◇
輝歴2912年真珠の月。
なにやら城内が慌しいな、と思いつつも今日1日の仕事を始めるために秘書官のアメリタは歩みを進める。彼女が向かう先はこの城の主、すなわち若干16歳ながらこのビスコッティを治める姫君であるミルヒの私室である。
まだ朝の早い時間ではあるが、既に彼女は朝食を取り終えてメイド隊によって身支度を終えている頃だろう。今日は地球では
彼女の心中を察すれば公務の前倒しというのは当然のことだろう。出来るだけ長く勇者様と一緒にいたいのだろうから。召喚方法が簡略化されて再召喚の期日条件がなくなったことにより、長い休暇があるときは勿論、月に1度、多い時は毎週のペースでシンクはフロニャルドを訪れている。もっとも、どうやらそれはビスコッティ側だけでなくガレット側でもそのようであった。
加えて今月は地球、日本の月でいうと
だから今日の姫様はいつもより一段と気合が入っているに違いないだろう。そう思ってアメリタは目的の部屋の前で足を止めた。
「失礼します。おはようございます、姫様」
ドアをノックし、アメリタはミルヒの私室に入る。
「あ……お、おはようございますアメリタ」
なにやら一瞬
「今日の体調はいかがですか?」
「も、勿論ばっちりですよ! 午後からシンクも来ますし」
やはり少々怪しい。世間話にも動揺したこの様子。だが、それは
自分の考えすぎだろう、特に気にするほどではないと判断したアメリタは手帳を開き、ミルヒの今日のスケジュールを確認して読み上げ始めた。
「早速ですが本日のご予定です。午前は各書類に目を通していただき、その後午後の特別興業に関して開催主であるガレットのガウル殿下との通信会談。昼食を挟んで午後は勇者様の召喚と、その後の接待、さらに特別興業の挨拶と……」
「あの……アメリタ……」
遮られるように挟まれたミルヒの声に思わずアメリタも言葉を止めた。彼女が割り込んで話を止めるなどというのは珍しい、そう思いつつスケジュール帳に落としていた視線を上げる。するとミルヒはなにやら申し訳なさそうな顔でもじもじとした後――
「……ごめんなさい!」
突然頭を下げて謝りだした。
一体何が、とアメリタが問うより早く――
「じゃじゃーん!」
どこに隠れていたか、まあおそらく机の裏かベッドの陰だろうが、3人の少女達が姿を現した。その姿を見てもミルヒもメイド達も驚かない。つまりアメリタ以外この部屋にいた人間ははこの事実を知っていた、ということになる。
「我ら、ガレット獅子団領!」
「ガウ様直属親衛隊!」
「「ジェノワーズ!」」
唖然とするアメリタの前で3人の少女達は決めポーズを取った。そしてその中央にいるノワールが平然と、だが穏やかではない言葉を告げた。
「アメリタ秘書官、あなたを誘拐させていただきます」
「……え?」
「姫様の了解はいただいてるんで、堪忍してや!」
「そういうわけなんで、ごめんなさーい」
何がそういうわけなのか全くわからないアメリタだったが、ミルヒがひたすら謝っている様子を見て、ああ、さっきの違和感はこれか、と気づく。同時に、午後の特別興業というのは
◇
「……今日はやけに城内が騒がしいな」
これから朝の騎士たちの訓練に向かおうと城内の廊下を歩いていたところで、ビスコッティ騎士団長のロランはそう独り言をこぼした。
午後から勇者殿が見えるからだろうか。いや、それにしては少し騒がしくなるのが早いかな、と思っていたところで廊下の向こうから「兄上!」と叫びながら走ってくる少女の姿が見えた。自分と同じ垂れ気味の耳がチャームポイントの妹、親衛隊隊長のエクレールだ。
「兄上!」
「どうしたエクレール、城内をそんなに走って……」
「それどころではありません! 放送をご覧になってないのですか!?」
「放送?」
とりあえず近かった食堂に2人が駆け込む。朝の訓練前の騎士たちが数名いたが、一様にそこの映像板を見ていた。そしてその映し出される映像を見て思わず「なっ……!」とロランは驚きの声を上げる。
映像板に映し出されていた場所は城の屋根の上だろうか。そこにいたのはよく見る隣国ガレット王子のガウルの親衛隊、ジェノワーズの3人。しかしそのうちの1人、トラジマ娘のジョーヌに抱えられているのは紛れもなく自国の秘書官、そしてロランにとっては
『我らジェノワーズは、ミルヒオーレ姫殿下専属秘書官、アメリタ・トランペ秘書官を誘拐させていただきます』
『つまり、大陸協定に基づいて、要人誘拐奪還戦を開催させていただきたい、っちゅーこっちゃ!』
『もうお気づきかと思いますが、午後の特別興業というのは……』
「……あいつら!」
ベールの言葉を最後まで聞くことなく、珍しく語気を荒げたロランが部屋の入り口へと駆け出す。
「兄上! どうなさるんですか!?」
「決まってるだろう! 布告を断ってアメリタを返してもらってくる!」
普段決して見ないような兄の姿を見送ってエクレールはため息をこぼす。
「隊長……騎士団長、相当
丁度食堂にいた親衛隊の副隊長格、エミリオがエクレールへと話しかけてきた。
「ああ……。あんな兄上を見ることはめったにない……。兄上は怒らせない方がいいというのをあいつらはわかっていないらしいし……」
そう言いつつ映像を見守る。なおも同じ内容を繰り返す3人だったが、突如聞こえた「お前たち!」という言葉にカメラの映像が切り替わった。映し出されているのはさきほどまでここにいたロランだ。
『お、来よったで色男!』
『お前たち、何を考えている! アメリ……トランペ秘書官は姫様のスケジュールを管理している大切な秘書官、その秘書官を誘拐するなどということは姫様に対する無礼にも当たることになるぞ!』
『それは大丈夫です。姫様の了解は取りましたし、一時的に代理としてメイド隊のリゼル隊長に姫様のスケジュール管理はお任せしましたから』
『な、何……?』
「リゼル隊長にまで根回しされていたって……エクレール隊長、そのこと知ってました?」
「知るか……! いつの間にそんな話が進んでいたんだ……!?」
何も知らなかったのは自分達兄妹だけかと思ったエクレールだったが、どうやらエミリオや他の親衛隊、さらには食堂にいた人間が皆知らなかったらしい。だとしたら
『こちらはプラリネ砦に100の兵力を用意させていただきました』
「……100?」
エクレールは疑問形でその数を口にする。数としては少ない。つまり多人数対多人数ではなく、こちらからは少人数を要求されることになりそうである。
実例でいえばシンクが初めて召喚された日に行われたミルヒの奪還戦で用意された数は200だった。そこに仕掛けたのはシンクとエクレール、援護として学術研究員で砲術士でもあるリコッタがいたが、基本は2人だった。もっとも、その後強力な助っ人の登場と、
『要求はマルティノッジ騎士団長が1人で来ること』
「え……?」
だがこれには少人数と予想したエクレールも予想外だった。しかしすぐその意図に気づく。わざわざ騎士団長の兄1人を指名、しかも誘拐されたのはアメリタ。これは2人の噂を聞いていればどんな鈍い人間だってその狙いがうっすらと見えるだろう。
「余計なことを……!」
心からエクレールはそう思った。
事実兄がアメリタ秘書官を好いていることは、いや、好いているどころか結婚を約束していたことも知っていた。だがお互いに忙しく、プライベートのために仕事に影響が出るのは望まない、ということで一定の距離を取っていた。
