DOG DAYS DUAL-BRAVER   作:天木武

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Episode 22 逃亡の姫君

 

 

 日が傾く。次第に辺りは闇へと包まれ始め、そして夜へとその様相を変化させていく。

 フィリアンノ城から逃れたミルヒ、シンク、エクレール、リコッタの4人は、その日が傾くより早く、人気(ひとけ)があまり多くない村の宿屋に身を潜めていた。幸い小さな田舎村というおかげか、戦では有名であっても誰の顔も疑われずに済んだ。直接宿屋の主人と話を通したのはおそらく4人の中でもっとも顔が知られていないであろうリコッタだったのもあったのかもしれない。その主人は特に4人を怪しむでもなく、何の疑いもなく中部屋一室を貸してくれた。

 まず今後の動きをどうするか考える必要があった。リコッタは自身の伝手を利用し、ガレットの親友であり諜報部隊長でもあるノワールと連絡を取った。だが、返って来た答えは芳しくないものだった。

 

「『ガレットはこの事態に直接的に介入しない。ガレットにとっては友好国、かつビスコッティにとって第三国に当たるドラジェのレザン王子に保護の要請を出したので、なんとかドラジェのコンフェッティまで逃げ延びてほしい』。……以上がノワがくれた、ガレットの返答ということになるであります」

 

 宿屋の一室、リコッタが重い表情で通信の内容を述べる。その報告を聞いた3人も、やはり一様に顔色は硬かった。

 

「仕方ないといえば仕方ないか……。下手に姫様をかくまえば友好国ということも会って槍玉に上がりかねない。……切れ者のバナード将軍辺りが言いそうな、もっとも自国にとってダメージの少ない方法とも言えるがな」

「ガウル殿下としては直接的に手助けをしたかったという話でありましたが……。今エクレが言ったとおり、バナード将軍になだめられ、已む無くこの答えを出したそうであります。代わりに、間接的な援護は惜しまないと。既に諜報部隊はバックアップのために動いてくれていて、さらに実力行使をせざるを得ない、不測の事態が起こった場合は遊撃隊も動いてくれるそうであります」

「ソウヤが!? ……それは心強いね」

 

 表情を明るくしたのはシンクだった。一方、エクレールはそれに対してつまらなそうに眉をしかめる。

 

「……結局あいつの手を借りることになるのか」

「エクレ、何もそんな毛嫌いしなくても……」

「別に毛嫌いはしていない。ただ……あいつには借りばかり作るような気がしてな。……いつか返済を迫られるんじゃないかと気にしていたんだよ」

「それは気にしすぎだと思うでありますが……。あと、そのソウヤさん絡みで、どうしても我慢できずにあるお方が単独でこちらへ向かっていらっしゃっているという話であります」

「あるお方……?」

 

 疑問系でそう言ったのはエクレールだった。だがミルヒはそのリコッタの言葉に思い当たる節がある、とばかりに彼女を見つめる。

 

「リコ、もしかしてその方というのは……」

「はい。レオ様であります。ソウヤさんも止めたらしいでありますが……。単独でここへとドーマを走らせているそうであります。おそらく、もう間もなく到着するかと……」

「そうか。レオ閣下がいらっしゃるとなれば心強い」

「……エクレ、さっきのソウヤの時と全く逆の反応だね」

 

 思わずシンクが苦笑いを浮かべながら突っ込みを入れる。確かに単純な力量だけで計った場合、ソウヤとレオならレオの方が上回っているだろう。だがソウヤはソウヤでその頭がある。更に言えば、レオは休暇上がり。その腕は衰えていないとは聞くが、さすがに久しぶりの実戦となれば多少の鈍りなどはあるかもしれない。

 しかしここでの増援は頼もしいとエクレールは感じていた。確かに先ほどソウヤに対して毒を吐いた彼女だが、頼れるならこの際贅沢など言ってられないこともわかっていた。しかもこの場に来るのが「百獣王の騎士」となればそれは心強いことこの上ない。少し状況が明るくなったように感じていた。

 

 と、その時不意に部屋のドアがノックされた。思わず全員が身を震わせる。エクレールが目で合図を送り、ミルヒに入り口からの死角、さらにはいつでも逃げられるように窓の付近へと移動してもらうように伝えた。その彼女を守るようにシンクとリコッタが付き添う。エクレールは短剣に手をかけつつ、ドアの側へと近寄る。

 

「……何か?」

「はぁ。お客様の知り合いだそうでさあ。なんでも、『獅子王と伝えればわかる』だそうで……」

 

 エクレールがミルヒへと視線を送る。彼女は頷き、意思を示した。

 

「……確かに私どもの知り合いのようです。お通ししてください」

 

 再び「はぁ」というやる気のない返事と共に足音が離れていく。ややあって、その先ほどの足音とはまるで違う、しっかりとした歩調の音が近づいてきた。

 

「ワシじゃ。……ミルヒはそこにおるのか?」

 

