DOG DAYS DUAL-BRAVER   作:天木武

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Episode 27 視えた悪夢は現へと

 

 

 逃亡を初めて3日目。変わらずミルヒ達はセルクルを走らせ続けていた。既にドラジェ領内へと入り、目的地であるコンフェッティ城は昼前には到着できるであろう。

 幸い、シンクとソウヤの戦い以降、交戦や追撃の類には遭遇していない。「自分達をより安全に逃がすため」とリコッタが予想した、ソウヤの一芝居が効果的に働いているのかもしれない。兎にも角にも、これは助かる事態だった。昨夜も宿は取れたとはいえ、4人の疲労の色は濃い。特にミルヒが顕著であり、レオは彼女の体調を気にかけていた。自分のために身を呈してくれたエクレールに報いらなければと、彼女は決して弱音を吐かなかったが、この長距離移動はかなり堪えるものであることは推察できる。もしさらに1度でも交戦があれば、4人がこうして無事に並んで走れていたかもわからない。

 

「姫様、もう間もなくコンフェッティの城下町に入れるであります」

「はい。……気遣ってくれてありがとう、リコ。でも私は大丈夫です」

 

 それでもやはり「逃亡の姫君」は弱音をこぼそうとしなかった。一度はエクレールを失ったこともあって「脆い」と思ったレオだったが、その評価を撤回せねばならないとも思う。自分のため、シンクのため、身を呈してくれたエクレールのため、何より愛する祖国ビスコッティのため。彼女の華奢な両肩にはそれらが重くのしかかり、だが同時にそのおかげで足を止めることなくここまで前へと踏み出し続けている。その意志力たるや、常に自分が守らねばならなかったミルヒとはもう違う者のようだ、とレオは思わずにはいられなかった。

 未だ脆い部分もある。危うい部分もある。しかし彼女は間違いなく立派に成長した。ビスコッティの領主としての務めを果たし、シンクという恋人と心を通じ合わせ、両親である先代領主夫妻の失踪という事態を乗り越えた。さらには内戦、今回のクーデター、そしてこの逃亡劇。それらに心を折られることなく乗り越え、まだ見ぬ明日を明るいものとするため、彼女は必死に抗っている。

 だからこそ、レオは力になりたかった。家政婦兼近衛隊長の制止を振り切り、家を飛び出した。一芝居打たれたときに一度は肝を冷やしたが、その時に約束を交わした夫も無事なはず。もう少し。もう少しでその約束をかなえることが出来る。

 

「じゃが安心するのはまだ早いぞ。レザン王子に掛け合って保護はしてもらえるじゃろうが、その後のことをどうするか、全く見えていない」

 

 自分にも言い聞かせる意味で、レオはそう言った。今こういうことを言うべきではなかったかもしれない。しかし彼女は事実を述べていた。

 

「わかっています、レオ様。だから、私はまだ立ち止まるわけにはいかない……。ビスコッティのためにふさわしいと思える答えを見つけるまで、進み続けなければならないと思っています」

 

 やや気負いすぎの気配はある。だがその意志は確たるものだとレオは感じていた。やはり彼女は領主としてふさわしい人間へと成長した。なのに、一体なぜ謀反などということが起こってしまったのだろうか。

 いや、その意味を明らかにするためにも自分はミルヒの側に寄り添っていなくてはならない、と改めて思う。今はまだ静観という立場を取っている彼女の祖国だが、第三国に保護されたとなればきっと動き出すだろう。その時に今やガレットの頭脳とも呼べる存在となった夫と共にこの事態の解決に乗り出せばいい。

 

 ようやく少し明るい兆しが見えつつあった。そんな4人は、次第にコンフェッティの城下町へと迫っていっていた。

 

 

 

 

 

 コンフェッティ城の中へは予想よりあっさりと通してもらうことが出来た。ガレットからの保護要請は間違いないということの証明であろう。緊張した様子の騎士に連れられ、4人は大広間へと通してもらう。

 

「こちらでお待ちください。間もなくレザン王子が参られます」

 

