DOG DAYS DUAL-BRAVER   作:天木武

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Episode 5 それぞれの時間

 

 

 城内に入ったレオとビオレを待っていたのはミルヒの専属秘書官であるアメリタ・トランペだった。きりりとした眼鏡から覗くその表情とタイトな衣装から受ける印象はまさに「出来る女性」そのものである。多忙なミルヒのスケジュールを管理し、ミルヒを公私共に支えているよき理解者であり、幼い頃のミルヒとレオの関係をよく知っている人物でもあった。

 

「お待ちしておりました、レオ様。応接室にご案内いたします」

「すまんな」

 

 アメリタを先頭にミルヒ、レオ、ビオレと続く。

 と、フィリアンノ城の廊下を歩いている途中、ミルヒがレオに近づいてきた。そしてそっと耳打ちをする。

 

「レオ様。アメリタのことなんですが……」

「ん? アメリタがどうしかたのか?」

「近々結婚するかもしれないんです」

「な、なんじゃと!?」

 

 思わずレオが大声を出してしまい、前を歩くアメリタが驚いて振り返った。

 

「ど、どうしましたレオ様?」

「アメリタ、お前……」

「あー! レオ様、せっかくこっそり話したのに……」

 

 そのミルヒの様子を見て話の内容を察したのだろう。アメリタにしては珍しく困った表情を浮かべて大きくため息をつく。

 

「もう……姫様、そのことはあまり広めないでほしいと言ったはずです。このことをよく思われない方も少なくないでしょうから……」

「でもレオ様もアメリタのことをよく知っていますし、お耳に入れておいた方がよかったかと……」

「そうじゃ、ミルヒの言う通りじゃな。……して、相手は誰じゃ?」

 

 再びアメリタはため息をついて右手で頭を抱えてしまった。そんな困り顔の彼女に代わってミルヒが口を開く。

 

「騎士団長のロランです」

「なんと! ……そう言われてみれば以前からいい感じではあったな。アメリタ、お前もなかなか隅に置けないのう」

「茶化さないでください。……私などでは身分が違うということはわかっていたのですが、あの方が……あまりに熱心にアプローチをなされるので……」

「よいではないか。細かいことは気にするな。いざとなったらミルヒの一声でよく思っていない者などどうとでもなる」

「そうですね……ってレオ様、それじゃ権力濫用ですよ!」

「いざとなったら、の話じゃ」

 

 愉快そうにレオが笑う。

 

「それで式には是非とも呼んでほしいが、予定はいつじゃ?」

「まだそこまでは……。何分私もあの方も忙しいですし、私達の仲も正式に、というわけでありませんから……。今のところは折を見て、としか申し上げられません」

「ほう、そうか。しかし相手が騎士団長とはのう……。どうじゃビオレ、お前もバナードと……」

「あの方は愛妻家と有名な妻帯者ではありませんか。レオ様、私に不倫の相手をしろとおっしゃるのですか?」

 

 困り顔でビオレは領主へ問いかける。

 

「それよりもレオ様の方こそ早くお相手を見つけられては?」

「な!? や、やかましい! ワシは領主じゃ。そんな色恋沙汰などやっとる暇はない!」

 

 なぜかその言葉を聞いたミルヒが一瞬固まったが、誰もその様子には気づかない。

 

「そんなこと言ってられませんよ? そろそろお相手を見つけられてもよろしいお年頃かと。あまり先延ばしにしては縁談を組むなどということにもなりかねません、ご自分の意思で相手を選べるうちに見つけられたほうがよいのでは?」

「……まあわからんでもないが」

「勇者様がもっと社交的でいらしたら、レオ様との仲が発展されるように私も手をお貸ししたんですけどね……」

 

 そんな話をしているうちに応接室に到着する。通された部屋は豪奢な造りで、フィリアンノ城の威厳のようなものが感じられた。

 

「……では私はこれで失礼します」

「私もアメリタ秘書官と一緒に外でお待ちしておりますね」

 

