DOG DAYS DUAL-BRAVER   作:天木武

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Episode 3 移ろい行く人々

 

 

「デ・ロワ卿が到着されました!」

 

 翌日、昨夜レオに話したようにヴァンネット城へとやってきたソウヤ。そのまま真っ直ぐ領主執務室へと案内され、今その部屋の扉の前にいた。一瞬間があって「入れ」という声が中から聞こえる。

 

(しかし「デ・ロワ卿」という呼び方は……この部屋の主を考えるといささか不適切じゃないか)

 

 まるで「自分は王族だ」とひけらかすようで、その呼び方は元々好んでいるわけではない。加えて今の呼び方は部屋の中にいる人物を指すこともできるのではないか。ふとそう思ったソウヤだったが、扉が開き、中の3人の姿を確認するとそんな考えをやめて部屋へと足を進めた。

 

「ソウヤ・ガレット・デ・ロワ、参りました」

 

 形式的にソウヤが硬く挨拶をする。が、部屋の主は「おう」と軽く答えると座っていた椅子から立ち上がり、ソウヤの元へと近づいてきた。それを見たソウヤも表情を崩す。

 

「よく来たなソウヤ。……もう少しゆっくりさせてやりたかったんだが、昨日の急な復帰戦の要求と今日の出頭と、忙しくさせて悪かったな」

「いえ、()()()の命令ですから」

 

 そのソウヤの言葉に()()()の銀髪の青年――ガウル・ガレット・デ・ロワはため息をつく。以前と比べて伸びた髪は姉譲りと言ったところか、かつては「やんちゃ坊主」などとソウヤに呼ばれていた彼だったが、成長した今では隣を通り過ぎれば思わず異性が振り向くほどのハンサムな顔立ちへと成長していた。

 

「あのなあ、いつも言ってるがお前姉上には()()()だろ? なら俺にも敬語なんか使うなよ」

「それは出来ません。()()()は今じゃ俺の妻ですが、あなたはこの国の領主、俺にとっての主ですから」

「やっぱ変なところだけ真面目だよなお前は。それを言ったら俺にとっちゃお前は義兄にあたるわけだぜ? 身内なら普通に話したっていいだろうがよ」

「だからですよ。普通に話したら、あなたは俺のことを兄貴とか言い出しかねないですから」

「ああ、言うね」

 

 予想通りの反応だったのだろう。今度はソウヤがため息をこぼす。

 

「やめてください。あなたの姉を()()()存在の俺が兄と呼ばれるのは、どうも落ち着かない」

 

 ヘッとガウルが笑う。無論彼は姉を奪われた、などとは露ほども思っていない。むしろ互いをくっつけようとし、祝福していた立場である。

 

「ったく相変わらずだな。あ、その姉上は元気か? あとレグルスも」

「元気ですよ。レグはこの間寝返りを打てるようになりました。……それからビオレさんも元気です」

 

 そう言いながら、ソウヤはガウルが座っていた椅子の傍らに立つ女性の方へと視線を向けた。

 

「尻尾の毛は大丈夫ですか、ルージュさん?」

 

 ソウヤに問いかけられて近衛隊側役、近衛隊長代理のルージュ・ピエスモンテは苦笑を浮かべる。

 

「おかげさまで、なんとか。……ですがビオレ姉様の代役は私には荷が重過ぎます。可能なら姉様を返していただきたいですね」

「俺からはどうにもしかねます。あの方が自らついてきたわけですから」

 

 再びのルージュの苦笑を見た後、ソウヤはもう一方の傍らに立つ女性の方へ視線を移した。

 

「……段々と板についてきたんじゃないか、()()?」

 

 ソウヤにとっては昔を知ってるだけに、以前より少し格調高くなった風の今の格好はややおかしくも見える。が、そんな過去のことを知らなければ、彼の言葉通り普通に将軍に見えるのだろう。しかし以前を知っているソウヤの脳裏には馬子にも衣装、という言葉が思わず浮かぶ。

 そんなソウヤの考えがわかるのか、将軍、と呼ばれた女性は困った表情を浮かべた。

 

「よしてや。ルージュ姉やないけど、ウチもこれはちょっと荷が重いわ」

「俺からしても意外だからな。()ジェノワーズの中じゃもっとも適当そうだったお前が将軍とはな」

 

 ソウヤにストレートにそう言われ、今では女将軍となったジョーヌ・クラフティは最初の表情のまま、だが特に気にした様子もなく続ける。

 

「なんか知らんけど対外的な部分は昔からウチの担当やったし、苦手ではなかったからな。ノワは結局裏方に回ったし、ベルは……まあやっぱ危なっかしいところあるし」

「そのベールだが、立派に隊長……いや、俺が横からその座を一瞬取った形になったからあの時は副隊長だったが、ちゃんとやってたぞ。あいつもだが、選りすぐられた騎士たちも見事だった」

「当然だろ。俺がベルに直接腕が立つのを20人連れて行けと言ったんだ。元から他国と比べてもレベルの高かったこの国の弓術師隊だったが、()()()()()()()()のおかげで今じゃ近隣各国と比べてもトップクラスだしな」

「だったらそのトップクラスの部隊の指揮を執ってるあいつも、思ったよりはしっかりしてるってことですかね」

「どうやろな。相変わらず飲み物運ばせると転ぶけど」

 

 やはり大元は変わってないか、とソウヤが小さく笑った。

 

「さてと、積もる話もあるだろうが、一応話進めるぞ。俺の方もこの後予定詰まってるしな」

 

