DOG DAYS DUAL-BRAVER   作:天木武

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Episode 6 交錯する戦場 前編

 

 

 戦開始の花火が上がる。それに合わせて「全軍前進!」「ガレット戦士団、突撃!」という声が映像板から音声として聞こえてきた。その様子を特に顔色を変えることなく、格式高い椅子に座ってガウルが見つめていた。

 

「殿下も本当は前線で指揮を取り、直に戦に参加したかったのではありませんかな?」

 

 と、傍らから聞こえてきたややいかつい声にガウルは思わず鼻を鳴らして笑った。ここはガレット本陣、グラナ砦の一室。総大将のガウルはここに2人の将軍と近衛隊、騎士団からの精鋭部隊を引き連れて陣を敷いていた。今声をかけてきたその将軍の片割れ、腹心といってもいいゴドウィン・ドリュールの方へ視線を移して彼は口を開く。

 

「本音を言えばそうだし、姉上が領主時代の俺ならそうしただろうよ。だが今は俺が領主、ガレットの総大将だからな。あるいは隠密2人がいるか、向こうの参加人数がこっちよりはるかに多かったらそれも考えた。しかし手加減……と言っちゃ言葉が悪いが、パワーバランスはなるべく釣り合せないと、見てるほうが冷めちまう。『獅子は兎を狩るにも全力を尽くす』という言葉がソウヤの世界にはあるらしいが……これは狩りじゃなくて戦だからな。道義に則った戦は魅せてなんぼ、盛り上がってなんぼのものだ。その辺の調整は俺らの役目だからよ。

 とはいえ……その煽りをお前に食わせちまって悪かったな、ゴドウィン。久しぶりの大戦だ、お前としちゃ前線で暴れたかっただろうけどよ……」

「なんのなんの。自分は殿下にお供できれば、何も文句はございませぬ故……」

 

 頭を下げた腹心に感謝の気持ちを込めた視線を向けた後で、今度はもう1人の将軍の方へ視線を移す。

 

「ジョーも悪かったな。将軍になってから戦線に出る機会も減っちまった」

「んなことありませんて。遠征やら演習やらでは指揮取らせてもろてますし、おっちゃんやないけどウチもガウ様にお供できれば本望ですから」

「すまねえな……。お前らにそう言ってもらえると助かる」

 

 そう言うとガウルは少し困ったように笑いを浮かべた。

 ガウルの言葉通り、現在ビスコッティは隠密の2人、ブリオッシュとユキカゼを欠いている。久しぶりの大規模な戦ということでわざわざ戦場を5年前の大戦の時と同じチャパル湖沼地帯、互いの本陣をスリーズ砦とグラナ砦にしているのに、先の理由からガウルは将軍2人を連れて本陣で待機していた。確かに戦力差調整という意味もある。だが、相手が本陣を狙ってくるならそれもよし、全力を持って迎撃する、つまり絶対の防衛をする覚悟は出来ていた。

 要するに勝つは勝つ、しかしその勝ち方こそが1番の焦点なのだ。久しぶりのビスコッティとの戦、いかに「魅せ」いかに「面白く」するかが、勝利と同じぐらい重要なこととなる。圧倒的差となってしまっては勝っている側はいいが、負けている側は興醒めだろう。道義を貫いた戦においてはそこまで考えてこその戦興業、というのがガウルの信念でもあった。

 しかしそのために将軍2人には割を食わせてしまった。そこに対しては彼は本当に申し訳なく思っていた。が、今回の主役はあくまで復帰したソウヤとそのライバルのシンクだ。将軍2人もわかってはくれるだろう。それに戦の前、ガウルはソウヤに「シンクとの戦いだけはちゃんと皆に見せろ」と言いつけてある。実際彼は本陣付近に隊をつけているし、開始後も不穏な動きは見せていない。このまま真っ向から、とはいかないだろうが今日の自分に何が求められているのかはわかっているらしい。いや、いちいちそんなことを言わずとも彼は自分に何を求められているのかわかった上での結果を残そうとはしていた。ただ、その過程として奇策や謀略の類が多いという難点は抱えていたが。

 

『ビスコッティとガレット、最前列が激突! 早くも混戦の様相だ! そして……注目のデ・ロワ卿率いる遊撃隊はまだこの位置、後方に控えて騎士団所属の弓隊と共に援護に徹しています! レオ閣下、これはどう見ますか?』