 アメリタとビオレが部屋を後にする。2人が退室して扉が閉まったのを見て、ミルヒとレオが椅子に腰掛けた。

 

「早速だが……頼んでいた件、やってくれたか?」

 

 さっきまでより表情を硬くしてレオがミルヒに尋ねる。レオのその言葉にミルヒは表情をやや曇らせて俯いた。

 

「……申し訳ありません。昨夜と、それから今朝も試したのですが……」

 

 そこで一度言葉を切って顔を上げる。

 

「ガレットの勇者様に関連することを『星詠み』しようとしましたが……影に包まれたように、ビジョンが見えないのです」

「……ワシと同じじゃ。ミルヒを持ってしても見えんか」

 

 「星詠み」というのは映像板を使って様々なことを見ることが出来る紋章術の一種である。遠く離れた世界の映像を見ることや探し物を見つけることなどができ、人によっては少し未来のことを視えるというものである。ミルヒもレオも、この星詠みによってシンクとソウヤ、それぞれの国の勇者を選び出していた。

 

「すみません、お力になれず……」

 

 ミルヒが申し訳なさそうにレオに頭を下げる。

 

「いや、ワシも昨日やってみたが見えずに不安になかったから頼んだのじゃ、謝ることはない」

「こんなことは珍しいです。普通、星詠みでは何かしら多少のビジョンが見えるはずなのですが、全く見えないというのは……」

 

 2人の間に沈黙が流れる。

 

「……はっきりと悪いビジョンが見えなかった、というだけでもよかったと考えるべきかの」

「以前、魔物が現れたときのレオ様の星詠みは……」

「ああ。見えたのは悪いビジョンだった。それもはっきりと。……そしてワシがそれを変えようとしても、見えるビジョンの結末は変わらなかった」

「ですが、最後は変わったではありませんか」

「……そうじゃな」

 

 以前、レオは星詠みでミルヒの死というビジョンを視た。星詠みで視えた未来は、確実に起こるというわけではない。それでも何度試しても視える不吉な映像は変わらず、不安になったレオはそれを避けるため、ビスコッティに戦を仕掛けたり、戦に国の宝剣を賭けてみたりと様々な手を尽くした。

 しかしレオの言葉通り視えるビジョンの結末は変わらず、一度はそこで視たとおりの光景を目にしてしまう。

 だが最終的にはその結果は変わり、今もミルヒはこうして元気に領主としての役割を全うしていた。

 

「確かにビジョンが視えないというのは不安なものです。ですがそれは如何様にも変えることができる、ということだとは考えられませんか? あの時も言ったように、未来は自らの手で決めるものだと私は思いますし」

「……相変わらずミルヒは前向きじゃの」

「それが私の取り柄でもありますから。それにレオ様がお選びになった勇者様です、信じてもいいと思います」

「そうならいいんじゃが……」

 

 レオは1つため息をついた。

 

「昨日のダルキアンとの戦い、見ていたのだろう?」

「はい。見事な戦いでしたが……」

「……ミルヒにはそう見えたか」

 

 違うのですか、とミルヒが一瞬驚いた顔を浮かべた。

 

「いや、確かに見事な戦い、という見方は間違ってはいない。あのダルキアン相手に一歩も退かない勇敢な姿は、見る者を引き込むような、まさにワシが期待した通りの戦いぶりだったと言ってもいいじゃろう。

 じゃが奴の最後のあの騙まし討ち、そして自分と相手の両方の身を危険に晒すような戦い方……。戦は怪我がないように行わなければならぬ以上、ワシはあの戦いの全てを評価すると言うことはできない。……ダルキアンには余計な気をかけさせた。ワシが謝っていたと伝えてくれ」

 

 レオが軽く顎を引き、頭を下げた。それ見たミルヒが慌てて椅子から腰を浮かし、やめさせようとする。

 

