DOG DAYS DUAL-BRAVER   作:天木武

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遠き過去の出会い(ブリオッシュ・ユキカゼ)

 

 

 もう、嫌だ。

 

 何度この言葉を呟いただろう。

 あの悪夢のような存在に皆命を奪われた。数刻前まで私と話していた人たちは、皆……。

 奇跡的に命を奪われずにすんだ私は廃墟と化した集落から、とぼとぼと、行く当てもなく森の中を彷徨っていた。

 

 もう、嫌だ。

 

 いっそこのまま、ここで命を落としたほうがマシとも思えた。孤独、絶望、悲嘆……。もう心は押しつぶされそうだった。

 あの時、あの()()()はなぜ怯える私だけ見逃したのだろう。殺すにも値しない、そんな存在だからだろうか。それとも私をこうやって彷徨わせることで、さらなる絶望を味わわせるためであろうか。

 

 もう、嫌だ。

 

 当てもなく彷徨った私は開けた場所に出た。目の前には池が広がる。腰を下ろす、というより、これまでの疲れで崩れるようにその場に座り込んだ。

 この池に飛び込んだら……私は父様と母様のところにいけるのかな……。

 そうだ。もう嫌なら、飛び込めばいい。そうすれば……。

 でも、死んじゃったらどうなるの? 本当にもうういいの? 私は、本当に……。

 だって、生きてたって仕方ない。家族も、住むところも全て失った。そんな私は、もう……。

 

 座った状態から這うように進んで水面を覗き込む。泣きすぎて真っ赤に晴れ上がった目と、生気をなくした私の顔が映し出された。

 ここに身を投げ出せば、終わる。今日起こった悪夢も、苦しいことも、いや、その前にあった楽しいこと、嬉しいことまで全て。本当にそれでいいのだろうか。

 

 もう、嫌だ。

 

 そうだ。もう嫌だ。こんな気持ち。なら、私は……。

 

「この時期の水は、まだ冷たいでござるよ」

 

 その時突然聞こえた声に私は身を震わせて池から一歩遠のき、声の方を見る。見れば腰に剣を挿した背の高い女性がこちらを見下ろしていた。

 

「落ちたら危ないでござる」

「別に……落ちたっていい……」

「よくはないでござろう。そなたのご両親が心配するでござるよ」

 

 両親。その言葉に胸がズキリと痛んだ。

 

「……いない。今日……死んじゃった……」

「今日……? 何があったでござるか?」

「わからない……。黒い……化け物が、突然……。父様と母様だけじゃない。あそこに暮らしていた人、皆……」

「なんと……。……そうか。あの集落の……」

「だから……もう嫌なの。父様も母様もいないこの世界なんて……。私が生きてる意味なんて……もう……」

 

 瞳の奥が熱くなる。涙は枯れたと思っていたのに、それでもまだ私の目から零れようとしていた。

 

「……そうか。お主がそう言うのなら、拙者は無理には止めない。しかし、無念にも命を落とされたそなたのご両親は、そんなことを望んでいたと思うでござるか?」

「え……?」

「生者は死者の意思を継がねばならない。……それが無念に命を散らせたのなら、なおさらでござる。そなたはまだ生がある。もし亡くなられた両親に報いたいのなら……命ある限り生きるべきでござる。

 何より……死はお主が思っているより暗く、冷たい存在でござる。それでも己の命を投げ出すというのであれば……拙者は止めない。……どうするでござるか?」

「私……私は……」

 

 もう、嫌だ。

 

 父様も母様もいない、絶望しかないこの世界は、嫌だ。

 だけど。

 

 ()()()()()()()()()

 

 そう実感した時、私は声を上げて泣いた。そんな私をその女性(ひと)はただ抱き締め、背中を撫でてくれていた。

 

「……それでいいでござる。命は、粗末に扱うものではない……」

 

 まるで母様に諭されたときのようなその感覚に、懐かしさと悲しさを同時に覚え、私はまた声を上げた。

 

 どれほど泣いていただろうか。その女性(ひと)はずっと私を抱き締めてくれていた。

 

「落ち着いたでござるか?」

 

 涙で目を腫らしながら、コク、と私は頷く。

 

「自己紹介もまだでござったな。拙者の名はブリオッシュ・ダルキアン。お主の名は?」

「……ユキカゼ。ユキカゼ・パネトーネ」

「ユキカゼか。いい名でござるな。……ユキカゼ、お主がよければ、拙者と一緒に来ないか?」

「ブリオッシュさんと……?」

「ああ。……実は拙者も昔、お主と同じように『魔物』に国を滅ぼされたことがあってな……」

「『魔物』……」

 

 それが、父様と母様の命を奪った、あの悪夢の正体……。

 

「拙者はその魔物や『禍太刀』と呼ばれる妖刀を封じる討魔の者で、そのために諸国を旅して回っている。ユキカゼ、お主がよければ拙者と一緒に来ないか?」

 

 魔物を封じている……。じゃあブリオッシュさんと一緒に行ければ、父様と母様の仇も討てる……!

