DOG DAYS DUAL-BRAVER   作:天木武

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Episode 3 激突・勇者VS自由騎士

 

 

 ブリオッシュが地を蹴る。同時にソウヤもブリオッシュの方へと数歩前進した。ブリオッシュが横に構えた刀が振り抜かれ、ソウヤがそれを剣で受け流す。

 相手の切っ先が逸れたことを確認し、反撃に上段からソウヤが斬りかかるが、自由騎士はそれを体を捌くことで避けた。と、同時に次撃がソウヤを襲う。

 再び剣で受け流し、反撃に転じようとするソウヤ。だが、ブリオッシュは休まず連撃を放ち、その隙を与えてくれない。辛抱強くソウヤは避けられる斬撃は避け、それ以外は剣で受け流し続けた。

 

 攻撃を続けていたブリオッシュが距離を取る。ソウヤも無理に距離を詰めようとせず、ここは一旦間を取った。

 

「さすがでござるな。見事な剣捌きでござる」

「これはどうも。……しかし大陸一、と呼ばれているのも納得だ。数度剣を合わせてその実力はよくわかりましたよ」

 

 話しながらソウヤは剣を地面に突き立て、背中の矢筒を固定しているベルトを外し始める。それを外して矢筒と弓を後ろに放り投げると、次いで腰の剣の鞘も外した。

 

「これでよし。あなた相手に弓を使う暇はないでしょうからね」

 

 身軽になった両脚を屈伸させて具合を確かめると、ソウヤは左手で地面に突き立てた剣を抜き、それまでのしっかりした構えとは一転して剣を持った左手を少し前めに、腰を低めにするようにゆったりとした構えを取った。

 

「それがお主の本気の構えでござるか?」

 

 ブリオッシュは先ほど同様に刀を正面に構える。

 

「本気というか、俺が独自に考えたスタイル、といったところかな。……ダルキアン殿、確かにあなたは強い。が、かといって俺に勝ち目がないわけでもない」

「ほう……?」

「『勇者』なんて呼ばれてる以上、その呼称に副うだけの活躍はしてみせますよ……」

 

 ゆらっとソウヤの体が右に揺れる。と、ソウヤの足元が光ったように見え――その瞬間、ソウヤの体がその場所から消えた。いや、厳密には()()()()()()()()()

 ブリオッシュが左側頭部に刀を構え、それと同時にそこから金属音が走る。一瞬のうちに距離を詰めたソウヤが左手の剣で斬りかかったのだ。

 そのまま剣をブリオッシュの刀に沿わせてスライド、体を前屈させて両手で支え、そこを軸にするかのように左脚での後ろ回し蹴りを上段へと放つ。「コンパッソ」と呼ばれるカポエイラの蹴りの一種である。相手に上体を反らされて蹴りは空を切った。

 ブリオッシュが数歩間を空ける。

 

「なるほど、体術でござるか。独特の動きのいい蹴りでござるな。利き腕と逆の左手に剣を持った、ということはそっちは防御を重視してその蹴りを武器にする、というわけでござるか」

「一目で見抜かれたか、さすがですね。……弓師というのは両手で遠隔武器を持つ以上、近接戦に弱くなる。今回のような腕の立つ相手との一騎打ちとあればもはや弓を捨てて剣を持った方がマシですが、そうでない場合の不意の接敵において近接戦の弱点を解消するにはどうしたらいいか。……俺が出した答えは手に頼らず足で戦う、ということです。小説を読みながらずっとそんなことを考えて足技に憧れ、鍛えていましたからね」

「それにしても弓に剣に体術……うちのユキカゼに似てるでござるな」

「ユキカゼ……?」

「ああ、紹介してなかったでござるな。そこでそちらの親衛隊、ジェノワーズの3人を相手にしていたのが隠密部隊の筆頭、ユキカゼ・パネトーネでござるよ」

 

 ソウヤが目を横に移す。

 

「……ああ、その巨乳ちゃんか」

「きょ……!」

 

 ユキカゼの顔が紅くなる。

 

「しょ、初対面の相手を呼ぶ呼び方としてはふさわしくないと思うでござる!」

「別になんだっていいだろ、事実を言ってるだけなんだ」

「うう……! 親方様! 拙者はこんな破廉恥な勇者と似てると言われたことは心外でござる!」

「ははっ。戦い方のスタイルが似てる、と言っただけで体のスタイルの話には触れてないでござる、気にするほどでないでござるよ」

「いくらお館様でもそれはあんまりでござる……」

 

 ユキカゼが不満そうに口を尖らせた。

 

「さて……それより勇者殿、さっきの移動は足に輝力を込めての高速移動でござるな? こちらに来て早々、まさか紋章術をそこまで使いこなしているとは考えてもしていなかったでござる。紋章術の取得速度はうちの勇者殿に匹敵するほどで驚きでござるよ」

「そりゃあどうも。元々妄想少年だってことでイメージするのは得意なのと、あと時折見様見真似で坐禅を組むこともあるんでね。そのおかげで体内のエネルギーの流れみたいなものを感じ取るのは慣れてた、ってことだと思いますよ」

「フム……『坐禅』でござるか……。どのようなものか是非勇者殿に伺いたいところでござるな」

「いいですよ。……ここでそちらの兵を退いてくれるなら、今すぐにでも」

「ご冗談を。こちらにそのつもりはござらんし、もっとも、せっかく勇者殿も楽しんでおられるようなのにここで退くのは興ざめでござろう?」

「確かにあなたと戦うのは楽しいですけどね。……でもま、俺は勝つために呼ばれたらしいですから。だったら勝つためにはどんな手を使ってでも勝つ、それが俺の信条です。戦いたいという俺個人の感情よりそちらを優先しますよ」

「なるほど、なかなか勇者らしいことを言うでござるな」

「今のが勇者らしい発言ですかね? まああいにく、俺は勇者なんて器じゃないと思ってますよ。とはいえ、期待されてる以上は出来る限りその期待にも応えないといけないと思っていますけどね」

