DOG DAYS DUAL-BRAVER   作:天木武

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Episode 13 獅子団領の人々

 

 

 

 レオが不吉な星詠みをした日から約2週間が流れた。今日は丁度真珠の月から紅玉への月へ、地球の暦でいうと6月から7月に変わった日である。その間、レオの不安な心とは裏腹に、自国も、そして隣国も平穏のまま時が流れていった。特にビスコッティは以前起こった3度の内戦という事例がまるで嘘であるかのように、穏やかで特に何もなくあった。まだ国外との戦はガレット、合同演習のドラジェのみに留まっているが、近々パスティヤージュとの戦が行われるのではないかという噂がある。戦を行うこと自体は歓迎だが、このまま憂うような事柄は何もなければ、と星詠みをしてしまった張本人は思う。

 だがそのヴィジョンを視た当初ほどではないにせよ、レオの不安はまだ消えてはいなかった。現在ヴァンネット城で仕事中のためこの場に不在のソウヤは相変わらず忙しい様子で、家にいても時折何かを考え込むような難しい表情を見せることもあった。話によるとガレットで唯一魔物対策部署扱いでもある諜報部隊と定期的に対策を会議しているらしいが、不確定要素が多すぎるためにこれと言った案が出ていないということらしい。加えて諜報部隊は対策部署も兼ねているといっても、普段相手にするのは悪戯程度の悪さしかしないような小型の魔物や、せいぜいが凶暴な野生動物程度の存在というのが現状だ。かつてシンクやミルヒが封印したような魔物など未経験なのだ。平和な世界のフロニャルドにおいて、凶悪な魔物に遭遇するということ自体が稀なのである。おまけに、そういった数々の魔物と対峙してきた人物達からアドバイスを仰ぎたいのだが、その相談相手であるビスコッティの隠密2人が未だ戻ってきていないという状況で、対策らしい対策が打てていないということであった。

 

 結局我慢できずに行った自分の行為がより夫を苦しめる結果になってしまったとレオは心を痛めていた。もしかしたらあの最後に見えた不吉なヴィジョンは、自分のせいで起こってしまうのではないか、とまで思ってしまう。やはり自分は星を詠むべきではないと改めて彼女は思っていた。だが今更悔やんでももう遅い。ではどうすれば。

 

「レオ様、お茶です」

 

 居間で1人悩むように考えていたレオの目の前にビスコッティ名産のお茶が出される。どうやらホットではなくアイスらしい。今日はやや暑い。ビオレが気を利かせてくれたのだろう。

 

「すまない」

 

 ちらっとゆりかごに眠るレグルスを見つめた後、レオはカップに口をつける。視えてしまったようなことになっては困る。レグルスには父の背中を追ってほしいとレオは思っている。やはり男子というものは無意識のうちに父の背を追ってしまうもの、自分よりソウヤの背を追ってほしいとも願っているからだった。その方がレグルスのためにも、そしてソウヤのためにもなるだろう。自分が目標にされているとわかれば、ソウヤもより父親らしく振舞おうとする。そうなれば「器じゃない」などと自分を卑下してしまう言葉も減るのではないか、と考えていた。

 

(まあ……。口ではああ言っても、本人はそろそろ無意識のうちにそうなろうとしてきているのかもしれんがな)

 

 そうでなければこれだけ躍起になって走り回ることもないはずだ。復帰していきなり新設の部隊長を任され、さらに隣国との架け橋としても奔走する。彼が言ってる姿とは大分異なる、デ・ロワ卿の活躍は傍から見れば本人が謙遜する以上に立派なものだった。

 だからこそ何かあっては困る。そう思い、良かれと思ったことが裏目になってしまうかもしれないと再び心胸中に配が広がる。彼女としては早く復帰して、彼を支える立場に着きたかった。しかし同時にその他ならぬ彼からレグルスを頼まれ、もう少しゆっくりするように言われている以上、強く言い出せないのも事実だった。

 

「レオ様、悪い癖が出てますよ」

 

 自分用のカップを机に置きつつソファに腰掛けたビオレにそう言われ、思わずレオは彼女の顔を見つめる。

 

