DOG DAYS DUAL-BRAVER   作:天木武

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Episode 21 動き出す獅子

 

 

「ビスコッティで……謀反が起こったじゃと!?」

 

 隣国で異変が起こってから数時間後。その情報は今日が休日で家族と共にくつろいでいたソウヤの元へももたらされた。

 

「どういうことじゃ、ビオレ!?」

「私も詳しいことは……。ただ、ノワールが主席から連絡を受けたそうです。興業やそういう類ではなく、本当に謀反が起きて姫様が捕らえられるところを、なんとかシンク君が助けて連れ出すことに成功し、現在逃亡中だと……」

「な……。では、ミルヒも今は逃げていると!?」

 

 ビオレが重々しく頷く。

 

「現在姫様、勇者様、親衛隊長、主席の4名で人目を避けるように、地方の宿屋で身を潜めているそうです」

「……ルビコン川を渡っちまったか」

 

 ここまで黙っていたソウヤがボソッと呟いた。彼がかつて暮らしていた地球の故事、古代ローマにおいてカエサル、あるいはシーザーと呼ばれた男が重大な局面を迎えた際に取った行動から由来する一言だった。だがレオはその真意を測りかねると、怪訝な視線を向けてきた。

 

「どういう意味じゃ?」

「とうとう一線を越えちまった、ついに幕は上がっちまったってことだよ。……状況としては最悪だな」

「何?」

「人同士の争いってのが1番面倒なんだよ。……お前得意(・・)の星詠みで魔物を見た、と言っていたからな。てっきり今回のビスコッティの一連の騒動は魔物の類が絡んでいるんじゃないかとも思ったが……。いやそれがまだ黒幕という可能性も否定できないが、相手が人ならざるものならそれを叩き潰せばそれで済む話だ。だが、相手が人間となれば話が変わってくる。下手に動けば国の存亡にまで関わる話になってくるからな」

「何を呑気なことを言っておるんじゃ、お前は!」

 

 レオが思わず声を荒げる。レグルスを産んでからは丸くなった、と思っていたソウヤだったが、この剣幕は久しぶりに見るものだった。まあ無理もないだろう、姉妹のように仲のよい隣国の姫君が現在逃亡中、となれば焦る気持ちが表れるのも納得だった。

 

「ミルヒが追われて逃げているという話じゃぞ!? 黒幕など後で如何様にもしてくれる。しかし今はミルヒを……」

「落ち着け。この件にどういう対処をするかはヴァンネットで既に話し合われてるだろう。そしてその方針が決まったからこっちに連絡をよこした、だと思うが……。多分ガレットとしては、この事態をなるべく静観したいという方向で動くだろう」

「な……!」

「ソウヤ様のおっしゃるとおりの判断が、ヴァンネットでもされたようです。ガウ様は姫様をかくまうべきという主張をしたそうですが……。友好国の姫君をかくまうということは、内政干渉、あるいは隣国を取り込んでの軍備増強のための一歩という見方も出来るために、他国から槍玉に挙げられかねません。さらに、ビスコッティの混乱を白日の下に晒す結果にもなります。そうなれば他国……殊に、現在非常に状況が不安定なカミベル辺りに大々的に付け入る隙を与えることとなります。そういうことをバナード将軍が助言し、ガウ様も渋々了承したそうです」

「さすが知将、いい判断だ。……彼としても、友人がこの件に何かしらは関わっているだろうから、本来は首を突っ込みたかっただろうがな」

「ふざけるな! ガレットが静観じゃと!?」

 

 再びレオは声を荒げた。ソウヤはそれに対してため息をこぼす。

 

「だから落ち着け」

「落ち着いてなどいられるか! ソウヤ、貴様こそなぜそんな冷静でいられる!?」

「冷静? ……お前、俺が冷静に見えるほど耄碌(もうろく)したのか?」

 

 不機嫌そうに言われた棘のある一言。その一言でレオはようやく気がついた。間違いなく頭に血が上っていて、夫の雰囲気の変化に全く気づかなかった、というのは事実だった。

 ソウヤは冷静でなどいなかった。その目は明らかに不満、あるいは苛立ちを抱いていた。結婚してからというもの、レオはそういう変化に対して目ざとく気づいていたつもりでいたが、この時に限ればそれを完全に見落としていた。

 

