DOG DAYS DUAL-BRAVER   作:天木武

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第2部
プロローグ 蒼穹の獅子


 

 

 闇が広がる。とうに日暮れは過ぎ、夜の(とばり)が降りてから久しい。輝歴2916年、真珠の月の夜。

 

 桃色のドレスのような可憐な衣装に身を包んだ女性が、対照的に飾り気のない無骨な窓からその闇を見つめていた。ピンク色の髪が闇に溶け込みそうにも見え、その頭にある()は力なく垂れ下がっていた。

 彼女の眼前、その夜の闇を切り裂き、眩い光が走る。しかしそれは一瞬の後に消え、再び目の前の光景は彼女の心の中同様、闇に包まれた。

 

「姫様」

 

 その声に彼女は一度その()()を横に振ってから振り返る。タイトな衣装に身を包み、眼鏡をかけた自分専属の秘書の表情が沈んでいるのを確認して、言葉を聞かずとも言わんとしている内容がなんとなくわかってしまった。

 

「状況はどうなのですか、アメリタ?」

 

 それでも、僅かな望みを込めてそう尋ねる。しかし返ってきた答えは自分が思ったとおり、(かんば)しくないものだった。

 

「相変わらずよくありません……。親衛隊長が必死に応戦してくれているおかげでなんとか砦門で止めることができてはいますが……このままでは時間の問題かと……」

「そうですか……」

 

 そう言って()()()となった彼女――ビスコッティ共和国代表領主、ミルヒオーレ・フィリアンノ・ビスコッティは(こうべ)を垂れた。

 

 彼女の眼前で輝いた光、それは紛れもない戦の光であった。今、この砦の門付近で自国の騎士たちが戦いを演じている。だが、戦況は先ほど秘書官が返したとおりであった。

 元々厳しいということは承知していた。承知した上で、この宣戦布告を彼女は断ることが出来なかった。相手は自国フィリアンノ領の領民だと言った。つまりは、この戦は「内戦」ということになる。

 ミルヒは国内視察を終え、少数の護衛と共に外遊の帰り道だった。そのフィリアンノ城へ戻る途中、まさにこの時を狙って領民軍は宣戦を布告してきたのだ。戦の内容は「要人誘拐戦」。要するに狙いは彼女であり、ミルヒはそのことを「自分に直に訴えたいことがあるからだ」と捉えた。だから責任を感じた彼女は不利を承知でこの戦を受けると言った。しかし自分のせいで臣下の騎士たちには負担を強いた形になっただろう。

 

「……アメリタ、もし正門が突破されたら、騎士たちに降伏するように伝えてください」

「降伏……ですか……?」

 

 それは了承したくない、というニュアンスを込めてアメリタが返す。

 

「はい。彼らの目的は私です。私に何か直に伝えたいことがあるから、このような『内戦』が起こったはずです。でしたら、私が出ていけば済むことですし、これ以上騎士の皆さんや臣下の皆さんを巻き込みたくありません」

「ですが姫様が『誘拐』されたとなれば奪還戦が発生します。それでは今後の公務にも差し支えが……」

「今後については私が努力をすれば済むことです。それに奪還戦で予定が決まれば放送も出来るでしょう。そうなればイベントとしても側面を持つことも出来ると思います。

 元々彼らのこの内戦は、私の失政が招いた結果と言えるかもしれません。なら、責任は私にあります。直接民の声を聞く、という意味でも、私が出て行くべきだと思っています」

 

 相変わらず彼女はこれと決めたら自分を曲げない。秘書官は根負けしたようにため息を吐いた。

 

「……わかりました。連絡係に取り次いでまいります」

「すみません、アメリタ」

 

 一礼し、秘書官のアメリタは部屋を出て行く。それを見送り、ミルヒは再び眼下の闇へと視線を移した。

 また水色の閃光が走り、そして消える。

 親衛隊長の紋章剣の輝きだろう。先ほどから幾度と放っていることにミルヒは気づいていた。それだけ必死の応戦を見せている彼女はこの決定に納得はしないはずだ。この身に変えても守り抜く、と言ってくれるだろう。だが本当なら最初から出て行きたかった心を抑えたのは、彼女のプライドを踏みにじりたくない、と思ったからだった。

 が、降伏、となれば結局は彼女の、いや、騎士団のプライドを潰す形になる。しかし徹底抗戦したところでもはや負けの色は濃厚だ。つまるところ最初にこの戦いを受けると言った以上、今更自分がどうこうしたところでどうにもならなかったのだ、と彼女の心は暗く沈んだ。

 

「姫様!」

 

