DOG DAYS DUAL-BRAVER   作:天木武

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Episode 16 空翔ける戦い

 

 

『な、な、なんと! 混戦極まるグラサージュ砦に突如現れたのはビスコッティ隠密部隊、ブリオッシュ・ダルキアン卿とユキカゼ・パネトーネ筆頭の2人! これはますます戦況がわからなく、そして盛り上がってまいりました!』

 

 実況のカリンにも熱が入る。それはそうだろう。絶体絶命のシンクとエクレールの元に颯爽と現れ、巨大な刀――彼女の輝力武装である「神狼滅牙」によってその攻撃を防ぎ切る。間違いなく盛り上がる展開だ。

 二転三転する戦の様子に、ヴァンネット城で見ていた人間達も一気に映像板に釘付けとなった。

 

「ここで来るのかよ、ダルキアン! 最近見ねえと思ったら、なんとも熱いタイミングで出てきやがって!」

「もう最高やこれ! ウチもこんなタイミングでババーンと現れてみたい!」

 

 ガウルとジョーヌは完全にノリノリだった。ピンチに駆けつける仲間、という展開はやはり2人が言うとおり燃える展開なのだろう。

 

『ほほう、ダルキアンにユキカゼか。丁度よい、ウチ等自慢の空騎士が、お前達もまとめて相手してやるのじゃ!』

「いやいや無理だろクーベル、あの2人相手にしたらどうしようもねえぞ」

 

 聞こえるはずのない無粋な突っ込みを思わず入れるガウル。

 

『それはよい提案でござるな、クー様。しかし、拙者達もこの後輩達の窮地故、本気でいかせてもらおう。隊長格のいないそちら側が、拙者達を相手するには少々荷が重いのではないかと……』

『いらぬ心配ですよ、ダルキアン卿』

 

 そこで聞こえた新たなる声に、カメラがその主へとフォーカスされた。

 

『あなたの相手は私が、そしてそちらのパネトーネ筆頭の相手はこのリーシャがいたします。我々もパスティヤージュ晶術騎士団の隊長、そう易々と撃破されるつもりは毛頭ありませんので、覚悟なさってください』

『こ、これはキャラウェイ隊長にリーシャ隊長! なんと、前線から後退してきた2人が、このグラサージュ砦の部隊に合流しました!』

 

 やはり熱を帯びるカリンの実況。これにはガウルとジョーヌだけならず、大広間で鑑賞していた全員が目を奪われた。

 

『ふふーん、ナイスタイミングじゃ、キャラウェイ、リーシャ! 乱入者2人の相手は任せるぞ! ウチは……』

 

 映像板の中のクーベルがビシッと、先ほど仕留め損ねたシンクとエクレールの方を指差す。

 

『シンクにエクレール! お前たち2人、まとめて相手にしてやろう! ウチの得意な空中戦じゃ、そっちはシンクのトルネイダーの後ろにでもエクレールを乗っけてかかってくるがよい!』

 

 シンクとエクレールの2人が顔を見合わせたのがわかった。そしてややあって2人が同時に頷く。

 

『その勝負、乗らせていただきます!』

 

 自らの申し出を受け入れられ、クーベルはニヤリと不敵に微笑んだ。

 

『大変なことになってまいりました! キャラウェイ隊長とダルキアン卿、リーシャ隊長とパネトーネ筆頭、そしてクーベル様自らが勇者シンクと親衛隊長エクレールの2人をそれぞれ相手にすることとなりました! 混戦極まるグラサージュ砦、これはどんな戦いになるか全く想像がつきません!』

 

 そんな映像板からの光景をひたすら興奮した様子で見つめていたのはやはりガウルだった。

 

「うおお! すげえ! すげえことになってきやがった! こりゃあ面白そうだぜ!」

 

 先ほどよりも更にハイテンションに映像板に釘付けだ。他の面々もやはり興味津々といった様子で食い入るように映像に見入っている。

 しかしそんな中、どこか冷ややかな、いや、()()()様子で見つめていたのはソウヤだった。確かにこの展開は盛り上がる。目の前のガウルのみならず、見ている視聴者は大いに興奮することだろう。かく言う彼自身もこれは()()()と思ってはいた。

 だがそもそもシンクとエクレールが突入した理由は砦門を開け、本隊を中に入れることのはずだ。これだけ盛り上がってしまい、 しかも盛り上がってなんぼの戦興業という点ではそんなのは些細なことかもしれない。とはいえ、今も門の外で奮闘しているであろう、あの気の強そうな親衛隊のアンジュの顔を思い出すと、ソウヤとしては苦労しているのだろうと同情を禁じえなかったのだ。

