DOG DAYS DUAL-BRAVER   作:天木武

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笑顔の裏にある心は(メイド長・近衛隊長)

 

 

「んー、やっぱりミルヒのなでなでは殺人的なよさじゃのぉー」

 

 輝歴2912年水晶の月、フィリアンノ城、ミルヒの私室。言葉に違わず心地良さそうな、()()()()()猫なで声が聞こえてくる。文字通り、というのは、部屋の主であるミルヒの膝の上でそんな声を出しているのが隣国ガレットの領主レオであるからだ。

 普段の凛々しい姿からは想像も出来ないような甘え切った声。しかしこれもまたレオの一面に他ならない。レオとミルヒは姉妹のような関係、と言われており、普段の姿を見ていれば、いや、そうでなくても年を考えればレオが姉でミルヒが妹、と思うのが普通であろう。しかし実際のところはこの関係のようにレオが妹でミルヒのほうが姉、という見方をできるほどであった。

 

「あーたまらんのぉー」

「そう言っていただけると撫で甲斐があります」

 

 頭を撫でていた右手が今度は喉を撫でる。その撫でるポイントが変わったことに、撫でられているレオは勿論、撫でているミルヒのほうも満足そうな顔である。

 

「レオ様、姫様に甘えるのもよろしいですが、そろそろお時間ですよ?」

 

 側近ということで着いてきたビオレがレオに苦言を呈した。

 今日は形式上は隣国訪問、という形を取ってはいるが、はっきり言ってしまえば遊びに来たようなものである。レオと側近のビオレの他には騎士団長同士で話をしたいと言っていたバナードと護衛の騎士達という編成であった。

 

「硬いことは言うな、ビオレ。もう少し……」

「まったくもう……」

 

 それでも動じない領主にビオレはため息をこぼした。

 

「バナードもまだロランの奴と話しこんでおるようだし……。もう少しよいではないか」

「……わかりました。じゃあ私が将軍を呼んできます。それまでに()()()()()おいてもらってください」

「わかった……。おおー! さすがはミルヒのテク……!」

「ビオレ、案内をつけましょうか?」

「ありがとうございます。ですが大丈夫です、姫様」

 

 断りつつ一礼し、ビオレは部屋を後にした。

 

(ハァ……。全くレオ様には困ったものだわ)

 

 普段の様子からは想像もできないような姿を思い出し、ビオレは再びため息をこぼした。自分は知ってるからいいものの、何も知らない領民達があんな光景を見たらどんな感想を持つか。

 

(まあ……。昔から時折姫様に甘えるところもあったし仕方ないのでしょうけどね……)

 

 別に今更どうこう言うつもりはない。()()が出来ても領主のその癖は変わらなかったのだ、それほどまでに姫様に撫でられるのが心地よいということなのだろう。なら本人のそんな楽しみを奪う必要も、やかましく言いすぎる必要もない。

 そう思いつつビオレはフィリアンノ城の廊下を進む。他国の城内ではあるが、幾度となく訪れた場所だ、迷うことはない。

 

「あら? これはこれはガレットの近衛隊長殿ではありませんか」

 

 その時不意にかけられた声にビオレは足を止めて振り返る。次いで、その顔が一瞬ピクリと動いた。

 

「……これはメイド隊長殿、ご機嫌麗しゅう」

 

 しかし特段何もなかったかのようにビオレは笑顔を浮かべて目の前のフィリアンノ城メイド長、リゼルにそう返す。が、もしここに人がいたら2人の間に流れる空気にわずかな違和感を感じたことだろう。

 

 実は以前、宝剣を賭けた大戦(おおいくさ)においてビオレがビスコッティの本陣に急襲をかけたことがあった。だがビスコッティ側の機転により急襲は失敗、ビオレは捕えられてしまう。その時ビオレを捕まえたのが他ならぬリゼルであった。

 以来、2人の仲はお世辞にもいいとはいえない状態が続いている。ビオレにとっては不覚を取らされた相手に他ならず、リゼルにとっては本陣を狙ってきたという傍若無人極まりない行いを取った相手となるからである。無論2人とも大人であり、公の場でそういった私情を挟むことはないが、ここはそういう場ではない。思わず嫌味たらしい挨拶もしたくなる、というものだろう。

