DOG DAYS DUAL-BRAVER   作:天木武

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Episode 4 フィリアンノ城訪問

 

 

 翌日、前日の輝力の使いすぎからか体に気だるさが残るソウヤだったが、晴天の空の下でセルクルに乗っていた。無論、昨日の戦勝イベントの参加を拒否し、その時間からずっと倒れるように寝ていた彼自身がそれを望んでいるわけはなく、左手側でセルクルを走らせているレオにほぼ無理矢理連れ出された形である。「出かけるから支度をしろ」とだけ言われてために目的地もわかっていない。

 昨日半ば口喧嘩に近いものになってしまったためか、レオの機嫌もあまりよくなく、城を発ってから結構な時間が経過しているのにソウヤに対して一言も口を開かなかった。その2人のぎこちない様子をやや後ろからビオレが心配そうな面持ちで見つめている。

 ビオレだけではなく、この一団の中にはガウルやジェノワーズもおり、騎士も相当数連れている。そのことからただの散歩や自分にこの世界を案内する程度の目的ではなく、それなりの意味のある事だとソウヤは予想していた。

 だが昨日レオに自分のことを「傭兵」と言ったソウヤの言葉は本心であった。そのため込み入った事情や目的があるなら別に聞く必要もないと彼は考えていた。

 両手が森の中、その間を走るように伸びる街道を進む。ソウヤが暮らしていた場所と違って自然が多く、興味を惹かれたのか、辺りを見渡している。

 

「……どこに行こうとしてるのか、気にならんのか?」

 

 不意に羽の黒いセルクル、愛騎のドーマを寄せてレオが話しかけてくる。

 

「ま、ならないと言ったら嘘になりますがね。これだけのメンツをそろえての行軍ならそれなりに重要な内容でしょう。なら情報が漏れないように一部の人間にしか情報を与えてないものだと考えてましたが」

 

 ハァ、とレオはため息をつく。

 

「そんな重要なものでもない。実際お前以外ほぼ全員目的地を知っておる」

「そうですか」

 

 それでも薄い反応に領主は苛立つような表情を一瞬浮かべる。いや、事実昨日のやり取りからどうにももやもやした心をレオは抱き続けていたのだ、実際苛立ったのだろう。

 

「本当に貴様は……。まあいい。今ワシらが向かっているのはフィリアンノ城じゃ」

「フィリアンノ城って……ビスコッティ領でしょう?」

 

 ここでようやくソウヤに反応があった。珍しく驚いたような声を出す。

 

「そうじゃ」

「敵国じゃないですか。本陣に仕掛けるにしては奇襲にしても兵力が少なすぎると思いますが……」

「戦いに行くわけではない。お前を正式に紹介してなかったからの」

「……紹介? そんな必要があるんですか?」

「戦と言っても、言ってみれば外交手段の1つでもある。お前たちの世界の戦とは違う、とは言ったはずじゃがな。ここでの戦は戦興業として成り立つもの、外交手段とも言えるわけじゃ。

 あくまでガレットとビスコッティは敵対関係ではなく基本的には友好関係。同じく勇者を召喚しているビスコッティと情報を共有したり交換したりするのはワシらにとっても、お前にとっても有益じゃろう。ついでに兵達は合同訓練をしてきてもらい、相手のいいところを吸収して弱点を見つけてきてもらう予定でいる」

「なるほど。俺はともかく、確かにガレットとしては有効だ」

 

 再びレオがため息をついた。

 

「のう勇者、いつまで下らん意地を張る気じゃ? 貴様が昨日言ったことはわからんでもないがいい加減に……」

 

 そこまで言ってレオはソウヤの様子がさっきまでと違うことに気づいた。視線が明らかに鋭くなっている。そして見つめる先は自分ではなく、その先にある森林であった。

 神経を研ぎ澄まし、レオもソウヤが感じてるであろう気配に気づく。

 

「全員止まれ!」

 

 レオの声に一団が止まった。先頭集団を進んでいたガウルが振り返る。

 ――と。

 

『さすがは百獣王の騎士様だ、お陰で威嚇する手間がはぶけた』

 

 森の中から拡声器を通したような声が聞こえてくる。

 