 もっとも、ソウヤが呆れていたのはそれだけでなく、この茶番(・・)が実によく仕組まれ、かつそれに気づいているのがこの部屋の中で自分だけであろうとも思っていたからであった。

 

 

 

 

 

 砦の壁を飛び越えたときと同様、シンクがトルネイダーを展開する。前にシンク、後ろにエクレールという先ほどと同じ立ち位置だ。

 

「じゃあ行くよ、エクレ。できるだけ気をつけるつもりではいるけど、荒っぽくなったらごめんね」

「気にするな。私が落ちたとしても途中で拾い上げてくれればいい」

「……なるべくそうならないようにするよ」

 

 最後の一言は、困り顔と共にだった。シンク自身が落ちないように飛ぶことは何の造作もない。だが後ろに誰かを乗せた場合は別、しかもこれから空中戦をやろうというのだ。落とさない保証をする自信が彼にはなかった。

 

「まあ落ちたところでここは守護力が満ちている。気にするな」

「そう言われても……。やっぱり自分のせいでエクレを空から落下させた、なんてなったらなんだか悪い気がするし……」

「もし本当にそんな甘い考えがあるなら、今すぐ捨てろ。……私達2人を一気に相手にする、などと今までクー様が言い出したことはなかった。今回は相当に気合が入っていると見受けられる。余計なことを考えていると、足元をすくわれるぞ」

 

 シンクは黙ってエクレールの言葉を反芻する。相手の総大将であるクーベル自らの誘い、しかも2人同時に、だ。生半可な覚悟ではないのだろう。久しぶりのビスコッティとの戦、なんとしても勝つという彼女なりの決意も感じ取れる。

 

「……わかった。でも、出来るだけ気はつけるよ」

「本当にお前はそういうところだけは融通が利かないな。私は姫様の剣だ。戦場で敵を打ち破り勝利の報告を届ける。それこそが私の騎士道精神だ。私自身の多少のことなど、意にも介すつもりもない」

「僕から言わせてもらえば、それを頑なに貫き通すエクレの方が融通が利かないと思うけど。……でもま、それがエクレだもんね」

 

 貴様が言える台詞か、と思わず彼女は言葉に出しかける。一度は自分の心に素直になりながら、再びその思いに蓋をするように抑え込み、「自身は姫様の剣」と言い聞かせて彼への思いを断ち、ようやく心が決まりかけてきていたのだ。だがその「姫様の剣」として生きる生き方には誇りを持っていた。だからこそ、シンクへの気持ちを捨て去ろうという決心も出来きつつあるのだった。

 

「くぉらぁ! いつまでウチを待たせるつもりじゃ! さっさと空に上がってきて、ウチと勝負せんか!」

 

 と、そこに割り込んできたのはお冠気味なクーベルの叫び声だった。既に彼女はスカイアを宙に浮かせてクルマルスも準備万端、なのに肝心の相手がいつまで経っても戦いの場に姿を現さない。

 

「ごめーん、クー様! 今行くから! ……行くよ、エクレ!」

「ああ!」

 

 トルネイダーに乗ったまま会話をしていた2人が上空を見上げた。フワリ、とトルネイダーが浮かび上がり、一気に空へと滑空する。

 が、そこを狙っていたかのようにクーベルがまず一射、先制攻撃を放ってきた。慌ててシンクがトルネイダーの軌道を変えて攻撃を避ける。

 

「クー様! いきなりなんてずるくない!?」

「やかましいわ! お前たちがいつまでもウチを待たせた罰じゃ! 文句があるならウチに勝ってみせればよかろう!」

 

 言いたいことを一方的に述べ、クーベルはスカイアの高度を上げた。負けじとシンクのトルネイダーもそれを追う。

 先制攻撃はされたものの、現状では自分達の方が有利だとシンクは考えていた。今はクーベルが先行してそれをシンクとエクレールが追う形。軍事関係には詳しくないが、戦闘機同士の戦い、いわゆるドッグファイトにおいては後方を取ったほうが有利というぐらいはわかっていたからだ。

 しかしそんな彼の楽観視は一瞬で消し飛ぶことになる。前を飛ぶクーベルは上半身だけを捻らせ、片腕でクルマルスを射撃して来た。咄嗟にシンクはライオットシールドを展開し、その一撃を弾く。だが視界ごと塞いだ防御を解いた時、既に眼前からクーベルの姿は消えていた。

 

「上だ!」

 