 ガウルが来客用の椅子にソウヤを促す。ガウルと向かい合う形でソウヤは腰を下ろし、ジョーヌはガウルの傍らに移動してきた。やや遅れて部屋の入り口に来たメイドからルージュが飲み物を受け取り持ってくる。

 

「ありがとうございます」

「お前、そのやたらめったら敬語使うのなんとかならねえか?」

「言われるほど使ってますかね? それにルージュさんにはこっちの方が落ち着くんですよ。年上ですし」

「仮にも俺の義兄だぞ? そんな感じに話されるほうが逆に気を使うこともあるだろ」

「考えておきますよ。……それより話進めるんじゃないんですか?」

「ああ、そうだったな」

 

 そこまで話すとガウルは真面目な表情に変わった。

 

「……お前、今の状況をどこまで把握している?」

「国内については特に気にかけてません。新たな領主様が1年間の見習い期間を経て誕生してから2年以上経ちますし、元々受け入れられ気味だったおかげもあって評判も上々と聞いてます」

「茶化すなよ。……だがお前の言うとおりガレット国内では特に目立った問題ごとはない。……まあ俺から言わせてもらえばガレットの国民達が若くて戦無双なおしどり夫婦をもっと見たいんじゃねえか、と思ってることぐらいかな」

「……レオの前でそれは言わないでくださいよ? あいつ戦場に戻りたくてうずうずしてる」

「いいじゃねえか。お前と姉上の2人が戦場に現れたらそりゃあ盛り上がるぜ」

 

 昨日ビオレに言われたことと同じことを耳にしてソウヤが苦笑する。余計なことを言った、と後悔したのだろう。

 

「……話の腰を折るんじゃなかったな。ともかく国内は気にしてません。気がかりなのは近隣諸国の動きです」

 

 一転して表情を真面目にしたソウヤ同様、ガウルも最初と同じくその顔を引き締める。

 

「ここ最近でいうならビスコッティ。先代領主様ご夫妻……つまり姫様のご両親が旅行先で行方がわからなくなってから2ヶ月。どうにもきな臭い」

「昨日お前に急遽参戦してもらった誘拐戦の前にも……先月2回内戦が起こっている。先代領主の失踪からわずか1ヵ月のうちに2回だ。初めは失踪に不安がる姫様を元気付けるため、という解釈が取られ、2回目もそれで通じるところがあった。俺もそう思っていたし、妙だとは特に思わなかった。……2回目の拠点攻防戦の舞台となった砦は『たまたま』姫様が視察に来ていただけだからな」

 

 「たまたま」を強調したガウルの言葉に突っ込もうかとソウヤは口を開きかけるが、すぐに閉じた。反論したいわけではない。むしろ逆、全く同意なのだ。だが、自分の意見は領主の話が終わってからの方がいいだろう、と判断する。

 

「だが今回は状況が別だ。明らかに姫様を狙っての布告……。前の2回目の内戦の時、お前が『裏があるかもしれない』って言ったらしいって聞いて俺は笑い飛ばしたが、お前の読みどおりだったわけか。だとするなら、先代領主の失踪を契機に何かが動き出した、とも考えられなくもない……」

「俺も全く同じことを考えてます。が、現時点では空説に過ぎません。昨日の夜戦だって、一見すれば異常と思えますが、当事者がなんとも思ってなかったと言ってるんだ、本当に何もなかったのかもしれません」

「相変わらず辛辣だな」

「俺は口が悪いですからね」

 

 そう言ってソウヤは愛想笑いを浮かべる。

 

「それにしても昨日の俺の介入、よく決断されましたね。姫様が誘拐されていたらもっと面倒なことになっていたでしょう。迅速に下した、見事な判断だと思いますよ。とはいえ、一歩間違えれば干渉だと問題にされかねないとも思いましたが」

「相当やべえって報告を諜報部隊から聞いてたからな。ビスコッティから増援を送るにしても外遊の帰り道というせいで距離がありすぎる。ガレットの方がむしろ近いってのはわかっていたがそれにしたって理由付けが難しいと思ってたところで、お前のことを思い出したんだよ。どうせもう休暇も終わりそうだし、最近じゃ近辺の砦の方に顔を出してたって話だ。なら前倒しでいいか、って俺の独断だ。……まあ後からバナードの奴に一言相談してほしかったと苦言は呈されたがな」

「ついでにレオからの個人的な頼み、とでも付け加えられるから、ガレット本国としては言及されてもかわすことができる」

「そういうことだ。……汚い話だと思うだろ?」

「いいじゃないですか。領主たるもの、そういう汚い駆け引きも必要だ、ってレオが言ってましたよ」

 

 ガウルが思わず頭を掻いた。

 

「……そんなことはしねえ、と昔は思ってたんだがな。綺麗事ですませられるほど、領主は楽じゃなかった、ってことだな」

 

 そう付け加え、目の前のカップに入った液体を口に運ぶ。カップを机へと戻し、ガウルは1度大きくため息をついた。

 

「……まあいい。やっぱビスコッティについては大分情報を持ってたか。他はどうだ?」

「貿易のお得意先、ドラジェはまあ落ち着いていると聞きました。レザン王子が次期国王として正式に決まった時にやや揉めた、という話ぐらいですかね。パスティヤージュも問題は特にないと。実際この両国は新婚旅行で巡らせてもらいましたが、平和そのもの、旅行にはもってこいの場所でしたよ。……ああ、パスティヤージュのあのやかましい()()だけ個人的にどうにかしてほしいですが」

 

