DOG DAYS DUAL-BRAVER   作:天木武

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Episode 23 親衛隊長の決断

 

 

 ガレット国境付近の道を5騎のセルクルが駆けている。主要街道からは外れた道なためにやや荒れており、道幅も細い。さらには守護力こそ働いてはいるものの、野生生物が出る可能性もある道である。

 だが、いや、むしろだからこそ5人にとっては都合がよかった。長距離の移動となるためセルクルに無理はさせないようにしつつ、ただただ走り続ける。

 「逃亡の姫君」と勇者、親衛隊長、研究院主席、そして隣国の前領主。フィリアンノ城を落ち延び、その後レオと合流した4人は特に会話を交わすでもなく、日が高くなりつつあるこのガレット国境付近をずっと進んでいた。今のところ追っ手や妨害の類には遭遇していない。このまま何事もなく目的地に到着できればいい、とその場の誰もが思う。

 

 が、事はそう易々と運んではくれなかった。逃避行を続ける彼女達の頭上を何かが横切る。一瞬日の光との間に影を作ったそれは、5人の頭上を通り過ぎた後、来た時同様低空で飛来した方へとUターンして行った。

 

「今のは……ブランシール! まさかパスティヤージュが介入してきたのか!?」

「まずいでありますよエクレ、おそらく見つかったであります!」

 

 リコッタからの指摘にエクレールが舌打ちをこぼす。追っ手の類を考慮していなかったわけではない。だがこうも早く、しかも空からというのは計算外だった。

 

「姫様、スピードを上げます!」

「なぜです? パスティヤージュということであれば、協力をしにきてくれたのでは……」

「違うな」

 

 5人のセルクルがスピードを上げる。そうしつつ尋ねたミルヒの質問を、レオは一言で却下した。

 

「どうしてそう言い切れるのですか、レオ様?」

「あれは明らかに戦闘行為を意識しての飛び方じゃ。……低空過ぎる」

「ここはガレット領、高度を取れば取った分だけこちらを見つけやすくはなりますが、代わりに自分達も見つかりやすくなる……。そしてこちらを見つけるメリットより自分達が見つかるデメリットを減らすことを優先した。それはつまり、ガレット側に見つかることは好ましくない、ということを意味しているのではないかと……」

 

 エクレールがそう説明しつつ、場所を移動した。レオが先頭、その後ろにミルヒが位置し、その両脇をシンクとリコッタが、そして最後尾をエクレールが守る形で、十の字状に隊形を切り替える。ブランシールが去ったのは後方、ならそこから追いかけてくる可能性が高い、と判断してのエクレールの動きだった。レオも言葉を交わさずともそれを察知したらしい。少し前に出て、振り返ってシンクとリコッタにミルヒの両翼につくよう目で指示を出す。

 

「ですがレオ様、クー様がそのようなことをご指示なさるでしょうか?」

「……わからん。じゃが、先ほどの飛び方、それに他国であるガレット領まで空騎士を送ってきた、ということになれば……。楽観的な考えは出来んじゃろう。まずは疑ってかかった方がいい。……じゃがもし本当に戦闘を前提に空騎士を動かしたのだとしたら……クーベルめ、何を考えておる……?」

 

 レオが恨み言をこぼした。その時だった。

 

「来たであります! 6時の方角、おそらく数は100!」

 

 リコッタからの報告に再び舌打ちをこぼしてエクレールが振り返る。言われた通り、ブランシールに乗る空騎士たちが隊列を成して低空でこちらへと迫ってくる。そして数はリコッタの報告どおり約100。もし戦闘になったとするなら、正面切っての場合ならシンクとエクレールに加えてレオもいるこの状況、撃破も十分可能だ。だが現在の状況で、となれば話は別だ。まず移動の足は止められない。移動しながら応戦する場合圧倒的不利だ。エクレールは最悪の場合も覚悟した。

 そうこうしている間もブランシールの影は迫ってくる。お世辞にも環境がよくない陸路でのセルクルに対し、相手は障害物のない空路を機動力に勝るブランシール。両者の差は次第に詰まってきた。

 その時、後方を飛ぶブランシールの部隊から5人の元へと声が聞こえてくる。

 

「ミルヒ姫様! パスティヤージュ飛空術騎士団隊長のリーシャ・アンローベです! 私はクーベル様より貴殿達の『保護』を言い付かっております、ただちにセルクルを停止してください!」

 

 リーシャから聞こえた声にミルヒの表情が僅かに明るくなる。やはり思い過ごしだったのだろう。スピードを緩めようとした彼女だったが、

 

「止まるな、ミルヒ」

 

 振り返ってかけられたレオからの声にそれを中断する。

 

「どうしてですか、レオ様?」

「リーシャさんが来たって事は、クー様は本当に姫様を保護したいとしか考えられないと思うんですけど」

 

 ミルヒの疑問にシンクも便乗する形でレオへと尋ねる。だが彼女は苦い顔をしつつ、今度は振り返らずに口を開いた。

 