 

「行きたい……! ……けど、私じゃ邪魔になるだけだと思うし……」

「そんなことはない。今はまだ未熟でも、そなたは天狐の土地神の子と見受けた。いずれ、拙者にも並ぶ使い手となるでござろう」

「……本当?」

「拙者の目が、嘘を言っているように見えるでござるか?」

 

 私はブリオッシュさんの瞳を覗き込む。真っ直ぐに澄んだ、綺麗な目だった。無言で首を横に振る。

 

「なら、あとはお主の心次第でござる」

 

 考える。私はこのままついていっても本当にいいのだろうか。

 いや、1度はもう捨てようと思った命だ。今更惜しむ必要もない。それに……「生者は死者の意思を継がねばならない」。なら、私はもう1度立って、自分の足で歩き出したい……!

 

「……ブリオッシュさん、私を連れて行ってください」

 

 はっきりと、私は自分の意思を口にした。

 

「……心得た。今からユキカゼは討魔の見習い、でござる」

「はい! これからよろしくお願いします……でござります!」

 

 慣れない私……いや、()()の口調のせいだろう。ブリオッシュさんは小さく吹き出した。

 

「どうしたでござるか、急に……」

「だって……拙者はブリオッシュさんの弟子に当たるわけでござりますから……。師匠を真似るのは当然でござります」

「まあそうではござるが……。あと『師匠』はやめてほしい。なんだか……こそばゆい感じがする故な……」

「ではなんとお呼びすれば……」

 

 ふーむ、とブリオッシュさんは顎に手を当てて考えている。

 

「……お館、とかどうでござろう?」

「お館様……」

 

 ブリオッシュさん……いや、お館様はそれで気に入ったらしい。満足そうに頷いた。

 

「ではユキカゼ、参るとしよう」

「はい! お館様!」

 

 お館様が拙者に手を伸ばす。それを握り返そうと手を伸ばしたところで光が広がって――。

 

 

 

 

 

「ん……お館様……」

「なんでござるか、ユキカゼ?」

 

 頭上から聞こえた声に、ユキカゼはまどろんでいた瞳を見開き、「うにゃっ!?」とらしくない驚きの声を上げた。

 ユキカゼの瞳に映っているのはその()()()での彼女から年老いたように見えない姿の、今のブリオッシュだった。

 

 今彼女の頭があるのはブリオッシュの膝の上、要するに膝枕されて寝ていた、ということになる。しかし先ほどまでは彼女の姿はなかったはず、と記憶を探り、確か縁側で横になっているうちに心地よくなって意識が薄れていったところまでは思い出せた。

 

「お、お館様!? せ、拙者はいつから……」

「縁側で気持ち良さそうに昼寝をしているのを見かけたから、つい、な。昔はよくそうしていたなと思い出したら、なんだか懐かしくなったのでござるよ。……ああ、せっかく人が懐かしんでいるから、もう少しそのままでいてくれると拙者としては嬉しいが」

 

 ユキカゼは立ち上がろうとするが、その言葉通り、ブリオッシュはそれを阻止しようと額に手を置いた。仕方なく、ユキカゼはそのままで口を開く。

 

「そうでしたか。……きっと、だからあのような夢を」

「夢?」

 

 お猪口の酒を口元に運びつつ、ブリオッシュはユキカゼに尋ねる。

 

「はい。拙者がお館様と初めて会った日の夢でした。かれこれもう随分と前のこととなるはずなのに……やけにはっきりとした夢でした」

「拙者とそなたが初めて会った日、か……」

 

 酒を注ぎなおしつつ、ブリオッシュは遠い目をする。

 

「……今夢を見て久しぶりに思い出しました。拙者は最初、両親の仇討ちのために、お館様に着いて行きたいと言った……。ですが今は、自分のような者を増やしたくない、そして魔物になるような不幸な存在を少しでも減らしたい……そんな思いにございます」

「ふむ……。拙者の目に狂いはなかった。やはりユキカゼはよき使い手として成長したでござるな」

「そんな……。拙者など、お館様に比べたら、まだまだでございます」

「そう謙遜するな」

 

 言いつつ、ブリオッシュは空いている左手でユキカゼの頭を優しく撫でた。もうそんな子供でもないだろうに、と反論したいユキカゼだったが、親代わりの師の手は温かく、その心地よさにもう少し甘えていたい、という気分になっていった。

 同時に、再び意識がまどろんでくる。やはり今日の日差しは心地がいい。こんなのんびりした日は悪くない。

 

「お館様……」

「うん?」

 

 半ば眠りの中に意識を沈めつつ、ユキカゼが呟く。

 

「拙者はお館様とずっと一緒にございます……。これからも……ずっと……」

 

 その言葉を聞き、ブリオッシュは目を細め、左手で再びユキカゼの頭を優しく撫でた。

 

「ああ……。そうだな……」

 

 ブリオッシュが空を見上げる。温かく、優しいフロニャルドの風が、縁側の2人の近くをゆっくりと吹き抜けていった。

 




勝手に想像して書いた捏造過去話になりますので、もし原作でこの後2人の出会いが明らかになったら、この話はなかったことにするかもしれません。
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