それは大人な対応として見事だ、とエクレールは思っていた。しっかりとそこを
『私1人だと……!?』
『先ほども言ったとおり、午後の特別興業とはこの誘拐奪還戦のことです。まさか断りにはなりませんよね?』
ノワールの挑発的な言葉。だがロランは、
『断るに決まっているだろう! アメリタは何の関係もない!』
『関係ないなんてよく言うで、色男。それともなんや、1人じゃ大切なアメリタはんを助け出す自身がないから断るんか?』
『何だと……!?』
『これは姫様からの了承も得ています。ここで断ったとなれば姫様の顔に泥を塗る形にもなりかねませんよ? ……もっとも、その前にビスコッティの騎士団長が恐れをなして布告を断った、という噂が広まるでしょうが』
まさに悪役よろしく3人は声高らかに笑い声を上げる。
「……ノリノリだな、あの馬鹿ども。あとの自分の身を考えた方がいいだろうに……」
言いつつも、だがエクレールも兄がどういう対応をするのか興味があった。騎士団の名が傷つくことは好ましいことではないが、奴らの口車に乗せられる、というのもなんだか癪だ。しかし一騎当千で百騎の敵兵を薙ぎ払う兄の姿を見てみたい、という気持ちもどこかにある。
『……いいだろう。そこまで言うのなら受けて立ってやる。……だがお前たち、よく覚えておけ。大人を怒らせるとどういうことになるか、2度と忘れぬようにその身に刻み込んでやるからな……!』
この脅し文句には妹であるエクレールでさえ思わず身震いするほどの凄みがあった。それはジェノワーズの3人も同様だったようで、カメラが切り替わった時は一瞬顔色が蒼ざめて怯んだ様子だった。
『……は、はん! やれるものならやってみいや! ほな、アメリタはんは預からせてもらうで!』
『では私達はプラリネ砦でお待ちしております』
その言葉を最後に映像は終わり、見ていた騎士たちがざわつき始める。
「なんだか……すごいことになりましたね、隊長」
「あの冷静な兄上がこうも簡単に口車に乗せられるとは意外だが……。はたしてどうなるのか……」
そう言いつつ、エクレールはふと兄が出て行ったときの様子を思い出していた。
あの時はジェノワーズと抱えられたアメリタが映っていて、その時の話は「秘書官を預かった、誘拐奪還戦を開催したい」という内容だけだったはず。つまりその段階でロランを出せ、という要求はなかったはずだ。確かに交渉の窓口として騎士団長が出て行くというのは間違えてはいない。しかしそれにしては出て行ったのがいささか
つまるところ、冷静なはずの兄だったが、実は最初から向こうのペースにはまっていたのだ、とエクレールは気づいた。いくらなんでもらしくなさすぎる、と思わざるをえない。
だが同時に、もし自分がアメリタと同じ立場になったら
そこまで考えてエクレールは小さく笑みをこぼした。それはありえない、と。
なぜなら、そうなる前に自分があの3人を切り伏せるだろう、と思ったからだった。
◇
「……ったくあの馬鹿め! 『今回の興業は全面自分に任せてほしい。何があっても口も手も挟まないでもらいたい』などというからそのつもりでいたというのに……。なんじゃ、あれは!」
ガレット獅子団領、ヴァンネット城。断崖の上に建つこの城の通路を、不機嫌さを隠すことなくそう言いながら1人の女性が歩いている。この城の主にしてガレット獅子団領国の領主であるレオだ。
彼女が不機嫌な理由はいうまでもなく先ほど放送されたアメリタの誘拐劇とそれの奪還戦を興業にする、という内容に対してだった。
その彼女の後ろを2人の男性と1人の女性が付き添うに続いていく。
「このところ真面目な興業ばかりでしたし、それも成功させていたのでまさかあんなことをするとは……。ですが、姫様に向こうの
ため息をこぼしつつ、レオの側近であるビオレは呆れたようにそう呟いた。
「仕方がなかった、で済むか。ルージュもついておりながら、次期領主がこんなことをやった、というのでは示しがつかんぞ」
「起こってしまったんだから、今更言っても仕方ないでしょう? それに
領主に対してさらりと、ガレット勇者のソウヤが失礼とも取れるような発言をする。その勇者であることを証明するように彼の右人差し指には蒼い宝石の指輪、ガレットの神剣エクスマキナがはめられている。
「ソウヤ様、いくら
「よい。こいつが言ったのも事実故な」
恋人、と言われたことに対しては否定せずにそうレオは答えた。
「だがそれにしてもたまに
「それはないでしょう。知将のバナード将軍がやったのであれば、その線を疑うのはありかと思いますが」
ソウヤに名前を出され、傍らを歩いていたガレットきっての切れ者将軍であるバナードは苦笑を浮かべた。
「それは私を褒めているのかい?」
「そうじゃろ。『知将』と言ったのじゃからな」
ソウヤの代わりにレオにそう返されてバナードは再び苦笑する。
「それはそうとして……。どうなさるんですか?」
「無論介入する」
「手を出すな、と釘を刺され、形はどうあれ一旦了承したのに、ですか?」
勇者からの指摘を受け、領主は考え込む様子を見せる。
「……仕方ない。あの方法を使うか」
「あの方法?」
「ああ。
それを聞いたビオレとバナードがやめてほしいと言わんばかりに困った顔をする。一方その時はまだ地球で普通の学生だったソウヤは何のことかわかっていない様子だ。
「前もって言っておきますが私は辞退します」
「おい、ビオレ。……まあいい。バナード、お前は当然……」
「私の友が関わっていますからね。
「何の話です?」
自分以外の3人で話が進められていると感じたソウヤがレオに問いかける。その質問を受けるとなにやらレオは
「ワシとバナードは戦が始まったらそこに
「……あなたが来い、と言うのであれば」
「なら来い。そのほうが
やはりニヤリと何かいたずらを思いついたような子供のような笑顔。
「ではご一緒します。……ですが相手はロラン騎士団長1人でしょう? 確かあの
「何を勘違いしておる」
「え……?」
「ワシ達が加勢するのは
そう言って再び見せた小悪魔のような笑みに、ソウヤは嫌な予感を覚えずにはいられなかった。
◇
プラリネ砦客室。
むしろ彼女の疑問はなぜこのタイミングで、しかも
しかしそれと自分の誘拐がどこか繋がらない。確かに婚約者を助けに来る騎士団長、という構図は庶民受けするかもしれない。だがそれをわざわざやったとして、これが終わった後の
彼女がそんなことで頭を悩ませていると客室の扉が開いた。現れたのはこの興業の仕掛け人でレオの弟、ガウルだった。
「よう、アメリタ。悪かったな、急に誘拐なんて」
アメリタが立ち上がって一礼したのを見た後で、ガウルは「まあ楽にしてくれ」と手で着席を促す。だがそれでも生真面目な秘書官は座ろうとせずに立ったままでいる。
「いえ……。私は構いませんが、あの人は……」
「ああ……。すっげえ怒ってたもんな、あいつな……」
ガウルが気まずそうな顔をする。
「三馬鹿の連中なんて戻ってきた後震え上がってたし。まあ今回は
「なぜですか、ガウル殿下?」
アメリタは思ったままの疑問を口にした。
「確かに興業としては盛り上がるかもしれませんが……。殿下はあの人に怒られるだけでなく、城に戻ればレオ様からのお叱りも受けるでしょうに、なぜこのようなことを……」
「一応俺なりに頭を絞ってのことだから、な。……まあガキの余計な気遣い、ってでも思ってくれ」
