DOG DAYS DUAL-BRAVER   作:天木武

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Episode 26 仕組まれた舞台

 

 

「ソ、ソウヤーッ!」

 

 目の前で起こった惨劇を目にして、レオは夫の名を叫んだ。誰が見ても、この状況は容易に解る。

 

 シンクがソウヤを斬った。

 

 ありえないと思いながらも、彼女はソウヤが倒れる瞬間に赤いモノが宙を舞ったのを目撃していた。そして倒れたままのソウヤはまだ起き上がってこない。確かここはフロニャの守護力がそこまで強くは働いていない場所。全力の紋章剣を受けたとなれば、命に関わる危険性もある。顔面蒼白なまま、彼女はその元に駆け寄ろうと足を踏み出そうとした。

 

「ダメであります、レオ様!」

 

 が、そのマントを掴まれ、後ろへと引き戻される。

 

「離せリコッタ!」

「シンクがソウヤさんを斬るなどということがあるはずないであります! だから、ダメであります!」

「貴様の目は節穴か!? たった今起こったこともわからんと言うのか!」

 

 だがリコッタはその手を離そうとしない。その間に、俯いたままのシンクが歩いて3人の元へと戻ってきた。既にパラディオンは指輪状に戻っている。もう戦いは終わった、という意味だろう。

 

「……行こう、姫様」

「シンク!?」

「シンク、貴様……!」

「僕達は、行かなくちゃいけないんだ。……そうでしょ、姫様、レオ様」

 

 変わらず顔を上げようとしない勇者を、ミルヒは心配そうな目で見つめ、レオは射殺さんとばかりに睨みつけた。だがシンクはそれを意ともしない様子で、自分のセルクルの元へと近づいていく。

 

「……わかりました。行きましょう」

「ミルヒ!?」

 

 姫君は勇者の心を汲み取って、そう言った。彼自身親友を斬る、などということを望んでやるはずがない。苦渋の末の決断だったに違いない。それでも、自分のためにそれをやったのだ。なら、その決心を無駄にするわけにはいかない。

 

「シンクの言うとおりです。私達は……いえ、私は行かねばならないのです。……ですが、ソウヤ様のことがご心配であれば、レオ様はここで……」

「……いや、ワシも……行こう。お前を守り抜く、そう決めた。じゃから、ワシも行く……」

 

 言いつつ、ようやくレオも落ち着きを取り戻した。それを確認したリコッタが握っていたマントから手を離す。ドーマに近づいたところで、もう1度、彼女はソウヤの方を振り返った。今はベール達が駆け寄ろうとしているところだった。

 自分もそこに行きたかった。だが、ミルヒを守り抜く、そう決めた心は貫くつもりだった。

 

「……レオ様、ソウヤは大丈夫ですから」

 

 が、横を通り過ぎる時に不意にシンクがそう声をかけた。予想もしていなかった一言に、レオは驚いたように彼のほうを仰ぎ見る。

 

「な……! 貴様、自分で斬っておいて何を……!」

「詳しくは移動しながら話します。ですから……行きましょう」

 

 しかし彼は静かに、そして何か納得させてしまうような力を持っているかのように、そう述べた。その見えざる力にレオも思わず続きを口に出来なくなる。

 

「……わかった」

 

 結局、レオはその言葉に従った。4人はセルクルに跨り、崩れ落ちた遊撃隊長とそこに駆け寄った騎士達の横を通りかかる。騎士達はどうしたらよいものかと互いに顔を見合わせ、混乱している様子だった。

 

「誰も……手を出すなよ……!」

 

 だが直後聞こえた呻くようなその声に、騎士達は声の主の方を振り返る。

 

「俺と……シンクの男の約束だ……。勝てば通す、と……。……シンク……見事だった……。また……会おうぜ……」

 

 親友にかけられた声に、しかしシンクは振り返ろうとせず、その脇を通り過ぎていく。

 

「ソウヤ……!」

「レオ……俺のことは心配するな……。だから、ちゃんと姫様を守ってやれ……」

「ああ……そうさせてもらう。すまない、ワシは……」

「それでいいんだよ、百獣王の騎士様……。約束はちゃんと守ってやる……。だから、また、な……」

 

