DOG DAYS DUAL-BRAVER   作:天木武

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Episode 15 グラサージュ砦攻略戦

 

 

 映像板から流れてくる戦いは一方的だった。まさに近代兵器とも言うべきビスコッティの高射砲、あるいは対空砲を目にソウヤはため息をこぼしていた。一体どこであんな悪知恵を、よりにもよって好奇心の塊である天才発明王が知ってしまったのか。あれでは地球での戦争よろしく、いつか戦車や戦闘機、さらには半径数キロを吹き飛ばすような核爆弾ならぬ輝力爆弾、あるいはフロニャ爆弾なんてものまで作り出してしまうのではないかという懸念まで抱いてしまう。

 その新型の対空砲の威力は凄まじいものだった。放たれた輝力弾は拡散し、パスティヤージュが展開した弾幕を撃ち破り、その後ろにいた空騎士たちをも巻き込んだ。まるでつい先日の彼が放った紋章砲のように、である。兵力を失っての苦し紛れ、にも見えたがリーシャは残った兵力ですかさず反撃に転じる。だが、これはリコッタ新型兵器のもう片方、2門の砲身を持つ兵器によって防がれた。そこから放たれた合計4発の輝力弾が拡散すると、先ほどのパスティヤージュの防御弾幕とは比べ物にならないほど分厚い層を形成し、飛来した晶術弾をことごとく相殺していったのだ。

 

「すげえな、ありゃ。片方は攻撃用、もう片方は防御用かよ」

 

 同室でその戦の様子を見ていたガウルが関心したような声を上げる。

 ここ、ヴァンネット城の大広間ではガレットの実力者達が集まって2国間の戦を鑑賞していた。領主のガウルが映像板の前、中央のソファにでんと腰掛け、その側近であるルージュが傍らに立っている。遊撃隊隊長のソウヤと諜報部隊長のノワール、遊撃隊副隊長のベールと将軍のジョーヌとがそれぞれ並んでその左右のソファに腰掛けて、食い入るように映像板を見ていた。

 

「おいルージュ、うちもあれ作らせるのは無理か? ありゃパスティヤージュに対して効果覿面(こうかてきめん)だぞ」

「……ノワ、作れそう?」

 

 領主に質問された側近は半ば無理だろうという諦めのニュアンスも込め、ガレットにおいて頭脳面担当でもある諜報部隊のノワールに質問を振った。

 

「無理。あれはリコだからできることだもん」

「というか、そんなに対策したいなら俺を使ってくださいよ」

 

 空騎士に対しては絶対の自信があるソウヤが口を挟む。彼としては非公式な戦いだけでなく、公式な場で大暴れしたいという心もあるのだろう。

 

「それじゃあお前1人が目立って終わりになっちまうだろうが。俺としてはそれ以外の、一般の騎士達にもパスティヤージュの対策を取らせたい、って意味で言ったんだよ」

「確かにな。ソウヤ1人が強くても面白みに欠けるっちゅーか……」

「だったら別に俺だけじゃなくてもベールだっているだろう。『フラッシュアローズ』を大量射出するか、それに似た様な強力な紋章砲ぐらい出来るんだろ?」

「ええ!? ……出来なくはないですけど、それで空騎士を落とせるかはまた別問題で……」

「いや、ベルなら出来るだろ。お前の紋章砲は出力だけでいえばソウヤ以上だ。今のリコッタの発明品で向こうの防御を破って回避もとらせなかった、お前の紋章砲の威力はそれ以上だってのは間違いない。なら余裕だよ」

 

 ガウルにべた褒めされて思わずベールは照れたように「いやあ……」などと言いながら手を後頭部にまわす。が、一方でソウヤは苦い表情を浮かべていた。それに気づいたノワールが彼の服の裾をちょいちょいと引っ張る。

 

「ソウヤ。その表情、今のベルの話に対して? それとももしかしてさっきのあれに対して?」

「あ? そうか、お前も気づいていたのか」

「なんだ? ベルの方が紋章砲の出力がでかいって言われて気にしたか?」

 