 

 そこまで言ったところでソウヤが一つ息を吐いた。

 

「……俺らしくもなく喋りすぎた。続きをやるとしましょうか」

 

 持った剣と一緒に左手首を軽く1度回し、ソウヤが先ほどと同じ構えを取る。無言を回答した代わりに、ブリオッシュも構えた。

 再びゆらりと一瞬体がぶれ、ソウヤが動く。今度はブリオッシュが構えから動かない。その構えてる刀の真正面へソウヤが斬りかかる。ブリオッシュが切っ先を僅かに変え、その斬撃を受け止めた。

 

「正面では簡単に受け止められるでござるよ?」

 

 挑発にも聞こえるブリオッシュの言葉を鼻で一つ嗤って流し、ソウヤは右手に拳を作り相手のわき腹を狙って叩きつける。一瞬意表をつかれた形になったが、ブリオッシュは左の肘をソウヤの拳にうまく合わせ方向をずらす。

 それと同時に右後方に飛び退き距離を取ろうとするブリオッシュ。だがそれを見越していたかのようにソウヤが間合いを詰め、自身の右足側から相手の中段目掛けて剣を斬り上げる。

 

「くっ!」

 

 短く呻いてブリオッシュが左側から迫る刃を刀で防御。が、ソウヤが体を逆に半回転させ、上段に右後ろの回し蹴りを放つ。ガツンッ! と何かがぶつかる音がし、ブリオッシュが後方に吹き飛んだ。

 

「お館様!」

 

 ユキカゼが不安そうな声を上げたが、ブリオッシュは空中で体を回転させて体勢を立て直すとそのまま地面に着地した。

 

「今の攻撃、命中していたのでは……」

 

 そう呟いたのは目の前のソウヤに相手を奪われた形となったゴドウィンだった。2人の戦いを言葉を発するのも忘れて見つめ、ようやく口を開いたということになる。

 

「いや……。あの自由騎士、後方に飛び退きながら柄の部分に蹴りをぶつけさせて勢いを完全に殺しやがった……」

「な、なんと……」

 

 ガウルの説明を受け再びゴドウィンの表情に驚愕の色が浮かぶ。

 

(あれが本当に今日召喚されたばかりの勇者かよ……。紋章術をいきなりあれだけ使いこなしてやがるってのがまず信じられねえ。それにあの元の戦闘能力……そこだけを見たら俺といい勝負、いや、実際あのダルキアンがそれなりに本気で戦ってるんだ、それ以上と言えるかもしれねえ……)

 

 一旦距離を開けた2人が再度斬り結ぶ。ソウヤはこれまで同様、剣の斬撃を見せながらも体術による攻撃を繰り出している。一方のブリオッシュは防御の合間に反撃を加えてソウヤの連撃を止めているが、防御に徹しているのかほぼ防戦一方のように見えた。

 

(だが相手はあのダルキアンだ、勝ち目があるとは到底思えねえ。……思えねえが……)

 

 そう、普通に考えればガウルが今思っている通り勝ち目があるはずがないのだ。相手は彼の姉をも上回るといわれる百戦錬磨の手練れだ。パワー、スピード、テクニック、そして紋章術。どれを取っても超一流、いかに優れた身体能力と紋章術の飲み込みが早いとはいえ、今日召喚されたばかりの勇者が勝てるはずがない。

 だが、目の前の勇者からは言葉に出来ない雰囲気が醸し出されている。まるでそんなありえないことをこれからやってしまう、ということを期待させるような。お世辞にも華やかとはいえないその戦いのはずなのになぜか目を惹かれるような。

 だから、ガウルは目を離せず戦いを注視していた。

 

 何度かの攻防の後、2人は大きく距離を取った。

 

「やれやれ……これでは決着がつかんでござるな」

「よく言いますよ……。相当力をセーブして戦ってるご様子だってのに」

「はは、しかしそう言っている勇者殿もまだまだ余力たっぷりという具合でござろう」

 

 フン、と1つ鼻を鳴らし、戦ってる最中の表情とは一転し、不機嫌そうにソウヤは剣を横に一度振るった。

 

「……このまま消耗戦を続けたら紋章術に不慣れなこっちの方が不利だ。そろそろケリをつけますか」

 

 そう言うとソウヤの背後に紋章が浮かび上がる。紋章術、それもレベル2以上、つまり大技による勝負を仕掛ける、ということである。

 

「ほう……どうやら言葉に違わず本気でござるな。では、拙者もそれに応えるとするでござるよ」

 

 どこか嬉しそうに言ったブリオッシュの背後にも紋章が浮かび、手にしていた刀を鞘へと戻した。

 

「居合い抜き、か……」

「拙者がこの紋章剣を出すときの構えでござるよ」

「まあ真似、ってわけじゃないですけどね……」

 

 ソウヤも利き腕である右手に剣を持ち替えて左脚側に回し、体勢を低く構えた。両者とも似た構えのまま、無言で動きを止める。

 

「……殿下、どう見ます?」

 

 互いに睨み合う2人から目を逸らすことなく、ゴドウィンは主君に尋ねる。

 

「言うまでもなく普通にぶつかればダルキアンに勝てるはずがねえ。とはいえ、あのまま続けるよりは可能性があるだろう。確かにダルキアンの攻撃は姉上辺りと比べたらまだ軽いが、勇者と比べると得物の都合から言っても勇者の方が軽い。それをここまで捌ききってるだけでも勇者は賞賛に値する戦いっぷりだ。だがその分消耗は激しく、加えてあそこまで使えてるとはいえ慣れているとは言いがたい紋章術。あのまま続けたら勇者が先に消耗し切るのは目に見えてる。そこで全力の真っ向勝負を仕掛けた、と俺は思うがな」