「……どうにも解せぬ。いや、それ以前にガレットを通じて正式にドラジェへの協力要請は出たはず。そうじゃな、リコッタ?」

「そうであります。ノワとの連絡でガウル殿下がドラジェのレザン王子に協力を取り付けた、と言われたであります」

「ならどの道ワシ達はドラジェへと向かわねばらならん。そうしなければガレットのメンツを潰す形になってしまう。……エクレール、返答を任せる!」

 

 それだけでエクレールはどう返答すべきかを把握した。「はっ!」と了解の意思を示し、彼女が僅かに速度を緩める。相対的に追いかける空騎士達との距離が縮まっていく。

 

「リーシャ隊長、親衛隊長のエクレールです。自分達は既に協力先を見つけております。ですので、貴国の保護は受けることは出来ません。戻ってそのように領主様にお伝えください」

「協力先を……? それはどちらです?」

「申し訳ないが、言うわけにはいきません。……更に付け加えるなら、我々はあなた方を、いえ、この現状、自分達が直接協力を取り付けた相手でなければ信用できません。空騎士に並走されてはこちらも目立ってしまう、すぐに隊を引き上げてそのようにご返答ください!」

 

 いささか無礼とは思いつつ、エクレールはカマ(・・)をかける意味でもわざとそう返答した。これでどう出てくるか。もし本当に協力を考えているなら、言われた通り隊を引き上げるだろう。

 だが、リーシャは引き上げなかった。引き続き追跡しつつ、今度は先ほどより固い声で切り出す。

 

「……繰り返します。ただちにセルクルを停止してください。私はクーベル様より直々に貴殿達の『保護』を言い付かっております」

 

 自身への回答ではなく繰り返された文言にやはりか、と思いつつエクレールは緩めていたスピードを上げ直し、隊列を戻した。臨戦態勢を取れるよう体を緊張させつつ、次の相手の出方を待つ。

 

「……貴殿等がこちらの要求を飲まない場合、私は実力行使に打って出ることも許可されている……! ただちにセルクルを停止してください!」

 

 3度目の要求と同時に、空騎士達は晶術銃を5人へと向けた。予想通りの最悪の展開に三度エクレールが舌打ちをこぼす。

 

「思った通りか……! リコ、防御弾幕は!?」

「数発なら張れるでありますが、持ち合わせはそこまでは……!」

「クソッ……! シンク、お前は何があっても姫様を……」

 

 言いかけたエクレールの言葉は、地面に着弾する晶術弾の音でかき消された。明らかに直撃を狙っての射撃ではない。威嚇だ。

 

「今のは威嚇です、次は狙います! お願いです、セルクルを停止してください!」

 

 聞こえてきたのは切迫した声だった。彼女としても本来友好国であるはずの姫君に銃口を向けるなどしたくないのかもしれない。

 だが付け入るならそこだ。この状況では形振(なりふ)りなど構っていられない、とエクレールは判断した。

 

「こうなったら僕がトルネイダーで……!」

「止まるな! 足を止めて撃ち合えばこちらの居場所を、私達を追う連中に大々的に知らせるようなものだ。それは避けねばならない!」

「タレミミの言う通りじゃ。蹴散らすだけなら出来ないことではない。じゃが、ここで足を止めてはその後のより悪化する事態を招きかねん。……仕方ない、逃げながらの戦闘をやるしかないのか……!」

 

 ギリッと歯を噛み締め、レオはグランヴェールを変化させようと意識を集中させる。

 

「レオ様、前方に回りこまれたらお願いします。シンクとリコは姫様の防御を最優先に!」

「エクレは?」

 

 シンクの問いを聞きつつ、エクレールは一度深く息を吸い、そして吐いた。

 

「迎撃に回る。……向こうはどうやらまだ心に迷いがあるらしい。なら、付け入るとするなら……」

 

 両手で短剣を抜く。さらに瞬時に紋章を輝かせつつセルクルから跳び上がり、バク宙の要領で背中越しに相手を自分の視界へ。

 

「そこだっ! 紋章剣、閃空二重一文字!」

 

 

 

 

 

「何!? ガレット国境付近で姫様達とパスティヤージュの飛空術騎士団が交戦中だと!?」

 

 諜報部隊を通じ、バナードからの報告を耳にしたガウルは座っていた椅子から体を乗り出して固まった。ややあって表情は変わらぬまま椅子にその腰を下ろしなおす。

 

「飛空術騎士団はアンローベ卿を隊長に約100騎。向こうはこちらに場所を気取られぬよう低空で飛んでいたことから、最初から戦闘行為まで見据えてのことかと考えられます」

「馬鹿な……。なぜパスティヤージュが……」

「将軍、間違いないんか?」

 

 ガウルの傍らのジョーヌも信じられないとばかりにバナードへと聞き返す。だが彼は表情を変えずに淡々とそれに答えた。

 

「諜報部隊からの情報だ。間違いないだろうね」

「……クソッ! クーベルめ!」

 

 机を叩き、ガウルは立ち上がる。

 

「ガウル殿下、どちらに行かれるおつもりで?」

「決まってるだろ! パスティヤージュに通信を入れてやめさせてやる!」

「それは賢明とは言いかねる判断ですね」

「何だと!?」

 

 この場にいないクーベルに向いていたガウルの怒りの矛先は、その一言でバナードへと変わった。彼は感情を露にし、自国の騎士団長を睨みつける。

 