 エクレールの声にシンクが上空を見上げる。その彼女は声を上げつつ名も無いレベル1の紋章砲を放った。輝力を撃ち出しただけ、ほとんど牽制の一撃。それとほぼ同時、宙返りの要領で上を取ったクーベルも眼下の相手へとクルマルスを構えていた。こちらは本命の一射、エクレールのその場凌ぎの紋章砲などとは威力がまるで異なる、彼女必殺の紋章砲――。

 

「ガーネットスパーク、最大火力じゃ!」

 

 クルマルスに収束された黄金色の光弾が撃ち放たれる。それはエクレールの紋章砲を飲み込み、2人の元へと迫る。位置的に言って自分が防御することは不可能、と判断したシンクは回避を選択。多少強引にトルネイダーの軌道を変更した。急旋回気味に取られた回避行動は、なんとか紋章砲の命中を避ける。が、その急激な制動により後方にいたエクレールがバランスを崩し、そのまま宙へと投げ出されかけた。

 

「エクレ!」

 

 咄嗟に手伸ばし、シンクは彼女の手を握り締める。

 ああ、こうやって触れ合ったのはいつぶりだったか、とエクレールは戦場でらしからぬ考えを抱いていた。しっかりとつながれたその手を見て、あの時――「姫様の婚約を受けた」と言われた時も、もしかしたら自分が手を伸ばせば届いたのかもしれないと思ってしまう。

 

「大丈夫、エクレ!?」

 

 だが再びトルネイダーの上に体を乗せ、シンクにそう声をかけられた時には、エクレールはもう先ほどの考えを頭から消すようにしていた。ここは戦場、今は戦いの最中だ。余計な雑念が命取りになる。

 それに、今更過去を悔やんでも仕方がない。時折その過去を思い出すことがある、いや、あってしまうとしても、それと決別すると決めたのは自分自身だ。だから迷いの心など持ってはならないのだと、言い聞かせるように彼女は心でそう思った。

 

「ああ、このぐらいなんともない。さっきも言ったとおり落ちたって構わないさ」

 

 そして心を押し隠し、彼女は平然と答える。

 

「やるではないか、シンクにエクレール!」

 

 そんな2人にクーベルは後方から称賛の声を上げた。今現在状況は彼女のほうが有利にある。先ほどの一撃をかわした2人だったが、今度は彼女に後ろにつかれた状態に変わっている。砲台役のエクレールがいるとはいえ、相手の武器が飛び道具である銃に対してこちらは紋章術を用いなくてはならない。長期戦になればなるほど、輝力武装を用いているシンクも攻撃役のエクレールも不利になる。

 そんな2人のことなどお構いなし、むしろ付け入らんとしてクーベルが晶術弾を連射する。天性のカンか、シンクはトルネイダーを不規則に動かしなんとか回避。エクレールも牽制代わりに輝力を放つだけの紋章砲を数発撃つが、かすりもしない。これでは輝力の浪費だ。

 

「どうする、エクレ? これじゃ……」

「わかっている。このままじゃジリ貧だ。こちらとしては短期決戦、なんとか大型紋章砲を撃ち合える状況にもっていきたいが……」

 

 しかしその誘いをかけてもクーベルは絶対に乗ってこないだろう。足を止めて真っ向からの紋章砲勝負にはまずならない。やるなら高機動戦での撃ち合い、とはいえその場合でも回避した上で反撃してくる可能性が高い。そのためにここまで狙いを定めさせぬよう、軽快にスカイアを動かし、的を絞らせないでいるのだろうから。

 ならその回避をさせぬように当てなければならない。しかしトルネイダーに勝るとも劣らない俊敏性を持つスカイア相手にどうすればいいのか。

 

「せめて、クー様が先ほどのような紋章砲を撃った後ぐらいの隙さえあれば……」

「じゃあさっきと同じ状況を作り出すってのはどう?」

「いや、あれではダメだ。回避行動で精一杯の状況では、到底反撃など出来ない」

 

 言っている間にもクーベルからの砲撃は続く。回避行動を読まれ始めたか、次第にエクレールが弾く数も増えてきた。

 

「フフン、避けきれなくなってきたようじゃな? そろそろ諦めたらどうじゃ?」

 

 優勢と見たクーベルがニヤリと笑みをこぼす。その表情を窺ったエクレールはギリッと奥歯を噛み締めた。

 

「くっ……後ろにつかれているこの状態では……!」

「それなら回頭して……」

「してどうする? 第一この状況でどうやって向こうに頭を向ける気だ? それに頭を向けたとして、紋章砲を撃って当たるとは限らない。その後の隙を突かれて反撃されるのが関の山……」

 

 そこで、エクレールは言葉を切る。明らかに何かを思いついた様子だ。

 