「ですがそれだとしても……」

「ああ。ダルキアンの紋章剣の威力はかなりのもの……。剣の腕と相俟って、どうあがいても勇者が勝てるような相手ではないはずだ。だがあの目、あの気迫……あいつ、勝負を諦めるどころか勝ちに行くつもりでいやがる。そこまで紋章剣に自信があるのか、それとも何か策があるのか……」

 

 そこまで説明してガウルは口を噤んだ。辺りの兵達、ガレット側もビスコッティ側も関係なく、2人の戦いの様子を固唾を呑んで見守っていた。

 風が吹き抜ける。

 動いたのは2人ともほぼ同時だった。

 

「紋章剣・裂空一文字ッ!」

 

 ブリオッシュが鞘に収めていた刀を抜刀し、横一閃に振るう。

 

「斬り裂けッ! オーラブレード!」

 

 ソウヤも左足元から濃紺の輝力の光に輝く刃を逆袈裟に狙って斬り上げた。金属同士のぶつかるような鋭い音が響き、2人の刃が交わる。

 

「な、なんて輝力のぶつかり合いだ……!」

 

 ガウルが驚くほどの力の激突。地面をめくり上げるほどの衝撃が辺りに走る。力はほぼ同等らしく互いに一歩も譲っていない。

 

「ぬうっ……!」

 

 ブリオッシュもこれは予想外だったらしく顔からは余裕の表情は完全に消えていた。ぶつかり合う互いの力が光となり、辺りが眩く照らし出される。

 

 だが、数秒間続いたその均衡は突如として破れた。ソウヤの体を包んでいた濃紺の光が不意に消え、体が前のめりに倒れる。

 

「なっ!? しまっ……!」

 

 呟きながらブリオッシュは状況を一瞬で判断した。

 オーバーヒート――いわゆる輝力の使いすぎによる体への反動。相手は今日召喚されたばかりの勇者、紋章術を使ってるというだけでも驚きの存在なのだ。その可能性が最も大きい。

 無論それを考慮に入れていなかったわけではない。いや、ある意味ではブリオッシュの計画通りであった。今の紋章剣も相手に命中させることなく打ち倒せるように力を加減していた。相手の輝力を消耗させ、戦闘を続行できなくなる程度にしたらその得物を払うか破壊すれば勝負は決まる。フロニャ力によってけものだまになれない異世界の者に怪我なく安全に勝利を収める方法として、ブリオッシュはそういう算段を持っていた。

 しかしこのオーバーヒートはあまりに突然のことで予想外、ある程度力は絞っていたとはいえ、予想以上のソウヤの打ち込みに対処するだけの輝力を込めていただけに急に止めることはできない。

 

「勇者殿……御免ッ!」

 

 出来る限り勢いを殺したが、それでもソウヤの体に刃が命中する。体の鎧が吹き飛び、左腕の手甲も跡形もなく崩れ、左腕から鮮血が流れ落ちる。

 が、おそらく後ろに吹き飛ぶと予想していたブリオッシュの考えと裏腹に、その体はその場で踏みとどまっていた。

 

「な……!?」

「……やっぱりな」

 

 小さく、だがはっきりと、ブリオッシュはソウヤの声を聞いた。

 

「あんたはそういう人だと思ってた。剣がそう言っていた。俺が異世界人で怪我をする可能性があるなら、その可能性をもっとも少なくして勝ちに来る。全力は出し切らない、相手に怪我をさせないギリギリの力で勝負に来る。そして俺に異変が起これば何かしら対処してくる。……そう思ってた」

 

 よく見ればソウヤの左腕は本来刃が当たるはずだった体の間に割り込まれていた。そしてその左手がブリオッシュの刀身を掴む。

 

「ま、まさか演技だったと……!?」

「騙し合いは俺の勝ちだったな。そして……捕まえた。この勝負も勝たせてもらう!」

 

 再びソウヤの背後に紋章が浮かび上がり、体が濃紺の光に包まれる。

 

「撃ち抜けッ! パイルバンカー!」

 

 右足を踏み込み、同時に相手の胸元目掛けて輝く右手の剣を突き出す。ブリオッシュは刀で払おうとするがソウヤに掴まれて動かない。覚悟を決め、彼女は紋章を輝かせた左手を切っ先の前へと割り込ませた。

 次の瞬間、爆発を思わせるような激しい音ともにブリオッシュの体が宙に舞う。数メートルは吹き飛ばされ、体の上着が弾ける。掴んでいたソウヤの手から抜けた刀が地面に突き刺さり、その一瞬後にブリオッシュの体が背中から地面に落ちた。

 

「お、お館様ァー!」

 

 たまらずユキカゼがブリオッシュの元へと駆け寄る。

 

「あ、あの野郎……やりやがった……!」

 

 ガウルが呟く。それを皮切りにしたかのようにガレットの兵が沸いた。

 

 だがソウヤは「クソッ!」と悔しげに短く叫ぶと右手の剣を地面に突き立て、そこに寄りかかりながら両膝をつく。

 

「ユキカゼ……心配はいらないでござるよ……」

 

 ユキカゼが着くより早く、ブリオッシュは上体を少し起こした。そして安心そうな顔を見せたユキカゼの頭を撫でる。

 

「浅かった……。武器さえ封じれば防御は破れると思った……。しかしさすが大陸一の剣士、そう易々とは事を運ばせてはくれなかったか……!」

 

 憎々しげに呟き、奥歯を噛み締めてソウヤは目の前の敵を睨みつけた。ブリオッシュが上体を完全に起こし、心配そうに手を貸そうとするユキカゼを左手で制して立ち上がった。

 

「騙し合いまでは拙者の完敗でござった。しかしそれにしてもいい突きでござるな。あれだけ紋章術を酷使した後に放ったというのに、咄嗟とはいえ本気で防御してこれだけダメージを受けるとは見事でござる」