 

「お一人でどうかなされました? 道に迷われたとか?」

「いえ、そちらのロラン騎士団長と話をしているうちのバナード将軍を呼びに行こうと思っていたところです」

「あら、そうでしたか。私はてっきり()()()()()をされていたのかと……」

 

 ピクッ、と再びビオレの眉が一瞬動く。

 

「そんなフリなどしても何の意味もないではないですか。ここには()()()メイド長様がいらっしゃるのですから」

「これはお褒めいただいて光栄ですわ」

「急襲を見破って逆に罠を張るような()()()()を持つ人がいる城で、迷ったフリで内偵などするはずがないではありませんか」

 

 今度はリゼルの眉が一瞬動いた。

 

「それもそうですわね。でも私は内偵などとは一言も言っておりませんけどね」

「そうでしたかしら? それは失礼しました。ですが顔にそう書いてありましたし、()()のある私を疑ったのかと思いましたけど」

「そんな滅相もない。()()()()()()()()()()()()()方を疑う必要などありませんもの」

 

 ピクピクッ、と誰の目にも明らかにビオレの笑顔がひきつる。

 

「……これはすみませんでした。そうですわよね。まさか()()()()()()()()()()()()程度の実力のはずがありませんものね」

 

 今度はリゼルの笑顔がひきつる。

 

「……勿論でしょう? 姫様を守るメイド隊の長として、真っ向からぶつかっても()()()()()()()()程度に負けるはずがないではありませんか」

「あら? まるでそれは私のように聞こえますけど、そうやって()()を張らないと自信がないとも聞こえますわよ?」

 

 そこで沈黙が訪れ、互いに怖い笑顔のまま見つめあった後、

 

「うふふふふふふ……」

「おほほほほほほ……」

 

 不気味に笑いあった。

 

(な、なんだあれ……)

 

 それを遠めに見ていたのが騎士のエミリオである。丁度通りかかったところで珍しい組み合わせの2人の会話を聞いていたが、途中から明らかに雲行きが怪しくなり、最終的に至ったこの怖ろしい空気を感じ取ってしまったらさっさと逃げるが吉である。

 

(見なかったことにしよう……)

 

 そそくさとエミリオはその場を離れようとする。だが――。

 

「エミリオ君?」

「は、はいっ!」

 

 背後からかけられた声に思わず身をすくめて反射的に返事をしてしまい、恐る恐るエミリオは振り返る。

 一見すればリゼルは普段どおりの笑顔、のように見えるが、背後に黒い何かが見えるようである。立ち聞き、とも捉えられかねない状況、今そのことを咎められたら土下座して謝ってでもこの場を立ち去りたい。

 

「親衛隊の訓練、終わりました?」

「は、はい! 先ほど……」

「では中庭は空いておりますわね?」

「あ、空いております!」

「そうですか」

 

 蛇に睨まれた蛙よろしく、直立不動でエミリオは答えた。その蛇は今度は自分と話していた者の方へと視線を移す。

 

「近衛隊長殿、少しお付き合いよろしいでしょうか?」

「すみませんが、私はあなたと違って忙しい身ですので……」

「あら、そうですか。……せっかくお手合わせでも願おうかと思ったのですが、残念。自信がないのは私ではなくあなたの方でしたわね」

 

 もはや誰が見ても明らかなほどにビオレの笑顔が引きつった。

 

「……わかりました。ではお付き合いさせていただきますわ。どうやらメイド長殿は自国の方々の前で無様な負け姿をご披露することをお望みのようですから」

 

 言うまでもなく今度笑顔が引きつるのはリゼルのほうである。

 

「……エミリオ君」

「は、はい! まだ何か……」

「この後の私と近衛隊長殿の一騎打ちの立会人をお願いします」

「じ、自分がですか!? ……あの、この後ちょっと忙しくて……」

「エミリオ君?」

 

 リゼルが振り返り、ビオレと合わせていたその視線が注がれる。普段は晴れやかな気持ちにさせてくれるその笑顔だが、今日に限っていえば()()()()()()だ。

 