「俺だって出来ることなら今すぐ飛び出して行って、姫様とあの馬鹿をかくまって黒幕を暴き出してぶっ飛ばしてやりたいところだ。だが今の俺は曲がりなりにもガレットの騎士、隊を預かりしかも妻にガレットの姫君をもらってるような立場だ。迂闊な行動が出来ないってのはよくわかってるつもりだ。……だから将軍の行動をいい判断だと言ったんだよ。方針が決まってしまえば、俺もお前も口が出せない。方針を決める場に俺が呼ばれていたら、自分では冷静でいる()()()でも、本音が混じる可能性があったからな」

 

 おそらく彼の内心の苛立ちは相当なはずだ。口調こそなるべく冷静に努めたようだったが、言葉の端々から明らかな本音が見え隠れしているようにも感じられる。そんなソウヤに、レオも心を静めるよう努力した。今度は少し冷静さを取り戻して尋ねる。

 

「……お前は、それでいいのか?」

「いいも悪いもない」

 

 だが、帰ってきたのはいつも通り、どこかそっけない、そして諦めの色を含んだ返事だった。

 

「領主殿がそう決めたらそれに従うだけだ。ましてや、この判断は妥当と思っているんだからなおさらだろう。……俺1人が動いたところでどうすることも出来ない。なら、長いものに巻かれる、わけじゃないが、国の方針に従って動く方が賢明だし事態の解決により助力できる」

「そうは言うが……」

「それに、ガウ様だってただ手をこまねいて見てるだけじゃないだろう。……ビオレさん、その辺の情報は入ってきてませんか?」

 

 はい、とソウヤの予想を肯定する相槌を打ったビオレ。だが、その顔色はあまり浮かばない様子だった。

 

「ガレットとしては……自国にとって友好国であるドラジェのレザン王子に、姫様の保護を求める方針で固まったようです」

「ドラジェ!?」

「……なるほど、表向きは第三国、ってことか」

「表向き……?」

「ドラジェはガレットにとって貿易相手の友好国。だがビスコッティから見た場合はそこまでの友好国というわけでもない。この間の合同演習のように興業が行われることはあるにはあったが、決して多くないからな。そこから考えると、友好国であるガレットでかくまうよりはドラジェにかくまったもらったほうが、さっき言ったような槍玉に挙がることはなくなる。ドラジェもドラジェで友好国であるガレットからの頼みだ、無下にはできない」

 

 なるほど、とレオは顎に手を当てて考えた。確かにソウヤの言ったことは理解できる。だが理解と納得は別物だ。現在ミルヒは追われる立場になっている。目的地がドラジェということは、つまり――。

 

「ビオレ、ミルヒ達はこの後ドラジェに向かうということじゃな?」

「そうなるかと思われます。現在はビスコッティの外れにある小さな村の宿屋で身を潜めて今後の方針と休憩を取り、明日の日が昇るより早く出発する、とのことです。ただ、当初はガレットを当てにしようということでガレット側に進路を取ったため、ドラジェへは時間がかかる場所ということですが……」

「その宿屋の場所はわかるか?」

「わかるにはわかりますが……。レオ様、まさか……!?」

「ああ。……ビスコッティからドラジェまで、決して短いとはいえない距離じゃ。しかも人目を避ける、となればなおさら、さらには追っ手がかかる可能性もあるじゃろう。……なら、ワシがミルヒを守りに行く……!」

 

 確固たる意思を持った瞳で、レオはそう呟いた。

 

「いけません、レオ様! いくら今は領主ではないとはいえ、レオ様は王族……嫌がる言い方かもしれませんが姫君なんです。なのに独断で動くなど! ソウヤ様からも何か言ってあげてください!」

 

 ゆっくりと、ソウヤはレオを見つめる。

 

「ソウヤ、止めないでほしい。勝手で無茶な頼みだとはわかっている。じゃがワシにとってミルヒはかけがえのない姉妹のような大切な存在。これだけの大ごとに巻き込まれたのを、指を咥えて見ているなどできんのじゃ……」

 

 妻の懇願に、彼は大きくため息をこぼした。そこには諦めの色と、予想通りという意味合いが込められているようだった。

 

「お前ならそう言うと思ってた。……わかったよ。止めない」

「ソウヤ様!?」

 

 ありえない、とばかりにビオレが非難の声を上げる。だが、ソウヤは聞く耳をもたないらしい。一方のレオは目を伏せ、感謝の意思をソウヤに伝えていた。

 