「褒められてもあまり嬉しくはないですね……。決め損ねた一撃ですから」

「……勇者殿、戦いとは勝つことが全てではござらん。己の身を賭して得る勝利など危険が高すぎる。そんな勝利にどこまでの価値があるのか、拙者は疑問でござる」

「なんとでも言ってくれて構いませんよ。……でも俺は『勝つために』ここに呼ばれた。だったらそれを成すだけだ」

 

 ソウヤが立ち上がる。既に体の鎧は吹き飛び、血が流れる左腕は力なく垂れ、呼吸も荒い。完全に満身創痍の状態である。

 

「さて……まだ決着はついてない。続けましょう。今のを外したので俺の勝ちの目は消えた。でもただじゃ引かない。このまま粘れるところまで粘って、あなたの体力を削る。その上で次にあなたと戦う人に譲る。もうちょっと付き合ってもらいますよ」

 

 肩で呼吸をしながら右手1本でソウヤが剣を正面に構える。しかしブリオッシュは目の前に突き刺さる刀に手を延ばそうとしない。

 それどころか、パッと胸の前まで上げた両手には小さな白旗が握られていた。

 

「参った。降参でござる」

 

 一瞬驚いた顔を見せたソウヤだったが、ややあって俯いてフッと一つ笑った。

 

「お館様! なぜでありますか!?」

「これ以上は拙者の露出が増えるかもしれない、それは困るでござる。それに今日召喚された勇者殿に華を持たせる、というのも悪くないと思うでござるよ」

 

 そう言うとブリオッシュはソウヤのほうを向いた。

 

「そういうことでござるが、勇者殿はよろしいでござるか?」

「俺の目的は『勝つこと』だ。手段はどうあれ、ね。そちらが降参というならそれでいいですよ。あなたを完全に打ちのめせるだなんて思ってもいませんでしたし」

「うむ。では決まりでござるな」

 

 その瞬間、ガレットの兵達がワッと再び沸きあがった。自国の勇者がビスコッティの自由騎士を打ち破ったのだ。

 ソウヤは構えていた剣を右肩に乗せ、ガウルの元へ戻ろうとする。

 

「……それから勇者殿」

 

 今までの声の雰囲気と明らかに違う、硬いブリオッシュの声にソウヤは一瞬肩を震わせる。が、何事もなかったかのように首だけを振り返らせた。

 

「先ほど拙者が言った『勝利の価値』ということを、よく考えて、覚えていてほしいでござる。もし次に戦場で合うときにそのことを覚えていないようであったら……。今度は容赦はしない故……」

 

 冷たく、重い声。有無を言わせない、絶対強者からの忠告。

 それを無表情で聞いていたソウヤだったが、何が面白いのか、一瞬口元を緩めた。

 

「ええ、わかりました。なるべく覚えておくようにしますよ。他人の身を案じるために降参を選択するような優しいあなたに、()()()()()()()()()()()()()()()ですからね」

 

 捨て台詞のようにも聞こえたその最後の言葉。それを聞いたブリオッシュは表情を僅かに曇らせ、勝者の背中を見送った。

 

 

 

 

 

『なんとなんと! 自由騎士ダルキアン卿がまさかの降参宣言! よって勝者はガレットの勇者、ソウヤ・ハヤマ!』

 

 2人の戦いの様子は実況放送され、プラリネ砦のレオはその様子を放送を通じて観戦していた。ソウヤの勝利が宣言された瞬間、砦内のガレット兵士達が沸き立つ。

 

『これにより拮抗していた点差が崩れます! ダルキアン卿を倒したことによりガレット側に大きなボーナスが加算! ガレットは非常に有利を通り越し、勝利はほぼ確実となりました!』

 

 実況の内容は自軍にとって喜ばしい情報であるはずだ。なのにレオはどこか浮かない顔でその実況を聞いていた。

 

「うわあ……あのダルキアン卿に勝っちゃうなんて……ガレットの勇者はすごいなあ!」

 

 代わりに率直に賞賛の声を上げたのはビスコッティ勇者のシンクだった。そんな能天気な自国の勇者に鋭い視線を送るエクレール。

 

「うるさいぞ勇者。今こちら側が不利になったというのに喜んでいるとは貴様は阿呆か? それにあのダルキアン卿が本当に負けるわけないだろう。召喚されたばかりの相手だ、華を持たせるために勝ちを譲ったと考えるのが普通だ」

「でもエクレ、勝ちは勝ちじゃない?」

「やかましい! 大陸一の剣士が今日呼び出されたヒヨッコなんぞより弱いわけがないだろうが!」

「エクレ……何をムキになってるの?」

「なってない!」

「まったくお前らは仲がいいのう」

「誰と誰がですか!」

 

 レオの冷やかしにエクレールが怒りの矛先を向けて反論する。その様子を見てレオはやれやれと一つため息をついた。

 

「……レオ様、あまり嬉しそうじゃないですね」

 

 シンクの不意の質問にガレット総大将は驚いた表情を見せ、次いでその顔がやや陰った。

 

「……あいつの今の戦い方は好きになれん」

「戦い方?」

「お前も見てただろう。奴は騙まし討ちで勝ちを取った。騎士道精神に反する」

「タレミミの言うことも一理ある。じゃがそれ以上に己の身を危険に晒したことが、ワシは気に食わんのじゃ。確かにあいつの能力を評価したのは他ならぬワシじゃ。事実あのダルキアン相手に一歩も引かぬ戦いぶりは多くの人間の目を釘付けにしたことじゃろう。しかし戦は怪我のないように気をつけて行うもの。なのにあの捨て身とも言える方法……。そういう考え方ではいずれ奴自身の大怪我か、あるいは他人を傷つけることにもなる」

「でもフロニャ力に守られててけものだまになるから怪我はしないんじゃ……」

「お前はならないぞ、勇者」

 

 エクレールの指摘にシンクは「あっ」と声を上げた。

 

