わず驚嘆の声を上げた。
「別にあの程度、ユキやベールなら何の造作もなくやる」
「それはそうだけど。でも弓の腕だけならユッキーとかベールといい勝負できるんじゃない?」
「今の一射だけではどうだという判断は出来ん」
興奮気味に映像を見るシンクと冷静に分析するエクレールの横でレオは一見静かに、だが内心は穏やかならぬ心持ちだった。静かに映像の中の己が召喚した勇者を見つめる。彼女のソウヤに対する評価は今のエクレールとほぼ同じであった。
だが、今の一射はソウヤの弓の技術「のみ」で命中させたことにもまた、気づいていた。
(さすがのワシも、あの距離で当てようと思ったら紋章術のサポートがなければ厳しい……。じゃがあやつは純粋に弓の技術のみで当ておった……。おそらくセルクルに乗るのも初めてだというのに)
思わず体がブルリと一瞬震える。
(ワシが見込んだ通りの腕前……いや、それ以上か……。セルクルを乗りこなすというあの吸収力に失敗を怖れない心……。もしかしたらワシは、とんでもない者を呼び出してしまったのかもしれん……)
◇
セルクルを走らせながら、ソウヤは前方に目を凝らす。ビスコッティ兵の集団が展開しているのが目に入ってきた。
「もう一発……試してみるか……」
そう呟き、ソウヤは息を大きく吸い、ゆっくりと吐き出した。それと同時にソウヤの左手に地を這うような二頭の獅子が描かれた濃紺の紋章が浮かび上がる。
紋章砲。先ほどガレット本陣でビオレに原理を説明してもらい、要領は掴んでいる。「想像力が大切」とビオレはアドバイスしてくれた。
(だとするなら……その手の小説ばかり読んでいてイメージをしょっちゅう膨らませていた俺にはおあつらえ向きの「魔法」ってことだ)
再び深呼吸すると、今度はその紋章が背後に現れる。レベル2である。
「ハアッ!」
さらに気合の声を上げると、背後に現れた紋章はより巨大に、鮮やかに現れた。レベル3、体内の力とフロニャ力を混ぜ合わせ、輝力を最大限に高める。そのまま右手を背の矢筒に回し、1本矢を取って番える。
「吹き飛べッ!」
放たれた矢は白く輝き、敵の集団に吸い込まれ――次の瞬間、大爆発が巻き起こる。打ち上げられた兵士達は大量のけものだまへと変化し、その中をソウヤがセルクルと共に疾走していく。
『こ、こ、これは紋章砲だー! なんと、ガレットの勇者は早くも紋章術を使いこなしている模様です! それにしてもすさまじい威力!』
『これは驚きです! ここに来てまさかの隠し玉、戦況が変わる可能性も大きくなってきました!』
興奮気味の実況と共に、前方左手側からも歓声が聞こえてきた。
「今のが紋章砲か……。確かに威力はすごいが体に返ってくる反動もでかい……。大技は使いどころを考える必要があるってわけか。せっかくだ、後で名前でもつけよう。……それよりさっきの歓声、レオ様の弟のガウル殿下の本隊だと思うが」
独り言のように現状を確認するソウヤだったが、視界の隅に飛来する何かを捕らえた。反射的に上体を倒れこむようにセルクルの横に寝せると、それまで座っていた位置に矢が飛来して来る。
「撃ち損じもあるか……。ますます万能じゃないな」
体を起こし、矢の飛来方向を確認。弓を持った兵は思ったより近くにおり、2射目を構えていた。
「安全な場所に隠れてろ!」
セルクルに自分の言葉が通じるかは疑問であったが、ソウヤは乗ってきたセルクルにそう声をかけると飛び降りた。着地と同時に矢筒から1本手に取って番える。一瞬で狙いを定め、相手のビスコッティ兵が二射目の矢を番えるより早く放ち、けものだまへと変化させた。
ソウヤはガウルの本隊の方へと走り出す。途中、ビスコッティ兵数名に出くわすことは会ったが、接近すら許さずにソウヤは矢で撃ち抜いていった。
戦では相手の頭や背中に手で触れてけものだまに変える「タッチダウン」という方法も存在する。危険は大きくなるが、その方が多くボーナスも入る、という説明をビオレから受けていた。だがソウヤはそれを一切狙おうとせず、あえて距離を詰めさせる前に全ての兵を矢で射抜いていった。