 しかしそんなミルヒの心は()()()()で裏切られることになる。連絡係に取り次ぐ、と言って部屋を出て行ったはずのアメリタが息を切らせて戻ってきた。その様子から状況が変わった、ということが見て取れる。

 

「どうしました、アメリタ?」

「この戦場(いくさば)に迫る新たな一団を確認した、という情報が入りました」

 

 増援か。ますますもたない。そう判断したミルヒはすぐにでも降伏するとアメリタに伝えようとするが、

 

「数は20、丘の上に確認されたそうです」

 

 その情報に開きかけた口を一端閉じた。

 

「……20?」

 

 少なすぎる。今この砦を攻めている敵の数は500、対するこちらはわずか100。5倍戦力差を突きつけられながらも、騎士団の奮闘の甲斐あって300までは減った、という情報は聞いていた。だとしたら20という増援はあまりに中途半端だ。

 それに丘の上、という場所。砦攻めで正門を押し切れそうな現状だ、本隊に合流させてしまえばいい。なのにそんな位置に()()わざわざ新たな駒を配置するのは考えにくい。

 

「……もしかして、その一団というのは……」

「確認は出来ていませんが……。ただ、その中に鮮やかな()()()()()()()を見た、と」

「濃紺の輝力の光……! まさか……!」

 

 ミルヒが闇の中、丘と思われる方を見つめる。

 

「『蒼穹(そうきゅう)獅子(しし)』……!」

 

 

 

 

 

「久しぶりに戦場に戻ったと思ったら、自国の戦いじゃないとはな」

 

 やや小柄な茶のセルクルに跨った男が、月明かりに顔を照らされつつ、どこかうんざりとそう呟く。青と黒でまとめられた騎士風の服に、脚はくるぶしまで隠れる黒の脚甲と、両腕にも同様の黒の手甲が身につけられた軽装戦士風の格好。短くまとまった黒の短髪から覗くその表情は凛々しく、そして風貌こそただの青年に見えるが、彼の発する「空気」はまさに「戦士」としての威厳を放っているようであった。

 

「愚痴らないでください。()()のお姫様のピンチなんですから」

 

 副官と思われるウサギ耳の女性がそう言って男をなだめる。こちらは緑と黒を基調とした服で背中に矢筒を背負い、そこに弓をかけていた。

 

「そこを助けるのは本来俺の役目じゃないだろ? 向こう見ずなあの()()()()()()()鹿()の仕事だ」

「その()()()()()()()がいないんだから仕方ないじゃないですか。それに他に表立って動ける人がいないから、抜擢されたんですよ?」

「……まあそうだな。この状況、1番都合がいいのは俺だ。わざわざ俺に頼んできたうちの()()殿()の顔に泥塗る真似だけはしないようにするか」

 

 そう言って男は鼻を鳴らす。と、次の瞬間、蒼い宝石のはめられた右手人差し指の指輪が輝いたかと思うと、その左手に弓が現れ、さらに右手の指の間に無数の矢が生まれる。

 

「降りて、あの『バリスタ』とかいうの、やらないんですか?」

「確かに数を撃つだけなら対攻城戦用と銘打ってるあれのほうがいいが。この後突撃する。久しぶりだ、暴れさせてもらうぞ。そうなると乗りなおすのが面倒だからな。……そのときは援護任せるぞ」

「りょーかいでーす」

 

 ウサギ耳の女性は軽い調子でそう返しつつ、にこやかに微笑んだ。

 それを見た後で男は後方に控える、20人弱の隊全員の方を振り返る。

 

「これから奇襲をかける、全員ここから矢を放ち続けろ! 俺は一斉射後に敵へと突撃、副隊長には俺に続いて俺の援護を任せる! ……まあ片付いたら適当に降りて来い」

「こっから撃つのはいいですが、突っ込んだ隊長に当たったらどうするんです?」

「誰だ? 今の間抜けな質問は?」

 

 笑いながらの質問返しに隊の全員から笑いがこぼれた。全員わかっているから笑っているのだ。この人が当たるはずがない、と。

 

「俺が当たると思うのか? そうだな……。もし俺が当たるなんてヘマをやらかしたら、今度ここにいる全員に酒を奢ってやるよ」

「さっすが! そいつあいいや!」

 

 ヒューッ! と口笛と笑い声が響く。まるでこれから戦うとは思えない、宴会のような雰囲気。

 が、一つ笑いを浮かべた隊長の男が皆に背を向けた瞬間、まるでスイッチが切り替わったかのようにその軽いムードは吹き飛んだ。

 男の背には濃紺の光が、そして副隊長の背には黄緑の光が輝き出す。

 

「……いくぞ、全員構え!」

 

 その声に隊の全員が弓を構える。

 

「撃てッ!」

 

 

 

 

 

 このままならこの砦はすぐにでも落とせる。勝ちは目の前だ。そう思い、口元を緩めたのは領民軍のリーダーだ。思ったよりあっけなかったか。楽な仕事だったと楽観する。もっとも、守備側が有利とはいえ100の相手に500の兵団をぶつけたのだ、既に被害は結構なものだったが、これで砦を落とせなければ困る。

 

 が、そんな物思いに耽る視界の隅で、月明かりが何かを照らし出した。

 右手側の空に何かが浮かんでいる。いや、何かではない。あれは……!

