DOG DAYS DUAL-BRAVER   作:天木武

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Episode EX 4 violet cat proact

 

 

 宵の口を過ぎた頃、日が落ちた街を1人の女性が歩いていた。マントのようなローブを身に纏い、フードを目深に被っているためにその表情は窺い知れない。日が落ちたとはいえ未だ喧騒の残る街の中、その女性は雑踏を掻き分けるようにしながら早足で石畳の道を歩いていた。

 

(この街のこの様子……。人々は今自国で何が起こっているか気づいてない……)

 

 ビスコッティ共和国フィリアンノ城下町の賑わいの中にいた彼女は、そう思うとフードの下で視線をさらに落とした。

 やはり国民達は何も知らないのだ。今フィリアンノ城で何が起きているのかも、既に自国の姫君は「逃亡の姫君」となっており、この国自体が消え去るかもしれないということも。徹底した情報の統制と操作、それを全く国民に気取られない計画の周到性。確かにビスコッティの人々は穏やかでのんびりなところはある。だがそれでも全く人々に疑念を抱かせていないというところで、やはり今回のこの一件は早い段階から綿密に練られていたに違いない、と彼女は思っていた。

 

 街の中心部が近づいてくる。こんな時間だというのに雑踏はますます増し、ここは平和な城下町の広場そのものだ。いや、一見すれば、と付け加える方が正確か。

 平和なはずはないのだ。代表領主である姫君とその彼女が召喚した勇者、それに親衛隊長に研究院の主席が今この国にはいない。彼女達は「逃亡」しているのだ。そしてその姫君と実の姉妹のように接してきた、この女性が仕える方も耐えかねて飛び出して行ってしまっていた。

 

 思い起こせば、あの時自分も着いていくべきだった、と後悔している。確かに彼女の大切な子を預けられたのは自分だ。だが、それでも本当は着いていきたかった。たとえどのような汚名を着せられようと、長年仕えてきた主のためなら己の身など喜んで差し出すことが出来た。

 いや、だからこそ、と彼女は思い直す。その未練があるから、今彼女はここにいるのだ。その時の後悔を清算し、そしてこの凶変の根源を絶つために、身を隠しながらここまでやってきたのだ。

 

 城下町の中心部を抜け、更に進む。その彼女の眼前に見えるのは、このフィリアンノ領の拠点、フィリアンノ城。彼女にとっての目的地でもある。

 ここから先は大通りを歩くと目立つ、と彼女は横に逸れて木々の中へと入っていく。日の落ちた今となってはそこは暗い闇に包まれていたが、夜目の利く彼女にとっては何も問題ではない。周囲に警戒しつつ足を進め、とうとう目の前に白い城壁がそびえたった。

 それを見上げ、彼女はフードつきのローブを脱いで投げ捨てる。ここから先は隠密性よりも速度重視。たとえ自分の身が発覚されようと、目的さえ達してしまえばいいのだ。

 フードの下から現れたのは紫の髪に普段のおっとりと優しそうな表情からは一転した厳しく鋭い目。黒を基調にした上下の戦闘用衣装はガレット諜報部隊長のそれにどこか似ているが、丈の長い黒の上着が異なるものであることを示している。そもそも彼女は諜報部隊の所属ではない。

 ガレット近衛隊長。それが彼女の肩書きである。一度はその肩書きを返そうとしたが、後任の後輩が隊長代理を名乗っているせいで実質今も彼女が隊長扱い。だが隊員は誰も引き連れてきてはいない、それどころかこのことは誰にも話してすらいない。これからやろうとしていることに失敗した時、罰せられるのは自分1人だけでいい、そんな思いからだった。

 

 周囲に見張りの気配がないことを確認すると、彼女は静かに紋章術を足に発動させ、その力で一気に跳躍した。城壁を跳び越え、音もなく着地すると素早く遮蔽物の陰に身を隠す。ややあって見張りの兵が通り過ぎるが、異常があったとは確認できなかったのだろう。何事もなかったかのように離れていく。

 それを見て彼女は再び音もなく駆け出した。城の壁に張り付き窓から中の様子を窺う。廊下に人影はない。そっと窓を開けてするりと中へ入り込み、また駆け出す。

 

 城内へとうまく潜入し、向かう先はこの一件のおそらく黒幕、と彼女が睨んでいる人物。ビスコッティ騎士団長、ロラン・マルティノッジ。証拠はないが、騎士団を抑え、姫君相手にクーデターを起こせる人物など他に心当たりはない。たとえ黒幕でなかったとして、何かしら噛んでいると見て間違いないだろう。なら事の真意を問い質す。場合によっては無力化させて自国へと連れて行く。それで事態は解決へと向かうかもしれない、少なくとも現状よりはマシになるはずだ。それが彼女の出した考えだった。

 今「逃亡の姫君」達はドラジェへと向かっている。既に姫君と行動を共にしていたビスコッティの親衛隊長はパスティヤージュの空騎士と交戦後、ガレットによって「保護」されたと聞く。さらにはガレット遊撃隊長がビスコッティ勇者と交戦し、重傷を負ったという情報も入ってきた。さすがに後者を容易に信じることは出来なかったが、それでも厳しい逃亡劇となっているのは間違いない。

 だがたとえその苦難を乗り越えてドラジェへ着けたとして、状況がすぐさま好転するとは到底考えられない。確かに友好国に援助を求めて自国の危機を周知に晒すよりは、第三国を訪れることでそこを隠蔽したままの方が他国から付け込まれる隙は少なくなるだろう。ガレットの騎士団長が出したといわれるその考え自体を否定するつもりはない。しかしそれでは根本的解決まで時間がかかる。1番早いのはこの騒動の首謀者を暴き出して捕え、逃亡中の姫君たちを呼び戻すことだ。それで事態は一応の解決を見るだろう。