「エクレ……?」

「……そうか、攻撃後の隙か」

 

 彼女の頭が勝利への算段を立て始める。

 

「方法があるの!?」

「あるにはある。しかし……」

 

 方法としてはかなり強引、少々危険が伴う可能性もあるという前置きをし、エクレールは自身の考えをシンクの耳元へと囁いた。

 

「……なるほど、それならいけるかも!」

 

 それでもシンクはその案を嬉々とした表情で聞いていた。少なくともこの後ろに付かれての乱射状態よりは勝機がある。

 

「だが失敗すれば私かお前、間違いなくどちらか、最悪なら両方が欠ける状況だ。それでも……」

「やる! 僕とエクレなら、やれる!」

 

 それを淀みなく言い切れるのがお前のすごいところだよ、とエクレールは心で呟く。そして表情を僅かに緩めた。

 

「よし、なら後は任せる!」

「うん! じゃあ行くよ、しっかりつかまって!」

 

 トルネイダーが火を吹く。これまでの速度より一気に加速し、クーベルのスカイアを引き離しにかかる。

 

「む、逃げる気か!? ウチとこのスカイアから逃げ切れると思っているのか!」

 

 負けじとクーベルも速度を上げた。さすがは空中戦はお手の物のパスティヤージュ領主、機敏な動きだけでなく速度も十分である。

 しかしそれを以ってしても速度だけでいえば輝力の出力に勝るシンクの方が上だった。まるで積んでいるエンジンが違うマシン、というかのようにそのチェイスは両者の間を少しずつ開けていく。

 

「今ッ!」

 

 距離が開いた、と判断したところで高速で加速していたシンクのトルネイダーが急旋回する。速度を殺さず、そのまま左へ弧を描くように180度ターン。そしてそこのエクレールが両手の短剣を交差させて構え、シンクもパラディオンを変化させたものであろう、双剣を手に同様に構えてるのが見て取れた。

 

「そう来たか!」

 

 クーベルがどこか喜びを孕んだ声を上げた。急加速、急旋回からのすれ違い様の紋章砲。確かに後方を取られたままではジリ貧、かといって2人乗りをしている以上、先ほどクーベルが行った宙返りのようなあまりにアクロバットな方法で打開するのも難しい。

 だが急加速と急旋回のこれならエクレールも振り落とされずに、さらには同時に紋章砲を放つという強力な方法で反撃に転じられるだろう。自身のスカイアの加速を超えただけでも称賛だというのに、よくもこんな方法を思いつくとクーベルは感心する。とはいえ、空中での撃ち合いというのは地上での足を止めての撃ち合いとはまったく別物だ。ここでの撃ち合いになれば自分の方に勝機がある、と彼女は考えた。

 

「じゃがこの撃ち合い、悪いがウチの勝ちじゃな!」

 

 クーベルが銃口を2人へと向け、その先に黄金色の輝力を充填させていく。そしてそれが放たれるのと、シンクとエクレールの合体紋章砲が放たれたのは同時だった。

 

「ガーネットスパーク! 最大火力!」

「「紋章剣! ダブル裂空十文字!」」

 

 互いに撃ち合った必殺の一撃は相殺しあうことなく交差し、撃った本人達へと迫っていく。

 強力な紋章砲の反動に耐えつつもクーベルは僅かに減速し、スカイアを錐揉み状に回転させた。バレルロール、飛来した紋章砲に対してのアクロバットな回避行動だ。間一髪、彼女の服を掠めつつもその紋章砲はむなしくも後ろへと流れていった。

 一方で彼女は自分のガーネットスパークは直撃する爆発音を耳にしていた。勝った、という心と共に回避行動を終えて相手の方へ目を移す。そこには彼女の予想と違わず、爆煙が上がっているのを確かに確認した。

 

「やったか!?」

 

 勝利を確信したその言葉の通り、煙から影が落下してくる。

 だがそれに対してクーベルは目を見開いた。そこから現れたシンクは防具を多少吹き飛ばされ、さらにはトルネイダーも維持出来なくなっており、ダメージは確かに受けていると見受けられた。それでも戦闘不能になっていなかったことに彼女は驚愕する。

 いや、それ以上に驚くべきことは、その影がシンク1人(・・)だけだった、ということだった。

 

「エクレールは!?」

 

 よもやだまになったとは考えられない。左右に目を動かす彼女に対し、エクレールの声が確かに、そう、彼女の()()()()聞こえてきた。

 

「光凛剣・双牙……!」

「上かっ!?」

 

