DOG DAYS DUAL-BRAVER   作:天木武

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Episode 1 予兆

 

 

 戦況は一気に逆転した。奇襲、次いで一騎当千とも言われる「蒼穹の獅子」の活躍により、大打撃を受けた領民軍は撤退を始めたのだった。

 

「やった! 勝ったぞ!」

 

 砦の中では自軍の騎士たちが喜んでいる。しかし到底そんな気持ちにはなれず、()()の緑の髪に垂れた耳が特徴である()()()の親衛隊長は普段から不機嫌そうなその顔よりさらに眉をしかめた。

 

(結局、()()()がこなかったら姫様の「誘拐」をみすみす見逃すことになったのだろうな……)

 

 大きなため息と共に内心で舌打ちをこぼす。あの戦い方と輝力の輝きから、増援の正体は粗方予想がついている。それが自国の者ならここまでは思わなかっただろう。しかし、いくら友好関係にある隣国とはいえど借りを作った形に、何より彼に借りを作った形になる。どんな形でその返済を迫られるか、と考えると彼女はそれが気に食わなかった。

 

「騎士エクレール!」

 

 だが彼女も騎士である。連絡係に名を呼ばれて振り返ったときは、そのような心は表に出さないように心がけた。

 

「どうした?」

「ご苦労様でした。秘書官からの通達です。今の戦闘で増援に来てくれた方々を招き入れるように。それからその指揮を執っていた隊長と話がしたいのでお連れするよう、姫様がおっしゃっていた、と……」

 

 さすがに一瞬眉をしかめる。対応としては当然だろう。だが、やはりどうしても気に食わない。

 

「……わかった。私が案内すると伝えてくれ」

「はっ!」

 

 とはいえ、姫様からの指示なら絶対だ。それは騎士としては当然のことであり、彼女は特にそうであった。

 

「門を開けろ! 協力者を迎え入れる!」

 

 エクレールの声にここまで死守した門が開かれる。それを待っていたのか、20余名の増援はすぐに砦の中へと進んできた。

 ビスコッティの兵から感謝の声が上がる。中にはそれに手を上げて応えている者もいるが、先頭の隊長、副隊長格の2人はそうするつもりは毛頭ないようだ。

 

「……やはり貴様達か」

 

 その2人を一瞥し、表情通り不機嫌な声でエクレールが声をかける。

 

「相変わらずな挨拶だな」

「やっほー、エクレちゃん、久しぶりー」

 

 セルクルを降りながら返されたその返事にエクレールはフン、と鼻を鳴らして応えた。

 

「久しぶりといえば久しぶりか、ソウヤにベール。……不本意だが、今回は貴様達のおかげで助かった。ビスコッティ親衛隊長として礼を言う」

 

 軽く顎を引いて下げられた頭に対し、今度は逆にソウヤといわれた男――()()()となったソウヤ・ガレット・デ・ロワが鼻を鳴らした。

 

「うちの領主殿の命令だからな」

「ちなみにソウヤさんはこれが復帰戦になるんですよ」

「ベール、余計なこと言わなくていいぞ」

 

 ベールといわれたウサギ耳の女性――ベール・ファーブルトンは「はーい」と謝りつつ、だが反省した様子は特になさ気に軽く舌を出した。

 

「そうか……。貴様は()()()()()()を取っていたんだったな。……などと世間話をしてる場合じゃないか。姫様がお前に直々に礼を言いたいそうだ。ついてこい」

「……断るわけにはいかないよな?」

 

 ダメ元、と思いつつもソウヤは一応尋ねる。返ってきた答えはやはり彼の予想通りのものだった。

 

「当然だ。今の貴様ならそれが断れないことぐらい容易にわかるだろう?」

「まあそうか。……どのみち姫様に聞きたいこともあったしな。ベール、ちょっと行って来る。可能なら本国への報告を済ませておいてくれ」

「りょーかいでーす」

 