そう言ってガウルはどこかばつが悪そうに笑顔を見せた。
「ともかく、やるからにはとことん盛り上げるぜ。俺は戦の準備があるから多分ここには来れないと思うが、何かあったらルージュの奴が部屋の外に待機してる。声をかけてくれ」
ガウルのその言葉の通り、部屋の入り口には近衛メイドのルージュが立っている。ガウルからの紹介を受けて御用がある時は声をかけてください、とばかりにアメリタに一礼した。
「じゃあ後は
軽い調子でそう言ってガウルが部屋を後にする。残されたアメリタは椅子に腰を下ろすと、目のないはずの菓子の存在も忘れ、1人映像板を見つめる。そしてしばらく後に始まるであろう戦のことに考えを馳せていた。
◇
「本当に1人でいいのですか、兄上?」
フィリアンノ城から単騎出撃しようという兄ロランの様子を目にして思わずエクレールはそう問いかける。彼は甲冑を着込み、得物である槍と体を半分ほど隠す盾を身につけて既に戦闘体勢だ。
「1人で来いという要求だ。そして
ああ、これは相当頭にきてる、とエクレールは確信した。少なくともここ数年、いや、もしかしたら1度も、自分のことを「俺」と呼ぶのを聞いた事はなかったはずだ。しかし普通にそう言うほど、そしてそれに気づかないほど今の彼は冷静さを失っている、ということだ。
「……わかりました。ですがくれぐれも無茶はしないでください。兄上に何かあっては騎士団の名がどうのというのもありますが……それ以上にアメリタ秘書官が……」
「アメリタは関係ないだろう!」
突然怒鳴られてエクレールは思わずビクッと体を震わせた。
「あ……すまないエクレール。……少し頭に血が上っているようだ」
「いえ……。兄上の気持ちはお察しします」
ふう、と自分を落ち着かせるようにロランは1つ息を吐いた。
「……行って来る。なに、100騎ばかりを蹴散らしてアメリタを連れて帰ってくるだけのいつもどおりの戦さ」
そう言ってロランは右手をエクレールの頭に置いた。しかし次の瞬間には険しい表情に変わり前を見つめ、セルクルを進める。
「兄上……お気をつけて!」
エクレールの声に先ほど彼女の頭に置いた右手を上げて応える。そこからセルクルが加速。だがフィリアンノ城から離れていくに連れて妹の前では押し殺していた心がどんどんと溢れてきた。
「……俺もアメリタも互いに納得して今の関係を続けている……。互いに仕事に影響しないように、と……。だが……それをわかろうともせずにアメリタをさらって俺に1人で来いと要求するなど……!」
口にすればするほどますます腹が立つ。不器用な自分はきっと仕事にばかり熱を入れて彼女のことを顧みれないだろう、そう思って今の関係のままとどめていると言う部分もある。だが、本心では当然彼女と一緒になりたいのだ。それゆえ、こんな形で自分達の関係に茶々を入れてこられるのは迷惑極まりない。普段自分の心を押し殺してアメリタと共に仕事をしている分の反動で腹が立っている、というのもあるだろう。
しかしここでなら何を叫ぼうとどんなに叫ぼうと誰にも聞かれることはない。だったら今ぐらいは腹のうちを吐き出したところで誰にも文句は言われないだろうと、苦労人の騎士団長はセルクルの手綱を怒りに身を任せて握り締め、鬼の形相で雄叫びを上げた。
「この……馬鹿どもがぁーッ!!」
◇
誘拐奪還戦において開始時刻が明確に決められることは少ない。相手が戦場に現れたら開始、というのが常である。理由は
『さあ! 朝の衝撃的なアメリタ秘書官誘拐から幕を開けた今回の誘拐奪還戦! 実況は私、フランボワーズ・シャルレーでお送りさせていただきます! ガウル殿下が指揮を執ります、現在アメリタ秘書官が捕らわれているプラリネ砦では既に100騎の精鋭達がロラン騎士団長が現れるのを待ち構えております!』
そのため、この実況放送は実は時間の区切り方が難しい。相手が到着しそうな時間から逆算して戦の背景のまとめと現場の様子をうまく伝え、そして戦開始まで時間が空きすぎて視聴者が飽きないようにする時間配分が必要となるのだ。
その点、ガレット国営放送の時間配分は素晴らしかった。無論国営放送側にはガウルと口外禁止ではあるが打ち合わせを済ませており、クルーの配備も完璧。そのため逆算も見事だったのだ。
『ここでプラリネ砦に迫るロラン騎士団長の様子を捕えたようです。現場のジャン・カゾーニさん!?』
『はい! こちらジャンです! プラリネ砦の前方、ものすごい形相でセルクルを全力疾走させるロラン騎士団長を捕えました! し、しかし……かなり表情が怖いです! これは波乱の戦となりそうだ!』
『うわあ……これ騎士団長相当怒ってますね……。果たしてガウル殿下とその精鋭達はこの怒りの騎士団長相手にどんな運命を辿ってしまうのか!? 間もなく騎士団長がガレット軍の弓の射程距離に入るものと思われます!』
フランの実況の通り、砦の弓兵が矢を番えて構える。その中にはジェノワーズの1人、弓の名手であるベールの姿もあった。
「弓たーい! 構えてー!」
独特の緩い喋り方でベールが指示を出す。戦闘開始の合図はなし。いや、この弓隊の矢が開始の合図と言っていいだろう。
「撃てー!」
その指示通り弓隊が矢を放った。戦闘開始、たった1人の騎士団長による奪還戦の開始である。
ガレットは元々武勲に優れる国であるが、その中でも弓兵の技術は他国より頭一つ抜ける技術を持っている。そのため、放たれた矢は確実にロランの下へと迫ってきていた。
「やはりまずは弓の斉射か。教科書通りだ」
そう呟き、ロランは右手の槍に力を込める。
「……だが、マニュアル通りやりますというのは……」
背後に紋章を輝かせ、その槍を一閃――。
「アホの言うことだぞッ!」
紋章術によって強化されている横薙ぎの一閃が放たれ、それによって飛来した矢の全てが撃ち落される。
『さ、さすがです! ガレット弓術師隊の先制パンチをなんということなく全て迎撃! さすが守りの男、誰が呼んだか鉄壁のロラン!』
「うっそー!?」
あっさりと攻撃が防がれたことにベールがショックの声を上げる。
「ベル! 後退や! 弓は残りの弓隊に任せてうちらは中を固めるで!」
「りょーかい! ……そういうわけでここはお任せしますねー」
砦の中へと後退するベールに対して「了解!」と弓兵達が答えて二の矢、三の矢と放つ。しかしロランはこれを難なく防ぎ、プラリネ砦への距離をどんどんと縮めていく。
「ようし! 馬鹿が来るぞ! 野郎共、白兵戦用意だ!」
『どうやらガレット軍は弓での攻撃を諦め、砦の門を開けての白兵戦へと切り替えたようです! それに対してロラン騎士団長も応じる様子! セルクルの速度を緩めるどころかさらに加速だー!』
「うおおおおおおおっ!」
フランの実況に違わず、ロランが猪突してくる。
「重装戦士隊前へ! 盾で押し返せ!」
ガレットもこれに対応すべく、重厚な鎧に身を固めて半身ほどを隠す盾を持つ重戦士隊を前面へと展開させてきた。ロランの突撃を止めようという策だ。
だが――
「どけえっ!」
セルクルの突進力にロランの紋章術が相乗した槍を止めることは叶わなかった。勢いよく、などという生易しい言葉ではすまないほどの、まさに砲弾ともいうべき槍による突進を受けて重戦士隊が
「なっ……!」
「邪魔だっ!」
続けて先ほど矢を防いだ時のように槍を一閃。その一撃で多数のガレット兵がだま化していく。