 扉の前で止まった足音に次いで聞こえてきた声に、噂をすれば影、4人は間違いないと確信する。再びミルヒが頷き、エクレールがその扉を開けた。

 開いた扉の前に立っていたのは美しくも凛々しいレオンミシェリ・ガレット・デ・ロワ、その人だった。彼女は扉の影に隠れる形になったエクレールの存在もしっかり気づいていたらしく、一瞬その位置を確認した後で固まっていた残り3人の方へと目を移す。

 

「レオ様……!」

 

 その姿を見ると同時、ミルヒは駆け出していた。そして姉妹同然の、年齢的に言えば姉の胸へと飛び込む。

 

「ミルヒ……! よく無事でいてくれた……!」

「はい……。レオ様こそ、ありがとうございます。私などのためにわざわざ無理をなさって……」

「この程度、なんということはない。ワシにとって大切なお前の窮地と聞けば、居ても立っても居られなくてな」

 

 普段とは逆に、レオがミルヒの頭を撫でる。ずっと心細かったのだろう、その撫でられながらレオを見上げた姫君の目は安堵の色が濃く出ていた。

 

「……シンク、お前がミルヒを助け出してくれたと聞いたが」

「一応そうですが、リコが姫様の部屋に盗聴器を仕掛けてくれたおかげですよ」

「……盗聴?」

「あ、やましいつもりはなかったでありますよ。自分は騎士団長とメイド長のよからぬ会話を聞いてしまって。……まあ最初は面白半分だったんだろうと言われれば否定できないでありますが」

「じゃがそれが結果としてはお手柄となったわけであろう? ならよいではないか。それがなければ、今頃ミルヒはどうなっていたかわからなかったしな……」

 

 ミルヒの頭と肩に回していた手を離しつつ、「さて」とレオは切り出した。

 

「早速だが本題に入ろう。明日は日が昇り始めた頃に出発、ということでいいんじゃな?」

 

 この場においてまとめ役であろうエクレールにレオが尋ねてくる。それに対し、「はい」と肯定の意思を示した後で、彼女は続けた。

 

「夜道は危険ですし、それがいいかと。……ですが主要な道を使うとなれば人目に着きます。ガレット寄りに位置していますここからドラジェとなりますと、最速で明日の朝出発して夕暮れ前に着くことは可能ではありますが……」

「避けた方がいいじゃろう。主要な街道を通るなど自殺行為、追っ手を差し向けられていればすぐに嗅ぎ付けられる。いっそ、もう1日どこかで宿を取る心構えの方がいいじゃろうな」

 

 会話を交わしつつ、エクレールはやはり頼りになる人が来たと感じていた。先ほどドアの影に居た自分に一瞬で気づいた時からその思いはあった。このお方は鈍ってなどいない。さすがは「百獣王の騎士」、部屋に入る時に瞬時に全員の位置を把握していたに違いない。

 そして今の的確なアドバイス。頭で言うとリコッタは優秀な頭脳だが、こういう実践的な面においては戦場を駆け抜けてきたレオには叶わない。この場でそれを算段する役割はエクレールであり、実際ここまでその方面で指揮を執っていたのは彼女だったが、心強い味方が来てくれたと思っていた。

 

「私もレオ様のご意見に全面的に賛同します。姫様にはやはり窮屈な思いをさせてしまうかもしれませんが……」

「いえ。この際、もうそういうことは言ってられません。お任せします」

「しかしガレット方面に向かうこっちに来たのは、ドラジェに向かうには逆に距離を伸ばしてしまう形になってしまったな」

「すみません。私としては当初はガレットに全面協力を頼むつもりでいましたので……」

「ああ、責めてはいないぞタレミミ。むしろいい判断じゃ。……まさかワシもガレットが日和るとは思っていなかったからな。ワシも同じ立場なら、こちらの方角を最初に目指すじゃろう」

「それで……。具体的にはどうします?」

 

 シンクの問いに会話が途切れた。レオは顎に手を当てたまま、何かを考え込んでいる。

 

「それじゃな……。どうしたものか……」

「そのことでありますが……。自分にいい考えがあるであります」

 

 そう切り出したのはリコッタだった。

 

「考え……?」

「はいであります。ここはガレットからの距離も近い、ならそれを利用しない手はないであります」

「どういう意味ですか?」

「明日ここを出発した後、まずガレット領内に入るであります」

 

 そのリコッタの提案に、全員が驚いた表情を浮かべた。ガレットは静観を決め込む、という形でまとまっているはずだ。向かう先はドラジェ、なのにガレット領内に入るとはどういうことか。

 

「あの、リコ。いくらレオ様がいらしてくださったとはいえ、ガレット側としては私達が逃げ込んだのでは困るのでは……」

「それはそうであります。だから、ガレット領内を突っ切るでありますよ」

「突っ切る……?」

「はいであります。一旦自分達がガレット領内に入れば、周りはガレットに向かうものと考えるはずであります。そのままヴァンネットに向かえば、それはガレットも槍玉に上がると思うでありますが、一時的に突っ切るだけならまあ大丈夫ではないかと。つまり、一度ガレット領内に入ることで自分達はヴァンネットに向かうかもしれない、と思わせることで撹乱(かくらん)することが出来るのではないかと思うであります」

