DOG DAYS DUAL-BRAVER   作:天木武

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Episode 29 現れる「魔」

 

 

 ソウヤが「本陣」と銘打ったコンフェッティ城下町より遥か前方に敷かれた防衛ラインは物々しい雰囲気だった。緊急で設えられた本陣は戦の野営地とさほど変わらず、防衛ラインとしては少々心細く見える。だがソウヤはここで相手を迎え撃つつもりはないらしい。それより前方での撃破を狙い、自分を先頭に隊を前進させていた。

 そんな彼の背を、レオは複雑な表情で見つめていた。ほんのついさっき自分達に一瞬だけ見せた、あの星詠みの時にも視た狂気に歪んだ笑みは実は幻だったのではないかとさえ思ってしまう。それほど、今の彼は普段通りの彼だった。

 

「相手は大型って話だ。守護力に影響が出る可能性がある。なら、リコッタを始めとする砲術士隊は勿論、ドラジェの兵の方々も出来るだけ後方からの援護に徹して欲しい。死傷者は出したくない。仕留められるなら大技で一気に仕留める、それが無理なら城下町への進行を遅らせ、ダルキアン卿達が合流するのを待つ。そういう作戦で行こうと思う。……封印されていた魔物を打ち倒したというお二方、期待してるぜ」

 

 出発前にそう言った彼は、やはりいつもと変わらない、このドラジェの守護のために力を貸そうという態度にしか見えなかった。ドラジェの兵達まで気遣う辺り、やはりいつも通りのように思える。

 だがどこか腑に落ちない。ではなぜ自分達を陥れるような、こんな(はかりごと)をしたのか。真意を問い質したいが、今の彼はその返答を全て拒否するような、そんな背中を見せていた。

 ハァ、と思わずレオはため息をこぼして空を見上げた。と、そこで彼女はあることに気づく。

 

「……ミルヒ、雲が濃くなってはおらんか?」

 

 自分達が城下町付近へと入った頃は雲ひとつない快晴だったはず。それが今はどうか。日の光が差さぬほどに厚く、不気味な雲が頭上に広がっている。

 

「言われてみれば……」

「そういえば、あの時も確か……」

 

 ミルヒに続いてのシンクの一言に、レオも記憶を呼び起こした。自身が星詠みによって視てしまった未来を変えるために宝剣を賭けることを提案した大戦。その時、グラナ砦付近に魔物が現れる直前、天気は荒れ、雷鳴が轟いた。今はそこまでひどい天候になっているわけではない。それでも昼前より悪化しているのは確かだった。

 

「何か、悪いことの予兆でなければいいが……」

 

 ポツリとレオが呟いたその時、ソウヤを乗せていたヴィットが止まった。合わせて後方に停止するように彼が指示を出す。

 

「どうした?」

「ここで迎え撃つ」

「ここで? 野営地と城下町から出来るだけ距離を離すんじゃなかったのか?」

「……ああ。つまり、これ以上は離せないってことだよ」

 

 そこまで話を聞いて、レオはようやく彼が言わんとしていることに気づいた。前方から、身の毛がよだつ様な禍々しい気配を感じる。まだ姿は見えない。が、もう間もなく見えることだろう。

 全員がセルクルから降りる。砲術士隊は拠点攻撃用の迫撃砲や野戦砲を準備し始め、それ以外のドラジェの兵達は弓を手にいつでも射撃に入れるように用意した。

 

「リコッタ、相手が射程に入ったら遠慮せず発射指示を出してくれ。タイミングは任せる」

「了解であります」

 

 後方では重装戦士隊、弓術師隊、砲術士隊の順に列を成している。ソウヤ、レオ、シンク、ミルヒはその前に立つ形、「大技で一気に仕留めたい」というソウヤの主張を汲んでの形である。

 

「き、来たであります! 現在距離1000……800になったら斉射でいくでありますよ!」

 

 双眼鏡越しにリコッタが声を上げた。まだソウヤ達は肉眼でその姿を確認することは出来ない。だが、妖気というか不気味な空気というか、それは一層強くなっているように感じられた。

 