 用意されていたソファに腰掛け、思わずレオはため息をこぼす。見ればミルヒも同様にそうしたところのようだった。疲労が溜まっているのだろう。

 

「……お疲れ様でありました、姫様」

 

 そっと、リコッタがミルヒに労いの言葉をかける。

 

「ありがとうリコ。少し……気が抜けてしまいました。でも、まだ安心するのは早かったですね」

「それはそうでありますが、これで少しは体を休めることも出来ると思うでありますよ。姫様がお疲れの様子だったので、心配だったであります」

「……やっぱりばれちゃってましたか。あまり心配をかけさせたくなかったんですが……。ちょっと疲れてしまっていたのは事実です。でも、私は大丈夫です。まだ立ち止まるところではありませんから」

「お前の言うことはわかるが……。あまり無理はするな、ミルヒ。まずは体を休めるのがよい」

「レオ様……。ありがとうございます。そうですね、多分今日は、少しゆっくり休めるんじゃないかと思います」

 

 小声で返してきたミルヒに頷きつつ、それでもレオは不安を拭えずにいた。確かに保護要請を受諾してくれたレザン王子の待つコンフェッティ城へ着くことは出来た。今日はこの城か、それが無理でもこれまでよりは遥かに良い環境で一夜を過ごせる、久しぶりにゆっくり体を休めることが出来るだろう。

 だがこの違和感は何だ、とレオは僅かに眉をしかめる。今の会話、それは全て()()()だった。今、この部屋には入り口に数名見張りの騎士が立っている。それ故、最初に話し始めたリコッタが小声となり、その後自然と全員がそうなったのだった。

 自分達は他国から来た保護対象だ。だから見張りの騎士がいるのはおかしいことではない。しかしこの圧迫感のような、重い雰囲気はどうにも腑に落ちない。見張りはこの部屋を守る、というよりも自分達を見張っている、というようにも感じられる。言い換えるなら、この部屋から逃げ出せないように、と言ってしまってもいいだろう。そんなはずはないとわかっていながら、心のどこかでレオはそんな風に考えてしまった不安感を拭い去れなかった。

 

 ややあって、広間の入り口の扉が開かれた。現れたのはシンクと同じぐらいの年で、頭にイタチのような耳の生えた青年だった。かつては華奢で小さな少年だったこの王子だが、今ではたくましく成長し、シンクやガウルほどではないにしてもしっかりとした体つきになっている。

 

「レザン王子。この度は本当にありがとうございます」

 

 ミルヒが立ち上がり礼をしつつ、感謝の気持ちを述べる。3人もそれに倣って立ち上がっていた。レザンと呼ばれた青年は微笑み返しつつ口を開く。

 

「いえ、お気になさらないでください。姫様の窮地と伺い、ガウル殿下から直々に『自分の代わりに頼む』と懇願されたことです。そうでなくても我がドラジェは可能ならビスコッティと友好的な関係を結びたく思っていたところですし、協力は惜しみません」

 

 レザンの口から述べられる言葉にミルヒはただただ感謝しているようだった。次いで彼はレオの方へと視線を移す。

 

「それにしても、レオ閣下もいらっしゃるとは驚きです。お久しぶりですね」

「ああ、久しいのう。ガウルから連絡はいかなかったのか?」

「『姉上が独断で先行したから姫様と一緒に頼む』とは言われました。それでも、ガレットは出来るだけ静観の方向でいたはずなのに閣下ご自身が、というのはやはり驚きましたよ」

「我慢できなくてな。つい先走ってしまった」

「そうだったんですか。……立ち話もなんでしょう、おかけください」

 

 そう促され、4人とレザンはそれぞれ腰を下ろす。ようやく少し落ち着ける。自分以外の3人はきっとそのように考えているだろうとレオは思う。

 だが彼女の心は全く逆だった。今の自分とのやり取りがどこか味気なく感じた。「驚いた」と言ってはいたが、彼は自分など最初からどうでもよく、関心事はミルヒにだけある、と言いたかったのではないかとも思ってしまう。