「……喜んでやらせていただきます……」

 

 ガクッと首を項垂れてエミリオは答えた。

 

「では参りましょうか、近衛隊長殿。あなたの墓場へ」

「いいですが、そのお墓は満員のようですよ? 先客が1人いらっしゃったようで、私が入る前に埋まってしまうみたいですわ」

 

 再び2人が沈黙し、

 

「うふふふふふふ……」

「おほほほほほほ……」

 

 また不気味に笑い合った。

 

(もうやだ……。この人たち怖い……)

 

 そんな2人を見てエミリオは項垂れたまま、心の中で涙を流すのであった。

 

 

 

 

 

「やれやれ……」

 

 親衛隊長のエクレールがため息をこぼしつつフィリアンノ城の廊下を歩く。先ほど親衛隊の訓練が終わり、隊の小隊長に用事を頼んだのだが、一向に戻ってくる気配がない。おかしいと思って詰め所に顔を出したが戻ってきていないということで、結局自分でその用事を済ませて、ついでに()()したその小隊長を探そうかというところだった。

 

(真面目な奴のはずなのに……。どこで何をやってるんだ、あいつは)

 

 つまみ食いをするようなことはないだろう、とも思うが、他に心当たりもないので食堂でも覗いてみるかと彼女が考えていた時、廊下の向こうから2人の男性が歩いてくるのが見えた。

 

「兄上!」

 

 彼女の兄で騎士団長のロランと、その友人で同じくガレットの騎士団長で将軍のバナードだ。

 

「エクレール、どうしたんだい?」

 

 ロランに問いかけられて、エクレールはバナードのほうへと一礼した後に話し出す。

 

「兄上、エミリオを見ませんでしたか?」

「エミリオ? ……いや、見ていないな」

「あいつどこに行ったんだ……」

「何かあったのか?」

「いえ……。ちょっと詰め所まで野暮用を頼んだのですが、いつまでもたっても戻ってこなくて……。私が詰め所に顔を出してみたら来ていない、という話で。真面目なあいつが私の頼みを反故にするというのも考えられず、何かあったのかと思ったものでしたから」

「そうか……。そちらも探し人か」

 

 そのバナードの一言にエクレールは視線を兄からその友人へと移した。

 

「バナード将軍もですか?」

「ああ。うちの近衛隊長が見当たらなくてね。なんでも、私を呼びに行くといって姫様の部屋を出たらしいんだが、その後私のところには来ていないし、レオ閣下のところにも戻っていないというので、少しロランと城内を歩かせてもらっていたところなんだ」

「ビオレ隊長が? ……そうだったんですか」

「そのビオレ殿とエミリオと、何か関係があるかもしれないな……。城の中の者に話を聞いて……」

 

 と、その時。3人の耳に歓声のような声が届いた。

 

「……なんだ、騒がしいな」

「中庭の方でしょうか?」

「騎士達のケンカか何かか? ……行ってみるか」

 

 そう言ったロランを先頭にエクレールとバナードが続く。

 中庭が近づくに連れ、歓声は大きさを増していく。どうやら声の出所は中庭で間違いないらしい。

 

「一体何が……」

 

 中庭に到着し、3人がそこの様子を窺う。ビスコッティ側だけでなく、護衛についてきたガレット側の騎士もいるために結構な数のようで、何やら盛り上がっていた。やはりケンカか、と思いながらエクレールは騎士たちの下へと近づいていく。

 

「一体何の騒ぎだ!?」

「あ、隊長」

 

 聞き覚えのある声にエクレールがその声の主を見る。エミリオと同じく小隊長級の女性騎士、アンジュだ。

 

「アンジュ、これは何の騒ぎだ?」

「模擬戦ですよ。というか……正確にはもうこれはほとんど一騎打ちですけど」

「一騎打ち!? ……実質ケンカじゃないか?」

「うーん……そうなんですかね……」

「一体誰と誰が……」

 