 自身の上を仰ぎ見たクーベルの目に飛び込んできたのは、巨大な篭手に包まれた2本の腕のような物と、そこに互いに握り締められた一対の剣――。

 

「裂空光牙十文字!」

 

 輝力武装から放たれたエクレール最大の一撃。防御も回避も間に合わず、クーベルはそれをまともに受けた。

 

「おわあああああ!」

 

 防具破壊、同時に輝力武装破壊。可愛らしい下着を露にさせられ、さらに足元のスカイアまでも失い、クーベルは頭から真っ逆さまに地上へ向けて自然落下を始める。

 

「や、やられたのじゃ! しかも……落ちるのじゃー!」

 

 スカイアを展開しようにも受けたダメージが大きく、しばらくは無理そうだ。よく見れば彼女の頭上、自分に一撃を放ったエクレールも力を使い切ったか、そのまま自然落下してくる様子が窺える。

 

「エ、エクレール! お前まで落ちてどうするんじゃ!? このままだと2人とも地面目掛けて真っ逆さまじゃぞー!」

 

 パニック気味にクーベルは自分同様落ちてくるエクレールに向かって叫ぶ。しかし彼女は余裕たっぷりに口の端を僅かに上げただけだった。

 

「ご心配には及びません。あいつがきっとなんとかしてくれます」

「あいつ……?」

 

 言うより早く、クーベルの体がふわりと抱きかかえられた感覚を覚えた。見れば、自身の体はシンクによってしっかりと抱きかかえられていた。

 

「シンク……」

「ご、ごめんクー様! あまり見ないようにするから!」

 

 公女に名を呼ばれた勇者は、恥ずかしそうに彼女から目を逸らしていた。腕の中には下着姿の公女、普段羽織っているマントをかけてやりたいが、先ほどのダメージにより既に消失している。

 

「ま、まあ少々恥ずかしいが……あまり気にするな。それよりエクレールの方を」

「はい、今拾うところです」

 

 そう言ったシンクは今度はエクレールの救出に向かう。だがこちらは自分で空中で体勢を立て直し、自力でトルネイダーの後方へと着地した。

 

「ナイス着地、エクレ」

「そういう貴様こそ。さすが作戦通りだな」

 

 そう言い合った2人は微笑を交わした。

 

(ああ、これは最初から勝てるわけがなかったんじゃな……)

 

 そんな様子に、クーベルの脳裏にそんな考えがよぎる。

 やはりビスコッティの名コンビと称される2人だ。得意の空中戦だったとはいえ、自分では勝てなかったかと、彼女の心に諦めというよりそんな相手と互角に戦えたという誇りにも感情が生まれてきていた。

 

「……ウチの完敗のようじゃな、シンクにエクレール」

「いえ、ギリギリでした。最後の勝負に乗っていただいたおかげで、こちらが勝つことが出来たというだけです」

「おお、それじゃ。エクレール、気になっていたんじゃ! ……どんな方法を使ったんじゃ?」

「どこまではわかってますか? 多分僕がトルネイダーを加速させて急旋回、エクレと一緒にダブル裂空を撃ったところまでは見えていたと思うんですけど……」

 

 シンクの腕の中でクーベルが激しく頷く。

 

「まさにその通りじゃ。あれでこっちも双方の撃ち合いを選んだ。当然ウチはあれで勝つつもりでいて、ガーネットスパークを射出後、間一髪そっちの紋章砲を交わして爆発音を聞いたためにてっきり勝ったと思い込んでいたら……。煙の中から現れたのはシンクだけ、というわけじゃ」

「エクレとの紋章剣を撃った後、トルネイダー前方の角度をややさげつつ急制動をかけ、角度をつけて後ろを跳ね上げたんですよ」

「急制動……?」

 

 言いつつクーベルは想像する。なるほど、セルクルで例えるなら全力で走っているセルクルが前足だけで急に止まるようなものだろう。それが速ければ速いほどどうなるかというと、乗っている人間がより遠くへと放り出される。つまりシンクはその放り出しに角度をつけ、後ろ側だけを跳ね上げた。そしてそこからジャンプ台のようにエクレールが跳び上がった、ということになる。

 

「それでエクレを上空に逃がしつつ、僕はディフェンダーで防御。でもさすがに全力ではないとはいえ紋章剣の後、しかもトルネイダーで大分無茶やっての防御だったから、防具を一部破壊されちゃったけど……」

 