「……すまない、感謝する」

「謝るのはこっちの方だ。本当は着いていきたいが、俺も今の立場がある。その立場を利用して協力はするつもりだがな。……ただ、1つだけ約束してほしい。必ず帰って来い。そしてまた2人で、自分の腕でレグルスを抱く。それが条件だ。それだけは約束してくれ」

「わかった。確かに約束しよう」

 

 迷うことなく即答したレオに、ソウヤは小さく笑った。了解という意思表示だろう。

 

「仕度をする。ビオレ、手伝ってくれ」

「ですが……」

「手伝ってあげてください、ビオレさん。俺からもお願いします」

 

 先ほどソウヤがこぼしたため息よりも深く、ビオレがため息をこぼした。もう彼女としては呆れるしかなかった。

 

「……わかりました」

 

 仕方ない、とばかりにビオレがレオに続いて寝室へと入っていく。その背を見送ると、ソウヤはゆりかごで眠る我が子の元へと近づいた。そしてそっと抱き上げ、その頭を優しく撫でる。

 だが、ソウヤはレグルスに何も語り掛けなかった。かつては我が子に自身の心の弱音を漏らしたこともあった。しかしそのレグルスが眠っているからだろうか、ソウヤは何も発せず、ただ、神妙な面持ちでその頭をゆっくりと撫でていただけだった。

 

 ややあって、レオが支度を終えて寝室から出てくる。ソウヤも久しぶりに見る、彼女の戦の格好。美しくも凛々しい、その戦姫の様子に思わず感心したようにソウヤが鼻を鳴らす。

 

「なんじゃ、じろじろ見おって」

「いや、お前のその格好を見るのも久しぶりだと思ってな。……家で見る綺麗なお前もいいが、そうやって凛々しい格好で戦場に立つ方が、やはりお前らしいのかもな」

「からかうな。……それにこれから行くところは文字通りの戦場じゃ、気を引き締めねばならない。だが、先ほど約束したとおり、ワシは必ず戻ってこようぞ」

「ああ。そうしてくれ」

 

 抱いていたレグルスをソウヤがレオに受け渡す。優しく我が子を抱きかかえた母は、先ほどソウヤがそうしたように頭を撫で、次いで額に口づけた。

 

「レグ、少し行って来る。またすぐに、お前をこの手で抱いてやるからな……」

 

 そう言い残し、名残惜しそうにレオはビオレへとレグルスを預けた。

 

「レオ様、私もご一緒に……」

「ダメじゃ。お前にはレグを任せたい。それにワシのわがままにお前を巻き込んで危険な目に遭わせる訳にはいかん」

「危険なこととわかっているのでしたらなおのこと……!」

「それでもワシはミルヒを助けたい。……すまないビオレ、わかってくれ」

 

 口を真一文字に結び、ビオレが託されたレグルスへと視線を落とす。

 長年仕える側近、そして近衛隊長として彼女はついていきたかった。だが、何よりも大切な主の子を任されたのだ、それが自身への信頼に他ならないとも感じていた。

 

「レオ。ここでビオレさん1人じゃ何かと大変だろうから、事が収まるまで俺はビオレさんとレグを連れてヴァンネット城へ行こうと思っている」

「ああ、それがいいかもな。ルージュやメイド隊もおるじゃろうし」

「ここに戻ってくる時はお前と一緒だ。だから……」

「わかっておる。皆まで言うな」

 

 小さく微笑を浮かべ、2人は顔を寄せ合う。そしてレオはソウヤと口づけを交わした。

 

「他に何か言っておくことはあるか?」

「……姫様のついででいい。あの馬鹿を頼む」

「わかった。ついでになんとかしてやろう」

 

 厚顔な物言いだったが、それだけでソウヤには十分伝わったようだった。満足したように表情を僅かに崩す。

 レオが3人に背を向ける。そのまま、まさに威風堂々と言う言葉が最も似つかわしいほどに優雅に、彼女は家の入り口へと歩いて行く。

 

「……では行って来るぞ!」

 

 気高く美しい百獣王の騎士は以前と変わらぬ威厳をその背から放ち、そして彼女にとっての戦場へと向かうべく、扉を開いた。

 

 

 

 

 

 レオの出発後、ややあってソウヤはレグルスを抱くビオレと共にヴァンネット城へと訪れていた。こうなってしまっては休日も何もあったものではない。彼が率いる遊撃隊はこういう場合にどうとでも動けるように組織された隊だ。なら、いつでも動けるようにしておいたほうがいいだろう。とはいえ、既に夕暮れは近い。夜の行軍は危険が伴うことに加え、逃亡中の4人も宿を取ったということだから、早くとも明日の早朝の出発とはなりそうであった。