 ウサギ耳を片方だけ器用に折らせ、ベールは了解の意思を示した。

 

 

 

 

 

 エクレールに続き、ソウヤが砦の中へと入っていく。世辞にも豪奢、とはいえない砦内の廊下を進みつつ、エクレールはソウヤに背を向けたまま口を開いた。

 

「さっきの話の続きだが……1年間の()()()()はどうだった?」

 

 別に普通な質問だ。だが聞く人によっては嫌味が入っているとも思うだろう。ソウヤの場合の感じ方は後者であり、そのために自嘲的に小さく笑って答えることとなった。

 

「楽しかったといえば楽しかったが、厳密には1年丸々じゃない。半年前に戻ってきていたし……その後で()()()()()になったからな。ああ、お前と会うのはあの()()()()のとき以来か?」

 

 慰問訪問。その単語にエクレールの表情に陰りの色が浮かぶ。思えば、今ソウヤが「あんなこと」と言った()()()()から姫様は辛い日々を過ごされている、と彼女はわかっているからだった。

 

 2ヶ月前、旅に出ていたビスコッティの前領主夫妻が旅先で突如として行方がわからなくなった。興業ではなく事件としての誘拐に巻き込まれたのか、はたまた事故なのか、安否すらも不明。状況から事故という見方が濃厚ではあったものの、現在も未だその詳細な状況は全くわからず、前領主にとってご息女となる姫君の心を察すると、エクレールとしても辛いものがあった。

 

「ああ、そうか……。2ヶ月ぶりか。もっと経ってると思っていたが、そうでもなかったな」

「そのときも話したと思うが、あれから2ヶ月。式を挙げる予定ぐらいは決まったか? エクレール・()()()()()親衛隊長?」

 

 そのソウヤの一言にエクレールが足を止めて振り返った。表情には明らかに不機嫌な色が浮かんでいる。

 

「その姓では呼ぶなと言ったはずだ」

「これは失礼。……でもな、そんなのさっさと変えちまった方が気が楽になるぞ? 経験者は語る、ってやつだ」

「だとしても……今はそのときではない」

「クソ真面目で未練たらたらな堅物め、()()()鹿()がちゃんと心を決めるまでお前もそのままでいる、ってか?」

 

 明らかに嫌味を含まれたソウヤの言葉にエクレールは隠す様子もなく眉をしかめ、不快の気持ちを表した。

 

「……そうだ。だから今の私はエクレール・()()()()()()()だ」

「プロポーズを受けたってことは、お前の心は一応決まってんだろ? ならさっさと済ませた方がいいと思うが。最悪の場合お前の兄みたいな形になるぞ」

「そうはならん。なったとして、私は自力で帰る」

「お前が誘拐される側とは限らんだろうがよ」

 

 ハァ、とソウヤがため息をこぼす。そこで一度間を空けて、彼は再び口を開く。

 

「……そんなにあいつのことが諦めつかないなら、奪っちまえばいいだろ?」

 

 気楽そうに言ったソウヤと対照的、エクレールは視線を逸らして目を伏せた。

 

「出来るか、そんなこと。……私は姫様の剣だ。その剣が()()()()()()など……あってはならない」

 

 持ち手を斬る、なるほど言い得て妙だとソウヤは小さく笑った。それはそうか。自身が忠誠を尽くす主君の()()()を奪うというのは、その表現がまさに的確であろうから。

 

「本当にお前はクソ真面目だな。……まあそこがお前のいいところでもあるんだろうがな」

 

 ソウヤがエクレールの右肩を叩く。が、エクレール右手の甲でその手を払った。

 

「口説くつもりか? 悪いが貴様の()()()()に食い殺されるのはゴメンだ。やるなら私以外の、私の知らない別の女にやってくれ」

 

 それを聞いたソウヤが笑う。

 