「どういう意味だ、バナード!」

「言葉通りですよ」

「なぜだ!」

「ガレットは静観を決め込む、それが表向きの回答です。ここでこちらが表立ってパスティヤージュに口を出せば、表向きは静観を決め込んでドラジェへと協力を取り付けた先の決断が全て無駄になります」

 

 あくまで冷静な、それでいて的確なバナードからの指摘にガウルは思わず言葉を詰まらせた。

 

「じゃあ黙って見てろって言うのかよ!」

「殿下におかれましては、申し訳ありませんがそうなりますね」

「……その言い方やと、ウチらは手が出せないけど、既に手は打った、ということですか?」

 

 こちらは感情的なガウルより少しは冷静らしい、とバナードは思わず僅かに表情を緩めてジョーヌを見つめる。彼女の言うとおり、既に手は打ってある。

 

「ああ。……殿下、今朝出撃した遊撃隊は何のためですか?」

「そうか! こうなった場合のための実力行使用の部隊や!」

「だがそれじゃ表立って動くのとなんら変わんねえだろ?」

 

 いいえ、とバナードは首を横に振る。

 

「遊撃隊が対処するのは、あくまで『自国領内での不明瞭な戦闘行為』に対してです。『逃亡の姫君を逃がす手助けをする』というのは副次的な効果、いえもっと言うなら結果としてそうなってしまったということに他なりません。その辺り、彼は誰よりもうまく事を運んでくれる、『手助けをする』のではなく、『結果として手助けをしてしまった』という形にもっていってくれるでしょう」

「ソウヤなら間違いない! もし戦闘になってもうまくパスティヤージュ側だけを撃退して、姫様達はなんやかんやと見逃す手立てをきっと立ててくれる! そういうことですよね、将軍?」

「ああ。そういうことだ」

 

 ジョーヌが表情を明るくする。だが対照的にガウルの表情は苦いままだった。

 

「……間に合うのか?」

 

 そして、1番の懸念すべき事態を口にした。

 

「確かにガレットが介入する大義名分は整っている。その状況ならソウヤは間違いなくうまくやるだろう。相手は空騎士だ、そこも含めてな。……だが、遊撃隊が到着した時に既に戦闘は終わっていた、それじゃ元も子もねえ。そこのところはどうなんだ?」

 

 それに対し、ここまで流暢に話していたバナードの口が止まった。

 

「そんな……将軍、間に合うんやろ?」

 

 ジョーヌからの問いかけにも、彼は即答しない。

 

「……正直なところ、姫様達の粘り次第、としか申し上げられません」

 

 思わずガウルはうめき声を上げていた。確か護衛についていたのはシンク、エクレール、リコッタのはず。シンクとエクレールの2人はビスコッティの名コンビ、腕も確かだ。リコッタも戦闘能力こそ高くはないものの、砲術士として、なによりその頭脳は優れたものがある。さらにはそこに今では彼の姉も加わっている。そう易々とやられるとは考えられない。だが、嫌な予感は消え去ろうとしない。

 

(頼むぜ、姉上……! ソウヤの到着まで何とか持ちこたえてくれ……!)

 

 歯を鳴らし、拳を握り締めた今の彼に出来ることは、そう祈ることだけだった。

 

 

 

 

 

「高い角度から来るぞ! リコ、防御弾幕!」

「了解であります!」

 

 空から雨のように降り注ぐ晶術弾に対し、リコッタの両手に持たれたハンドキャノンから2発の砲弾が放たれる。直後、その弾は拡散し、辺りに防御用の弾幕を形成した。それによって多数の晶術弾が相殺されるが、うち何発かが弾幕を抜ける。が、今度はそれとミルヒの間にシンクが割って入り、ライオットシールドで残りを防いだ。エクレールはセルクルをうまく操ってその攻撃を回避し、上体だけを後ろに向けて反撃態勢に入っている。

 

「紋章剣、裂空十文字!」

 

 放たれた十字状の紋章剣は攻撃してきた数騎の空騎士を巻き込んだ。しかしそれを避けた残りの空騎士が彼女へと晶術弾を放つ。それをうまく短剣で弾き、あるいはセルクルを操り回避して、彼女はなんとかその攻撃をやり過ごした。

 

「リコ、残りの防御弾は!?」

「もう残り少ないであります! エクレ、このままでは……!」

 

 リコッタからこぼれたよろしくない現状に、エクレールは唇を噛み締める。晶術弾単発の攻撃はさほど恐くない。だが、集中して撃たれた場合は弾くのにそれなりの輝力を要する。ここまでシンクが全てディフェンダーによってミルヒを守ってくれていたが、彼の輝力も無限ではない。威力が増せばそれだけ込める輝力も増え、消耗が激しくなる。そうなれば、ここを切り抜けたとしても今後に影響を及ぼしかねない。

 いや、人のことより、と彼女は疲労の色を滲ませた息を吐いた。迎撃役を買って出たせいもあり、彼女の消耗がこの中ではもっとも激しい。最初の閃空二重一文字で幕が切って落とされたこの逃亡戦。その初撃はよかった。まだ心を決めかねていたリーシャの意表をつく形で、うまく20騎ばかりの空騎士を巻き込めた。だが、それでリーシャも腹を括ってしまったらしい。以降は完全に相手のペースだった。先ほどの紋章剣のようにエクレールは反撃を放ってはいるが、効果的な成果を挙げられずにいた。