しばらく走り、ようやくガウルの本隊へと到着する。
「ガウル殿下はどちらに?」
「あちらです!」
ソウヤの声に1人の兵が方向を指す。そこに大柄な男とそれより遙かに小さな少年が、刀を構えた女剣士と睨みあっていた。
「ガウル殿下!」
「なんだ!」
兵から取り次いだ騎士がガウルの名を呼び、小柄な少年の方が顔を動かさずに返答した。
(こっちがガウル殿下か。てっきりでかい方かと思ったが……いや、よく見ればレオ様に似てるか)
「勇者様がご到着されました!」
ソウヤが考えを巡らせていた相手が振り返り、目を合わせる。そのままソウヤはファンタジー小説で読んだ騎士がそうしていたように、左膝を立ててもう片方の膝をついた。
「レオ様に勇者として召喚されたソウヤ・ハヤマです。ガウル殿下の隊の戦力となるようレオ様の命を受け参上しました」
「あ、ああ……」
ソウヤがあまりに畏まっていたからか、ガウルが一瞬狼狽する。と、向かい側から手を叩く音が聞こえ、ソウヤは顔を上げて立ち上がった。
「先ほどから勇者殿の活躍を映像で時折見させてもらっていたでござるが見事であった。今のガウル殿下への挨拶も見事でござる」
「……そちらは?」
「これは失礼した。拙者はビスコッティ隠密部隊頭領、ブリオッシュ・ダルキアンと言うものでござる」
「ビスコッティ……ということは敵か」
「ああ。今しがたまで俺とこのゴドウィンで相手をしていた。ビスコッティどころか、大陸一の剣の腕を持つとも言われる自由騎士だ。俺達2人がかりでも簡単にあしらわれちまったけどよ」
「ご謙遜を。ガウル殿下はまだまだ本気ではないようでござったが。……さて、せっかく勇者殿がご登場されてるわけであるし、ここはひとつ拙者と手合わせを願いたいが、いかがでござるか?」
ブリオッシュからの提案にガウルが舌打ちしてソウヤに耳打ちする。
「……挑発に乗るな。向こうとしては状況打開のために送り込まれてきたお前を倒すことで再び戦局を有利に戻そうとしてるんだ」
だが、そのガウルの言葉を嘲笑うかのように、ソウヤはフッと1つ笑った。
「それは逆に言えば、ここで俺が勝てば、戦局はこちら側に大いに有利になると言うわけですよね?」
「お、おい勇者……」
ガウルが制止しようとするがソウヤは続ける。
「向こうが強いのはわかりますよ。俺もある程度は戦いの真似事はしてきてるつもりですからね、雰囲気からして只者じゃないってことも。でも俺はこの戦に勝つために呼び出された。ならここで勝って、戦局を有利にしないといけない義務がある。
……それに、強い相手だからこそ戦ってみたい。ある程度の強敵と戦うときのピリピリした感覚を感じることは今までもあった。だけど心から強いと感じた相手と戦うことは今までないと言ってもよかった。……もし今目の前にいる相手に勝ったら、そんな俺の飢え、渇きにも似た感覚を満たしてくれるかもしれないと思うと、俺もここは譲れませんね」
そう言うとソウヤは一歩前に出る。
「お前……」
「すみません、ガウル殿下」
ソウヤの意思が固いことを確認すると、ガウルは諦めたようにため息をついた。
「……わかった。お前に任せる。ただ、お前は異世界の人間だ。フロニャ力によってけものだまになることはできない。大きなダメージを受ければ怪我に繋がることもある。それだけは忘れるなよ」
「わかっています。ビオレさんから聞きましたから。……ありがとうございます」
ソウヤは腰の剣を抜き、正面に構える。
「では、ひとつよろしく頼むでござるよ、勇者殿」
刀を構えながらブリオッシュ。
「大陸一の剣の腕前、見せてもらいますよ」
「ご期待に添えられるかどうか。……では、参る!」
プラリネ……焙煎したナッツ類をキャラメルでコーティングしたもの。
原作中で用いられるお菓子用語から付けられた名称はフランス語が多いが、プラリネはドイツ語。なおフランス語だとプラリーヌ。