「レオ様、頭を上げてください。勇者様が怪我をされたと言う噂も耳にしました。だとしたら謝らなければいけないのはむしろ私の方です」

「……怪我はしたが大したことはない。フロニャ力の恩恵もあったし、そのあと城の医師の診察も受けておる。それにさっきここに来る途中野盗が現れたが、あやつはそれを1人、紋章砲一撃で片付けているし、もはや完治しているじゃろう」

「そうだったんですか。それにしてもさすがレオ様がお選びになった勇者様ですね。もう紋章術をそこまで使いこなしているのですか」

 

 そのミルヒの勇者を称賛する言葉を聞いたレオは1つため息をついた後で口を開いた。

 

「……ワシがあいつを初めて見たのは、星詠みであいつが出ている弓の試合を見たときじゃった。周りはあやつより数歳年上の者ばかり。なのに奴は全く気圧される雰囲気はなく、それどころか緊張、不安、そういった類とはまるで無縁であるかのように矢を放っていた。……ワシはそれを見て驚いた。雑念も何も一切なく、ただ目の前の的を射抜くその姿は、まさに勇者にふさわしいとそう思った」

「私がシンクを迎えようと決めたときと同じですね」

「……じゃが実際に会って、その戦いを目の当たりにして気づいた。初めて会った時に見たその目はまるで虚ろで何も見えていないようじゃった。そしてあの戦い方と思考……。奴には雑念がない、それは間違っていないかもしれない。しかしそれは雑念だけでなく、夢や希望、そして感情さえも欠落しているではないか、何も思っていないのではないかとまで思うようになってきた。事実、だとすればまるで死に急ぐかのような戦い方も納得できる」

「レオ様、いくらなんでもそれは……」

「杞憂、と思いたいが……。どうもいらん気を遣ってしまうのは、ワシの悪い癖のようでな。ついつい気になってしまうんじゃ」

 

 再びレオは大きくため息をこぼす。

 

「……ともかくそういうこともあって、ワシは勇者のことを不安に思っておる次第じゃ。そこで勇者を召喚したことについては先輩であるミルヒから助言をもらいたいと思っての……」

「助言、ですか……」

 

 ミルヒが考え込む様子を見せる。

 

「と言っても、そっちの勇者はバカが付くほど正直で素直な奴じゃからの……。こっちとは状況がまるで異なるから参考になりそうにもないな。ミルヒに名前で呼ばれるほどの仲になっておるほどじゃし」

「そうですね……。……って、ちょ、ちょっとレオ様何を……!」

 

 真面目な顔で考え込んでいたミルヒの顔が見る見るうちに赤くなる。

 

「べ、別に私はそんな……」

「形式上は会談ということでそこそこ堅苦しい喋り方をしてる割に普通にあいつのことを名前で呼びおって……。惚気か?」

「そ、そんなんじゃありません! それは……その……つい癖で……」

「ほう! 癖! やはり仲がいいんじゃのう、ミルヒ。どうじゃ、アメリタに続いてお前も……」

「か、からかわないでください!」

 

 恥ずかしそうにうつむくミルヒを見てレオは声を出して笑った。が、笑った後でレオの顔が真剣なものに戻る。

 

「……ワシはあいつのことをダメ勇者と言ってきたが、これだけ信頼を得ているんじゃ、勇者としてふさわしい存在に成長したのかもしれんな」

「レオ様……」

 

 不安そうな顔でレオを見つめるミルヒ。その後で表情を固くして口を開く。

 

「……レオ様、今レオ様はシンクを成長したとおっしゃいました。でしたら、そちらの勇者様もこれからその名にふさわしい存在へと成長する、とも言えるのではないですか?」

「ミルヒ……」

 

 レオがミルヒの顔を見つめる。

 

「そしてそれを助けることが出来るとしたら、レオ様を始めとしたガレットの方々、勇者様を取り巻く人たちだと思います。勿論私も手助けできることがあればそれは惜しみません。ですが……」

「結局最後は勇者自身、というわけか……」

 

 ふう、とレオが1つ息を吐き出した。

 