 無論それだけが理由ではなく、先ほどソウヤがレオに言ったレグルスの世話、という点からの行動でもあった。普段からレオとビオレ2人でレグルスの面倒を見ていたことを考えると、ビオレ1人では手に余るのではないかという危惧があった。だから早いうちに動くこととしたのだった。

 

 ソウヤとビオレ、それに抱きかかえられたレグルスの3人を待っていたかのように、城内では近衛隊長代理のルージュが待機していた。

 

「お待ちしておりました、ソウヤ様。それに……お久しぶりです、ビオレ姉様」

「久しぶりね、ルージュ。近衛隊長としてしっかりやってくれていたようで、私としても嬉しいわ」

「私はあくまで代理です。姉様の代わりとしてこの役割を預かっていただけですから」

 

 相変わらずなルージュに思わずビオレは苦笑をこぼした。この様子では以前ふざけて言っていた「苦労してこんなに尻尾の毛が抜けた」ということを言い出しかねない。

 

「再会を懐かしんでいるところすみません。ルージュさん、ガウ様に会うことは可能ですか?」

 

 そこで口を挟んだのはソウヤだった。彼としてはこの状況について一刻も早くガウルと話したいのだ。

 

「あ……。はい。現在騎士団長と今後の方針について相談中のようですので、ソウヤ様でしたらそこに顔を出されても問題はないかと……」

「じゃあ早速ですが行って来ます。領主執務室ですよね?」

「そうですが……。ご案内は……」

「ここは家みたいなもんだ、いりませんよ。それよりビオレさんと一緒にレグの面倒をお願いします。俺とレオの分身だ、よろしく頼みますよ」

 

 プレッシャーをかける一言に一瞬ルージュの顔が固まる。予想通りの反応だったのだろう、愉快そうに笑みをこぼし、ソウヤはその場を後にする。

 

 先ほど述べた通り、ヴァンネット城はソウヤにとって今では家のようなものだ。もう部屋を間違えるはずもない。迷わず領主執務室へと進み、ドアをノックする。

 

「……何だ?」

 

 部屋の中から訝しげるようなガウルの声が聞こえてきた。それもそうだろう。今は騎士団長との会議中というのは周知の事実のはずだ。普通ここに水を差すのはあまり考えられない。

 

「ソウヤです。事態が事態ですので休みを返上して参りました。騎士団長と会議中と伺い、可能であるなら自分も同席させていただきたいのですが」

「お、来たか。構わねえ、入ってくれ」

 

 存外あっさり許可が出た、とやや拍子抜けしつつソウヤは扉を開いた。

 中にいたのはガウル、騎士団長のバナード、そして女将軍であるジョーヌの3人だった。普段と比べて皆表情が固い。

 

「失礼します。……急な訪室を許してくださって感謝します」

「気にするな。本来ならお前も入れて検討会議をしたかったんだが、事は急を要したからな……」

「だったら俺に真っ先に連絡をくれたら飛んできたものを」

「その場合こんな状況になったときに真っ先に飛び出していくであろう姉上を止める役割がいなくなる。……もっとも、お前がいても変わらなかったらしいが」

 

 やはりレオが独断出撃したという話はヴァンネットにも伝わっているらしい。おそらく諜報部隊からもたらされた情報だろう。

 

「すみません。止めようと思ったのですが……」

「ああ、いい。そんなフリ(・・)はやめろ。どうせお前が折れて諦めて送り出したんだろ?」

「お見通しですか。その通りですよ。それで責任を取れというのであれば、甘んじて受け入れますが」

「必要ねえ。不問だ。姉上が勝手にやったことだしな。だがそれでも責任を感じるってんなら、お前の遊撃隊にはきっちり仕事をしてもらうってことでいい。……まあ座れ」

 

 おそらく妻の無断出撃について言及されても特にお咎めなしだろう、と高を括っていったソウヤの予想は的中していた。元々ガウルはそういう人間だ。それに、彼は本心では直接的な介入を望んでいるはず。ならなおさら、その自分の分まで姉に期待を馳せるだろうとソウヤは思っていた。加えて何かあっても「姉の独断」という体のいい言い訳にも使える。なんだかんだ、領主の座が板についてきたなと思わずにはいられなかった。

 が、今はそんなことを考えている場合ではない。ガウルに薦められて「失礼します」とソウヤもバナードの隣に腰掛ける。

 

