DOG DAYS DUAL-BRAVER   作:天木武

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Episode 25 振り抜かれる剣

 

 

「ソ、ソウヤ!? なんで……!」

 

 シンクも信じられないとばかりに前方でセルクルに跨る彼へと声をかける。さらに彼の後方には遊撃隊が控えている。話が違う。「ガレットはこの事態に直接介入しない」という話だったはずだ。いや、その前にあの陣取り方はこちらの進行を阻止しようとも見えるではないか。

 

「どういうつもりじゃ、ソウヤ! 貴様達はバックアップのはず……。それがなぜこうもおおっぴらに、それにワシ達の行く手を遮るように立っておる!?」

「何、ちょっと考えが変わったってだけだ」

「考えが変わった……?」

「……ビスコッティのクーデターの原因はよくわかってはいないが、おそらく姫様関係だ、と俺は睨んでいる。婚約を早期に結ぶべきだという話にでもなって、結果暴走した人間が姫様を捕らえようとした、そんなところでしょう?」

 

 レオはミルヒの方を振り返った。彼女は肯定も否定もしなかった。正確には、出来なかった、と言う方が正しいかもしれない。それだけが理由とは到底思えない。その他積もりに積もったものが爆発した結果、と思っていた。

 それに、思いたくない、という彼女の心もあった。「婚約を早期に結べない」というのは、シンクとミルヒ、両者の納得できる答えを出したいからという事情も絡んでいる。つまり先のソウヤの質問を肯定しては、シンクにも責任の一端を担わせてしまう。そんなことはしたくない、とも考えたからだった。

 ミルヒからの返答がないと判断したソウヤは、しばらく続いた沈黙を破って口を開く。

 

「……ノーコメント、か。まあいいや。そういう前提で話を進めさせてもらいますよ。もしそうであるとしたら、俺たちがバックアップして第三国がかくまう、なんてしちめんどくさい方法を取るよりも、もっとスマートに事態を解決できる方法を思いついたわけですよ」

「スマートじゃと……?」

「ああ。……姫様が婚約を取り付けられないのは、今現在思い人がいるから。そして、その相手の都合もあって、姫様は心を決めきれず、周囲も強行な姿勢に出られないでいる……」

「違います! シンクはこのことと何も関係ありません!」

 

 反射的に上げたミルヒの声に、ソウヤは鬼の首を取った様に小さく笑う。

 

「俺はシンクとは一言も言ってませんがね。ま、本人の口から出たんでシンクってことでいいか。……話を戻します。シンクの都合を考えて婚約を交わせないというのであれば、そもそもシンクが()()()()()どうなるか」

「な、何……?」

 

 夫が何を言い出そうとしているのかレオにはわからなかった。ただ、以前の星詠みの時に「狂気を孕んだ笑み」という、一瞬だけ視えてしまったその光景が脳裏をよぎる。まさか、あれは本当に現実になろうとしているのだろうか。

 

「つまりこの状況、シンクという存在を失えばこの逃亡劇もビスコッティの謀反も全て収まる、そう思いませんか? 『シンクとの婚約』にこだわる必要のなくなった姫様は、相手は誰になるか知りませんが縁談か何かで相手を見つけることになる。そうなればビスコッティの将来は一応は安泰だ、謀反も自然と収まるでしょう」

「ふざけるな! ソウヤ、貴様それを本気で言っているのか!?」

 

 レオの問いかけに、ソウヤは皮肉っぽく笑って返した。笑みではあるが、星詠みで視た笑みからは程遠い、普段よくやるような笑みのようにも見えた。

 

「勿論本気だ。そうじゃなければ表立ってこうやって進行を妨げる必要はないだろう?」

 

 だがそれでもその口から出てくる言葉はレオにとって到底信じられないものだった。出かける時に交わした約束は、あの時の言葉は嘘だったのだろうか。

 

「ソウヤ……貴様……!」

「悪いな、レオ。俺が用があるのはお前じゃない。……シンク」

 

 最初に声を発したきり、ずっと黙っていた勇者の名をソウヤは呼んだ。シンクは、らしくなく重々しい表情で彼を見つめ返す。

 

「サシの勝負をしろ。俺とお前、一対一の勝負だ。お前が勝ったらこの場を通してやる。お前自身がこの件にも関わってるとあれば、けじめをつける必要はあると思わないか?」

「……僕が負けたら?」

 