「……ミルヒの言う通りじゃな。ワシとしたことが、弱気になっていたようじゃ。これでは変わるものも変わらん。ワシらがもっとしっかりして奴をいい方向へと導くようにしなくてはな。助言、感謝するぞミルヒ」

「いえ、私の力など微々たる物ですから」

「堅苦しい話はこのぐらいにしよう。あとはガウルがシンクを連れて帰ってくるまで、気の張らん話でもしようぞ」

 

 レオがリラックスした様子で足を組む。ミルヒもそれに習って肩の力を少し抜いたようだった。

 

「……して、さっきの話の続きじゃが、勇者とはどのぐらいの関係なんじゃ?」

「も、もう! レオ様!」

 

 困ったようなミルヒの声とレオの笑い声がフィリアンノ城の応接間に響いた。

 

 

 

 

 

「じゃあちょっくらダルキアンのところに行ってシンクを呼んでくる。ジョー、勇者のお()りは任せたぜ」

「……へーい」

 

 ガウルの言葉にもどこか気が乗らなそうににジョーヌは答える。あまり口を利いたことはないがどうやらめんどくさいらしいと噂の勇者と、気難しい隣国の親衛隊長と一緒、となれば気も重くなるだろう。

 

「ジョー、私達3人の中からの大抜擢なんだから頑張ってね」

「……頑張れ」

「お前ら、他人事だと思って……」

 

 ジェノワーズの残り2人に声をかけられても効果は薄かったようだ。

 

「エクレも一緒でありますから、何かあったらエクレに聞くといいであります。……では自分達は行ってくるであります」

「ああ。リコ、また後でな」

 

 リコッタ達風月庵に行くメンバーとエクレール達城下町を散策するメンバーで分かれた。エクレールを先頭にソウヤとジョーヌが続いて街の喧騒の中へと紛れていく。

 街の通りは非常ににぎやかで、人通りも多い。通りの脇には出店が並び、食物の焼けるおいしそうな匂いが漂ってきた。そんな中、そういった物にまるで興味がないかのように速足気味に歩くエクレールを追いかけ、ガレットの2人も人ごみを掻き分けてついていく。

 

「ちょ、ちょい待てエクレ! ウチらを置いていく気か!? お前案内する気あるんか?」

「こう人が多くては案内も何もない。もう少しで中心部を抜ける。それまでははぐれずついてこい」

「んなついてこい言うても……」

 

 後ろの様子を確認することなくどんどん前へと行くエクレールを見失わないよう、2人もペースを上げて歩いていく。速足で歩きつつも、ソウヤは視界の隅に周りの様子を捕えていた。自分が想像していた異世界とはやはり大分違う、と改めて思う。もっと西欧的で中世的な世界がお約束であろうに、これではまるで日本の縁日かお祭りだ。そんな風に思ったソウヤの脳裏にふと幼い頃の思い出が呼び起こされる。そう、さながらこれは、小さい時に両親に連れられて歩いた歩行者天国の夏祭り――。

 

(……くだらねえことを思い出しちまった)

 

 今は亡き両親との過去が頭をよぎり、ソウヤは左右に頭を振る。もはや思い出すこともないと思っていた出来事。さっきレオと両親の話をしてしまったせいだろう、とそれきりソウヤはそのことは気にかけないようにし、前を歩くエクレールを見失わないように追いかけた。

 

 しばらく歩くとやや郊外へ出たのか、人通りが減ってくる。

 

「おいエクレ! もうペース落としてもいいやろ!」

 

 それでも速度を落とさないエクレールにジョーヌが不満を口にする。その言葉を聞いて後ろを振り返ったエクレールはようやく歩調を緩めた。周りを見渡す余裕ができ、ソウヤは何となしに周囲を見渡す。

 

「しかし活気のある街だ。さすが城下町というだけのことはある」

「ここは景観がよく下水等も整備されてて、何より食べ物がうまいからな。いい街だと思うわ」

 