 

「姫様、セルクルを止めてください! そちらが不利なのはもう十分承知になったはず! こちらの要求に従ってください!」

 

 叫び声を挙げつつ、だが焦っているのはリーシャも同じだった。エクレールからの初撃で已む無く戦闘態勢に入ったものの、仕留め切る事が出来ない。頭を抑えようと数騎を前方に展開させようとしたが、先頭を走るレオの前にあっさりと迎撃されていた。本当にこれまでずっと休暇を取っていたのかと疑いたくなる。戦闘能力は全く衰えていない。これでは前方に兵力を割いてもいたずらに失うするだけである。よって彼女は主に相手の後方からの攻撃に終始していた。この方が逃げる相手からの反撃はもらいにくい。さらに後方のエクレールを消耗させることで隊形を切り崩せる可能性がある。そうなれば先頭のレオを後退させることもできるかもしれない。そうしてなんとか頭を抑えに回りたい。

 だがエクレールはそれに気づいている様子だった。先ほどからレオが下がろうとすると絶対に下がらないように要求していた。

 

(あの人は……本気で自分の主君を守ろうとしている……)

 

 ひたむきにミルヒだけを守るための行動を取るエクレールに、思わずリーシャはそんな考えを抱いていた。今の自分はどうなのだろうか。領主の命令に従っているとはいえ、本当にそれが正しいといえるのだろうか。

 いや、そもそも騎士にそんな疑念を抱く余地などないはずだと彼女は考えを消し去ろうとする。それでも、一瞬でも疑いを抱いてしまったのは事実だ。そんな彼女にとって、今の自分と対照的な目の前の彼女を撃つことはどうしても躊躇(ためら)われた。

 

「騎士エクレール! 隊を止めてください! あなたももう限界のはず……。こちらの要求に従っていただければ手荒な真似はしないと約束します! それに……私の方からもクーベル様に掛け合ってみます! ですからお願いです!」

 

 切迫した声だ、とエクレールは感じた。やはり向こうとしても乗り気ではない戦いだったようだ。だが、だとしても命令を受けている以上実行するのが騎士だ。自分は引くつもりはないし、相手も引かないだろう。そのことは強く感じていた。

 だとするなら、どちらかが諦めるまでこの追撃戦は続く。相手を諦めさせるにはどうしたらいいか。部隊の殲滅、それが無理なら大打撃か。しかし現状そのどちらも難しい。隊長クラスの撃破、も同様だろう。なら、向こうが本隊、つまりミルヒへの追撃を()()()()()()()()状況を作り出すしかない。

 

 エクレールが背後を振り返る。空騎士は当初より半分以下まで数を減らしている。ならばやれるか、と彼女は口元に自嘲的に笑みを浮かべた。

 

「……姫様、先に行ってください」

 

 自分としても随分と乾いた声だった、と思う。既にこの展開になる可能性がある、とわかったときに心は決めたつもりだった。だが、いざ言葉にするとなると、やはり緊張を隠すことが出来なかった。

 

「エクレール!?」

「エクレ、何を言って……!」

 

 信じられないとばかりにミルヒとシンクが彼女を振り返った。

 

「私はもう輝力が底を尽き始めています。このまま応戦しつつの逃走は難しいでしょう。かといってこの役を変えたところで消耗戦にしかなりません。それは相手の思う壺です。……なら、ここは私が引き受けます。私が足を止めて迎撃に回れば、残りの数からいっておそらく向こうも私を無視しての追撃は難しいはず。そうなれば姫様たちが逃げ切れる可能性はより高く……」

「いけません! エクレール!」

 

 エクレールの声を遮ったミルヒは、珍しく声を荒げていた。先ほどの乾いた声からその決意を感じ取ったのだろう。続けて彼女へと呼びかける。

 

「あなたは私の親衛隊の隊長です! 昨日約束したではありませんか! なら……最後まで私を守ってください! これは命令です!」

 

 その声にエクレールの眉が一瞬動く。

 出来ることならそうしたい。しかしここで追っ手の足を止めなければ状況が悪いままだ。なら、自分が命を賭けるべき場所はここだ。エクレールの気持ちは決まっていた。騎士としての忠誠、親衛隊長として主君を守るための最後の仕事。リーシャは「保護」と言ったが、果たしてどういう扱いをされるかわかったものではない。だが、彼女の覚悟は決まっていた。

 心残りがあるとすれば最後まで主君の護衛が出来ないことであった。だが、その彼女にとって最愛の男性が側に仕えている。姉妹同然に接してくれた隣国の戦姫がいる。旧友でありビスコッティの頭脳である研究院の主席がいる。だったら心配はない。必ず姫君は守り通される。そしてその身の安全が保障される場所まで連れて行ってくれるだろう。

 

「……申し訳ありません、姫様」

 

 改めて自分の心を整理し、エクレールはゆっくりと口を開いた。

 

「お気持ちは嬉しいです。ですが、姫様の身の安全をより確実なものとするためには、これしかありません」

 