『俺達は『武装遊撃団・クーシュ』だ! 金目になりそうなものはいただかせてもらうぜ!』

 

 突然響き渡った声に兵達がざわつく。

 

「静かにせい!」

 

 レオが一声発し、それにしたがって兵達はざわつくのをやめた。次に自分たちがどう動くべきか、指示を待つ意味も込めて己の領主のほうへと視線を向ける。

 

「……勇者、お前も待て」

 

 明らかに殺気を出しながら左手を背の弓に回したソウヤにもそう制止の言葉がかけられた。

 

「なぜです? 相手は自分達を実質盗賊だと宣言したようなものでしょう」

「そうじゃが、まだワシはその宣戦布告を受けておらん。断ればそれで済む話じゃ」

「……言ってる意味がわかりませんが」

「えっと勇者様、戦興業がどのように始まるか、昨日説明したのを覚えてますよね?」

 

 後ろからビオレが口を挟んできた。ソウヤは記憶を呼び起こす。確か本陣に戻った後、装備を見繕っている時に言われたことだ。

 

「ええ。宣戦布告をされた後それを受けて初めて正式に戦になる、あるいは逆に宣戦布告をしてそれが受けられれば戦になる。逆に言えば拒否する、もしくはされた場合は戦にはならない」

「その通りです。それで、これも同じことなんです。この場合相手は武力による戦いを宣言してますから、戦いの結果によって積荷やあるいは金銭を奪われる割合が決まるんです。相手としてはそれ以上に『相手を倒した』という名声も得られるようですが。基本的に戦は安全を考慮してフロニャ力が強く働く場所で行われますが、ここは比較的フロニャ力が強い場所ですから、怪我もあまり心配ありません。相手もそれを考えているようです」

「……ちょっと待てよ。それじゃあつまり戦と同じくこれも……」

「はい。興業になります。ですから、受けなければこのまま何事もなく通過できると言うわけです。もっとも、その場合『ガレット軍が怯えをなして盗賊の宣戦布告を断った』などという風説も流れることがありますが……」

「……道理でバカ正直にこれから襲うことを宣言したわけだ。合法の強盗とはまったく畏れ入った」

 

 呆れたようにソウヤがそう言った。彼は知らないことだが、実際この世界では誘拐も興業として成り立っている。一国の姫様が隣国の親衛隊に誘拐され、それを奪還するための戦いが興業として放送されてしまうような世界なのだ。

 

「それで……いかがされます、レオ様?」

「ワシらの目的はフィリアンノ城の訪問じゃ。こんなところで道草を食うのは本来の目的から外れる」

「ですが、先ほど申しましたように余計な風説が流れる可能性もありますが……。実際この手の野盗が増えているのは元老院の方々もあまりよろしくないことと頭を悩ませていたようですし……。それにクーシュと言えば野盗の中でも最大規模の集団です。そんな集団が得意になるのも得策ではないかと……」

「じゃが兵力を割くというのは……」

「なら俺がやりますよ」

 

 2人の議論に突如割って入ってきた、何の躊躇もない申し出に2人がソウヤのほうを振り返る。

 

「何……?」

「要は戦と同じく相手を倒せばいいわけでしょう?」

「それはそうじゃが……しかし」

「言い合ってるだけ時間の無駄です、こうしてる間にケリはつけられる」

 

 一方的に会話を切り上げ、ソウヤがセルクルから降りる。周りの兵たちがざわつき始める。おそらく「勇者が1人で相手をする」という方向でまとまったようだと思ったのだろう。

 

「おい勇者!」

 

 レオの制止も聞かず、ソウヤは部隊が待機する道から離れて声が聞こえてきた森側へと近づいていった。

 

『……なんだァ!? そっちは1人か?』

「ああ、俺1人でいい」

『ふざけやがって……てめえ、多少は名のある騎士か?』

「騎士ではない。傭兵みたいなもんだ」

『そんなわけのわからん奴1人倒したところで俺達の評価が……。……いや、待てよてめえ確か……』

 

 拡声器から聞こえてきていた男のいかつい声が止まる。

 