 僅かに、ソウヤが笑ったように見えた。

 

「どうなるかな。姫様との婚約破棄、でもいいが、それよりも地球に強制送還の方が手っ取り早いか。そもそもここはそれほど守護力が強くは働いていないらしい。……五体満足でいられる保証はない、と言っておけば伝わるかな?」

 

 レオは言葉を失った。ソウヤはシンクを斬るつもりでいる。かつて初めてフロニャルドを訪れ、心を閉ざしていた頃にシンクと戦った、あの時のように戦う気だ。

 

「ソウヤ! 貴様、正気か!? ここに来たあの時のようにまた逆戻りするつもりか! お前はこの世界を、フロニャルドの戦を理解し、愛してくれたのではなかったのか!?」

「……レオ、黙っていろ。俺が聞いてるのはシンクだ、お前じゃない。……答えろ、シンク。やるのか、やらないのか?」

 

 冷たい響きを持った声だった。その声色から嘘や冗談の類ではない、と容易に推測できる。だが、シンクは物怖じした様子もなく、ゆっくりとセルクルを降りた。

 

「シンク!? お前、まさか……!」

「……僕が勝てば、ここを通してくれる。それは間違いないんだね?」

「俺は嘘をつくのは好きじゃない。そのことは知ってるだろう?」

 

 シンクは俯き、そのまま数歩足を前へと進めた。

 

「待ってください、シンク!」

 

 その勇者の腕にミルヒがすがりつく。

 

「2人が戦う理由がわかりません! ソウヤ様もこんなことはやめてください!」

「……理由ならあるよ、姫様」

「シンク……?」

「ソウヤの言ってることは基本的に正しい。僕の曖昧な態度が結果としてこういう事態を招いてしまった。そう言われたら、僕は言い返すことは出来ない。……それに、けじめをつけろ、と言われたらそうしなくちゃいけないこともわかってる」

「違います! ビスコッティで起こったこととシンクとは何の関係も……!」

「仮にそうだとしても……僕はこれまでも自分で自分が許せない時もあった。本当ならソウヤの言うとおり、こんな曖昧な態度を取り続けるぐらいなら、婚約を破棄すべきなのかもしれない。……でも姫様が僕を思ってくれる気持ちはよくわかってる、僕が姫様を思う気持ちだって本物だ。だからソウヤであっても立ち塞がるというのなら、僕は戦う。

 何より、フィリアンノ城から脱出する時に約束したよね、僕は何があっても姫様を守る、って。だから……ここで立ち止まるわけにはいかない。お互いに納得できる答えが出るまで、姫様がもう1度ビスコッティに戻れるその時まで、立ち止まるわけにはいかないんだ」

 

 シンクの強い意志を持つ言葉に、腕を掴んでいたミルヒの手が離れていく。彼女も悟ったのだ。自分の力ではシンクを止めることは出来ないのだと。

 

「それに……。僕がその誘いを断ったとして、ソウヤはそこをどいてくれるわけじゃないんでしょ?」

「当然だ」

「なら、選択肢は最初からなかったってことだね。……オッケー。その勝負、受けて立つよ……!」

 

 シンクが歩きながらパラディオンを棒状へと変化させる。それを確認して僅かに口の端を上げた後、ソウヤはヴィットを飛び降り、こちらもエクスマキナを剣状に変化させた。

 

「待たんか、シンク、ソウヤ! こんな戦いなど……!」

「……見守りましょう、レオ様」

「ミルヒ!?」

 

 止めようとしたレオだったが、意外にもミルヒにそれを遮られた。既に彼女は決意を固めた瞳をしている。愛する人の思いを受け止め、その心を信じて戦いを見守るつもりだ。

 だがレオには到底それは出来なかった。今のソウヤを信じることが出来ない。何を考えているのか、まるでわからない。最悪の場合を想定していまい、思考が嫌な方へと流されていってしまう。

 

「きっと大丈夫であります、レオ様。ここは2人を……自分達としてはシンクを信じるしかないであります」

 

 リコッタにそう言われても、レオは心の不安を拭えそうになかった。しかし2人はもう戦うつもりでいる。割って入ることが出来ないいわけではない。でもそれは「信じる」と言ったミルヒの心を裏切ることになるのではないか。そう思うと飛び出すことも出来ず、結局レオも2人同様にその戦いを見守るしかないのだと思いを決めた。

