DOG DAYS DUAL-BRAVER   作:天木武

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Princess VS Braver!(ガレット東西戦)

 

 

 ゴールデンウィークというものがある。いわゆる大型連休だ。大体4月末から始まり、5月頭ぐらいまでが該当する。何連休になるかはその年の休日と曜日のぶつかり具合によるが、今年は4月28日の土曜日から始まり、祝日である翌29日が日曜日にぶつかって30日に振り替え休日。5月に変わって2日間平日を挟んだ後に祝日の3連休、さらに6日が日曜日と比較的連休を取りやすい日程となっていた。

 

 そして今日は5月3日……いや、()()()()()()()の暦でいうなら5月ではなく翠玉(すいぎょく)の月か。ともかく、平日2日を挟んだ後、ゴールデンウィークの後半戦が始まる日だ。

 

 今頃日本は連休ムードだろう。学校の部活の連中には、ここは練習を控えめにして部員で遊びに行くという予定を組んでる奴もいるらしく、おかげで練習は組まれていない。まあ練習がないってのは最初からこっちに来るつもりだった俺としては好都合だ。春休み以来の長期滞在ができるわけだからな。

 

「……おいソウヤ、聞いてんのか?」

 

 と、そんな俺の物思いに耽っていた頭は横から投げかけられた声に現実へと引き戻された。銀の髪に獰猛そうなその表情、そして髪と同じ色の()()()()()()耳を持つ少年。

 

「……すみませんガウ様。ちょっと物思いに耽ってました」

 

 俺は素直に彼に謝罪を述べた。一瞬怪訝な表情を見せたが、特に気にしてない様子でその王子は口を開く。

 

「いや、まあ別にいいけどよ。ちらっと聞いた話だが、確かお前の世界じゃこの時期にかかる病気に五月病とかってのがあるんだろ? それじゃねえのか?」

 

 これには苦笑を浮かべざるを得ない。なるほど、俺のいる世界について以前よりは遙かに知識がついているようだ。しかし残念ながら認識が若干間違っている。

 

「五月病を知ってるというのは感心しますが……。意味合いが違いますよ。今俺がここにいるのは連休の賜物なわけですが、そもそも俺の世界では4月……えっとこの世界だと水晶の月でしたっけ? そこから年度が変わって、職場や学校の学年など環境が変わるわけです。それからひと月経った頃にこの連休を迎えてこれまでの疲れが出て、休み明けにやる気が出なくなる、学校や職場に行きたくなくなる、というのが本来の五月病です。だから厳密には病気とはちょっと違うんですよ」

「でもソウヤ、さっきボーっとしてたんだから、それなんじゃないの?」

 

 それこそお前の方が五月病じゃないのか、と突っ込みたくなるほど低いテンションでそう言われた。ガウ様の親衛隊、ジェノワーズのセンターであるノワールだ。

 

「そいつは違うな、黒猫。あいにく俺は五月病なんてのとは無縁な性格なんでな。……もっとも、勇者としてここに召喚されるまでは1年中五月病みたいな精神状態ではあったが」

「おいおい、よせよ。ガレットの勇者が何もやりたくない病気にかかった、なんていったらシャレにならねえぞ」

「まったくや。ウチを見てみい?」

 

 今度は元気だけが取り得のジョーヌだ。むしろお前は陽気すぎだろと言ってやりたい。が、ここは少し言葉を変える。

 

「ああ、そうだな。お前は1年中()()()()だもんな」

「あ、さすがソウヤさん。その通りー」

「ちょ、ベル!」

 

 ベールへの突っ込みにこの場の全員から笑いが起きた。

 

 今ここにいるのは俺とガウ様、それからその親衛隊ジェノワーズの合計5人だ。俺がフロニャルドに呼ばれるようになってから、なんだかんだこの5人でつるむことが多い。どうもガウ様には人を惹きつける天性の素質があるらしく、こんな絡みにくいであろう俺ともいち早く打ち解けてくれていた。俺の方が2つ年が上ではあるが、そんなのは気にせず接してくれている。その方がこちらとしてもありがたい。

 

 もっとも、2歳の年差ということでいうとビスコッティに召喚された勇者のシンクも同じだが、やはり気にせず接してくれている。紆余曲折はあったが、今じゃよき友人で同じ勇者でライバルだ。あいつもこの連休中にフロニャルドに来るとは言っていた。が、今回はちょっと顔を合わせる余裕がないかもしれない。

 

「……また話が逸れちまった。んじゃ、話を戻すぞ」

 

 その理由が今ガウ様達と話している内容、明日に控えている「ガレット東西戦」だ。

 これは元々ガレット領内を東西に分けて戦う、いわば国内の戦になる。まあ戦と言ってもこの世界の戦は俺たちの世界の戦争とは全く違うわけだが。

 ともかく、その内戦だが、通常は主に領民達や若手の騎士達主体の戦いとなる。要するに国家間の戦よりグレードが低いために敷居も低く参加しやすい、ということだ。だが今回の様相は異なっている。

 

「もう1回今回の国内戦についてまとめておくぞ。俺たち……つまり俺とジェノワーズとソウヤは西軍に配属される。一方東軍は姉上とバナードとゴドウィン。領主に将軍2人だ、こっちの方が千騎長クラスのジェノワーズ分頭数は多いが、戦力的には五分か、こっちが不利かってところだろう」

 

 そう、今回の東西戦はガレットの将軍、隊長クラスが双方に分かれるという豪華な顔ぶれとなっているのだ。どうも俺は勇者ということで過剰な期待がかけられているらしく、国内の強者との戦いもみたいと領民が望んだ形だそうだ。

 だが俺としては少々不満な点がある。

 

「……で、俺が戦う相手、考慮しなおしてもらえましたか?」

「勿論却下だ。この状況、お前と姉上が戦うという選択肢以外ありえねえだろ?」

 

 やっぱりか、とため息をこぼす。

 俺の不満というのはもう言うまでもなくレオ様と戦うように仕向けられる、ということである。

 俺は学校では弓道部所属、そのため得意武器は弓だ。そもそも一対一に不向きな武器、まず一騎打ちを強制させられる、ということが喜ばしい状況ではないのだ。

 とはいえ、中学までは剣道とあと格闘技を数種習っているおかげである程度は対応できる。が、それはあくまである程度、だ。シンクやガウ様のようなスピード主体の戦闘スタイルならまだ対応が利く。あるいは、ゴドウィン将軍やジョーヌのような()()()()鹿()も、速いとはいえない俺のスピードでかく乱が可能だからなんとかなるだろう。しかし相手は()()レオ様だ。パワー主体でありながらスピード、テクニック共に一流。相性からいったら最悪の相手、非力な戦闘スタイルの俺がごまかしながら戦い切れる相手ではない。

 

「はっきり言って勝ち目薄ですよ? 俺にとっちゃ天敵と言っていいタイプだ。あんまり無様な負けっぷりを見せると領民も冷めるんじゃないですか?」

 

 だから俺は本心を包み隠さず言っておく。……もっとも、そうじゃなくても俺にはあの人とは()()()()()()()()があるわけだが。

 

「なんだよ……お前にしちゃ弱気だな」

「弱気というか、俺は現実主義者だと言ってるでしょう? それに則って考えれば、大陸最強剣士のダルキアン卿とタメ張れるあの人に勝てる気などしないんですが」

「でもソウヤ、そのダルキアン卿には1度勝っとるやないか?」

「ありゃあ勝たせてもらったんだ。実力じゃ俺は遠く及ばない。……ああ、()()()()()()()()()()()()から()()()()だ」

 

「……これは酷いブラックジョーク」

 

 ノワールにそう突っ込まれた。ダルキアン卿本人を前にして言ったらあの人は困った顔をするだろう、それ以上に傍らのあの()()()()()に凄い目で睨まれそうだが。

 

「だったらお前も新技とか作ればいいんじゃねえか? そうだ、輝力武装とかどうだ? 紋章術の飲み込み速度はずば抜けてるお前だ、ここで案を出せばすぐ実践できるだろ?」

「冗談はよしてください。身体能力を紋章術で補う俺にとってあんな輝力をバカ食いする方法なんてのは自殺行為です。それに輝力の出力自体はお世辞にも強力といえない俺だ、やったところでたかが知れてるでしょう。……ともかく、勝つ見込みが厳しい以上、個人的には了承しかねるのですが」

