DOG DAYS DUAL-BRAVER   作:天木武

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Episode 8 道化の立役者

 

 

 金属同士がぶつかり合う澄んだ音が鳴り響き、一瞬遅れて2つの影が音の元から離れる。一方の影は着地と同時に長尺棒を回転させてまだまだ余裕があることをアピールした。もう一方は癖なのか、剣を持った左手の手首を回し、それに伴って剣から走る蒼い軌跡が宙に円を描く。その後で一旦大きくため息をこぼした。

 

 ソウヤは苦戦していた。近衛隊長であるビオレとの模擬戦でカンは鈍らないようにしつつ、その中でシンクならどう来るか、どの程度の速さがあるかを予測して調整しているつもりだった。しかし今剣を交えた勇者はその彼の予想を上回っていた。予想が甘かったわけではない。彼の想像を超えて、シンクは1年間で更に成長した結果だった。

 この天才の成長は天井知らずか、という弱音が心をよぎって思わず小さく舌打ちをこぼす。まずい。既に心が流されてきている。勝てる勝負も負けると思えば勝てない。それが負けが濃厚な戦いなら余計だ、と思ったときに、今の思考の流れはこの戦いを負けが濃厚と見ているに他ならない、と気づき、今度は自嘲的な笑みを浮かべた。

 

「……まだまだソウヤも余裕そうだね」

 

 その笑顔を余裕の笑みと取ったのだろう、シンクがそう返してきた。全く逆の意味を持つ笑みだったが意味を取り違えられている。だが、ソウヤはこれを天恵と捉えた。まだ運に見放されてはいないらしい。ここで笑みの理由を看破されれば、次の容赦ないシンクの攻撃で決着が決まるかもしれない。だがそう捉えなかったということは、まだ自分の勝ちの目は消え去ったわけではない。

 

(なら……賭けてみるか)

 

 既に消耗は激しい。最初の攻勢以降、防御に回りつつも反撃の機会を窺ってきたが、一向にそれが訪れない。そのせいで消耗戦の展開となり、防御や回避を紋章術で補うソウヤに対してそこまで紋章術を使っていないシンクはまだ余力十分。分は相当に悪い。イチかバチかを仕掛けるならここがラストチャンスだ。

 

「そうでもない。結構しんどいんだがな」

 

 再びエクスマキナを持つ左手の手首を回しつつ、ソウヤは先ほどのシンクの問いかけにそう返した。彼としては事実を述べているが、シンクは言葉通りには捉えないだろう。おそらく、自分を油断させるためのブラフと取るはずだ。

 

「またまた。その手は食わないからね」

 

 まったくもって乗せやすい。予想通りの返答だ、とソウヤは内心でほくそ笑む。

 

「さて……。守ってばかりも疲れるしな。今度はこっちから行くぞ」

「望むところ!」

 

 ソウヤが構える。つられるようにシンクも構えたのを見て、ソウヤは覚悟を決めた。

 

(よし……勝負だ……)

 

 互いに紋章術の構えは無し。が、それこそがソウヤが望んだ形でもあった。ここで紋章術の打ち合いになればまず間違いなくソウヤは押し負ける。過去の戦いで多かった展開だが、その時にシンクの紋章術の威力は既に身に染みている。加えて1年間の空きを考えると、その威力はまた上がっているに違いない。

 それだけは避けたい事態だった。だから、先に攻勢に出ることを宣言して紋章術の打ち合いにならない展開に持っていった。なぜなら、シンクが誘いをかけてきたら断るわけにはいかないからだった。片一方が紋章を輝かせてやる気十分なのに、紋章術の打ち合いを避ける、というのは見ている側としては非常に興醒めだろう。後でガウルに何と言われるかわからない。

 よってその状況を避けられただけでも可能性は出てきている。あとは彼が思ったとおり勝負。自分の輝力を消耗しきる前に、シンクの()()()()()決定打を打ち込めるか否か。

 

 空気が張り詰める。行く、と言われたからにはシンクは馬鹿正直にソウヤが仕掛けてくるのを待つだろう。付け込む隙は他ならぬそこだ。ソウヤは脚に輝力を込める。紋章術により移動速度を強化。そして地を蹴り、後ろ(・・)へと跳んだ。