 レオの不安と裏腹に2人は距離を詰め、そして足を止める。シンクはパラディオンを両手に、ソウヤはエクスマキナを左手に構える。

 

「シンク、いつも望んでいた最後までの決着、今日はつけてやる」

「……皮肉なもんだね。こういう形じゃなくて、戦の中でつけたかったよ」

「言っておくが、生半可な気持ちで来るなよ? ……さっき言ったとおり俺はお前を本気で斬り伏せにいく」

「……わかってるよ」

 

 そうは答えたが、シンクは心のどこかで高を括っていた。ソウヤが自分を斬るはずがない。初めての戦いの時こそ、互いの身をかけての勝負となったが、それ以後はフロニャルドの戦いそのものだった。あくまで心意気を語った、という意味だろう。

 

 動いたのはソウヤが先だった。普段通り足に輝力を込めての高速移動。距離を詰めようとする相手に、形式通りシンクは牽制の突きをまず繰り出す。

 ソウヤはそれを上へと打ち払った。右足を踏み込みつつ、返す刃でエクスマキナを振り下ろす。シンクもパラディオンでそれを防御し――瞬間、違う、と察した。冷や汗が一筋、背を流れ落ちる。同時にソウヤの剣に添えられていた右手が離れる。バックブロー気味の上段への追撃、と判断してガードを僅かに上げた瞬間、腹部に鈍い衝撃を感じてシンクは吹き飛んだ。上段への攻撃はフェイント、本命は中段への蹴り。

 まともに攻撃を受けた脇腹を押さえて咳き込みつつ、シンクは先ほどの「違う」と感じた感覚は間違いないと確信した。今日の彼は「違う」。今までの彼ではない。この戦い方は明らかに――。

 

「……言ったはずだぞ、シンク。生半可な気持ちで来るな、と」

 

 そのソウヤの言葉が彼の確信を裏付けた。ソウヤは自分を斬るつもりできている。本気だ。初撃を受け止めた瞬間に流れた冷や汗は、それを本能的に悟っていたのだ。

 

「……本気なの、ソウヤ……」

「何度も言ってるだろうが。本気だと」

 

 再び先に仕掛けたのはソウヤだった。突進を止める目的で、シンクは左手側から中段にパラディオンを薙ぎ払う。だがソウヤはスピードを緩めるどころか、さらに増してその間合いへと飛び込んだ。

 

「なっ……!」

 

 驚く彼を尻目に、直撃すると思われたパラディオンが止まる。見ればソウヤの左手には逆手に持ち替えたエクスマキナ。背後に武器を回し、シンクの攻撃を受け止めていた。危険な一撃にならなくてよかったと一瞬思うと同時に、懐に潜り込まれたとシンクに焦りが生まれる。

 ソウヤの体が沈みこむ。上体を倒しながらの左の上段後ろ回し蹴り。顎を狙った一撃だったが、危うくシンクは数歩後ずさり、その攻撃をやり過ごす。だがソウヤの追撃は止まらない。持ち直したエクスマキナによる突きを繰り出す。パラディオンでそれを捌くが、空いた側から今度は蹴りが伸びてきた。かろうじて肘でブロック。そこで本命、大上段からの振り下ろしがシンクへと迫った。パラディオンで防御するが、一撃が普段より重いように感じる。いつもなら押し返せるその攻撃を受け止めるのが精一杯で、耐えかねてシンクは間合いを空けた。

 当然ソウヤはそれを待っていた。すかさずエクスマキナを弓状へ変化、輝力精製した強烈な追撃の矢を放つ。シンクも追撃は覚悟していた。ライオットシールドを展開し、攻撃を弾く。が、やはりこれも普段より重い。

 

「……おいシンク、あまり俺を失望させるな」

 

 一連の攻防を終えて、一度訪れた間。そこでボソッと、呟くような声がシンクの耳に響く。

 

「さっきてめえが言った『姫様を守る』という気持ちはその程度か? こんな俺如きにそれを揺るがされるというのなら……これから先、その約束を守り通すなど不可能だぞ」

 

 グッとシンクが唇を噛み締める。そうだ、自分は姫様を守らなくてはならない。しかしだからと言って自分の親友を打ち倒すことが果たして出来るであろうか。

 迷いを打ち払えぬまま、三度踏み込むソウヤに対して、シンクは迎撃する形となった。

 