『こ、これはすごい! 人騎一体の突進で陣を切り崩して得意の横一閃! 精鋭揃いのはずのガレット兵を赤子の手を捻るがごとく! 鉄壁の男はやはり攻めに回ってもその強さは尋常ではなかったー!』
興奮気味のフランの実況の間もロランはガレット兵を次々と仕留めていく。紋章術による横薙ぎで、リーチを生かした突きで、華麗に盾を駆使して攻撃を捌いてからの反撃で。
まさに戦無双。彼がビスコッティ騎士団の騎士団長である所以。「鉄壁のロラン」はその卓越した防御技術で攻撃を防ぎ、そしてそれに劣らぬ攻めの技術で相手を手当たり次第だまへと変えていった。
「お前たち、待てぇい!」
砦内部への入り口の前から聞こえた声に兵達も、そしてロランもその手を止める。
巨躯を分厚い鎧に包み、鎖によって巨大な鉄球が繋がれた斧を持つ、まさに猛将という言葉にふさわしい存在と言っていいであろう。ガレットの戦士団将軍のゴドウィンが姿を現した。
「……ゴドウィン将軍か」
「いやあお見事でございますな、ロラン殿。我らガレットの精鋭をこうも簡単に退けるとは……」
「悪いがのんびり話すつもりはない。邪魔をするというのなら、貴殿を切り伏せて押し通らせてもらう」
「それは穏やかではありませんな。……もっとも、最愛の人が『誘拐』されたとなれば、自分とて穏やかではいられないかとも思いますがな」
ゴドウィンにはエリーナという妻がいる。だから彼としてはロランの心がわかるのだろう。
「わかっているなら、そこを通していただきたい」
「申し訳ありませぬが、それは出来ぬ相談ですな。自分はガウル殿下よりここの守護を命じられております故……」
「では仕方ない。力尽くで通してもらう……!」
ロランがセルクルを飛び降りる。さらに盾もそのままセルクルに残し、槍を両手で持った。
対するゴドウィンも斧を構えて臨戦態勢だ。
「行きますぞ、ロラン殿……!」
「今日は虫の居所も悪い……。少々手荒にいかせてもらうぞ!」
◇
時をさかのぼること少し前。フィリアンノ城騎士詰め所。
騎士団長が単身出撃するために待機を命じられた騎士達は、そこで戦の行方を見守ろうと映像板に映し出される映像を食い入るように見ていた。それは妹であるエクレールも例外ではなく、兄の久しぶりの戦い――それもおそらく本気の戦いを見るために尻尾をせわしなく動かしつつも意識を集中させていた。
そろそろ奪還戦が始まろうか、という時。詰め所に現れた1人の少女がいた。が、映像に集中していたエクレールはそれに気づかない。
「エクレ」
名を呼ばれ、初めてその少女が自分の近くまで来ていたことに気づく。小動物ともいえるようなかわいらしく、しかしその小さな外見からは想像もつかないほどの優秀な頭脳を持つ学術研究員の主席、リコッタだ。
「リコ、どうした? お前も兄上の戦いを見に来たのか?」
「それどころではないでありますよ。姫様から直々に騎士団、及び親衛隊への通達文書が出たので持ってきたであります」
なぜそれをリコッタがわざわざ持ってきたのか。エクレールはまずそこが気になり、次に「姫様直々」という部分が気になった。
だが、彼女のそんな疑問は通達文書の中身に比べたら些細な疑問でしかなかった。
「……え!?」
内容は騎士団、及び親衛隊はエクレール指揮の下でプラリネ砦へと
「そんな……姫様は何を……?」
「それはわからないでありますが……お館様やユッキーたち隠密にも同じ命令が下っているようであります。自分にそれをエクレに渡すよう言った時も真剣な目でありましたし……」
「相手の要求は兄上1人、そして兄上はそれを受けた……。なのに……」
「自分もエクレと一緒に行くように言われたであります」
「リコも? じゃあ
「それを渡した後、姫様は召喚台に向かうといっていたであります。ですがシンクが来るのを待たずに、その文書を読み次第内容を実行してほしい、と」
エクレールの表情に疑念の色が浮かぶ。騎士団と親衛隊には進軍を命じ、シンクの到着も待てない。あまりにも急すぎる話だ。だがリコッタの目は真剣そのものだ。嘘を言っているようには思えない。
「……どういうことだ? 不可解な点が多すぎる……」
「エクレ、どうするでありますか?」
その問いに対してエクレールはため息を1つこぼした。
「……どうもこうもない。姫様がそう命じたならそれに従うだけだ。……意図は全く見えないが、姫様なりに何か思うところがあるのだろう」
このタイミングでの行軍というのは本当にプラリネ砦を狙っての事としか思えない。だがここで攻め込んで砦を落とせたとして、大陸協定を考えればよく見ても
加えてロランが受けた1人で、という条件を反故にしかねない命令でもある。約束事を重んじるミルヒとしては非常にらしくない。
だがこれは他ならぬそのミルヒからの命令なのだ。従わないわけにはいかない。
エクレールは立ち上がるとなおも映像板にを見つめる騎士たちに向けて口を開いた。
「皆奪還戦の放送を楽しみにしているところすまないが聞いてくれ。今姫様から緊急の通達が下った。騎士団と親衛隊は私の指揮の下、プラリネ砦へと進軍するように、とのことだ」
そのエクレールの言葉に騎士たちがざわめきだす。
「……はっきり言って私もその命令の意図が見えない。だが他ならぬ姫様からの命令だ。それに従うのが我々騎士だ。すぐに出発する。全員準備をするように!」
騎士たちは立ち上がり、「了解!」と声を揃えた。それを確認してエクレールはリコッタの方を振り返る。
「リコ、私も準備をしてくる。お前は私達と行くようにとの命令だったな? なら準備をしてきてくれ」
「了解であります」
リコッタが詰め所を後にする。が、一旦振り返ってその様子を伺った。騎士たちが慌しく準備を始め、エクレールもその命令を実行するために身支度を整えようとしている。
それを横目に見た後、リコッタは部屋の扉を閉じたところで周りに誰もいないことを確認すると、口の端を
◇
勝負は一瞬だった。呆然と敵兵が立ち尽くし、
ロランとゴドウィンの戦いは、突進するロランに対してまずゴドウィンが仕掛けた。大戦斧の鉄球を投げつけたゴドウィンだったが、ロランはそれを避けようともしなかった。
だが、それが直撃することはなかった。彼に当たる直前、
「紋章陣」、それがロランが得意とするこの紋章術の名だった。輝力によって作り出した光の壁で相手の攻撃を防ぐ。まさに「鉄壁のロラン」にふさわしい技だ。
それによってさらにゴドウィンに肉薄したロランだったが、今度はその大斧が振り下ろされる。
いや、厳密には「はずだった」か。彼の斧は振り上げたところで止まり、見えない手に斧を握られたかのように振り下ろせずにいたところで――。
ロランの渾身の突きがゴドウィンに直撃したのだった。おそらく彼は何が起こったのか理解できないままにだま化したのだろう。
種を明かせば、ロランは紋章陣を多重に展開し、ゴドウィンの斧の軌道上に陣を敷いた。それにより攻撃の手を止めた、というわけである。
攻撃は最大の防御、ならば
「ハァ……」
しかし、紋章術を短時間に連続で、それも無茶な使い方をしただけに体への反動も大きい。事実、今の彼のため息には疲労の色が滲み出ていた。
だが、ここで立ち止まるわけにはいかないということもわかっていた。砦内部へ入ることには成功した。あとはこの
とはいえ、気が抜けないのも事実だ。その連中は今外で戦った兵達より遙かに強い。切り札を用いて倒した将軍と互角かそれ以上か。だとすれば真の戦いはここからだ。
(それでも……負けん……!)