 

「なっ……!」

 

 これにはシンクも面食らう形になった。だが驚くシンクを尻目にソウヤはエクスマキナを弓へと変化、輝力によって矢を精製し、シンク目掛けてそれを放つ。

 しかし意表を突かれたとはいえ、放たれた矢をシンクのずば抜けた動体視力はしっかりと見切っていた。体を右へと捻らせて回避、矢は左頬の先を掠めて後方へと飛び去りシンクはソウヤへと目を戻す。が、元の場所に彼の姿はない。

 今の一撃はかく乱させるためのものだろう。だとするなら、踏み込んでくる場所はほぼ間違いなく右手側、すなわち矢に視線を追わせることによって生まれた死角。はたして彼のその予想は正しく、そこには右手(・・)にエクスマキナを持ち、背後に紋章を輝かせたライバルの姿があった。

 

「斬り裂けッ! オーラブレード!」

「はああああっ!」

 

 乾いた金属の音と互いの輝力の光が拡散し、逆袈裟に斬り上げたソウヤ得意の紋章剣「オーラブレード」とシンクのパラディオンがぶつかる。かたや紋章剣、それも背後の紋章からレベル2と想像できるものに対して、かたや咄嗟に輝力を込めて防御に入ったレベル1程度のものだったが、その力は拮抗しており、競り合いの状態となった。

 

「くうっ……!」

 

 両手でパラディオンに力を伝えつつ、シンクは防御が間に合ったことに安心する反面、ソウヤの一撃が予想よりも軽かったことに違和感を覚えていた。

 

(疲れている……? いや、違う。確かにソウヤの一撃の重さはレオ様やダルキアン卿に比べたら軽い。でもたとえ疲れていたとしても、そこには相手を仕留めようという鋭さがあったはず。なのに……今はそれが弱い)

 

 ブランク、とは考えられない。剣と体術のコンビネーションを目の当たりにし、さらに先ほどの矢を囮にしての紋章剣への移行。これだけキレがよければブランクというわけではないだろう。なのに詰めの一撃がしっくりこない。

 

(これがフィニッシュじゃない……? なら一体ソウヤは何を狙って……)

 

 その時――。ぞくり、とシンクの背を何かが駆け下りた。彼が持つ天性の第六感。直感的に本能が危険だと告げる。

 

 狙いはこの紋章剣ではない、もしもこの紋章剣すら()だとしたら……!

 

「……ッ! ディフェンダー!」

 

 叫ぶなりシンクは左手を競り合う棒から放し、盾を具現化させる。それを自身の背の方へと向けたところで――。

 確かな手ごたえと共に何かを弾いた感覚を覚えた。

 

「クソッ!」

 

 短く叫び、ソウヤが右の回し蹴りをシンクの上段へと放つ。が、シンクはそれを屈んで交わすと、左手の盾を消して右手のパラディオンを後方へと投げ上げ、3度のバク転で距離を離した後に掴み直した。

 その間、ソウヤは距離を詰めなおすこともエクスマキナを弓へと変化させて追い討ちをかけることもしなかった。いや、()()()()()()、と言ったほうが正しいだろう。

 

「あっぶな……。囮だと思った最初の矢が本命だったってわけね」

 

 いつも通り気楽そうに言ったシンクと対照的、ソウヤは肩で大きく呼吸をしていた。無理もないだろう。初手の射撃、高速移動、紋章剣、さらに放った矢の()()()()と短時間で相当量の輝力を動員したのだ。今彼の体にはその反動が返ってきている。

 

「まさか最初に撃った矢の軌道を変えさせて背中を狙ってくるとは思わなかったよ。防御無しで当たってたら、そのまま次の攻撃を入れられて負けるところだった」

「……なぜわかった?」

「紋章剣が軽すぎたから。なんだからしくない一撃だなって思ったのが、気づいた原因かな」

 