 ガウルが小さく吹き出す。

 

「なんだ、クーベルの奴、まだお前に何か言ってくるのか?」

「旅行から戻った後、あいつからレオ宛の手紙が5通も出てきましてね。文章のうち4分の1は俺に対する恨み辛みでしたよ」

「仕方ないだろ。クーベルは姫様同様、姉上には妹のように懐いていたからな。それをお前が持っていっちまったわけだ」

「その前に初対面の時からお世辞にも仲はよくないですし、向こうの空騎士と俺との戦闘相性もあっちから見たら最悪ですからね。そう当り散らしたくなる気持ちもわからないではないですよ。それでもあの小娘も恋でもすりゃあ変わるだろうとは思いますけどね。ガウ様、あいつと結婚したらいいんじゃないですか? 王族同士の結婚だ、安泰でしょう?」

「やめろ、ありゃパスだ。友人として接してる分にはいいが、妻となったらじゃじゃ馬すぎて乗りこなせる気がしねえ」

 

 ソウヤが立っている2人の方を見上げる。

 

「将軍と近衛隊長代理からも結婚に悲観的な領主に何か言ってあげてくださいよ」

「ウチはガウ様の気持ちを尊重してあげたいと思ってるからなあ……。本人が嫌なら仕方ないんちゃう? ま、将軍がどうこう口出しできる問題やあらへんしな」

「だな、その前にお前は自分のことなんとかしろと言われるもんな」

「よ、余計なお世話や!」

「ルージュさんは?」

「下手な発言をすればソウヤ様に手痛い一撃をお見舞いされそうですので、ノーコメントです」

「あらら。俺は年上には敬うように心がけてたんですけどね」

 

 皮肉っぽく軽く笑い、ソウヤはカップに口をつけた。

 

「昔から思ってたが、お前と話してるとどうしても話が逸れるな」

「あなたが要因の一部としても絡んでるとも思いますが……。まあいいや、続けますか。パスティヤージュまで言いましたっけ? ベールの故郷の(サンクト)ハルヴァーと南オランジュの情報は特に入ってきませんが……。入ってこないってことは特に大きな問題はないということでしょう。……最後にカミベルですが」

 

 ソウヤが1度息を吐く。チラッとガウルの顔を見ると、難しい表情をしているのがわかった。やはり自分が聞いた情報は本当なのだ、と裏づけされたようだった。

 

()()()はここでしょう。この数年で召喚した地球人は数十名。今じゃ内政の一部を担うほどになった()()()はますます力をつけ、国内問題に発展している」

「ソウヤ、耳なしというのはやめろ。それはフロニャルド人が地球人を侮蔑してつけた呼び方だ。お前は……」

「今の俺はフロニャルド人です。……ですが、この世界に呼び出された地球人の先駆けとして責任は感じています」

「お前がそんなものを感じる必要は……。……いや、いい。やめだ。この話題になると時間がかかる。また今度にするぞ」

 

 ガウルが話を切り上げる。元々地球人のソウヤにとって、これはデリケートな問題だ。そこを差し引いても、ガウルはソウヤには必要以上に自分を卑屈に扱う癖があることを知っている。根本的な解決法が未だにない現状、ここでこの話をしてもいたずらに時間を消費するだけ、とガウルは判断したのだった。

 

「……とまあこのぐらいが俺が現在知ってる情勢です」

 

 ソウヤは背もたれに寄りかかり、一方ガウルはため息をこぼす。

 

「何がこのぐらい、だよ。ほぼ完璧じゃねえか。情報元はビオレか?」

「ええ。色々教えていただいたので。多分そのビオレさんの情報の大元は……」

「ノワだろうな。……休養中の奴に平然と情報横流ししやがって」

「別に怒ることじゃないでしょう。俺もレオもそれには感謝してます」

「お前と姉上にはそんなことは気にかけずに休んでてほしかったんだよ。言わせんな」

「弟君の配慮でしたか。これは失礼」

 

 ケッとガウルがつまらなそうに呟き、ソウヤはまたカップに口をつけた。

 

「……で、本題だ。要するにビスコッティとカミベルという不安要素が周辺諸国に2か国ある。……まあ両国の不安要素度合いは『どうも空気が怪しい』と『明らかに国内問題がある』という点で全く異なるが。で、今後戦が行われる、となったとき、協定ラインギリギリの奇襲や戦いが想定される。……仕掛けられるだけでなく、()()()()としても、だ」

 

 ガウルの言う奇襲や戦いが起こり得ることはソウヤも考えていた。とはいえ、ビスコッティは不穏の空気がある、という程度。先代領主が失踪したことはともかく、ミルヒを狙った誘拐戦の真意は未だ不明だ。ソウヤやガウルが考えすぎているだけの可能性もある。一方でカミベルは国内問題に発展するほど、その情勢が芳しくない。

 だから「仕掛けられる」という表現はおそらくないであろうが自国が奇襲を受けたときだろう、とソウヤは感じていた。むしろ話題になっているビスコッティが関係するのは「仕掛ける」方。友好関係にあるビスコッティに茶々を入れてくる国があるかもしれない。その時に素早く対応できる隊がほしい、という考えなのだろう。昨日の戦におけるソウヤの役割がまさにそれであったように。

 大体次にガウルが何を言い出したいか、自分に何を要求したいのかをソウヤは既に予想していた。

 

「その際、現在の騎士団管轄の大部隊では小回りが利かないという欠点がある。そこで……」

「何でも屋でも作ろう、ってわけですか?」

 