 俺はその程度の器ですか、と言わんばかりにソウヤが苦笑を浮かべる。別に今更自身の紋章砲の威力についてどうこう言われたところで腹を立てるつもりも反論する気もない。「技巧派」と呼ばれているし自分でもそう言っている以上、彼の紋章砲の威力がお世辞にも強力とは言い難いことは本人がよくわかっている。それでも対攻城・要塞戦用の紋章砲としての「バリスタ」は優秀だし、集団戦用としても「アルバレスト」という切り札がある。だがそれはあくまで「質より量」の相手用。高い技術力を必要とする紋章砲であることは事実だが、純粋な紋章砲の出力は同じ弓術師のベールには敵わない。今この場に集まった面子でいうと、ルージュを除外したとして威力だけならノワールと底辺を争っていい勝負、という認識でいた。

 

「別に事実を言われて腹は立てませんよ。力押しは俺の担当じゃありませんし。……俺が言いたいのはどうにもパスティヤージュがあっさりと()()()()()()んじゃないか、ってことです」

「やられすぎた?」

 

 ジョーヌが眉をしかめる。今のどこにおかしな点があっただろうか。リコッタの新型兵器によってパスティヤージュは大打撃、反撃も相殺された。新兵器の影響が機能的に働いた結果と見て間違いないだろう。

 

「どこがや? リコの発明品が見事だった、ってことにしかならんやろ?」

「……まあそう思ってるならそれでいいか」

「なんだその含みのある言い方は?」

 

 訝しげなガウルの質問にソウヤが答えるより早く――。

 

『パスティヤージュ、打撃を受けたリーシャ隊長にキャラウェイ隊長が合流します! そしてビスコッティの新型兵器へと攻撃を仕掛ける模様! リーシャ隊長の強力な晶術砲撃に加えてキャラウェイ隊長必殺の紋章剣、スピネルファイア! そしてパスティヤージュ隊の一斉砲撃! 果たしてビスコッティはこれを防ぎきれるのか!?』

 

 実況のカリンが現状を報告してくる。映像はリーシャの隊に合流したキャラウェイの隊が攻撃を仕掛けるところだった。

 パスティヤージュ側の攻撃が炸裂する。負けじとビスコッティ側も新型の防御兵器によって弾幕を展開。だが今度はキャラウェイとその隊の助力が加わったこともあり、防御弾幕を一部撃ち抜いた。新型の防御兵器が1つ大破状態に陥る。

 

「決まりだな。次のビスコッティの一射でパスティヤージュは後退する」

 

 ボソッとソウヤはそう呟いた。まるでソウヤの予言よろしくの一言を証明するように、次弾のビスコッティ側の射撃は合流したパスティヤージュ側を一気に撃ち抜いた。それを受け、リーシャもキャラウェイもあっさりと背を向け、後退を始める。

 

『な、なんとリーシャ隊長とキャラウェイ隊長の2人を要してもパスティヤージュは後退! これは驚きました、さすがはビスコッティの発明王、リコッタ・エルマール主席が開発したという新型兵器です!』

 

 実況はリコッタの発明品を褒め称える。それを受けてリコッタもどこか得意気な様子に映っていた。

 

「すげえな、リコッタの発明品。あれじゃあ今後、パスティヤージュも迂闊に空騎士による攻撃ができなくなるだろう」

「だといいですがね」

 

 今の実況同様に称賛の声を上げたガウルに対し、ソウヤが水を差した。それに対してその場の人間の視線が一斉に集まる。

 

「おいソウヤ、さっきも妙なことを言ってたよな? それと加えて、今のはどういう意味だ?」

「どうもこうもありませんよ。俺はパスティヤージュは退()()()()()のではなく、退()()()と言いたいんです」

「はぁ?」

 

 要領を得ない答えだったらしい。ガウルが間の抜けた声を上げた。

 ソウヤが部屋の人間を見渡す。ガウル、ジョーヌ、ベール、ルージュ。ノワールと自分以外の人間は、今自分が発した言葉の意味をわかっていないと把握する。

 

「……キャラウェイさん合流後の攻撃、ノワール以外でおかしいと気づいた者は?」

 