 そう言ったシンクは苦笑を浮かべる。が、そんなシンクをクーベルは褒め称えたかった。彼が打ち出したエクレールの位置は正確にクーベルの上だった。本来なら計算が必要と思われるそれを、おそらく直感、天性の才能のみで判断して方向を定めたのであろう。更には彼自身も言っていた通りそれまでの輝力武装による高速移動、紋章剣と次いでの防御で、クーベルの最大火力であるガーネットスパークを撃ち止めているのだ。

 

「何を言うか。さすがお前は勇者じゃよ。……そしてそれを信じ、ウチを撃破したエクレールも、な」

「私は手柄を譲ってもらったに過ぎません。お膳立ては全部、こいつにしてもらってのことですから」

 

 それも謙遜だろう。彼女も全力ではないとはいえ紋章砲を放った後に、輝力武装を展開してのとどめの一撃を決めている。失敗の許されない状況で確実に決めた大技、確かに手柄を譲ってもらったとも言えなくもないが活躍は間違いない。

 

「かわいくないのう、お前は素直じゃないから……」

「そ、それをクー様に言われたのは心外でした……」

「なんじゃと!? 敗者が勝者を称える言葉をお前は無下にする気か!」

「わー! クー様暴れないで、落ちる!」

 

 いや今のは褒め言葉ではないだろう、と思わずエクレールは苦笑しつつ心中で突っ込みを入れる。そんなエクレールの表情が気に食わなかったのか、クーベルは再び威嚇するように「キーッ!」と声を上げた。と、同時にトルネイダーがガクッと揺れる。抱えられたクーベルはいいものの、危うくエクレールはバランスを崩すところだった。

 

「あ、あのクー様、実は僕も結構疲れがきてて、トルネイダーをやっと展開させてる状態なんです。だから出来れば大人しくしてもらえると助かるんですけど……」

「む……。そういうことなら仕方ないか……。命拾いしたな、エクレール」

「いやあの、勝ったのはこっちなのですが……」

 

 再び暴れそうな様子のクーベルにシンクが苦笑を浮かべる。だがグラサージュ砦のブランシール発着場は目の前。空中戦に勝利し、ようやくこの公女様の身柄を安全に砦に送り届けることが出来そうだと、シンクは安堵のため息をこぼした。

 

 

 

 

 

『戦、終了ー! 終わってみればビスコッティの圧勝、パスティヤージュはリーシャ隊長こそ決着がつかなかったものの、キャラウェイ隊長とクーベル様が撃破され、そのままダルキアン卿の無双状態により本陣を攻め落とされるというほぼ一方的な展開となってしまいました! クーベル様、残念な結果となってしまいましたが、久しぶりのビスコッティとの戦はいかがでしたか?』

『うー……悔しいのじゃ! ウチまで自ら出撃したというのに……。まあ、ウチを敗ったビスコッティ名コンビのシンクとエクレールには称賛の言葉を贈っておいてやろう。

 でも、これでビスコッティが元気だということはよーくわかったのじゃ! それがわかって今日は嬉しかったのじゃ。残念ながら負けてしまったが、次は絶対勝ってみせるぞ!』

 

 領主の奮起を促す言葉に、騎士達も雄叫びを上げて返事をする様子が映像板に映し出されていた。

 

 そのクーベルの言葉通り、シンクとエクレールがクーベルを撃破した頃には、既にキャラウェイも撃破されていた。その後はまさにブリオッシュの独壇場。数の差を物ともせず騎士達を撃破して突撃隊と合流、空騎士達も強力無比な紋章剣で次々と薙ぎ払い、圧倒的な力の差を見せつけ、あっさりと拠点を制圧してしまったのだった。

 

「いやあすげえ戦だったな」

 

 ヴァンネット城で最初から最後まで興奮しっぱなしだったガウルが開口一番、そう感想を述べた。

 

「リコの新兵器にシンクとエクレのピンチ、そしてそこに駆けつけるダルキアン卿とユキやん! その後はシンクとエクレ対クー様の空中戦やもんな。ダルキアン卿とキャラウェイ隊長の戦いはほぼ一方的やったけど、あのユキやん相手に粘ったリーシャ隊長の戦いもなかなかやったで!」

 

 こちらも興奮気味にジョーヌだ。この場で熱くなりそうな2人、その予想通りに興奮した様子で感想を言い合う。

 

「でもやっぱりシンク君とエクレちゃんはすごいわよね。見事な連携、さすがだわ」

「あんな感じでガレットとやる時も空中戦をしかけられたら厄介かも。対策を寝る必要があるのかな……」

 

 ベールとノワールはシンクとエクレールについての感想が最初だった。確かに2人はこの戦いのMVPと言ってもいいだろう。

 

「で、その対空対策としてならうちじゃ最右翼になるんだろうが、お前のこの戦に対する感想はどうだ、ソウヤ?」

 