 

 この意見には先ほど「実践的ではない頭脳」と評したエクレールも感心の声を上げた。なかなかいい案だと思う。どうやらそう考えているのは彼女だけではなく、レオも同じ意見らしい。

 

「なるほど……。さすが発明王じゃな」

「私もリコの意見は悪くないと思います。少々ガレットに負担をかけることにはなってしまうかもしれませんが、領内ならバックアップもしやすいはず。向こうとしても動きやすいのではないかと」

「決まりじゃな。ギリギリまでガレット領を突っ切り、そしてドラジェへ入る。道の選択はエクレール、お前に任せるぞ」

「わかりました」

「あ、自分もそれに参加するでありますよ、エクレ。ノワから魔物の危険性のある道やフロニャ力についての話も多少は聞いてるであります。微力ながら、力になるであります」

 

 リコッタからの申し出にエクレールは表情を緩めて「助かるよ」と返していた。まだ状況は好転しているとは言いがたい。だが、この5人ならきっとなんとかなる。先ほどまで焦燥ばかりだったエクレールの心に、ようやく少し余裕が出始めていた。

 

 

 

 

 

 パスティヤージュ領、エスナートにあるエッシェンバッハ城。領主執務室に呼び出されたリーシャはそのただならぬ空気に身を固くしていた。部屋にいるのはクーベル、キャラウェイ、そして彼女の3人だけだが、領主のあれだけ深刻な顔を見るのは彼女は久しぶり、いやひょっとしたら初めてだった。

 

「さて、リーシャ。呼んだのは他でもない」

 

 そしてやはり緊張した声色でクーベルが話し出す。

 

「実は……。未確認情報じゃが、ビスコッティで謀反が起こったと聞いた」

「え……!?」

 

 初めてもたらされた情報にリーシャが驚きの声を上げる。だが領主の傍ら、キャラウェイは全く動じた様子はない。どうやら既にその情報は得ており、もしかしたらクーベルと対策を話し合った上で自分を呼んだのかもしれない、と彼女は考える。

 

「幸い、ミルヒ姉は難を逃れたそうじゃ。フィリアンノ城から逃亡後、今現在辺境に身を潜め、詳しい場所はわからんそうじゃが、どうもガレット付近にいるらしい。レオ姉と合流したとの噂もある。なら、明日にはガレット入りするのではないかと考えられる」

 

 なるほど、友好国に協力を求めるのか、とリーシャは考える。他国から槍玉に上がる形になるかも知れないが、友好国としてはその選択もありうるだろう。

 

「じゃがガレット領に入るとはいえ、追っ手がかかる可能性は否定できない。また、ガレットもミルヒ姉の協力を受け入れるとも限らない。そこで、じゃ……」

「私が飛空術騎士団を率いてミルヒ姫様の援護に向かう、というわけですね」

 

 領主の言葉を遮る形でリーシャが続ける。姉のように慕う姫君の危機だ。足の早い空騎士なら援護に向かうのも容易い。それにガレットが協力を受け入れなかった場合、おそらくクーベルが協力を申し出るだろうから、そのまま自分達がパスティヤージュへと運んでしまえばいい。

 だが、そんな彼女の考えは完全に覆ることになった。「いや」と深刻な顔で否定の言葉を述べた後、クーベルが重々しく口を開く。

 

「……リーシャ達飛空術騎士団には、ミルヒ姉達一行を見かけたら、そのメンバーの『保護』を命令したいのじゃ」

 

 今彼女が発した「保護」という言葉が、自分が考えているものとは決定的に異なる、とリーシャは直感的に悟った。何も自分が言ったことを言い直す必要はなかったはずだ。反射的に傍らのキャラウェイの方を窺うが、彼は全く顔色を変えようとしない。

 

「あの……クーベル様。それはパスティヤージュが姫様達に全面協力をするから、全員をこの場まで保護して連れてきてほしい、という意味でしょうか?」

 

 だから自分の思い違いであってほしい、という意味を込めてリーシャはクーベルに尋ね返す。だが、返って来たのはやはり彼女の思ったとおりの芳しくない答えだった。

 

「……もう1度言うぞ。ミルヒ姉一行を見かけたら、そのメンバーを『保護』してくれ」

 

 ゾクリと背中を冷たいものが駆け下りた。その言い方ではまるで「連行しろ」とでも言っているようなものではないか。

 

「姫様を救出しろ、と捉えていいのですか?」

「ミルヒ姉が()()()じゃが……。無理なら同行しているというエクレールでもリコでも良い。こちらの要求を飲まない場合は、実力行使も許可する」

 

 その返答で彼女はクーベルの思惑を悟ってしまった。彼女の望みは「救出」ではない。「拉致」あるいは「連行」。要するにたとえ交戦してでもその身柄を「確保」しろということだ。それではまるで――。

 

「それでは……それではまるで、クーベル様は『捕らえた』姫様達を政治的に、国家間の駆け引きに利用しようとしているとしか……!」

「リーシャ。クーベル様の望みは逃亡されている姫様達一行の全員、あるいはその一員の身柄の『保護』だ。それ以上でもそれ以下でもない」

 