 「約束はちゃんと守る」、そう言われたらレオも夫のその言葉を信じるしかなかった。不安を断ち切るように、視線を前へと移す。

 4人が離れていく。セルクルのスピードが上がり、その背は次第に小さくなっていった。

 ややあってノワールが担架を運んでくる。見れば少し離れたところには騎車も待機していた。そこにソウヤを運ぶつもりらしい。

 

「ノワ! ソウヤさんは……」

「まず騎車に運びたいから、担架に乗せるのを手伝って。話はそれから」

 

 うずくまったままのソウヤを担架へと移す。そこで見えた、彼の左手が押さえる先が赤く染まっている様子に、ベールは思わず顔を青ざめた。

 

「……ベール」

 

 呻くように彼は副隊長の名を呼ぶ。

 

「は、はい! ここにいます。なんですか?」

「隊員に周囲警戒しつつ待機を指示しろ……」

「わ、わかりました! ですから、あまり無理に喋らないでくださいね!」

 

 ベールが命令を実行するために隊員達の方へ走っていく。その間に担架は騎車へと運び込まれた。移動を手伝った諜報部隊員と入れ替わるように、ベールが騎車の中へと駆け込んでくる。騎車の中にはソウヤ、ノワール、ベールの3人だけとなる。それを待ってノワールは入り口の戸を閉めた。

 

「……ノワール、どうだ?」

「ソウヤさん、無理して喋らないで!」

 

 無理に話そうとすれば傷に障る。なのにソウヤはそんなことを気にかけない様子で話そうとしていた。いや、彼だけでなく、ノワールも本来やるべきである治癒の紋章術による治療行為を一切行おうとしていない。

 

「来てたのは予想通りビスコッティ、パスティヤージュ、そしてカミベルだったよ」

「何言ってるのノワ!? いいから早く治癒の紋章術を……」

「なるほど。なら、無駄骨にはならずに済みそうだな」

 

 ベールは混乱していた。2人のやり取りと自分の頭の中がまるで噛み合わない。言うなれば、自分だけ別な世界にいるような。先ほど起こったことは全部夢か幻の類ではなかったのかと疑ってしまう。

 いや、彼女のその考えは半分は当たっていたのかもしれない。突然、ソウヤは体を起こした。その表情には微笑が貼り付いている。到底怪我人とは思えないその様子にベールはただ呆然と立ち尽くす。

 

「あとはうまく()()()()()だが……」

「大丈夫だと思うよ。目の前にいるベルでさえこの様子だから」

 

 2人に視線を注がれても、相変わらずベールは呆けたようにソウヤを見つめるだけだった。その様子にソウヤが噛み殺したように笑い声をこぼす。

 

「どうした、副隊長? 狐につままれたような顔をしてるぞ?」

「あ、あの……ソウヤさん、怪我してたんじゃ……」

「……ノワール、どうやら完璧らしい。俺のいた世界じゃ『アカデミー賞』ってのがもらえる演技(・・)だな」

「ちょ、ちょっと待ってくださいよ!」

 

 思わずベールは声を荒げた。「騙せてる」だの「演技」だの、目の前で行われる会話にやはりついていけない。もしかしたら怪我をしたということ自体嘘なのだろうか。そんなはずはない、では目の前の服に付いたその赤い染みは何なのか。

 

「ソウヤさん、シンク君に斬られたんじゃないんですか!? その服についてる血は……」

「ああ、血。これ、ねえ……」

 

 やはり何か裏がある笑みを浮かべ――。

 

「種も仕掛けもありません、ってか?」

 

 ソウヤが服の染みの上に手を滑らせる。すると、手がなぞった側から、その染みが()()()

 

「え、ええー!?」

「忘れたか、ベール。騙し合いは俺の得意分野。そして俺は輝力の取り扱いには割と定評がある」

 

 言いつつ、ソウヤは人差し指を立てる。その指の先、数刻前にシンクと一撃を交わした時に辺りに広がったような紅い液体のように見えるものが宙に浮いていた。

 

「そ、それ……。もしかしてさっき宙に舞った血も輝力による偽物……」

「そういうことだ」

「じゃ、じゃあさっきシンク君が最後に斬ったように見せた、あれって……」

 

 

 

 

 

「演技じゃとお!?」

 

 先ほどの激戦からしばらく無言でセルクルを走らせていた4人。だが、それを不意に破って語り始めたシンクの一言に、レオはらしくなく、間の抜けた声を上げていた。

 

