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ベッキー、ナナミと別れたソウヤは電車に揺られていた。目的地まではまだしばらくかかる。なんとなしに窓から流れる景色を眺めていたが、次第に眠気が襲ってきた。寝床を提供してもらったとはいえ寝たのは慣れない長座布団の上、朝もそこそこ早かったせいもあって眠いといえば眠い。何より、ここ最近は帰ってきてからも事務仕事があり慢性的に寝不足だった。セルクルと違って完全に任せてしまえる文明の利器だ、乗り過ごさなければ居眠りをしてもいいだろうと、彼は目を閉じる。
そして眠りにつくまでに、2人は変わらず元気でよかったと安堵の心が広がる。シンクとの関係は少し疎遠になってしまったらしいが、彼女達なら大丈夫だろう。相変わらずベッキーはお節介焼きだったし、ナナミはおちゃらけながらもやはり年上のお姉ちゃんとしてしっかりしていた。そんなお姉さんらしく、ガウルとノワールのことについては散々色々言われた。が、それを本人達に言うかは難しいところだ。彼としてはノワールの言い分もわかっている。自分が口を出すべきことでもない、とも思っている。酔った勢いで言ったのもあるだろうし、それについては保留か、と判断した。
そもそも、全く酔っていなかった、ということはないだろうが、どこまで酔っていたかは怪しい。なぜならナナミはわざわざ二日酔いのフリまでしていた、とソウヤには
(ま、俺を騙そうなんてのはちょっと早かったがな)
騙し合いや演技の領分ではソウヤの方が一枚上手だ。彼はナナミの演技を完全に看破していた。それでも、彼女のなりの気の遣い方だろうと特にそのことに突っ込まず、最後まで彼女の意思を尊重したのだった。
大体、二日酔いと言っている割にあのそこそこのボリュームな朝食を、一応苦戦しているフリはしていたものの、彼女は全部平らげている。「吐きそう」とか言っている人間があんなに食べられるわけないだろうと彼は1人心の中で突っ込んでいた。だとするなら、昨日のあれも狸寝入りかもしれないとも思える。どの道ドキッとした瞬間はあったものの、ベッキーと話しただけだ。問題ないだろう。
そんな2人のことを考えているうちにいつの間にか意識は闇へと落ちていた。眠りについたソウヤを乗せ、朝の電車は走っていった。
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目当ての駅で降りたソウヤは途中一度コンビニに寄り、そして目的地へと到着した。さすがに平日昼間、しかも盆や彼岸でもない墓地は
その墓前で屈むと、彼はコンビニの袋から先ほど買った線香とライターを取り出した。全部使うのは少々量が多かったが、ここ意外で使う予定もない。うまくライターで火をつけ、その全ての線香を供える。
「……久しぶりだな、父さん、母さん」
手を合わせ、まず彼はそう切り出した。最後に来たのは高校卒業後にフロニャルド永住を決めた時だろうか。かれこれ3年ほど来ていなかったことになる。
「本当ならちゃんと掃除とかもしなくちゃいけないところなんだが……。何分忙しくてな。こんなダメ息子でも許してほしい」
墓石に語りかけるように、彼は続ける。そこには無論彼の両親の姿などない。いや、あったとしたらフロニャルドとは別な方向でファンタジー、あるいはホラーと言えるかもしれないが。
「だがおかげでここまででかくなれた。……実はもう結婚して今は嫁さんもいるんだ。気は強いけど、美人で、俺には勿体無いくらいの……。息子も生まれた。7ヶ月、今が可愛い盛りかもな。今度、もし機会があったら連れてくるよ。まあ俺も、もうここにいてもいないような存在だし、それも叶うかわからないけどな。……でも、この年になって、子供が出来て改めてわかった。父さんも母さんも、俺のことを本当に大事に育ててくれたって。だから……俺もそんな2人に負けないように、立派な父親になってみせるよ」
ソウヤが小さく笑う。掘った穴だったか井戸だったかに向かって「王様の耳はロバの耳」と叫んだ男の気持ちが、少しわかるような気がした。日頃自分の心をひた隠しに、なるべく弱音を漏らさぬよう、王族騎士として賢明に普段を演じている彼にとって、レグルスの前同様に誰もいないここはようやく自分の本音をこぼせる場所でもあった。
独白が終わると、彼は口と目を閉じ、2人の魂の安息を祈る。それが終わり立ち上がった時は、普段通りの、ソウヤ・ガレット・デ・ロワとしての顔に戻っていた。
「……じゃあ俺はもう行くよ。天国で2人仲良くやってくれ。そして……余裕があるならでいい、俺のことを見守ってくれ。……もっとも、天国からでも異世界は見ることが出来ないのかもしれないけどな」
皮肉っぽく笑顔を浮かべてソウヤは墓石に背を向けた。そしてそのお墓がある寺の裏、人目につきにくいところへと歩いていく。その時足元から、「にゃーん」という猫の鳴き声が聞こえてきて、思わず彼は表情を緩めた。
「助かるぜ、チェイニー」
ネクタイを締め、背中に短剣を背負った猫が彼の足元を並走していた。そして
その光の収まりと共に、ソウヤは再び第2の故郷であるフロニャルドへと帰っていった。
タイトルの意味は単純に「墓参り」。
ひとつ前の話にくっつけてもよかったのですが、この次からがいよいよ終盤となりますので、一区切りという意味も込めて分割しました。
さて、終盤はいよいよ風呂敷を包みにかかるわけですが、割とアレな展開なので一気に駆け抜けたいと思っています。が、如何せん現状ストックがほぼないですので、しばらく充電した後での投稿となる予定です。