 野次馬を掻き分けるように覗き込んだエクレールは、次の瞬間「えぇ!?」とらしくない声を上げた。

 戦っているのは、一方は刀身の細い突剣を2本持ったフィリアンノ城メイド隊長のリゼル。もう一方は同様に両手にグリップダガーと呼ばれる、持ち手の先に刃が来る造りの短剣を持ったガレット近衛隊長のビオレだった。そしてその2人の戦いに立ち会うかのようにエミリオがあまりよろしくない顔色で立っていた。

 

「リゼル隊長にビオレ隊長……それに……エミリオ!?」

「なんか両隊長が話しているところで丁度通りかかっちゃったらしくて……立会人にさせられたそうですよ」

「ああ……」

 

 あいつも不運な奴だ、とエクレールは思った。宝剣を賭けた大戦のとき、本陣強襲をかけたビオレとそこの警護をしていたリゼルとの2人の間で()()()あったらしい、ということはエクレールも耳にしていた。

 いや、もしかしたらそんなのは関係なく、ただ互いに手合わせを願いたいという話になったのかもしれない。そんな風にも親衛隊長は考えたが、すぐにそれは却下した。

 目の前の2人は明らかに本気だ。模擬戦、などという生温い言葉とは違う。互いの意地とプライドを賭けての戦い、そう感じ取れるほどの気迫が2人から感じ取れる。

 

「……なるほど、見当たらなかったビオレ殿にエミリオの答えはこれだったか」

 

 背後から聞こえた声にエクレールは声の主である兄の方を見上げる。

 

「どうします? 止めに入ったほうがいいかと思いますが……。いささか覚悟がいるかと」

「まったくだね。ここで水を差したら2人になんと言われるかわからない。それに……。個人的にはこの戦い、興味がある。勝ち負けよりも、互いの国の実質的には近衛隊長同士の戦い……。なかなか見ごたえがあると思うよ」

「私もロランと同意見だ。ここで止めに入ったら帰ってからビオレ殿になんと言われるかもわからないからね。ここはおとなしく見守らせてもらうよ」

 

 この2人にそう言われたのなら、特に反対する理由もない。「わかりました」と了承する意思を伝え、エクレールは戦う自国のメイド長と隣国の近衛隊長の方へと目を移す。

 

 一応模擬戦の形を取っているためか、互いに紋章術は使用していない。しかしその攻防は目まぐるしい。

 リーチを生かし、リゼルが牽制気味に左の突剣を突き出す。右の短剣でビオレがそれを払って懐へ。だが素早く左手を引き戻し、リゼルは先ほどよりも鋭く突きを放った。

 ビオレが体を捻りつつその突きをかわし、勢いを利用して下段への足払い。数歩リゼルが後退してそれを避ける。体を起こしつつ間合いをつめようとするビオレだが、リゼルもそれに合わせて本命の右の突剣による突きを繰り出した。

 しかし左の短剣でビオレがそれを打ち払いつつ間合いを詰める。さらに踏み込み右手の突き。間一髪、リゼルが体を捻らせたことでグリップダガーが宙を割き、その空いた体へと左の突剣を切り上げた。が、残っていたもう一方の短剣によって防がれ、そこで両者が間合いを開けなおす。

 

 周りの野次馬からは歓声が上がった。騎士級同士の戦いでもここまで息を飲むような攻防は珍しいからだ。

 

(両者とも刺突重視の戦い……。いや、本来格闘主体と言われているビオレ隊長の場合、紋章術の使えない模擬戦の防御用として両手に短剣を持った、とも言えるか。ともあれ、ビオレ隊長が攻め込むにはリゼル隊長の間合いを打ち崩さないといけないのに、その相手はメイド流護衛剣術の突剣二刀流マスター……。親衛隊のエミリオやアンジュが2人がかりでも後れを取らないほどの腕前だ、それは容易ではない……)

 

 腕を組み、難しい表情で、しかし尻尾はややせわしなく左右に振りつつエクレールは考えをめぐらせる。

 

(しかも間合いに入り込めたとして、先ほどのリゼル隊長の体捌き……。見事と言わざるを得ない。刀身の細い突剣では剣を使って弾く、ということが難しい。そうなると防御に頼れるのは自身の体の動きとなるわけだが……。斬撃に適さない武器とはいえ、踏み込んだ時の反撃に斬撃を受ければ無視できるダメージではない、それを利用して相手を後退させるという防御……。さすがだ)