 その会話だけならそんなことは妄想だとレオも一蹴していただろう。しかし直後に着席を促され、話が進もうとしていることで彼女はますます疑心を強めた。()()()()()()()()()。そんな様子すらない。そのことが、彼女の心の中にますますの違和感をもたらしていた。相変わらず入り口には見張りの騎士が立ち、無機質な気配を漂わせている。飲み物もなしに話をしようなど、客をもてなすにしてはいささかぞんざいな扱いと言わざるを得ない。

 

「早速ですみません、レザン王子。私は現在のビスコッティの状況を知りたいと思っています。それと今後の動きについて話し合いを……」

「少々お待ちください、姫様。お気持ちはわかります。ですが、まずはゆっくり体をお休めになられてはいかがですか?」

 

 話を遮られ、逆に休養を提案されたミルヒはきょとんと彼を見つめる。

 

「長旅でお疲れでしょう。今の姫様のお顔にはその様子がありありと出ておられる」

「ですが……。ではせめて、今のビスコッティの状況だけでも……」

「姫様、それらは体を休めてからでいいではありませんか。心が(はや)っては、休まる体も休まりません。何もお考えにならず、ごゆっくりされる方がいいかと思いますよ。すぐにこの城の浴場の方にご案内を……」

「待て」

 

 が、その話をレオが遮った。もはや彼女の目に先ほど抱いたような安堵の色はない。むしろ疑いの眼差しで、レザンを見つめていた。

 

「……なんでしょう、閣下」

「王子、なぜそうミルヒの意見を聞こうとしない?」

「僕は姫様の身を心配して提案しているだけです」

「そうか。ならもうひとつ。……お前は先ほど『ビスコッティと友好的な関係を結びたい』と言ったな? それはミルヒのビスコッティか? それとも()()()のビスコッティか?」

 

 脇に座る3人が一斉に彼女を見つめた。

 

「レオ様!? 何を言い出すんです?」

「そうでありますよ! いくらなんでも失礼であります!」

「そう思うか、シンク、リコッタ。じゃがな、あまりにもおかしい。この部屋に通された時から感じている、まるで監視されているかのような見張りの騎士の視線はなんじゃ? そこを置いておくにしても、茶のひとつも出ずに話を進めようとはもてなすつもりもないように感じる。そして何よりレザンのこの言動……。ワシの思い違いなら謝ろう。じゃがレザン、貴様まさかよからぬことを企んでいるのではあるまいな?」

 

 レオに向いていた3人の視線が今度は対面に座るレザンの方へと向けられた。俯いていたレザンだったが、ゆっくりとその顔を上げる。その表情は――不気味に無表情が貼り付き、一切の感情を持たない能面のようであった。

 が、その口の端が僅かに上がる。そして笑いを噛み殺すように肩を震わせた。

 

「レ、レザン王子……?」

 

 信じたくない、とミルヒが声をかけた。それほど密接な関係があったわけではない。だが、合同演習などそれなりの親交はあったはず。陥れるようなことなどあるはずない。

 そうミルヒは願っていた。しかしその王子は彼女のその心をあっさり否定する。

 

「……さすがは『百獣王の騎士』様ですね。耄碌(もうろく)したらしいと聞いていましたが、いやはや一体どこが。こんなに早く勘付かれるとは思っていませんでしたよ」

「貴様……! どういうつもりじゃ!?」

「それについては……僕より説明に適した人間がいますので、お呼びいたしましょう」

 

 疑心の目を向けるレオと呆然とする3人を気にも留めず、レザンは芝居がかった様子で指を鳴らした。それと同時、入り口が開いて1人の男が部屋へと入ってくる。

 

「な……」

 

 誰もが思わず言葉を失った。入ってきたのは、見間違えるはずもない。この事の発端となる要因を作った、ミルヒに凍りつくような双眸を向けた、その人物――。

 

「ロラン……!」

 