 ソウヤの問いにノワール以外の全員が顔を見合わせた。やはりそのように気づいた者はいない、ということらしい。

 

「ノワール、お前の考えは?」

「普通に考えてあの時点で()()()の装置を破壊にいくのはおかしい。狙うなら攻撃用、あるいは戦闘要員……特に指揮官のリコ辺りが妥当なはず」

「どうして? 防御を切り崩すのがおかしいってこと?」

 

 と、頭と一緒に長い耳を傾けながらベール。

 

「あの状況ではな。確かに通常ならまず相手の防御陣を打ち崩すのは妥当だ。だが、もはや先ほどのパスティヤージュの隊は総崩れ。()()()()そこは破れかぶれ、ってわけじゃないが、勝つ可能性を見出す場合、これ以上の被害を抑える、せめて相手に打撃を与える、あるいは相手の混乱を狙うという方がいいだろう。少なくとも俺ならそう指示する。そういう意味でいうなら防御用の対空砲は撃つべき対象として優先度的に低い。さっきノワールが言ったとおり、妙だと思わざるを得ない」

「でも実際はそれをしなかった。……そう、まるで『自分達への攻撃の手を緩められたら困る』とでも言いたいように」

 

 ソウヤの意思を次いで続けたノワールの説明。それを聞いたジョーヌが驚いた声を上げる。

 

「ちょ、ちょい待て! その言い方……それじゃパスティヤージュ側は自分達を迎撃してほしかった、としか聞こえんで?」

 

 だがその声と対照的、ソウヤはニヤリと笑った。

 

「いいところに気づいたじゃないか。()()()()()()()なんだよ」

「つまり……。パスティヤージュの空騎士隊……この部隊は囮だったってこと」

「そんな馬鹿な!」

 

 ソウヤの意思を次いで核心を答えたノワールに対し、次に声を上げたのはガウルだった。数としてはビスコッティの対空部隊とほぼ五分のはずだ。さらにリーシャにキャラウェイという重要な駒まで配置されている。それで囮にするには割が合わなすぎる。

 

「数は相当数いたはずだ! これで囮とするなら……戦力に影響が出るぞ!」

「ええ、そうです。あの場にいた全員が()()()空騎士ならば、ね」

「何……?」

「最初に眉毛が隊を散開をさせて防御弾幕を撃った瞬間から妙だった……。動きが緩慢すぎる。確かにリーシャや騎士の一部は本物(・・)でしょうが……。残りはおそらくダミー……そうだな、晶術の技術を応用でもして人っぽく、ブランシールっぽく作った張りぼてってところじゃないでしょうかね。リーシャや一部騎士達がそれを引いて飛び、頭数を多く見せた……」

「ま、待った! じゃああの部隊からの攻撃はどう説明するんや? 張りぼてにしては存在する騎士と同等数の砲撃が……」

「違う……」

 

 ジョーヌの言葉をかき消したのはベールだった。彼女は気づいたらしい。

 

「違う?」

「ジョー、思い出して。先に攻撃を仕掛けたのはどっち? ビスコッティじゃない?」

「あっ……!」

「あの時点で張りぼては消し飛ばされたとなれば……。見た目の数は減っていたことになるはずよ。つまり当初の頭数より減った状態では、攻撃の手が多少緩んでいても違和感を感じないわ」

「ベールの言うとおりだ。先手をビスコッティに取らせた時点で若干の違和感はあった。その上であの行動とこれまで述べてきた一連の流れで確信した。俺ならこの空騎士隊は囮だとほぼ断定するね。……もっとも、もうちょっとすればビスコッティも気づくだろう。そもそも撃墜したにしてはだまの数が少なすぎるだろうからな。パスティヤージュも考えたもんだ、こういう戦い方を俺に仕掛けてきてくれるなら大歓迎なんだがな。

 それはさておき……。ここに割かなかった分、相当数の部隊が向こうにはまだ残っている。今度はそれを投入して、もう間もなくビスコッティの別の隊が猛攻にさらされることになるだろうな」

 

 再び出たソウヤの「予言」。思わずガウルは生唾を飲み込み、その先を促した。

 