外よりわずかにひんやりとした砦内の廊下を気を引き締めて進む。が、人の気配を感じ、ロランは足を止めてその気配の方を睨みつけた。
「誰だ!?」
薄暗い砦内部のその先、そこへと声が吸い込まれていく。
「フッフッフ……。ワシ達の存在に気づくとは、さすがはビスコッティ騎士団長……」
未だ姿は見えないが、その声を聞いてロランは反射的に小さく舌打ちをした。
先ほどの予想では
そうロランが思った瞬間、声が聞こえてきた辺りを
「……は?」
先ほどまでの緊張が嘘のようにロランは間抜けな声を上げた。
「天が呼ぶ、地が呼ぶ、人がぁ呼ぶ!」
「悪を倒せと、我らを呼ぶ!」
砦内部、柱の陰から姿を現したのは1人の女性と男性、そしてやや遅れて青年が1人の合計3人だった。それだけなら姿を見た瞬間にロランが間抜けな声を上げることはなかっただろう。問題はその3人が全員、
「我が名は! 獅子王ゥ仮面!」
「同じく! 豹柄ァ仮面!」
「……同じく勇者仮面」
思い思いのポーズを決める3人……もとい、
「おい! ソ……勇者仮面! やる気を出さんか!」
そして登場するなり内輪揉めである。
「……レオ閣下、バナード、それに……ソウヤ殿まで……」
「ワシは
「私もバナードなどという名ではありません! 豹柄仮面です!」
「……ハァ……」
前の2人に対して勇者仮面だけは否定も肯定もせず、ため息をこぼしただけだった。どうやら乗り気ではないらしい。
『な、なんと! 内部に突入した騎士団長の前に現れたのは、以前アーネット湖水上戦でも姿を現した獅子王仮面
砦内部の映像板にその様子が映り、フランの実況が聞こえてくる。つまりこの様子は戦場の様子として放送されているのだ。まあ当然だろう、仮面の3人は国営放送のテレビクルーと
「じゃ、じゃあまあそういうことに……。……それで、3人の目的は? あいにく
血が上っていた頭をリセットされたのか、ようやくロランにも多少冷静な頭が戻ってきたようだった。だがあくまで言葉は鋭く、3人へと投げかける。
「何を勘違いしておる。言ったはずじゃ、悪を倒せと我らを呼ぶ、と」
獅子王仮面が答える。
「たった1人で大軍を相手にし、この砦へと足を踏み入れるとはまさに見事。その貴殿の勇気に敬意を評し、ワシ達も力を貸してやろうと言っておるのじゃ」
「女性を誘拐するなど、まさに悪の行為そのもの! 愛する者をさらわれ怒りに震える貴殿の、いやそうでなくても苦労しているその心、痛いほどよくわかる……。だから力を貸すのです!」
「……だ、そうです」
「おい勇者仮面! もっとシャキッとせんか!」
獅子王仮面に非難の声を浴びせられ、勇者仮面はまたため息をこぼした。
「……では協力してくれる、と?」
「そうじゃ。おそらく残りはガウルとかいうアホとジェノワーズとかいう三馬鹿のみ。ならば、ワシ達が三馬鹿を抑えている間にお前がガウルとかいうド阿呆をぶっ飛ばせばよかろう」
「それは助かりますが……。ですがよろしいのですか? 弟君の不始末をつけにきたのでは……」
「ワシはあやつの姉のレオンミシェリなどではない! 獅子王仮面じゃ! じゃから関係ない! ……それにあやつの姉がいたとして、この場の最終決着は当事者同士に任せることじゃろう。遠慮なくぶちのめすがよい」
どこか困ったような、呆れたような、しかし嬉しそうにロランはため息をこぼした。もはや本人に隠す気があるのかないのか、正体は完全にバレバレだが、ここでの援軍というのは正直助かる。あの3人のコンビネーションはかなりのものだし、それを崩したとて最後に控えるガウルは相当の強敵だ、とロランはわかっていたからだ。それに興業としてはなかなか面白いサプライズだろう、と思ったところで、ようやく興業の状況を考えるほど自分が落ち着いた、と実感したのだった。
「……わかりました、助かります。このご恩は忘れませんよ、レ……獅子王仮面閣下」
「礼には及ばん。悪を見過ごすことができなかったからである故な」
そう言うと獅子王仮面はフッと笑った。
「さあ行くぞ! あの馬鹿おと……ガウルとかいう奴をぶっ飛ばしに!」
獅子王仮面が先陣を切って砦内部を慣れた様子で進む。そこにロラン、豹柄仮面と続き、ため息をこぼしながら重い足取りで勇者仮面が続いた。
◇
プラリネ砦内、兵達の訓練にも使われることもある大闘技場への扉を獅子王仮面が乱暴に開ける。
「ハーッハッハッハ! よく来たなロラン! それに……獅子王仮面に豹柄仮面に勇者仮面!」
闘技場の中央、1人の少年が腰に手を当てながら悪役よろしくそのセリフを吐いた。しかしそんな口調、言葉とは裏腹にその顔は引きつり気味で明らかな動揺が見て取れる。
それもそうだろう、彼はここでロランが来るのを待ちながら戦の様子を観察していたが、そこでまさかの乱入者が現れたのだから。しかもその3人が自分に敵対し、その上その実力をよく知っているとなれば、もう諦めて腹をくくって開き直るしかない。
「お前の大切なアメリタはこの奥の部屋にいる。だが、そこに行きたいならこの俺様と、そして親衛隊のジェノワーズを倒してからにしてもらおうか!」
そしてガウルの後ろから飛び出す3つの影。
「我ら、ガレット獅子団領!」
「ガウ様直属親衛隊!」
「「ジェノワーズ!」」
得意のポーズを決めての3人の登場、しかしその表情は一様に強張っている。なぜなら彼女達は気づいてしまっているのだ、この戦いの主役であるロランが仕掛け人のガウルと戦うのであれば、必然的に
「現れおったな、アホ王子に三馬鹿め」
「……主役はロランさんですよ。あなたがしゃしゃり出ちゃダメでしょう」
勇者仮面の耳打ちに獅子王仮面はわかっている、とばかりに振り返った。
「……わかっておるわ。だが開き直ったあいつらを見ていたらちぃとばかりイラッと来たからの……」
「……コホン! ガウル殿下、年貢の納め時です! アメリタを返していただこう!」
「だから言ってるじゃねえか、そうしたいなら力尽くで通れってな! ……さあ来なロラン! そっちの仮面3人はうちのジェノワーズが相手してやるぜ!」
「ほう、それは面白い。3対3なら丁度いいのう」