「悪い癖?」

「そうやってすぐお1人で考え込む。以前からずっとそうではありませんか」

「いやワシは……」

 

 反論しようとしたレオだったが、現に今そうだったと思いとどまった。それに星詠みにしたって結局は1人で抱え込んでしまってのことと言われればそれまでだろう。

 

「……そうじゃな。昔からずっとそうじゃったな」

「あら、随分あっさりとお認めになるのですね」

 

 拍子抜けした様子のビオレ。大抵苦言を呈せばひとまず小言を挟まれるのが常だっただけに、これだけあっさり認められたのは彼女としては意外なのだった。

 

「事実だろうからな。ワシはまた1人で抱え込み、ソウヤと交わした星詠みをもうしないという約束を破ったわけじゃし」

「……私が思っていた以上に気になさっていたんですね。申し訳ありません、そのようなお気持ちを察せず……」

「いや、本当のことじゃ。お前が気にすることでもない」

「ですが、レオ様が星詠みを行おうとしていることに気づかなかったということは、側役である私の落ち度でもあると思っておりますし」

「なぜそうなる。……じゃが、結局ワシはいつまでもお前に迷惑をかけてばかりじゃな」

 

 意図せず、ビオレはため息をこぼしていた。

 

「レオ様、本当にらしくありませんよ? いつもソウヤ様におっしゃっているような威風堂々だとか王の風格だとかはどうされました?」

「ワシだって落ち込むことぐらいあるわ……」

「それはわかります。ですが、過ぎてしまったことを悔やんでも仕方ないではありませんか。もしここにソウヤ様がいらっしゃったらそのように言うはずです。それに、あの方ならその視えてしまったことを逆にいい方向に向けようとするのではないでしょうか」

 

 愛する者の名を出され、レオは口を真一文字に結んでカップの中の液体に目を落とした。ビオレの言うとおり、ソウヤがいたら間違いなくそう言うだろう。というより、現に星詠みをしてしまったと報告した時、彼は既にその後に目を向けていた。

 つまるところ、既に起きてしまった、やってしまった以上、今更自分があれこれ悩んでもどうしようもないということなのだと、レオは改めて気づいた。それをいつまでも引き摺り、周りに心配ばかりかけてしまうのはよくない。少なくとも、今現在多忙を極めているソウヤにこれ以上自分のことで負担をかけさせたくはない、そう彼女は考えをまとめた。

 

「……わかった。星詠みのことを今更あれこれ悩むのはやめにしよう。疲れて帰ってくるあいつに、ワシの不安そうな顔を見せるのもよくないじゃろうからな」

「おっしゃる通りと思います、レオ様。まあ何か悩みごとがありましたら私に相談してください。……今度は星詠みを勝手になさるなんてことの前に、です」

「やかましい。もうわかったと言ったであろうが。皆まで言うな」

 

 ようやく普段の調子が戻ったようで小言をこぼしたレオにビオレは一安心する。やはりこの方はこうしている方がいい。さっきまでの様子では帰ってきた夫も落ち着かなかったかもしれないであろう。

 よく冷えたビスコッティ名産のお茶を飲み干し、今度は安堵のため息をビオレはこぼしていた。

 

 

 

 

 

「じゃあ俺は遊撃隊の方に行く。何かあったらすぐに連絡をくれ」

「うん、わかった。ご苦労様」

 

 小客間から姿を現したソウヤとノワールは、その言葉を最後に互いに分かれていく。レオの星詠み以後、2人は時間を見つけてこうして顔を合わせて話し合いをしている。会議の内容は無論魔物対策が主だ。レオの星詠みだけではその魔物と思しき存在がいつ現れるのか、どこに現れるのか、そもそも本当に現れるのかすらわからない。だが備えあれば憂いなし、いつどうなっても対策を取れるよう、ガレットの魔物対策部署でもある諜報部隊の隊長のノワールとソウヤは話し合いを進めていたのだった。