「そう。あいつがお前と戦うときが1番気がかりじゃ。あいつはいまひとつ何を考えているかわからんところがある……。お前と勇者は大きなダメージを受ければ怪我をする危険性もある。だがそれをわかったうえでお前に戦いをふっかけるかもしれん、そんな不安があった。これからもあんな戦い方を続け、それでも勇者、お前と戦うことになったら……」

 

 そこまで話すとレオは言葉を切った。ため息をこぼし、今口走った不吉な言葉をかき消すかのように頭を左右に振る。

 

「……ワシらしくもない、考えすぎじゃな。杞憂と思いたい。……それに話しすぎた」

「続き……ですか?」

 

 シンクが身構える。

 

「いや。それも面白そうじゃが、そちらのダルキアンが敗れた以上、ミルヒはこの後お前たちには退却を命じそうだと思うがの」

「ええ!?」

「……なるほど、確かにこの点差は決定的。もう勝ち目がないなら私達騎士がポイントを稼ぐより、一般参加者の人達がポイントを稼ぎやすい状況を作る……。姫様ならその判断は十分にありえますね」

 

 驚くシンクを尻目にエクレールも同意した。戦において個人のるポイントが大きければ大きいほど報奨金は多くもらえる。もはや負けが確定、となれば少しでも一般参加の民達が得を出来るように騎士達の出番を減らすというエクレールの予想は十分ありうる展開である。

 

「ま、このままもう少し待ってみるとするかの……」

 

 レオがそう言い、事の進展がないか空中に映し出される実況放送へと目を移した。

 

 

 

 

 

 ソウヤとの戦いが終わった後、ブリオッシュは心配そうな顔で話したがるユキカゼを制し、フィリアンノ城との連絡を取り次ぐように指示していた。

 しばしの後、通信装置にピンクの髪をしたかわいらしい少女が映し出された。

 

「突然の通信失礼するでござる、姫様」

 

 ブリオッシュが畏まって話すこの少女こそ、若くして現在のフィリアンノ領の領主を務めるミルヒオーレ・フィリアンノ・ビスコッティであった。

 

「構いません、ブリオッシュ。この通信は戦況についてですね」

「はい。お恥ずかしながらガレットの勇者殿との一騎打ちに敗れてしまったでござる。拙者が負けたことで向こうが圧倒的有利になった以上、これから先は負け戦になってしまう可能性があるのではないかと……」

「映像で拝見させていただきました。ブリオッシュもガレットの勇者様も、見事な戦いぶりでした。恥じることはありません。負け戦となってしまうのであれば、この後は一般参加の方々が挽回できる機会にしたいと思います。元老院の皆さんに私から進言してみます」

「それはいい案だと思うでござる。かたじけない、よろしく頼むでござるよ」

 

 ブリオッシュがそう言うと通信が切れ、1つため息をついてから振り返る。

 

「待たせたでござるな、ユキカゼ。それで言いたいことは何でござるか?」

「何でござるか、ではないでありますよ! なぜあそこで降参したのですか!?」

「さっき拙者が勇者殿に言ったのは聞こえていたでござろう? それ以上の意味はないでござるよ」

「しかし!」

「ユキカゼ」

 

 有無を言わせないブリオッシュの声色にユキカゼは肩をビクッと震わせ、目を伏せる。

 彼女としては主の負けを認めたくなかった。初対面の自身をぶしつけな呼び方で呼び、その上卑怯ともいえる騙まし討ちで尊敬する主の顔に泥を塗った相手。そんな相手に降参するという主の判断はどうしても受け入れがたい。

 しかしそれほどまでに敬愛する主の言葉だ、これ以上の追及は非礼に当たるだろう。

 

「……申し訳ありません。出すぎた発言でした」

 

 自分にも言い聞かせるように、ユキカゼはそう謝罪の言葉を口にする。

 

「いや、わかってくれればいいでござる」

 

 ポン、とブリオッシュはユキカゼの頭に手を乗せた。

 

「あの勇者殿は……勝利に固執しすぎていたでござる。……強い者と戦いたいと言う気持ちは拙者もよくわかる、最初は拙者と似た者かもしれないと思っていたでござる」

 

 そこまで話したところで、大陸最強の剣士の顔が曇る。

 

「……しかしあの一撃、最後の紋章剣を受けた後、わかったでござる。彼には戦いを楽しむ気持ちはあるが、その一方で、それ以上に勝利に、いや、もしかしたらそれ以外の何かかもしれないが、飢えていた、と。それ故手段を選ばない。……そして何より面食らったのは、拙者の思考まで読み切って最後の突きへと繋げたこと……」

「お館様の思考……?」

「別に自分の力を誇示するつもりはないでござるが、拙者が本気で紋章剣を放てば今の勇者殿では到底耐えられないでござろう。その結果、けものだまになれない異世界人の勇者殿は怪我をする可能性がある。拙者はそれを好まない、よって勝てるギリギリの力しか出さない。そして不測の事態が起これば対処してくる。……勇者殿はここまで読みきった上で、あの捨て身の演技を敢行したと思われるでござるよ」

「でも、騙し討ちと言うのは……」

「よくない、と言うでござるか? ではユキカゼ、そなたは相手に勝てるかもしれないが、同時に自分の身を危険に晒す可能性もある方法を思いついたとして、それが実行できるでござるか?」

 

 ブリオッシュの質問にユキカゼは口を噤む。

 

「そう、普通はそれでいいのでござる。それでもあの勇者殿は何の躊躇もためらいもなく、それを実行に移した。あのまま続ければ本当に倒れるまで戦い続けたでござろう。華を持たせる、と言うのは半分本当でござるが、もう半分は勇者殿にこれ以上愚かな戦いをしてほしくなかった、ということでござる。だから最後に忠告をしておいたでござるよ。……しかし……」