 

「どうしました、近衛隊長殿? そろそろ息が上がってきたのでは?」

「あら、それはそっくりお返ししますわ、メイド隊長殿。私はまだまだ若いですから、ご自分の心配をなされては?」

 

 そのビオレの言葉にリゼルの表情が引きつる。

 

(……まあ関心するのは剣の技術だけにしておこう。これは真似たくない)

 

 思わずそう思い、エクレールは苦笑を浮かべた。

 

「いつまでそうやって減らず口を叩いていられるかしら……!」

「それは勿論いつまででも……!」

 

 ()()と同時に2人が再び剣を交える。間合いを詰めたがるビオレとそうはさせまいとするリゼル。この2人の戦いの様子に、エクレールはある2人の戦いを思い出していた。

 

(そうか、()()()()もこんな戦い方だったか)

 

 かつてビスコッティの勇者とガレットの勇者、その2人が戦ったことがあった。長尺棒という長柄物を得意とする自国の勇者と、剣に格闘というより近い間合いでの戦いを狙う隣国の勇者。人々の語り草となっている戦いは主に最初の2度であったがどちらも最後は紋章剣の応酬となり、1度目は自国の勇者が勝ったが2度目は痛み分け。しかしその均衡した戦いは見ていた観客を魅了し、エクレールもその戦いを評価せざるを得ないほどであった。

 それから召喚術式が簡略化し、近頃では両国とも勇者は月に1度以上フロニャルドを訪れている。それに合わせるように戦が行われることも多く、勇者の活躍を見れる機会は飛躍的に増えた。

 

(……なぜ私は今ここであいつのことなど思い出しているんだ)

 

 意図せずエクレールの頬が赤く染まる。が、本人も、周りの人々もそれに気づく様子はない。皆、目の前の戦いに釘付けだからだ。戦いは佳境、次の一手で勝負が決まるかもしれない、という状況である。

 

「いい具合時間もかかってギャラリーも増えましたし……そろそろ決着といきましょうか?」

 

 本人達もそのことを実感しているのであろう。右手の突剣を器用にヒュンヒュンと回した後、リゼルが切っ先をビオレへと向けつつそう言った。

 

「降参でもしてくれるんですか?」

「ご冗談を、近衛隊長殿。それはそちらがしてくれると思っていましたが」

「論外ですわね。勝てる戦いを降参する理由が見当たりません」

「ではご覚悟を。後から嘆くこととなりますがね」

 

 リゼルが両手の突剣を構える。ビオレも眼光鋭くグリップダガーを握り締めた。

 

 緊張した空気が流れる。両者がまさに地を蹴ろうとした、その時――。

 

「双方とも! そこまでじゃ!」

 

 空気を切り裂いて聞こえた凛とした声にリゼルとビオレだけならず、その場にいた全員が声の方へと視線を移した。

 

「レオ様……」

「ビオレ、何をやっておる! バナードを呼びに行くと言っておきながら一向に帰って来ずに……」

「リゼルもです! 客人相手に剣を振るうなど!」

 

 レオと、その傍らに寄り添うように立っていたミルヒの姿を目にすると、リゼルは突剣を鞘へと収めた。

 

「……申し訳ありません。廊下で丁度ガレット近衛隊長殿を見かけたもので、私が一手ご指南願いたいと模擬戦を提案したのです。ですので責任は私に……」

「いいえ。その提案を受けたのは私です。ですから、私にも責任の一端はあります。メイド隊長殿がお咎めを受けるのであれば、私も同様です」

 

 ビオレの申し出にリゼルは驚いたように視線を彼女の方へと移した。

 

「……ミルヒ、どうする?」

「2人とも反省しているようですし、互いに了承して、ということであれば……。まあ今回は不問、ということで、レオ様、いいですか?」

「お前に任す。……いや、その2人よりも」

 

 チラッとレオは自国の騎士団長を見つめた。

 