『……思い出した。てめえ、昨日の戦でビスコッティの自由騎士を倒した勇者だな?』

「……一応そうは言われてる。もっとも、俺自身は自分のことを勇者なんて器じゃないと思ってるがな」

 

 ヒューと拡声器の向こうから口笛が聞こえた。

 

『昨日の戦い、放送で見させてもらった。あの自由騎士を倒した勇者とあれば相手にとって不足はない。そしてそんな勇者を倒したとあれば俺らの評判はうなぎのぼりだ! 金目のものよりも価値がある!』

「皮算用だな。そういう算段は勝てる見込みがあって初めてするものだ」

 

 ソウヤが背中の弓を左手に持ち、右手を背の矢筒の矢にかける。彼には戦闘を避ける気は毛頭ない。明らかに挑発して煽っているのだ。

 

『言うじゃねえか。でもな、1人で挑んできたこと、後悔させてやるぜ!』

 

 その言葉が開始の合図だった。森の中から無数の矢がソウヤ目掛けて飛来する。

 

「勇者!」

 

 その身を案じてレオが叫ぶ。

 が、一瞬のうちにソウヤの背後に紋章が煌き、弓を持ったままの左手を振るった瞬間、飛んできた矢は全て見えない壁に当たったかのようにその場に落ちた。

 そして弓を横に構える。矢筒から持ってきた右手には親指以外の指の間に2本づつ、計6本の矢が握られていた。それを横に構えた左手の隣に移動させ、弦を引き絞る。同時にソウヤの背後に先ほどよりも鮮やかな紋章が浮かび上がった。

 

「避けられると思うなよ……! ヘッジホッグ・アルバレスト!」

 

 そのソウヤの声と同時に体から発する濃紺の光を吸い込んだ矢が放たれる。それは次の瞬間には倍以上へと数を増やし、森の中へと飛翔していく。

 

「なっ!?」

「うわっ!」

 

 何名かの悲鳴が聞こえた後、「ニャー」という声と共にけものだまが多数宙に一度舞い、再び森の木々の中へと吸い込まれえていった。

 

「く、クソッ! なんだ今の紋章砲は……! 被害は!?」

「だ、ダメです頭! ほとんど直撃で戦闘不能です! 壊滅的ですぜ!」

「な、何ィ!?」

 

 頭と呼ばれてた最初に拡声器から聞こえてきた男の声とその部下と思われる声が聞こえてくる。2人ともかなり狼狽しており、向こうの被害が甚大なのは明らかだった。

 

「ぐっ……! 撤退だ! 勇者、今回の借りはいずれ返すぞ!」

 

 ガサガサと森の中を人が駆ける音が聞こえ、やがて殺気も人の気配も消えた。

 

「やれやれ。今日日(きょうび)三流の悪党も吐かないような捨て台詞をご丁寧に残して行きやがった」

 

 そう呟き、ソウヤがクルリと隊の方へと振り返る。それを待ってガレットの兵達がワッと沸いた。

 

「すごい!」

「さすが勇者殿だ、まさか一撃とは……!」

 

 賞賛の声を上げる兵達を気にもかけない様子で、ソウヤは弓を背にかけ、待機させておいたセルクルへと飛び乗る。

 

「勇者、今のは……」

「進みましょう。話は進みながらでもできます。余計な時間は食いたくないんでしょう?」

「あ、ああ」

 

 レオが前進の声をかけ、一団が目的地へ向けて前進し始める。

 まだ兵達は興奮が冷めないのか、互いに話している者もいる。浮ついた様子にレオはそれを咎めようかと思ったが、自分もソウヤに対して話そうとしていたためにそれをやめた。

 

「……それで勇者、今の紋章砲だが、輝力により矢の勢いを加速させ、数を増やし、さらには誘導までした、という原理か?」

 

 全体が進みだしてしばらくしてから、レオはソウヤに尋ねる。

 

「そうです。相手は矢を一斉射した。そのせいで場所はバレバレですからね。……それにしてもさすがですね、一目でそこまで見抜くとは」

「さすがというのはこちらのセリフじゃというのに……。3つを同時にこなすなどなかなか出来んことじゃぞ。ワシも気安くおいそれとはできん」

「でもつまりはできると言うことじゃないですか。なら驚くに値しないでしょう」

 