 領主の代わりに返答したお目付け役の隊長にそう告げられ、リーシャは言葉を失った。この2人は本気で逃れている姫様達を「捕らえる」つもりなのだ。その目的と言ったら今さっき彼女が述べた政治的利用以外思いつかない。要するに人質、あるいは捕虜。そのカードをチラつかせることで交渉などの事を優位に運ぶ。

 自分が仕える領主はそんなことをする人間だっただろうかとリーシャは目を伏せて拳を握り締めた。前回の主席誘拐未遂の一件で懲りたのではなかったのか。あの獅子に「お説教」されたのではなかったのか。

 

「……良い演者とは、黙って踊る演者じゃ。ウチはそう思っておる」

 

 ボソッと呟かれたクーベルの一言に、リーシャは思考を中断させ、目を戻した。

 

「お前は良い演者だと思っていたが……。リーシャ、お前はウチに、パスティヤージュに忠誠を誓ってくれているのではないのか?」

 

 まるで彼女に対しての疑心を見透かされたかのような一言に、リーシャは再び拳を握り締める。そうだ、自分はクーベルとパスティヤージュに忠誠を誓った騎士。その領主からの命令に疑いを持つ余地などない。わかっている、わかっているはずだった。

 

「……クーベル様、確認させてください」

 

 だが、それが揺らいでしまっていたのは事実だった。だから彼女はこう問わずにはいられなかった。

 

「私の目的は姫様達の『保護』。それに相違ありませんね?」

「ああ、そうじゃ」

 

 間髪おかず、クーベルが答えた。リーシャの疑念は晴れない。だが、領主が「保護」してほしいという命令を出してきたのだ、ならそれをするのが騎士としての自分の役目だと、彼女は強く言い聞かせる。

 

「……わかりました。その命令、お受けいたします」

「助かるぞ。今日はもう日も傾いてしまった故、明日朝一で出撃してくれ。飛空術騎士団の皆にもよろしく頼むのじゃ」

 

 ようやく、最後の方になって普段のクーベルの調子が戻ってきたようにリーシャは感じていた。だが彼女の心は重い。こんな命令を下すなど、クーベルは、パスティヤージュはどうなってしまうのか。そんな心に捕らわれていた。

 

「……了解、しました」

「うむ。頼む。下がってよいぞ」

 

 領主とお目付け役の隊長に背を向けつつ、リーシャは部屋を後にする。このビスコッティの謀反をきっかけに狂いだした歯車。もしかしたらそれに彼女の国も巻き込まれ、そして行く行くは取り返しのつかないことになってしまうのではないか。

 嫌な予感が強く彼女の心を締め付け、領主執務室を出たところで、リーシャは大きく頭を左右に振った。

 

 

 

 

 

 草木が寝静まった夜更け。部屋の中ではなく廊下の壁に背を預けつつ、エクレールは汚れた窓から外の闇と、月が映し出す雲を眺めていた。部屋の中では4人が既に眠りについている頃だろう。ミルヒからは部屋で休むように強く言われたが、「廊下を見張るから、部屋では寝ない」という主張を繰り返し、結局彼女は廊下に出ていた。

 その言葉は嘘ではない。が、全てが本当かと言われればそれも違う。彼女は、シンクと同じ部屋で眠りたくなかった。仮にも婚約者であるミルヒがいるにも関わらず彼と同じ部屋で寝るということは、彼女の心が許さなかった。既に夫を持つレオや、異性同士というより兄妹のようにずっとくっついていたリコッタなまあいいだろうが、そこに自分が入ることは出来ないと思ったのだった。

 

 大きくため息をこぼす。今気にするべきはそんなことではない。リコッタが仕掛けた盗聴器から聞こえてきた、かつて聞いたこともないような冷たい兄の声を、彼女は耳の奥で思い出していた。一体兄は何を考えているのだろうか。謀反など起こすような人物ではなかったはずだ。常にビスコッティのため、姫様のために粉骨砕身の思いでその役を務めてきた、そう思っていたのに。

 真意を知りたい。だが、今自分が戻ることは出来ない。少なくともシンクの話ではあの場で兄は姫様を捕らえようとしていたらしい。だとするなら、我が身に変えても姫様を守ろうとする自分とは対極に位置してしまう。

 

(兄上……。一体どういうおつもりなのですか……?)