その獅子王仮面の一言にジェノワーズ3人の顔が蒼ざめ、主君の方を振り返った。
「ほ、ほら! ガウ様、やっぱり3人がかりで来る気ですよ!」
「無理やて! ホンマ無理! ガウ様、ウチらのことを見殺しにする気ですか!?」
「うるせえ! もうこうなっちまったらどうしようもねえだろ! じたばたするんじゃねえ!」
「ジョー、ベル、諦めよう。もう無理だよ」
冷静、というよりもう完全に諦めたノワールとは対照的にジョーヌはひたすら頭を抱えてベールは涙目で困り果てている。それでも悪あがき、とばかりにジョーヌは仮面の3人の方を指差して叫び出した。
「そっち3人なんて卑怯やで!」
「……お前らだって3人だろ」
「そっちは3人とも1人でこっち3人相手に出来るぐらいやないか! むしろそれじゃないとこっちに勝ち目があらへん! だったら卑怯ってことになるやろ! 1人ずつこっち3人で相手してやるわ卑怯者!」
「そーです! 卑怯です!」
「やかましいわ!」
ピーピー騒ぐ2人を獅子王仮面が一喝。
「そこの黒猫を見習わんか、静かに戦う意思を固めているぞ!」
「……いや、あれ完全に諦めてるんでしょう」
勇者仮面の突っ込みの通り、もうノワールの目は死んだ魚のようになっていた。
「しかしああいう頭脳こそ厄介な存在です、一発逆転の手を考えていたりもする。私がうまく抑えましょう」
が、それでも容赦はしないらしい。
「よし、まかせたぞバ……豹柄仮面。勇者仮面はあの弓兵を任せる」
ここまでテンションの低かった勇者仮面だが、その言葉を聞くと小さく笑った。
「了解。そいつは面白そうだ。この間の東西戦でもやれなかったわけだしな」
「ワシは黄色いのをやる。自慢の力がワシにどこまで通じるのか試してみるがよい」
その獅子王仮面の声にジョーヌの顔から一気に血の気が引いていく。
「ど、どないしようノワ……ウチ真っ先にだま化候補や……」
「……まあ頑張って。ジョーが崩れたら私達一気に畳み掛けられると思うから」
「ちょ……! それどうしろって言うんや! ベル、せめて援護頼むわ!」
「ええー!? 無理無理! あの人相手にして自分以外のことを気にする余裕なんてないからー!」
「ああー! こうなったらもうヤケクソや! 当たって砕けるでー!」
碇斧を構えたジョーヌが突撃し――。
しかし数分後、そこには3人の断末魔の悲鳴が響いたのであった。
◇
一方でロランとガウルの戦いは未だ続いていた。
ガウル得意の輝力武装、輝力によって作り出す爪の獅子王双牙による猛攻を、槍と紋章陣による防御でロランが捌いていく。一見すれば防御一辺倒、しかしこの堅実な戦い方こそがロランの本来のスタイルなのだ。輝力武装なら消耗も激しい。よって相手の疲弊を待って反撃に転じる作戦だ。
だがガウルもそのことには気づいている。よって狙いは短期決戦。自分が消耗しきる前にロランを押し切るつもりでいた。ところがジェノワーズが随分あっさり、とはいえ思っていたよりはもった方かと思うが、やられた程度には時間が経過してしまっている。このままではまずい、とガウルも焦り始めた。
「ちくしょう、思ったよりやるじゃねえか……!」
「生憎、伊達に騎士団長などという立場ではないのでね。このまま降参していただけるなら、あなたへのお叱りはあなたの姉上にお任せして私は拳を収めるということも考えなくもないですが?」
「冗談。ここまでやっちまったら後には引けねえ、
「交渉決裂、ですね。では遠慮なく行きますよ、あなたの姉上の許可もいただいている……!」
「やってみな! 悪いが俺様も負ける気はねえ、イチかバチか大技でいくぜっ!」
ガウルがそれまで輝力武装していた獅子王爪牙を解き、最初に獅子王爪牙を展開した時と同様に両手を構えた。その両手の間に輝力によるものだろう、エネルギーの球体が生まれ始める。それが次第に巨大になっていくと、その手を上へとかざし、さらに球体を巨大化させていく。
「あの馬鹿め……調子に乗りおって……!」
既にジェノワーズに勝利を収めてその戦いの様子を伺っていた獅子王仮面だったが、大技を繰り出そうとするガウルに舌打ちをする。咎めようと足を踏み出そうとしたが、
「手を出さないでもらいたい!」
有無を言わせぬロランの言葉に獅子王仮面はビクッと肩を震わせ、その足を戻した。
「……申し訳ありません。失礼な物言いはお詫びいたします。ですが、これは私とガウル殿下の一騎打ち、そうでなくても本来は私1人の指名です。幕引きは私自身の手で行わせていただきたい……!」
「ロラン……」
しかしその彼の名を呟いた後、獅子王仮面は納得したように頷いた。
「……わかった。無粋な真似をするところだったな。ワシたちはこの勝負の行方を見守ることにする」
「ありがとうございます」
「気にするでない。しかし……お前も難儀な奴じゃな。うちのルージュ同様の苦労人だとはわかっていたが、それではまるで自ら苦労を背負い込んでいるようなものではないか……」
そう言われてロランは思わず苦笑を浮かべた。
全くもってその通りだ。今ビスコッティの騎士団には彼のような年長者がいない。年でいうならば並の人間より遙かに長生きしているといわれる自由騎士がいるが、その自由騎士は名の通りビスコッティには籍を置いているに過ぎない。結果、今ビスコッティ騎士団のまとめ役やら総括やら、面倒ごとを一手に担っているのは他ならぬ彼だった。
しかし彼は彼なりに、まあそれでいいと納得している部分もあった。いや、その方が居心地がいいと思うことさえあった。自分が苦労を背負い込むということは、自分を頼ってくれることが多いことなのだ、他人の分の苦労を肩代わりできているのだ、と。
そんな真面目な彼だったからこそ、仕事上立場が似ていて同じく生真面目なアメリタに惹かれていき、そして求婚したのだ。だがあくまで最優先は国のこと、そして姫様のこと。真面目な2人でそう話し合って決めた。
難儀だ。確かに今言われた通り難儀だ。だが自分達2人の時間が取れないことを除けば概ね満足して
(だから……負けるわけにはいかない。ビスコッティ騎士団の誇りのために、マルティノッジ家の名誉のために、何より巻き込んでしまったアメリタのために……!)