 まず1番に行うべきこととして挙がったのが専門家のビスコッティの隠密部隊、すなわちブリオッシュ・ダルキアン卿とユキカゼ・パネトーネ筆頭への連絡だった。ノワールは部隊の情報網を駆使し、2人が今パスティヤージュにいることを突き止めた。そして2人に文書を送ったのだが、返ってきたのは「焦る必要はない」という意外な内容だった。ブリオッシュ曰く、「今現在ユキカゼの星詠みでも危険な星はまったく出ていない」とのことで、何かがあれば即座に動くが今はまだその時ではない、不用意に不安を煽るような情報を拡散するのは好ましくないということらしい。近々ビスコッティに戻るため、詳しい話はその時に聞きたいとも書き添えられていた。

 どうにも呑気すぎるとノワールは思った。が、ソウヤは「あの人はそういう人だ」という一言で済ませてしまった。信頼する偉大な大陸最強剣士の言葉だ、彼としては疑う余地もないのかもしれない。以降は2人の会議の場を設けてもその話題は大して進まず、現状の確認程度になってしまっている。一応リコッタの一件を知っているような人物、要するにガウルや隊長クラスにこの星詠みの話は知らせてあるが、専門家であるビスコッティの隠密部隊の頭領が慌てる必要はないということで、こちらからも特に何かを急かすような声は挙がっていなかった。

 

 その形式上の会議を大した時間もかけずに終わらせ、ヴァンネット城の廊下を歩いているノワールは、束の間ではあるが平穏が戻ってきていると感じていた。あのリコッタの強襲奪還戦以降、パスティヤージュは手順を踏まえてビスコッティと戦をする予定が進みつつあるらしく、今日にでも宣戦布告をするとの話であった。今度は以前のような問題ごとにはなりそうにないだろう。カミベルもガレットにぐうの音が出ないほどの敗戦を喫した後はこれと言って目立った動きがない。他の諸国も落ち着いているようである。

 いいことだと彼女は思う。自分の心を隠してガウルから逃げるように諜報部隊へと転属した彼女だが、諸国の不穏な空気という情報を聞くとやはり心穏やかではいられなくなる。特に今の立場についた後に飛び込んできたビスコッティ先代領主夫妻の失踪という件は大きな衝撃だった。そこから始まったビスコッティの空気にやきもきした時期もあったが、今現在で言うならそんな気持ちも落ち着いてきている。とはいえ、先日のリコッタ誘拐未遂の一件は相当に気を揉まされたが。

 

「ノワール、ソウヤ殿との会議は終わりかい?」

 

 と、ふとかけられた()()()にノワールは視線を上げた。声をかけてきたのは彼女同様ガレットの頭脳派、バナード将軍だった。

 

「うん。でも会議と言ってもダルキアン卿が慌てるなって言ってる以上、私達が話し合っても何も進まないけどね」

「確かに、レオ閣下が星詠みで視たという魔物対策絡みではそうなるしかないな」

 

 そう言ってバナードは口の端を僅かに緩める。それを見たノワールは小さくため息をこぼし何かを話そうと口を開きかけた。

 

「お、ノワにバナードじゃねえか!」

 

 そこに割って入ってきたは領主の言葉だった。反射的にノワールがその身を硬くする。

 

「これはガウル殿下。国営放送でのお仕事は終わりですか?」

「ああ。ったく最近あそこはどうも真面目すぎていけねえな。俺に国勢だのの話を聞くなっての。もっと民が喜ぶような話題を俺は提供するべきだろうがよ」

「ガウ様、領主なのですからその発言はいかがなものかと思いますが」

 

 得意げに言ったガウルだったが、直後突っ込まれた付き添いのルージュの容赦ない一言に思わずたじろぐ。

 

「う、うるせえ! 別にいいだろ、得手不得手は誰にだってあるだろうがよ」

「得手不得手、で済むような問題でもないかと思いますけどね」

 

 今度はバナードからの突っ込み。完全に四面楚歌状態のガウルは返す言葉も思いつかなかったようだ。

 

「……ああもういい、この話題はやめだ。大体ここ最近はどこも落ち着いてるだろうが。そうだろ、ノワ?」

 