 ミルヒの気持ちには気づいていた。両親を事実上失ったに等しく、騎士団に反旗を翻され、国を失うかもしれない彼女はもう何も失いたくないのだということに。昨夜、自分に言ってくれた感謝の気持ちは彼女の本心だろう。自分には勿体無いぐらいだった、そのことにも気づいていた。

 しかし、だからこその英断だった。かつて自分が愛し、そして今自分の仕える姫君が愛する男性と共に逃げ切ってほしい。そのために、自分の身など投げ捨てる覚悟は、当の昔に出来ていた。

 

「ダメですエクレール! あなたを失ったら……私は……私は……!」

 

 涙声が聞こえる。彼女のセルクルのスピードも緩みそうになった。だがその彼女の腕を掴んだのは他ならぬシンクだった。

 

「シンク!?」

「……行こう、姫様」

 

 見れば、彼の手も震えていた。そこから本当は望んでいないことだとわかる。だが、それでも彼はエクレールの言葉を優先しようとしていた。

 

「エクレは心を決めてるんだ。そして、親衛隊長として今自分が何をなさねばならないか、それをわかっていて、やろうとしているんだ。だから……その気持ちを踏みにじっちゃいけない」

「でもシンク、エクレが……」

 

 そこまで言って彼を見たところでミルヒはようやく気づいた。目に映ったのは自分を掴んでいないセルクルの手綱を握っている方の手、それを血が滲まんばかりに握り締め、唇を噛み締めて必死に堪えようとするシンクの姿だった。

 

「僕だって……僕だって今すぐにでも足を止めてエクレと一緒に戦いたい……! でもエクレは……エクレはそんなことは望んでない……。今僕がやるべきことは姫様の身を守ること。一緒に付き添うこと。だから……行こう、姫様」

 

 今まで散々馬鹿にしてきた勇者だが、ここばかりは感謝せねばならないだろう。エクレールは小さく笑みをこぼした。

 

「……よく言った。アホ勇者など散々言ってきたが……感謝するぞ、シンク」

「ううん。いいよ。代わりに……必ずまた会おう」

 

 難しい要求をしてくる。そんな約束が叶う保証など全くない。一瞬間を空けたが――。

 

「……当然だ。また貴様のアホ面をもう1度拝んでやる」

 

 流れるようにその言葉が口を次いで出てきた。髪を切り、本心を隠してきたこの数ヶ月で嘘をつくなんていうのもいくらかうまくなったようにも思える。それでも、昨日はミルヒに「嘘をつくのが下手だ」と言われてしまったか。だとしても、目の前の唐変木ぐらいには通じるだろう。

 

「ひどいなあ……。でも……よかった。約束だよ?」

「ああ。……何度も言わせるな」

「エクレール……私とも約束してください……。また、必ず私の前に顔を見せてくれると……!」

「約束します。ですから……私の心配はせず、行ってください!」

 

 今度は昨日と違ってうまく嘘を言えただろうか。そのことは気がかりだったが、ミルヒは彼女の意思を尊重してくれたらしい。辛そうな顔を前へと向ける。

 

「タレミミ……。ミルヒはワシ達が必ず送り届ける。じゃから……」

「ありがとうございますレオ様。……姫様を、お願いします」

「わかった。また会おうぞ……!」

「エクレ、自分とも約束であります! 無茶だけは、絶対ダメでありますよ!」

「お前の方こそ、3人に迷惑をかけるなよ」

 

 皮肉っぽい笑みをリコッタに返す。それをきっかけとし、エクレールはセルクルを止めて降り、反転した。彼女の背中に4人が遠ざかる気配が感じられる。

 

(どうか……。うまく逃げ切ってください、姫様……)

 

 一旦そう願った後、エクレールは気合の声を上げた。輝力武装展開、「光凛剣・双牙」。巨大な篭手に包まれた2本の腕と剣を実体化し、更に自身もいつでも紋章剣を撃てるように輝力を高める。

 距離を詰めてきたリーシャがその様子に気づいた。一瞬信じられないとその目を見開いた直後、全体に「止まれ!」と指示を出す。

 そんな彼女同様、エクレールも面食らっていた。。てっきり自分の頭上を越して追撃を続行するものと思っていた。そうなった場合のための紋章剣、ミルヒ達に追いすがろうとする相手をここで出来ることなら一網打尽に、それが無理でもある程度数を減らし、出来るだけ多くの相手の狙いを自分に定めようとさせるのが目的だった。しかし相手は最初から自分にだけ狙いを絞ったらしい。我が身と引き換えに本隊を逃がそうとしている彼女にとっては好都合だった。

 

「……ここは通さない、というわけですか?」

 

 臨戦態勢をとったまま、ブランシールの上からリーシャが質問を投げかける。

 

「そういうことです。ここを通りたければ、私を撃破してからにしてもらいたい」

「……私は出来ることならあなたと、いえ、この命令自体実行したくはありません。今すぐ武装を解除してこちらの要求にしたがってはいただけませんか?」

「それは出来ない相談です。私が大人しくしたとして、それで姫様への追撃が終わるという保証はない」

「私が受けた命令は『姫様達一行の保護』、誰か1人でもいいという命令です。ですから……ここで投降していただければ……」

「……くどいですね、リーシャ隊長」

 