 

 

 

 

「まずいな……」

 

 気が気でない様子で2人の戦いを見つめていたレオは思わずそう呟いていた。

 

「シンクが……押されているようにも見えるであります……」

「ように、ではない。押されているのじゃ、実際に」

「そんな……。シンクは普段ならソウヤ様と互角以上に戦っていたはずなのに……」

 

 口走ったのはシンクの戦いを常に見続けてきていたミルヒだった。ここ最近の2人の戦いでは、ソウヤが時折ペースを握ることはあったものの、それは長く続かず、全体的にはシンクのペースで戦いが進むことが多かった。しかし最終的にはうまく引き分けに持ち込まれ、その結果勝負がつかない、という事態になっていることをよく知っている。だからこそ、目の前でシンクが押されているという状況はにわかには信じられなかった。

 

「普段の戦なら、そうじゃな。じゃが今目の前で行われているのはそんな戦いを越えた……一歩間違えれば殺し合いになりかねない戦いじゃ。腹を決めているソウヤに対し、迷いのあるシンクはどうしても押されてしまう……」

「でも……それでもシンクなら……!」

「いや……。心の迷いは剣の迷い。浮ついた心はそのまま剣に表れてしまう。一方でその相手に迷いがないとすれば、この差は致命的じゃ。たとえシンクが技量で勝っていようと、力で勝っていようと、その心の差の前では今はソウヤの方が圧倒的有利……」

 

 そこが「戦」と「命のやり取り」の大きな差だとレオはわかっていた。戦は安全に行われる。故に技量や力量が勝るものが単純に勝ち、その点ではシンクはソウヤに大きく勝っていると言えるだろう。

 だがそれが互いの身を賭けた戦い、となれば話は別だ。技量や力量が優れていようと、精神力がついてこなければそれらは単なる飾りにしかならない。心で勝てなければ、戦いでも勝てない。その心に迷いなど抱いていては、勝てるはずもない。

 

「じゃが……そこまでしてお前がシンクを倒さねばならない理由とはなんじゃ、ソウヤ……!?」

 

 レオが呻く。彼女がミルヒを思う気持ち同様、彼もシンクのことを思ってきたはずだ。なのにここに来てその掌を返したかのような態度の変わり様。レオはどうしてもそれが理解できなかった。

 

 彼女の眼前では変わらずシンクが押されている。まるで普段の様相を真逆にしたかのようなその光景は、最近の2人の戦いを見たことのある者なら目を疑うだろう。ましてや、シンクの焦りの表情などなおさらだ。確実にシンクは押されている。

 望むなら、シンクがうまくソウヤを傷つけずに打ち倒す、というのがレオにとってベストな結末だった。それでソウヤは道を空け、自分達は先を進むことが出来る。だがこのままではそれは叶わぬ夢になるかもしれない。いや、そんなこと以前にシンクの身すら危ないかもしれない。

 なぜこんなことになってしまったのかと、自分の夫と親友の恋人を互いに見つめつつレオは思う。誰も彼もが悲しむことのないような結果となってくれれば良い。レオはそう願わずにはいられなかった。

 

 

 

 

 

 息を飲んで戦いを見守っていたのはベール達遊撃隊も一緒だった。前もってソウヤから「何があっても口も手も出すな」と強く命令されている。それ故に誰も何もしないが、内心では皆どのように思っているかわからない。

 少なくとも、ベールの心中には懐疑しかなかった。目の前で戦いを演じている人間は、先ほどまでエクレールをからかい、自分達と盗み聞きをしてジョークを飛ばしあったようなソウヤには到底見えない。何かに取り憑かれたかのような、まるで別人のようにも見える彼は、本当に自分の意思で戦っているのかすら怪しく思える。

 

「ノワ、やっぱり止めないと……!」

「ダメ。ソウヤが言ってたでしょ、『何があっても口も手も出すな』って」

「言われたけど……。でも、こんなの……!」

「だったらソウヤを信じて。大丈夫だから。……そうじゃなくても、ベルは副隊長なんだし、隊長の命令には従わないといけないでしょ?」

 

 それは確かに自分は副隊長だけど、とベールが口篭る。過去を振り返ればこれまでも意図を図りかねる命令がないわけではなかった。だがここまで目的が不明確なことがあっただろうか。