 不意に振られた話題に思わずノワールは肩を震わせた。自身の心に怖れを抱いたあの時から、彼女はずっとこうだった。揺れ動く心を隠すようにガウルとの会話を極力避けるようにしている。どうしても話さなくてはいけない時はこうやって緊張してしまう。

 

「……うん。この間のリコの一件以来、特に何もないよ」

 

 だがガウルは良くも悪くもシンクと同じぐらい鈍い、とも言われている。特に気にかける様子はなかった。

 

「そうか。まあいいことだわな。……そういやその件は大変だったな。ソウヤから大体の話は聞いたしあいつがお前らの分まで含めて泥を被ったから特にお前にゃ何も言わなかったが。どっちにしろただでさえ諜報部隊は忙しそうだから、お前を責める気はなかったけどよ。つーかお前と話したのも久しぶりな気もするし」

「そうかな?」

「そうだろうがよ。報告だって隊員使うか、あるいは文書だし。忙しいだろうし裏方に徹するってのはわかるけどたまには顔出せよ? その方がジョーもベルも喜ぶからよ」

 

 そんなガウルの言葉に対して「ガウ様は違うの?」という質問が心に浮かびかけ、彼女はそれをかき消した。その質問をぶつける必要はない。自分の心を知られてはいけないのだから。

 

「……うん、わかった。たまには、そうする」

 

 ガウルと視線を交わらせず、ノワールは短くそう答えた。

 

「ああ、そうしろ。……んじゃ俺は行くわ。この後も公務公務だからな」

「うん、お疲れ、ガウ様」

 

 「おう!」と普段どおりの様子でガウルがその場を後にする。そこにルージュも続き、しかしややあって振り返った。

 その表情は何か申し訳なさが浮かんでいるような、哀れんでいるような、そんな色が浮かんでいた。それだけでノワールはルージュが言いたかったことを悟る。目を伏せ、彼女は小さく首を横に振った。

 

(ルージュが気にすることないよ……)

 

 近衛隊長代理は鈍感な領主のことを申し訳なく思って自分にそんな表情を向けてきたと、彼女はわかっていた。それはルージュが気にするべきことではない。ノワール自身がそう決心し、今そうしていることだ。

 ノワールの心中を汲み取ったらしく、ルージュは一瞬難しい顔をしたが、すぐにガウルに続いて離れて行った。

 

「……ノワール、私が口を出すことでもないかもしれないが、君はそれでいいのかい?」

 

 バナードも2人の様子、そしてそれ以前のノワールから事情を察しているのだろう。心配そうにそう声をかける。

 

「いいの。私が決めたことだから……」

「そうか……。なら私は何も言わないでおくよ。……ああ、ソウヤ殿との会議のまとめは後で私に報告してくれ。忙しいとは思うが……」

「ううん、大丈夫。それが私の仕事だもん」

 

 それに、とノワールは心で付け加えた。

 

(忙しい方が……気も紛れるし……)

 

 一瞬見せた陰のある表情を目に留め、何か言うべきかとバナードは口を開きかけた。が、それをやめる。彼女は彼女なりに答えを見つけ、それを必死に答えに()()()()()()()()のだろう。そこに口を挟むのは水を差すような気がしたのだ。

 

「……では私もこれで失礼するよ。無理はしないようにな」

「うん、将軍もね」

 

 短く挨拶を交わし、頭脳派の2人がそれぞれの持ち場へと戻っていく。

 が、バナードはふと足を止め、背後を仰ぎ見た。そこで目にしたノワールの華奢な背中に思わず眉をしかめる。弱々しく見えるその背中の重石を自分が肩代わりすることは出来ない。それどころか、諜報部隊という裏方として更に重圧をかけてしまっている。

 そのことを申し訳なく思いつつも、だが今は、と彼は踵を返した。彼女自身が選んだ道である。年長者でアドバイスする立場とはいえ、彼女の決意を踏みにじるようなことは出来ない。彼女自身が下した選択でその華奢な背中が押しつぶされてしまわないように祈りつつ、バナードもその場を後にした。