「言うようになったじゃないか。こんないい女を捨てた馬鹿は、俺が後で代わりに殴っておいてやるよ」

「必要ない。……それにあいつは捨てた、などと思ってもいないだろうし、あいつに手を上げたら姫様への反逆にもなりかねん。間違えても手は出すなよ」

「出したくもなる。お前は以前の、()()()()()()()()()の方がかわいかったからな。それを切らせたあいつは罪な野郎だ」

 

 反射的にエクレールが舌打ちをこぼす。彼女にとっては思い出したくない過去なのだ。思い人に薦められるがままに伸ばし、しかし永遠に手が届かないとわかってしまった時に失意のうちに断たれた髪。その過去と心は断った髪と一緒に捨て去った、そのはずだったのに。

 自分の心中を振り払うかのように、エクレールは頭を振り口を開く。

 

「やめろ、もう過去の話だ。それに私が髪を切ったのはあいつとは何の関係もない」

 

 「はいはい」とソウヤが肩をすくめた。が、同時に気づいてもいた。「切ったのは関係ない」と言いつつも、「伸ばしたこと」は否定しなかった。なら結局同じことだ、と。

 

 ソウヤに背を向けてエクレールが歩き出す。それにつられるようにソウヤも後に続いた。

 

「今回の命令は、ガウル殿下が?」

 

 いい加減話題を変えようと思ったのだろう。エクレールがそう切り出す。

 

「ああ。()()殿()()()だ」

「……そうか。手間をかけさせた」

「いや。フィリアンノ城から距離があって増援が見込めないこの『内戦』という面倒な状況をガレット側として助けたい、と兵を送るなら……現状正式に復帰していない俺が適役だろう。昔のよしみで友を救うために、()()()殿()が命令した、とも言い訳できるからな」

 

 フッとエクレールは軽く笑う。込み入った事情をさも当然のように話す、そんなソウヤを面白く感じたからか。

 だったらお前の方が面白いとソウヤが口を開きかける。だが目的の部屋の前に着いたとわかり、代わりに姿勢を正すことにした。

 

「姫様、協力者を連れてまいりました!」

 

 エクレールの声に扉が開く。無骨な砦の中に作られた、周りと比べればいくらか飾られた部屋の内装。そこに、エクレールの主君である桃色の髪の姫君が立っていた。ソウヤが初めて会った時より大分大人びた、見る者の目を無意識のうちに惹きつけるような麗しき姿。その彼女が協力者の姿を確認するとどこか嬉しそうに口を開く。

 

「……やはりソウヤ様でしたか」

「ご無沙汰しております、姫様」

 

 側まで歩み寄り、かしこまった様子でソウヤは頭を下げた。

 

「この度はありがとうございました。ビスコッティ領主として礼を……」

「ああ、それはまずいです」

 

 遮られたソウヤの言葉に対し、姫君はきょとんとした表情を浮かべる。

 

「確かに命令自体はガウ様から受けましたが、表向きは昔のよしみで友を助けるための前領主の個人的な頼み、ということになってます」

「そうでしたか。……では()()()の一友人のミルヒとして、礼を言わせてください。ありがとうございました」

 

 ミルヒオーレ・フィリアンノ・ビスコッティ姫殿下が深々と頭を下げた。

 

「それで……2ヶ月前にお会いしたきりですが、レオ様はどうなさっています?」

「おかげさまで元気ですよ。この話を聞いたときに最初は自分が行くと言ってました。さすがにそれはまずいだろうと私が来ることになりましたが」

「レオ様らしい……。相変わらずですね。安心しました」

 

 そう言い、ミルヒは笑顔をこぼした。

 

「ソウヤ様、よろしかったらお掛けください。お茶もご用意いたします」

 

 横からかけられた声にソウヤは顔だけそちらに向ける。

 

「ありがとうございます、アメリタさん。よかったら、あそこで立ってるあなたの()()もご一緒に、と思いますが」

「私は騎士です。それには及びません」

 