 ソウヤとジョーヌの会話を聞き、だがエクレールはどこか不機嫌そうにフンと鼻を鳴らす。

 

「当たり前だ。姫様が治めている城の城下町だ。不満を持つ者などいるはずがないだろう」

「なるほど。こちらの姫様は民の心をよく掴んでいるようだな。あの年で領主というのも納得だ」

 

 どこか皮肉っぽく聞こえたその一言。過敏に感じ取ったエクレールが不快そうにソウヤを睨む。

 

「勇者、その言い方だとレオ様は民の心を掴んでない、とも聞こえかねんで?」

「そういう意図は全くなかったんだが、失言だったかな。ともかく、やり手だということはよくわかった」

「姫様は歌もうまいからなー。姫様のコンサートはそれはそれは盛り上がるで。勇者もこっちにいるうちに1回ぐらいは聞けるんちゃうかな?」

「そうか。別に興味はないが」

「そう言わんと、聞かなもったいないで」

 

 ジョーヌは呑気にそう言ったが、一方エクレールはますます機嫌を損ねたようにソウヤを睨みつけた。

 

「勇者、貴様姫様を愚弄する気か?」

「してるように聞こえるか? そんなつもりはなかったが」

「……貴様、ダルキアン卿に勝ったからと少々調子に乗っているのではないか?」

「そう見えるか? 俺自身はそんなつもりはないんだがな」

「あんな卑怯な騙まし討ちでの勝利など、私は認めん。ダルキアン卿は貴様に勝ちを譲っただけだ」

「お前に認めてもらう必要はない。確かにあの人は俺より間違いなく強い。が、それでも昨日の戦いで勝ちを取ったのは俺だという事実に変わりはない」

「貴様……!」

 

 エクレールがソウヤの胸元を掴みかかろうとする。慌ててジョーヌがその間に割って入った。

 

「ちょ、ちょい待てエクレ! 落ち着け!」

「邪魔をするな!」

「ケンカはあかんて! ウチまでレオ様に大目玉くらうわ……。そうやなくてもこんな貧乏くじで散々やってのに……」

「ジョーヌの言うとおりだな。落ち着いた方がいい。それとも客人に手を上げるのがこの国の親衛隊長の礼儀か?」

「勇者! お前も煽るなっての!」

 

 はいはい、と言わんばかりにソウヤは肩をすくめた。

 

「……ま、エクレールの気持ちはわからんでもない。どこの馬の骨とも知らん奴が、正攻法とは到底言えん手段で自国の名高い騎士を敗ったとなれば、腹も立つだろうからな」

 

 そのソウヤの言葉にようやく少し落ち着きを取り戻すエクレール。間に入ったジョーヌから離れた。

 

「……ダルキアン卿は私の目標だ。強く、気高く、そして何にも縛られなく自由だ。あの人に憧れ、習った技に自分なりにアレンジを加えて編み出した紋章剣もある」

「なるほど。それは悪いことをしたな」

 

 挑発地味た発言に再びエクレールがソウヤを睨みつける。が、慌ててジョーヌがそれをなだめた。

 

「……ったく。エクレ、なんでお前こいつに同行するなんて言ったんや? つまるところこいつのこと最初からいい目では見てなかったってことやろ?」

「だからだろ」

 

 ソウヤのその言葉にジョーヌが驚いた表情を浮かべる。

 

「え? どういう意味や?」

「半分は監視目的、もう半分は俺がどういう奴か実際話してみたかった、と言ったところだろう。違うか?」

 

 エクレールの眉がピクリと一瞬動く。

 

「……本当に小憎らしい奴だ、貴様は」

 

 そして吐き捨てるようにそう呟いた。

 

「ダルキアン卿に勝ったとはいえあの騙まし討ちを平然と行うような者。そんな貴様がどういう奴なのか実際にこの目で確かめ、その本心を聞いてみたかった。……だが確かめるだけ無駄だったな。確かに貴様は勇者として召喚され、この世界ではそう呼ばれる存在だ。しかし、真の意味で勇者と呼ぶには値しない」