「……じゃあパスティヤージュの狙いは」

「2つあります。1つは前の戦から間が空いたことによって、新たに何かしら空騎士への対策をしてくるであろうビスコッティの様子見。この方法なら被害を最小限にして、相手の手の内を明かせる。

 そして肝心のもう1つが、さっきからずっと述べていることです。……空騎士は囮、陸戦騎士隊は本体の足止めに必死。となればこの戦い、あの国が本命で叩こうとしている隊は……」

 

 ソウヤがそう言うと同時、映像板から流れる映像が切り替わる。そこに映し出されたのはシンクとエクレール。すなわち――。

 

「ビスコッティのパスティヤージュ本陣攻略部隊……。この2人がいる隊ですよ」

 

 

 

◇ 

 

 

 シンクとエクレールというビスコッティ名コンビを有する本陣攻略部隊は、パスティヤージュの本陣であるグラサージュ砦へと攻撃を仕掛けようとしていた。それを阻むは砦前の防衛線でもある守備隊。壁代わりに積んだ土嚢(どのう)の間からパスティヤージュの銃兵隊が射撃を仕掛けてくる。

 

「露払いは私がやる! シンク、お前は大型の砲撃だけを隊に直撃させないように防げ!」

「了解、親衛隊長!」

 

 相変わらず2人の戦場での連携は見事なものだ。手短な要求に対してこちらも手短に了承の意図を示す。それで互いに通じ合っているのだ。

 先行したエクレールに晶術弾の狙いが集まる。しかし彼女はセルクルを不規則に動かし、それでも命中しそうになった弾には右手の短剣で弾いていく。ならば、と言わんばかりにパスティヤージュの守備隊は大型の砲筒を用意した。特殊晶術砲、兵達に常備されている晶術銃などとは比べ物にならない威力の、ガレット特選装備部隊の迫撃砲を凌ぐ威力のある兵器だ。その狙いをエクレールへと定める。

 轟音と共に強力な一射が撃ち出された。しかし当然のようにエクレールはそれを読んでいた。それまで同様のランダムなセルクルの軌道により、その一射をやり過ごす。が、避けた先に待っているのは彼女の本隊だ。

 

「シンク!」

 

 後ろを確認もせずに叫んだ彼女は、それだけで間違いなく彼は仕事をやってのけると確信している。だから振り返る必要はない。今自分がするべきことは目の前の守備隊を蹴散らすことだとわかっている。

 事実、シンクはエクレールの期待通りに飛来した砲弾を得意の輝力武装の盾――ライオットシールドで弾いていた。隊への損害はゼロ。盾の曲面を生かして勢いを殺ぎつつ方向を変化させた後、隊に被害が及ばないように遠くへと弾き飛ばしている。

 虎の子の一射を無効化され、相手は浮き足立った。すぐに次弾の装填にかかるが、そうは問屋がおろさない。

 

「紋章剣! 裂空十文字!」

 

 セルクルに騎乗した状態からエクレール必殺の紋章剣が炸裂する。それにより大型晶術砲ごと、パスティヤージュの兵達を巻き込んでだま化させた。

 しかしその後ろ、更に構える守備隊が紋章術を撃ち終えて隙が生まれたエクレールへと狙いを定める。先ほどのような大型砲はないが、晶術弾が直撃すればダメージは免れないだろう。

 

 ところが――。

 

光凛剣(こうりんけん)!」

 

 まるでエクレールの腕が巨大化したかのごとく――いや、よく見れば腕は普段通り2本、それぞれ対となる短剣を持っている。それと別に篭手に包まれた腕のようなものに握り締められた、巨大な刃が具現化していたのだ。

 

烈閃光牙(れっせんこうが)!」

 

 その刃が横薙ぎに振るわれ、刀身から輝力によるエネルギーが放たれる。具現化された輝力武装からの紋章砲に、砦壁の前に陣取っていた守備隊はまとめて薙ぎ払われた。彼女が尊敬する自由騎士の紋章剣「神狼滅牙」をベースに編み出した独自の輝力武装だ。さらに彼女はこの光凛剣を二刀流で扱うことも可能としており、その気になれば今のように自身の手からの紋章砲の後に輝力武装の紋章砲を放つことさえもできるのであった。