 先を越されて言われたソウヤの言葉にガウルが面白くなさそうに顔をしかめた。

 

「……ああ、そうだ。その何でも屋……遊撃隊を組織する。規模はあまり大きくせず、時には昨日のような荒事にも当たってもらう。つまるところ親衛隊と近衛隊を足したところかな。究極的には隊長の独断で行動可能な権限を与えて独立的に動くことで、事態の収拾までの時間をより短くし、柔軟な対応が出来る隊にしたいとも思ってる。で、お前にそこの隊長を任せたい」

 

 間が空く。どうやらソウヤは考えているようだった。

 

「お前は仮にも俺の義兄で先代領主である姉上の夫だ。このぐらいの椅子は用意して然るべきだろ。それに頭も切れるし嗅覚も鋭い。おまけにお前自身が『自称』器用貧乏のオールラウンダーときた。これだけの条件が揃ってるなら何かあったときにまず真っ先に対応してくれると信じてる」

「……2点、質問があります」

「なんだ?」

「まず1点、遊撃隊ということですが、隊でいうなら親衛隊であったジェノワーズが()()してからそう経っていないはず。なのにまた組織するんですか?」

「全員に見合うそれぞれのポストがあった。そのために一度解散し、遊撃隊はそれと関係なく新たに戻ってきたお前を中心として隊を組織しただけ、でいいじゃねえか」

 

 妥当な答えか、とソウヤは判断した。ジェノワーズに関する()()()()()()()はなんとなく知っている。そしてこの人はおそらくその()()()理由に気づいていない。が、とりあえずそれは置いておき、もう1点を尋ねるべく、ソウヤは口を開いた。

 

「もう1点。……俺は1年のブランクがある人間です。そんな人間にいきなりこんな大役が出来ると思ってるんですか?」

「昨日のお前の働きを見たら、そんな不安を口にする奴なんていねえよ。……ああ、当の本人以外は、か」

 

 人のことを口が悪い、とよく言う割に自分も大概だろう、とソウヤは思う。いや、もしかしたら自分のせいで一言多くなってしまったのかもしれない。

 それが顔に表れていたのか、ソウヤの顔を見たあと、ガウルは安心させるような口調で続けた。

 

「まあ心配すんな。副隊長にベールをつけてやる」

「なっ……」

 

 が、安心どころか彼は逆に言葉を失っていた。

 

「待遇としては十分だろ?」

「十分だろ、じゃないでしょう。あいつが今指揮してる、弓術部隊はどうするんです?」

「事実上隊の再編だ。本当は全員そのまま使いたかったが人数が多いからな。そっから特に腕が立つのをお前の隊に配属し、残りは騎士団所属になる」

「……じゃあ隊を潰すんですか?」

「潰すってのは穏やかじゃねえな。今言った通り再編だよ。遊撃隊のための隊員と、騎士団所属に分けたってことだ」

「要するに一旦潰すんでしょう。……新たな再編部隊の隊長なんてまた責任重大な役割を押し付けて」

 

 ハァ、とソウヤは大きくため息をこぼした。

 

「何を気にしてんだよ。別にいいだろ、人事異動じゃねえか。弓術隊の了解は取ったし、ベルもお前が隊長なら何の文句もないって言ってたぞ。隊の中にはお前が隊長なら是非その下で、って奴もいるらしい」

「過大評価ですよ。……俺は人の上に立てる器じゃないと昔から言ってるでしょう」

「ならなんで姉上と結婚を決めたんだ、って突っ込まれるのは目に見えてるだろ? いい加減諦めろよ。自分の望むと望まざるとに関わらず、姉上と結ばれた時にお前はこうなる運命だったんだよ。それに出来る人間がやらないってのは、出来ない人間から見たら謙遜とは取られない、嫌味にしか見えねえぞ。……しかしまあそれでも嫌なら、こう考えろ。他にやる人がいないから自分がやってるだけだ、ってな。それなら気が楽だろ」

「……ガウ様はそう思って領主をやってるんですか?」

「んなわけあるか。俺はなるべくしてなったと思ってる」

「やっぱり。それでこそレオの弟君だ。そして本来そういう考えが出来る者こそが、ガレット・デ・ロワの姓を名乗るにふさわしいんでしょうね」

 

 よくやるように自嘲的な笑みをソウヤはこぼした。

 

「まあそれは置いておくとして。……遊撃隊長の件、受けさせていただきます。ご期待に添えられるかは保証しかねますが。これで俺も正式復帰ってわけですね」

「ああ。期待してるぜ、兄貴」

「それはよしてほしいと言ったでしょう」

 

 差し出された右手を、苦笑を浮かべたソウヤが握り返す。その手が離れるとガウルが立ち上がった。次いでソウヤも立ち上がる。

 と、その自分の右手を見て、思い出したようにソウヤは口を開いた。

 

「……そう言えば。エクスマキナ、本当に返さなくていいんですか?」

「しつこいぞ。前からずっと言ってるだろ。グランヴェールとエクスマキナはそれぞれ姉上とお前が持ち主だ、ってな。それにお前の世界じゃ婚約を誓った時だか結婚した時だかに指輪をはめるとかって風習があるんだろ? ならそれはお前と姉上2人の婚約指輪(エンゲージリング)だ。本当に有事でもなけりゃ、それを奪い取るなんてできるわけねえだろ」

 

 ガウルなりの心遣いだろう。事実、彼自身は「武器に頼らない」という面があり、自身の輝力武装を磨くことに心血を注いでいる。だから不要、と言い切れてしまうのだろう。

 