『どうもこうもないじゃろう。まだ動く時ではない、と判断しておるんじゃろうな。確かに奴は取る策こそ正々堂々などとお世辞にも言えた物ではないが、何をすべきかという目的だけは見定められる。そしてそれを見定めれば、揺ぎ無き精神で勝つために全力を尽くす、そういう男じゃ』

『なるほど。そして閣下はそんなソウヤ殿に心をお寄せになった、と』

『……やかましい!』

 

 放送から聞こえる漫才よろしくの解説にガウルは声を上げて笑った。1年間の休養ですっかり惚気(のろけ)ているかと思ったが、意外と彼の姉はそうでもないらしい。そこが面白かった、というのはある。だがそれ以上に自身がソウヤに対して抱いた考えと同じことを、その妻の口から聞けたということに安心感を覚えたからかもしれない。自分の判断は、見る目は間違っていなかった。やはり自分の義兄は本人が謙遜する以上に英雄であり、「勇者」なのだ。そう確信しなおし、口元を緩めてガウルは聞こえるはずはないとわかりつつも激励の言葉をこぼした。

 

「さあ……暴れて来い、ソウヤ! 俺の義兄として、姉上の夫として、『ガレット・デ・ロワ』の姓を名乗るにふさわしい存在だってことを、改めて見せ付けてこい!」

 

 

 

 

 

 戦局が早くも硬直し始めた、ということはエクレールは既に感じていた。しかしまだ次の手は打たない。先に動けば不利になる、彼女はそうわかっていたからだった。現にここの指揮を取っているロランはまだ何も動かない。五分五分の状況である前線を見守るだけだった。

 

「エクレ……そろそろ動かないの?」

 

 そんな彼女の隣で勇者シンクは痺れを切らせそうにしていた。彼の気持ちはわからなくもない。エクレールとしても動けるなら動きたい。だが自分達が動けば、シンクに狙いを定めているあの獅子を引き寄せることになる。それはまだ早い。見せ場、という意味でもそうだが、それ以上にあの隊の動きはこの戦局を左右する、と直感が告げていたからだった。遊撃隊の数はカメラを通じて確認できただけで100程度。今のエクレールの指揮する隊はその倍の200。いくら相手が精鋭とはいえこちらも粒選り、正面からぶつかればまず負けるはずはない。

 だが相手はあの策略家、100と見せておいて実は騎士団に残りの隊を隠していた、あるいは逆にそこまでの数はおらず、少数でこちらの隊を本隊から引き離して分断、などという手を打ってくる可能性もある。下手には動けない、まずは我慢だとわかっていた。

 

「向こうが動いたら動く。……こちらの本陣は比較的固めの守りだ。少数が裏をかいて後方へ突撃したところでエミリオ率いる親衛隊と騎士団が迎撃できる。なら本陣はここを抜かれない限り安泰といえる。こちらは下手に動かず戦局がもう少し動くまで待つべきだ」

「うーん、それはわかってるんだけど……。待つのは性に合わないっていうか……」

「仕方ないな。貴様は戦『馬鹿』だからな」

 

 わざわざ「馬鹿」にアクセントをつけてエクレールは答える。それを聞いたシンクは思わず苦笑した。

 

「何もそんなに強調しなくても……」

「事実だろう。私がくっついていなかったら、今頃飛び出していっただろうし」

「……確かにそうかも」

 

 まったく、とエクレールはため息をこぼす。確かにシンクはいい意味で戦馬鹿だ。だがそれは「戦闘状態に入ってから」の話である。

 戦いは目の前の戦闘だけではなく、大局的なものと言ってもいい。彼にはそこが今ひとつ見えていない節があった。一方よく正反対に位置すると言われるソウヤも根っからの戦馬鹿だと彼女は思っていたが、彼の目はシンクとは真逆だった。彼はいかに戦全体に関わるか、そこに終始している。だから自身が負けても全体で勝つための選択を取ることもあるし、一見無茶な少数による突撃を敢行して戦局を揺さぶり、判断ミスを誘い出すこともある。とはいえ、彼自身も戦いが好きなのだから、シンクと戦う時はあれだけ楽しそうにしているのだろうとも思うが。