「だろうな。俺もそう思う」

「何……?」

「さっきそちらの姫様に挨拶するときも言っただろう、俺は自分でそんなもんだとは思ってないと。勝つための手段を選ばず、今後味方が前線を支えているときに後ろから弓を撃ってるだけであろう俺など、勇者などと言う存在からは程遠い」

「勇者……」

 

 ソウヤの自暴自棄とも言える言葉にジョーヌが思わず心配そうな声を出す。

 

「なら貴様が変わればいいだろう」

「その気もない。こっちの世界で勝手に俺を呼び出しておいて変われ、と言うのは一方的すぎると思うが。ましてや俺がここに呼び出された理由は『戦に勝つため』だ。勇者としてふさわしい姿になれとは言われていない」

 

 フン、とエクレールがそっぽを向いた。

 

「……貴様は私やアホ勇者より年上と聞いていたが、心の方はまだまだ子供なようだな」

「かもな」

「貴様とアホ勇者が同じ勇者と呼ばれてるのが不思議でならん。あいつは貴様ほど強くないかもしれないが、ひねくれてもいない真面目な奴だ。……そんなあいつと貴様が同じ勇者だなどと……」

「……なるほどな。シンクってのはそんなに人の信頼を得るのがうまい奴なのか。……ついでに人の心を惹きつけるのもな」

 

 それに対してエクレールが何も言わないのを確認すると、ソウヤは続ける。

 

「お前はてっきり俺とダルキアン卿の件だけが気に食わないのかと思ってた。……だが違ったな。俺が勇者であること自体が気に食わないんだ」

「ああ、そうだ」

「なぜ気に食わないか。自国の勇者とあまりにかけ離れているからだ。お前が『勇者』と呼ぶシンク・イズミとな」

「……何が言いたい?」

「お前にとって『勇者』を侮辱されることは姫様やダルキアン卿を侮辱されること同様に苦痛だってことだよ。言い換えるなら……その2人と同様にシンクを心の中では大切に思ってるってことだ」

「な……!」

 

 本人としては意図していなかったのだろうが、図星だったのだろう。エクレールの顔が見る見る赤くなっていく。

 

「そ、そんなわけないだろう! 別に私はあいつのことなどなんとも……」

「おーおー、真っ赤やでエクレ」

「だ、黙れ!」

 

 ジョーヌがエクレールをからかう。だが、言った当の本人のソウヤはそれを横目に見つめてフンと一つ鼻を鳴らした。

 

「……俺はここに来るべきじゃなかったかもな」

 

 その一言にジョーヌがエクレールをからかうのをやめ、驚いたように視線をソウヤのほうへと移す。

 

「どういう意味や?」

「俺と同じ世界の人間であるシンクがここまで慕われているのを見ると……時折、羨ましいとも思える」

「嫉妬か? だったら貴様もそういった人徳を得ればいいだろう」

「必要ない。……いや、必要であってはいけない」

「『あってはいけない』……? どういう意味や?」

 

 ソウヤがゆっくりと振り返る。2人にはその目に何の色も感情も無いように見えた。

 

「この世の事柄はプラマイゼロだ。いいことがあれば、悪いことがある。人と出会い、付き合いを深めて得た喜びが大きければ大きいほど、それを失うときの悲しみは大きくなる。……俺の両親は俺を深い愛情を持って育ててくれた。だが、6年前に両親が死んだとき、俺はその絶望感に耐えられなかった。だから俺は人との付き合いを避けてきた。そうすれば別れの悲しみは受けずにすむからな。……なのに羨ましい、と感じてしまっている。一度決めたはずなのに、甘い誘惑が俺を誘ってくる。ここに来なければ、そんなことで葛藤せずとも済んだだろうからな」

「で、でもな、勇者……」

 

 ジョーヌが何かを言おうとしたのをエクレールが止めた。

 