「バナード、貴様なぜ止めなかった?」

「止められる雰囲気ではありませんでしたからね。それに興味もありましたし」

「それについては私も同罪ですね。騎士団長という立場でありながら止めに入らずに観戦に回ってしまったわけですから」

「バナード将軍と兄上を責めるのでしたら、この場にいた私にも……」

「あーもういいです! 皆今回は何も無しです! これじゃ水を差した私が悪者みたいじゃないですか!」

 

 不機嫌そうに頬を膨らませるミルヒ。

 

「しかしお前たち3人が止めに入れないほど、となると……。なかなかの戦いだったようじゃな」

「ええ、それはそれは。十分客を取れますよ」

 

 そのバナードからの推薦の言葉を聞くと、レオの表情が意地悪く変わった。

 

「ほう、そうかそうか。どうじゃ? 今度メイド長と近衛隊長の一騎打ちの興業というのは……」

「やめてください、レオ様。私などが戦ったところで盛り上がりません」

「よく言うわ。国営放送の解説に出てるせいか、お前のファンは多いとも聞くぞ?」

「からかわないでください!」

「私の方も遠慮させていただきます。私はあくまでメイドですから、非常時以外は裏方に徹しさせていただきます」

「そうか。……なら水を差して悪かったな。いずれ正式な形で……」

「いえ、お気遣いだけ受け取っておきます。()()()()()()で戦うのは、今日ので十分ですし。……そうですわね、近衛隊長殿?」

「ええ。ここでの決着など()()()ですから。今日はいい勉強をさせていただきましたわ」

 

 そう言うと2人は「うふふふふふふ……」「おほほほほほほ……」と互いに笑い合った。そんな様子に思わずレオは呆れたように苦笑を浮かべる。

 

「……まあいい。ビオレ、バナード、それにガレットの騎士達。帰るぞ、準備せい」

 

 そのレオの言葉で場は解散の空気となった。

 と、リゼルがビオレの方へと右手を伸ばしてくる。

 

「……何か?」

「いえ、本日()()()いただきありがとうございました、と言いたかったもので」

 

 ビオレも右手を差し出してそれを握り返す。やや力が篭っているとは感じた。

 

「……この決着は、いずれ時が来たら、またつけましょう」

 

 普段どおりの、細目でやや笑顔を浮かべた表情でリゼルがそう言った。

 

「そうですわね」

「そのときは()()()()()戦いたいですわね」

「それは保証しかねますわ。何分、近衛隊は荒事も引き受ける隊ですから」

 

 フフッと小さく笑った後、リゼルは()()()()()()()()

 

「……一応礼は言っておきますね。まさかあそこで私を擁護する発言が出るとは思っていなかったものですから」

 

 そのリゼルに対して驚いた表情のビオレだったが、すぐにリゼルは普段どおりの細目に戻って右手を離した。

 

「では近衛隊長殿、お達者で」

「そちらこそ」

 

 ビオレに背を向け、突剣を外しながら、リゼルは巻き込んで立会人にさせた騎士のほうへと歩いていく。

 

(本当……食えない相手だわ)

 

 その背を見送りつつ、ビオレはそんな感想を抱き、レオの元へと戻っていった。

 

 

 

 

 

 ビスコッティからガレットへと続く街道。フィリアンノ城を出たレオ達一行がヴァンネット城を目指して進んでいた。

 

「ビオレ、大方予想はついているが……。なぜああなったのか説明せい」

 

 城を発ってからやや経ち、レオはビオレにそう問い詰める。

 

「あそこでメイド長が言ったとおりですよ。模擬戦を提案され、私はそれを受けただけです」

「よく言うわ。……本陣急襲の際に捕えられた雪辱を晴らそうとでも思っておったのだろう?」

 

 ハァ、とビオレが大きくため息をこぼした。

 

「レオ様は私がそのような安い女とお思いですか? ……まあ常々あの不覚を気にしていたのは事実ですが。そこで当の本人に煽られたもので、つい……」

「ワシの言ったことで大体当たっておろうが。……それで、気は晴れたか?」

「多少は。……ただ、これで向こうのメイド長の強さは身をもって実感できました」

「ほう?」

()()()()が本陣を守っていたのでは、それは急襲をかけてもうまくいかないわけです。私ももっと近衛隊長として、自身を鍛えなくてはいけないようです」

「そうか。まあお前がそう望むなら、そうすればよかろう」

 