 

「……シンクが押し返し始めた」

 

 独り言のように呟かれたノワールの声に、ベールは考えをめぐらせるのをやめて顔を前に向けた。その言葉通り、ここまでほぼ防戦一方だったシンクが次第に反撃に転じてきている。

 

「ソウヤさんに疲れが……」

「違う。あれは、シンクが吹っ切れたんだと思う」

 

 見れば、ソウヤの動きは衰えていない。一方でシンクの攻撃は鋭さを増しているようであった。先ほどまでより動きにキレが見られる。

 

「確かに……シンク君の動きがよくなってるような……」

「動きはよくなっているよ。でも……シンクは逆に追い詰められた」

「逆……? 追い詰められた……?」

 

 そうは見えない。むしろ追い詰められるのは今となってはソウヤのほうではないだろうか。

 

「でもシンク君の攻撃から迷いが消えた、ってことは追い詰められるのはやっぱりソウヤさんの方じゃ……」

「表面上はそうかもしれない。だけど、そこまで心に余裕のない状況に追い詰められたのは、逆にシンクの方」

「そ、それはそうかもしれないけど……」

 

 ノワールの言っている通りには見えない。心に余裕のない状況にシンクが追い詰められているのは事実かもしれないが、それでも押し返している以上そんなことは些事のはずだ。

 そう思った矢先、ノワールが普通の人なら聞き逃すほどの小さな声でポツリと呟いた。

 

「事は……完全にソウヤの思い通りに運んでる……」

「えっ……!?」

 

 聴覚に優れるベールだから聞き取れたのだろう。真意を測りかねる一言に、ベールは2人の戦いから目を離してノワールを見つめる。

 

「どういうこと……!? ノワ、何か知ってるの……?」

「……ごめん、詳しくは言えない。でも、ソウヤは大丈夫だから心配しないで」

「大丈夫、って……」

 

 ベールが続きを口にしようとした時、周囲の騎士達が歓声とも悲鳴ともつかない声を上げた。思わず彼女もそれに従って視線を戻し、「ああっ!」という声が口を衝いて出る。見れば攻勢に出ていたシンクの攻撃がソウヤに直撃したらしく、片膝を付いた状態でシンクとの距離が開いていた。

 

「ノワ、大丈夫も何もソウヤさん押され始めてるわよ! このままじゃ怪我しちゃうかもしれない、やっぱり止めないと……!」

「何度も言わせないで。大丈夫だから黙って見てて」

 

 もう取り付く島もないらしい。力尽くで割って入りたいが、今の2人の間にはそれを許さないほどのプレッシャーがあった。自分ではとても入れないとベールが唇を噛み締める。

 なら、「大丈夫」と断言した親友の言葉を信じるよりもう他はない。現にノワールはベールほど狼狽もしなければ取り乱しもしなかった。もしかしたら彼女はこの後何が起ころうとしているのか、わかっているからそうなのかもしれない。そして今、ノワールはゆっくりと口を開け、ベールがそのように抱いた予感を確信させるような一言を呟いた。

 

「……舞台は整ったよ、ソウヤ。あとは、踊り切るだけ……!」

 

 

 

 

 

 違和感。一言で言えばその言葉が全てだった。当初は違うと思ったが、()()()()()のではないか。これまで押され続け、それを振り払うためにも心を決め、覚悟を決めた。交わした約束を果たすため、親友を打ち伏せるのも辞さないという心と共に攻勢に転じ、ついに有効打を打ち込んだ。

 だがそこで生まれたのがやはり違う、という感覚だった。なぜだろうか。確かに友の攻撃はこれまでにないほどに鋭く、自分を斬り伏せんとばかりに迫ってきていた。しかし本当にそうだろうかという思いが頭をよぎる。確かに攻撃は鋭かった。だがそれは表面上だけ、まるで中身がないような攻撃ではなかったかと、今彼が一撃を打ち込んだ時に思っていた。自分が放った一撃と親友の一撃は決定的に何かが違う気がする。勝とうという意志も、敵意や邪気の類もまるで感じない、本当は「斬る気などない」というような、そんな気配。

 

「やっと、やる気になったか」

 

 攻撃を打ち込まれた左肩を抑えつつ、ソウヤはシンクに投げかける。

 