「ダメだな。領民達が見たがってるし、俺も見たい。お前らも見たいよな?」

「見たい」

「そりゃ勿論」

「領主と勇者の対決なんて滅多に見れませんから」

 

 ガウ様と親衛隊の波状攻撃に俺は思わずため息をこぼした。

 

「大体よ、お前姉上と肩を並べたいだとか守る存在になるとか言ったんだろ? ならいつかは越えなきゃならない壁ってことだろうが」

 

 ……くそっ、恥ずかしいことは全部だだ漏れか。

 今ガウ様が言ったことはほぼ正解だ。いや、厳密には守る、と直接的には約束していない。まあ結果的に同じだしそれを訂正したところでジョーヌ辺りに冷やかされるのが目に見えるからやめておくが。

 つまるところ、この国の領民達は……

 

「そんなに俺の()()()()()()()が見たいわけですか?」

 

 そう、こんなことを言うのは照れくさい気もするが、俺とレオ様は恋人同士に当たるわけだ。で、俺にその恋人と戦え、という。

 

 確かに俺はレオ様に召喚されて勇者とか言われてるし、レオ様も領主なわけだから、その戦いは注目されるものだと言うのはわかる。しかしこれはどうやらそれだけの理由ではない。どうも俺たちの関係は領民達にもバレバレのようで、ならなおさら、という声が上がっているらしい。

 

「おう、見たいね。いいじゃねえか、一足先に()()()()しとけよ」

 

 ……他人事と思ってこのバカ王子め……。

 

「そやそや。家庭円満の秘訣は夫婦喧嘩にあり、らしいで」

「実際お前は家庭どころか付き合ったことすらないんだろうが。適当なこと言ってると殴るぞ」

「うわ、こわ……。っていうか今のさりげに酷くないか!?」

「でも事実じゃない?」

「おいベル!」

 

 いつもの漫才が始まり、思わず俺はため息をこぼす。これじゃ話が進まん。いや、進んだところでこれは既に決定事項、な空気を押し付けられて俺が納得させられるという説が濃厚だ。

 

「お、作戦会議中か?」

 

 そんな俺の悩みの種の大元が現れる。部屋の入り口を開けたのはレオ様だった。

 

「よう、姉上。まあそんなところだ。もうちょっとソウヤ借りてるぜ」

「別にワシの物というわけでもないじゃろ。それに……明日の東西戦では敵同士じゃ、それが終わるまではあまり話さない方が、戦いに集中できると思っておったしな」

「じゃあレオ様自身もここの連中と同じく、俺と剣を交えることは賛成なんですか?」

 

 せっかくここに来たのだから単刀直入に聞いてみる。

 

「周囲がそれを望むようじゃから、ワシは構わん。……本音を言えば、お前と全力でぶつかれるのは楽しみでもあるがな」

 

 俺はまたまたため息をこぼす。決まりだ。こりゃ明日はこの人と戦わないといけないらしい。

 

「領民達も今までにないほどこの東西戦を楽しみにしておるそうじゃ。本来ローカルでしか放送されない内戦じゃが、今回はビスコッティやパスティヤージュも放送を予定しておるらしい。……無様な負け姿は見せぬよう、コンディションだけはベストにしておけよ」

 

 ニヤッと、どこか嬉しそうに笑みを浮かべてレオ様は部屋を去っていく。さすがは戦闘狂(バトルマニア)、戦が大好きな国の領主様だ。三度の飯より戦が好きなようにすら見える。……もっとも、俺もこの世界の戦自体は嫌いじゃない、というより好きではある。が、今回は状況が別だが。

 兎にも角にも俺があの人と戦うことはもう確定事項だ。

 

「……ちくしょう、また話逸れちまったな。で、だ。ソウヤが率いる隊は姉上の部隊とぶつかった後、頃合を見計らって一騎打ちに移行だ。俺の部隊は……」

 

 ならもうここまで聞けばあとはもう関係ない、といってもいいだろう。要は俺とレオ様が戦えば、もうその後はないわけだ。なぜなら俺はぶっとばされて救護班行きか、運よく勝てたとしてそれ以上の戦いは不可能だろうからやはり救護班行きとなるからだ。行きの片道分だけを考えればいい、なんて楽な旅の予定だよ。

 ……まあいいや。なるようにしかならない、か。せめて勇者らしく戦うことだけは心がけよう。

 

「……とまあこういうわけだ。じゃあソウヤ、姉上はお前に任せるぜ」

 

 一通り明日の展開を話し終えたガウ様が俺へと話を振ってくる。俺は嘘はあまりつきたくない。出来ない可能性の高い約束も安請け合いはしない。だから、こういうときの決まっていつもの通りの答えを返すことにした。

 

「努力しますよ」

 

 

 

 

 

 ガウ様との翌日の打ち合わせを終えた後、俺はジョーヌと城内を歩いていた。最初にこちらに来たときは俺の世話役はレオ様の側近であるビオレさんだったのだが、俺がこっちに来る回数が増えるに連れて、お()り役はこいつが引き受けることが多くなっていた。俺としてはビオレさんと一緒に歩く方が嬉しいのだが……まああの人も何かと忙しい様子だし。今回の東西戦には出ないようだけど、ゴールデンウィークの前半は時折近衛隊と訓練している様子も見受けられた。以前はそんな様子はなかったのだが、どうやら俺やシンクが不在の間にビスコッティのあの()()()()()()とやりあったらしく、それ以来訓練に顔を出すことが増えたそうだ。結局レオ様が止めに入ったから勝敗はつかなかったらしいが、その勝負は見てみたかったな……。

 

「しかしこんなまたすぐ来るなら、一旦そっちの世界に帰った2日間もこっちにいればよかったんちゃうか?」

 

 と、歩きながらジョーヌが話しかけてきた。

 ゴールデンウィークというのは4月29日の祝日の後3日間平日を挟む。今回は振り替えで30日も休みになったが、5月の1日2日は平日で学校は平常授業だった。

 世の中の大人共は、そこの平日は社会人パワーで有給とか使って無理矢理10連休とかにしてしまう人もいるらしいのだが、高校生の俺にはそんなパワーはない。今回俺はゴールデンウィーク開始と同時の4月28日にこっちに来て3日間過ごしていた。しかし次の連休の間が2日ぐらいなら、と学校を休んでずっとここにいる予定だったのだが……。

 

「レオ様に『学業を疎かにする勇者など勇者とは認めん! また再召喚してやるから行って来い!』って言われたんだよ。……召喚が簡略化されて行き来しやすくなったはいいが、そのせいで学校に行くハメになっちまった」

「学校嫌いなんか?」

「嫌いじゃない。まあ好きでもないが。だったらここで戦に精を出す方が楽しくていい」

「ならさっさとここに永住したらええんちゃうか?」

「……人事だと思って気安く言いやがって」

 

 とはいえ、俺の意思はもう決まっている。高校卒業と同時にここに永住するつもりでいる。将来の進路はどうするかどこに住むか云々がまとめて解消されちまう夢のような選択肢だ。が、同時に親戚にどう説明したらいいかという問題もある。これまで面倒をかけた以上、「探さないでください」でふらっといなくなるのも申し訳がない気もする。

 だが俺の場合その悩みはシンクよりかは大分少ないと思ってる。あいつは家族や幼馴染が地球にいるわけだが、俺は両親が共にもういないわけだし兄弟もいない。最終手段としてパッと消えてもまあいいかと思うところもある。「地球に2度と帰れないか、地球に帰れるがフロニャルドに2度と戻って来れないか、どちらか選べ」と言われたらノータイムで前者を選ぶ。今の俺にとってはそれほどこの世界が大好きだし、それにここには()()()()がいるからだ。

 しかし今先ほどの決定をしなくてはならない、というのでなければ、今はまだそのときではない、と思ってる。

 

「いつかはそうする」

 

 だから俺はそう答えた。

 

「なんでや? 心が決まってるなら、早い方がええんちゃう?」

「高校……今行ってる学校は出ておきたい。それに……俺のいる国じゃ()()()()()()()()()だ」

「ああー」

 

 ニマッとジョーヌの顔がにやける。……余計なことを言っちまったか。

 

「なるほど、ソウヤ意外とそういうところ真面目やもんな。でもここじゃそんなのはないで? 今すぐにでも結婚することは可能や」

「うるせえ。俺の気持ちの問題だ。……それに、こっちに永住するってことは向こうの世界と決別する、って言い換えてもいいだろう。なら、心の方も一区切りをつけられる高校卒業までは先延ばしにしたいってことだよ」