 不敵に笑いを浮かべたエクレールに、リーシャは彼女が考えていることを察した。この人は投降などする気はない。自分の言葉を信用してくれていない。最後まで玉砕覚悟で戦うだろう。

 いや、そもそもこんな方法を取った自分を信用してくれ、などと言う事の方が間違いだろう。もう戦いは避けられない。誇り高いこの親衛隊長は間違いなく戦っての決着を望む。

 どうしてこんなことになってしまったのだろうか。これほどまでに誇り高い騎士を目の前に、その相手を今の自分が数の暴力と言う形で撃破してもいいのだろうかと思わず感じる。しかし自身はクーベルに忠誠を誓った身。なら、その命令は実行しなくてはならない。

 ギリッと歯を鳴らし、リーシャは晶術銃の銃口をエクレールへと向けた。

 

「……全員、構え……。目標、ビスコッティ親衛隊長、エクレール・マルティノッジ卿……!」

 

 搾り出すような彼女の声と共に、空騎士達も銃口をエクレールへと向けた。それを見たエクレールは小さく笑みをこぼす。

 

「……リーシャ隊長、時に騎士は自分の意思と無関係に踊らなくてはならない時もある……。あなたの苦悩は十分に伝わりました。ですから、遠慮はいりません。全力できてください」

 

 ここまで来てかけられた同情の言葉に、とうとうリーシャも完全に決心した。この戦いは負けられない。「良い演者とは、黙って踊る演者」であるなら、領主の望みどおり黙って踊ってみせよう。彼女は一気に輝力を集中させた。

 

「一斉射! 撃てッ!」

 

 空騎士の射撃と同時。エクレールも両手を交差させ、自身の紋章剣を放つ。

 

「紋章剣! 裂空十文字!」

 

 迫る晶術弾と相殺しあう形となり、だがエクレールの紋章剣が打ち勝った。その一撃に数騎の空騎士が巻き込まれる。

 それでもエクレールの攻撃は終わらない。続けて輝力武装の剣へと輝力を集中させていく。

 

「光凛剣、双牙……!」

「各員散開!」

 

 それをリーシャは見抜いた。かつて見かけたこともある、エクレールの自身と輝力武装の両方から放つ連続の紋章剣。今目の前の親衛隊長はそれを狙っていると確信し、即座に散開の指示を出す。

 しかしエクレールも早い。元々集中させていた輝力だ、散開の様子が小さいと判断し、そのまま紋章剣を放った。

 

「裂空光牙十文字!」

 

 輝力武装から放たれた強力無比な一撃は、散開しかけた空騎士達を飲み込んだ。が、それでも全てではない。殊に隊長として一流のリーシャであればその飲み込まれる側に入るなどということはありえない。

 軌道を完全に見切ってリーシャは回避する。お返しとばかりに、強力な晶術弾の反撃をエクレールへと放った。

 

「ぐっ……!」

 

 2連発の紋章剣の反動で動けなかったエクレールにその攻撃は直撃した。苦悶の声と共に上着が弾け飛び、彼女自身も後方へと吹き飛ばされる。しかしエクレールはすぐに立ち上がり、転がるようにその場を離れた。直後、残りの空騎士達が放った晶術弾がその場へと降り注いでいた。

 

「待て! 全員撃ち方やめ!」

 

 あと一歩、リーシャ自身がもう一発撃てば勝負は決まっただろうに、どういうつもりか彼女は攻撃中止の指示を出した。あくまで投降を促そうというのか。

 何とか体を起こし、エクレールは相手の状況を確認する。まだ空騎士は30騎ばかりは優に残っていた。相変わらず圧倒的不利、満身創痍の現状では撃破は難しい。いや、隊長のリーシャがいる時点で絶望的とも言える。それでも、攻撃の止んだこの間に荒くなった呼吸を整えようと彼女は肩を上下に揺した。が、体力の回復は見込めそうにない。

 

「……最後通告です。投降してください、騎士エクレール。拒否するのであれば、こちらも撃破という手段を取らせていただきます」

 

 ここまでか、とエクレールは思わず舌打ちをこぼした。これまでの戦闘で疲労はかなり蓄積されていた。先ほどの紋章剣2連発の時は一発一発が体に重くのしかかっていた。紋章術はもはや使えるかも怪しい。輝力切れを起こせば、あとは煮るなり焼くなり好きにされるしかない。そうなれば相手の言葉通り「保護」されるだろう。しかし戦闘行為の上での保護など、それでは人質や捕虜と同義だということも気づいていた。

 だとするなら、それで親衛隊長として今まで戦ってきた自分は終わるかもしれない。そう気づいてもいたが、不思議と未練はなかった。主君に忠誠を誓い、だがその主君と同じ人を愛し、そして最後まで騎士として生きることを選んだ。難儀といわれればそうなのかもしれない。しかし彼女にそんな感情はなかった。

 姫様を責めるなど筋違いだ。いや、その前に責める気すら彼女にはない。国民のために、その華奢な両肩に重くのしかかるものを考えれば、自分の心などたかがしれている。その姫様を守り通し、尽くすことこそ自身の喜びだ。今のエクレールの心はそうだった。だから、最後まで付き添うことこそできなかったものの、少しでも安全な道中のために我が身を投げ出したことに悔いはなかった。