 

 クーデター。では、彼自身が国を治めたいのかといえば、それもまた違うだろう。兄の野心というものをここまで一度たりとも彼女は見たことがない。騎士団長にもなりたくてなった、というよりなるべくしてなったという方が的確だろうし、マルティノッジ家の名誉を守る、という心構えは常々感じられたが、より高みを目指す、という意気込みはそこまで感じられなかった。要は「鉄壁のロラン」とも言われるとおり、彼は保守的で、言葉を悪くすれば事なかれ主義的ともいえた。そんな兄が国を乗っ取るなど言い出すだろうか。

 その騎士団のことを考えた彼女は、仮にも婚約者であるエミリオはどうしてるだろうか、とも気になった。今自分が祖国でどういう扱いになっているか分からない。もし「姫様を連れ去った誘拐犯」という扱いなら、エミリオにも何らかの迷惑が及んでいるかもしれない。いや、親衛隊全てに及んでいる可能性もある。だとするなら、隊の皆には本当に申し訳ないことをしている。

 いや、もうそういう考えはやめよう、と彼女は再びため息をこぼした。今それを考えても何も始まらない。そしてそろそろ体を休めようとも思った。いい加減夜も更けた。明日は早い。少しでも体を休め、どんな予期せぬ自体が降りかかっても姫様を守らなくてはならない、と改めて心に誓う。

 

 と、その時だった。部屋のドアが静かに開く。異常か、と彼女は反射的に背の短剣に手をかけ、地につけていた腰を浮かせてしゃがみの姿勢へと移行し、何が起きてもいいように構える。だが開いた扉の影から首だけを覗かせたのは、ピンクの髪をした彼女の主だった。特に何かがあった、という顔色でもなく、エクレールの姿を見ると少し安堵の表情を浮かべつつ、そっと扉を閉めた。とりあえず異常事態ではないか、とエクレールは短剣にかけた手を離し、緊張を解く。

 

「エクレール、まだ眠ってなかったんですね」

「はい。そろそろ休もうとは思っていましたが。……何か御用でしょうか?」

「ええ。ちょっと……エクレールと話をしたいと思って……」

「話……ですか?」

 

 何もこんな時に、とエクレールは思う。明日は朝早くに発たねばならないのだ。休める時に休んでもらいたい。

 

「この一件が片付いてからでは……」

「……エクレール、あなたと2人きりで、出来れば今話がしたいんです。……いけませんか?」

 

 凛とした瞳だった。それに気圧された形になってしまい、思わずエクレールは「わ、わかりました」と答えてしまっていた。

 ミルヒがエクレールの隣に腰を下ろそうと屈む。

 

「いけません、姫様。今クッションか椅子を……」

「いえ、いいんです。……エクレールと、同じ目線でお話をしたかったんです」

 

 そう言うと、ミルヒは躊躇なく床に腰を下ろした。少し困った表情を浮かべていたエクレールだったが、諦めて自分もその姫君の隣に座る。

 

「……まずは、お礼を言わせてください」

「礼……ですか?」

 

 いきなり何を言い出すのだろうかとエクレールは怪訝な表情でミルヒを見つめた。

 

「はい。……私と共に逃亡している、とあればエクレールにもあらぬ疑いがかかるかもしれません。それに何より、今現在こうして負担を強いてしまっている……。でも、文句のひとつも言わず私のために献身的に尽くしてくれる、そのことに対してです」

「そんなこと……礼を言われるまでもありません。私は姫様の剣です。姫様のためなら、たとえこの身がどうなろうと惜しくありません」

 

 淀みなく告げられたエクレールからの言葉に、ミルヒは感謝したように僅かに表情を緩めた。だが、次いでその顔が僅かに翳り、そして目を伏せる。

 

「だから……ですか?」

 

 質問の意図がわからず、エクレールは首を傾げる。

 

「何がですか?」

「……シンクのことです」

 

 予期していない人間の名を出されたことにエクレールは僅かに戸惑った。だがそんな彼女に構わず、ミルヒは続ける。

 

「……先に謝らせてください。あなたの気持ちを知っていながら、私は抜け駆けをするようにシンクとの婚約の口約束をしてしまった……」

「待ってください、姫様。私は別にあいつのことなど、なんとも……」

「エクレールは……嘘が下手ですね」

 

 そう言われ、真っ直ぐ見つめられた視線に対してエクレールは否定する言葉を口に出来なかった。口を閉じ、思わず視線を逸らす。

 

「エクレールだって、シンクのことが好きだったんですよね」

「私は……別に……」

「……本当はね、私かあなたか、あとはレベッカさんもだったんですけど……。シンクに誰か選んでほしかったんです。ただ、レベッカさんは『あたしは幼馴染のままでいいんです』って頑なにおっしゃって……。だから私かエクレール、どちらかをシンクに選んでもらうつもりでいました。確かに私とあなたは領主と仕える騎士という関係ではあります。ですが、恋の前では平等のつもりでいたかった……。だから、シンクがエクレールを選んだのなら、私はそれを全力で祝福しよう、そういうつもりでいました。

 でも、私の元には次々に縁談の話が舞い込んでくる時期になってしまっていた……。だから焦りもあって、先に私が動いてしまったんです。シンクにその話をした翌日、私はあなたとこの話をしたかった。だけど、もうその時既にあなたの髪は今の長さになっていて、心を決めてしまったんだと気づきました。その時もでしたが、エクレール、あなたは私の剣だと言ってくれました。それはとても嬉しいですし、ありがたいことだと私は思っています。……でも、私のせいであなたに辛い思いをさせてしまった。私は、そのことをずっと謝りたいと思っていたんです」

「姫様……」

 

 自分の仕える姫君がずっとそんな思いを自分に対して抱いてくれていたとは、全く予想がつかなかった。同時に、自分が先走ってしまったのだとようやく気づく。もし、あの時早々に身を引く決意をしなかったら――。