 もっとも、それではシンクの戦馬鹿っぷりはソウヤのそれに負けているのかといえば、そんなことは全くない。むしろ自身が楽しそうに戦い、華麗に敵を薙ぎ払い、鮮烈に見る者に印象付けさせる彼は、それだけで戦の中で燦然と輝く星であり、味方の戦意を向上させる。そう言った天性の才を持ってすれば、戦局を見る、などということは細事なのかもしれない。彼が戦う場を見せれば、それだけで戦局が左右しかねないのだから。

 

『均衡を保っていた最前線、次第にビスコッティが押して来たようです!』

 

 と、聞こえてきた実況にエクレールは耳を傾ける。今実況のエビータが言ったとおり、映像は徐々にビスコッティのペースになり始めた前線を捉えていた。

 

「エクレ、いい感じなんじゃない!?」

「ああ、そうだな。……おそらくそろそろ動いてくるだろう。準備しておけ」

「うん、いつでも!」

 

 もう間もなく始まるであろう自身のライバルとの戦いに思いを馳せ、シンクは嬉しそうに答えた。

 

 

 

 

 

 一方でソウヤはその実況を苦々しい気持ちで聞いていた。どうにも領主殿は盛り上げることに神経を割き過ぎるあまり、勝てる戦いをわざわざイーブン以下にまで持っていきたがる様子だ、と思わず心で愚痴りたくなる。

 

「ソウヤさん、動かなくていいんですか? 前が押されて来たって言ってるし、そろそろ何かしら手を打たないと……」

 

 副隊長のベールがセルクルを寄せ、ソウヤに話しかけてきた。話しつつも前線へは矢を送っている。

 

「考えてはいる。だが……癪だ」

「癪? 何がです?」

 

 ソウヤの発言の意図を掴みかねて、ベールは首を傾げた。

 

「我慢比べに負けたみたいに見える。それで業を煮やした、など敵の思う壺だ。……それ以上にシンクが後ろに引っ込んだままってのが気に食わねえ。あいつが考えなしに突っ込んできてくれりゃあ分断から挟撃までいくらでも手はあった。なのにあの保護者(・・・)がうまいこと抑えてんだろ。そのせいでこっちは手が出せない。わかってるな、あいつは」

「保護者って……。ああ、エクレちゃん。彼女親衛隊長ですからね。こういう戦局を見る目は一流ですよ」

「あとはシンクのコントロールもな。使いどころ、抑えどころをよく心得てやがる。なんだかんだ、いいコンビだってのに……」

 

 そのソウヤの言葉に思わずベールの表情が曇る。エクレールとは戦場だけならず、プライベートで時折顔を合わせたときもつんけんにあしらわれることの多かったベールだが、心からは嫌がっていない、むしろ彼女なりの感情表現だと思うところがあった。元は親衛隊という同じ立場であったし、気持ちと態度が裏腹に出てしまう彼女の癖をわかっているからでもあった。そんなエクレールの心を思うと、仕方のないこととわかっていながらも、ベールも少なからず心を痛めていた。

 

「……そんな顔をするな。過ぎたことで仕方のないことなんだよ、エクレールにとっちゃな。あいつは自身の騎士道精神を貫いた。ならばそれを称え、そんな私情を挟みこまずにこっちも全力で相手をしてやるのが礼儀ってもんだろ」

 

 ベールがソウヤを見つめなおす。勝てばいいだのなんだの言っておきながら、この人は相手の心をわかっている。いや、むしろ相手の心を読む能力に長けているから怖いのか。常に先を読み、裏をかく、それはそのように相手の心がわからなくてはできないことだ。

 しかしわかっていて、弱みだけに付け込むようなことはしない、それがこの人のいいところでもあるとベールは思っていた。今だってエクレールの心をちゃんと汲み取っている。やはりなるべくしてレオの夫となった人なのだろう。

 

 初めて会ったときは他者との係わり合いを拒絶し、刃物のように鋭い目で意固地に孤独を貫く、どこか怖い人だとベールは思った。だがその実、彼の心は誰よりも敏感で繊細だったのかもしれない。「別れの悲しみを減らすために他者との接触を断つ」と言った彼の言葉が、何よりもその心を物語っているのではないか。いや、そうでなくてもレオの心を知りつつも、彼は彼女のことを思って心を殺すと一度は決めたこともあった。だとすれば、他者を思い尊重する、それこそが彼の本質ではないだろうか。