 そうは言われても驚かざるを得ない。レオは輝力制御が苦手というわけではないが、だからと言って特筆するほど得意でもない。むしろそんな細かい制御云々よりも、底なしとも言われる輝力を大出力で展開した紋章術で全てを薙ぎ払う。それが彼女のスタイルであるのだから、気にする必要がないといえばそうではある。

 だが、自分にはない部分だからこそレオは衝撃を受けていた。それをフロニャルドにきたばかりの人間がこなす。自分の勇者を見る目は、戦闘能力を見れば間違えていないことの裏づけに他ならないだろう。

 

「……いつ、今の紋章砲の練習をした?」

「してませんよ。ついでに言うと昨日使ったものもね」

「……やはりか」

 

 呻くようにレオが呟いた。ぶっつけ本番で出来るなど、やはり只者ではない。

 

「なぜそこまで自信を持って試してもいないことができる?」

「できる、とわかっているからです。昨日最初に紋章砲を撃ったときに一発で撃てた。なら他のもできると思っただけです。……ああ、ちなみにその紋章砲、名前を『スマッシャー・ボルト』か『エクスプロード・ショット』にしようかと思ってるんですが、どっちがいいと思います? 『オーラブレード』と『パイルバンカー』は前々から頭の中で思ってたものを咄嗟につけちゃったし、今の『アルバレスト』もほぼ思いつきなんですけど」

「知らん。好きにしろ」

 

 珍しく嬉しそうに話すソウヤだったが、レオは興味がなさそうに短く答える。

 

「なんだ……つれないですね」

「……それよりその自信はどこから来る? 紋章術はまず技のイメージを固め、その上で輝力を用いる。そのイメージが強ければ強いほどいい。とはいえ、輝力を使うのは昨日が初めてのはずじゃが?」

「確かに輝力を扱うこと自体は昨日が初めてですがね。イメージならとうの昔に固まってましたよ」

「なんじゃと?」

「言いましたよね、俺の趣味のひとつはファンタジー小説を読む事だって」

「ああ。要は空想の物語、ということじゃったな」

「ええ。……それを読むたびに俺の心は躍った。華麗な技を持つ登場人物に憧れた。じゃあ俺がその登場人物になれたらどんな技を使う? ……そんなことをしょっちゅう考えてた。だからイメージはずっと前から固まってるんです」

「……そういうことだったか。じゃがそれと実際にできるということは別問題じゃろう」

「だからさっき言ったとおり、最初の紋章砲が自信に繋がってるわけです。あれが出来れば輝力を使う量、手間、共にそれより簡単な紋章剣の『オーラブレード』と『パイルバンカー』は間違いなく使える。はっきり言ってこの2つは輝力を込めて切っただけ、突いただけですから。……まあ今のアルバレストだけは絶対に、とは言い切れませんでしたが。でもイメージは固まっていた。だから成功する自信はありましたよ。どうせ失敗しても名前検討中の紋章砲を数発打ち込めば事足りたでしょうし」

 

 ソウヤの説明を無言で聞いていたレオだったが、その説明が終わるとふうとため息をついた。

 

「……自信、か。それだけで説明が付くことではないと思うがな。いずれにしろそれで出来るというのなら、お前は天才かもな」

「俺は決して天才じゃない。それだけは言えますよ。天才と言うのは血筋が優れていて、かつ努力を惜しまない人のことだ。……例えるならあなたのような」

「世辞はよせ。……じゃがお前の親は達人だった、ということはないのか?」

 

 それを聞くとソウヤは一瞬眉をしかめた。が、何事もなかったかのようにいつもの抑揚のない声で話し出す。

 

「親父もおふくろも普通の人でしたよ。……達人だったらよかったのに」

「『でした』……?」

「死んだんですよ。5年……いや、もう6年前かな」

「な……。……そうだったか、すまなかった」

「いえ。昨日も言ったでしょう、レオ様が何かを気にやむ必要はないと」

「しかし……。……いや、わかった。そうしよう」

 

