DOG DAYS DUAL-BRAVER   作:天木武

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Episode 9 主席の受難

 

 

 ビスコッティとガレットの戦いから数日が過ぎた。久しぶりの戦に戦勝国のガレットのみならず、ビスコッティからも多くの人が訪れ、その日は盛大なお祭り騒ぎとなった。ガレットの戦勝祭といえば地酒祭りである。最近ではどうにも酒飲みになった気のあるソウヤはてっきり朝まで飲み明かしてくるのだろう、とレオは思っていたのだが、彼女の考えとは裏腹、戦勝祭には最初にちょっと顔を出しただけでレオが帰ってきたすぐ後に住居にしている別荘へ戻ってきたのだった。

 当然レオはもっとゆっくりして来ればよかったのに、と小言をぶつけたが、「疲れてるし今日は気分じゃない」と突っぱねて早々と寝てしまったのだった。どうやら本当に疲れていたらしい。が、後から聞いたところによると戦勝祭りに来ていたシンクとミルヒとも全く顔を合わせずに帰ってきてしまったとのことだった。仮にも事実上の復帰戦、戦ではMVP扱いで主賓といってもいいはずなのに、その態度はいかがなものかと詰め寄りたいレオだったが、その翌朝に起きてきた夫の顔を見たときにそんな気持ちは消え失せていた。

 

 何かを抱え込んでいる、そんな思いつめたような表情だった。傍から見れば普段と同じと見えるだろう。だが深い絆で結ばれているレオだからこそ、わかることだった。だから彼女は何も言わず、そして数日経った今朝も同じような表情でいる夫にむしろ心配を抱くほどだった。

 

「ソウヤ……大丈夫か?」

 

 無言で黙々と朝食を摂るソウヤにレオが語りかける。

 

「……何がだ?」

「最近のお前、随分と塞ぎこんでいるように見えるが……」

「そうか? 確かに戦の後は疲れてたが」

「何か……まずいことでもあるのか?」

 

 そのレオの詮索を嫌がるようにソウヤが僅かに眉をしかめる。何か聞かれてはまずいことだったろうか、とレオは先の言葉を打ち消そうと口を開こうとする。

 

「いや、大したことじゃないんだが」

 

 だがそれより早くソウヤの方が話し出した。

 

「次の戦……明日カミベルとある」

「それは……随分と急じゃな。それに……カミベルか」

 

 この短いやり取りでレオはソウヤが塞ぎこんでいる理由を察した。カミベル、かつてソウヤが「火薬庫」と言ったこともある国。そこにはソウヤと同郷、すなわち地球からの召喚勇者が多く在籍している国であった。

 

「同郷の人間を相手にするのは気が乗らんか?」

「別に。どうせ戦だ、加減を間違えなければ死にはしないだろう。なら普段の戦となんら変わらない。……しかし気は乗らない」

「なぜじゃ?」

「昔言ったろ? 地球人と異世界人との軋轢が原因で戦争、なんてのは俺が昔読んだような小説の中だけで十分だと。今あの国はそれを地で行きかねない状況にある。俺はあえて危険な橋を渡るような真似はあまりしたくない。可能ならこの戦は避けたかった。……あとは俺の復帰に合わせるかのように、そして戦勝祭の最中にこちらに告知してきて強行日程、ってのも不満だがな」

「目の敵にされとるわけか。人気者は辛いの」

 

 思わずソウヤは苦笑を浮かべる。確かにより先にフロニャルドに召喚され、しかもフロニャルドで成功を収めている人間としてカミベルの地球の人間達に目の敵にされてるのは事実かもしれないが、人気者というのはこれまた皮肉の込められた言い回しだ。

 

「なりたくてなったわけじゃねえよ。……だがガウ様が気を利かせてくれた。『強行日程でしかも戦勝祭中に告知してきた戦でわざわざお前を前線に出す道義はねえ』と、俺と遊撃隊を本陣付きの後方配置にしてくれるそうだ。もっとも、あの人は先日のビスコッティとの戦いで暴れることの出来なかった自分とゴドウィン将軍とジョーヌ、それに拠点守護の騎士のための埋め合わせ、と捉えてるらしい。あとは一般参加の兵もそこそこに、中規模の戦でまとめるつもりでいる」