 

 だがその一方、エクレール個人としての後悔はあった。

 昨夜ミルヒに言われた彼女自身の幸せ、それを考えた時に真っ先に浮かんできた副隊長の顔。仮にも婚約をしたというのに、自分は最後までマルティノッジ姓を名乗っていた。そしてそんな自分のために、全てを賭けて求婚してきてくれた相手に優しくしてやれなかった。

 確かに、あの時の悲しみを何かにすがって忘れたいという思いはあった。心のどこかでシンクへの当て付けという思いもあった。だがそれだけが全てではない。今の彼女にそんな心は微塵もない。

 まるで尽くすように自分を支えてくれた彼に申し訳なく思う。こんな自分のために労力を惜しまなかった彼への感謝と、謝罪の気持ちはある。自分のわがままを嫌な顔一つせず聞いてくれて、アラシード姓を名乗らなかったことに文句を言おうともしなかったのだ。なんでこんな自分のために、とも思う。

 

 そこでエクレールは気づいた。彼の自分に対する感情は、自分が姫君に抱く感情に似ているのではないかと。「奉仕」や「献身」とも取れるだろう。だとするならそれは彼女がシンクに対して抱いた感情とは多少異なるかもしれない。だがそれを昇華させれば、最後には「愛」という感情に行き着くのではないだろうか。

 ああ、そうかと彼女は1人納得した。自分を親衛隊長として信頼し、慕い、尽くしてくれた。今にして思えば人のことを鈍いだの言えないほど、自分も大概だったとようやく気づく。自分のことをこれほどまでに思ってくれる、きっと幸せにしてくれる人間は、いつも一番側にいてくれたではないか。

 

(すまなかったな……。エミリオ……)

 

 心で彼女は一つ詫びの言葉を呟いた。その心に自分は応えてやれなかった。唯一の心残りがあるとすれば、それだけだった。

 投降の意思なし、と判断した空騎士達が銃口を向ける。もはや防御に回す輝力もない。回避するだけの体力も残っていない。次の晶術弾を撃たれればそこまでだ。

 

(せめて、最後にもう1度会いたかった……)

 

 叶わぬ願いだ、とエクレールが自嘲的に小さく笑みをこぼす。そして自身の最後の時を待とうと、ゆっくりと目を閉じた。

 

 ――その時だった。

 

「後方! 接近する敵影あり!」

 

 その声に諦めていたエクレールが目を開き、リーシャが背後を振り返る。直後。

 

「槍……投擲!?」

 

 輝力を込められた槍の投擲。自分達へと攻撃が向けられていると悟ったリーシャは即座にブランシールを回避行動へと移す。軌道を読みきった彼女は見事その攻撃を回避した。が、避けきれなかった数騎がそれに巻き込まれ撃破される。

 

「よくもっ!」

 

 問答無用で仕掛けられた奇襲に怒りを覚えつつ、リーシャは攻撃が来た方向へと晶術弾を撃ち込む。着弾。手応えはあった。だがセルクルを走らせる影は怯んだ様子もなく、その爆煙を切り裂き飛び出してくる。

 

「なっ……!」

 

 その様子にリーシャは目を見開いた。いや、彼女だけではない。エクレールも同様だった。迫ってきていたのは青っぽい髪に赤い鉢巻を締めた、先ほど彼女の脳裏によぎった、その当の本人――。

 

「エミリオ……!? なぜ……!?」

 

 だが彼女の問いの答えの代わりに空騎士たちの晶術銃が一斉に火を吹く。それでもその騎士はセルクルの速度を緩めず、真正面から弾幕へと飛び込んだ。轟音と共に煙が広がり、しかしその煙の中からひとつの影が飛び出し、空騎士の足元を転げるように抜けていった。見ればセルクルは撃破されている。着弾する瞬間、防御を固めて跳んだのだとリーシャは推察した。

 その相手を撃とうと銃口を向け――リーシャはその手を止めた。自分達の射撃を抜けて親衛隊長の元へと辿り着いた青年はその隊長を庇うように前に立ち塞がっている。

 

「待て! 撃つんじゃない!」

 

 その様子を目にした瞬間、反射的にリーシャはそう指示を飛ばしていた。自分達を攻撃してきた以上、間違いなく敵対する存在だ。だが、目の前にいる2人のことは風の噂で耳にしてはいた。細かいことはわからないが、仮とはいえ婚約を交わした相手が窮地と知って我が身を省みずにここまで来たのだろう。そんな相手を問答無用で撃ち抜くことは、今の彼女には出来なかった。

 

「大丈夫ですか、隊長!?」

「エミリオ……お前、どうしてここに……?」

 

 目の前の敵を睨みつけながらの質問に対し、エクレールは質問を返していた。

 

「隊長達をガレットの国境付近で見かけたという話を聞いて……。いや、そんなことはどうでもいい。大丈夫なんですか!?」

 