 

 こっちも本心。ちょっと真面目なことを言えばこいつも黙るだろう。

 

「あ……。そっか……。ウチが考えてるほど気楽なことじゃなかったんやな……。ゴメン……」

 

 が、どうも利き過ぎたらしい。一気に落ち込んじまった。うるさすぎる調子者だが、黙りこくられるのもこっちとしては調子が狂う。

 

「気にするな。いずれはこっちに永住する、その覚悟は出来てる。ただもう少し待ってほしい、ってことだ」

「え……。さっき決別とか言ったやろ? そっちの世界はいいんか?」

「ああ。恋人置いて元の世界に帰ります、なんて言えるか」

「ならレオ様をそっちに連れて行くのは?」

「おい、ガレット領民、その発言はいいのか? 将来的にはガウ様に領主の座を譲るにしても、仮にもお姫様だぞ。そのお姫様をたかが召喚勇者に過ぎない俺が連れて行く、なんて許される行為じゃないと思うが。

 それにこっちの世界の人々は俺が異世界人だってことを知ってるからか、()()()でも問題はなさそうだが……。逆の場合、地球じゃそうはいかない。異世界がある、などとまるで夢物語な話を信じる者など基本的にいない。だがそこに耳がある者が現れれば……それこそ()()の目で見られ、何をされるか知ったものじゃない。異世界があると知れば侵略を仕掛けるかもしれない。だからレオ様を俺の世界に連れて行くというのは却下だ」

 

 とはいえ、レオ様は地球に来たことはあるわけだが……。その時は耳は帽子で隠し、尻尾は服の下に隠してもらうことでなんとかばれずに観光をしたが、地球に住む、となれば夏場などそうはいかないだろう。

 

「なるほど……。いろいろ面倒なんやな」

 

 頭をかきつつジョーヌがそう言った。まあそうだ、はっきり言っていろいろ面倒なことではある。だがそんな面倒の代わりにここでこうして勇者をしてられるのなら、その面倒も悪くはないだろう。

 

「ほんなら、『ソウヤ・ガレット・デ・ロワ』殿が誕生するのはもう少し先か」

 

 ああ、なるほど。俺がさっき口を滑らせた後、こいつはその話にもっていきたかったのか。しかし……

 

「……おい、俺は婿入り前提かよ」

「え? 違うんか?」

 

 違う、と言えないのが現実だ。こっちに永住、となれば今の召喚勇者と言う立場でいるわけにもいかないだろう。そうなればせいぜい騎士辺りの身分に落ち着くだろうが、そうだとして王族が騎士に嫁ぐというのは無礼にあたるんじゃないかと思ってる。

 なら、汚い話だが、俺が王族側に婿入りしてしまえば向こうのメンツは保てるだろう。「たかが召喚勇者が王族に取り入った」と周りから冷ややかな目を向けられるかもしれないが、それは俺が受ければ済むことだ。一応勇者という立場上、それは問題ない、とレオ様と少し話したりもしたし。

 

「……まだどうするか決めていない」

 

 とりあえずお茶を濁しておく。

 

「そうか。……でも、今の口ぶりだと……やっぱりレオ様と結婚するつもりはもうあるみたいやな?」

 

 ……しまった。こいつ相手に不覚を取ったか。

 

「いやあレオ様に聞いてもその辺はうまくごまかされてな……。昔はこの手の質問には顔を真っ赤にして答えてくれてたのに、今じゃ簡単にあしらわれるから聞き出せんかったんよ」

「そのお前のせいであの人のウブな反応を見る、という俺の楽しみが奪われちまったんだよ。責任取れ」

「ハァ!? ウチ1人のせいか? ビオレ姉やんだって結構言ってたみたいやで?」

 

 本当に……こいつと話してると疲れる。決して嫌なわけじゃないが、物事は適度が1番だ。うまい食べ物も満腹時に食べれば苦痛になるのと一緒だ。

 

「……まあいい。ほら、ルージュさんいたぞ」

 

 すっかり忘れていた目的の人物を発見した。そもそもはルージュさんのところに俺を連れて行く、ということでこいつと城内を歩いていたのだった。

 

「あ、ほんまや。おーい、ルージュ姉!」

 

 ジョーヌの声に気づき、ルージュさんが振り返る。

 

「あら、ジョーヌ。それにソウヤ様」

「ルージュ姉、こいつに()()見せてやってな」

「あれ? ……ああ! あれね」

 

 パン、とルージュさんが両手を合わせた。

 

「ソウヤ様、私の後についてきてください」

 

 そしてルージュさんは先頭を切って歩き出す。

 

「……おいジョーヌ、あれってなんだ?」

「ふっふーん、見てのお楽しみや」

 

 ここで教えてくれる気はないらしい。素直に諦め、俺はルージュさんの後をついていくことにした。

 

 

 

 

 

 ルージュさんが来た場所は戦で乗用されるセルクルを管理、飼育している鳥舎だった。そういえばここには来たことがない。

 

「えっと……。あ、この子ね」

 

 何十羽という数のセルクルがいる中の1羽、茶色の羽毛に包まれたやや小柄なセルクルの前でルージュさんは足を止めた。

 

「ソウヤ様、あれ、とはこちらになります。こちらがあなた専用のセルクルです」

「俺専用……?」

「そや。勇者なんやし専用のセルクルがあったほうがいいだろう、ってことでレオ様が用意させたんや。小柄だけど、その分足の速さはなかなからしいで。まあレオ様のドーマには叶わんと思うけどな」

 

 確かにレオ様にはドーマ、ガウ様にはウィルマ、隣国ビスコッティでは姫様専用として飛翔可能な珍しい種でもあるハーランと専用のセルクルを持っている。なら仮にも勇者であるなら、俺も専用セルクルがあっても不思議ではない。

 

「ですが、別に俺は……」

「そんなこと言うもんやないで。レオ様からの贈り物や。そして明日の東西戦で初お目見え。盛り上がること間違い無しやろ?」

 

 ……まあそうか。それにレオ様からの贈り物、と言われたら受け取らざるを得ない。あの人の顔に泥を塗るなどしたくないし、できるはずもないからな。

 

「一応名前は今までは『ヴィット』と呼ばれていましたが、もしソウヤ様が他の名で呼びたいというのであれば、新たに名をつけてあげてください」

「いえ、今までのままで構いません。……ヴィット、か。よろしくな、ヴィット」

 

 俺の言葉にヴィットはクエッと小さく嘶いた。

 

「よかったら少し騎乗されては? 感覚を掴むのもいいかと思いますし」

「そうですね。じゃあお言葉に甘えて」

 

 俺はヴィットに飛び乗る。小柄な見た目の通り、今までより視点がやや低い。しかし気になるほどではないし、その分足が速いということだ。なら問題ない。

 鳥舎から外に出る。眩しい日差しにヴィットの茶の毛並みが美しく輝いた。

 

「行くぞ、ヴィット!」

 

 嘶きと共にヴィットが駆け出す。駆け出しからトップスピードまでが速い。どうやら短距離をより得意としてるらしい。なら、長距離を走る時は俺が輝力で手助けしてやればいいわけだ。そこで懐に潜り込んだら温存しておいたこいつの足でさらに切り込む。そうでなくても弓を使うことの多い俺の場合は瞬発力が高い方が助かる。俺とベストマッチだ。

 

 しばらくヴィットを走らせた後、その様子を見ていた2人の前にヴィットを止めて俺は地面に降りる。

 

「いかがですか?」

「素晴らしいですね。俺のいい相棒になってくれそうだ」

「それはよかった。可愛がってあげてくださいね」

「これで明日の東西戦はばっちりやな」

「それとこれとは別問題だ。結局は降りて一騎打ちになるんだろうからな」

「ま、こっちの勝敗がかかってるんや。そんなこと言わんと頼むで勇者」

 

 全くもって他人事のようにジョーヌは気楽に言って来る。しかしまあ専用セルクルが初お目見え、となればさっきこいつが言ったとおり盛り上がるだろう。興業的に見ればそれは悪くない。戦局が終盤を迎えるまではこいつと戦場を大暴れさせてもらうとするか。しかしその後のことを考えると……憂鬱になるが。

 そう思って苦笑を浮かべる。だがじたばたしても始まらない。出し切れる力だけは出し切ろうと腹をくくっておくことにした。

 

 

 

 

 