「さてソウヤ……。状況は把握してるな?」

「ええ。ビスコッティで謀反が起こり、姫様が捕らわれかけた。そこをリコッタの機転とシンクの活躍によって間一髪で助け出して逃亡。今はビスコッティ辺境の宿屋で身を潜めている」

 

 チラッとバナードがソウヤに視線を移す。その視線を感じ取ったソウヤは、顔の向きを領主から騎士団長のほうへと向けなおして続けた。

 

「それで明日の朝にドラジェへと出発する。……騎士団長が提案したと聞きましたが、ドラジェに救援要請という案は見事ですよ。ガレットでかくまったら他国の槍玉に挙がる。付け入る隙を与えることになりますからね」

「やはりソウヤ殿もそう思われたか」

「思うだけなら、ですが。実際話し合いの場に俺がいたらそれを提案しつつも、ガレットでの受け入れも捨てきれないでいたと思いますよ。俺としても同郷の人間は助けてやりたいですから」

「そう思ってて、よく姉上と一緒に行かなかったな」

「行ったところで根本解決にはならないからですよ。俺はあいつのように1人でどうこうできるほどの力を持っちゃいないことはよくわかっています。だったら、領主の判断にしたがって自分の隊を使って解決に尽力するほうがいい」

「……ったく、相変わらずの現実主義っぷりやな」

 

 茶化した様子のジョーヌにソウヤは鼻で笑って応えた。脱線しないようにガウルが続ける。

 

「とにかく、今お前が言ったとおりだ。現状でガレットが出来ることといったらドラジェに向かう逃避行のバックアップしかないだろう。おそらく人目につかないルートを選択するだろうから、レザン王子の待つドラジェのコンフェッティ城への到着は早くて明後日になると考えられる。場合によっちゃもっとかかる可能性もありうる。そこを如何にしてバックアップするか。先走った姉上はさておき、表立って動けばせっかく逸らした矛先をもう1度向けられる結果になりかねない。……そういう話を今していたところだ」

「なるほど」

「この状況……ソウヤ殿ならどういう方針を打ち出すかな?」

 

 挑発とも聞こえるようなバナードからの質問。だがソウヤは特に気にした様子もない。

 

「多分あなたと同じでしょう。バックアップといってもおそらく既に諜報部隊は動いてるでしょうし。ならあとは()()()使()用の部隊があればいい。……つまり、こういうときのために設立された遊撃隊が、諜報部隊と協力して動くのが妥当かと思います」

「ああ、まさに私も同じ考えだったよ。騎士団を動かすよりは、そちらで動いてもらった方がフットワークが軽い。それに少数の隊の方が動きを気取られにくいだろうからね」

 

 2人がガウルの方へ目を移す。あとは領主の判断待ち、と言ったところだろうか。しかし一方でガウルはどこか浮かない表情を見せていた。

 

「……はっきり言うと、隣国の姫君の窮地を手助けできねえってのは、俺としては不満なんだよな」

「それは仕方ないでしょう。領主たるもの時には我慢も必要だ、とレオなら言うでしょう。その代わり……という言い方がふさわしいかはわかりませんが、レオが動いて、俺も動こうとしている。だから、あなたの姉と、そして俺と、それからあなたの臣下達を信じてください、と言うしかないですね」

「ソウヤ……」

 

 らしくない発言だ、と思った。しかしそう思いつつも、ガウルはその義兄の言葉を信じてみたいと思っていた。

 

「……わかった。お前のその言葉を信じてみる。ソウヤ、以前遊撃隊を設立するという話をした時に『究極的には隊長の独断で行動可能な権限を与える』って話をしたのを覚えてるか?」

「ええ。うっすらとですが」

「遊撃隊はお前に完全に預ける。俺からの指示を待たずに、お前の独断で動かしていい。それから頭数が必要なら、要請をよこせば可能な限りで騎士団から送ってやる」

「いいんですか? そこまでの権限を俺に与えて」

「ああ。それがお前の言葉を信じる、という証明に他ならないだろ。他に何か望むことはあるか?」

「……厚かましいとわかってはいますが、バックアップに動いている諜報部隊も俺の指揮下で動かしたい。可能ですか?」

 

 ソウヤにしては珍しい。大抵は自分の身の丈だのなんだのを理由にこういうのは断るのが常だった。だがそれを口に出さず可能な限りで尽力しようという姿勢に、ソウヤとしてもこの問題の解決を強く望んでいるのだと、ガウルは感じていた。