なぜだろう、そう思うだけで疲労しているはずの体が少し軽くなった気がした。
再びロランが笑みを浮かべる。先ほどのような自嘲的なものとは異なる、不敵な笑み。
「何笑ってやがる? 勝ちを諦めでもしたか?」
掌の輝力によって作り出された球体を先ほどまでよりも巨大化させつつガウルが問いかける。
「いえ、これは勝利を確信した会心の笑みですよ」
「ヘッ! そうかい! だがそいつはこれを止めてからにしてもらいたいな!」
ガウルも笑みを浮かべた。
「うおおおおっ! くらえッ! 獅子王轟雷弾! 壊ッ!」
振り下ろされたガウルの右手から輝力の球体が放たれる。
「輝力全開! 障壁陣!」
対するロランも左手を突き出してこれまでよりも分厚い光の壁を展開した。紋章陣の強化版、広範囲を防ぎきる障壁陣だ。
そしてガウルの放った紋章砲がロランの障壁陣へとぶつかり――。
激しい轟音と共に辺りに爆煙が立ち込めた。
「やったか!?」
しかしその口調は勝利を期待したかのように叫んだガウルだったが――。
煙が晴れたそこには、ガウルが紋章砲を放つ前と同じく、左手を突き出したまま立っているロランの姿があった。
「なっ……!?」
ロランが槍を両手に持ちなおし、背後に眩いばかりに紋章を輝かせる。
「ガウル殿下、ご覚悟ッ!」
横一閃に薙ぎ払われた一撃。直撃したガウルの体が宙に舞う。そして次の瞬間、それはだまとなって床へと落ちてきた。
『け、決着ー! ロラン騎士団長とガウル殿下の一騎打ちはロラン騎士団長に軍配! 同時にこの奪還戦も征することとなりましたー!』
実況を半分聞き流し、激しい疲労感に襲われつつ、ロランは肩で呼吸をしていた。
「見事じゃ、ロラン」
その満身創痍の騎士団長に獅子王仮面が拍手を送る。
「さあ、もうお前の邪魔をするものはおらんはずじゃ。アメリタの元へいくがよい」
「お言葉に甘えてそうさせていただきます」
前に出す足も重いが、ロランは奥へと進む。ドアを開けると、そこにガウルの近衛メイドであるルージュが立っていた。
「お見事でした、ロラン騎士団長。アメリタ様のところへご案内いたします」
「……ああ」
罠か、とも一瞬疑ったが、彼女から敵意は感じられない。もっとも、自分が倒されたらあとはお前が戦えなどという野暮な命令をガウルが下しているとも考えにくい。その言葉に偽りはないだろうとロランは後をついていく。
「こちらです」
そう言ってルージュがドアを開けた。その扉の方へ、ずっと開くのを待っていた彼女が視線を移した。
「アメリタ……」
愛する者の名を呼び、持っていた槍を床に放り投げてロランは駆け出す。
一方のアメリタも立ち上がり、そして、駆け寄ったロランが彼女の体を抱き締めた。
「き、騎士団長……!」
「すまなかった、アメリタ……。こんなことに君を巻き込んでしまって……」
「いえ……。私は大丈夫です。それよりも私のために騎士団長がそんなに無理をなさって……」
「この程度、騎士である私にとっては大したことではない。だから、君が気にすることではないさ」
「騎士団長……」
ロランとアメリタが見つめ合う。ドラマなら1番いいシーンだろう。
……いや、そのはずだったのだが。
「いい感じのところちょーっとすみません!」
突然部屋の入り口から聞こえた声に2人がビクッと震えた。
「なっ……なんだ!?」
ロランが驚くのも無理はない。アナウンサーとカメラを持ったテレビスタッフ数名が部屋に入ってきたのだから。
「はい! 私ジャン・カゾーニは今プラリネ砦の客室に来ております! 見事ガウル殿下に勝利しアメリタ秘書官を奪還することに成功したロラン騎士団長ですが、なんと! ここで!
マイクを持ったジャンはロランとアメリタの前に立ってカメラに向かってそう話していたが、次に部屋に入ってきた人物を見て2人は我が目を疑った。
「ひ、姫様!?」
「どうしてここに……!?」
しかし2人の質問に答えることなく、ミルヒはジャンからマイクを受け取ると、今さっきまで彼が話していたカメラに向かって語り始める。
「皆さんこんにちは、ミルヒオーレ・フィリアンノ・ビスコッティです。急に私が出てきてびっくりさせてしまってすみません。
さて、騎士団長は見事ガウル殿下に勝利し、アメリタ秘書官の奪還に成功したわけですが、今回この2人に白羽の矢が立ったのには勿論理由があります。ご存知の方もいるかもしれませんが、この2人、実は結婚を約束している仲なんです!」
「なっ……!」
「ちょ、ちょっと! 姫様!?」
ロランとアメリタが同時に悲鳴にも似た声を上げる。知らず知らずのうちに広まっていたこととはいえ、庶民の間や情報をあまり知らない人たちの間では仲がいい、程度の認識だっただろう。それがこれで公に広まったことになる。
だが、この後ミルヒの口から飛び出す発言に比べたら、こんなのはまだまだかわいいものだった。
「ですが、2人は結婚を約束しているというのに未だに式を挙げていません。そこで……今回この奪還戦を成功したというこの機会に、結婚式までやっちゃってそれも放送しちゃいたいと思いまーす!」
「は……?」
「え……?」
再びロランとアメリタが同時に声を上げた。
「ま、待ってください姫様! 一体何を……!」
「だって……2人とも結婚を約束した、って言ってからもうどのぐらい経つんですか!?」
「確かにあれから大分経ってしまっていますが……。ですが、それには時期というものがあります! それは当事者が決めること、いくら姫様といえど……」
「えー……姫様による2人の説得が続いております……。今しばらくお待ちください」
カメラに向かってジャンがナイスなフォローを入れる。その間も3人の会話は続いている。
「姫様だって私の立場をご理解しておられるでしょう? 騎士団長である以上皆のために動かねばならないのです」
「私も姫様の公務に影響が出ることは望みません。ですから……」
「ロランもアメリタも仕事仕事って、少しは自分を大切にしてください! 私のことで気を使ってくださるのは嬉しいです。……ですが、私は2人に幸せになってほしいんです!」
「姫様……」
「アメリタには今まで以上に負担をかけないように私が頑張ります! ロランには、騎士団の皆さんに私の方からお願いしてみます! 2人が私のことを本当に考えていてくれているということはわかります。だから……そんな大切な2人だから、私は幸せになってほしいって願ってるんです!」
「しかし姫様……」
「……諦めましょう、騎士団長」
なおも食い下がるロランとは対照的、降参、とばかりにアメリタは微笑を浮かべてそう呟いた。
「アメリタ!? しかし……」
「一度決めたら決して曲げない、それが姫様です。それに……私が誘拐される時に姫様はここまで計画していたのでしょう。あなたが私を助けに来る、成功して盛り上がったところで
ハァ、と大きくロランがため息をこぼした。
「……君はそれでいいのか? アメリタ?」
「何がですか?」
「私は不器用な男だ。堅実、などと言えば聞こえはいいが、その実あれもこれもこなすことはできないということだ。……知っての通り私は忙しい身だ。今結婚、ということになれば、これから先、君には辛い思いをさせることもあるだろう」