 困惑する姫君にその名を呼ばれても、部屋に入ってきたビスコッティ騎士団長ロラン・マルティノッジは表情ひとつ変えなかった。代わりに冷たい瞳でミルヒを見つめる。

 

「お迎えに上がりました、姫様」

「迎えじゃと……! 貴様、どの面を下げて言うか!」

「落ち着いてください、レオ様。……勇者殿もだ」

 

 シンクとレオがミルヒを庇うように立ち塞がる。2人は互いにいつでも宝剣を武器に出来るように身構えていた。

 

「こんなところでの揉め事は私としても望まない。ここに来たのは穏便(・・)に事態を解決したいと思ったからです」

「穏便に、じゃと……!」

「姫様に反旗を翻していながら、よくそんなことが言えますね……! 騎士団長、僕はあなたを尊敬していた。でもそれは僕の思い違いだった。失望しましたよ……!」

 

 シンクからの突き刺さる発言にロランは一瞬眉を動かした。だが気にもしてない様子で先を続ける。

 

「……話を進めますよ。私がここにいるのは、レザン王子と利害が一致したからです」

「利害……?」

「ええ。聞くところによればビスコッティは現在姫様の縁談がまとまっていないと聞きました。そのせいもあってか、国にやや不穏な空気が渦巻き、国民が明るいニュースを心待ちにしている状態だと」

「そ、それは……!」

 

 多少の誇張はある。が、基本的に間違っていないとミルヒは思ってしまった。それ故、レザンに反論しようとしてその機会を逃してしまった。

 

「そして自分も少々似たような状況にありましてね。……僕が次期国王に、と正式に決まった時にやや揉めたという事はご存知でしょう」

 

 レオは記憶を探る。確か休養中の時に耳にしたことだ。丁度新婚旅行でこの国を訪れていたあたりの出来事で、それがきっかけでレザンと会いそびれたことを思い出す。

 

「その原因をどこまでご存知かは知りませんが、実は僕もそろそろ縁談をまとめる時期にさしかかっている。つまり、婚約者募集中というわけなんです。なのにその相手もいない者に果たして次期国王という座を任せていいものか。そういった反対意見が出たんです」

「そういうことか……! つまり貴様が言う利害の一致とは……」

 

 レザンは笑みをこぼした。

 

「ええ、お察しの通りです。なら、相手を探している者同士、ちょうどよいではありませんか」

「ふざけるな!」

 

 声を荒げ、レオがレザンを睨みつける。しかし彼に応えた様子は全くない。

 

「ちょうどよい、じゃと!? ミルヒにはシンクがいる。貴様の出る幕ではない!」

「そうでしょうか? でしたら、なぜ姫様はその勇者様とご婚約をなさらないのです?」

 

 思わずシンクが言葉を詰まらせた。原因は自分にもある、と彼はわかっている。だから言い返せなかったのだ。

 

「姫様と王子が結婚されれば、両国友好の象徴として申し分ない。それに先ほど王子が述べられた通り、利害が一致する。これほど良い話がありますか?」

 

 わざとらしく付け加えたロランに対し、レオはギリッと歯を鳴らした。政略結婚。確かに両国の問題が一気に解決し、かつ友好の証としてこれ以上の物はないだろう。だがそれはミルヒとシンクの感情を無視した上に成り立っている。王族である以上、政略結婚というものは心のどこかで可能性を常に考慮していなくてはならない。しかし目の前で、彼女が愛するミルヒがそれに巻き込まれるなど、黙って見過ごすことは出来なかった。

 もはや形振(なりふ)りなど構っていられない。こうなればこ敵対する者全員と戦ってでも、この場を逃げ切るしかない。レオがそう決心し、グランヴェールを展開しようとした、その時――。

 

「やめておけ、レオ(・・)

 

 扉の外。確かに聞き覚えのある声にレオの手が止まった。

 

「そんな……!」

 

 いや、レオだけではない。今の乾いた声からシンクもその声の主が誰かを既に悟っているようだった。

 入り口の扉がゆっくり開く。そこから現れたのは、予想と全く違わない――。

 