 ガウルがルージュを除いた場合の主要なメンツである最後の1人、ソウヤに質問を投げかける。他の面々が途中から盛り上がる中、彼は1人ずっと黙ってこの戦の様子を眺めていた。

 

「そうですね……。よかったと思いますよ。実に素晴らしく()()()()()戦でした」

「よく出来た……?」

 

 開口一番飛び出た、どこか含みのあるソウヤの一言にガウルがオウム返しにその単語を口にした後で眉をしかめる。

 

「ええ、実によく出来ている。確かにシンクたちの空中戦は見事でしたよ。でもそれ以上に俺はこの戦の舞台を整え、ここまでの茶番(・・)を見事に演出してみせたクーベルに称賛の言葉を贈りたいですね」

「ちょ、ちょい待て! お前この見事な戦を茶番呼ばわりか!?」

 

 まず真っ先に食って掛かったのはジョーヌだった。いや、彼女が口を開かなくてもガウルが同じ事を言っていたであろう。口を開きかけ、先を越されたと閉じていたのだった。

 

「ああ、いや馬鹿にするつもりはない。『茶番』ってのは俺なりの最大の賛辞の言葉のつもりだったんだがな。……戦は興業だ。勝った負けたもあるがまずは盛り上がるものでなくてはならない。そうですよね、ガウ様?」

 

 普段から彼が口にしているモットーを尋ねられ、ガウルは頷く。

 

「ああそうだ。道義に則った戦は盛り上げてなんぼ。勝つには勝つが勝ち方が大事だと俺は思っている」

「俺もその意見に大きく異議はありません。ただ、勝ち方にこだわりすぎるよりも、やるからには勝ちたいってのが強いのはありますが。……まあいいか、話が逸れた。

 ともかくこの戦は大いに盛り上がった。その理由はシンクとエクレール対クーベルの空中戦であり、乱入してきた隠密2人であり、要するにパスティヤージュ本陣であるグラサージュ砦での戦いだった。そこに異論はありませんね?」

 

 誰も何も発しない。異議なし、だ。

 

「では次、前線の空騎士の頭数をごまかし、うまくシンクとエクレールを砦へと誘い込んだ。そこで伏兵としてその空騎士の増援。ここもなかなかに計算されている。……問題はその後、隠密2人の乱入です。これはうまいこと()()()()きた」

「仕組んだだぁ!?」

「あの日和見気味な2人が、クーベル以外に目ぼしい隊長格がいないとわかってる場所の戦いに自ら進んで首を突っ込むと思いますか? いや、それよりもタイミングを計ったかのように、そもそもなぜ()()()()()()()()()のグラサージュ砦に現れたのか」

 

 そこでノワールがハッと息を飲むのがわかった。隠密2人に文書を送ったのは彼女の諜報部隊。その2人のいた場所は――。

 

「そうか……2人ともパスティヤージュにいたから!」

「そう。あの()()()め、しばらくしたらビスコッティに帰るとか言っておいて、実のところこの戦に顔を出して帰るつもりだった、つまり早いうちからそういう予定だっただろうってことです。だとするなら、クーベルから前もって戦の話を打診され、そこで盛り上げるためにビスコッティ側の窮地を救う形で現れてほしい、とか頼まれていたとも考えられませんか?」

「な、なるほど! それならあの見事なタイミングで、しかもパスティヤージュ領のグラサージュ砦に現れたことも説明できる! ……でもソウヤ、タヌキって誰や?」

「決まってるだろうが。()()()()()卿だよ」

「……それユッキーの前で絶対言わない方いいよ。多分本気で怒られる」

 

 ノワールの冷静な突っ込みを失笑で流し、ソウヤは先を続ける。

 

「つまり当初パスティヤージュの作戦のうちと思われた最初の空騎士のごまかしに始まり、そこでキャラウェイさんと眉毛を後退させたのも、シンクとエクレールを誘い込んで窮地に追い込みそのタイミングで隠密を登場させたのも、さらにはその後シンク達の空中戦と後退してきた隊長2人と隠密2人の戦いを演出したのも、全てあの小娘が仕組んだことだと考えられてしまうんです。戦を盛り上げる演出としては実に秀逸な筋書き、まさしく言葉通り見事な『興業』だ。俺は最大級の称賛の心を以って『素晴らしい茶番だ』と言わせてもらいたいですね」

 

 思わず場が静まった。見所ばかりの面白い戦、という見方しかできなかったこの場の全員、ソウヤのような考えを持つに至らなかった。ある意味で戦というものを、興業というものの本質を最もよく捉えた見方だとも言えよう。