「……わかりました。ではもうしばらく俺が預かっています」

「ああ、そうしろ。……っと、すまねえな。もう少しお前に付き合いたいところなんだが、そろそろ時間だ」

「いえ。それで俺はこの後隊の方に行けばいいんで?」

「いや、正式発足はもう少し後になる。実のところ隊のメンツが6割程度しか揃えられてないんだ。今ベルが人員確保に当たってるから、名ばかりの遊撃隊長で頼む。で、この後だが……ルージュ」

 

 「はい」とルージュがソウヤに何かを手渡す。どうやら書簡のようだ。

 

「こいつをビスコッティに届けてくれ。……ってのは名目だが。復帰の挨拶にでも行って来い。仮にも昨日姫様の窮地を救ったってのに早々と帰ってきたんだ、もう1回顔を出した方がいいだろ。適当にゆっくりして来るといい」

 

 書簡などわざわざ使者が届けることも珍しい。通信会談で済むことでもある。要するにガウルは書簡にかこつけて自分を復帰の挨拶に行かせたいだけなのだとソウヤは確信した。

 

「わかりました。で、挨拶なら俺1人で構いませんが」

「いや、一応公式な訪問だし持って行くものもあるから、護衛騎士20程度つけてやる。将来的にお前の部下になる……要するに昨日お前が率いた連中だ。今のうちに親睦でも深めとけ。あとはベルの代わりにノワが行くそうだ」

「ノワールが? 珍しいですね」

「あいつたっての希望でな。なんでも……」

「ガウ様すみません、そろそろ……」

 

 申し訳なさそうにルージュが会話に割り込む。ガウルはそれを咎める様子もなく「お、そうか」と言っただけだった。

 

「……つーわけで時間が来ちまった。ビスコッティの訪問隊はもうすぐ集合するようにしてあるから、あとはジョーから適当に説明受けておいてくれ。じゃあまたな」

「はい。ご苦労様です」

 

 頭を下げた義兄に軽く手を上げて応え、ルージュの先導に続いてガウルは部屋を後にした。

 入れ替わるように近衛メイドが数名部屋に入り、2人が飲み終えたカップを運び出していく。

 

「ウチらも行こか」

 

 ジョーヌに連れられるようにソウヤも部屋を出た。

 

 

 

 

 

 ヴァンネット城の廊下を女将軍と元勇者が歩く。すれ違う使用人や兵達は皆道を譲り、頭を下げていく。

 

「……どうにもこの感覚は慣れないな」

 

 どこか困ったようにポツリとソウヤは呟いた。

 

「まだんなこと言うてんのか? 勇者時代はさておき、もうレオ様の旦那なんや。いい加減その辺は慣れんと。さっきのガウ様が言ったルージュ姉の話やないけど、こっちも困るで」

「そう言われてもな」

 

 勇者時代にもソウヤはよく言っていたことだが、「庶民の出」であるためにこういう待遇はあまり慣れないという話であった。

 

「……まあその辺を無理してでも、レオ様と一緒になるほうを選んだ、っちゅーことやな?」

「そういうことだ」

「おーおー、ごちそうさま」

 

 ジョーヌが笑う。その昔と変わらない様子に、ソウヤも思わず笑顔をこぼした。

 

「そういやなんでノワールが着いて行くことになったかガウ様から聞きそびれた。お前知ってるか?」

「ああ……。表向きはリコに会いに行く、ということらしいで」

「実のところは?」

「……ウチが言ったって言わんといてな。久しぶりにソウヤと話したい、とかっても言っとったで」

「あいつが俺と? ……意外だ」

「そやろ? ウチも珍しいとは思ったんやけど……。あの子もまあいろいろあったからなあ……」

「いろいろ、か……」

 

 感慨深げなジョーヌを見て、ソウヤも似た気持ちになる。

 ジョーヌの「いろいろ」の意味はなんとなくわかっていた。おそらくその1番大きなところは()()()()()()()()()だろう。ガウルが正式に領主となってから約1年半後、今から半年前のことだった。

 丁度ソウヤにとっては第一子を授かった頃だった。ビオレを通して入ってきた情報にソウヤもレオも大層驚いた。しかもそれを言い出したのがジェノワーズのセンターであったノワールだったということでより驚く形となった。

 

 この話を続けてもいいが、どうせ感傷的な気分になることは目に見えている。この馬鹿陽気なトラジマ娘を暗くさせるのはどうにも調子が狂う、なら少し話題を変えた方がいいか、とソウヤは判断した。

 

「……しかしこうやってお前と2人で話すのも久しぶりだな」

「えっとソウヤとレオ様が結婚式を挙げたのが……大体2年前やったっけ。その1年後から今までの休養やから……。なんや、1年ぶりとかか?」

「そうか。勇者時代は随分話した気もするがな」

「まったくやな。……あ、でももうソウヤも勇者どころか、もっと偉くなったんか。……敬語使った方がよかったでしょうか、デ・ロワ卿?」

「やめろ。お前に敬語なんて使われたら鳥肌が立つ。今まで通り話せ」

「そやな。ウチもその方がしっくり来るわ」

 

 ジョーヌが屈託のない笑みを浮かべる。

 

「……悩みのなさそうな笑顔しやがって」

「な! んなことないで! ウチも今は将軍として……」

「あーわかってるよ。冗談だ」

 

 ヴァンネット城から表に出る。近衛メイド隊のメイドによってソウヤのセルクル、ヴィットは既に主を待つ形になっており、フィリアンノ城訪問の護衛のための騎士たちも準備を終えている。見渡せば先ほどのガウルの言葉通り、昨日の夜戦で共に戦った者達ばかりだった。