 とはいえ、その首謀者に刃を向けられる人間がいるだろうか。非常に高いリスクとなる。失敗すればその身がどうなるかわからない。だからこそ、自分がやるしかないと彼女は単独でこの城へと忍び込んでいたのだった。来客として幾度も訪れた城だ、迷うことはない。スピードを緩めることなく走り続ける。

 

 と、その時突如彼女の足が止まった。迷ったのではない。気配を感じたのだ。拳を握り締め、廊下の先の暗がりを睨みつける。

 

「どうやらネズミ……いえ、猫が1匹紛れ込んでいるようですわね」

 

 声は、その暗がりの先から聞こえてきた。コツ、コツとゆっくりした足音と共に1人の女性が近づいてくる。窓から差し込む月明かりがその女性の顔を映し出した。細い目が特徴的で、メイド服に身を包みつつも、両腰には装飾されたレイピアを鞘に入れて吊り下げた人物――フィリアンノ城メイド隊長、リゼル・コンキリエ。

 

「ご機嫌麗しゅう、ビオレ・アマレット近衛隊長殿。……ですが訪問するにはいささか時間が遅く、また許可もないのではありませんかしら?」

「……アポイントメントはあなたに取ればよろしくて?」

 

 名前を呼ばれたビオレは早くも臨戦態勢を取り、拳を固めて構える。彼女の本来の戦闘スタイルは武器を持たない徒手空拳だ。以前リゼルと手を合わせた模擬戦のときはグリップダガーを持っていた。が、それはあくまで紋章術使用不可時の対応策。このような潜入任務なら武器は嵩張(かさば)るために持たず、輝力を込めた自身の体を武器として戦う。一見華奢な彼女だが、そのしなやかな動きから繰り出される攻撃は一級品。伊達に近衛隊長の名義を背負っているわけではない。

 

「そうですわね、私かしら? ……でもあなたに許可を出すつもりは、私はありませんけど」

「ならどちらにせよこうやって来るしかなかった、ということですわね。……悪いけれど話している時間も惜しいですので、そこをどいてくださればそれでよし、そうでないなら……」

「……どうします?」

 

 答えるまでもないだろう、とビオレは一層相手を睨みつける。敵意と、場合によっては殺意まで込められて向けられる視線を浴びながら、しかしリゼルはまったく応えていない様子だった。

 

「まあ、怖い目ですこと。……あの時につけそびれた決着、ここでつける、ということかしら?」

「お望みならそれでよろしくて。……今日こそ引導を渡して差し上げますわ」

 

 約5年前の宝剣をかけた大戦の時に端を発し、そしてその後の模擬戦。結局決着らしい決着はついていない。戦場で互いが相見える時が決着の時と約束した。今は戦ではない。だがここはビオレにとってはまごうことなき戦場に他ならない。今日こそ決着をつける。彼女の心の中に決意も新たに闘志の炎が燃え上がる。

 しかし、目の前のリゼルは一向に剣を抜こうとしない。それどころか戦おうという気配すら見せない。

 

「……なぜ抜かないのです?」

「残念ですが、あなたと決着をつける場はここではないですから」

 

 カッとビオレの頭に血が上る。自分はここまで危険を冒してやってきた。そして相手はこの城を守るメイド隊の長。なのにここは決着の場ではないと言う。自分を侵入者としてすら、脅威としてすら見ていないのか。

 憤怒の表情でビオレが地を蹴ろうとしたその時。彼女は背後に人の気配を感じた。標的を変え、固めていた左拳にさらに輝力を込めて裏拳の要領で繰り出し、背後に迫った人物へ叩きつけようとする。

 

 ――だが。

 

「なっ……!」

 

 その拳が振り抜かれることはなかった。月明かりに映し出されたその顔に当たる刹那、彼女の拳が止まった。

 

「なんで……あなたが……」

 

 本来ここにいるはずのないその人物へ驚愕の表情でそう尋ねた彼女への、しかしその問いに対する答えは――。

 

 ドン、と言う首への衝撃だった。ぐらりと世界が回る。体が言うことを利かない。地面に倒れる、と思ったが、それより早く肩を抱えられる感覚を覚える。

 自身に手刀を浴びせた者の腕の中で、彼女は嘘であって欲しいと望みながら、薄れゆく意識の中でその者の顔を見る。だがそれは先ほど見た顔と同じ、これまでの()()()()()と同じ――。

 

「どう……して……」

 

 ()の口元が僅かに緩んだ気がした。

 

「すみません、()()()()()。まだここで幕を下ろすわけにはいかないんですよ……」

 

 その()()()()()声を最後に――。

 

 ビオレの意識は闇へと包まれた。

 




proact:「前に、事前に」という意味の接頭語「pro」+「行動する」という意味の「act」で、「事前に動く」というような意味。「captor」のアナグラム。
つまりタイトルは「紫猫(ビオレ)が先走る」といったところです。


さて、いよいよ話も大詰めっぽくなってきたというのに筆が止まってしまいました。
展開どころかオチまで思いついてるけど筆が進まないという具合です。一方で全く違うものを考えていたらそちらの方が筆が進んだという事態になってしまい、そっちを終わらせるまでこっちが手に付かなくなってしまいました。
一応区切るところに入れてるEX話も入ってここで一区切り、とも取れるのでまあまたもう少し時間ください、ってところです。
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