 

 ほう、と相槌を打ちつつ、レオはようやく納得した。要するに同郷の人間が多くいる国と戦うこともぶしつけな布告をされたことも不満ではあるが、それ以上に領主であるガウルに余計な気を遣わせたことを気に病んでいるのだろう。本当に昔からそういうところだけ無駄に真面目な奴だとレオはため息をこぼした。

 

「……まあいい。お前が乗り気でないならワシが代わりに行ってやってもいいぞ?」

「だったら俺が行く。……もうしばらくおとなしくしてろ。そのうちヴァンネット城に移れるようにガウ様に今話を通してるところだからな」

「おお、本当か! ならワシの復帰ももうすぐじゃな」

「……一応言っておくと、ルージュさんはレグの面倒を見るなんて責任重大な仕事は怖くてやりたくないと泣きそうな顔で言ってたからな」

 

 ソウヤの忠告もレオには効果がないらしい。フン、と軽く鼻で笑い飛ばされてしまった。

 だがこのやり取りでレオは少し晴れた気分になっていたのは事実だった。原因がわかっただけでもいい。何か人には言えないようなことを塞ぎこむように抱える姿は、かつてのなんとしてもミルヒを助けようとしていた彼女自身を見ているようでどうしても気がかりだったのだ。

 

「まあいいや。ともかくそろそろ行ってくる。……ビオレさん、朝ご飯ごちそうさまでした!」

 

 寝室でレグルスのオムツを変えているビオレにソウヤは声を投げかけた。「はーい! お気をつけて!」という声が返ってくる。というか、その場には本来母親であるレオも同席して然るべきだろうとも思ったが、自分の身を心配してくれて声をかけてきたということは彼も気づいていた。だからそんな野暮なことは言わず、お出かけのキスだけを残して玄関の方へと向かった。

 

 

 

 

 

 同日、昼前。ビスコッティ王立学術研究員のリコッタはビスコッティではなく近隣国であるパスティヤージュにいた。この芸術の国、パスティヤージュではかねてから勇者召喚に興味を示しながらも、元々戦興業に熱心というわけではないために()()()に勇者を在籍させたことしかない。かつて勇者を召喚したという記録はあるらしいのだが、それは大昔のこと。召喚された勇者は魔王を討って国を救い、その後「英雄王」と呼ばれて国を治めたという伝承として人々の間で語り継がれていた。それを示すモニュメントとして、パスティヤージュ最大の都市であるエスナート郊外に石碑がそびえ立ってもいる。しかし今、時代の流れに従って勇者召喚を正式に行うべきという声も上がっていた。

 そのためにその手の研究について第一人者であるリコッタは出張という形でパスティヤージュのエスナートを訪れて1泊2日滞在することになっている。今は勇者召喚について意見を交わす会議が休憩を迎えたところであった。会議場となっているエッシェンバッハ城のベランダで外の空気を吸いつつ、彼女は飲み物で喉を潤す。

 

(やっぱり……どこの国も一枚岩ではないであります……)

 

 パスティヤージュ特製の胡桃ジュースをストローで飲んだ後、リコッタは大きくため息をこぼした。意見は大きく割れている。地球人は身体能力が高い者が多い、と言われている。まさにシンクやソウヤを見る限りはそうだ。だが一概にそうはいえない。とはいえ、一様に輝力の扱いが優れている、というのがこの国の人々の見解だった。

 その見解に至った大元の人物がビスコッティ勇者であるシンクの幼馴染で、ベッキーの愛称で呼ばれるレベッカ・アンダーソンである。彼女は自他共に認める「普通の人」であった。確かに身体能力はシンクやソウヤ、さらにはその時シンクが連れてきたもう1人の幼馴染であるナナミ・タカツキには遠く及ばない。だが輝力の扱いだけは見事なものでパスティヤージュの人々を驚かせたのだった。もっとも、彼女はファンタジー小説やゲームが好きだった影響もあって、想像力が豊かだったからという理由もあったのだが。