「ソウヤ……。どうして……!」

 

 デジャヴだ、とレオは感じた。昨日のあの時と同じ、まるで敵のように自分達の前に立ち塞がった夫の姿に、彼女は既視感を覚えていた。懸念していた怪我は全く見当たらない。やはりシンクの言うとおり芝居だった、とわかる。なら、今回もきっとそうに、自分達のための行動を取ってくれるに違いない。

 

「……悪いな、レオ。そんな期待するような目で見てくれたところで、今回ばかりは俺はこっち側だ。昨日とは状況が違う」

 

 だがそんな僅かな希望を打ち砕く一言にレオは愕然とした。頼みの綱、ガレットの頭脳。その彼がロランと共謀していた。だが、だとしたらなぜ昨日あんなことをしたのだろうか。

 

「う……嘘じゃ! ならなぜお前は昨日あんな芝居を打った!? ワシらを安全にここへと到着させるためではなかったのか!?」

「ああ、そうだよ。ここに来てもらわなくてはこちらとしても困るわけだったのさ。だから、他の連中が手を出せないように、一芝居打った」

「つまり……。偵察に来ていた人間に『手出しは出来そうにない』と思わせ、撤退させることが目的だった、というわけでありますか……?」

 

 補足したリコッタにソウヤは笑みを向けた。普段の皮肉っぽい、というものから遠い、邪気も含まれるような笑み。

 

「さすがはビスコッティの頭脳。ご名答だ。姫様には何が何でもここに来てもらわなくてはならなかった。……コンフェッティ城を訪れたミルヒオーレ姫殿下は、そこでレザン王子と婚約を交わす。結果、ビスコッティでは姫様婚約という明るいニュースが飛び交う。一方のドラジェも王子の婚約が決まる。この騒動を完結させる筋書きとしては十分じゃないか?」

「馬鹿げている! そんな茶番を大衆が黙って見過ごすと思っているのか!?」

「お言葉ですが閣下、『謀反が起きて姫様が逃亡した』という事態を知っている人間はビスコッティでもガレットでもせいぜい騎士の極一部。その他の国に至っては確たる証拠がない現状でしょう。でしたら、その筋書きは事実として受け入れられる。受け入れられてしまえば、虚もまた真実。事の真相を知っている人間はこの部屋のここにいる数名、そういうことになりませんか?」

 

 ロランからの指摘にレオは言葉を失う。あまりに周到すぎる計画だ。そしてそこでようやく気づく。「ドラジェに保護を求める」、既にその時点で自分達は目の前の人間達の掌の上で踊らされていたのだ。つまり――。

 

「ソウヤ……貴様最初から……!」

「厳密には……いや、この場合最初から、で別にいいか。ロランさんが姫様を確保し損ねたとなったら、それと気づかせずにここまで誘導する、それが俺の狙い……」

()()()()は見事にガウル殿下を説得してくれたようだ。姫様がここにいらっしゃることが、その何よりの証明だろう」

「そうか……バナードもか……!」

 

 ギリッとレオは奥歯を噛み締める。そういえば「ガレットは静観すべき」と主張したのはバナードだったはずだ。

切れ者将軍としてガレットの頭脳の彼にガウルもレオも彼に全幅の信頼を置き、今回も彼のその主張を了承した。それが裏目に出た、うまく計画に乗せられてしまったというのか。

 

「……もうわかったな? 言ってしまえば俺もロランさんもバナード将軍もグル(・・)だ。お前たちは安全を求めて逃避行を続けた結果、自らこの計画の終着点に足を踏み込んでしまった、ってことさ」

「全て……全て貴様の筋書き通りということか……?」

「ああ」

「ソウヤ様……今レオ様がおっしゃったこと、本当……なのですか?」

 

 ミルヒの問いかけにソウヤは答えない。チラリと彼女を一瞥しただけだった。

 

「ソウヤは……僕は姫様に付き添う者としては資格がない、そう言いたいってこと……?」

 