 その中に1人、昨日は見かけなかった顔がある。黒を基調とした騎士服に身を包み、一見無表情に見える顔色の女性。ガレット()()()()()()、ノワール・ヴィノカカオだ。

 

「ノワ! ソウヤ連れて来たで」

 

 ジョーヌの声にノワールはやはり顔色を変えずに首だけを動かす。

 

「久しぶりだな、黒猫。元気そうだな」

 

 そのソウヤの声に、ノワールの表情が少し緩んだ。

 

「ソウヤも。めんどくさい立場になった割には大丈夫そうだね」

「そうでもないな。庶民の生活が懐かしい」

「あー、2人とも、積もる話もあるかと思うけど、続きは道中でやってくれるか? ウチ、ソウヤとノワを見送ったら次にやらなあかんことあるんや」

 

 2人の会話に申し訳なさそうにジョーヌが口を挟む。

 

「そっか……。ジョーも大変だね」

「まあな。一応将軍やしな」

「んじゃあ行って来るぞ、将軍。また後でな」

 

 ソウヤがヴィットに跨る。ノワールと残りの騎士たちも、自身のセルクルに跨った。

 

「ああ。ソウヤもノワも、それに護衛騎士の皆も気ぃつけてな!」

 

 手を振るジョーヌにソウヤが振り返って応え、そしてその背が小さくなっていく。

 

「……なんや、やっぱなんだかんだ言って『レオ様の夫』にふさわしい力強い背中やないか」

 

 ポツリと、どこか嬉しそうに呟き、ジョーヌはヴァンネット城の城内へと戻って行った。

 

 

 

 

 

 ビスコッティとガレットを繋ぐ街道。ヴァンネット城を出発してビスコッティのフィリアンノ城を目指すソウヤ達一行はこの街道を進んでいた。

 後ろの方では騎士たちが私語を交わしている。公式の訪問という名目ではあるが、移動の最中であるし、何よりソウヤ自身そういうところはやかましく言わない人間である。特に咎めることなく、セルクルを走らせていた。

 いや、あるいは自分もこれからノワールと話すだろうと予想していたからかもしれない。

 

「ソウヤ、レオ様は元気?」

 

 その予想通りか、ノワールがソウヤの隣までセルクルを進めて話しかけてきた。

 

「ああ、おかげさまで。今日から俺が復帰すると言ったら、あいつも着いてきたそうにしてたぐらいだ」

「そっか。よかった。お子さんはどう?」

「俺に似たのかあいつに似たのか、毎日元気だよ。……父親になるってのも悪くないもんだな。まあこれからもう少しでかくなって生意気になってくるとまた大変なのかもしれんが」

「なんか……ソウヤらしくない発言」

 

 悪かったなと言う代わりにフン、とソウヤは鼻を鳴らす。それを見たノワールの表情が少し緩んだ。

 

「ビオレさんのことは聞かないのか?」

「聞かなくてもわかるから。だって情報のやり取りしてたし」

「ああ、そうか。ガウ様がそう言ってたっけ。今じゃ諜報部隊の隊長だもんな」

 

 ガウルの名を聞いたノワールの瞼が一瞬ピクッと動く。それから特に何を言うわけでもなく、言い終えたソウヤの言葉に対してポツリと「……まあね」とだけ答えた。

 

「……ジェノワーズの解散を申し出たの、お前だって聞いたが?」

 

 ソウヤもさっきの自分の言葉でノワールの様子が少し変わったのは気づいていた。だが気づいていてなお、その質問をぶつけた。

 

「……うん、そう」

「……ガウ様への心を悟られないように、か?」

 

 ノワールが驚いてソウヤを見つめる。

 

「ソウヤ……気づいてたの?」

「前にも言わなかったか? 生憎俺は隣の国の勇者ほどは鈍くない。……ああ、うちの領主様もそこに付け足していいか」

 

 鼻で軽く嗤いつつソウヤが言うが、一方のノワールは表情は硬いまま、ゆっくりと口を開いた。

 

「……半分はソウヤの言うとおりだよ。ガウ様は領主になって国を引っ張っていく人だもん。だから、私はガウ様の相手としてふさわしくない。そうわかってた。……わかってるつもりだった。

 でもね、ジェノワーズとしてガウ様に仕えてると、わかってるはずの私の心が揺れ動いてしまうような……。そんな感覚を感じるようになって……。そして、次第にその感覚に怖れを抱くようになったの」

「それで距離を置くようにジェノワーズの解散を申し出た、ってわけか」

 

 こくり、と彼女は無言で頷く。

 

「クソ真面目はエクレールだけかと思ったが、お前も同類だったな」

 

 やはりノワールは硬い表情のままだった。うつむき、何も返そうとしない。

 

「……だとしたら、俺はお前に謝らないといけないのかもな」

 

 しかしソウヤのその言葉に少し驚いたように顔を上げた。

 

「ソウヤが? どうして?」

「俺がレオを取っちまった。だから、ガウ様が領主をやらざるをえなくなった。……もし俺がレオを取らなかったら、領主にならなかったガウ様とお前が結ばれていたのかもしれない。だとしたら、今の俺とレオのようにお前とガウ様は……」

「やめて」

 

 短く、だがはっきりとソウヤの続きを拒否する言葉だった。その声色には僅かに怒りの色も含まれているようでもあった。

 