 そのレオの一言に、呆れたようにビオレは苦笑を浮かべた。

 

「何他人事みたいに言ってるんです?」

「何?」

「私が自分の時間を取るためには、レオ様にもっとしっかりしていただかないといけないんですよ?」

「な!?」

 

 心外、とばかりにレオが口を開く。

 

「ワシは十分しっかりしておろうが!」

「いいえ、まだまだです。ガウル殿下のことをどうこう言う前に、まずご自身がもう少ししっかりなさってください」

「ワシのどの辺がダメというんじゃ!?」

「ここ最近、勇者様が頻繁においでになるということで戦のほうと、あとは彼の()()()にかまけすぎです。今だって来月の東西戦のことばかり……。他の事にももっと目を向けてください」

 

 ()()()()の話になり、レオはどこか気まずそうな表情を浮かべた。

 

「そんなことを言っても……。あいつは常にガレットにいるわけではないんじゃし……」

「でしたらさっさとご結婚でもなさってください。それでしたら、私のほうも諦めがつくというものです」

「貴様他人事と思って……! ……まあ実のところ互いにまんざらでもないんじゃが……あいつがもう少し待ってほしいと言うからの……」

「あら……。私の知らないうちにそのような仲にまでご発展されていたんですね。年寄りの冷や水でしたわ」

「おい! ビオレ!」

 

 冷やかしに対してレオが不満そうに口を尖らせる。しかしそれを傍らで見ていたバナードは、ビオレがうまく矛先を逸らして話題を摩り替えたな、と感心していた。同時に、こんな簡単に手玉に取られているようでは、やはりレオにはもう少し成長してもらいたい、と思わずにもいられなかった。

 

 

 

 

 

「聞きましたよ」

 

 フィリアンノ城内の廊下。たまたま出会ったミルヒ専属秘書官のアメリタにいきなりそう言われ、リゼルは首をかしげた。

 

「何がです?」

「ガレットの近衛隊長とやりあったそうじゃないですか」

「あら。もう広まってるの?」

「城勤めの者なら皆知ってますよ。勝ったのですか?」

 

 一つため息をこぼし、リゼルは間を空ける。

 

「いえ。決着はつきませんでしたけど」

「そうですか。……それで、どうだったんです?」

 

 さっきと同じ質問ではないか、とリゼルは怪訝な表情を浮かべた。

 

「どう、とは?」

「互いに近い立場でしょう? 私は剣を持たないのでそういうことはわからないですが、何か思うところがあったのではないですか?」

 

 一瞬考え込む様子を見せるリゼル。

 

「あの方は……姫様の本陣に奇襲をかけるということをかつて行いました。無礼極まりないその行為に、よく思っていなかったことは事実でしたが……。いざ手を合わせてみると、なかなかどうしてやる相手ですわね。さすがレオ様の側役というだけある、もし裏をかけなかったら、宝剣はあっさりと持ち去られたことでしょう」

「……あなたがそこまで言うのですか」

「あの時姫様が止めてくださらなかったら、どちらが勝っていたか……。しかし決着はつきませんでしたが、あれでまあよかったとも思っていますけどね」

「と、言うと?」

「1番丸く収まっていると言えるでしょう。向こうは2度屈辱を味合わずに済み、こちらは私のメンツが潰されないわけですから」

 

 随分とあっさりしたリゼルの言い様にアメリタは少し拍子が抜けた。城内の汚れは徹底的に落とす、自分の仕事は責任を持って最後までやりきる……。これまでの付き合いでそんな完璧主義な部分があると思っていたからだ。

 

「完璧主義者のあなたにしては珍しいですね」

 

 だから、思ったことをそっくりアメリタは口にした。

 

「そうかしら? 逆に私らしいのでは? だってあちらとも約束しましたし」

「約束?」

 

 フフッと小さくリゼルが笑う。普段どおりの微笑だが、その裏に何かが隠されたような含まれた笑み。

 