 

「矢だ! 矢が来るぞ!」

 

 前線より僅かに引いた位置で戦況を観察していたその男の場所も含め、辺りに矢の雨が降り注ぐ。男は咄嗟に左手の盾でそれを凌ごうとするが、突然の新手からの攻撃に辺りに混乱の声が響き渡った。

 

「状況は!? 何が起こった!?」

 

 叫びながら辺りを見渡すが、その矢に命中したものは少なくはない。相当の数の兵が()()()していた。

 

「わかりません! 突然矢が……」

「そんなもの見ればわかる!」

 

 再び声を荒げて辺りを見渡す。しかし砦以外に見えるのは漆黒の闇と、それを照らす自軍の松明だけだ。

 と、砦の方で何かが輝くのが目に入った。

 

「あいつ、まだ撃てるのか……! ()()()()の紋章術が来るぞ! 避けろ!」

 

 リーダーの叫びもむなしく――。

 水色の閃光が駆け抜けた後、無数の()()が空から降り注いだ。

 

「くそったれ!」

 

 残存兵力を確認。まだ撤退するほどではないと判断して叫び声を上げる。

 

「4番隊の残りは右手丘増援の弓兵を潰しに向かえ! それ以外は突撃、タレミミの紋章術ももうないはずだ! 一気に突破するぞ!」

「右手側! 1騎、突っ込んできます!」

「1騎だァ!?」

 

 指示とほぼ同時、突撃してくる者あり、という報告を受けたリーダーは顔をしかめた。弓の奇襲までは見事だ。だが今の矢の数から推測するにそこまで大多数の隊ではないだろう。ならそのままこちらの兵が向かうまでの時間一杯まで撃つか、あるいは増援の全兵力で突撃すればいいだろうに、わざわざ少ない戦力をさらに削いでの単騎突撃とはよほどの馬鹿か、あるいはたかが1騎でこちらの進軍を遅らせるつもりか。

 

「追加だ! 4番隊、その1騎もついでに蹴散らせ!」

 

 了解、という返答とともに数十人の兵達が駆け出す。

 その向こう、確かにセルクルに跨り、器用に丘を駆け下りて単身突撃してくる影が見えた。

 

「本当に1騎だけか。一体どんな馬鹿だ……」

 

 だが、彼のこの評価はすぐに覆されることになる。

 

 4番隊の兵が迫る中、その孤高の騎兵は突如複数の矢を放つ。まるで誘導するかのような軌道を描いたそれは、迫ろうとしていた10名もの4番隊の兵士を貫いた。

 

「なっ……!?」

 

 さらに男がセルクルから高く飛び上がる。それを見計らったかのように後方から飛んできた数本の矢が領民軍の兵を撃ち抜いた。

 着地を狙うはずだった兵が全員ノックアウトされ、その男は悠々と大地に降り立つ。

 

「相手は1人だ! やっちまえ!」

 

 続けて兵が襲い掛かろうとするが――。

 その男の背後に濃紺の光と()()()()()を形取った紋章が輝き、矢を番えたと思った次の瞬間、放たれた矢は爆発を起こした。逃れ切れなかった爆炎に飲み込まれた、だま化した兵達が宙に舞う。さらに後方、空から飛来する矢をまるで見えているかのように避け、それは綺麗に領民軍の兵へと当たった。

 そしてその矢の雨の中、距離があれば矢を放ち、接近を許した相手には次々と()()を見舞っていく。

 

 相手はたった1人、だが、その男は只者ではなかった。

 

「鮮やかな濃紺の輝力の光とその紋章……!」

 

 その時になってようやくリーダーはその男の存在に心当たりがあることに気づいた。

 

「それに目を奪われるような弓技と足技……! そしてその弓はもしや……ガレットの神剣、()()()()()()! 貴様、まさか……!」

 

 男がリーダーの方へと目を移して不敵に、まさにそうだと言わんばかりにニヤリと笑った。その表情にリーダーの男は確信する。

 勝てるはずがない。なぜなら、目の前にいるこの男は……!

 

「『蒼穹の獅子』……、ソウヤ・()()()()()()()……!」

 

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