「……怒るよ? たとえソウヤがレオ様と結ばれなかったとしても、ガウ様は領主になるべき人、私の意志は変わらないよ。それに……。私はソウヤもレオ様も、ガウ様と同じぐらい大好きだもん。その2人が幸せになってるんだから、レオ様と一緒になったことを謝ったりしないで」

 

 ただ静かにソウヤはその言葉を聞いていた。ノワールが言い終えたのを確認し、息を1つ吐き出す。

 

「……悪かった。さっきの発言は撤回する。……大人になったな、ノワール」

「元々大人だよ。元ジェノワーズのセンターを甘く見ないでよね」

 

 ソウヤが小さく笑い、ノワールの側にヴィットを寄せる。そして左手で少し乱暴に頭を撫でた。

 

「ちょっ……! ソウヤ、何するの!?」

「褒めてやってんだよ」

「やめてよ。……子供じゃないんだから」

「体の方はまだまだ子供っぽいってのにか?」

「う……! ……それは、確かにレオ様とかと比べたら、私なんか子供っぽい体かもしれないけど……」

「隊長、セクハラは嫌われますよ?」

 

 後ろから騎士の声が飛んでくる。セルクルを寄せた辺りで様子が変わったと聞き耳を立てていたのだろう。

 

「そうですよ。諜報部隊の隊長にセクハラとか、裏工作でこの隊が発足する前になくなるかも知れませんぜ?」

「そうじゃなくても愛しの奥様に『旦那がセクハラしてましたよ』なんて告げ口されたらまずいんじゃないですか?」

 

 そう言って騎士たちが笑う。これは困った、とソウヤは失笑した。

 

「……お前らは面白そうな話があると本当に食いつきいいな。わかったよ。今のまで含めて俺が悪かった。……だからレオに言うのだけは勘弁してくれ」

 

 一行全員が笑い声を上げた。それにつられる様に、ノワールも小さく笑っていた。

 フィリアンノ城への道のりは半分ほどを経過したところだった。

 

 

 

 

 

「デ・ロワ卿にヴィノカカオ()()()、それにガレット騎士の皆様、ご苦労様です」

 

 フィリアンノ城に到着した一行を待っていたのはビスコッティ騎士団親衛隊()()()のエミリオ・アラシードだった。やや堅苦しく挨拶した後、丁寧に頭を下げる。

 

「騎士団の皆さんはアンジュ小隊長がご案内いたします。デ・ロワ卿と万騎長はそれぞれ姫様と主席がお待ちですので、自分についてきてください」

 

 「いやいや、どうもご丁寧に……」などという騎士達の声が聞こえてくる。隊長であるはずの自分に対するさっきまでの態度と全然違うだろう、と思わず突っ込みたいソウヤだったが、一応ここは隣国、あまり恥を晒すような姿は見せるべきではないだろうと思いとどまった。

 

 エミリオを先頭にフィリアンノ城の内部へ。城内に入って間もなく、「ソウヤさーん、ノワー」という声が聞こえてきた。

 

「リコ」

 

 ビスコッティ王立学術研究員主席のリコッタ・エルマールの姿を見て、親友のノワールは彼女の愛称を口にした。()()()でありながら未だ小動物のような可愛さを備え持つ彼女は、現在も変わらずにビスコッティ随一の頭脳でもあった。

 

「お久しぶりであります、ソウヤさん。……あ、今はデ・ロワ卿とお呼びした方が……」

「2ヶ月前の慰問訪問のときも言わなかったか? 今まで通りで頼む。……というか、俺に会うとそれを言う決まりでもあるのか? 久しぶりに会う連中皆に言われてる気がするんだが」

「私は言わなかったよ? 言ったのジョーじゃない?」

「……ああ、そうかもしれん。ともかく公式な場ではさておき、こういうところでは以前のようにしてくれ」

「了解であります。ではちょっとノワをお借りするでありますよ」

「ああ。ノワール、迷惑かけるなよ」

「……子供扱いしないでよ」

 

 やや不機嫌そうに唇を尖らせたノワールを見て「まあまあ」とリコッタがなだめる。そのリコッタとノワールが離れていくのを見送り、エミリオが振り返る。

 

「自分達も参りましょう、デ・ロワ卿」

 

 エミリオが一歩目を踏み出すと同時、ソウヤが口を開けつつそれに続く。

 

「エミリオさん、さっきの俺の話聞いてましたよね?」

「いや……あの、デ・ロワ卿、自分などにさんづけと敬語はやめていただきたいのですが」

「じゃあ……普通に話させてもらうよ。その代わり俺をその呼び方で呼ぶのはやめてくれ」

「ではなんとお呼びすれば……」

「あとその堅苦しい敬語も。……ソウヤでいいし、普通に話してくれ」

「そうはいきません!」

 

 思わず足を止め、エミリオは振り返りつつやや強い口調でそう言った。真面目すぎる彼らしいといえばらしい。だが、今の自分の無礼に気づいたのだろう。すぐに軽く頭を下げた。

 

「あ……失礼しました」

「いや、気にしないでくれ。……じゃあ出来るかぎりでいいや、普通に話してくれ。勝手かもしれないけど、俺はあなたに親近感を覚えてるから」

「自分に……ですか?」

「ああ。……お互い()()()()()を持った。()()()()()()()んじゃないか、ってところがな」

「そ、その発言は……」

「勿論オフレコで頼む。……だがあなたは俺以上に苦労してるんじゃないか、と思ってね」

 