「……レオ、あまり考えたくないが、言っておくぞ。おそらく、砲術士隊の攻撃じゃ足も止まらないだろう。輝力を込めての弓術師隊の攻撃でも焼け石に水のはずだ」

「ああ、ワシもそれは思っていた。……なら、どうする?」

「合わせろ。お前と俺の紋章砲を合わせて撃ち込んでやる。それなら多少は効果があるだろう」

「ほう? ワシをはめておいて都合のいいときだけ合わせろ、か。随分勝手じゃな?」

「ならお前は普通に撃て。俺が合わせてやる。……どっち道俺の輝力の出力じゃ大した足しにもならねえだろうが、切り札のシンクと姫様を消耗させずに先制攻撃できる最大火力だ。多少なりとも俺のも入れてブーストした方がいいだろうよ」

 

 フン、とレオは鼻を鳴らした。肯定という意味だ。加えて、互いの信頼関係が危ぶまれる今の状況での共同作業、というのもなんとも皮肉な話だという自嘲の念も込められていた。

 

「距離800! 砲術士隊、一斉発射であります!」

 

 リコッタの命令が飛ぶ。それに応じるように、未だ肉眼では確認できない相手へと砲弾が放たれた。弧を描き、やがて着弾。その爆発の様子だけは窺える。

 が、ややあって次に聞こえたのはリコッタのうめき声だった。やはりソウヤの予想通りダメージがなかったのだろう。

 

「目標未だ健在であります! 誤差修正、マイナス20! 第二射、発射であります!」

 

 再び砲術士隊の射撃。だが、今度は一射目ほど弾幕が集中していない、とレオは感じた。おそらく動揺して目測を誤った者が数名いたのだろう。数発が明らかに手前に着弾し、砂煙が舞い上がる。

 

「……射撃一旦やめであります!」

 

 砂埃のせいで距離も効果も測れないリコッタが苦い声で命じた。砲撃がやむ。が、その砂煙の中、わずかに何かが歩く音が聞こえてきたように、辺りの人間達は感じていた。

 

「……レオ、やるぞ」

 

 未だ目標は砂煙の中だ。だが、ソウヤは出てくるところを狙うらしい。了解、と答える代わりにレオもグランヴェールを弓状にして輝力の矢を生成することで答えとした。

 その中から、何かが歩いて出てくるのが見えた。距離があるためにまだ小さく見える。が、この距離でも見えるということはやはり実際は相当なサイズとなるだろう。

 そして僅かに見えたその姿に、レオの心は跳ね上がるほどに動揺した。見える頭は3つ。巨大な犬とも狼ともつかない、4つ足で地に立つその姿は、まさに星詠みで視たままの魔物の姿ではないか。

 

(やはり……当たってしまったか……!)

 

 先ほどのソウヤの狂気めいた笑みといい、つくづく自分の星詠みは当たってほしくないことばかりを当てる。内心イラつき、彼女は反射的に舌打ちをこぼしていた。

 

「何してるレオ、いくぞ!」

 

 声に促されて視線を向けると、一度はその星詠みで視たとおりの狂気めいた笑みを浮かべたはずのソウヤが、そんな様子は全く見せずに真面目な表情で既に射撃体勢に入っていた。遅れまじと慌てて彼女もグランヴェールを構える。

 

「砲術士隊、ソウヤさんとレオ様の紋章砲まで待機! ……お二人とも、一発派手によろしくであります!」

 

 気楽そうに言ってくれたリコッタに対してソウヤは思わず苦笑を浮かべていた。が、次の瞬間再び真面目な表情に戻り、傍らのレオの様子を伺う。

 

「いいか?」

「ああ、いくぞ!」

 

 「蒼穹の獅子」と「百獣王の騎士」の背後に紋章が鮮やかに輝いた。その輝力に満ちた矢が2本、放たれた直後に交わって1本の矢となって突き進む。

 

「「ダブル魔神旋光破ァ!」」

 