 

「ったくあの小娘め、口は悪いし生意気だが頭がいいのは間違いないな。本当に面白い茶番ばかり思いつきやがる。この間のリコッタの一件にしたって、平常時ならいい見世物になっただろうしな」

「お前にしちゃあ……珍しく雄弁だな」

「ええ。実に心躍りましたから。……まあ皆さんとは違う捉え方で、でしょうけど」

 

 会話を交わしつつ、ガウルは薄々気づいていた。「茶番」という、普段でいうならネガティブなイメージしか持たない言葉であるが、ひねくれもののソウヤはそれを称賛の意味で使っている、と。筋書きを作り、まさに今回の戦のように見事に事が運んだら秀逸なドラマ、と言えるだろう。それをソウヤに言わせれば「茶番」になるわけだ。

 確かに種を暴いてしまえば、それはもはや本来の意味での茶番と言っても差し支えないのかもしれない。今回だって隠密2人の登場が仕組まれたものだとしたら、それに端を発したこの盛り上がりも茶番であろう。

 しかしこの展開は戦に参加した全員が全員承知していたことではないはずだ。パスティヤージュにしたって隊長格は知っていたかもしれないが、何も知らずに参加していた兵達がほとんどだろう。言うまでもなくビスコッティ側は隠密2人以外全員が知らなかったことのはずだ。なら、事情を知らない多数の人間をも動かし、これだけの盛り上がりを見せたこの戦はもはや茶番の域を越えている。だからこそソウヤは「素晴らしい茶番」と言ったのではないだろうか。

 

「ならソウヤ、今度はお前が企画してうちで『茶番』を仕組んでみるか?」

 

 なんとなく、ガウルは彼が思ったことをわかったような気がしていた。だからこの戦の筋書きを暴いて見せたソウヤに対して気軽にそう尋ねた。やると言ってくれるなら、次の戦の内容を全て任せてもいいとさえ思っていた。

 が、ソウヤは一瞬答えを躊躇ったようだった。即答が返って来るかと思ったガウルだったが、やや拍子抜けする。

 

「……いえ、今は遠慮しておきます。そうだな……。ビスコッティがもっと落ち着いたら、それも考えましょう」

「ソウヤ……」

 

 名を呼んだのはノワールだった。彼女もガウル同様、少し間が空いたのを気にしたのかもしれない。が、そんな彼女にソウヤは視線を投げかけた。

 

「そうなったらお前にも色々手伝ってもらうぞ、黒猫。諜報部隊は裏方の便利屋だからな。ま、いつになるかわからんが」

 

 そう言ってソウヤは皮肉っぽく笑う。つられるようにノワールも引きつった笑顔をこぼした。

 

「……さて、話がひと段落したところでガウ様、頼みがあるんですが」

「頼み?」

「ええ。明日1日休暇をください」

 

 これまた藪から棒に切り替わった話題にガウルは思わず「ハァ!?」という間抜けな声を上げていた。

 

「隠密が戦に顔を出したんだ、あの人達も明日には風月庵にいるでしょう」

「ああ、そうか。お前姉上の星詠みの件で顔を合わせに行きたいって言ってたもんな」

「そういうことです」

「だったらソウヤ、私も一緒に……」

 

 最後まで言わせずに「いや」とソウヤはノワールの言葉を遮る。

 

「休暇と言ったろ。俺1人で個人的に行って来る。その後フィリアンノ城にもちょいと顔を出したいし。話はまとめておく、なんなら後から連絡を取らせるようにするから、1人で行かせてくれ。……たまには1人で気ままにフロニャルドを歩きたいんだよ」

 

 らしくない最後の一言にノワールは反論しかけた口を閉じた。確かに彼は元々一匹狼な気があったし、ノワール自身も時折1人になりたくなるときがあるからその心はわかる。本当なら隠密との話には自分も同行したかったが、今回は諦めることにした。

 

「いいんだな、護衛もつけないぞ?」

「いりませんよ。朝行って夕方前には帰ってきますし。……ああ、ベール、また隊を任せることになる。悪いな」

「いえ、私は構いませんけど……。でもソウヤさんの隊なんですし、なるべくは顔を出してくださいね?」

「俺も暇じゃないんだよ。パスティヤージュの厄介ごとに首を突っ込んじまって、それが収まりそうだと思ったら嫁さんが勝手に星詠みとか始めるからな。……事態の収束まではどたばたするかもしれんが、まあ頼むわ、副隊長」

 

 どこか気楽にソウヤはそう言った。それに対してベールは肩をすくめるだけだった。

 

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