「ではシンク、お前は……ソウヤを斬っていないと言うのか!?」

「僕のパラディオンは、彼に当たっていません。エクスマキナを折ったのも、僕がやったというよりソウヤが折れるように調整した、そう仕向けたからということになります。実際のところ、僕は特に何もしておらず、やったのはソウヤだってことになりますけど」

 

 にわかには信じがたい。あれだけの誰もが飲み込まれるような空気を作り出していながら「実は嘘でした」と言われて、果たしてどれだけの人間が信じてくれるだろうか。

 

「そうだとワシを納得させる証拠はあるのか?」

「それはありません。僕の言葉を信じてくれ、としか言いようがないですね……」

 

 レオが口を閉じる。そしてふと思い出した。確か一騎打ちを終えて戻ってきた後、シンクは「大丈夫だ」と言ったはずだ。それはこのことを意味していたのではないか。

 

「私は……シンクを信じます」

 

 迷うレオを尻目に、そう言い切ったのはミルヒだった。

 

「自分も信じるであります。というより、最初から信じてたであります」

「最初からじゃと?」

「はいであります。自分がレオ様を止めた時から、という意味でありますよ」

 

 言われてレオは記憶を引っ張り出した。あの時は動転していたが、そういえばリコッタにマントを掴まれてソウヤに駆け寄るのをやめたのだった。

 

「そうか、じゃからあの時お前は……。じゃあなんじゃ、お前はソウヤが現れた時から、全てをわかっていたのか?」

「いや、さすがにそこまでは……。ただ、シンクが人を、それも大切な友人を斬るなんてことは、あるわけがないと思ったでありますよ」

 

 リコッタに賛同するようにミルヒも首を縦に振った。言われてみればそうだ。シンクがソウヤを斬る、などということがあるだろうか。

 しかしあの場のあの空気、あの雰囲気ではそれも否定できないことではなかったかとレオは思い出す。もし演技だとするなら、どこかで打ち合わせなりなんなりあったはずだ。

 

「シンク、お前は演技だ、と言ったな。ではあの戦い、全てが演技だったのか?」

「それは違います。少なくともソウヤは最初本気で僕を倒すつもりで来ていた、そのことははっきりとわかりました。……今になって思えば、あれは僕を試していたのかもしれません」

「試す?」

「はい。僕の『姫様を守る』という意志はどの程度なのか。ソウヤはそれを知りたかったんじゃないかって。……僕は最初迷っていた。ソウヤを傷つけるつもりで戦うなんてやりたくなかった。だけど、守ると誓ったその約束を破ることもしたくない。……そして僕は心を決めて、ソウヤに一撃を打ち込んだんです」

 

 レオは記憶を探る。確かに防戦一方だったシンクは次第に攻勢に移り、そして有効打を一撃打ち込んだ。

 

「そこまでは演技ではなかったと?」

「と、いうより……おかしいと気づいたのがそこ、といいますか……」

「おかしい……でありますか?」

 

 シンクとレオの2人の間で交わされていた会話にリコッタが割り込んでくる。

 

「うん。普段の戦でのソウヤの攻撃は、なんというか、鋭さみたいなものがすごく出てるんだ。確かに今日も鋭さはあった。だけどその裏側、『心』がついてきていないように感じて……」

「……なるほど。実際剣を交えた者同士にしかわからぬ感覚、か」

 

 首を傾げるミルヒとリコッタとは対照的に、レオは1人納得の声を上げた。

 

「そこでソウヤに尋ねたら、こう言ったんです。『余興はここまでだ』『パラディオンを本当の形にしろ』『俺を斬りに来い』って。裏のある言葉だと思って、僕はソウヤを信じることにした。どうでも動けるように多少の余裕は持ちながらも、裂空は剣を交えるまで全力で打ち込んだ。向こうも全力だった。でも、交錯した瞬間、ソウヤは何かをやろうとしてるとわかったんです。カン、ですかね」

「カンじゃと!? ではお前はあいつと何の打ち合わせもなく、あれをやったというのか!?」

 

 そのカンは、彼が持って生まれた天性の第六感だ。シンクはそのカンを頼りにソウヤが何かをしようとしてると読み切り、ソウヤもソウヤでそこに気づくものとして打ち込んだのだろう。互いが互いを信頼していなくては出来ない駆け引き、どちらかがずれていたら、それこそ大怪我を招きかねなかったということになる。

 

「ええ。実際に言葉にして『こうやる』という話は、まったく交わしませんでした」

 