『皆さんこんにちは。ガレット国営放送、ジャン・カゾーニです! これからの時間はガレット国内で行われる東西戦の様子を生中継で放送していきたいと思います!』

 

 翌日。快晴な空の下、予定通り東西戦は開催されることとなった。ま、俺の心はそんな晴れの天気とは真逆、どんより曇り空なわけだが。

 

『本来はローカルで放送される内戦ですが、今回は少しばかり様相が異なります! それもそのはず、ガレットの勇者様が今回東西戦に初参戦となるからです! それに伴いレオンミシェリ閣下、ガウル殿下、そして将軍や親衛隊の方々なども参戦、まさに国内オールスター戦となっております! そのためにこの放送は隣国ビスコッティやパスティヤージュでも放送される予定です! なので参加者の皆さんは頑張ってください!』

 

 そういえば今日の実況はあのハイテンションなやかましい兄ちゃんじゃないようだ。こっちの少し落ち着いてる感じの方が今の俺のテンションには合いそうだ。

 

『ここで解説を紹介させていただきます。レオンミシェリ閣下の側近にして近衛隊隊長、解説役として登場していただけばそれだけで視聴率が大幅アップ! 勝利の女神、ビオレ・アマレットさんに来ていただいています! ビオレさん、よろしくお願いします!』

 

 ……いや、そうでもないようだ。こっちも大概だったか。

 

『よろしくお願いします。……でもジャン君、その私の紹介の仕方、まるでフラン君みたいよ?』

『あ、そうですか? 先輩が言いそうなことをちょっと借りたんですけど……。ともあれ、私はビオレさんと一緒の放送席に座らせていただくのは今日が初めてですので、ちょっと緊張しております。今日はよろしくお願いします』

『はーい。こちらこそよろしくね』

『えー、イチャついてるところ悪いんですけど、実況席、聞こえてますー?』

 

 ここで聞こえてきたのはいつものハイテンションアナの声だ。

 

『あ、はい! 聞こえてます! ……いや、イチャついてはいませんけど。フランさん、どうしました?』

『こちらフランです。主戦場となりますモラセス平野からですが、東軍も西軍もかなり気合が入っているようです! 今日の東西戦は波乱の展開になりそうですよ!』

『ありがとうございました。……波乱の展開ですか。まあそうなりそうなのも頷けるかもしれません。何と言ってもオールスター戦ですからね。……では両軍の顔ぶれをご紹介していこうと思います』

 

 ジャンさんのその声の後、映像板にゴドウィン将軍の姿が映し出される。どうやら東軍から紹介のようだ。

 

『まずは東軍からまいりましょう! その怪力が自慢のゴドウィン・ドリュール将軍! 戦好きの多いこのガレットにおいてまさに武人と言うにふさわしい豪快な戦いを得意としております!』

『ゴドウィン君は比較的最近ガレットの将軍となったのですが、その出世スピードは目を見張るものがあります。今日も大暴れしてくれることでしょう』

『続きましてバナード・サブラージュ将軍! ガレットきっての知将であり、騎士団長でもあります!』

『そして愛妻家という側面も持ってますね。……それを言ったらさっきのゴドウィン君もですけど』

『そしてそして、やはりこの方抜きには語れないでしょう! 東軍の目玉、我らの領主、レオンミシェリ・ガレット・デ・ロワ閣下です!』

『レオ様はずっとこの東西戦を楽しみにしていらっしゃいましたからね。……それこそ公務も手につかないほどに。ですから、今日の活躍は期待していいのではないでしょうか?』

 

 ビオレさんのその解説に対し、レオ様がカメラに対して「余計なことを言うな!」と叫ぶ様子が見えた。反射的に笑ってしまったが、この様子だと俺のときに何と言われるか知れたもんじゃない。笑ってる場合じゃないようだ。とはいえ、今からどうすることもできそうにないが。

 

『次に西軍に参りましょう! こちらも非常に豪華な顔ぶれです! まずはレオンミシェリ閣下の弟君、ガウル・ガレット・デ・ロワ殿下!』

『最近のガウル殿下の戦いには今までのスピードに加えて力強さも見受けられるようになってきたと思います。そこも見所と言えるでしょうね』

『続きましてそのガウル殿下の親衛隊、ジェノワーズの御三方! 素早いスピードで相手を翻弄するノワール・ヴィノカカオ千騎長、パワーが自慢のジョーヌ・クラフティ千騎長、弓矢による適格な援護を行うベール・ファーブルトン千騎長!』

『この3人はコンビネーションが見事です。互いの弱点をうまくカバーし合い長所を生かす戦い方、今日も華麗な連携に期待できそうですね』

 

 さて、順番的にいって次は間違いなく俺だ。……ビオレさんが余計なことを言いそうで怖い。

 

『そして! お待たせいたしました! 西軍最大の目玉、ついに東西戦に初参戦です! 国内の強者相手にいかなる戦いを見せてくれるのか!? 勇者、ソウヤ・ハヤマ!』

『西軍、というより、間違いなく今回の最大の見所でしょうね。おそらくレオ様と戦うことになるでしょうから』

『そうなれば盛り上がることは間違いありません! 領主対勇者、しかも互いに()()()()()()の間柄です! レオ閣下が勝つのか、それともソウヤ殿が勇者としての意地を見せるのか!?』

『今ソウヤ様が乗っておられるセルクルはレオ様より贈られたヴィットです。この戦で初お目見えになるわけですので、こちらも期待ですね。……ところで、ですけど。ソウヤ様だけ敬称がつけいにくいと思いません?』

『あー……。そうですね。召喚勇者ということで私は先ほど「殿」でお呼びしたわけですが、この国の正式な騎士として「ハヤマ卿」と呼べる日はいつになるか……。あ、いや、その場合もしかしたら姓が変わっている可能性も……』

「やかましいぞ実況! いらんことまで言うな!」

 

 思わず俺は叫んだ。……俺の中でこのアナの評価ガタ落ちだ。これじゃハイテンション兄ちゃんの方がまだマシじゃねえか。

 背後では兵達も笑っている。これでは示しがつかない。

 

「……今笑った奴、前列のガウ様の突撃隊に入れ」

「ええー!? そりゃないですよ、勇者様!」

「そうですよ! 俺達は勇者様と閣下の仲が発展するように願っていてですね……」

「おい、そんなに突撃隊に配属希望か?」

 

 再び兵達が笑う。まあこれで笑っていられるってことは、俺がそんなことはするわけがない、と信頼されているからだと捉えることにしよう。しかし本当に俺たちの関係は広く知れ渡っちまってるのか……。

 

『えー……。勇者様に怒られてしまいましたが……。気を取り直して参りましょう! 間もなく開戦となりますモラセス平野では両軍がにらみ合っている状態です! 東軍はなんとレオ閣下の隊が陣の中心に位置しております! その両翼をゴドウィン将軍、バナード将軍の隊が固める中央の突破を狙うかのような陣形。一方西軍はガウル殿下、ジェノワーズが率いる隊の順に前列を固め、その後方にソウヤ殿の隊を温存するという防御重視と取れる三列の陣形です。ビオレさん、これはどう見ますかね?』

『そうですね。彼は弓が得意ということですし、後列からの援護を重視する、という形でしょうか』

 

 なるほど、さすが解説に呼ばれるだけのことがある近衛隊長、なかなかいい目のつけ方だ。今ビオレさんが言ったことは半分正解。確かに俺が率いる隊には弓兵が多い。開始と同時にガウ様が率いる隊がまず突撃を仕掛け、俺たちがそれを援護する。ガウ様の隊が押され始めたところで今度は残りのジェノワーズの隊が突撃をかける。

 まあ大方ここまでの予想は出来るだろう。だがこれには続きがある。こちらの突撃後、おそらくここからは弓の援護も難しいだろうから混戦となると予想されるが、両軍の数が減ってきた、あるいはこちらが押され始めたところで今度は温存しておいた俺の隊が最後の突撃をかける。そして敵の攻撃をかいくぐってレオ様との一騎打ちに持ち込む。こういう展開は盛り上がる、とガウ様に吹き込まれ、そして実際にやることとなったわけだ。

 