「今のはいい一撃だ。迷いを断ち切ったか」

「……断ち切れてなんてないよ」

 

 いや、一度は断ち切りかけた。現に今の一撃は覚悟をもって放った一撃だった。先ほどの違和感を抱かなければ、このまま目の前の親友を倒すことだけを考えただろう。

 でも彼の直感、本能が、そこに歯止めをかけていた。何かが違う。言うなれば、目の前の友の口から出る言葉と、その本心との差異のような。

 

「……ソウヤ、何を考えているの?」

 

 だからその理由を知りたいと、シンクがソウヤに質問を投げかける。しかしまったく要領を得ない問いかけだ。ソウヤは即答せず、しばらく口を閉じたままだった。

 

「今日のソウヤは何かが違う。僕に互いの身を賭けた戦いをしろ、と言った時からおかしいと思ったけど……。言った当の本人がまるでそうしたくないような、そんな戦い方をしてくる理由が僕にはわからない。最初は確かに強いプレッシャーを感じた。だけど、さっき僕が一撃を打ち込んだときは……」

「やはりお前は、黙っては踊ってくれないらしいな」

 

 ソウヤがシンクの言葉を遮る。その口からこぼれた一言はなぜか嬉しそうな色が隠れているようにも感じ、それは先ほどシンクが抱いた違和感同様、判断しかねる内容であった。

 

「ソウヤ、それってどういう……」

「口を閉じろ、シンク。……余興はここまでだ。そろそろ、終わりにするとしよう」

 

 言い終わるが早いか、ソウヤは背後に紋章を輝かせた。紋章剣。ここ最近、まともに打ち合うことを避けている彼が明らかに誘っている。

 

「……パラディオンを本当の形にしろ」

「本当の形……? それってどういう……」

「パラディオンを、本来あるべき剣状にしろ。そして、俺を、斬りに来い」

「ソウヤ……」

 

 名を呼んだ親友の目を、シンクは真っ直ぐに見つめた。互いの視線が交錯し、そのまま数秒。不意にシンクがその視線を落とす。

 

「……オーライ」

 

 シンクも背後に紋章を鮮やかに輝かせた。ビスコッティ紋章を前に、手にしたパラディオンが形状を変化させていく。神剣、その名にふさわしい形へと変えたパラディオンを右手に、シンクは左脚の脇へとそれを運び、構えを取る。

 一方のソウヤもエクスマキナを右手に持ち替え、同様に構えを取った。両者同じ構え、今でも「名勝負」と語られることの多い、あの2度の戦いの時と同じ――。

 

「……そうか、あの時と同じ、か」

 

 奇しくも状況はかつてとまったく同じとシンクも気づいたらしい。しかしソウヤはそんなことには当に気づいていたのだろう。鼻を鳴らして今頃気づいたのか、と言いたげであった。

 

「そういうことだな。『十文字』なんて1回目みたいな奇策はやめろよ。俺も今日は何もなしだ。……全力で、真っ直ぐに振り抜いて来い」

「……うん」

 

 両者の動きが止まった。空気が張り詰める。瞬きをするのも、息をするのも忘れるような、その緊張感。数十秒にも満たない時間だったか、だが、その2人を注視していた人々にとって、それは5分とも10分とも、それ以上とも取れた。

 

 均衡は、不意に破れた。両者が地を蹴る。飛び出したのはほぼ同時。そして、逆袈裟に斬り上げる、その剣筋まで同じ。

 

「紋章剣! 裂空一文字!」

「斬り裂けッ! オーラブレード!」

 

 互いの魂と輝力の込められた必殺の紋章剣が激突する。そのぶつかり合った輝力の波動は大地をめくり、荒れ狂う風となって辺りを吹き抜ける。交錯した橙と紺の輝力の光が周囲を眩いばかりに照らし出し――。

 

 乾いた、金属の折れるような音とともに突如としてそれは止んだ。両者とも、剣を振り抜き、ややあって折れた剣の切っ先が地面へと突き刺さる。

 

「……ああ、さすが……。さすがだよ……」

 

 ()()()エクスマキナを手に、ソウヤは口の端を僅かに上げて笑っていた。

 

「それでこそ……お前は、勇者……!」

 

 パッ、と宙が紅く染まり――。

 

 ソウヤは膝から地面へと崩れ落ちた。

 

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