 直立不動でそう返すエクレール。思わず苦笑し、ソウヤは「堅物」と彼女に向かって口を動かしてみる。が、本人は気にしていない様子だ。

 

 諦めてソウヤがミルヒと向かい合う形で椅子に腰掛ける。その間にミルヒ専属秘書官のアメリタ・()()()()()()()の後ろからメイド達がティーセットを持ってくる様子が窺えた。ソウヤとミルヒの前にビスコッティの特産でもある茶が出される。

 

「ありがとうございます、いただきます」

 

 遠慮なくソウヤは一口、茶を口に含む。

 

「……いつ飲んでも美味しいですね。さすがは特産品だ」

「ありがとうございます」

「さて……座ってお茶までいただいておいてなんですが、()が待ってますんで、あまりまったりとは出来ないんですよ」

「そうですか……」

 

 カチャリ、と音を立ててソウヤがカップをソーサーへと戻した。表情がやや険しくなる。

 

「なので聞きたいことを単刀直入に言わせていただきます。……なぜこの宣戦布告をお受けになったのですか?」

 

 一瞬、部屋の空気が張り詰めたように感じた。その原因は紛れもなくエクレールだった。「失礼なことを聞くな」と彼女の表情は言いたそうだったが、先ほど無視された代わりにソウヤも今度はそれを気にかけないことにする。

 

「少数の護衛しか連れていない状況での宣戦布告をわざわざお受けになった。断ろうと思えば断れたはずです。なのにお受けになったその理由はなんです?」

「……布告をしてきた相手はフィリアンノの領民でした」

「ええ。そう伺っております」

「戦の内容は要人誘拐……。目的は私です。でしたら、彼らは私に何かを伝えたかったのかもしれません。なら……それは彼らの不満を募らせてしまった、私の失政が原因かもしれない……。だから……お受けしました」

「その伝えたい何かを知りたかった、と? では要するにあなたは最初から負けるつもりでいたのですか?」

 

 エクレールの眉がピクッと動くのが見えた。

 

「そういうつもりは……。ですが、そう捉えられても仕方ないですね……」

「……この布告に異常性は感じなかったんですか?」

「異常性……?」

 

 ミルヒは首をかしげる。

 

「いえ、特に……」

「全く、とことんお人好しだ、あなたは」

 

 吐き捨てるようにそう言ったソウヤはエクレールの突き刺すような視線を感じた。だがそれを無視して口を開く。

 

「外遊の帰り道にわずかな兵しか護衛につけていない状況、戦の目的が要人誘拐、放送も不可能なほど突発的に行われた夜戦、加えてビスコッティの先代領主様が行方不明となってからまだ2ヶ月だ。さらにビスコッティ内での内戦はその時からもう()()()。これでも普通の戦だ、と言い張れるなら、それはよほどの昼行灯(ひるあんどん)だと言わざるをえませんね」

「デ・ロワ卿!」

 

 我慢できないとエクレールが一歩前へと踏み出した。その顔には怒りの表情が隠そうともせずに浮かんでいる。

 

「言葉を慎んでいただきたい! いくらあなたがガレット()()()()()()()()()()()()()とはいえ今の発言は……!」

「いえ、構いません、エクレール」

 

 そのエクレールと対照的、ミルヒは落ち着いた表情だった。

 

「……失礼しました」

 

 納得できない様子で、しかし姫様からの命令は絶対とエクレールは踏み出した足を戻した。だがソウヤのことは相変わらず睨みつけたままでいる。

 

「失礼いたしました、ソウヤ様。……ソウヤ様の言うとおりかもしれません。私が、少々浅はかだったかもしれないです」

「もっとも、私が考えすぎているだけかもしれません。その際はこの非礼は詫びさせていただきます。ただ、忠告、という形ででも捉えておいてください。

 ……それからこれは私でなく、ガレット先代領主からの言葉です。……なにやら不穏が空気が渦巻いてきたように感じる。くれぐれも気をつけるように、と」

「不穏な空気……」

 