 その結果、シンク、ナナミ、ベッキーの3人をそれぞれビスコッティ、ガレット、パスティヤージュに分けて、シンク以外は擬似的に勇者として扱っての3国合同の戦が行われたこともあった。それがシンクの初召喚から丸1年が経った輝歴2912年珊瑚の月から水晶の月にかけて。今から約4年前の春休みのことである。それからもナナミとベッキーはフロニャルドを訪れることはあった。が、最近はかつてほど時間が取れなくなってしまったということで、2年前にソウヤとレオの結婚式の時に訪れたのを最後に訪問が止まっていた。2人とも地球での生活との両立が難しく、シンクの客人という扱いであったが、そのシンクと2人が現在生活している場所が遠い、という理由もあった。

 

 そんなベッキーの例がある。その時は国中が大いに盛り上がった。よって、勇者召喚によって国が大いに盛り上がる、戦力増強を見込める、なにより、勇者を召喚している国に対抗する手段は勇者召喚しかないのではないか、というのが召喚推進派の意見だった。

 一方の穏健派は元々パスティヤージュは戦が盛んではない、同じ人間である以上、勇者でもその人の元の世界での生活がある、そして勇者召喚に対しての勇者召喚という連鎖を止めなければ、際限なく地球人が召喚されてしまうという意見だった。

 

 リコッタは複雑な気持ちでその会議を聞いていた。地球とフロニャルドの行き来を容易にすることに成功した最大の貢献者は他ならぬ彼女だ。彼女はシンクと隣国のソウヤために、少しでもフロニャルドを訪れることが出来る時間を増やしたいという一心でその研究を推し進めた。だがそれがもたらした弊害に、今彼女は悩んでいた。召喚術式簡易化による地球人の大量召喚。既にカミベルがその例となり、早くも問題が噴出している。この国もそうなることだけは避けたい。しかし自分にそれを言う資格があるのだろうか。

 

 もう1度胡桃ジュースを喉に運び、再び彼女はため息をこぼす。パスティヤージュだけではない。彼女の祖国、ビスコッティも今動乱の時期を迎えていた。先代領主夫妻の失踪騒動に加えて姫様の結婚も決まらない。遠まわしに結婚の件の責任は自分にもある、と彼女は感じていた。もしも勇者召喚が従来の通り安易に行えないものであったとしたら。

 シンクの滞在日数は今と比べて激減し、否が応でも彼は地球かフロニャルドかの選択を迫られることになる。どちらを取るにせよ、結局は姫様は結婚が決まるだろう。しかし「いつでも決心できる」という()()()()な雰囲気によってシンクもミルヒもここまで態度を明確にせずに来てしまい、結果どっちつかずの状況になっている。もし自分が術式の簡略化に成功していなければ、と思ってしまう。無論、そんなことを当の本人に言えば間違いなく怒られるだろう。しかし、そう思ってしまったことは事実だった。

 三度ため息をこぼすと同時、誰かが近づいてくる気配を彼女は感じた。

 

「お疲れ様です、主席」

 

 さわやかな声と共に姿を表したのはパスティヤージュのエッシェンバッハ騎士団指揮隊長、キャラウェイ・リスレだった。

 

「キャラウェイ隊長……」

「すみません、クーベル様からのお達しとはいえ、煩わしいことに巻き込んでしまって……」

「いえ、勇者召喚の研究を進めていたのは自分でありますから。それにクー様も自分のことを頼ってくれたということで、光栄に感じてるでありますよ」

「そう言っていただけると、こちらも助かります」

 

 キャラウェイは頭を下げる。今日のこの会議は有識者の意見をまとめるものであり、この場にリコッタを召集した張本人である現領主のクー様ことクーベル・エッシェンバッハ・パスティヤージュは参加していない。彼女には今日の会議で摺り合わせた情報を報告する形になっている。そういうわけで、クーベルがあの場にいないことを申し訳なく思った意味でも、キャラウェイは頭を下げたのだった。

 

「主席の貴重なご意見は、是非とも参考にさせていただきと思います」

 

 先ほどの自分に意見を言う資格があるのか、という思いが心をよぎる。そのせいで彼女は返答に詰まった。だが、キャラウェイは特に気にした様子はない。

 

「ただ、クーベル様としましては、レベッカ様を正式に勇者として召喚したいというお気持ちがあったようですが……」

 