 彼自身もさっきの晶術弾の雨を浴びているはずだ、なんともないということはないだろう。なのにただただ、エミリオはエクレールに心配の言葉を投げかけていた。

 本当に自分を心配して、それだけの理由で来たのだと彼女は悟った。だが自分はもう戦える状況ではない。せっかく来てくれたが、彼1人ではこの相手は荷が重過ぎる。それでも、一目会えてエクレールは嬉しく感じていた。自分の願いが天に届いた、そう思っていた。

 

「……見ての通り、なんとかまだ立ってるよ。ただ……もう輝力も体力も底を突いた。正直言って、今はやられるのを待ってたような状況だった」

「そう……ですか」

 

 そう言うと、エミリオは苦笑を浮かべる。

 

「……相手は30弱、おそらく自分1人では手に余ると思います。格好良く決めたかったんですが……。わざわざ来たのにすみません、やっぱり自分は勇者様みたいにはいかないみたいです」

「あいつみたいじゃなくていいさ」

 

 エミリオにとって予想外の答えだった。思わず目の前の敵から目を逸らし、エクレールの方を振り返る。

 

「お前は、お前だからいいんだよ」

 

 エクレールは笑っていた。作ったような表情ではなく、自然に微笑んでいるようだった。そんな笑顔を最後に見たのはいつだったか。髪を切って以来では初めてかもしれない。

 

「……ようやく気づいたんだ。私の1番近くに、誰よりも私のことを思って、そして支えてくれる人がいたんだってことに」

「隊長……」

「だから、お前はお前だからいいんだ。……今まですまなかった。私の身勝手で散々迷惑をかけてしまった。一言だけでも、会って言葉を交わして、そして謝りたかった。……これでもう悔いはない」

「迷惑だなんて、思っていません……! だから、謝る必要なんてありません。ただ、隊長のことがどうしても心配で……だからここに割って入っただけなんです」

 

 エクレールが天を仰ぐ。ミルヒから幸せになってもらいたいと言われたが、自分は相当な幸せ者だと思っていた。親衛隊長として主君の安全のために身を投げ出して役目を全う出来、最後に会いたいと思った人間と共にいる。「死に場所」としてはおあつらえ向きだ。この後、自分の身がどうなろうともう彼女に思い残すことはなかった。

 

「……最後まで、私に着き合わせてしまったな」

「いいんです。自分が望んだことですから」

 

 エミリオからの返答に、エクレールは小さく笑った。次いで、その表情を引き締め、リーシャを真っ直ぐに見据える。

 何かを決めた目だった。圧されそうなその視線から目を逸らすことなく、リーシャが口を開く。

 

「……覚悟は決まりましたか?」

「ええ。ただ、投降するつもりはありません」

「勝ち目がなくても、ですか?」

 

 フフッとエクレールが笑う。不敵な笑みだった。満身創痍、四面楚歌の状況にあるとは思えないその様子は、一見すれば自棄を起こしたとも見える。

 

「……確かに勝ち目はないでしょう。傷ついた私と親衛隊の副隊長とはいえあなたには到底及ばないエミリオの2人では、はっきり言ってこの状況を打破するのは不可能です。……ですが」

 

 彼女の表情から笑みが消える。そして改めてリーシャを真っ直ぐに見つめなおす。今度は、先ほどを越えるほどの威圧感だった。

 

「……我等2人を余り甘く見ないでもらいたい! たとえ万に一つの勝ち目もないにしても、倒れるまで誇らしく戦い抜いてみせる! ビスコッティ親衛隊副隊長のエミリオ・アラシードと、同じく隊長のエクレール・()()()()()、そう易々とやられるつもりはない!」

 

 淀みのない、今の彼女のどこにそれほどの力が残っているかと疑ってしまうほどの、力強い言葉だった。

 

「隊長……!」

「……違うな、エミリオ」

 

 だが振り返った彼女からは、先ほどの力強さは嘘のように消え去っていた。その表情にはどこか気恥ずかしそうな、照れくさそうな、そんな様子と共に笑みを浮かべている。

 

「私は公私を混同したくはない。だが……今は名で、『エクレール』と呼んでくれ」

 

 エミリオは虚を突かれた。しかしすぐその表情を明るくする。他ならぬ彼にとってもずっと待ち望んでいた、親愛なる女性が自分に心を開いてくれた瞬間――。

 

「はい……エクレール……!」

 

 エクレールは、微笑でそれに応えた。そして表情を引き締め、目の前の相手を見据える。

 晶術銃が構えられる。最後の時。

 

「……エミリオ」

「なんです?」

 

 だったら、言いたいことは全部言ってしまおうと、彼女は思った。

 

「もし無事にビスコッティに戻ることが出来たら……式を挙げよう」

「た……エクレール……」

 

 これまで通り「隊長」と呼びかけて言い直したのだろう。慣れない自分への呼称に戸惑った彼に、思わず小さく笑う。

 

「私には似合わないと分かっているが、お前のためにドレスを着てやる。姫様やシンクや隣国の人々も呼んで……盛大な式にしてやるよ」

「いいですね。それは、楽しみです……」

 

 エミリオがそう答えると同時。

 リーシャ達空騎士隊が一斉に引き金を引き絞る。銃口から放たれた晶術弾は美しく弧を描いて2人へと迫り――。

 

 そして、辺りに轟音と爆煙を撒き散らした。

 

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