「……放っておけ。私達がいくら言葉を重ねても、こいつには届かない」

「エクレ……」

「変わらないことを望むお前なら、その方がいいんだろう?」

 

 エクレールのその言葉にソウヤの口元が一瞬緩んだ。それはそんな選択をした自身をあざ笑うかのような、自嘲的な笑みにも見えた。

 

「お心遣い感謝しますよ、親衛隊長殿」

 

 皮肉っぽく言われたはずのその言葉が、なぜかエクレールにはさっきまでよりも力なく聞こえた。

 

 

 

 

 

「うむ、双方ともそこまで。いい勝負でござったな」

 

 ブリオッシュのその声を合図に2人の少年が地面に大の字に寝転がる。シンクとガウル、ライバルとして互いに切磋琢磨しあう2人だ。

 

「ちくしょーこりゃ引き分けってところかー……」

「疲れた……疲れたけど……楽しかったよ、ガウル」

 

 そのシンクの言葉を聞いてガウルはニヤッと笑う。

 

「ああ、俺も楽しかったぜ、シンク」

 

 その言葉を証明するかのように互いに右手をがっちりと握り合い、体を起こした。

 ブリオッシュとユキカゼ、それにオンミツと呼ばれる獣達が暮らしている風月庵に着いたガウル達だったが、到着と同時にガウルはシンクと模擬戦を希望し、丁度今それが終わったところだった。

 

 ここ風月庵はブリオッシュやユキカゼの身なり同様、言うなれば「和」に近い雰囲気を醸し出している。シンクにとって見慣れた景観に近いこの屋敷を訪れることはフロニャルドへの再訪前から決めていたことで、会食までの時間はここで過ごしたい、というシンクの申し出で訪問が決まっていたことでもあった。

 

「そろそろ出発する準備をした方がいいでござるな。会食の時間に遅れるのはまずいでござるから」

「そうですね。じゃあ急いで汗を流してきます。ガウル、こっち」

 

 シンクがガウルを連れて裏の方へと消える。過去にも風月庵でブリオッシュやユキカゼと手合わせし、稽古をつけてもらっていたシンクは裏に井戸があることも把握しており、体を動かした後はそこでタオルを絞って体を拭くようにしていた。

 

「勇者殿もガウル殿下も腕を上げられたようでございますね」

 

 風月庵の縁側、腰掛けながら茶をすするブリオッシュにユキカゼがそう話しかけた。

 

「うむ。昨日ガウル殿下と手を合わせたときもそう感じてはいたが、今の勇者殿との戦い、見事でござったな」

「そういえばお館様は昨日、最初ガウル殿下と戦っていたでありましたよね?」

 

 リコッタが横から口を挟む。

 

「そうでござるな。あの後の勇者殿との戦いの印象が強いせいで皆忘れていそうでござるが」

「うー……あの勇者……」

 

 ユキカゼの湯飲みを持つ手がわなわなと震えている。

 

「あんな卑怯な方法でお館様に勝ったなど、拙者は認めないでござる!」

「ユキカゼ、昨日からそれはもう4回目でござる。何度も言ってるでござろう? あの勝負で負けたのは拙者でござると」

「しかし!」

「勇者殿の勝利への執念に拙者が負けたと言うだけでござる」

「……それでも拙者はやはり納得いかないでござるよ」

 

 自分のことのように悔しそうにユキカゼが呟いた。

 

「……ジェノワーズのお二方には、勇者殿はどう映ってるでござるか?」

 

 ブリオッシュの問いにノワールとベールの2人は考え込む様子を見せ、

 

「すごいです。冗談じゃなく」

 

 そうノワールが短く答えた。

 

「今ノワが言った通りとにかくすごいです。今日ここに来る途中に野盗に襲われたんですが、有無を言わせず紋章砲一発で戦闘を終わらせちゃったし……。同じ弓使いとしてはいきなりあんなことやられるとへこみますよー……」

「紋章術を使ったのでござるか?どんな風に?」

 