『さあ、戦闘開始の時間が刻一刻と近づいてきましたが……。ビオレさん、ズバリこの戦い、どう見ますか?』

『そうですね……。確かに隊長クラスの頭数は西軍の方が多いですが……。領主に2人の将軍、やはり東軍有利というのが妥当な見方でしょうかね』

『なるほど』

『ですが……』

『ですが?』

『それはあくまで一般的に考えて、の話になります。西軍には勇者様がいる……。もしレオ様がソウヤ様に敗れる、ということになれば、状況は一変すると言ってもいいでしょう。勇者とはその名の通り見る者に勇気を与える存在。だとすれば、レオ様に勝つような、そんな戦いを見れば兵の方たちの士気も上がることでしょう。見ようによってはソウヤ様の隊が後列に下がっているのは勝つための切り札としての温存、と見ることもできます。よって、この勝負の鍵はやはりソウヤ様が握っている、と言っても過言ではないでしょう』

 

 ……まいったな。そりゃ過剰な期待だ。いくら俺が勇者だ、とか言ってもさすがにそこまでの影響力はないと思ってる。そもそもそれはレオ様に勝つ、というのが条件だ。それが出来れば苦労はしない。

 それからさっき半分正解と言ったが、全部正解に訂正しないといけない。俺の隊の温存まで見抜いたとは、さすがは近衛隊長。しかし、だとすると向こうもこっちの狙いはわかってるだろうが……。いや、だとしてもおそらくはこちらの狙い通りに動いてくるだろう。なぜなら、それがレオ様だからだ。伊達に「獅子王」などと紋章術にご大層な名前を付けるだけのことはあるわけで、王たる者は堂々と、優雅に構えて物事を進めなければならない存在だからだ。彼女はそれをわかっている。そして、その上での戦いを領民が望んでいることも知ってるだろう。

 

 ま、つまりそいつは裏を返せば、俺のように小細工に走る者は王としての器にふさわしくない、とも言えるわけでもある。だがそれでもいい。「勇者」なんて言われているが、俺は裏方でいい。王なんてのは勿論、人の上に立つ器ですらないことにも自分で気づいている。

 とはいえ、俺が望むと望まざるとに拘らず、俺は表舞台に立つことを強いられるのかもしれない。しかしそれがこれから先レオ様と共に肩を並べて歩いていく条件だというのなら……。俺は甘んじてそれを受ける。受けてやる。その覚悟は彼女に誓いを立てたあの時に既に出来ている。

 

『さあ! 間もなくガレット東西戦が始まります! 勝つのは東軍か、それとも西軍か!? 領主か、はたまた勇者か!?』

 

 だから……。今は勇者としての戦いを見せる。生きることに意味を見出せなかった、周りの人間など邪魔なモノとしてしか見ることが出来なかった、あの悶々とした日々を吹き飛ばしてくれたこの世界に感謝を込めて。こんな俺を勇者として認めて召喚してくれたレオ様に、あなたの目は正しかったと証明するために。俺は戦おう。

 

 思わず、小さく笑みをこぼした。

 

 らしくない。ついさっきまで憂鬱だったはずなのに、そんな気持ちは吹っ飛んじまってる。それにここまで感情が昂ぶったのも久しぶりだろう。人のことを戦闘狂(バトルマニア)と言う前に、俺も大概だったか。

 

 そんな俺の考えをかき消すかのように、空に花火が上がった。戦闘開始の合図だ。

 なら、もう余計なことを考えてる暇はない。戦いに集中するだけだ……!

 

『今! 開始の花火が上がり……ガレット東西戦、スタートです!』

 

 

 

 

 

 東西戦が始まった。前方から雄叫びが聞こえる。打ち合わせの通りガウ様が率いる隊が突撃をかけ始めたのだ。

 

「こちらも前進後、ガウ様の隊の突撃を援護する! 相手の足を止めるだけでいい、間違えても味方には当てるなよ!」

 

 隊の兵達に叫びつつ、ヴィットを前へと走らせる。同時にこれまで指輪の形をさせていたエクスマキナを弓へと形状変化。次いで背の矢筒から3本矢を取り、指の間へと挟む。

 

 紋章術は無しだ。矢の数を撃つだけなら前進後にヴィットから降りて「バリスタ」を使えばいい。が、あれは対攻城用と自分で銘打ってるだけあって、相当数の矢を放てる代わりに大きく輝力を消耗する。この後のレオ様との一騎打ちを考えれば俺にとって()()()である輝力は出来るだけ温存しておきたい。だから今回は矢も輝力生成を控え、援護の間は持参したものを使うことにしている。

 

『ああーっと! 戦闘開始の合図と同時に西軍、ガウル殿下の隊が猛然と突撃ー! そしてそれに続くかのように残りの西軍の部隊も前進! しかし……一方の東軍も真っ向からぶつかるつもりでしょうか、レオ閣下の部隊を先頭に両翼も前進してきたー!』

 

 実況用のカメラは高台から撮ってるらしく、両軍の陣形が一目でわかる。なるほど、向こうは一列かと思ったが、どうやらレオ様の隊がやや突出し、両将軍がその両翼につける形、つまり「く」の字になってるわけだ。

 なら、狙うは中央だ。こちらもいる位置は中央、それにまずはレオ様の部隊の足を止めないとガウ様の隊が押し切られてしまう。

 

「止まれ! 弓兵は弓を構えろ! 狙うは相手の陣の中央……レオ様の隊だ!」

『実況席、こちらフランです! 前列、ガウル殿下の隊に目を奪われがちですが、後列ソウヤ殿の隊が不穏な動きを見せ始めました! 隊が停止、そしてこれは……!』

「撃てッ!」

 

 俺の声に合わせて隊から矢が飛ぶ。放たれた矢はガウ様の隊の頭上を越え、そこに迫ろうとするレオ様の隊へ。

 

『後列からの弓攻撃だ! やはり弓が得意な勇者が指揮を取る隊、これを狙っていた!』

 

 カメラを通して矢の命中状況、そして相手の被害状況を確認する。元から期待してはいなかったが、やはり重装戦士隊によって多くの矢は防がれたようだ。だが()()()してる姿も見受けられる。何よりガウ様の隊の突撃に合わせて前進しかけた敵の出鼻をくじけたことの方が大きい。

 ……と思っていたのだが。

 

『しかしレオ閣下もこれを見抜いていたか!? 突撃のスピードは衰えないー!』

 

 やられた。全体で見れば隊の速度を落とすことに成功してはいる。だがレオ様とその一団は怯んだ様子すらない。こうなったらあの人は一旦ガウ様に任せるしかないだろう。

 

「狙いを変える! 俺より右は敵陣の左翼を、左は右翼をそれぞれ狙え!」

「勇者様! 前方、矢が来ます!」

 

 背後の騎士からの声に俺は空を見上げる。どうやら向こうはまずこっちの弓を潰しに来たらしい。

 

「防御だ! やりすごすぞ!」

 

 俺の声に合わせて隊の重装戦士が前へと出る。

 が、それより早く――。

 

「紋章発動、レベル2! 烈風落とし!」

 

 前方ジェノワーズ隊の中から聞こえた声と共に一発の紋章砲が打ち上げられ、迫り来る矢を全て叩き落した。

 

「ジョーヌか!?」

 

 さすが千騎長扱いなだけはある。普段馬鹿にしてるが重装戦士としての腕は一流だ。

 

「今度はこっちの番だ! 撃て!」

 

 先ほどの狙いと変わって、東軍の両翼へと矢が飛ぶ。が、さっき同様向こうも矢を放ってくるようだ。何度もジョーヌに頼るわけにはいかない、ここからは隊の重装戦士に防御を任せた矢の応酬となる。

 隊の重装戦士隊が敵の矢を防ぎ、反撃の矢をこちらから飛ばす。防御はうまく機能しており、こちらの被害はほとんどない。

 

「怯むな! 撃ち続けろ!」

 

 指示を出しつつ、上空の映像板へ目を移す。ガウ様の隊とレオ様の隊の戦闘の様子が映し出されている。

 既にウィルマを飛び降りたガウ様は得意の輝力武装、「獅子王爪牙」によって両手と両足に輝力の爪を纏って大暴れしているようだ。

 

『ガウル殿下絶好調! 輝力武装の獅子王爪牙と得意の紋章術、爪牙双拳によって東軍を次々と薙ぎ払っております!』

 

 実況の興奮ぶりからしてもガウ様の心配は無用だろう。

 一方のレオ様はドーマの上から大剣を振るいこちらの兵を蹴散らしている。まだグランヴェールは使ってないようだ。

 