 そんなことを口にしたら「んなわけないだろ」と一蹴されるに違いない。エクレールほどではないが、彼もいささか素直でない一面がある。だがそんな彼は絶大な信頼を受けて遊撃隊の隊長を務めている。1年のブランク明けだというのに不満が出るどころかその元で戦いたいという志願者まで出るほどだ。かくいうベールも絶対の信頼を置いている。

 その隊長が先ほど言った言葉に、ベールは少し心が晴れたように感じた。彼の言うとおり、エクレールのために全力でぶつかるのが今の自分に出来ることだろう。これまで曇っていた顔の頬が思わず緩む。

 

「……なんだよ、落ち込んだり笑ったり忙しい奴だな。表情をころころ変えやがって、気持ち悪い」

「ちょっ……! 気持ち悪いってなんですかー! 女の子にそんなセリフは言っちゃダメですー!」

 

 ベールからの反論を軽く鼻で笑い飛ばすソウヤ。頬を膨らませて不満を表すベールだが、もはやソウヤはそれを意ともしていない。

 

「さてと……。ふざけてる場合じゃないな、そろそろ仕掛けるか」

「行きますか?」

「ああ。ちょっと早いが、シンク達の隊を向こうの本隊から切り離す。その後の戦況は……バナード将軍の本隊次第だな」

「シンク君と戦ってたら、周りを気にする余裕ないですもんね」

「まあそういうことだ。……遊撃隊一同、聞け!」

 

 自分の隊の隊長から聞こえた声に、隊の人間たちは援護の手を止めて声の主を見つめる。

 

「これから大外に突撃をかける! 向こうの勇者と親衛隊長の隊をそこにおびきだすぞ! 俺は勇者の相手をする、お前たちは親衛隊長と向こうの隊を蹴散らせ!」

 

 雄叫びが上がる。隊の全員はこの瞬間を待っていたのだろう。士気は十分だ。

 

「行くぞ!」

 

 ソウヤを乗せたヴィットが駆け出す。それに新設の遊撃隊のメンバーが続いた。

 

 

 

 

 

『フランさん、こちら現場のジャンです! デ・ロワ卿、ついに動きます! 遊撃隊を従え、大外をぐるりと回るように前進し始めました! まるでビスコッティの勇者を外側に誘うような動きに見えます!』

『おっと、デ・ロワ卿がとうとう動くようです! ……閣下、どう見ますか?』

『妥当じゃな。とはいえ、味方が押され始めた状況をどうにか打開しようという苦し紛れにも見えるが……。ともかく、明らかにシンクを誘い出す算段のようじゃ。じゃがこれは向こうも乗らざるを得ないじゃろう』

 

 ソウヤ達遊撃隊が動いたという情報はこの放送を通じてエクレールの耳にも入っていた。確かに今レオが言ったとおり苦し紛れに見える。が、そう「見えさせる」ことができるというのがソウヤの怖いところであるとエクレールは知っていた。故に放送を耳にしても即座に行動の判断は下せず、やや悩んでいた。

 

「エクレ、ソウヤ動いたって!」

 

 が、そんな彼女の心中など彼にとってはお構いなしのようだった。もはや久しぶりの一騎打ちしか考えていないのだろう。全く単純な奴だとエクレールはため息をこぼした。しかしこぼしつつも、動いたのは相手が先、もはや隊の数をごまかすことはできないだろうとわかっていた。数は予想通り100程度。それを再確認し、彼女も心を決める。

 

「これより我らはデ・ロワ卿率いるガレット遊撃隊の迎撃に向かう! 私と勇者に続け、遅れるなよ!」

 

 エクレールからの命令に兵達が雄叫びを上げた。その味方達に背を向け、言葉通りエクレールはシンクと共に先行してセルクルを走らせる。

 

『実況席、ビスコッティ国営放送のパーシーです! デ・ロワ卿の動きを受けてやはりこちらも動きます! 勇者シンクと親衛隊長エクレール、ビスコッティ名コンビの2人を有する隊です!』

『ありがとうございます、パーシーさん。こちらも動くようですね』

『まさに舞台は整った、というところじゃな』

『閣下の仰るとおりでしょう! さあ久しぶりの勇者対元勇者の戦いです! 果たしてどうなるのか!?』

 

 実況を耳にしつつ、シンクはここ最近では久しぶりに高揚していた。大学の実技で教官が手放しで褒めたことがあった。同級生の見ている前で高難度の技を見せて賞賛を浴びたこともあった。だがそんなものとは比べ物にならない、心躍るような胸の高鳴り。