 ブリオッシュにしては珍しく興奮気味に質問する。昨日実際に手を合わせた彼女としては気になるのであろう。

 

「えっと……技名はヘッビ……ヘンビ……? とにかく長くてよく覚えてないんですが、指の間に複数の矢を挟み、放った矢を輝力によって加速、増殖、さらには追跡までさせて、結構な数いたはずの相手を一発で撤退させちゃいました。いきなりあんなのありえないですよー……」

「なんと……こちらに来てからこの短時間でそこまで……」

「加速と増殖と追跡を同時に……? そんなのそう簡単には出来ない芸当のはずでござるが……」

 

 ブリオッシュに続き、ソウヤに敵対意識を向けているユキカゼまでも思わず驚きの声を上げる。

 

「確かにすごいです。すごいけど……あの人怖いです」

「怖い、でありますか?」

 

 リコッタが不思議そうにそう問いかける。

 

「他者との接触を拒絶してるように感じる……。お守りさせられたジョーがちょっとかわいそう」

「ジョーには悪いけど、正直言ってあの役割を任せられなくてよかったって思っちゃった」

「……でも無口に任せるよりマシって言われたけど」

 

 先ほどレオに言われたことをまだ引きずっているのか、ノワールは拗ねたようにそう言った。

 

「勇者殿はガレットの人々とはうまくいってないでござるか?」

 

 再びのブリオッシュの問いに親衛隊の黒と緑は互いの顔を見合わせた。

 

「仲良く、って感じじゃないです。昨日はレオ様とケンカしたとか」

「ケンカ!? あのレオ様とでありますか?」

「あ、ケンカといってもそういうのじゃなくて、考えのすれ違い、みたいなものでちょっと口論というか、そういう感じだったらしいですよ」

「レオ様にケンカを売るなど……あのバカ勇者、命知らずでござるな……」

「これ、ユキカゼ」

 

 主に咎められてユキカゼは軽く頭を下げる。

 

「しかし、だとすると拙者の心配は杞憂とは言えないかもしれないでござるな。レオ様ならなんとかできると思っていたでござるが……」

「姉上はなんとかするつもりではいる。ただあの勇者が異質すぎる……自己が強すぎるうえに性格が変わりすぎてるんだ」

 

 首にタオルをかけ、さっぱりした様子のガウルが姿を現すとそう口にした。その後ろにはシンクも同じような格好で立っている。

 

「おまけにべらぼうに強い。確かな戦果を上げてるしこちら側が召喚している以上、こっちとしても強く言えないってんで姉上も困ってるんだろう。話をしようにもそんな雰囲気じゃないみたいだしな。俺の方も話とか手合わせとかしてみようとは思ったんだが、昨日の今日だからまだだし……」

「ガレットの勇者……ソウヤさんってそんな変わってる人なの?」

 

 ガウルがシンクの方へと振り返る。

 

「シンク、あいつに関わるのはやめとけ。特に戦場ではな。……あいつ、お前を殺す気で襲い掛かりかねない、とか姉上がぼやいてたぞ」

「え、ええー!? そんなまさか……」

「……まあそれはあまり真に受けなくてもいいと思うでござるよ。拙者も釘を刺しておいたでござるし。……ただ、少々気難しそうと感じた拙者の感覚は本当のようでござる」

 

 ブリオッシュがそう言うとシンクはなにやら考える様子だった。

 

「……でも強いのは確かなんですよね? だったら僕個人としては、同じ勇者として1度戦ってみたいと思うんですが……」

 

 どこか呆れたように、だが表情は嬉しそうにブリオッシュがため息をついた。

 

「勇者殿も拙者の悪いところが似てしまったようでござるな。……まあこの後の会食で話す機会もあるでござろう。その時に実際に会って話してみるといいでござる。……さて、準備も出来たし、そろそろ向かうとするでござるか」

 

 中身を空けた湯飲みを盆の上に置くとブリオッシュは立ち上がった。

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