『さあレオ閣下の隊とガウル殿下の隊が激突! 戦場は混戦模様となってまいりました!』

『これで現在交戦中の前線への援護は難しくなりますね。両軍がどう動くか見ものですね』

 

 その実況と解説の直後、ジェノワーズの隊が前進を開始する。第2段階だ。

 

『あーっと! ここで西軍、第2列目が前進です!』

『温存しておいたジェノワーズの隊の突撃ですね。これはますます混戦になりますね』

『そして最前線、ついにレオ閣下とガウル殿下の戦いが始まりました! まさか領主対勇者ではなく姉弟対決となるのかー!?』

 

 映像にガウ様とレオ様の戦いの様子が映し出される。獅子王爪牙でガウ様はレオ様に迫るが、それを難なく打ち払って反撃に転じる。まだ2人とも様子見程度ではあるが、少々予定を前倒ししないといけないかもしれない。

 

「勇者様、そろそろ我々も前進を!」

 

 隊から声が上がる。既に敵からの矢は止まり、こちらも混戦への援護が困難になりつつある。ジェノワーズの隊もそろそろ前線へと到着する頃だろう。なら、まだ少し早いが……

 

「よし! 突撃する! 俺に続け!」

 

 俺の声に隊から雄叫びが上がった。それを確認し、ヴィットを走らせて輝力を込める。

 

『前線の混戦状態は東軍がやや有利でしょうか。ジェノワーズの隊の突撃もありましたが、既に全軍を前線に集めているために東軍が数で勝っている形になっています! 数で劣っている西軍は最後列の勇者殿の隊がどのような動きをしてくるか……おおっと!』

『動きましたね。最後まで温存された隊、勝敗の鍵を握る勇者様の隊の突撃です』

『来ました! 勇者の行軍! 進む先に見えるは……レオ閣下だ! いよいよ領主対勇者か!?』

 

 前線が近づいてくる。だが、一旦ここで徐行だ。そう易々と彼女のところまで通してはくれないだろう。そろそろ()()()をせびられる頃合だ。

 

「来やがったな勇者!」

「俺たち三兄弟、ここで勇者を倒して名を上げてやる!」

「覚悟しやがれ!」

 

 やはりこの手の輩はお約束か。見るからに風体の悪そうな男が3人、棍棒やら斧やら大剣やらを振りかざして俺へと近づいてくる。悪いが構ってる暇はない。

 右手を背に回して矢を3本、指の間へと挟む。

 

「ヘッジホッグ・アルバレスト!」

 

 増殖は無し、加速と追跡だけを輝力でサポートした紋章術を放つ。3本の矢はまだ距離のあった3人へ吸い込まれるように命中し、直後だまへと変化させた。

 よし、紋章術の調子は問題ない。そして驚いたのはこのヴィットだ。こいつ、短距離は確かに速く、頭もいいようだ。今俺が紋章術を放つと同時、撃ちやすいように調整してたのか、それまでの緩めていた速度から一気に加速している。あとは自分の足で走るから輝力を温存しとけ、とでも言いたそうだ。

 

「お前の好意に甘えるぜ」

 

 右手で軽く頭を撫でてやる。一鳴きし、ヴィットはデ・ロワ姉弟が戦う場へと近づいていく。いよいよ2人の姿がはっきり見え始めた。

 ヴィットの頭を撫でた右手を背に回した。矢を1本持ってきて番える。そのままガウ様と睨み合うレオ様の横っ面目掛け、俺は躊躇なく矢を放った。

 こちらを見ようともせず、レオ様は大剣を軽く振るってその矢を叩き落した。

 

「1対1の戦いの最中に横槍を入れるとは、随分失礼なことをするんじゃな?」

 

 走らせてきたヴィットを止めて飛び降りた俺にレオ様が非難の言葉を浴びせてくる。

 

「よく言いますよ。全然本気を出していなかったくせに」

「おいソウヤ、予定より早いぜ?」

 

 今度はガウ様にまでそんな声を投げかけられた。

 

「仕方ないでしょう。あなたの方こそ予定より早くレオ様とぶつかったんですから」

「チッ……。グランヴェールまでは俺が引き出してやろうかと思ったんだがよ……。まあいい、ここはお前に任せる。当初の予定通り俺はゴドウィンを抑えに行くぜ」

「わかりました。ご武運を」

「お前もな」

 

 待機させていたウィルマに飛び乗り、ガウ様が走り去る。その間、レオ様はその後姿を目で追うだけだった。

 

「さて……。それで一応最終確認ですが、本当にやるんですね?」

「何を今更。先ほどワシを狙っておいてそれか?」

「当たるなどと思ってもいませんよ。挨拶みたいなもんです。ですが、これから本気でやりあう、となればこっちも覚悟を決めないといけないですからね」

「覚悟? 負ける覚悟か?」

「いいえ。……あなたに剣を向ける、という覚悟です」

 

 これは予想外だったらしく、レオ様は意外そうな顔を見せた。

 

「約束しましたよね? 『あなたを2度と傷つけない』と。だが戦興業とはいえあなたに剣を向ければその約束に反することになる……」

 

 それがレオ様と戦いたくない理由の一番大きいところであった。だが、

 

「ならんじゃろ。興業じゃ、傷つかんからな。……いや、その前にお前、このワシに一太刀でも浴びせられると思っているのか?」

 

 俺の心中などお構いなし、ニヤッとレオ様が不敵に笑った。

 

「いらん心配じゃな。今更それを理由に逃げるとあれば勇者の名が泣くぞ。……それにいつかワシと肩を並べて共に歩く、とか言っておったろ? なら今ここでお前がその存在足りえるかどうか、ワシに証明してみせい」

 

 俺は目を閉じ、一つ息を吐く。ため息じゃない。腹をくくった、という心の表れだ。

 ここまで言われて黙って引き下がれるほど俺は人間ができちゃいない。はっきり言って最初は乗り気じゃなかった。相手がレオ様だ、まあそれなりに適当に戦って見てる人たちが満足すりゃあいいか、ぐらいの心もどこかにあったということも否定できない。だがもうやめだ。

 

 閉じていた目をゆっくり開く。そして目の前の相手を――親愛なるレオ様ではなく、今俺が戦って倒すべき相手のレオンミシェリ・ガレット・デ・ロワを睨みつける。

 

「……では本気で行きます」

 

 俺のその気配、言葉にレオ様は一瞬気圧されたようだった。だが再び不敵に笑い、手にした大剣を放り投げる。

 

「当然じゃ。そうでなくてはつまらん」

 

 右手人差し指のグランヴェールを斧状に変化させ、右手1本で軽々とそれを横に振るう。俺もエクスマキナを左手の弓から剣へと変化させ、背中の矢筒を外して後ろへと蹴り飛ばした。

 

 互いに構える。ここから先は言葉はいらない。

 

 俺が地を蹴るのと、レオ様が地を蹴るのはほぼ同時。俺たちの戦いの幕が切って落とされた。

 

 

 

 

 

『とうとう始まりました、レオ閣下と勇者ソウヤの戦い! 早くも2人の戦いはヒートアップしております!』

 

 興奮気味の実況の声が耳に入る。だがそれをちゃんと認識してる暇はない。

 今俺の目の前にいる、俺と戦っている相手は百獣王の騎士という異名さえ持つレオ様だ。一瞬でも気を抜いたらこの獰猛な獅子に食い殺されかねない。

 現に始まってからまだ僅かな時間しか経っていないが、どれも当たれば即致命傷……いや、この世界でその表現は不適切だが、とにかくくらったら即退場モノの一発ばかりだ。

 

 長期戦はまずい。初手のグランヴェールによる一撃を受け止めた時に真っ先に持った感想がそれだった。

 紋章術抜きの()()で正面からぶつかった場合、そう時間がかからずににエクスマキナはへし折られるだろう。宝剣の差ではない、俺とレオ様の力量と技量の差だ。

 俺の戦闘スタイルは非力だ。だが、だからと言ってシンクやガウ様のような相手を翻弄するスピードを持っているわけでもない。(ひとえ)に俺が勇者とか言われて名のある騎士たちと対等以上に渡り合えるのは紋章術の恩恵に他ならない。

 

『レオ閣下猛攻ー! 勇者はそれをなんとか凌ぎ、防戦一方だー!』

 

 上下、左右から迫るレオ様の斬撃をなんとかかわし、体に向けて振るわれた一撃にエクスマキナをぶつけて防御、勢いを殺す意味と間合いを取り直す意味を込めてそのまま後ろへと飛び退く。