 ああ、やはりいっそこのままこの世界に永住できたら、と彼は思ってしまう。元の世界の生活も何もかもを忘れ去り、ここでこうやって戦に勤しむ、それもいいかもしれない。だがそれはできない。地球には父がいる。母がいる。違う大学のために距離こそ離れてしまったが幼馴染の友人がいる。そして自分に期待をかけてくれるたくさんの人たちがいる。そんな人たちの期待を裏切るようなことは出来ない。

 

(……やめよう)

 

 そう思い、シンクは頭を振った。今までずっと悩んで出なかった答えだ、今ここで出るはずもない。なら今この瞬間を楽しまなくては損だ。そして何より、得意の策略を用いずに真っ向から突っ込んでくる自分のライバルにも申し訳がない。だから全力でぶつかる。持てる力をぶつけ、「勇者対元勇者」として期待される戦いを見せる。

 

 なおもセルクルを走らせ、大外に動いた相手の遊撃隊の姿が僅かに見えてくる。さらに両者の距離が詰まり、間もなく激突するかという時、前方で黄緑の輝力の光が輝いた。ソウヤではない、副隊長を務めているベールの輝力の輝きだろう。

 

「エクレ!」

「わかってる! ベールの狙いはおそらく私だ! 多分時間差で撃ってくる、お前は次の本命に備えろ!」

「了解!」

 

 返事を返した後で、シンクは「ディフェンダー!」の声と共にパラディオンを形状変化させる。盾の形状、「ライオットシールド」。矢はおろかガレット特選装備部隊が銃から放った銃弾、さらには紋章砲までをも弾く鉄壁の盾である。

 その変化が終わるとほぼ同時、黄緑の尾を引いた閃光が迫ってくるのがわかった。だがシンクは動かない。狙いは自分ではない。その先にいるのはエクレールだが、彼女は「本命に備えろ」と言った。ならここで余計な心配をするのは逆に彼女に失礼だ。そう考え、自身の身を守ることに集中する。現に今度は濃紺の輝力の輝きが目に入ってくる。

 

「さあ……来い!」

 

 放たれた濃紺の閃光が自分へと迫る。力と輝力を込め、盾を持つ左手を前へと構える。ライバルの得意の弓による先制攻撃。まずはここで確実に防ぎきる、とシンクは意識を集中させた。

 が、彼が持つ盾にその矢が命中することはなかった。シンクの盾に命中する直前、矢は大きく軌道を変え、まるで風に流されたかのように左に――そう、エクレールの元へと迫った。

 

「エクレ!」

 

 再びのシンクの叫び声に、ベールの輝力の込められた矢を弾き終えたばかりだったエクレールの表情が青ざめる。彼女はすっかり失念していた。相手はあの(・・)ソウヤだ。真っ向から来ているからといって、正攻法で、自分の物差しで計れる方法で仕掛けてくるとは限らない。この一発にしたって、シンク目掛けて放たれる、とは当人の口からは一言も言われていない。「普通はそうする」などという憶測でこちらが勝手に決め付けてかかったことだ。

 

(ぬかった……!)

 

 後悔の念に駆られたエクレールは思わず奥歯を噛み締める。咄嗟に再び2本の短剣をクロスさせて防御するが、勢いを完全には殺しきれなかった。

 

「くうっ……!」

 

 矢自体の直撃は避けたものの、乗っていたセルクルから放り出される。そのまま受身もうまく取れず、エクレールは背中から地面へと叩きつけられた。

 

「エクレ!」

 

 三度彼女の名を呼んだ彼だったが、

 

「私に構うな! 前を見ろ!」

 

 その声に前へと視線を戻した。それと同時、再び濃紺の尾を引いた閃光が迫る。先ほどより短い距離から放たれた矢が狙っているのは今度こそ間違いなく自分だ、と判断してシンクはシールドを突き出す。はたして矢は盾に命中し、だが同時に爆発を起こした。煙を晴らすために盾を横に薙ぐ。が、その煙が晴れると同時、この一瞬で距離を詰めきったのか、大上段から蒼い軌跡を煌かせた剣を手に斬りかかる好敵手の姿を、シンクは目の当たりにした。

 

「さあ……始めるぜ、シンク!」

 

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