「構いません。一緒にいられる、というだけで幸せですし、それにそういう器用とはいえないところまで含めて、私は騎士団長のことを愛しているのですから」
「……わかった。ただ、1つだけ頼みがある」
アメリタがロランを見上げる。
「……私の妻となってくれるのなら……今だけでもいい……名で呼んではくれないか……?」
クスッと小さく笑みをこぼすアメリタ。
「ええ……。わかりました、ロラン……」
2人が互いを見つめあい――そして唇を重ねた。
それを見ていたミルヒは「わあ!」と言いながら目を手で覆うが、勿論指の間からその様子をバッチリ目撃している。テレビクルーも歓声を上げながらもしっかりとカメラに収めていた。
「今! 姫様の説得によって2人がめでたく結ばれることとなりました! ロラン・マルティノッジ騎士団長とアメリタ・
その性でアメリタを呼ぶのは少し気が早いであろうが、ジャンが2人の名を呼んで祝福する。そのジャンの後ろからルージュが現れて2人に向けて一礼した。
「この後のためにお召し物をご用意させていただきました。お2人ともどうぞこちらへ」
ルージュに連れられ、互いに手を繋いだ2人が部屋を後にする。
「2人の結婚式の様子は勿論この後もしっかりと放送いしていきたいと思います! それでは一旦お返しします! 現場から、ジャン・カゾーニでした!」
最初から衣装を用意していたルージュと放送予定があったことを示唆する発言をしたジャン。その2人を見てアメリタは、やはり
◇
プラリネ砦闘技場。4体の
と、その時だま化していた1体が元に戻った。
「……だま状態からはそう戻るのか」
興味深そうに呟いた青年とは対照的、たった今元に戻ったウサギ耳の少女はため息をこぼす。
「見世物じゃないんですよ……? あとの3人は?」
「見ての通り」
「なんで私だけ早いんですか?」
「さあな。どっかの
そう言って青年――ソウヤは小さく笑う。
「はいはい……。どのみちだま化してる時点で加減もなにもあったもんじゃないと思いますけど。……まあそれはさておき、あの2人は結果オーライでしたね」
ベールがそう言った時、残った3人もだま状態から元に戻った。
「何が結果オーライや……。さんざんやでこれ……」
「もうこんな損な役回りはこりごり……」
「うるせえぞお前ら。うまくいったんだ、いいじゃねえかよ」
だまから戻るなり愚痴をこぼすジョーヌとノワールにガウルが反論する。
「ま、今回は4人ともご苦労様でした、ってとこですかね」
「……ったく他人事みてえに言いやがっててめえはよ」
ガウルがソウヤに文句を言ったときだった。闘技場の入り口が開かれ、1人の少年が駆け込んできた。
「あ! いたいた! レオ様に聞いたらここだって言ってたから……」
「お! シンクじゃねえか! いつこっちに来たんだ!?」
「今さっきだよ。こっちに来ると同時に姫様に急いで砦に行くって言われて、ハーランで飛んできたんだ」
「ビスコッティの他の連中は?」
ソウヤが今来たばかりのシンクに尋ねる。
「えっと、姫様は僕と一緒だったでしょ。騎士団と親衛隊はリコがうまくエクレを使って連れ出すことに成功してもうすぐ到着って聞いたし……隠密の2人は僕が着いたときにはもう着いてたよ。あとはメイド隊が少し遅れて到着かな」
「よっしゃ、計画通りだ。ビスコッティご一行様の案内成功、これでこの後の結婚式も無事挙行できそうだぜ」
ガハハ、とガウルが笑い声を上げた。
「でも姫様からこの話を聞いたときはびっくりしたんだけど……これ、前もって何人知ってたの?」
「そっちだと姫様とリゼルとそのメイド隊、あとリコッタと隠密2人って聞いたぞ」
「聞いたぞ、って……ガウルが計画したんじゃないの?」
「ああ。……いや、厳密には最初に計画したのは俺と
とはいえ、そっちの協力者が姫様だけじゃ無理だから、あとはリゼルにだけ話を通してそれ以外のビスコッティの動きについては任せたんだ。リコッタと隠密2人を引き込んだってのはナイスな判断だったぜ。正直隠密2人が以前の姫様奪還戦の時みたいに乱入、ってなったら、それだけで計画全部ひっくり返りかねなかったからな」
「へえ……。で、ガレット側はガウルとジェノワーズの4人、と」
「それにルージュとメイド隊に国営放送の一部人間もか。あとは
そう言ってガウルは親指をソウヤの方に向けた。
「え……!? ソウヤ、これ知ってたの!?」
「というか、
「確かに僕達もいる時のほうがいいだろうけど……。えっと召喚の方法が簡略化したのが去年の11月でしょ? それからだと……冬休みは短かったし、春休みはベッキーとナナミも連れてきたから忙しかったし、ゴールデンウィークはガレット東西戦があったし……。でもそっちの長い滞在期間中のほうがよかったんじゃないの? どうして今月?」
「今月は
どうやらソウヤとしてはこれで通じるだろう、と言いたいらしい。だがシンクはわからない様子で頭を捻っている。
「確かに6月だけど……それ、何か関係あるの?」
「……大有りだろうが。もしかしてわからないのか?」
「えっと……うん……」
「……ヒントだ。6月が英語でなんていうかぐらいはわかるな?」
「そりゃ勿論。ジューン……あっ!」
シンクが何かに気づいた。
「
ご名答、と言わんばかりにソウヤが鼻を鳴らした。
「そう。6月に結婚すると幸せになれる、って俺たちの世界での言い伝えだ。まあ
「なるほど……」
「つまりお前はこの
不意に入り口から聞こえた新たな声にガウルとジェノワーズの4人はビクッと肩を震わせ、ソウヤは苦笑いを浮かべた。
「……ま、そういうことになりますかね」
「い、いや待ってくれ姉上! こいつは……」
「黙っていろ。お前の番はまた後でじゃ」
ちゃんとしたお叱りはまだ受けていないガウルはここで歯向かうことなど出来ない。すごすごと黙ることにした。
「……で、ワシに黙っていた、ということになれば……。お前も何かしらの責任は取ってしかるべきじゃな? 鉄拳制裁ぐらいの覚悟はできておろうな?」
「そのぐらいで済むなら安いもんです。結果を見れば、まあうまく言ったといえるでしょうから。……
そう言ってソウヤは頭を差し出し、レオはフンと1つ鼻を鳴らして右手に拳を作る。
「……他に言いたいことはあるか?」
「紋章術で殴るのだけは勘弁してください」
「心配するな。普通にやってやる。ではいいか?」
「あ、あと」
「なんじゃ?」
ソウヤが唇の端を僅かに上げる。
「……俺も結婚式をやる時はこの月を希望しますよ」
その一言に虚を突かれて一瞬頬を赤くしたようなレオだったが、すぐに不機嫌そうな顔に戻るともう1度フンと鼻を鳴らし――。
右手が振り下ろされてゴツン! という音が砦内の闘技場に響き渡った。
真珠……パール。6月の誕生石。
幕間短編集はここまでになります。
次からは2部になりますが、ある程度ストックはあるものの現在執筆中で、また原作2期の展開如何で変更せざるを得ない部分もあると思いますので、しばらくは週1ぐらいでゆっくり投稿していく予定です。