「しかし……?」

「勇者殿はそこでの拙者の心まで見抜いていた。『他人の身を案じるために降参を選択する』、『出来ないことをやらせたくない』。……つくづく恐ろしい者でござる」

「お館様……」

 

 心配そうな声を上げるユキカゼの頭をブリオッシュが撫でる。

 

「大丈夫でござる。次に戦が始まるまでに勇者殿と話す機会もあるでござろう。それにレオ様もそういったことに対して全く気に留めてないとは考えにくいでござるし」

 

 ブリオッシュがそこまで話したところで、実況放送の方で動きがあった。

 

『ガレットの勇者がダルキアン卿を下して興奮冷めやらないところですが、ここでミルヒオーレ姫様から戦場の方々へメッセージがあるということです! どうぞお聞きください』

「どうやら拙者の提案は聞き入れられたようでござるな」

 

 先ほどブリオッシュと通信で話した少女が、空中に大画面で映し出される。味方を鼓舞させ、敵でさえその目を奪われる可憐な少女の映像に、兵たちの誰もが手を止めて映像に見入った。

 

『ビスコッティ、ならびにガレットの皆さん、こんにちは。ミルヒオーレ・フィリアンノ・ビスコッティです』

 

 

 

 

 

「フィリアンノ・ビスコッティ……? ってことはあの女の子が……」

「ああ。今俺達が戦っていたフィリアンノ領の領主、相手国の姫様だ」

 

 ソウヤの活躍を称えられていたところで始まった放送、それを見ていてソウヤが呟いた質問にガウルが答えた。そのガウルの説明を聞きつつ、ソウヤはチラリと自身の左腕へと目を落とす。大怪我を負う覚悟を賭してブリオッシュの一撃を受けた左腕は早くも血が止まりつつあり、痛みも和らいできたように感じる。フロニャ力の加護の恩恵だろう。まったくもって便利なものだと鼻を鳴らし、再びその映像へと視線を移した。

 

『ただいまの我が国のダルキアン卿とガレットの勇者様の戦い、放送で拝見させていただきました。手に汗握る、素晴らしい戦いでした』

「姫様に褒められるとは、お前、誇ってもいいことだぞ?」

「そんなもんですか?」

 

 興味なさそうにソウヤは答え、画面の姫を眺める。事実、彼は世辞の言葉を社交辞令にすぎないと捉えていた。

 

『その他の戦いも拝見させていただいてます。プラリネ砦の我が国の勇者様とマルティノッジ親衛隊長、それに立ち向かったガレット総大将、レオ様の戦い、湖での騎士団長同士の激突、それ以外でも互いの国の兵士の方々の戦いは、どれも見事なものであったと思います』

「あの年で姫、か……」

 

 しかしその「社交辞令」もここまですらすらと出てくると見事なものだろう。思わずソウヤは感心の意味を込めてそう呟いていた。

 

「あの年って、15だぞ。姉上と2つしか違わないし、俺より1つ上なだけだ」

「……ってことは殿下、俺より2つ年下だったんですか。ちょっと意外だ」

「意外って、俺がガキっぽいって言いたいのか!?」

「いえ、そんなつもりは。自分と同い年か1つ下ぐらいだと思っていたからそう言っただけです」

 

 ソウヤの答えに不満気味のガウルはまだ噛み付いているが、そんな2人をさておいてミルヒのメッセージは続く。

 

 

 

 

 

『さて、先ほどのガレットの勇者様の活躍により、我がビスコッティは点数に大きく差を開けられてしまいました。もはやビスコッティの負けは確定的、ここからは負け戦となってしまうでしょう。……ですが、個人のポイントは別です。この後は騎士級の皆さんは一旦撤退、一般参加の皆さんが中心となって、最後までポイント獲得のチャンスとして頑張っていただきたいと思います。では皆さん、最後まで戦を楽しんでください!』

 

 ふう、とミルヒのメッセージを聞いていたレオがため息をついた。ビスコッティの一般参加組はこの激励を受けたら奮起しないわけにはいかないだろう。

 しかし今レオの目の前にいるのは騎士を中心とした砦攻めの強襲部隊。今のミルヒの発言からだとこの後は撤退、ということになる。

 

「……というわけじゃ。悪いの」

 

 自分達の戦いはここまで、と判断したレオが、だが言葉とは裏腹にそれほど悪びれた様子もなくそう言った。

 

「いえ、姫様が決められたことですし」

「今日のところは貸しにしておくだけですから」

「言うのタレミミ!」

 

 ハッハッハとガレットの総大将は声を出して笑った。

 

「……とにかく、戦が終わったらこっちは宴になるじゃろうな」

「出来れば行きたいですね。ガウルと話したいし、そっちの勇者とも会ってみたい」

 

 シンクの言葉にレオは一瞬複雑な表情を浮かべた。

 

「ガウルはいいが……勇者と会うのはどうかの……」

「え?」

「いや、なんでもない。……さっきは『この戦に勝った上での招待』と言ったが、実は明日、ビスコッティを訪問しようかと思っておる。この後ミルヒに話してみるつもりじゃが」

「そうなんですか?」

「珍しいですね。通常は戦勝国の戦勝イベントに敗戦側を招待するのが常ですが。……ああ、勇者の紹介ですか?」

「まあ……そんなところじゃ。その他にもちと思うところがあっての。……ともかくそういうわけじゃ。2人とも、今日は戦えて楽しかったぞ」

「僕もですよ」

「ではこれで」

 

 ビスコッティの2人の背中を見送り、レオは再びため息を1つついた。確かに勇者は勝ちを導いた。が、その過程がいかんせんよろしいものではない。戻ったらその辺りを含めて話し合わなければならない、という重い気持ちのまま、レオはプラリネ砦内へ戻るために足を進めた。

 

 

 

 

 

 プラリネ砦からヴァンネットの城下町へと凱旋したレオは、領民からの歓迎を受けた後、自分の治めるヴァンネット城へと戻ってきていた。海に面し、豊かな水産資源に恵まれたガレットを象徴するかのように、切り立った崖の上にそびえ立つ城である。