 

「ノワの返答次第、としか言えねえが……。多分大丈夫だろ。なるべくお前の意思が通るようにしてやる」

「ありがとうございます。感謝しますよ」

 

 全くもってらしくない、と改めてガウルは思う。普通こういった面倒な役を押し付けられた時は文句のひとつもこぼしていたというのに、素直にその口から感謝の言葉だけが出るとは思ってもいなかった。

 

「……あまり無茶はするなよ」

 

 そんな普段と異なる様子のソウヤに、思わずガウルはそう声をかけていた。どうも今の彼は危うく見える。自身の身の危険を顧みずに、何かをしてしまうような。どこか思い詰めた様子で、無茶をやらかそうとしているような。普段との違いからそんな嫌な予感が、ガウルの脳裏をよぎっていた。

 

「覚えておきますよ。……さて、俺は行きます。出撃は明日の早朝を予定してますが、俺の指揮下に入る入らないは置いておくにしても今後の展開についてノワールと話をつけておきたいですから」

「わかった。姫様とシンク……それに姉上を頼む」

「ええ。()()()()()()()

 

 その返答に思わずガウルは固まった。だが続けてかけようとする言葉より早く、ジョーヌの声が彼にかかる。

 

「ソウヤ、ノワにもあんまり無理させんといてな」

「わかってるよ。そっちも心配すんな」

 

 ソウヤが席を立ち、部屋を後にする。その背を見送りつつも、だがガウルはやはり先ほど覚えた不安を拭えずにいた。

 今のソウヤはよく言う「努力する」ではなく「任せろ」と言った。過去に彼がそう言ったことなど、果たして何度あっただろうか。

 しかし今は義兄を、そして渦中の姫君の助けとなるべく先行した姉を信じるしかない。未だ不安感を拭えないまま、この動乱の渦に親しき人々が巻き込まれていくことだけは避けてほしいと、ガレット領主は願わずにはいられなかった。

 

 

 

 

 

 ビオレから聞いた宿は目前へと迫っていた。次第に辺りは夕暮れ、そして夜となっていくだろう。それより先に目的地に到着しなくてはいけない。レオはドーマを全速力で走らせていた。共に駆けるのは久しぶりだというのにドーマは全く衰えを感じさせず、以前と同じ感触で彼女を出迎えてくれた。そのことに喜びを覚えつつ、目的の場所へと彼女は疾走していく。

 

(ミルヒは……ワシが守らねば……!)

 

 幼い時から共に過ごした姉妹同然の隣国の姫君を思う。ミルヒはレオにとってかけがえのない存在であった。彼女を失いたくないがために、自身の領主の座、さらにはその身を賭けてまでも守ろうとし、不吉な星詠みによって視えた未来に抗おうとしたこともあった。

 今もその時と心は似ている。たとえこの身に変えても、そう思い、しかし次の瞬間夫との約束を思い出していた。

 

『必ず帰って来い。そしてまた2人で、自分の腕でレグルスを抱く』

 

 それをはっきりと約束した以上、無理は出来ないかもしれない。その約束が枷となり、もしかしたら今の自分は以前ほどの強い決意を持つことが出来ぬまま、これから死地へ赴こうとしているのではないか。

 いや、それは違うと彼女は自身の心を否定した。それは枷ではない。必ず帰る。その約束は、彼女自身何が何でも帰るという未来への渇望に他ならない。己の身を顧みない戦いをして誰が喜ぼうか。守ろうとしたミルヒも、約束を交わしたソウヤも悲しい顔をするに違いない。だとするなら、それを枷と呼ぶべきではない。

 以前とは違うのだ、とレオは自分に言い聞かせる。何が何でも、ではない。いや、確かにミルヒのことを守らねばならないのはそうだろう。だが、そのために自分の身を差し出してはいけないのだ。かつての星詠みのときの決意と、そこははっきりと異なっていた。

 

(あいつは……随分と難しい要求をしてきたものだな)

 

 疾走するドーマの上でレオは苦笑を浮かべた。だが、必ずやり遂げてみせる。ミルヒを守り抜き、自身も五体満足で帰り、そして事態を解決して愛する我が子、レグルスを抱く。そんな強い思いが、彼女の心の中を燃え盛る炎のようにたぎっていた。

 




コンフェッティ……糖衣菓子のこと。金平糖みたいなもの。早い話がドラジェのイタリア語。ドラジェ自体はフランス語。
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