 いや、そのもしもはありえないと彼女は頭からその考えを消し去った。「もしもなんてのは存在しない」とは、そういえば現実主義の隣国の毒舌家がよく言うことだったか。たとえミルヒから先ほどの話を前もって聞いたとして、やはり自分は身を引いただろうと彼女は思った。

 

「謝る必要などありません」

 

 そうだ。あの時は感情的になって泣き喚き、髪を断った。未練がないわけではなかった。だが、今冷静になって考えれば、なるべくしてそうなったのだ。

 

「姫様がおっしゃったとおり、私は姫様の剣です。そして、誰よりも姫様の幸せを願う者でもあります。……確かに私はあいつを……シンクを愛してしまった。それは事実です。ですが……姫様も同じく愛したというのであれば、私は喜んでこの身を引き、おふたりの仲を祝福する側に回ったでしょう。不器用と、愚かだとも思われるかもしれません。それでも、これが姫様の剣として生きると決めた私の、エクレール・マルティノッジの生き方なんです」

 

 その言葉に嘘偽りはない。本人を前に己の決意を口にして、ようやく彼女は心が少し軽くなった気がした。そう生きると決めた、それこそが自分の騎士道精神だと決めた。「不器用だ」と憐れまれたこともあった。だが、もう悔いはない。

 

「ですから、姫様が私に謝る必要などないのです。もし、それでも申し訳なく思うのであれば……姫様はあいつと、シンクと幸せになってください。それこそが、私の願いに他なりません」

「エクレール……」

 

 清々しいほど曇りのない表情でそう告げられ、ミルヒは自身の剣であるその名を呼んだ。その瞳は僅かに潤んでいるようにも見えた。彼女はその目を伏せ、一度息を吐く。そして、今度は凛々しい表情でその顔を上げた。

 

「……エクレール・マルティノッジ卿。騎士として私に仕えてくれていることを、私、ミルヒオーレ・フィリアンノ・ビスコッティは、心から感謝します」

「姫様……」

 

 驚いた表情のエクレールだったが、こちらもすぐに表情を正し、真っ直ぐミルヒを見つめ返した。

 

「……身に余るお言葉、光栄であります。ミルヒオーレ姫殿下」

 

 一瞬広がった沈黙の後、どちらが先か、小さく吹き出した声と共に2人の表情に笑みが戻っていた。

 

「……ありがとう、エクレール。あなたがいてくれて、本当によかった」

「それはこちらのセリフです。私は姫様に仕えることが出来て、とても嬉しく思っています」

「……この数ヶ月間、ずっと不安でした。でも、あなたが支えてくれたから、私は今日まで前を向いて来れたんだと思います。……だけどエクレール、私にこんなことを言う資格はないかもしれませんが……。私の幸せを願ってくれるのは嬉しいです。でも、あなた自身も絶対に幸せになってください」

 

 見ようによっては恋敵、愛するものを奪った相手とも言える人間からの労いの言葉。だが、エクレールはそれを皮肉とも嫌味とも捉えなかった。目の前の姫君は純粋に自分を心配し、今の言葉を発したとわかる。

 自分の幸せ、そう言われた時に親衛隊の副隊長の顔を彼女は思い出していた。飛び出す時に一言も声をかけることが出来なかった。そうだ、祖国に無事帰ることが出来たら保留にしていた話を進めよう。エクレールはそう思った。結果として、それが自分にとっての幸福へと繋がるかもしれない。

 

「……努力します。ですが、まずは姫様を安全な状況につかれるまでお守りするのが私の役目です。自分のことは、その後で考えようと思います」

 

 予想通りの真面目すぎる回答だったのだろう。ミルヒは小さく、だが困ったように笑みを浮かべていた。

 

「やっぱりエクレールは真面目ですね」

「それだけが取り柄ですから」

「では明日も……いえ、これからも親衛隊長として、よろしくお願いします」

「心得ています。どんな危険が迫ろうと、姫様を守ってみせます」

 

 互いに心を再度通わせた2人が同時に微笑み合う。窓から差し込む月明かりが、そんな2人を照らし出していた。

 

「姫様、そろそろお休みください。明日も早いです。お体に障ってしまいます」

「そうですね。エクレールも、見張ってくれるのはありがたいですが無理はしないでくださいね」

「はい。適当に休ませていただきます」

 

 ミルヒが立ち上がる。エクレールも立ち上がり代わりに部屋の扉を開けた。

 

「ありがとう。……話せてよかったです、エクレール」

「私もです、姫様」

「明日からも大変かとは思いますが、よろしくお願いしますね」

「お任せください。……では姫様、お休みなさいませ」

「お休みなさい、エクレール」

 

 主君が部屋の中に入ったことと、他の全員が眠っていることを確認して、エクレールはそっと扉を閉める。そして先ほど同様、壁にもたれかかって腰を下ろした。

 久しぶりに清々しい気持ちだった。心の中のわだかまりが解けたようにも感じられた。不器用で、人によっては愚かしいと思われるかもしれない自分の生き方だとわかっていたが、今日改めて誇りが持てた。姫様はこの身に変えてもお守りする。明日からの道中、たとえどんな困難が待ち受けていようと、それを打ち払ってみせる。そんな決意も新たに、そのためにも少し体を休めようと彼女はゆっくり目を閉じた。