 エミリオが苦笑を浮かべる。そのままソウヤに背を向け、先ほどより明らかにゆっくりしたペースで歩き始めた。ソウヤはそれを追い越さないスピードで歩く。

 

「……自分は、苦労してる、なんて考えてません。……()()を、なんだかずるい方法で取ってしまったような自分が、苦労してる、などと言ったらバチが当たります」

「俺から見れば十分そう見えるぞ。式はまだだろうが、実質事実婚扱いでいいはずだ。なのに未だに嫁さんはマルティノッジ姓を名乗ることをやめようとしないし、あんな思いつめられたように戦われちゃな」

「……隊長にお会いになったんですか?」

「昨日な。夜戦が終わった後、姫様に呼ばれた時にあいつと話す機会があった。こんな感じで歩きながらだったが」

「そうだったんですか……」

 

 エミリオがうつむく。そんな彼に語りかけるようにソウヤが口を開いた。

 

「はっきり言って、あなたがエクレールに求婚するなんて考えもしてなかった。陰からあいつを支える存在だとばかり思っていたんだが……」

「……自分も、それを望んでいました。ですが、隊長にとって1番だった勇者様は……姫様をお選びになった。隊長は仕方のないことだから、と諦めているように言っていましたが……」

「諦めきれるもんじゃないだろうな。あいつがここに召喚される頻度が高くなるにつれ、エクレールと共に過ごす時間が増えた。そして少しずつ、自分の気持ちを氷解させて素直になっていった。わざわざあいつにきっと似合う、なんて言われた髪も伸ばしてな。……その上で自分の気持ちをきちんと伝えようとした矢先、あいつは姫様を選んだ。……エクレールの気持ちを考えると、諦めたくても、心のどこかでまだ未練があるんだと思う」

「勇者様が選んだ相手が、隊長が忠誠を誓う姫様という皮肉な形です。頭ではわかっているつもりでも、隊長は割り切れなかったというのもあったんでしょう。

 ……そんな隊長を見ているのが自分は辛かった。1番の支えである勇者様と一緒になれないとわかったあの人を、なんとか笑顔にしてあげたかった。……自分はその器ではないということはわかっています。わかっていてもなお、なんとかしたいと思わずにいられなかった……。隊長からすれば勇者様への当てつけという意味もあったでしょう。それでも……隊長が望むなら、自分はそれでよかった……」

 

 元々ゆっくりだったエミリオの歩くペースがさらに落ちる。放っておけば立ち止まってしまうのではないかと思うほどだった。

 

「……苦労してる、なんて自惚れたことを言うつもりはありません。隊長が望むようにしていただければ、それが自分の望みでもありますから」

「それでいいのか? あいつと結ばれることを望み、だから求婚したんじゃないのか?」

「……その気持ちがないと言ったら嘘になります。でも、そんな自分の気持ちより……隊長の幸せを願う気持ちの方が大きいんです」

 

 ソウヤが大きくため息をこぼす。そう、かつて同じように考えた人間を、彼は()()()()()()()知っているからだ。他人の幸せのために自分の思いを殺し身を削る。思えば、フロニャルドの人々、あるいはフロニャルドに()()人々はそんな人たちばかりじゃないかという気さえ起きてくるほどだった。

 

「……うまいこと立ち回ってエクレールを手に入れたラッキーボーイだとばかり思ってた。その評価は撤回するよ。……だが、真面目すぎるんだよ。あなたも、あなたの嫁も。真面目で堅物な似た者同士、お似合いの2人だと俺は思ってる。ただ、向いてる方向が2人とも全く別って致命的欠点のせいで、今こうなってるとは思うがな」

 

 エミリオが小さく笑ったような気がした。ソウヤがよくやる、鼻で嗤うような、自嘲的な笑み。

 

「……それでもいいんです。隊長が自分の方を向いてくれなくても、その向いた先に、隊長にとって明るい未来があるなら、自分はそれでいいんです」

「……クソ真面目め。馬鹿だよ、あなたは」

 

 吐き捨てるように、しかし言葉のニュアンスに嫌味は全く含まれず、ソウヤはそう呟いた。結局、自分の周りにいる人間はクソ真面目ばかりだったと改めて彼は思う。だがエミリオは聞こえていただろうに、それに反応するでもなく目的の部屋のドアを静かに開けた。

 

 フィリアンノ城応接間。来客に対応するための部屋である。名目上は公式な訪問とはいえ、ここまでしなくてもいいものをという考えが思わずソウヤの頭をよぎった。

 

「間もなく姫様が参られると思います。それまで掛けてお待ちください。……では自分はこれで」

「あ、エミリオ」

 

 ソウヤの呼びかけに部屋を出ようとしたエミリオが振り返る。

 

「今度酒でも飲もう。苦労する妻を持つ者同士で、な」

 

 エミリオのその顔に苦笑が浮かぶ。

 

「ガレットきってのおしどり夫婦と有名なデ・ロワ卿が何をおっしゃいますやら」

「こっちにはバナード将軍もゴドウィン将軍もいるんだ、うちはそこと比べたらおしどりどころかただの()()()()みたいなもんだよ。……公式にじゃなくプライベートで誘ってるんだ、杯酌み交わして話が合いそうな若い人があなたしかいないんだから、頼むよ」

「……考えておきますよ、()()()()()

 

 満足な回答だったのだろう、ソウヤが笑顔をこぼす。それに応える形でエミリオも笑顔を見せ、ドアから廊下へ出た。

 

「……では自分はこれで失礼します」

 

 エミリオの姿が消え、部屋にはソウヤが1人取り残された。

 

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