 

「さすがエクレ!」

「世辞はいい、行くぞ!」

 

 前哨戦を終え、エクレールはスピードを落として再び本隊と合流する。守備隊を打ち払い、次はいよいよ砦攻略戦だ。しかし砦門は固く閉じられ、正攻法の対砦戦というには少々戦力が心許ない状況。

 だがシンクとエクレールには秘策があった。通常の戦なら少々咎められそうな方法だが、相手が空騎士でブランシールを有しているなら、この方法を取っても別に構わないだろう。

 

「よし、距離もいい具合! エクレ!」

「ああ!」

 

 シンクとエクレールが並走する。しかしその双方の間に丁度セルクルで言うと1羽程度の間が空いていた。

 

「トルネイダー!」

 

 その間の部分にシンクは輝力武装を展開する。ジェットボードのトルネイダーだ。そこに2人が飛び乗った。

 

「援護は砲術士隊を中心に任せる! アンジュ、可能ならお前たちも突入の動きを見せてくれ! それで十分陽動になる!」

「了解です、隊長! ご武運を!」

 

 親衛隊のアンジュがエクレールに応える。隊長同様、タレミミ気味の彼女は親衛隊の実力者であり、エクレールが不在となるこの後においては指揮を執ることになる。

 そう、エクレールはこの後隊を空けるのだ。彼女が狙うのは――。

 

「それじゃ行くよ、エクレ!」

 

 シンクのその掛け声ともに、2人を乗せたトルネイダーが一気に加速、グラサージュ砦の砦壁を跳び越えんと角度を取った。

 2人の狙いは砦壁内部への突入。砦門さえ開けてしまえば彼女の隊がなだれ込め、内部戦を一気に有利に運べるだろう。そのため、敵の攻撃が集中するというリスクはあるが、トルネイダーによる内部への突入という算段をエクレールは立てていた。幸い空騎士はほぼ出払い、陸戦部隊も本隊である1番隊と激突中。おまけにキャラウェイにリーシャという隊長格2人も前線となれば一気に本陣制圧も可能であろう。

 とはいえ敵にとっても本陣だ、防御は容易いわけではない。トルネイダーで砦に迫る2人に、砦壁上の兵から晶術弾が飛ぶ。既にトルネイダーを展開させている状況から、シンクはさらにライオットシールドを実体化し、その射撃を弾いた。次いで陰から身を乗り出したエクレールが短剣を1本、相手の兵へと投げつける。

 

「風神剣!」

 

 まるでブーメランのように飛んだ短剣は見事に相手をだまへと変え、再び彼女の手元へと戻ってきた。

 

「お見事!」

「いいから前を見ろ、攻撃はどんどん来るぞ!」

 

 バランスを取るためにシンクの腰の辺りに手をかけつつ、エクレールはそう叫ぶ。

 今この瞬間で言えば、彼女は幸せだった。やはり最高のパートナーとともに戦場を駆けるのは心が躍った。そして時折こうやって身を寄せ合って戦う時に、言葉に出来ない悦楽をどうしても得てしまう。今だけは、今このときだけはと、無意識のうちに思ってしまっているのは事実だった。

 しかし、と彼女は不意に我に返る。それは本来許されざることなのだ、と。相手は自身の主の思い人、それを奪おうとするようなことなど、「剣が持ち手を斬る」などということはあってはならない。自身が身を尽くすと決めた相手、その相手にこそ幸せになってほしい。嫉妬心がないわけではなかった。だが、それ以上にエクレールはミルヒのことを思っていたのだ。だからこそ、この戦にも勝利し、もうビスコッティは安泰だと示さなくてはならない。

 そう、それでいいのだ、と彼女は心を決めつつあった。ずっと引き摺ってきた思いだったが、戦の時に「コンビのパートナー」としてシンクを見ることが出来るようになってきていた。なら、共に戦場に立てるだけで十分なのだ。ようやく、彼女はそこまで心を割り切ることが出来てもいた。