 かつてパスティヤージュの擬似勇者となったベッキーとクーベルは仲が良く、それ以後もシンクとともにフロニャルドに訪問した際、彼女はパスティヤージュを訪れるようにしていた。今でこそ訪問回数が減ってしまったものの、リコッタの努力によりメールのやり取りを互いの世界間で行えるために、今でも連絡を取り合ってはいるということである。

 それほど仲が良い2人だったことで、パスティヤージュで正式に勇者召喚をしたらどうか、という話題が挙がった時、クーベルは真っ先にベッキーに話を通した。しかし高校生となっていた彼女は地球での生活が忙しいことを理由にその申し出を断っていた。「勇者としてフロニャルドの空を翔んだことはすごく楽しかったけど、やっぱり地球での生活もあるから」という話だった。

 

「それも仕方ないかと思うであります。勇者様達にも、それぞれ元の世界での生活があるでありますから……」

「そうですね……。だから召喚はよく考えなくてはいけない、主席はそのようにお考えな訳でありますね?」

 

 一瞬、間を空けてリコッタが首を縦に振る。

 

「……でも自分にそれを言う資格があるでありましょうか? 形はどうあれ、自分達はシンクの都合を考えずに呼び出してしまったであります……。そして自分がさらに勇者召喚について研究したことで召喚が容易になり、このような事態も引き起こしてしまった……」

「でしたらなおさら、主席はご自身の考えを述べるべきではないでしょうか」

 

 思ってもいなかった一言だったのだろう。リコッタがキャラウェイを仰ぎ見る。

 

「主席が発見なされた方法が、お望みになっている方法と異なる、望まれていない方法で使われようとしているのでしたら、それに異を唱えることができるのは、他ならぬ主席しかいらっしゃらないと思われます。正しい使われ方を提唱するのも、その方法を発見した者の使命ではないでしょうか」

「自分の……使命……」

「……なんだかお説教みたいになってしまってすみません。どうもクーベル様を諭そうとすることが多いせいか、癖になってしまっているようです」

 

 苦笑を浮かべつつ、キャラウェイが頭を下げた。だが彼の言葉と真逆、リコッタはどこか心が少し軽くなったのは事実だった。

 

「いえ、そんなことないでありますよ。おかげで少し顔を上げることができそうであります」

「それはよかった。……お疲れかと思いますが、間もなく休憩が終わります。この後もよろしくお願いしますよ」

 

 最後までさわやかな表情を崩さず、キャラウェイはその場を立ち去る。容器の中の胡桃ジュースを飲み干し、リコッタは一度天を仰いだ。

 

(……あれこれ悩んでも仕方ないであります。自分は、今自分ができることをやるだけであります。それで……姫様もシンクも笑顔になってくれるなら、それでいいであります)

 

 一度頷き、決意も新たにリコッタは城内へと戻る。だが、リコッタにとってこの滞在がは予想以上に苦難に満ちているということを、この時の彼女はまだ知る由もなかったのだった。

 

 

 

 

 

 翌日、前日の召喚に関する会議と別に、パスティヤージュの研究員との会合を終えたリコッタはようやくビスコッティへの帰路についていた。成長しても昔とさほど変わらないその小さな見た目だが、それにそぐわない優秀な頭脳はビスコッティ随一である。そしてその噂からビスコッティのみならず、周辺各国からも羨望の眼差しで見つめられるほどであった。それ故に研究員は熱心にリコッタに質問し、あるいは説明を聞き、少しでも自分達の国の技術を高めようとする意欲がはっきりと伝わってきたのだった。

 とはいえ、昨日の長引いた会議に加えて今日は昼過ぎまでそれだ、さすがに疲労は溜まっている。もっとも、待遇は非常に良く、食事はパスティヤージュ名産料理を多く取り入れた豪華なものだったし、今も帰路とはいえパスティヤージュ飛空術騎士団が護衛についてきてくれている。何より飛空術騎士団の名にふさわしく、今彼女が取っているのは陸路ではなく空路だった。大型の鳥「ブランシール」に乗って空を翔けるパスティヤージュの「空騎士」と共に、彼女は今空の真っ只中にいるのだ。

 