 放たれた矢は一直線に遥か彼方のまだ小さくしか見えない魔物へと迫った。そしてややあって、それが直撃した。直撃したと、はっきりわかった。

 後方の兵達がどよめく。これまで迫撃砲、野戦砲を用いて雨の様に砲弾を降らせたというのにまったく怯む様子のなかった目前の化け物。それが、今わずかにたたらを踏んだのがわかったからだった。さすがはガレットの高名な「蒼穹の獅子」と「百獣王の騎士」の2人による合体紋章砲。勝てる、という予感を感じ取り、兵達の士気が高まったようだった。

 だがその合体紋章砲を撃った張本人であるソウヤとレオの心中はそんな兵達とは全くの逆であった。殊にレオにおいてはそれが顕著に、顔色にまで表れていた。

 

(馬鹿な……。ワシだけならず、ソウヤの紋章砲をも加えた合体紋章砲でさえ……わずかに怯ませるだけか……!)

 

 伊達に「純に魔物と呼ばれる存在」とユキカゼが呼称しただけのことはあるということか。思わずレオは奥歯をギリッと噛み締める。

 

「……見ての通りだ! 相手とて不死身じゃない、攻撃が通らないわけでもない! リコッタ、再度砲撃開始だ、弓術師隊も射程に入ったと判断したら撃ち始めろ!」

 

 だがそんなレオと対照的にソウヤは背後へとそう叫び、兵達を鼓舞する。それに応じるように雄叫びが上がった。次いでリコッタの「距離650……もとい、600! 発射であります!」という砲術師隊への命令が飛ぶ。そこまで確認したところでソウヤは顔を前へと戻し、小さくため息をこぼした。

 

「ソウヤ、兵達に発破をかけるのはいいが、おそらく……」

「わかってる、皆まで言うな」

「じゃったらなぜ……!」

「確かに……足止めにもならないかもしれない。俺とお前、2人合わせての紋章砲でようやく怯んだ程度だ。期待は出来ない」

「そこまでわかっているなら、ワシ達が紋章砲で仕掛けるべきとは思わんのか?」

「その通りだ。だが今はその時じゃない。……とにかく少しでも輝力を回復することに専念しろ。次に俺達が撃つ時にはシンクと姫様にも仕掛けてもらいたい」

 

 最後の一言は振り返りつつ、だった。2人の後方に控えていたシンクとミルヒは顔を見合わせた後で頷いて了解の意思を示す。

 

「最初にソウヤが言ったとおり、短期決戦……ってことだね」

「そうだ。俺とレオの紋章砲で奴を怯ませる。その隙に以前魔物を打ち倒したという紋章剣でとどめだ」

「待ってください、ソウヤ様。ではあの魔物を……斬る、ということですか?」

 

 かけられたミルヒの一言に、ソウヤはチラリと彼女を一瞥する。その視線には僅かに侮蔑の色が含まれているようにも思えた。

 

「……まさかとは思いますが、この状況でも『あの魔物も出来れば命を奪わず、助かる方法を取ってほしい』とかぬかし出すんじゃないでしょうね?」

「おいソウヤ!」

 

 非難するレオの声を手で遮り、ミルヒは続ける。

 

「ええ、おっしゃるとおりです」

「やっぱりそう言いますか。本当にあなたは甘ちゃんだ。そして理想家であり夢想家だ。『誰か1人を見捨てれば他の皆が助かる』、そんな状況にあっても、あなたは最後まで全員が助かる方法を探すんでしょうね」

「ええ、そのつもりです。魔物とはいえ元はフロニャルドに生まれついた存在のはず。なら、私はその命を奪う、ということに対して肯定的にはなれません」

「その結果、無関係な人々が巻き込まれ、より被害が大きくなるかもしれないとしても、ですか?」

「私は可能なら『大のために小を捨てる』という考えはしたくありません。皆が納得できる、幸せになる方法を見つけたい。常々そう考えています。ですから、今回も可能なら、魔物とはいえ命を奪いたくはありません。……それでも、背に腹は変えられないことはわかっています。方法を探り、その上で術がないとわかれば……。私もソウヤ様の決定に異論を唱えるつもりはありません」

 