 そしてシンクはそのレオの言葉をあっさりと肯定した。それを平然とやってのけただけでも、やはり2人は只者でないと言えるだろう。

 事情を知らずに見ていた人間は間違いなく全員騙されたに違いない。ソウヤは本気でシンクを斬りにかかり、そして最後は逆にシンクが斬り伏せた。それ以外に見ようがない一連の流れだった。

 

「でも……なんで失敗したら大怪我をするような、そこまでのリスクをわざわざ背負うようなことを、ソウヤ様は考えたのでしょう?」

 

 話が一旦まとまったところで、至極当然な質問が飛び出す。声の主はミルヒだった。おそらくずっとそのことが気にかかっていたのだろう。

 

「多分、だけど……。さっき言ったとおり、僕を試したのかもしれないです。僕に姫様を守るというだけの資格があるのか、それを確かめようとしたんだと思います」

「じゃがそれでは最後の打ち込みの説明がつかんな。それが全てなら、あいつはお前に斬られることも辞さなかった、ということになる。……いや、あいつのことじゃ、それもあながち考えていた、と平然と言ってきそうな気もするが。ともかく、試すというだけならわざわざ最後にあんな大仕掛けをやらかす必要はないはずじゃ」

 

 4人が口を噤み、考え込む。セルクルの走る音だけが辺りに響いていた。

 

「……もしかしたら、でありますが」

 

 その沈黙を破ったのはリコッタだった。

 

「ソウヤさんは、自分達をより安全に逃がすために、あんなことをしたのではないかと」

「より安全に……ですか?」

「はいであります。あの時はパスティヤージュに追われた時と違って足を止めていたでありますから、偵察の目に入っていた可能性があるのではないかと。もしあの場を目撃している者、はっきり言うならこの事態に付け込もうとその場で息を潜めていた人間がいたとしたら、おそらくこう考えるであります。『シンクはソウヤさんを斬ってまでも、道を切り開こうとした』と。……つまり、それだけ確固たる決意を、そしてあの気迫を見せ付けることで、生半可な覚悟では逃げる自分達に手を出しても返り討ちに合う、とわからせるためではないかと思うであります」

 

 

 

 

 

「ではソウヤさんはそのシンク君の心を試す、ということと、姫様達をより安全に逃がすために、わざわざあんなことをやったと、そういうわけですか?」

 

 騎車の中、変わらずベールはソウヤに詰め寄っていた。片やソウヤはまったく気にする様子もなく、飄々(ひょうひょう)とその質問に順に答えている。

 

「そういうことだ。だから偵察の人間の目を騙す必要があった。『敵を欺くにはまず味方から』ってのは定石だ。だからこのことはあそこにいた者で言うと俺とノワール、それに諜報部隊の人間しか知っていなかった」

「でも……味方はわかりますけど、『敵』って何です? 偵察、ってさっきから言ってますけど……」

 

 その問いにソウヤが答えようとした時、騎車の扉が数度ノックされる。

 

「隊長、よろしいでしょうか?」

 

 諜報部隊だ。ノワールが扉から外に出て、一度席を外した。

 

「……あいつが帰ってきた後に話す連中だ」

「え……?」

 

 ベールは意味がわからなかったらしい。ややあってノワールが中へと戻ってくる。

 

「どうだ?」

「さっき言った全ての偵察隊の引き上げを確認したって。この事態に介入するのを諦めた、ってことだね」

「そいつはよかった。一芝居打った価値はあったな」

「さっき言った、って……ビスコッティ、パスティヤージュ、カミベルですか?」

 

 やはり状況についていけない、とベールは問いかける。ソウヤは頷き、それを肯定した。

 

「ああそうだ。特にカミベル、ここの決定を引き出すためにやったと言ってもいい。あそこは俺と同じ地球出身者が比較的多い。おそらく、今回の介入を狙ってるのも同郷の人間だろう。……これまでの戦は怪我のない、いわばスポーツ感覚の内容だった。だが、その前提が崩れたとしたら、特に『シンクが腹を括って友人までも斬って道を切り開いた』という印象を受けたとなれば、どうなる?」

「もしソウヤさんの世界から来た人達がシンク君と戦い、かつフロニャ力があまり強くない場所だった場合、怪我をする可能性がある……」

「そういうことになる。今現在お世辞にも安定といえないカミベルにおいて、必要以上の事態への介入によって負傷者が出た、となれば、その命令を出した人間の風当たりはより強くなると思わないか?」