 チッとソウヤは舌打ちをこぼす。事実、彼の紋章剣はレベル2ではなく()()()()()()で放たれていた。背後に煌かせた紋章は彼得意の紋章術によるブラフ。つまり、()()()()()()()()()という騙しのテクニックだったのだ。これにより紋章剣に割くべき輝力を節約し、初撃の矢の軌道変更に用いる。まさに輝力制御に長け、かつ策略をめぐらせてくるソウヤならではの戦法だった。

 

「……まいったな。渾身の策だったってのに」

「びっくりした。初めて見たもん」

「当たり前だ。お前に同じ手を使うのはダメ元の時だけだ。同じ手の2度目は必ず潰してくるからな。勝ちを取りにいくための方法は初見のうちに決めるしかないってのに……また1つ策がなくなっちまった。アイデアが枯渇したら責任取れよ」

「いや、そう言われても……」

 

 困った表情をシンクは浮かべる。だが、困ってるのは俺の方だとソウヤは言い返してやりたかった。

 

 手詰まりだった。軽口を叩いてこそいるが、もはやとっておきの手段は空振り、体は紋章術の反動を受け、さらに輝力は底をついた。次のシンクの攻撃の後にはおそらく倒れている自分がいるだろう、とはっきりと思えるほど、ソウヤは自身の敗北の予感を強く予想していた。

 

「さて……。じゃあ今度は僕の番かな」

 

 そして勇者は無邪気に死刑を宣告してくる。情状酌量の余地無し、まごうことなき「敗北」への審判が下されようとしている。

 

 今回もダメだったか、とソウヤはシンクの背後に煌く紋章を見て自嘲気味に笑みをこぼした。2頭の竜が天を仰ぐ、白く眩いビスコッティの紋章。それを見る人々は皆口をそろえて美しいと言う物だったが、ソウヤから言わせてもらえば死神の肖像に他ならない。過去、その紋章を見た後には敗北を噛み締める自分ばかりがいた。そしてそれをもう1度味わうことになるだろう。

 それでも、負けるときも武人であれ、と降参は口にしなかった。散るにしても華々しく、勝者を称えて敗れよう。かねてからそう思っており、そして今もそう思い、ソウヤは白旗を上げることなく戦う構えを取った。

 

 ――のだが。

 

「シンク! 撤退だ!」

 

 突如として割り込んだ声に、シンクとソウヤがその声の方へと目を移す。見れば声の主はエクレール、しかし騎士服の上着は身につけておらず、スカートと同じ色である黒の服装に変わっていた。上着の中に着ていた服らしく、どうやら遊撃隊とベール相手に上着を破壊される程度のダメージを受けたと見受けられる。

 

「撤退、って……」

 

 そこで周りの様子を窺って、シンクはようやく気づいた。ソウヤとの邂逅は乱戦の真っ只中だった。が、その喧騒は既に遠のきつつあり、周りには味方の姿が見えない。

 

『本隊を縦に破られたビスコッティ軍は全軍が後退を始めました! 既に親衛隊長が率いた隊もほぼ全滅、このままでは勇者が取り残されてしまうが、果たしてどうするのか!?』

 

 これまで目の前の好敵手に集中していたために、意識から排除していた実況の声が聞こえてくる。そこでシンクは自分が今置かれている状況をやっと理解した。

 

「エクレ、今実況で聞こえてきたことって……」

「本当のことだ! 隊は全滅、私も見ての通りダメージを受けている。早くこの場から後退しないと本隊に合流が出来なくなる! いくら私とお前でも数で囲まれたら撃破されかねないぞ! 早く来い!」

「でも……!」

 

 シンクは躊躇う。ソウヤとの決着がまだついていない。もう一押し、という手応えはある。あと少しだけでも時間をもらえれば……!