「乗り心地はいかがですか、主席?」

 

 そのリコッタに声をかけてきたのは、今彼女の前に座っているパスティヤージュ飛空術騎士団隊長のリーシャ・アンローベだった。女性でありながらさっぱりした性格の彼女はまさに飛空術騎士団の隊長という名にふさわしく、その腕前は一流である。

 

「いい気持ちであります。自分もハーランで空を飛んだことは何度もありますが、やっぱり空を自由に飛べるというのはいいものでありますね」

「ハーラン……ああ、姫様のセルクルですね。それはよかったです。たまに高いところがダメな方がいらっしゃって私達がお送りできないことがあったりしたんですよ」

「そうだったんでありますか。でもなんだか申し訳ないであります。自分のためにわざわざブランシールで送っていただけるとは……」

 

 前を向いたままで「いえいえ」とリーシャは答える。その背中にリコッタは感謝の気持ちを込めた視線を送った。研究員との会合が予定より長引いてしまったが、空路のおかげでフィリアンノ城に着く時間はその分を差し引いても予定より早くなりそうだ。

 そういえば今日のビスコッティはドラジェ領国と合同演習中だったか、とリコッタは思い出した。ドラジェのレザン王子の提案を受け、ガレットとの戦のカンが抜け切らないうちに騎士団の実戦での対応強化を狙いとしてミルヒが王子と相談して決めた演習であった。レザン王子としては国外と戦を行ったビスコッティとここで関係を持っておきたいという意図があったのだろう。

 その辺りのことは置いておくにしても、可能なら砲術士としてそこに参加したい気持ちはリコッタにあった。先日のガレットとの戦では拠点防衛の砲術士として久しぶりに戦に参加している。机に向かってのデスクワークは得意であったが、やはり時折外に出て体を動かすのも悪くないと思ったのだった。シンクは今日は来ていないが、ビスコッティとして何かしら得るところがある演習に違いない。戻ったらエクレールから演習の様子を聞くことにしよう。そう思って眼下の景色へと目を移したところで、おや、と彼女は首をかしげた。

 コースが外れている気がする。これはおそらくビスコッティへの最短ルートではない。だがリーシャはその方向を修正しようという気配はない。優秀な隊長にしては珍しい、とリコッタはリーシャの背中を小突いた。

 

「どうしました?」

「あの、リーシャ隊長。コースがフィリアンノ城への最短ルートから外れている気がするでありますが……」

「そうですかね?」

 

 気のせいだろう、と言いたげにリーシャは振り返ろうともしない。しかし、リコッタのその違和感が間違っていないということを裏付けるようにブランシールが高度を下げ始めた。明らかにどこかに着陸する姿勢である。彼女の目の前にはフィリアンノ城などあるはずもない。あるのはパスティヤージュの砦だけだ。

 

「あ、あの……リーシャ隊長……?」

「……すみませんね、主席」

 

 あくまで顔だけは前を向いたまま、だが声色は先ほどまでの優しいそれではなく、緊張しているような硬いものに変わっていた。

 

「まだ、お帰りいただくわけにはいかないんですよ。申し訳ありませんが、主席にはもうしばらくお付き合いいただきたいと思います……」

 

 

 

 

 

 同じ頃、ガレット南方に広がる平野部。ガレットとカミベルの戦が始まっていた。勝利条件は拠点制圧。中規模な戦ということで今回拠点は砦ではなく、屋外に陣を敷いていた。

 しかし拠点に総大将の姿はない。この軍の総大将であるガウルは戦開始の合図と同時に将軍のゴドウィンとジョーヌを伴って騎士団と共に突撃をかけている。「道義がねえ戦をちんたらやってもしかたねえ。正面突破でさっさと向こうの陣を蹴散らして終わりにしてきてやる」と言い放っており、その言葉を証明するかのように、戦開始からまださほど経っていないがガレットはポイントで大きくリードしていた。

 一方ソウヤは拠点防衛で最後方に位置している。ここにいるのは騎士団とソウヤ率いる遊撃隊だけだ。実力と立場からいえばソウヤが指揮を執っても問題ない状況なのだが、彼は遊撃隊所属を理由にそれを断り、騎士団の方は万騎長の騎士が指揮を執っている。