「た、確かに……!」

「なら危険な橋は渡らない。……まあこれまでの動き方から見てもそれは裏付けられてる。以前あったガレットとカミベルの戦いを覚えているか? 俺が途中で抜けた戦いだ。あの時はガレットの一方的な戦いだったわけだが、実のところ相手は明らかに勝負を捨てていた。本来はビスコッティとやりたかったところだろうがそれが無理だった、なら友好国のガレットと一応戦をやっておこう、という具合のとりあえずの興業、俺にはそう感じられた。加えるなら圧倒的に一般参加が多かったことからガス抜きの意味もあるとは思うが。だからあの時『奇襲はない』と断言したのさ。

 このことからもわかるとおり、利の薄い行動は控える、それがあそこで指揮を執ってる人間の思考だと俺は考えている。現にカミベルは偵察隊を引き上げさせた。つまりこの事態への静観を決め込むだろう。俺はその決定を引き摺り出したかった」

 

 ベールは言葉を失った。彼は戦わずして面倒な状況にあるカミベルを引かせてみせた、ということになるだろう。さらには連れ戻そうとするビスコッティと空騎士による追撃に失敗したパスティヤージュも、である。それはこの先の4人の逃走経路の安全性を高めたということに繋がる。

 

「要するに、これから先の安全のため、ソウヤさんは一芝居打った。そういうことでいいですか?」

「合ってる。俺があいつに言った『この場を通す』ってのには、『なるべく安全になるように通してやる』って意味もあったのさ」

 

 皮肉っぽく、笑いながらソウヤが答えた。ようやく事の真意を全てわかったベールが大きくため息をこぼす。

 

「もう……。もしシンク君がソウヤさんの意図に気づかず、本当に斬りに来たらどうするつもりだったんですか?」

「もし、なんてのは仮定の話だ。実際はあいつは俺を斬らなかった。それが全てだ。だから、その質問の答えはない」

 

 さすが現実主義者、とベールは感心を通り越して呆れていた。多分どれだけ詰め寄っても彼はこの様子で逃げ切るだろう。実際のところ、怪我をする覚悟ぐらいは彼にあったのかもしれない。だが、それを考えたところで詮無いことだ。本当のところは彼のみぞ知る、というところなのだから。

 

「……じゃあそれはいいです。でも、一芝居打つならそうと副隊長の私ぐらいには一言あってくれてもよかったじゃないですか?」

「お前は顔に思いっきり出るタイプだからな。俺が斬られたのに驚かない、とか怪しすぎる。だから伏せてたんだよ」

「それは……確かにそうかもしれませんが……」

「騙し合いってのは如何に相手に『騙そうとしている』と思わせないかがポイントになる。そうする上で有効な方法は2つ。『不審がられるような挙動を極力減らす』か、あるいは逆に『あからさまに不審な挙動を増やして真意を隠す』かのどちらかだ」

「は、はあ……」

 

 眉を寄せ、長い耳も心なしか少し折れつつベールは相槌を打つ。どうもいまひとつよくわからない。

 

「今言った前者の場合、一番いいのは『情報を極力伏せる』ってことだ。要するにさっき言った『敵を欺くにはまず味方から』ってやつさ。現にお前や遊撃隊にも情報を伏せたおかげで演技ではない自然な反応を引き出せた。俺とあいつの芝居を信じ込ませるのに、一役買ってくれたってわけだよ」

 

 納得がいっていないのか、いや、そもそも説明の意味がわかっていないのか、やはりベールは難しい顔のままだった。続けて説明しようと思っていたソウヤだったが、その顔を見てやはりやめようと苦笑を浮かべる。

 

「後者の説明はまた今度にしてやる。よくわかってないみたいだしな。つまるところ、『木を隠すなら森の中』って辺りだろうが、まあいい。……お喋りはこの辺りにしよう。一先ず遊撃隊は、ベール、お前が仕切ってくれ」

「私が……ですか?」

「そりゃそうだろう。俺がここで普通に隊に復帰したら何のために一芝居打ったかわからなくなる。隊員には俺は手傷を負ったが命に別状はない、とでも報告しておいてくれ。この後俺は諜報部隊と共に動く。その方が人目につかないしな」