 先ほどの沈黙を肯定と捉えたのだろう。今度はシンクが尋ねてきた。が、この問いに対してもソウヤはシンクを一度視界に入れただけで、何も返そうとしなかった。

 

「何とか言わんか!」

 

 机を叩きながらレオが叫ぶ。そこでため息をこぼした後で、ようやくソウヤは口を開いた。

 

「……なら逆に聞くが、シンク、お前は自分を姫様を(めと)ることが出来る者としてふさわしい存在だと、はっきりと言い切れるか?」

 

 言い切れる。そう、シンクには即答できるはずだった。姫様のことを心から大切に思ってきた。たとえ親友を切り伏せてでもその道を切り開こうとした。なのに、今、その親友に投げかけられた問いに、彼は思わず返答を詰まらせた。

 果たして、本当にそうなのだろうか。姫君であるミルヒに彼女の心を告白され、自分も同じだと思い、しかしそれでも、本当に自分は彼女と肩を並べる存在としてふさわしいのだろうか。

 

「シンク……」

 

 その迷いを感じ取ったのだろう。ミルヒが不安そうな声をかける。

 

「……ソウヤ、貴様はシンクこそがミルヒの夫にふさわしい、そう思っていたのではなかったのか?」

 

 戸惑う2人を見るに見かね、先ほど怒鳴ったレオが、今度は静かに質問する。が、トーンが落ちている分、凄みは今度の方が増している。さらに普段向けないような敵意のこもった視線と共に、彼女は夫にそれらを投げかけた。

 

「……ナンセンスな質問だな。答える必要すらない」

「なんじゃと!?」

「俺個人の意思が介入する余地などないことだ。当事者で決めればいい。だがな、そこを決めかねた結果が現在のこの様だ。そして俺はそれを収めるために暗躍しただけのことだ。

 ……そもそもお前、勘違いしてないか? 俺は()()()()だぞ? 姫様の婚約が決まればそれでいいと、レザン王子に話を振った人間だぞ? だったらそもそも俺に意見など求めてくるんじゃねえよ」

「貴様……! 本気で言っているのか!? 本気でそう……」

 

 レオはそこで言葉を遮った。ソウヤは、肩を震わせていた。声を殺して笑っている。彼女にはそうわかった。

 その後彼は天を仰ぐ。次いで、大きく息を吐き出し、左手で顔を覆った。

 

「……本当に耄碌(もうろく)したな、レオ。ずれてる。実に、ずれている」

 

 そしてその左手をどかせた時――彼女は凍りついた。彼は笑みを浮かべていた。それも普段の笑みからは程遠い、決して見ることのない笑み。が、彼女は1度だけその笑みを見たことがある。いや、厳密には「見て」はいない。「視た」のだ。星詠みのとき、魔物の姿が視えた後、最後に一瞬だけ視えた――狂気を孕んだ歪んだ笑み。

 

「ソウ……ヤ……」

 

 彼女の背筋に戦慄が走った。あの時視えたことが現実となってしまった。なら、その前に視えた魔物、それによって彼も、そしてロランやバナードも操られてしまっているのではないか。

 

「人の運命なんてのはサイコロと同じさ。一天地六の賽の目次第、丁と出るか半と出るか、吉と出るか凶と出るか、その目がどう転ぶのかを見るのもまた一興だとは思わねえか? ビスコッティで謀反が起こった、姫様の逃避行が始まった、そして逃げ込んだ先が謀られたこの場。実に面白い茶番じゃねえか。まあ筋書きを立てたのは俺だが。そんな運命に翻弄された人間模様を見るというのも、乙なこととは言えねえか?」

 

 違う。

 

 この男は、違う。自分が愛したソウヤではない。もはや、彼であって彼でない。彼はそんなことを言う人間ではない。あんな笑みを浮かべる人間ではない。

 なら、目の前にいるのは心を奪いさられた別人だ。魔物に操られたかはたまた本当に乱心したかはわからない。しかし、もう彼女の知っているソウヤではない。

 