「……次に戦う時は戦場で、という約束です。あんな模擬戦という場ではなく、正式に戦場で相手を敗り、私が勝ったということをはっきりと証明する。……それなら完璧主義者らしいかしら?」

 

 リゼルの微笑に対し、アメリタは苦笑を浮かべた。

 やはりこの人は間違いなく完璧主義者だ。中途半端な決着を望まない、だから()()()()で一度戦場で合い見えた相手と、今日戦場でもない場所で決着をつけることを拒んだのだ。

 

「……ですが、あなたの方から戦いをふっかけたのでしょう?」

「ええ。ちゃんと一度手を合わせて、実力を窺っておきたかったですからね」

 

 そして抜け目ない。さすがは近衛隊のいないビスコッティにおいて、実質近衛隊長扱いである人間だとアメリタは感心した。

 

「まあ久しぶりにいい運動になりましたわ。……あ、でも巻き込んでしまったエミリオ君には悪いことをしましたけど」

 

 

 

 

 

「あ……隊長、そういえば隊長に頼まれていた用事を済まれる途中で巻き込まれてしまったので……。すみません」

「気にするな。話は聞いた。リゼル隊長とビオレ隊長の話していた場にたまたま居合わせたんだろ? 私のほうは大した用事でもなかったし、不運なお前をこれ以上責める気にもならん」

 

 メイド隊長と近衛隊長の模擬戦の後、立会人を無理矢理やらされていたエミリオは疲れた様子で詰め所へと戻ってきていた。そこにエクレールも来たのを見て、思い出したように彼はそう言ったのだった。

 

「しかし……。あの2人、さすがは実質近衛隊長クラスといったところか。間近で見てどうだった?」

「すごいですね……。いや、それ以上に……。腹を探り合うような、あの裏のあるやり取りというのは、どうにもこうにも……」

 

 だろうな、とエクレールは小さくため息をついた。

 自分もそういうのは苦手だ。というより、ビスコッティでそれを得意とする人など、リゼル以外にいないようにも思える。一方ガレットではそのリゼルとやりあったビオレ、参謀役のバナード、さらにはあの()()()()勇者もそんな調子で話すことが多いわけだが。

 

「女性というのは笑顔の裏に何を隠しているかわからないものですね……」

「エミリオ、それは私に対しての嫌味か?」

「あ! そんなつもりは……。……というか、そもそも隊長は()()()()()()はずなのに()()()()()から全く当てはまらないかと……」

「……ほう?」

 

 エクレールの顔が引きつる。だがエミリオは彼女の方を見ていないためにその様子に気づかない。

 

「でも、自分はそれでいいと思いますよ。勇者様のこととかになるとすぐ顔に出ちゃって……しかもそれなのに素直になれずに思ってることと違う行動をしてしまう隊長が、すごく隊長らしくて……って、た、隊長?」

 

 そこでようやくエミリオはエクレールの様子に気づいた。表情が引きつり、右の拳が震えている。

 

「あ、あの……もしかして怒ってます……?」

「さあ? どうだかな? 私はすぐ顔に出るんだから、わかるだろう?」

「い、いや、あの、馬鹿にしたとかそういうつもりは全くなくてですね……」

「じゃあなんだ? なんでわざわざ()()()を引き合いに出した?」

「え、えーと……」

 

 あはは、と笑ってごまかすエミリオ。

 

「笑ってごまかせると思ってるのかー!」

 

 どうやら自分は今日戦った2人と違って笑顔の裏の心を隠しきれないらしい。そう思ったこの日散々のエミリオは、結局とどめとしてこっぴどくエクレールに怒られたのだった。

 

 




水晶……クォーツ。4月の誕生石。

リゼルとビオレの関係ですが、おそらく原作はここまで悪くはないと思います。
が、自分が確認している限り、ここまで2人の間で明瞭な会話はなかったはずなので、更に言うと1期の閣下撫で撫でのシーンにもリゼルはいたけどビオレがいなかったということもあって、妄想を膨らませてこういう形になってます。
まあ2期EDで同じくくりで出てきてますし、実際はそんなことないとも思ってますけどね……。
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