 

 砦壁内へ侵入しようとする2人へ激しい攻撃が加わる。だが、シンクがライオットシールドでそれを弾き、エクレールが紋章剣により敵を薙ぎ払う。さらには後方からの砲術士隊による援護も受け、ついに2人は砦壁を乗り越えし、内部へと降り立った。

 狙うは砦門の開閉機。そこさえ抑えてしまえば内部戦に突入できる。

 しかしそんな彼女の希望を打ち払うように、待機していた兵の数はかなりだった。2人で真っ向切って飛び込むには少々厳しい状況。かといってこれだけの数では迂闊に紋章砲を撃ったところで薙ぎ払い切れず、その後の隙まで突かれかねない。

 

「……どうする、エクレ?」

 

 シンクとしてもこれは想定外だったのだろう、どこか不安げに尋ねてくる。

 

「どうもこうもない。このぐらいなら何とかならなくもないだろう。なら、私はただ紋章剣を撃つだけだ。その後のカバーはお前に任せる」

「エクレならそう言うと思った。……了解。多分何とかできると思う。この状況なら正面からの攻撃だけに気をつければ……」

 

 そうシンクが言った時、「避けろ!」と思わずエクレールが叫ぶ。反射的にその場を離れた2人のそこに、空からの晶術弾が飛来していた。

 撃ったのは他ならぬパスティヤージュの領主、クーベル。空飛ぶ絨毯よろしく輝力武装で作られた「スカイア」に乗った彼女は、天槍クルマルスからの一撃を2人目掛けて放ったのだ。

 

「さすがは勇者シンクに親衛隊長エクレール。咄嗟にウチの一撃をかわすとは見事じゃ」

 

 そのクーベルの後方、控えているのは空騎士達だ。しかも本来ありえないはずの数。前線に仕掛けた数を考えるとどう考えても釣り合いが取れない。

 

「どういうことエクレ!? 空騎士は前線に仕掛けたはず……なのになんでこの数……!」

「知るか……! だがどうやら……一芝居打たれたとみるしかないだろうな……!」

 

 ギリッと彼女は歯を噛み締める。方法は不明だが何かしらの手段で頭数をごまかし、本陣には相当数の空騎士を残していた、ということになるのだろう。だとするなら完全に誘い込まれた形になる。

 とにかくこれは窮地だ。迂闊に仕掛けられないどころか、再びトルネイダーで脱出しようにも制空権を抑えられている状況。八方塞がり、まさに檻の中のネズミ、いや檻の中の()だ。しかもその檻にあろうことかリス(・・)におびき出されてしまった。

 外の本隊の援護も期待できない。リコッタの発明品のような対空砲を準備していないこの本陣突撃隊の戦力も、空騎士達の前では有効な攻撃手段を持たぬ張子のトラでしかない。

 完全に手詰まり。ここでの勇者と親衛隊長、及び突撃隊の撃破ポイントは大きい。そうなれば戦局は大きく傾く。完全に相手の策に嵌ってしまったエクレールの額から冷や汗が一筋流れた。

 

「……エクレ、どうするの!?」

 

 シンクに呼びかけられても答えることが出来ない。答えが見つからない。かくなるうえは、ポイントの失点を最小限に抑えるため、どちらかが捨て駒となってもう片方を逃がす、その上で戦局を立て直すより他はないだろう。

 

「……シンク」

 

 なら、そこで退くのは足の速い、輝力武装を持つ者のほうがいい。瞬時にエクレールはそう判断した。

 

「何?」

 

 期待のこもったシンクの声。そんな期待するような答えではない、と心で前置きしてから、エクレールは口を開いた。

 

「この場で2人を失うのはビスコッティとしては大きな失点となる。……だからこの場は私が引き受ける。お前は私の紋章砲と同時にトルネイダーでこの場から脱出しろ」

「な……! そんなこと出来るわけないよ! だったらエクレも一緒に……」

「それが出来れば苦労はしない。2人で同時に動けばそこに攻撃が集中する。しかし狙いが私とお前の2つに分かれれば、それだけ攻撃が半減するということだ。……幸い私には光凛剣がある。裂空の後にそこからも紋章剣を放てば、お前を逃がす時間稼ぎぐらいは出来るだろう。だから……」