 

「おかえりなさいませ、レオ様」

 

 側近で近衛隊長のビオレが帰還した主にねぎらいの言葉をかけ、それに「うむ」と答えた後で城の主は玉座へと腰を下ろした。部屋には既に騎士団長のバナードが戻ってきて待機している。

 

「プラリネ砦の攻防、見事でした」

「お前もビスコッティの本隊をよく止めてくれた、バナード。感謝するぞ」

「いえいえ。私の活躍など勇者殿に比べたら」

 

 ガレット騎士団長のバナードはそう謙遜の言葉を述べる。発言主が切れ者将軍ということを考えると皮肉の類も考えられなくもないが、今回に限って言えばおそらく本心から述べているだろう。

 

「して、その勇者は?」

「まだ戻られていません。ガウル殿下の隊がもう間もなく到着と言うことですので、おそらく一緒かと」

「ふむ……」

 

 そこまで話すとレオは背もたれに寄りかかる。そんなお疲れの領主を労うように、メイドが持って来たグラスをレオに手渡した後でビオレは果実酒を注いでいく。

 

「しかし……私は知っていたからよかったですが、何も知らされていなかった兵士や騎士達は大層驚いてましたよ」

「それはそうじゃろうな。ガウルにも言っていなかったから、帰ってきたら文句の1つは言われるのを覚悟しておるが」

「それは言われるでしょう。援軍のことをどう説明していたんです?」

「運がよければ援軍を送る、としか言っておらん」

「はは……」

 

 バナードは苦笑を浮かべた。

 

「レオ様、その勇者様ですが……。さすがレオ様のお眼鏡にかなった方だということはわかりました。あのダルキアン卿を前に一歩も引くことなく戦ってみせ、結果を見れば最後は勝利をもぎ取った。ですが……」

「わかっておるわ、皆まで言うな」

 

 一気に果実酒を飲み干し、レオは眉をしかめた。

 

「そのことについてはこの後釘を刺す。腕前だけを見ればワシの見立て通りだったが、中身までを把握し切れなかったのはワシの責任じゃしな。……時にビオレ、お前はあいつをどう見る?」

 

 質問を返され、グラスに代えの果実酒を注ぎ終えたビオレは難しい表情を浮かべた。

 

「……はっきり申し上げますと、不安です。本陣への移動中、私と話す時間があったのですが、どうにも本心は図りかねます。戦のときに見せた捨て身の行動と合わせて考えると……あまりにも自分を粗末に扱いすぎているのではないかと……。それは言い過ぎかもしれませんが、一言多いあの物言い、それから皮肉めいた言い回しから少々ひねくれていらっしゃるのではないか、とは思いますね」

「別に物言いは気にしておらん。多少ぶしつけな方がワシとしては話し甲斐があると感じるし、お前たち2人もそういう相手の方が話していて楽しかろう?」

 

 これには将軍と近衛隊長の2人も苦笑いして互いの顔を見合わせる。

 

「……しかし自分の身の危険を顧みない行動だけは、謹んでもらわなくては困るな。まあこの後戦勝祭の時にでも、なんとか時間を取ってゆっくり話をしてみたいところじゃが……」

「ガウル殿下のご帰還!」

 

 と、その時、外から兵士の報告する声が聞こえてきた。ガウルの隊が帰ってきた、ということはソウヤもいるはずである。

 

「お、噂をすれば、ですね」

 

 バナード将軍がどこか他人事にそう言った時、部屋の入り口のドアが開いた。

 

「姉上!」

「ご苦労じゃったの、ガウル」

「ご苦労、じゃねえよ姉上! 勇者を召喚するなんて俺は一言も聞いてねえぞ!」

「そうじゃろう。言ってなかったからの」

「いつそんなことが決まったんだよ!」

「決まったの自体は昨日です。勇者召喚については前々から議論されていましたが。殿下もここ最近のガレットも勇者を召喚するべき、という機運は感じておられたかのではないですか?」

「いや、そりゃ感じていたが……。召喚なんてのは初耳だぞ。バナード、お前知ってたのか!?」

「はい。閣下を補佐する騎士団長として会議には出席していましたから」

「すみません、私もレオ様の側近と言うことで会議に出席していたので既知しておりました」

 

 ビオレも口を挟む。

 

「だったら俺にも言ってくれたってよかったんじゃねえか?」

「お前に言ったら浮ついた心が行動に出るじゃろ? それで勘ぐられるのは嫌だったからの。驚かせる企画というものは直前まで伏せておくからこそ、効果があるのじゃ」

「なんだよそれ……。ったく、運がよければ援軍を送るとか言っておいて蓋を開けてみれば召喚したばかりの勇者ときたもんだからな……」

「活躍は十分だったじゃろう?」

「そりゃあ……。あの自由騎士に勝っちまうくらいだからな」

「して、その勇者は?」

「ああ、今医務室に行ってる。なんでもダルキアンとの戦いの後から左手がまだ痛むとかって……」

 

 その言葉を聞くとレオは顔色を変えた。

 

「何!? 怪我をしているのか!?」

「血流してたぜ。守護力の加護のおかげでもう止まってたみたいだし、本人は大したことないとか言ってたけど、一応行っておけって俺が薦めたんだよ」

 

 ガウルの言葉も耳に入ってない様子で、レオは果実酒が入ったままのグラスをビオレに預けて立ち上がると、部屋の入り口の方へと速足で歩き出す。

 

「おい姉上!」

「閣下、どちらへ?」

「医務室だ。勇者に会ってくる」

 

 

 

 

 

 豪奢な造りの廊下を城の主が進む。いつもと違う雰囲気の主に使用人や兵士達がやや不思議そうな顔をしたが、当人には問うことなく、すれ違うたびに道を譲っていく。

 医務室に着くとレオはノックもせずにドアを開けた。

 