 

「いい加減にしろ! ここに留まれば奴の思う壺だ! ここでソウヤを倒せたとしてもその後でお前は集中砲火に合う、仮にそこで撃破されなかったとして本隊への合流は絶望的、本陣を落とされればこの戦はその時点で負けだ! そのお前の足止めまでそいつは考えていたんだ!」

 

 ソウヤの口元が緩む。どうやら計画通り事は進んだらしい。シンクを本隊から分断した上で一騎打ちにもっていく。自分が勝てばそれでよし、負けてポイントを大幅に失うことになってもシンクの足は止められる。その場合ポイント差から言うと本隊がビスコッティ本陣のスリーズ砦を落とすか騎士級を相当数撃破しなければならなくはなるが、その場にシンクが戻れないというのは大きなアドバンテージとなるだろう。

 結局真っ向から仕掛ける、と見せかけて既にソウヤは二重三重に手を打っていた。あくまで「ガレットの」勝ちにこだわる彼の戦い方。その掌の上でシンクもエクレールも踊らされていたに過ぎない。

 

「さあ、どうするシンク? 全てはそこの親衛隊長の言った通り。それでも俺を討ちに来ると言うなら、俺も残り全ての力を持って相手してやろう。だが俺もかつては勇者と呼ばれ、今では『蒼穹の獅子』なんて名でも呼ばれる男だ。例え勝ちが万に一つもないとわかっていても最後までその牙を折るつもりはない。追い詰められた獅子の意地を見せてやる!」

 

 ソウヤはエクスマキナの切っ先をシンクへと向け、背後に紋章を鮮やかに輝かせた。

 

「挑発に乗るな! 私達も戻らねば本隊が危険だ! シンク!」

 

 俯き、ギリッとシンクが奥歯を噛み締める。

 

「……オーライ、エクレ」

 

 そして搾り出すようにそう呟いた。

 

「ソウヤ、この勝負は預けるよ。今日こそははっきりと決着をつけよう、って思ってたんだけど……ちょっと残念だな。でもね、次に戦う時は僕が必ず勝つから」

「ああ、賢明な判断だ。だが俺も負ける気で戦うつもりはない、次もこううまくいくとは思うなよ」

 

 そのソウヤの言葉にシンクは小さく笑みを返した。その後で駆け出したエクレールに続き、遅れないようにと走り去っていく。

 

『あーっと! 勇者が撤退します! 勇者対元勇者の戦いの決着はまたしてもお預け! 拠点防衛のためにやむなく勇者が本陣へと引き返します!』

『……命拾いしたなソウヤ』

 

 実況から聞こえてきたレオの言葉にソウヤはやはり見抜かれていた、と思わず苦笑を浮かべた。そして走り去る強敵の後ろ姿を見送り、大きくため息を吐き出した後で――その体のバランスが崩れた。

 

「ソウヤさん!?」

 

 いつの間にか駆け寄ってきたベールがソウヤの体を支える。彼女はエクレールをうまく抑えて戦っていた。エクレールの上着を奪うほどのダメージを与えたのは他ならぬ彼女であり、それだけでも十分な活躍であろう。

 

「ああ……。ベールか。すまない」

「大丈夫ですか!? もしかして今立ってるのもやっとだったんじゃ……」

「その通り。……あー内心ヒヤヒヤだった。でけえこと言って紋章まで出して虚勢を張ったが、あそこでシンクが突っ込んできたら何も出来ずに退場してたぜ。ちっとはあいつが懸命になってくれたおかげで、さっきレオが言った通り命拾いした」

 

 離れた場所で待機していたヴィットが近づいてくる。ベールに預けていた体を今度はヴィットの方へと預け直した。

 

「ともあれ、今回の戦いも引き分けだ。復帰戦を黒星にしなかったってことに関しては正直ホッとしてるよ」

「よく言いますよ……。全て計画通り、シンク君たちの分断も遊撃隊による殲滅も騎士団長の本隊突撃によるビスコッティ本隊の後退も狙っていたことじゃないですか」

「それにしたって全部が全部うまくいくとは限らなかっただろ? 本隊突撃のタイミングが遅かったり押し切れなかったらそもそもどうしようもなかったし、遊撃隊も期待通りの活躍がなかったら俺は犬死(・・)だった。……ああ、この国で『犬』死にっていうのは変かもしれないが」

 

 皮肉っぽくソウヤが笑う。あはは、と愛想笑いでベールはそれに答えた。

 

「……で、遊撃隊の残存状況は?」

「7割が健在です。皆まだまだ元気なので、このまま本隊に合流して拠点進攻に参加できそうですよ」

「……本当かよ。さすがはガレットが誇る精鋭部隊だ」

 