 さすがに一撃が重い。紋章術の恩恵、すなわち、エクスマキナに輝力を込めて不足している力を補ってなんとか受け止めているのだが、つまりそのたびに俺は輝力を消耗することになる。だから長期戦は避けたいのだ。

 防御以外、回避においてもそれは同様だ。シンクやガウ様ほどのスピードがない俺がどうやってそれを補うか、と言えば体に輝力を込めて高速移動するしかない。

 しかしそれをもってして、ほとんど紋章術を行使していないレオ様とようやく五分の状況。明らかに分が悪い。あの人が輝力をパワーに上乗せして攻撃を振るってきたら俺の小細工など全て打ち砕くだろう。そのせいで得意の策謀も張り巡らせずにいる。

 だからこそ俺にしては珍しい正攻法による短期決戦が狙いなのだが、如何せん付け入る隙が全くない。ぐずぐずしてたらこっちがガス欠になるってのに仕掛けられるような状況じゃない。真正面のぶつかり合いでは勝てない、レオ様がどこかで気を緩めるか、攻め方を曲げてきたときじゃないとどうしようもないが、そうなる気配すらない。俺のほうで曲げたら押し切られる。打つ手無しの状態だ。

 

「どうしたソウヤ? さっきから防戦一方、そろそろ攻めてきたらどうじゃ?」

 

 レオ様から挑発気味な声が飛ぶ。その言葉に乗ってあげたいところだが、グッと堪えて俺は口を開く。

 

「そちらこそ大丈夫ですか? 今の最後の一撃、最初よりやけに軽くなってましたよ。そろそろお疲れなんじゃ?」

 

 返した挑発にレオ様の眉が引きつる。あからさまに利いてるな、全く乗せやすい。

 

「ほう……? 言ってくれるな」

 

 大気を通じて戦意が高まっていっているのがわかる。間違いなくさっきより力を出してくるだろう。

 

「ならワシが疲れているかどうか、その身をもって確かめるがよい!」

 

 レオ様が地を蹴る。思った通りだ。

 力を出す、と言っても、言い換えちまえば要は頭に血が上ったってことだ。なら動きはより直線的になり、攻撃に特化する。そこに隙が生まれる、攻撃に特化した分守りが手薄になるわけだ。ならそこをつけばいい。

 紋章術を使うだののレベルまで力を出されればこの策は失敗だ。手薄になった守りをつく前にその絶対的な攻撃力で捻じ伏せられる。だが今はまだそこまで本気を出してこないだろう。そうなるにはまだ早い、王たる者は「決め所」を把握している。今はその時ではないからだ。

 

 果たして俺の予想通り、レオ様は特に輝力を上乗せするでもなく、感情を昂ぶらせただけで真っ向から突っ込んできた。それを視認する間もなくエクスマキナを形状変化、左手に弓を作り出し、右手で輝力の矢を生成する。番えると同時に輝力を込め、

 

「スマッシャー・ボルト!」

 

 輝力を解放して矢を放つ。どうやら狙い通り意表をつけた形になったようだ、慌てた様子のレオ様が速度を落とす。が、回避は間に合わないだろう。

 轟音と共に爆煙が立ち込める。だがこれで決まったとは夢にも思っていない。続けざまに足に輝力を込めて加速、さらにエクスマキナを剣へと形状変化させ、利き手の右手に持つ。続けて輝力をエクスマキナへと集中。

 煙が晴れる。そこで防御体勢を取っているレオ様を確認するより早く、俺は剣を大上段に構えて跳ぶ。

 

「斬り裂けッ! オーラブレード!」

 

 連続の紋章術によりベストな一撃とはいえない。だがそれでも向こうもベストな状態で防御できない、とあれば勝機はある。

 俺を見上げたレオ様は小さく舌打ちし、反射的にグランヴェールを振り上げる。俺のエクスマキナとレオ様のグランヴェールがぶつかり、互いの輝力の光だろうか、辺りを眩しく照らし出した。

 

「まだだ!」

 

 着地と同時に右回し蹴りへと以降、上段を狙う。だが左手の篭手で蹴りを受け止められた。続けて上段への左後ろ回し蹴り。今度は頭をそらされて空を切る。

 追撃をかけたかったがレオ様は右手のグランヴェールを振るってきた。だがこの距離でそんな大物を振るわれてもそこまで恐くない速度だ。グランヴェールを振るう右手を掴みつつ乗っかる形で体を上へと半回転、右足を顔へと伸ばす。

 入った、と思ったが顔の間に左手を割り込まれた。追撃に剣による斬撃を2、3度打ち込むがあんなでかいグランヴェールだというのに器用に打ち払われる。

 埒が明かない。グランヴェールの横薙ぎを回避するついでにバックステップ。再び弓へと形状変化させ、狙いすました一射を放ったが――。

 

「なっ……!?」

 

 レオ様のグランヴェールも斧から弓へと形が変わっていた。そして俺とほぼ同時に放たれた輝力生成による矢は互いに相殺しあい、辺りに輝力の光を撒き散らす。

 

「なるほど、やはり狙っていたか。最初の一撃、いい狙いじゃったが、ワシに2度は通じんぞ?」

 

 思わず舌打ちをこぼした。紋章術を使われなかったのが幸いだ。この人の弓による紋章砲・魔神旋光破なんてのを撃たれていたらそこで勝負は決まっていた。もしさっきの近接戦中に輝力をチャージされていたら、今頃俺の意識は失われていただろう。

 

「正直言って参りましたね……。一撃でも通れば流れは来ると踏んでいたんですが……まさか一撃すら通らないとは。さすが百獣王の騎士様だ」

 

 本心からそう思っている。世辞でもなんでもなく隙がない。

 

『すごいすごい、すごいです! さすがはレオ閣下と、そして勇者! 勇者は防戦一方かと思いきや、一気に攻撃に転じて惜しいところまで詰め寄りました!』

『確かに勇者様はいいところまでいきましたが……。少々厳しいかもしれませんね。弓の紋章砲、続けての紋章剣、どちらもレオ様に決定打を与えるところまでは遠く届いていない。今の攻勢での消耗が気になるところです』

 

 さすがビオレさん。的確すぎる指摘だ。

 そう、さっきので切り崩せなかったのでほぼ決定的。力量と技量の不足分をなんとか紋章術でカバーしている俺に死神の足音が近づいてくる。輝力の枯渇だ。

 実は今の攻勢で輝力は大分消耗している。まだ致命的なほどの消耗ではないが、だがそれだけしても相手の牙城は切り崩せなかった。なら、このまま続けても消耗戦になるだけ、負けが明白だ。だったら……。

 

「さあ、どうするソウヤ? また守りに入るというのならワシが攻め込んでやろう。来るというのなら喜んで迎え撃ってやる。どちらが望みじゃ?」

 

 レオ様の質問に答える代わりに、一度大きく息を吸い、そして吐いた。

 

「……そうか。そのどちらでもない、ということか」

 

 俺の()()を見つめ、レオ様はニヤリと笑った。

 

 俺は背に紋章を輝かせた。紋章術勝負。無論紋章術をぶつけ合ったとしても真っ向から当たったら勝ち目は0だ。だがそれはあくまで近接戦の話。弓同士での紋章砲の撃ち合いなら、まだそれよりは勝ちの目がある。面で敵を薙ぎ払うスマッシャー・ボルトではなく点で撃ち抜く紋章砲。それならもしかしたら打ち破れるかもしれない。

 それに仕掛けるならここしかない。どうせさっきの展開を続けても消耗戦、輝力不足によって大技の紋章術の威力が落ち始めるより前にこの勝負をやらなければ負けの可能性は大きくなるばかりだ。

 弓を構え、矢を輝力生成する。あとはレオ様がこれに乗ってくるかどうかだ。

 

「いいだろう、受けてやろう! ワシの魔神旋光破、打ち破れるものなら破ってみるがよい!」

 

 レオ様の背後にも2頭の獅子が描かれた紋章が輝いた。

 2つの同じ紋章が対称的に輝く。その紋章と、そしてその前に立つ彼女を見つめて弦を引き絞る。俺の残りの輝力を全て込め、そして解放……!