 

 

 

 

 

 ミルヒオーレという主を失ったフィリアンノ城は、普段より明らかに不気味な静けさと共に2度目の日の光に照らし出された。実質親衛隊の隊長代理を務めているエミリオは複雑な表情でその城内の廊下を歩いていた。「勇者、親衛隊長、主席の3名が姫様を城から連れ出した」、それが騎士団長からの説明だった。しかし取られた対策は少数の偵察隊を夜が明けての今になって幾ばくか派遣した程度。国民には絶対に知らせてはならない事態、という理由だったからだ。同時に口外しないことという命令も強く受けていた。

 だが本当にそうだろうか、と彼は騎士団長に若干の疑念を抱いてもいた。「騎士団長が姫様を捕らえようとした為に勇者様が連れ出した」という噂も耳にしている。何より、親衛隊長のエクレールが自分に一言もなく城を空けるなど、あり得るだろうか。しかもあの姫様のために尽くしてきた彼女が、その姫様を連れ出した、となれば、その身を案じてのことではないだろうか。

 

 どうしても納得しかねたエミリオは直接ロランに問い質そうとした。だが彼は何も答えなかった。そればかりか、隊長不在である以上、代理としてエミリオを立てるが、指揮は騎士団長の自分が執るとも言ってきた。

 ますますわからなかった。今この城は、この国はどこに向かおうとしているのか。結局朝食もまともに喉を通らず、ため息をこぼしつつ、彼は廊下を歩いていた。

 

「エミりん」

 

 そんな彼を愛称で呼ぶ声が聞こえてきた。振り返ると同じ親衛隊所属の女性騎士、アンジュが心配そうな目で彼を見つめている。

 

「アンジュ……なんだい?」

「いや……。なんだか、思いつめたような背中に見えたから、思わず声をかけてしまった」

「そうかな……。いや……そうだな」

 

 一度は否定しつつ、彼はその指摘を認めなおした。仮にも婚約を交わした相手が行方不明、となれば心配しないはずがないだろう。ましてや、その相手に姫様を連れ出した嫌疑がかけられている、となればなおさらだ。

 

「だが……本当に隊長が姫様を連れ出したのだろうか。私はそんなはずはないと思っている。エミりん、お前はどう思ってるんだ?」

「それは……アンジュと一緒さ。それでも騎士団長からは『隊長が姫様を連れ出した』と言われたんだ、信じるしかないだろう」

 

 その言葉に、アンジュは露骨に顔をしかめた。「まったくお前は……」とボソッと言葉をこぼす。

 

「言われたことを鵜呑みにするのか? ……噂じゃ騎士団長が発起人となって謀反が起きているんじゃないかという話も耳にした」

 

 後半は話す距離を詰めて小声でだった。やはり彼女の耳にもその噂は入っているのか、とエミリオは目を伏せる。

 

「……知ってるよ。でも、だからと言って今の自分達には何も出来ないだろう。何が真実で、何が虚偽なのか、まだわからないわけだから……」

「お前は……!」

 

 不意にエミリオは胸倉を掴まれた。そしてアンジュが苛立つ表情を隠そうともせずに彼を睨みつける。

 

「何をそんな呑気なことを言ってるんだ! エクレール隊長のことが心配じゃないのか!?」

「……心配じゃないわけないだろう。でも、自分はあの人を信じてる。隊長は必ず帰ってくる。……アンジュ、君はそうは思わないのか?」

 

 物怖じしないその目に、アンジュは小さく呻いて手を離す。彼の言うとおりだ。自分だって隊長を信じているはずだった。いや、それでも何を信じていいのかわからなくなってしまっていた。だから同じ隊の副隊長にこうして当たってしまった。

 

「……お前の言うとおりだ。すまなかった。感情的になってしまった」

「いいさ。気にしてないよ」

 

 そう言い、エミリオは身なりを整えなおした。

 

「行こう。隊長が不在の間、親衛隊は自分達がまとめないといけないからね」

「……そうだな」

 

 そしてエミリオがアンジュの前を歩き出す。そこまで割り切れるのはさすがだよ、と彼女は心で思って彼に続こうとした。

 

 その時だった。不意に角から騎士団長のロランの姿が現れる。アンジュは反射的に身を固くしたが、見ればエミリオも同様のようであった。

 

「ああ、エミリオ。丁度いいところで会った。探していたんだよ」

 

 だがロランは特に気にした様子はなく、あくまで普段のように彼に話しかける。

 

「自分を……ですか?」

「ああ。……実は、エクレール達をガレットとの国境付近で見かけた、という噂を耳にした」

「えっ……!?」

 

 明らかにエミリオが動揺する。アンジュは気づいた。やはり先ほどのは強がりだったのだ、と。冷静を装っていたが、本当のところ誰よりも隊長を心配していたのは彼だったのだろう。