 

 

 

 

 

 布告自体は突然だった。その日の夕方、パスティヤージュは大々的にビスコッティへと宣戦を布告した。クーベルからのその声明を受け、ミルヒも了解の意思を示し、5日後に両国での戦が決定された。2人のやり取りがあまりに自然だったことを考えると前もって綿密な打ち合わせがあったと見ていいだろう。

 

「これでビスコッティもガレット、合同演習でドラジェ、そして今度のパスティヤージュと国外との興業も増えてきたって訳やな」

 

 ガレットのヴァンネット城下町、もはや行きつけと化した料理店のテラス席に腰を下ろしていたジョーヌは、向かいに座るベールへとそう声をかけた。

 

「そうね。ビスコッティの人々としてはやっとこれまでに近い雰囲気に戻ることが出来た、というところかしら」

 

 そのジョーヌの意見にベールも同意する。が、次いでため息をこぼしていた。

 

「……でも何も今日このタイミングに限って布告しなくても、って思っちゃうけど」

「そやな……」

 

 ベールは頬杖をつき、ジョーヌの隣、空いている席へと視線を移す。本来ここにはノワールが座っているはずだった。ヴァンネット城の廊下で久しぶりに彼女と話したらしいガウルが「あいつここのところ忙しそうでなんだか元気なさそうだったから、ちょっとベールと一緒に飯にでも誘ってやれ」とジョーヌに言ったのがきっかけだった。彼女としてはそんなデリカシーも乙女心への理解もない領主へ小言をぶつけたいところだったが、ノワールの心の内を(おもんばか)って恨み言を飲み込んでいた。その辺りの愚痴まで含めて話を聞いてあげようとノワールとベールを誘い、いつもの料理店へと行く予定を立てていたのだ。

 ところがそこで飛び込んできたのがパスティヤージュによるビスコッティへの宣戦布告だった。前回のリコッタ誘拐未遂の時ほどの緊急事態ではないとはいえ、他国の動きがあったということで諜報部隊のノワールは隊員と情報収集に当たることになってしまった。結果、当初の元ジェノワーズによる食事という予定がキャンセルされてしまったのであった。

 

「ガウ様と話したみたいやし、何か愚痴あったら聞いてあげようと思ったのに……」

「いくら仕方ないとはいえ、ちょっと残念よね。……でもノワの諜報部隊って忙しすぎじゃない?」

「確かにな。平時から情報収集に余念なく、戦でも裏方で参加。この間のリコの件の時は戦闘までこなしてるわけやし」

「もう何でも屋よね」

「それはベルの遊撃隊も一緒やろ? ガウ様は遊撃隊を組織する時にそう言っとったし」

「確かにうちもそんな感じではあるけど……。だったら遊撃隊は表、諜報部隊は裏の何でも屋と言ったところかしら。……それに遊撃隊が何でも屋、というよりソウヤさんが何でも屋という方が正しい気もするわ」

「違いないわ」

 

 ククッと笑ってジョーヌが目の前にあるグラスのお冷を一口呷る。

 

「それにしてもソウヤ、普段『めんどくさいことはしたくない』みたいな空気出しとるのに、ここ最近やけに厄介ごとに首突っ込むと思わんか? リコの件もそうやけど、その後わざわざパスティヤージュに出向いとるわけやし」

「でもそのおかげでパスティヤージュはこういう形で普通に戦を仕掛ける、という方針に変わったんじゃない?」

「それは事実やろうけど……。なんか最近の忙しくしてるソウヤはちょっとらしくないというか……」

「ゴドウィン将軍が前に言ったとおりになるって言いたいの?」

「いや、それは絶対あらへんと思ってる。でも、忙しそうにしてるのは事実やし……」

「そうね……。確かに忙しそうね。だけど、あの人はビスコッティのことを思って動き回ってるんだと思う」

「ビスコッティ……シンクか……」

 

 隣国の勇者の名を声に出したところで、ジョーヌはその口を噤む。ベール同様元親衛隊の彼女もまた、エクレールのことを不憫に思っている人間に他ならない。加えて、身近なところでノワールという似た例があるだけに余計に同情を感じ得ないのだ。