「わかりました。この後は、どうすれば?」

「一旦ヴァンネット城に帰投しろ。後はバナード将軍の指揮で、基本的に騎士団と共に動いてくれ。隊長不在であれば、その選択が妥当だろう。将軍にはノワールを通して俺から連絡を入れておく」

 

 再度「わかりました」とベールは頷いた。一時はどうなることかと不安だったが、とりあえずは何事もなくてよかったと彼女は胸を撫で下ろす。

 

「じゃあ、隊員に報告してヴァンネットに戻ります。ソウヤさんとノワも、お気をつけて」

「ああ。また後でな」

「ベル、ニヤニヤして外に出ないでね。一応ソウヤは重傷、って扱いなんだから」

「あ……。わ、わかってるわよ」

 

 言われなかったら危うく平然とした顔で外に出ていたところだったのだろう。ベールは息をひとつ吐き、顔を引き締める。そして騎車の扉を開け、外へと出て行った。それを見送り、今度はソウヤが大きくため息をこぼす。

 

「……随分饒舌だったね」

 

 騎車の中に一瞬訪れた沈黙は、そのノワールの一言で破られた。声の主にソウヤが視線を移すと、何かを気にしているような、気分が浮かないような、そんな表情がそこにはあった。

 

「『あからさまに不審な挙動を増やして真意を隠す』か……。ベルが()()()()に気づいたら、どうするつもりだったの?」

「気づくわけねえだろ。俺のさっきの三文芝居を見抜けないし、説明してても意味もわからず首を傾げてたような奴だ。仮に気づかれたとして、もう引くことは出来ない。それはお前だってわかってくれたんじゃないのか?」

「それは……そうだけど……」

 

 ノワールの表情に陰りが増す。そんな彼女の頭にソウヤは右手をそっと乗せた。

 

「……既に()()()()()()()んだ。あとは……目が出るのを待つしかないんだよ」

 

 ソウヤにしては珍しく、優しく彼女を撫でる。それでも、ノワールの表情は晴れず、「……うん」と短く返しただけだった。

 

 

 

 

 

「そうか。姫様と姉上達は無事ガレット領を抜けられそうか」

 

 ヴァンネット城、バナードからの報告を受けたガウルはそう言うと安堵したように息を吐いた。傍らのジョーヌとルージュも安心したような表情を見せる。

 

「うまくすれば今日中にドラジェ領に入ることも可能でしょう。明日の昼前にはレザン王子がいらっしゃるコンフェッティ城へ到着できると思われます」

「よっしゃ。そうなりゃ一安心だな。一時はどうなることかとヒヤヒヤしたぜ」

「まだ安心するには尚早かと。それでも、ソウヤ殿が一芝居打ったおかげで、他国はこの件への介入を諦めたようですが。それに、ここまででも平坦とは言いがたい道中だったと言っていいでしょう」

 

 ガウルが表情を少し険しくする。ここまでパスティヤージュの追撃を振り切る際に親衛隊長と副隊長を保護、今後の安全を確保するために一芝居打ったソウヤは当面表立って動けない、というのが現状だ。

 それにドラジェに保護されたとして、その後の方針などは未だまったく決まっていない。楽観視出来るような状況ではない。

 

「ソウヤから何か言伝はあったか?」

「はい。遊撃隊は一先ずヴァンネット城へ戻す、と。指揮は副隊長のベールではなく私に任せたいとのことでした。それはベールも了承との事です」

「ならお前に任せる。……『保護』したタレミミと()()()()については何か言っていたか?」

「自分からは特にない、こちらに一任する、と。いかがいたしますか?」

「それもお前に任せる。ただ、重要な客人だ、丁重にもてなしてやれ」

「心得ていますよ」

 

 無論「丁重に」というのはそのままの意味だ。裏などなく、それこそ彼の言葉通り「客人」として扱えということだろう。バナードは重々それを承知していた。その点について異論も何もない。

 

「報告は以上か?」

「はい。……ただ、2点ほどよろしいでしょうか?」

「なんだ?」

 

 バナードの表情は変わらなかった。特に何かを気負うでも、緊張するでもなく。しかし出てきたのはガウルの予想の範疇を越えた発言だった。

 

「明日、姫様達がコンフェッティ城へ到着する頃合を見計らい、出兵を考えております。可能なら、殿下もご一緒に」

 

 これにはガウルも思わず面食らった。「事態の静観」を主張し、表立たない行動を最優先するように助言してきた騎士団長が、何を言い出すのだろうか。

 