 ミルヒがそう呟くと同時、ソウヤは温度の下がったカップのお茶を一気に飲み干した。

 

「ソウヤ様、二杯目は……」

「いえ。そろそろ御暇(おいとま)させていただきます。早く帰って()()()()に元気な顔を見せてあげたいので」

「そうですか……。……そうですよね」

 

 1人でなにやら納得した様子のミルヒ。

 

「ではお気をつけて……。本日は本当にありがとうございました」

「姫様こそお気をつけて。()()に元気だったと伝えておきますよ」

 

 先ほどから不機嫌そうなエクレールがソウヤの前に立ち、部屋を後にする。その背を見送りながら、ミルヒはソウヤが口にした「不穏な空気」という言葉を反芻していた。

 

 

 

 

 

「よく自重したな」

 

 部屋を出て開口一番、振り返ることなく前方を歩くエクレールにソウヤはそう声をかけた。

 

「姫様の命令だ。……本音を言えば納得はいかんがな」

 

 2人とも先ほどまでのミルヒの前にいたときと態度も口調も違う。本人の望みであまり高くない地位にいるとはいえ、王族に婿入りしたソウヤの身分は基本的にエクレールより高く、そのため本来であればさっきのような言葉遣いをしなくてはならないはずであった。

 だが、ソウヤはそれを、特に自身を「デ・ロワ卿」などと堅苦しく呼ばれることをあまり好ましく思っていなかった。本人曰く「元々庶民の出」であるため、そういう風な呼ばれ方はどうも落ち着かないからだった。そのため、公式な場や先ほどのようなやや堅苦しい場ではやむなしとしても、そういった場でないところではなるべく以前の「ソウヤ・ハヤマ」だった頃のように接してほしい、と願っていた。

 

 そうでなくても2人は互いに顔を合わせればずっとこんな感じだったのだ。今更それを直す方が違和感がある、とエクレールは改めようともしなかった。

 結局最初の出会いからあまり良い印象ではなく、彼女に好かれているということはなくここまで来たとソウヤは思っている。が、それでもソウヤはエクレールのことは評価して信頼していたし、エクレールもエクレールなりにソウヤのことを信用している節はあった。

 

「納得してないなら、ここで俺を殴るか?」

 

 だからどうせ殴るわけがない、と彼はわかっている。わかっているが、心の内は知りたい。そう思ってソウヤはその言葉を投げかけた。

 

「不要な気遣いだ。姫様がやめろと言ったのに手を出せば、それは姫様への反逆だ」

 

 案の定予想通りの返答。思わずソウヤの表情が一瞬曇る。

 

「やっぱりクソ真面目だな。……さっきはお前のいいところだと言ったが……それは()()()かもな」

「……何?」

 

 エクレールが振り向くと同時、ソウヤが進行方向をさえぎるように右手を壁についた。そして顔をエクレールへと近づける。

 

「……お前は()()()()()()に忠誠を誓っているのか、それとも()()()()()()()()()に忠誠を誓っているのか、どっちなんだ?」

 

 至近距離で見つめられた瞳から、エクレールは視線を逸らすことができない。

 

「……同じことだろう?」

「いや、全然違うな。今のうちにそこの違いはわかっておいた方がいい」

「どういう意味だ?」

「忠告だよ。さっき姫様に言った不穏な空気ってのと同じことだ。……もし何かがあったとき、お前は何に忠誠を誓うのか、それだけははっきりさせておけ」

「はっきりさせる必要もない。私が忠誠を誓うのはミルヒオーレ・フィリアンノ・ビスコッティ姫殿下ただ1人だ」

 

 その答えを聞くとソウヤはため息をこぼし、右手を壁から離した。同時に自分の顔もエクレールから遠ざける。

 