 凛としたミルヒの瞳だった。彼女自身が常に言い続けている、「皆が幸せであって欲しい」という強い願い。それをはっきりと、曲げることなく言い切った言葉だった。

 ソウヤはその瞳をじっと見つめていた。そしてミルヒが話し終わったのを確認して、反射的にため息をこぼす。

 

「……まったくお姫様は無茶をおっしゃる。だから夢想家だってんだ。……あなたは『カルネアデスの板』の話は知らない方がいいですね。あと『方程式もの』の小説を読むこともお勧め出来ない。間違いなく、内容を楽しむことは出来ないでしょう」

 

 先ほどまでの瞳と一転、今度はきょとんとミルヒはソウヤを見つめた。意味を図りかねるとシンクやレオの方を見るが、2人も何のことかわからないらしい。首を傾げている。

 

「要するに大を救うために小を切る、というような話ですよ。……まあいいや。俺だって救える命を無駄に奪いたくはない。無論、今姫様がおっしゃった方法を最大限考慮しますよ。

 さて、そこで再確認ですが、以前2人が魔物を倒した時……正確には命は奪っていないはずだ。確か、魔物となった元凶である『禍太刀』を抜いたことで土地神が元の姿に戻った。そうでしたね?」

 

 シンクとミルヒは互いに顔を見合わせ、同時に頷く。

 

「そうです。最終的に魔物に突き刺さっていた妖刀……禍太刀を抜いたことで、土地神は元の子狐の姿へと戻った……」

「さっきユッキーが言ったとおり禍太刀を抜く、という方法で解決できることもある。もしそうなら、1度やったことがある僕と姫様は方法がわかるんだけど……」

「風月庵に行った時に聞いた話だが、確か魔物の力量は元となる呪いや怨嗟に比例するということだった。以前、俺が来る前に出たという魔物ほどではないにしろ、こいつは結構な力を持った存在と推察できる。だとするなら……その魔物同様、禍太刀が原因って線は十分ありうるだろう」

 

 そこまで聞いたところで、ミルヒは少し表情が明るくなった。

 

「では、原因になっている禍太刀を抜いてしまえばいい、というわけですね?」

「まだそうとすら決まってませんけどね。仮にそうだとして、向こうだって抵抗してくる。……なので、ちょっとばっかし相手に黙ってもらう、ってことは必要でしょう。

 ……ああ、ようやく話を戻せた。そういうわけなので、俺とレオの合体紋章砲で相手を怯ませる。その隙に2人の魔物を倒したという紋章剣で大ダメージを与えてもらう。抵抗の意思が弱くなったところで姫様の望む解決法を探る、禍太刀があるなら抜いてもらう、と。まあ足さえ止めちまえばダルキアン卿かイスカさん辺りが来てくれるんじゃないかって淡い希望もあるんですがね。そうすりゃ、何かしらの解決策は見つかるでしょう。かなり強引というか力尽くですが、そういうことでいかがでしょう?」

 

 そう言って、ソウヤは3人を見渡す。ミルヒは満足したように、だが神妙な面持ちで頷いた。シンクも「任せるよ」と肯定の意思を示す。だが1人、レオだけは渋い表情だった。

 

「何だレオ、不満か? おいしいところを譲りたくないってか?」

「そんなことではない。……今の貴様の話、ミルヒにあれこれ言わんとも、つまるところ相手の命までは奪わずともダメージを与え、その上で解決策を探す、ということを最初から言えばよかったのではないか、と思ってな」

「身も蓋もなくいえば、そういうことになるかもな」

「ならなぜわざわざミルヒに突っ掛かった? 嫌味のひとつでも言ってやりたかったのか?」

 

 言われてみればそうだ、とミルヒはそこで気がついた。彼女が「命は奪いたくない」というニュアンスで話し始めた時点で今の話に進めば済むことだった。なのに彼はわざわざ皮肉交じりに自分と会話し、その上で今の話に至っている。

 

「そこだけが気になってな。……忘れるな。ワシはまだお前に不信感を抱いている。今は休戦中、ということで手を貸しているが……」

「ああ、わかってるよ。別に嫌味でもなんでもねえさ。……ただ」

 