「どういうことだ? お前の主張は事態の静観じゃなかったのか?」

「ええ、その通りです。ですが、ドラジェに保護されればその状況はまた変わります。幸い、と言っていいものかは計りかねますが、あの一行には我が国の先代領主であるレオ閣下が同行されている。そうであれば、迎えとしてこちらから赴くのは特におかしいことではないでしょう」

「それはそうだが……。あの姉上に迎えなんぞいるか?」

「いえ、それはあくまで建前です。……本当の狙いは、そこで我々が動くことによる他国への牽制。『ここまでは静観したが、今後はそうはいかない』という態度を見せるにはいい機会ではないかと思います」

 

 なるほど、この切れ者の将軍は既に現状の事後を見据えている。その場に「先代領主の迎え」と称してガレット軍が姿を見せれば、彼の言うとおり他国への牽制になる。自分では思いつかなかった、とガウルは素直に感心していた。

 

「わかった。その案を受け入れる。明日は俺も同行すればいいんだな?」

「はい。……ジョーヌ、君も来てもらうよ」

「それは勿論やけど……。そうなったらおっちゃん……ゴドウィン将軍もやろ? ここの留守番はええんか?」

「そこは近衛隊に任せようと思っていた。……そこで2点目になります。ここのお三方、特にルージュ。ビオレ殿の居場所をご存じないか?」

「ビオレ姉様……ですか?」

 

 思い当たる節はない、とばかりにルージュは眉を寄せた。

 

「メイド隊や他の近衛隊の人間にも聞いて回ったのだが、昼頃まではレグルス様の世話をしているところを目撃されている。だがそれ以降、その役割をメイド隊に任せ、姿を誰も見ていないということだったのだ。先ほどのここの守護、ということで隊長役を任せたかったのだが、見当たらなくてはそれも出来なくてね。ルージュ、君なら何か知っているんじゃないかと思ったんだが……」

「申し訳ありません、姉様の姿が見当たらないという話自体初めて耳にしました」

「そうか……。なら、近衛隊長代理として明日、我等不在時のこの城の守りの指揮は君に任せたい」

「わ、私がですか……?」

 

 ルージュがやや取り乱す。元々彼女は重役を任されることに免疫があまりない。本来ならソウヤが暮らしていた別荘にビオレが住み込む際に近衛隊長を任されるはずだったが、荷が重過ぎるとあくまで代理にこだわり続け、ようやく先日その隊長が戻ってきた、ということで安心していたのだろう。降って湧いた指揮という話に明らかに狼狽した様子だった。

 

「いいじゃねえか、ルージュ。別に大したことじゃねえんだ、任されろよ」

 

 結局ガウルの押しもあり、少し困った様子ながらも「……わかりました」と彼女はそれを了承した。一頻りの話を終えたのだろう、バナードは視線をガウルの方へと戻す。

 

「私からは以上です。何かありますか、殿下?」

「いや、特にない。……お前には何かと助けられっぱなしだな」

「いえ、それが私の仕事ですから」

「助かってる。……下がっていいぞ」

 

 一礼し、バナードは領主執務室を後にした。だが、扉を閉めたところで一瞬その顔に笑みが浮かんだ。が、すぐにそれは消え去り、普段通りのポーカーフェイスを作り出す。

 

(ですが……あなたは少々私を信頼し過ぎた。そこがあなたのいいところだと思いますし、今回はそこに感謝(・・)をしなくてはなりませんが、今後は直していただきたいところですね)

 

 ゆっくりとバナードは足を進める。決定事項を騎士達に伝える必要がある。あとは「客人」を()()()もてなさなければならない。

 

(それにしても……。あの様子ではルージュも本当に行方を知らないようだな。仮に()が一匹紛れ込んだところで大事には至らないと思うが……。いや、それでご破算となっては元も子もない。耳に入れておいてもらうに越したことはないか)

 

 危うく再び笑みをこぼしそうになる。多少誤算はありつつも、これほどとんとん拍子に話が進むとは予想していなかった。後一歩、幕が下りるまでこの調子で進めばいい。そんな考えを抱きつつ、バナードは()に思いを馳せた。

 

(さて……。舞台は整いつつある。こちらはやるべきことを終わらせた。次はそっちの番だ。今度は詰めを誤るなよ、()()()……)

 

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