 

「前回の戦から間が短かったから大変かと思いましたが……本陣付きならそこまででもありませんでしたね」

 

 ソウヤの傍ら、映像板を見上げつつベールが呑気にそう喋りかけてくる。

 

「このまま何事もなければ、な。ガウ様がわざわざ俺たちを不参加ではなく参加としてここに置いたのはなぜだと思う?」

「え? なぜ、って……」

「確かに向こうが暗に俺をご指名だった、というのはあるが……。相手はカミベルだ。好戦的な『耳なし』共が協定ラインギリギリの方法で奇襲を仕掛けてくる可能性もありうる。そうなった場合、迅速に対応できるのは少数なうちの隊だ。だからここに配置したってのもあるだろうよ。……ま、この戦い奇襲はなさそうだがな」

 

 一旦奇襲の可能性を示唆しておいて、だがそれはない、と断言したソウヤに対してベールは怪訝な表情で視線を送る。

 

「何だよ、その目は。別に確証なんかねえよ。カンだ。仮にあったとして、防衛に徹すれば、向こうがこっちを落とす前にガウ様が向こうを落とし切る」

「まあ……ガウ様があの調子ならそうですね」

 

 映像板を見上げ、ベールは軽くそう言った。久しぶりのビスコッティとの戦を戦いそびれた領主はその鬱憤を晴らすかのように大暴れしている。輝力武装、エメラルドに輝く爪の獅子王爪牙(ししおうそうが)によってカミベル軍は次々とけものだまに変えられていく。さらにその獅子王爪牙から繰り出される紋章術、爪牙双拳(そうがそうけん)が生み出した上昇気流に乗って空へ舞い上がったジョーヌが重力を利用して巨大な斧を地面へと叩きつける。それだけでまた大量のだまが宙を舞った。ゴドウィンも負けてはいない。得意の鉄球大旋風により次々と敵を薙ぎ払っていった。

 

「……一方的だな」

「そうですね」

 

 基本的に戦は盛り上げてなんぼ、と言ってるガウルだが、今回のように道義がない戦に関しては容赦がない。もっとも、今回のガレットの参加者数は約3500人。うち端数の約500を本陣守護に回して前線を支える本隊が3000である。一方のカミベル側の参加者は5000人。数の差から言っても好き勝手に暴れて問題ないだろう。

 それを証明するかのような暴れっぷりである。あれはあれで見ている側も楽しめるだろう。結局視聴者にもある程度配慮して戦ってるんだな、とソウヤは感心すると同時に、人のことを真面目という前にあなたも大概ですよ、と言ってやりたい気持ちになるのだった。

 

「デ・ロワ卿!」

「ん……?」

 

 と、その時、ソウヤの元に1人の兵士が駆け寄ってきた。

 

「ヴィノカカオ万騎長から、緊急の連絡が入っています」

「ノワールから? ……何だ?」

 

 だがその兵は「いえ、内容までは……」と言葉を濁す。城で待機中のノワールから緊急でかつ重要性の高い連絡。おそらく面倒な話が舞い込んでくるのだろう、と思わずソウヤは僅かに眉をしかめた。

 

「わかった、すぐ行く。……ベール、すまないがしばらく隊の指揮を任せるぞ」

 

 了解です、という彼女の声を聞き流し、ソウヤは本陣へ戻るとテントの1つへと入っていく。そこにはフロニャ周波を増幅して通信を可能にした通信機があった。受話側を耳に当て、目の前の機械へと声をかける。

 

「ノワールか?」

『ソウヤ! 大変なの!』

 

 ノワールにしては珍しく取り乱した様子だった。これは相当悪い情報が入ってくるに違いない、と思わず重い気分になる。

 

「戦中の俺にわざわざ連絡をよこすとはよほどやばい話か。あまり聞きたくないな」

『悪いけど冗談を言ってる時間もないの。聞いて』

 

 やはりよほど切迫してるらしい。さて鬼が出るか蛇が出るか、とソウヤは身構える。

 が、その見構えをもってしても、予想の上を行く言葉が受話器から聞こえてきた。

 

『リコが……リコがパスティヤージュで誘拐されたの!』

 

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