「おお、これはこれは閣下」

 

 初老の男が振り返り、眼鏡を上げながら答えた。その向かい、左腕を伸ばして診察してもらっているソウヤが腰掛けていた。

 

「レオ様」

 

 驚いた顔のソウヤを一瞥し、レオは初老の男、つまりこの部屋の主である城の医師の方に視線を移した。

 

「勇者の具合は?」

「はい。左腕の傷がフロニャ力だけでは完治しきれない程度でしたが、今紋章術で治療したところですじゃ。加えて紋章術を使いすぎたことによる疲労も見受けられる。ですが、まあ一晩も寝ればなんともなくなるでしょう」

「そうか」

 

 安心したようにレオが肩をなでおろす。彼女が幼少時代から世話になっているこの医師には大きな信頼を置いている。その臣下からの言葉だ、間違いはないだろう。

 

「この後でレオ様のところに伺おうと思っていたのですが、遅くなってしまってわざわざご足労させてしまい、申し訳ありません」

「いや、よい。……こいつはもう大丈夫か?」

「はい、もう大丈夫ですじゃ。ですが閣下の方からもあまり無茶をせぬように一言お願いしますぞ」

 

 「ああ」と返してレオは医務室から出る。それにつられるようにソウヤも廊下へと出てきた。

 

「それで、お前自身は問題ないのか?」

「ええ。さっき言われたとおり、寝ればなんともなくなるそうです。傷の方も治ってますし、さすが紋章術は便利ですね」

「紋章術とて万能ではない。命を落とせば勿論、それに関わるような身体への大きなダメージのときは効果がないときもある。それは忘れるな」

「……わかりました。頭に入れておきます。……ああそうだ、レオ様」

 

 そう言うとソウヤはポケットから何かを取り出しレオに手渡した。鮮やかな蒼い宝石の指輪、他ならぬエクスマキナであった。怪訝な表情でレオはそれを見つめる。

 

「エクスマキナではないか。なんじゃ?」

「返しておきますよ」

「返すって……なぜじゃ?」

「これはこの国の宝剣なんでしょう? だとしたら俺のような者はそんな大切なものを持つに値しない」

「しかしお前はこれを使いこなしていたではないか」

 

 皮肉っぽく、ソウヤが笑った。

 

「使いこなす? 何言ってるんです。先ほどの戦いでは俺はそれを使()()()()()()()()()()

「なん……じゃと……?」

 

 レオの表情が固まる。

 

「エクスマキナを使わずにあれだけを戦いを……。しかし、なぜじゃ!? なぜ使わなかった!」

「言ったでしょう。俺は持つに値しない人間だと。そんな大切な剣をよそ者である俺が使うわけにはいきません。レオ様かあなたの弟君がお使いになるべきでしょう」

「しかし……」

「とにかく俺はそれを使うつもりにはなれません。返しておきます」

「……わかった。そこまで頑なに断るならこちらも無理強いはせん。じゃがお前がこれを必要に思ったときはいつでも言ってくれ。……それともう1つ」

「なんです?」

 

 エクスマキナを受け取った後でより表情を厳しくし、レオは続ける。

 

「さっき言ったとおり、今後は怪我をするような危険な戦い方はしないようにしてほしい」

「……頭に入れておくといいましたが。……でもわかりませんね」

「何?」

「結局は俺の体です。仮に死のうが俺の責任だ。異世界で果てるというのも案外悪くはないと思ってますしね。それにレオ様がそこまで気にかける必要はないと思いますが」

「……貴様、それは本気で言っているのか?」

 

 厳しくなるレオの顔。ソウヤは肩をすくめて返す。

 

「俺は嘘はつかないをモットーにしてますからね。割と本気で言ってますよ」

「ならその考えは今すぐ変えろ。ワシはお前を呼び出した召喚主じゃ。お前が元の世界に帰るまでを保障する責任がある」

「そうですか。……ま、頭に入れておきますよ。でもつまるところ俺もあなたも他人同士、ましてやあなたは主で主従関係なんだ、俺の身など気にかけすぎないほうがいいでしょう」

「……勇者、なぜ貴様はそうなのじゃ? 元の世界に戻れば心配する者がおるじゃろう?」

「いませんよ。せいぜい顔を知ってる、ぐらいの間柄です。その程度の人付き合いしかしてません」

 

 そう言って彼は自嘲的に鼻を鳴らす。

 

「……思い入れが深いほど、それだけそれを失ったときの痛みが大きくなる。深く付き合えば付き合うほど、別れの苦しみが大きくなる。出会いがあれば別れがある。住む場所が変わる、ケンカをする、最終的に言えば人はいつか死ぬ……。だったらいずれ別れは訪れる」

 

 ソウヤがレオの瞳を見つめた。それは冷たく悲しいものであったが、どこか物寂しくも見えた。

 

「仲の良い間柄で別れを喜ぶ人間なんていませんよ。なら別離の痛みなんて少なくすむほうがいい。自分も、他人も傷つくことだ。……だから俺は人とは深く付き合わないようにしてるんです」

「勇者……貴様……」

「なのでレオ様も俺にあまり肩入れしなくて結構です。どうせ十数日で帰るんですから。戦のときに役に立つ助っ人、または傭兵程度にでも考えてください」

 

 レオは言葉を発せなかった。ただ驚いたような、どこか悲しそうな顔のままその場に立つだけだった。

 

「……出すぎた発言すみませんでした。輝力を使いすぎた反動がきてるんで、今日はもう休ませていただきます」

 

 そう言うとソウヤは領主に背を向け、自室へと歩き出した。物寂しげな、孤独なその背中を見てもレオはやはり声をかけられなかった。今彼女の目に映る背中は周囲の物を突き放し、踏み込むことすら許さない。そう錯覚させるほど、強い拒絶の意志のこもった「勇者」の背中であったからだった。

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