「嫌だ!」

 

 即答だった。そんな相棒の顔を信じられないとエクレールが見つめる。

 

「お前、今の状況がわかって……」

「状況も何も関係ない、僕は逃げない! エクレだけをおいて逃げるなんて、そんなことは出来ない!」

「シンク……」

「だから……最初から無理だなんて言わずにやれるところまでやってみせる! いや、最後までやり通してみせる!」

 

 真っ直ぐな、ひたすらに真っ直ぐな言葉だった。なぜだろう、ついさっきまで心に満ちていた悲壮感は、根拠すらないはずの彼のその一言で完全に消え去ってしまっていた。

 やはりシンクは戦場に燦然と輝く星だ。彼が「出来る」といえば、無理だとわかっていることでも出来るように思ってしまう。そしてそれに期待したくなってしまう。

 エクレールは小さく笑った。こいつにそう言われては、もう何も言い返せない。なら、その言葉を信じるだけだ。

 

「……相変わらず馬鹿だな、お前は」

「そういうエクレだって、結局この後僕に付き合ってくれるんでしょ?」

「そうだな。……私も大概だ」

 

 それでもいいと思う。隊長の判断としては失格だろう。それでも、彼女は自分の意思に従うことにした。それを見たクーベルが最後通告、とばかりに声を投げかけてきた。

 

「……覚悟は決まったか? シンクにエクレール?」

「ええ。でも、やられるつもりはありませんよ!」

「よく言ったシンク! じゃがそれはウチら、パスティヤージュの攻撃に耐えてから言うんじゃな! ……全員構え! 目標、ビスコッティの勇者と親衛隊長!」

 

 凛としたクーベルの声が響き渡り、パスティヤージュ兵達の晶術銃が構えられる。銃口を一斉に向けられ、2人は思わず生唾を飲み込んだ。

 

「エクレ、僕は輝力全開でディフェンダーを展開して耐える。あとは……」

「わかっている。やれるだけ、私の紋章剣で薙ぎ払ってやる」

 

 シンクはライオットシールドを、エクレールは輝力武装で光凛剣を両腕分展開した。パスティヤージュも晶術銃の狙いを定める。

 

「撃てッ!」

 

 クーベルの指示に従って一斉にパスティヤージュの晶術銃が火を吹き――。

 

 しかし、それらがシンクのライオットシールドに当たることはなかった。着弾する直前、振り下ろされた巨大な何か(・・)によりその全てが遮られたのだ。

 

「な……!」

 

 エクレールは目を見開いた。まさに巨塊。あまりの大きさにそれが何かわからない。もしそれを形容するとするなら――。

 

「盾……?」

 

 クーベルがその場全員の気持ちを代弁したように呟く。だが、その巨塊を振り下ろした主は、口元に僅かに笑みを浮かべてそれを訂正した。

 

「刀でござるよ」

 

 次の瞬間、巨塊――刀と言われたそれは砦壁の上にいた者が振り上げると同時に消え去った。全員の目がそこに移る。同時に、シンクとエクレールの表情が一気に明るくなった。

 そこに立っていたのは、狼のような耳を持つまさに侍のような女剣士と、忍装束のような衣装に身を包んだ狐耳をもつ女性の2人――。

 

「ビスコッティの戦と伺い、遅ればせながら馳せ参じ申した。拙者、ビスコッティ隠密部隊筆頭、ユキカゼ・パネトーネと」

「同じくビスコッティ隠密部隊頭領、ブリオッシュ・ダルキアン。ただいま見参でござる!」

 




エクレの輝力武装……漢字は適当に当ててるので公式と異なる可能性があります。あるいは聞き間違いでそもそもの名前を間違えている場合もあります。その時は公式情報を知り次第直すつもりです。

追記:公式設定資料集に「光凛剣」と表記があったので修正して統一しました。また、クーベルの輝力武装が「スカイア」と表記があったために修正しました。
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