 それきりレオは口を閉じ、ソウヤも何も話そうとはしなかった。

 一団はガレット領を抜け、ビスコッティ領にさしかかろうとしていた。

 

 

 

 

 

 朝にヴァンネット城を発った一行がフィリアンノ城に着いたのは昼前だった。中央の巨大な門が開くと、城の前に騎士と、それとは異なる風貌の者が数名立っていた。

 ソウヤは目を凝らす。集まっている人々の真ん中に立っているピンクの髪の少女は見覚えがあった。

 

「ミルヒ、急な訪問の要請を受け入れてくれて感謝する」

 

 その真ん中に立つ少女の元へレオは歩みを進めて手を差し出す。それを彼女の親友でもあるミルヒが固く握った。

 

「いえ、こちらこそお待ちしておりました。……それでガレットの勇者様というのは……」

「ああ。……おい、勇者!」

 

 一団の中に埋もれるように待機しているソウヤをレオが呼んだ。

 

「……なんです?」

「なんです、ではないだろう! 貴様を紹介するためだと言っただろうが」

 

 ポリポリと後頭部を掻きつつ、めんどくさそうにソウヤは領主の下へと進む。

 

「こいつがガレットの勇者、ソウヤ・ハヤマだ。もっとも、本人は勇者とは思ってないようだが」

「ええ、その通りです。自分では傭兵みたいなもんだと思ってます」

 

 嫌味に言ったつもりの言葉だったがソウヤには効果がなかったようだ。むしろ綺麗に返されてしまう。

 

「いえいえ、ご謙遜を。昨日のブリオッシュとの戦いはまさに勇者と自由騎士の戦いとして見事なものでした。……挨拶が遅れました。私がミルヒオーレ・フィリアンノ・ビスコッティです、初めまして」

「姫様のお姿は昨日の戦中に映像で拝見させていただきました。……おっと、こちらは『姫様』でよろしかったですか?」

「……勇者、貴様……」

 

 小憎らしそうにソウヤを睨みつけるレオ。どうやらこの手のやり合いはソウヤに分があるらしい。

 

「ま、まあレオ様落ち着いて……。あと数名紹介させていただきます。ビスコッティ王立学術研究院主席研究者のリコ」

「リコッタ・エルマールであります。リコと呼んでほしいであります」

 

 ミルヒの紹介を受けて現れたのは茶色の髪をした小さな少女だった。

 

「……主席研究者?」

「はい。リコはとても優秀で、小さいときにつくった通信機は今大陸中で使われていたり、他にも以前シン……ビスコッティの勇者様が帰還できなかった問題を解決してくれました」

「へえ……。人は見かけによらない、ってことですね」

「うぅ……た、確かに自分は小さいでありますがそこまで言わなくても……」

 

 リコッタが悔しそうな声を出す。

 

「……失礼。失言でした。……しかし俺が召喚されたときはもう帰還は保障されてる、って話だったと思いますが。帰還できなかった問題なんてあったんですか?」

「う……」

 

 今度はミルヒが気まずそうな顔をした。

 

「ひ、姫様は悪くないであります!」

「で、ですがあれは召喚した勇者様を元の世界に返せない、ということを知らずに召喚してしまった私が悪いことで……。それに今回だって……」

「でもでも、勇者様は実際に戻ることが出来たし、再召喚することができたであります! それにそのことをきちんと確認しなかった自分にも責任はありますし、勇者様も今回のことも大丈夫って言ってくれたであります!」

「まあうまくいったことじゃ、今更気にすることでもなかろう。一応再確認しておくが、今はもう戻る方法も確立されとる。だから勇者、その点は心配いらんぞ」

「……わかりました」

 

 ビスコッティの2人がついたため息に呼応するようにソウヤも一つため息をこぼす。

 

「そうじゃ、発明王」

「はい……ってそれは自分のことでありますか?」

「他に誰がおる。その……こちらも少々手違いがあって勇者が急にこちらに呼び出された形になった。連絡を取らせてやりたいんじゃが、できるか?」

「はい、大丈夫であります。『ケータイデンワ』があればここからでも連絡が出来るように装置を改良していたでありますから」

「そりゃ助かります」

 

 リコッタが誇らしげに胸を張った。

 ミルヒの紹介が続く。

 