 

「紋章砲……サイクロン・アロー!」

「魔神ッ! 旋光破ァ!」

 

 

 

 

 

 ……体が重い。

 俺はベッドの中にいた。東西戦があったのはもう昨日のこと、国内戦は終わったのだ。俺とレオ様の戦いの結果はどうだったのかというと……。

 

「お? 起きておったか」

 

 ()()のレオ様が寝転がったままの俺の側へと歩み寄り、近くの椅子に腰掛けた。

 

「どうじゃ? 体のほうは?」

「……冗談抜きでだるいです。あなたが来ても体を起こして挨拶するのがしんどいほどに」

「ははっ! まあ、そうか」

 

 レオ様は軽く笑った。

 

「本気で放ったワシの魔神旋光破を()()()()()んじゃ、そうもなるじゃろうな」

 

 あのとき、俺のサイクロン・アローはレオ様の魔神旋光破をかき消した。だが、そこまでだった。要するに一発目の紋章砲の打ち合いは引き分け、勝負は二の矢に持ち越しとなったのだが……。

 既に輝力を全て使い果たしていた俺の意識はそこで途絶え、勝負自体はレオ様の勝利となった。

 

 さらにそれが尾を引き、戦全体としても東軍の勝利。なんでも、ガウ様がとうとうパワーでもゴドウィン将軍を圧倒し始めたとか、ジェノワーズの見事な連携がバナード将軍の頭脳といい勝負をしていたとか、全体を見れば互角以上の戦いだったらしいのに、俺のせいで負けになってしまったようなものだった。

 

「驚いたぞ、お前が倒れた時は」

「最初に言いましたよ。本気でいく、と」

「本気すぎじゃろ。昔初めてシンクと戦ったときも全力を出し切った、とか言っておったくせに、あの時は倒れなかったではないか」

「本能的に力をセーブしたのかもしれませんね。今回はそのリミッターが外れてた、と」

「まったく……。身を危険に晒すような戦い方はするな、と常々言っておるではないか」

「そうですね。その点については謝らないといけませんね。……すみません」

 

 相変わらず体は起こせないので、俺は顎だけ軽く引き、謝罪の意を表した。

 

「……しかし、まあ……少し嬉しくもあるんじゃがな」

「嬉しい? こんな格下に勝てたことがですか?」

「……自分を卑下するのもほどほどにしろよ?」

 

 別に卑下したつもりはない。事実を言ったまでだ。結局のところ、俺は終始レオ様に圧倒されていた。格下といってもなんら差し支えはないだろう。

 

「お前がワシと戦うのに、倒れるほど本気になってくれた、ということじゃ」

「それの何が嬉しいんです? 全力を出し切った相手を捻じ伏せる方が気分がいいってことですか?」

「……お前はシンクとの戦いのときは倒れなかった。だがワシとの戦いでは倒れた。極限まで輝力を出し切った、この差はなんじゃ?」

 

 それは俺にもわからなかった。ただ負けたくない、この人と肩を並べる存在と認められるために勝ちたい、そう思っていただけだった。

 

「勝利への執念、ではないか?」

 

 まるで心中を読まれたかのように錯覚し、俺はレオ様を見つめなおす。

 確かに、言われてみれば俺は勝ちたかった。今まで抱いていたような単純な勝利への渇望ではなく、心の底から負けられないと思って戦ったのはもしかしたら初めてだったかもしれない。ここで負ければ俺は彼女と肩を並べる存在としては認められなくなるのではないか。最初にレオ様に言われた一言も相俟って、本能的にそのことを直感していたのかもしれない。

 

「お前の剣から伝わってきた。勝ちたい、と。……始める前に意地の悪いことを言ったな。じゃがな、ワシはもう心の中でわかっているんじゃ。お前はもうワシと肩を並べる存在として相応しくなった、と。そしてお前は倒れるほど本気でぶつかってきてくれた。だから嬉しいんじゃ」

「でも、俺はまだあなたと肩を並べられるとは……」

 

 続きを言いかけた俺の言葉をかき消すように、レオ様が小さく笑った。

 

「お前ならそう言うと思った。ワシがどうこう言っても、周りがどうこう言っても、結局はお前自身が納得しておらんのじゃろ? ……でもな、ワシが本気で放った紋章砲を打ち消した。それが、お前がワシと肩を並べる存在として相応しい、何よりの証明ではないかとワシは思っておる」

 

 黙って俺はレオ様から目を逸らす。

 

 この人にそう言ってもらえるのは嬉しい。だが……本当にそうだろうか。

 俺はレオ様の矢になると約束した。だが、こんな頼りない矢では敵は撃ち抜けないのではないだろうか。

 

「……お前はジョーヌのことをよく馬鹿と言っておるようじゃが、ワシから言わせればお前も相当の馬鹿じゃな」

「な……!」

「なんでもかんでも1人で背負おうとするな。前のワシの悪いところを見てるようじゃ。……お前は以前、『自分は矢でそれを放つには弓が必要だ』とか言ったろ? なら、矢がどんなに鋭かろうと、優れた材質から出来ていようと、弓に合わなくては意味がないのではないか?

 ワシという弓に合う矢は、ソウヤ、お前しかいない。じゃから、あまり自分を勿体無く扱うな。力だけが全てではない。お前という存在全てが、ワシにとって必要なんじゃ。じゃから、お前はもうワシと肩を並べられる存在なんじゃ」

 

 ……ぐうの音も出ない。

 俺の心を見透かされたかのように、ここまでこの人に言われたら何も言い返せないだろう。……いや、そんな回りくどい言葉よりも、俺の心中を率直に言い表せば……。

 

 嬉しかった。

 

 この一言に尽きる。

 

 勝つことでしか肩を並べられる存在だと証明できないと思っていた。だが、それだけじゃない、と他ならぬ本人の口から言ってくれた。だったら、ずっと心で引っかかったままだった、俺のこの悩みは解消したと言ってもいいのかもしれない。

 

「……ありがとうございます」

 

 少し照れくさくて、俺は目を逸らしたままお礼の言葉を口にした。

 

「……ソウヤ。ワシはお前を認めた。じゃから、その敬語も、ワシに『様』などと他人行儀で呼ぶのも、今日限りやめたらどうじゃ?」

 

 予想もしなかった提案に俺は思わず逸らしていた視線をレオ様の方に戻した。

 

「ワシとの()()の話は……お前が今通っている学校を卒業するまで待ってほしいということは承知している。じゃが、別に言葉遣いぐらいは……」

「すみません、それは出来ません」

 

 レオ様の表情が暗く沈む。

 

「……そうか」

「それは、俺が正式にあなたの()()()()()()に取っておきます」

 

 ……ああ、こんなだからジョーヌに「意外とそういうところだけ真面目」と馬鹿にされるんだな。だが性分だ、仕方がない。

 

「今の俺はただの客人の召喚勇者だ。でも、俺が正式にあなたの夫となれたなら……。それこそ、『ソウヤ・ガレット・デ・ロワ』となれたその時は、愛を込めて『様』を取って、普通に話させてもらいますよ」

 

 レオ様の表情が明るくなる。同時に少し頬も紅くなっているようだった。

 

「……ああ、わかった。お前はそういう奴じゃからな。そういうところまで含めて……」

「俺のいいところでもある、とか言いたいんでしょう?」

 

 いつか話したようなそのやり取りに、思わず俺もレオ様も同時に吹き出した。

 

「ならこの後は『お前がワシを名だけで呼んでくれる日を待っておるぞ』とか言っておけばいいのか?」

「……まったくあなたには叶わないや」

 

 今度は声を上げてレオ様が笑った。

 

「……まあいい。まだ体はだるいか?」

「ええ、まあ」

「なら輝力をわけてやろう」

「いいんですか?」

「構わん。またビオレにありもしないでたらめを吹き込まれるとしても、()()()()()()将来を約束しているんじゃ、そっちの意味でも問題ないじゃろ」

 

 参った。この人には叶わないな。でも、ま、それでいいのかもしれない。

 レオ様が俺を認めてくれた、それだけで「俺はガレットの勇者だ」と、少しは胸を張って言えるようになった気がしたから。

 

 少しずつ楽になっていく体と共に、俺はこれまで重い鎖に繋がれていたような心も軽くなっていくような感覚を覚えたのだった。

 

 




翠玉……エメラルド。5月の誕生石。
ヴィット……欧州で製造される「アクアビット」と呼ばれるジャガイモの蒸留酒が元ネタ。ちなみにハーランもドーマも酒の名前が元ネタらしい。
モラセス……廃糖蜜のこと。砂糖を精製する際に生まれる副産物。多分豆腐におけるおからのようなもの。
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