 ソウヤから出た賛辞の言葉に、ベールよりやや遅れて集結していた遊撃隊の面々が思わず照れくさそうに表情を緩める。

 

「いやあ、隊長が頭に向こうのタレミミ親衛隊長の出鼻をくじいてくれたからですよ」

「そうそう。あれであっちは完全に浮き足立っちゃったし」

「だとしても戦力差は2倍近くあったはずだ。それでも向こうを殲滅した、ってのは他ならぬお前たちの手柄だよ。ガウ様にその辺きっちり進言しておいてやる」

 

 遊撃隊から歓声が上がる。この戦のボーナスはかなりのものになるだろう。しかし、だからと言って彼らはこれで満足するようなタマ(・・)ではないはずだ。

 

「さてと……。それじゃあ拠点進攻戦に行くとしますか」

「え!? ソウヤさん、大丈夫なんですか!?」

「はっきり言って俺は無理だ。輝力もほぼ底を突いている。後方からの援護に徹させてもらう。……でもお前たちはまだまだ暴れたりないだろう?」

 

 ソウヤの問いかけに遊撃隊の面々が雄叫びを上げる。それでこそガレット領民。猛々しい武人達の軍である。

 

「だったら俺だけのうのうと休むわけにもいかない。最後まで同じ戦場に立ってるのが、隊長としての務めだろう。……さすがに前線には出られないがな。……よし、遊撃隊! これより本隊と合流し拠点進攻戦に移る! この隊のデビュー戦だ、最後まで派手に行くぞ!」

 

 再び雄叫びが上がった。士気はまだまだ落ちていない。

 やはりこの人あってのガレットなのだ、とベールは笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

『戦、終了ー!』

 

 フランボワーズの実況が戦場に響き渡る。その彼の言葉を裏付けるように、大音量の花火が数発上がり、それを聞いた両軍の兵士達は交戦の手を休めていた。互いに健闘を称えあう者、その場に寝転がる者、反応は様々だが、一様に久しぶりとなったビスコッティ対ガレットの戦の余韻に浸っていたことだろう。

 それは終盤、後方から援護に徹していたソウヤも同じだった。いや、彼の場合はそもそも大掛かりな戦自体が久しぶりだ。先日奇襲により一応の戦は経験していたものの、国対抗のここまでの規模となると実に1年以上ぶりとなる。やはりこの戦あってのフロニャルド、もうそう言ってしまっても過言ではないだろうという気分になる。

 

「ご苦労様でした、デ・ロワ卿」

 

 と、傍らから聞こえてきた()()()にソウヤは声の主へと視線を移す。騎士団長のバナードだった。

 

「いえ。バナード将軍の方こそ突撃のタイミングがドンピシャでしたよ。おかげさまで俺は黒星を1つ増やさずに済んだ」

「他ならぬあなたからの頼みだったからね。しかしこうなるのを見越していたのはソウヤ殿だ。目論見どおり、というわけかな?」

「ええ、まあ。本音を言うとここも落とし切りたかったですが。しかし……」

「ああ。こちらの勝ちは揺るがないだろう」

 

 戦の終盤、ガレットはビスコッティ本陣のスリーズ砦へ総攻撃をかけていた。ビスコッティ側は砲術士隊、さらにはメイド隊も動員して防衛に当たったが、ガレットの勢いはかなりのものだった。あともう少しで門を突破して本陣を落とせる、という状況でタイムアップ。しかし今のバナードの言葉通り明らかに押し続けていた。勝ちはほぼ確定的のはずだ。

 

『ただいまポイントを集計しておりますので、もうしばらくお待ちください……。しかしレオ閣下、これはガレットの勝利はほぼ確実と見て間違いないでしょうが、久しぶりのご主人の活躍はいかがでしたか?』

『まあ……良いのではないか? 新設の遊撃隊を率いてタレミミの隊に勝利して本隊突撃の足がかりを作った。1年のブランク空けとしては十分すぎる成果じゃろう。ただ……シンクとの決着がつけられなかったことは見ている側も本人も残念じゃろうがな』

 