「……ならいい。お前がそう信じた道を信じて進め。その方が()()()()()()()()をよく考えて、な。俺が言いたかったのはそれだけだ」

「……ソウヤ、貴様何を考えている?」

「解せないんだよ。2ヶ月前の、ビスコッティ先代領主様の()()()()失踪、そこから始まったこのきな臭い空気……。異常だと思わないか? 領民による内戦、それがよりにもよってビスコッティで、だ。……しかも形はどうあれ、今回で3回目。

 ……今後姫様は今まで以上に苦境に立たされる可能性がある。俺もそれは心配だが、俺以上にレオがそのことを気にかけている」

「……私に最後まで姫様を守れ、と?」

「それを決めるのはお前次第だ。だからさっきの問いを投げかけた。……だがお前の心は最初から決まっていた。余計なお世話だったな」

 

 案内役のはずのエクレールを置いてソウヤが歩き始める。置いていかれまいと慌てて彼女はそれを追いかけた。

 

「言われるまでもないな。さっき言っただろう、私は姫様の剣だと。()()()()()()()()()。それが私の決意だ」

 

 再びソウヤの表情が曇る。その言葉が意味する通り、そういう場面になったら彼女は本当に命を賭して戦うだろう、と予想がついたからだ。

 

「折れるまで戦う、か……。だからそうやって無理をするのか?」

「無理だと?」

「ああ。紋章剣、随分撃ったんだろう?」

「問題ない。あの程度、撃ったうちに入らん」

「よく言う。最初見たときから思っていたが、顔色よくないぞ」

「生まれつきこういう顔だ」

「そうかい。ならもう言わねえよ」

 

 それきりソウヤは口を閉じ、ただ廊下を歩くだけだった。外へ出るための砦の入り口が近づく。

 

「……お前の負担を減らすためにもあの馬鹿がうまく姫様を支えてやれれば、な。……いや、逆に()()()()()()()()のかもしれんが」

 

 が、入り口付近でポツリと呟かれたソウヤの独り言。それはエクレールの耳にも入っていたが、彼女は何も返さない。図星だ、と思ったからだ。

 

 外に出る。兵には酒が振舞われていたらしく、皆上機嫌だった。

 

「あ、おかえりなさーい」

 

 彼女はまだ()()()なのか、普段と変わらない様子でベールがソウヤを迎えた。

 

「ガウ様に連絡は?」

「つきました。ご苦労様、と。あと今日は遅いから兵はそのままその砦に泊めてもらうと助かる、とも。いいですか、エクレちゃん?」

「ああ。ガウル殿下がそう仰ったのなら、私の方でそうなるようにしておく」

「俺は帰るぞ」

 

 だが自分には関係ないと言わんばかりに、あっさりとソウヤはそう告げた。

 

「え……。でも今から1人ででは危険じゃ……?」

 

 フン、とソウヤは鼻を鳴らした。そして自分のセルクルに近づき、背を手で撫でる。

 

「こいつに輝力を込めて全力で走ってもらえば一時(いっとき)もかからずに帰れる。()()()()()()の手料理を食うのはともかくとしても、愛する()()の顔を見たいってのは、世の男どもの普遍の願いと言ってもいいだろうよ。だから帰るのさ」

「わかりました……。気をつけてくださいね」

「ああ。……エクレール、こいつらを頼むぞ」

「わかった。私がちゃんと面倒を見ておいてやる」

 

 唇の端を緩め、ソウヤが乗ってきた自分用のセルクル、「ヴィット」に飛び乗る。

 

「デ・ロワ卿がお帰りになる! 正門を開けろ!」

 

 エクレールの声に閉じていた門が再び開く。

 その下をソウヤとヴィットが颯爽と駆け抜け、門が閉じられていく。エクレールはその背が門で見えなくなるまで見送りつつも、ソウヤの言った「忠告」が心に引っかかっていたのだった。

 

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