 シンクはいい奴だ。嫌う人間などいないだろう。強いて言うなら心を閉ざしていた頃のソウヤぐらいなものだとジョーヌは思う。だが、ミルヒとの関係をまだ自身の心で決め切れていないということに対して、彼女もまたソウヤ同様に苛立ちを覚えるのであった。

 

「……あのガウ様同様の鈍感君ももう少し女心に気づいてくれればええんやけどな」

 

 頬杖をついて自分でも聞き取れないほどの声量でジョーヌはボソッとそう呟いていた。だが目の前にいるのは聴力が自慢の聖ハルヴァー人、ベールだ。

 

「私もそう思うわ」

「な! お前、今のでも聞こえるんか!?」

「え? まあ一応……」

「こわ……。迂闊に独り言も言えんわ……」

「ちょっとジョー!」

 

 ジョーヌが愉快そうに笑う。が、ややあってこの場の笑い声にはかつてより人が足りないことに気づき、表情を僅かに沈めた。

 

「……変わったな、色々」

「そうね……」

 

 突如変わった話題だったが、ベールはジョーヌの雰囲気で察したらしい。

 

「ウチらがつるむ時はいつもここにノワがいてガウ様もいた。でもガウ様は領主になってジェノワーズは解散……。いつかはそんな日が来るとわかっていたけど、実際こうなると寂しいものやな……」

「本当にそうね……。でもらしくないわよ、ジョー? 確かに私も寂しいけど……だけど、いつかソウヤさんがあなたに言ったじゃない? 『お前はムードメーカーなんだからそんな顔はするな』って」

「よく覚えてるな、そんなこと。……確かそれに合わせて『ジェノワーズが三馬鹿って言われてる要因はお前にある』とか言われたような。あいつ、何気に酷いこと言ってるな……」

「以前のあの人なりの励ましの言葉なのよ。……だからね、ジョー。そんな悲しそうな顔はあなたには似合わないわ」

 

 予想もしていなかったのだろう。ジョーヌがきょとんとベールを見つめた。そしてどこか照れくさそうにその視線を逸らす。

 

「なんや、今日のベルはなんかお姉さんみたいやな」

「あら? 私はあなたよりお姉さんじゃない」

「相変わらず飲み物運ぶとこぼすのにか?」

「そ、それとこれとは関係ないでしょ!」

 

 頬を膨らませるベール。それを見たジョーヌは声を上げて笑った。

 

「ちょっとジョー!」

「ご、ごめんごめん……。あまりに面白くて……。まあ……でもおかげでちょっと気持ちは前向きになったかも。ありがとな、ベル」

「いいのよ。離れてても私達は元ジェノワーズなんだから」

「……そやな」

 

 ジョーヌの表情が緩む。が、一瞬後に何かを思いついたらしい。

 

「そや! 今度戦場で3人が一緒になった時、その時だけ勝手にジェノワーズを再結成する、ってのはどうやろか?」

「あ、いいかも! ……でもノワが了解してくれるかしら?」

「ノワだって本心ではジェノワーズでいたかったはずや。きっと乗ってくれるって」

 

 一瞬考え込んだベールだったが、すぐその表情を明るくした。

 

「そうね、きっとそうよね」

「ま、いつになるかはわからんけど、いつかまた3人で戦場を駆けような!」

 

 「ええ!」とベールが笑う。と、まるでそのタイミングを待っていたかのように、頼んでいた料理が運ばれ来た。

 

「お待たせしました! えーとこちらが……」

「ああー! 待ってました! 今持ってきてるのは全部ウチのや、この辺りによろしくー!」

 

 相変わらず食べ物に目がなく、そしてこの食事の量である。既に机の上には優に3人前の料理は運ばれてきただろう。

 思わず苦笑を浮かべたベールだが、さっきみたいに落ち込んでいるよりはこっちのほうが彼女らしいかと、小言を飲み込んで自分が頼んだ料理が運ばれてくるのを待った。

 

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