「ソウヤ……!」

「お前への話は終わりだ、レオ。しばらくそこで大人しくしてろ。……さて、姫様にシンク、答えを聞きたいな。悪いがこの期に及んで先延ばし、なんてのは無しだ。レザン王子からの申し出を受け入れるか、それとも……」

「ソウヤァァァ!」

 

 激昂と共に呼ばれた己の名に、ソウヤは声の主に目を移した。レオは目に涙を溜めて歯を噛み締めつつ、右手にグランヴェールを実体化させる。

 

「レオ様!?」

 

 突如起こった異変に、じっと考え込んでいたミルヒも、同様にシンクも反応できなかった。気づいた時にはもう彼女は立ち上がり、戦闘モードに入っているとわかった。それ故止めようとも、加勢しようにも到底間に合わない。

 

「……おい、ウソだろ!?」

 

 その光景に、らしくなくソウヤが狼狽した。あれは本気の目だ。間違いなく、自分に斬りかかってくる。

 彼のその予想に違わず、レオは右足を目の前の机にかけた。そして跳躍、眼前のレザンが腰掛けたソファを跳び越える。

 咄嗟にソウヤは後退する。その間に護衛の騎士達がソウヤの身を守ろうと2人の間に割って入る。

 

「邪魔だ!」

 

 横一閃。それだけで間に入った3人は一瞬でだまへと変えられた。

 

「待て、レオ!」

「黙れ痴れ者がァ!」

 

 ソウヤでない者の声など聞く耳無し。大上段に振りかざしたグランヴェールをレオは一気に振り下ろそうと狙いを定める。

 

「ロランさん、援護を!」

 

 させはしない。たとえロラン得意の鉄壁の防御の壁、「紋章陣」を展開されようが、それごと斬り裂く。ソウヤが剣状に形を変えたエクスマキナで受け止めようとする姿も見えたが、それも関係ない。輝力を込め、必殺のグランヴェールの一撃を叩き込もうとした。

 

 ――その時。

 

 轟音と共に城が大きく揺れた。いや、果たして本当に揺れたのは城だけだったか。この辺り一体が大きく揺れた、そう感じるほどの振動だった。

 その揺れによりレオのバランスが崩れる。同時に、ただ事ではないことが起こった、と本能的に直感していた。それ故、彼女は攻撃の手を止めていた。

 

「ソウヤさん!」

 

 レザンが立ち上がり、ソウヤの方を振り返る。ロランも一度取ろうとした臨戦態勢を解除し、今はソウヤの方を伺っていた。

 このことから、彼らにとっても予想外なことが起こったのではないか、とレオは考えた。ここで再び斬りかかってもいい。だが奇襲し損ねた以上、向こうも対策を練りかねない。その前にこの異常事態と思われる状況に乗じるより、ここは事の成り行きを待つ方がいいかもしれないとも思い、彼女は攻撃を続行できずにいた。

 

「……そのままちょっと待っててもらえると助かるな、レオ」

 

 そうかけられたソウヤの声は、普段通りにも感じられた。先ほどの狂気は消え去ったような、幻だったとさえ思える。

 

「ソウヤ殿、これは……」

「……招かれざる客がいらっしゃった、ってことですかね」

 

 ボソッとロランと、それから駆け寄ったレザンに呟くソウヤの声をレオはかろうじて聞き取る。おそらくまだソファで何があったかわからず、ひとまずミルヒの身を守ろうという構えだけは見せているシンクと、どうしたらいいかわからない様子のミルヒとリコッタには聞こえていないだろう。

 

(招かれざる客……?)

 

 何の話か、とレオが思うと同時。大広間のドアがノックもなしに「失礼します!」と荒々しく開け放たれた。

 

「どうした!?」

 

 だがレザンはそれを咎めようとしなかった。代わりに入ってきた騎士に先を促す。

 

「報告いたします! 我が国の封印洞窟に封印されていた魔物の封印が弱まり……巨大な魔物が現れた模様です!」

 

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