「親衛隊長のエクレール・マルティノッジ。今この場にはいませんが騎士団長のロラン・マルティノッジは彼女の兄に当たります」

 

 緑の髪に少し垂れた耳、やや不機嫌そうな表情の少女が数歩前に出る。

 

「エクレールだ。よろしく頼む」

 

 そう言うとエクレールは元の場所へと戻っていく。

 

「エクレール、もう少し何か……」

「いえ、姫様。他に話すこともありませんので」

「エクレは恥ずかしがりやでありますな」

「……リコ、誤解を招く発言はやめてくれ」

 

 あははとミルヒが少し困ったように笑った。

 

「本当は勇者様や隠密部隊頭領のブリオッシュ・ダルキアンと筆頭のユキカゼ・パネトーネも紹介したかったのですが、今この場にはいないので、後ほどということで……」

「ダルキアン殿……いや、卿と呼ぶべきかな。あの方とは昨日戦場で手合わせしましたし、パネトーネ筆頭とも一応面識はあります」

「勇者様はユッキーたちと一緒にダルキアン卿の住まいである『風月庵』にいるであります。自分が呼びに行って来るであります」

「お、だったら俺達も行くぜ。ついでにシンクと軽く手合わせしたいし」

 

 話を聞いていたガウルが後ろからそう言った。

 

「そうじゃな……。会食まで時間もあるじゃろうし。ではガウルたちはリコッタと一緒に行くといいじゃろ。ミルヒ、リコッタ、いいか?」

「はい」

「了解であります」

「ワシはミルヒと会談がある。他の者はビスコッティの兵達と合同訓練じゃ。……勇者、お前はガウルと一緒に行くか?」

 

 一瞬、間があった後でソウヤが答える。

 

「……いえ。ですが、かといって合同訓練、と言うのも遠慮したいです。できれば城下町を見て歩きたいですが」

「ふむ……」

 

 要するに1人にしてほしい、あまり群れたくないというのがソウヤの本心だった。だがレオにその意図はいまひとつ伝わらないらしい。考え込んでいる様子を見るに、誰かをお目付け役としてつけようとしているのだろう。

 

「でしたら私が案内役をしましょう。よろしいですか、姫様?」

 

 そこでそう言って出たのは先ほど無愛想に挨拶をしたエクレールだった。

 

「エクレール? エクレールがいいのであればいいですが……」

「構いません。元々こちらの勇者の教育係は私ですから、こういうのは慣れています。あとはそちらの勇者が不満でなければ」

「何も文句はありませんよ」

「決まりじゃな。すまんの、タレミミ。……しかしこちらの人間も1人ぐらいはつけておいた方がいいか……」

 

 レオが視線を動かす。

 

「ジョーヌ」

「は、はい!?」

 

 急に名前を呼ばれたことに親衛隊の黄、ジェノワーズのジョーヌ・クラフティは驚いた声を上げた。

 

「お前も勇者についていってやれ」

「え、ええ!? なんでウチが……」

「ビオレはワシと一緒にミルヒとの話合いに付き合ってもらう。そうなるとジェノワーズ辺りから1人を選出すべきじゃろうが……確かにノワールは出来る子じゃが、無口すぎて観光ガイドにはむかん。ベールはドジだから任せられん。そうなると消去法的にお前が適役じゃろ。まあお前は面倒見もいいほうじゃしな」

「そ、そんな! ジェノワーズのセンターはノワや、そういうのはノワに……」

「ワシの命令が聞けんのか?」

「……へーい」

 

 一方的に決められて肩を落とすジョーヌの隣でノワールとベールも「無口……」「ドジって言われたー……」とがっかりしている様子だ。

 

「では勇者様達が戻ってきましたら会食とします。兵士の方々はロラン騎士団長の指示に従ってください。それではまた後ほどお会いましょう」

 

 ミルヒがそう言うとレオ、ビオレと一緒に城内へと入っていく。

 兵達はビスコッティの兵が訓練をしている場へ、その他の者たちは城門を抜けて街の方へと進んでいった。

 




クーシュ……クリームやバターを一面に塗って出来る層のこと。
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