 

「捜索隊もそこに派遣しようとは思っているが、何分隊長クラスがいない。そこで、お前にも向かってほしいと思ってな。……いや、回りくどい話は抜きにしよう。お前はエクレールの婚約者、きっとあいつのことが心配だろうと思ったから、この話をした」

「それは勿論心配ですが……」

「私もあいつのことは気にかけている。あいつに限って姫様を連れ出すなどということはありえないと思っているが、兄として身が心配でね。……すまないが隠密行動になるために護衛の兵はつけられないが、それでも……」

「行きます。行かせてください」

 

 エミリオは即答だった。それを聞いたロランが小さく微笑む。だが、アンジュから見たそれは悪魔が微笑んだような、そんな不気味な笑みにも見えた。

 

「待ってください騎士団長」

 

 そう直感した瞬間、彼女は会話に割って入っていた。

 

「でしたら、私も一緒に……」

「アンジュ、今の話を聞いていなかったのか? 姫様不在、という事実を国民に知られて混乱が起きては困る。これは隠密行動で頼みたい。だからエミリオ1人に頼んでいるのだ。もしダルキアン卿がいらしてくれれば、喜んで頼んだのだがな……」

「心配はいらない。代わりに親衛隊のことを頼むよ、アンジュ」

 

 エミリオにもそう重ねられ、彼女は反論できなかった。已む無く頷き、了解の意思を表示する。

 

「……わかった。気をつけてな」

「ああ。……騎士団長、場所は……」

 

 2人が詳細な打ち合わせに入る。それを見つめていたアンジュは、やはりどうしても心の不安が拭いきれなかった。

 

(……仮に、エクレール隊長が姫様を救うために連れ出した、としたら……)

 

 誰から救うのか。風の噂でよからぬ話を耳にする目の前の騎士団長から、ではないだろうか。だとするなら、エクレールはロランの敵、そしてそのエクレールの婚約者でもあるエミリオも邪魔な存在、となるのではないか。そのためにエミリオを敢えてエクレールの元へと向かわせ、まとめて始末(・・)を考えているのではないのか。

 

 妄想ともいえるような、ありえない考えがアンジュの頭を駆け巡る。確証は何もない。結局は先ほどエミリオが言ったとおり「何が真実で、何が虚偽なのか、まだわからない」のだ。

 そんなことを考えているうちに、2人は会話を終わらせたらしい。エミリオがロランからの労いの言葉に相槌を打って答えている。

 

「……じゃあアンジュ、行って来る。親衛隊を頼んだよ」

 

 言うなり、エミリオは廊下を駆け出していった。その場にはロランとアンジュの2人だけが取り残される。

 

「さて、それでは彼に頼まれたとおり、親衛隊長の代理として頼むよ、アンジュ」

 

 その言葉を安穏と聞き流すほど、彼女は冷静ではいられなかった。まったく白々しい言葉だと、怒りさえ覚える。耐え切れず、歩き去ろうとする騎士団長に「お待ちください」と声をかけていた。

 

「……何だ?」

「よろしかったのですか、騎士団長」

「何がだ?」

 

 アンジュは彼を睨みつける。――明らかな敵意を持って。

 

「エミリオはエクレール隊長の婚約者。なら、ここで泳がせるより、あなたの目の届くところに置いておくべきではなかったのではないかと思いましたので」

 

 明らかな皮肉と共に述べられた指摘に、最初こそ無表情のロランだったが、ややあって口の端が僅かに上がった。

 

「真意を測りかねる一言だな?」

「でしたらはっきり言わせていただきます。……騎士団長、あなたは何をお考えなのですか? エクレール隊長が姫様をよからぬ目的で連れ出すなどありえない。そこに勇者様と主席も加わればなおさらです。だとするなら、その情報の出所が疑わしくなる……」

「なるほど、なかなか面白いことを言うなアンジュ。……つまりお前は、私が疑わしい、と言いたいわけか」

「ええ、その通りです」

 

 物怖じせず、彼女ははっきりと自分の意思を伝えた。その態度にロランの先ほどまで上がっていた口の端が下がり、だが今度は声を噛み殺して笑い声をこぼした。

 

「……何がおかしいのです?」

「いや、なかなかお前は恐れ知らずだと思ったからな。……だが覚えておいた方がいい。知りたがり屋は早死にするぞ?」

 

 そのロランの一言をきっかけとしたかのように、彼女を数名が一気に取り囲んだ。一瞬の出来事に、アンジュはその気配を察知することが出来なかった。騎士にメイド隊、そしてその中にはメイド長であるリゼルの姿もある。

 

「リゼル隊長……!? そうか、だから姫様の警護が簡単に……!」

「ここまで勘付かれたからには仕方ないな」

「ええ、そうですわね」

 

 リゼルは普段通りの表情だった。だが、その威圧感は本物。エミリオと2人がかりでようやく互角という相手が、自分を威圧している。更には騎士達を束ねる騎士団長。アンジュは自分の窮地を悟っていた。

 

「アンジュ、やはりお前も()()()()に引き込むしかないようだな」

 

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