 ソウヤが苦笑を浮かべる。今の一言は明らかに皮肉を込められたものに他ならない。

 

「……苦労なさっているな、ソウヤ殿は」

 

 思わずバナードもそう声をかけてきた。

 

「確かに苦労してはいますが、元々この程度は覚悟してましたし、そうでもないですよ。第一、そこら辺を差し引いてもおつりが返ってくるのが結婚生活でしょう?」

「違いない。やはり新婚さんの言葉は私よりも重みがあるね」

「愛妻将軍が何をおっしゃいますやら」

 

 意図せずバナードは小さく笑っていた。やはり元勇者のこの人物と話すのはなかなかに面白い。

 

『おっと、ポイント集計が出たようです!』

 

 と、その時聞こえてきた実況の声に、バナードは続けてかけようとした言葉を飲み込んだ。

 

『結果は……387ポイント対434ポイント! ガレットの勝利となります!』

 

 ガレットの兵士達から歓声が上がる。それを祝福するかのように、再び花火が数発上がった。

 

「……意外に詰められていたな」

「そうですね。俺がシンクに負けてたら点差がひっくり返ってた可能性も十分にあったわけですし」

「しかし実際は負けなかった。今日の勝利の立役者だな」

「表向きは、ですけど。確かに俺は負けずにすんだし、率いた遊撃隊も期待以上の活躍をしてくれた。でもあいつが退いたのは突撃のタイミングが良かったのが原因です。だから真の勝利の仕掛け人はあなたでしょうし、俺の頼みを聞いてくれたってことで感謝してますよ。……それに遊撃隊の戦果だって俺は直接関わってないわけですし、それを言い出したら突撃でガレットの兵達が気張ってくれなかったらビスコッティの後退も誘えなかった。要するに俺は形だけの立役者、ピエロみたいなもんですよ」

 

 よくやるように自嘲的に笑ったソウヤに対してバナードも苦笑を浮かべる。時折彼は必要以上に自身を卑下しているのではないか、とバナードは不安に思うこともあった。しかし初召喚からフロニャルドに訪れる回数が増え、ガレットに永住するようになって話す機会が増えてきて、切れ者将軍とも呼ばれるバナードはなんとなくその理由に気づいていた。

 彼は嘘をつくことを嫌う傾向がある。だから「やる」と言わずに「努力する」とはぐらかす言い方をするし、現実主義といわれるようなその思想もそこに通じるところがある、とバナードは思っていた。そのために自身に過剰な期待をかけてもらわぬように、あえて卑下したようなことを言っているのではないだろうか。

 

(……またつまらぬ妄想を呼び起こしてしまったな)

 

 本人に確認を取ったわけでもなく、確証もない。結局は今バナードが思ったとおり妄想の類にすぎないのかもしれない。しかし、自分と同じく頭脳派の人間というのはやはり話すにしろ考えるにしろ面白いものだ、とバナードは思うのだった。敵に回したくない人間は誰かと聞かれたら大陸最強剣士のブリオッシュ、武勇に優れるレオやガウルと同様にソウヤも彼は挙げるだろう。そのぐらい、彼はソウヤを評価してもいた。

 

「さて、じゃあ俺はそろそろ前線の遊撃隊のところに行って来ます。どうせこの後インタビューもあるんでしょうし」

 

 どこか面倒そうにそう言うと、ソウヤはヴィットを数歩進ませた。

 

「ああ、それがいい。放送を見ている人たちが喜ぶようなコメントを頼むよ」

 

 そのバナードの言葉にソウヤが振り返って苦笑する。

 

「……努力しますよ。ピエロなりに、ね」

 

 そう言い残し、ソウヤは遊撃隊の元へとヴィットを走らせ始めた。その背を見送り、遠ざかって行ったところでバナードはポツリと呟く。

 

「ピエロ、か……。しかし舞台の中心に立って全てを動かす人間は、もはや道化の域を越えていると、私は思うがね……」

 

 ともあれ、勝利は勝利だ。この後バナードにはバナードの、騎士団長としての仕事がある。他人のことを考える前にまずは自分のことを済ませようと、彼も動き出すことにした。

 

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