 そこまで言ったところで、ソウヤは顔を前に向けた。そして完全に後ろを振り返るでもなく、首だけを僅かに傾けてミルヒへと語りかける。

 

「……姫様、あなたの主張は掻い摘んじまえば『大のために小を捨てる』というだけのことはしたくない、最後まで皆が幸せになる方法を探したい。そういうことですね?」

「はい」

「ご立派な思想だ。確かに皮肉もありますが、俺はそういう考え方を出来るあなたに感心しますよ。……ですが、()()()()()がその小の側に回った時……。自己犠牲で他の皆が助かるなら、迷わず自己犠牲を選ぶ……。そんな予感がしたんですよ。

 ですから、これだけは忘れないで欲しいと言いたかったんです。()()()()()もあなたがいう『皆』の中に含まれている、とね。小を捨てず、皆が納得する方法を探す、というのであれば、あなた自身も納得しなくてはならない……。それだけは頭に入れて置いてください」

 

 一体ソウヤが何を言いたいのか、ミルヒには図りかねた。今でこそ休戦中とはいえ、自分達を陥れるような策略を仕掛けておいて、今更何を言い出すのだろう。

 

「何が言いたい、ソウヤ?」

 

 そんな疑問を抱いた彼女の代わりにレオがソウヤに問いかけた。だが彼は知らんとばかりに両手を広げてごまかしている。問い詰めようとレオが再度食って掛かろうとしたその時だった。

 

「ソウヤさん! 砲術士隊、弓術師隊、攻撃してるでありますが全然ダメであります、足を緩めてもくれないでありますよ! 間もなく距離300……そろそろまずいであります!」

 

 リコッタから悲鳴のような声が上がった。見れば魔物ははっきりとその姿が見て取れる距離まで来ている。人間の身長は優に超える巨体、4つの足を地に着け、特徴的に3つに分かれた頭からは鋭い牙が見える。

 

「リコッタ! 以前魔物との戦いの時にあったような……禍太刀のようなものはあいつに刺さってるか!?」

 

 ソウヤの声にリコッタは双眼鏡を必死で覗き込む。眉をしかめつつ、首を傾げる。

 

「……すみませんであります、よくわからないであります。ただ、真ん中の首の付け根……背中の手前辺りに何か刀のような物が刺さっている気もしないでもないような……」

 

 4人は顔を見合わせた。それなら解決法はある。多分それが禍太刀だろう。それを抜いてさえしまえばいい。

 

「おそらく決まりだ。俺とレオの紋章砲を打ち込む。その隙に2人が紋章剣を放つ。そしてダメージを与えたところで、そいつを抜いてくれ」

「シンク、抜いたら一先ずすぐに離せよ。以前はワシが魔神旋光破であの刀の柄の部分を打ち抜いたが、今日はどうなるかわからん」

「わかってます。任せてください」

 

 シンクが胸を張る。そしてパラディオンを神剣状へと変化させた。ミルヒも頷き、エクセリードを滅多に見ることのない剣状へと変化させる。準備は万端、といったところか。

 

 が、着々と進む準備に対して、ここに至って前進するだけだった相手もとうとう動きをみせる。息を吸い込むように3つの頭が後ろにもたげられた。直感的にソウヤの脳裏に嫌な予感が走る。

 

「ソウヤ!」

「わかってる! リコッタ、防御弾幕を準備! その他の者は防御体勢、敵の攻撃が来るぞ!」

 

 シンクもソウヤ同様、攻撃の気配を感じ取ったのだろう。名を呼ぶと同時に、既にライオットシールドを展開してその陰に自身の身とミルヒを隠している。ソウヤも防御の姿勢を取ろうとしたが、それより早くレオに腕を掴まれ彼女の背後へと移動させられる。

 

「……何の真似だ?」

「貴様のぬるい紋章術による防御では防ぎきれないのではないかと思ったからな」

「俺を信じなおしてはいない、不審に思ったら背中からでも斬るんじゃなかったのか?」

「ああ。だがその斬る相手がいなくなるのも困りものじゃろう?」

 

 本末転倒な言い分にも思えたが、要するに守ってやる、ということのようだ。未だ疑ってはいるようだが、「休戦」という彼の申し出に少しは素直に応じる気になったのかもしれない。

 大人しく言われるとおりに従うか、と彼が思った直後、魔物の3つの口から同時に何かが爆ぜ、ソウヤ達目掛けて降り注いだ。。火球の礫。一発の大きさこそそれほどではないにしろ、それでも優に1メートルはある礫だ。直撃すればどうなるかわからない。

 後方から防御用の弾幕が飛ぶ。果たしていかほどの効果を上げてくれるか疑問だが、無いよりはマシとソウヤは判断し、巨大な盾を展開させたレオの背後で攻撃をやり過ごす。「女性に守られる男」というのもどうも格好がつかないと思ったが、輝力の出力なら間違いなくレオの方が上だ。くだらないプライドをかなぐり捨て、彼は確実な防御を選んだ。直後、辺りに爆発音が広がり、同時に悲鳴も上がる。

 

「リコッタ! 後方の被害状況は!?」

 

 今の程度なら目の前のレオと脇の勇者と姫様には何事も無いだろう、と判断し、ソウヤは振り返ってリコッタへと叫びかけた。守り役を担当していた重装歩兵に目立った被害はないようにも思えるが、今の一撃はここまで高まっていた兵達の士気を奪い去るには十分だったらしい。明らかに戦意を失いつつあるような顔も幾らか見受けられた。

 

「な、なんとか大丈夫であります! 軽微……とはいえないでありますが、深刻ではないであります!」

 

 おそらく相手としては挨拶代わり、ほんのジャブに打ち込んだのが今の一撃だろう。もし本気で攻撃を仕掛けてきたらどうなるか。ますますもって短期決戦しかないとソウヤは判断した。

 

「後方の部隊は全軍後退! こっちの合体紋章砲で一気にケリをつける!」

 

 指示を飛ばしつつ、ソウヤはレオの隣に並ぶ。ダブル魔神旋光破。先ほどと同じ合体紋章砲で隙を作り、過去に魔物を打ち破ったというシンクとミルヒの合体紋章剣に賭ける。

 

「いくぞレオ、いいか?」

「ああ……!」

 

 険しい表情のまま、彼女は展開していた盾を消し、グランヴェールを弓へと形状変化させる。そして先ほど同様互いに輝力を高めていく。

 

「狙いは真ん中の頭だ! その首元におそらく禍太刀があるはず、頼むぞシンク!」

「オッケー!」

 

 次いで彼の視線は傍らのレオの元へ。獲物を睨みつけたままの彼女だったが、視線を感じ取り、その首を動かすことなく頷く。

 

「いくぞ、2発目! ダブル……」

「……魔神旋光破ァ!」

 

 濃紺とエメラルドに輝くそれぞれの輝力の矢。それが放たれた瞬間に交じり合い、鋭い紋章砲となって魔物の3つ首、その真ん中へと迫る。

 

「行け、シンク!」

「オーライ! 姫様!」

「はい!」

 

 その紋章砲の発射と同時、ソウヤは勇者の名を叫ぶ。そしてその彼は姫を、姫は了承の意思を、それぞれ口にした。

 シンクの足元にトルネイダーが展開される。その上に2人が乗り、パラディオンにエクセリード、ビスコッティの対となる宝剣の切っ先が合わされた。眩いばかりの神々しい光を放ちながら、2人を乗せたトルネイダーはまるで弾丸のように魔物目掛けて一直線へと飛び立つ。

 直後、ソウヤとレオの合体紋章砲が魔物の真ん中の頭、その眉間へと直撃した。先ほど距離が近いせいもあるのか、魔物は頭を振りあからさまにダメージを受けた様子を見せた。

 予定通りその隙にシンクとミルヒは一気に魔物に迫った。切っ先を掲げて目標の禍太刀を探す。

 

「あったっ!」

 

 優れた視力を持つシンクが目標を発見する。以前同様、厳重に鎖が巻かれた妖刀・禍太刀。その鎖を打ち断ち、抜きさればいい。

 だがそうは問屋が降ろしてくれなかった。残った2つの首が2人目掛けて紋章砲にも似たブレスを吐き出す。しかし一方の2人もそんなのは関係ないとスピードを緩める気配はない。

 

「一気に突っ切るよ、姫様!」

「はい!」

 

 叫び、2人の輝力が高まる。押し通る。2人の渾身の合体紋章剣ならそれが出来る。互いにそう信じ、対の神剣をそれぞれ振り上げ、紋章剣の名を叫んだ。

 

「「ホーリー……セイバー!!」」

 

 振り下ろされた剣から放たれた一撃が、2本の首から放たれたブレスとぶつかり合う。が、打ち抜ける、と信じていたシンクの期待と裏腹に互いに力は五分と五分。打ち払えない、押し切ることが出来ない。

 

「そんな……!」

「これほどだなんて……!」

 

 相手を見くびっていたつもりは毛頭ない。だがかつてはこれより強力で強大な魔物にさえ通じたはずの合体紋章剣、それがこうも止められてしまったことに、2人は動揺を隠し切れなかった。

 それが重大なミスだった。心の乱れは剣にも表れる。相殺、という形で紋章剣と魔物の攻撃は互いに痛み分けで終わってしまった。討ち取り損じた2人に、怒りに満ちた3つの頭が向けられる。

 

「まずい……!」

 

 咄嗟にソウヤは弓を構えた。アルバレストでは威力が足りない。故に3つを同時に狙う、という選択肢を捨て、彼は狙いを先ほど同様真ん中1つに絞った。そうすれば次弾の援護が隣からも飛ぶはず。最後の1つだけならシンクが踏みとどまってくれるだろう。そう踏んでの瞬時の判断だった。

 

「サイクロン・アロー!」

 

 威力特化で放たれた紋章砲。狙いは違わず真ん中の頭へと横殴りの形で直撃した。その衝撃で魔物が数歩よろめく。だがまだ残された2つの頭が2人を狙っていた。

 

「レオ!」

 

 叫んで隣に目を移し――だが次弾は飛ばないと彼は悟り、心を乱した。彼女は荒く肩で呼吸し、弓を構えていない。底なしの輝力量と呼ばれる彼女がこの程度で輝力切れということはないはずだ。何か予期せぬ事態があった。そしてそれを読み取れなかった、とようやく悟る。

 

「お前……!」

「……すまない、ソウヤ」

 

 ソウヤはその軽薄だった自分を悔いた。そういえば先ほど合体紋章砲を撃つ直前、彼女は険しい表情をしていた。あれは何かを隠そうとしていたのかもしれないと今更気づく。だがもう後の祭りだ。続けての自分の射撃は間に合わない。そしてあれだけの紋章剣を放った直後、いくらシンクとてその紋章剣を相殺したほどの攻撃を1人で防ぎきれるかあやしい。

 

「逃げろ、シンク!」

 

 無理だ、と心でわかっていながら、それでも彼は叫んでいた。だが無情にも残された2つの首は獲物に狙いを定めて口を開く。鋭く残虐な牙が覗くその奥に先ほど同様の赤い塊が生み出されようとし――。

 

 だが、その刹那。

 

「紋章剣! 裂空光牙十文字!」

 

 横から聞こえた声と共に、特大の十文字の紋章剣が魔物の右の頭へと直撃した。そこでわずかに魔物に隙が生まれる。

 

「タレミミ……!?」

 

 そしてレオはその紋章剣を放った者へ目を移し、彼女の愛称を口にしていた。そこに立っていたのは彼女の言葉通りの「タレミミ」、すなわちガレットに保護されたはずのエクレールその人だったのだ。

 

「お前……なぜここに……?」

「話は後です、レオ様。シンク! 早く姫様と共にそこを離れろ!」

 

 だが、まだだ。もう1つの頭が残っている。シンクはバランスを取り直してミルヒを抱きかかえ、賢明にトルネイダーでその場を離脱しようと試みる。しかしタイミング的にうまく逃げ切れるか五分と五分。下手をすれば背後からの攻撃をまともに浴びることになる。逃げを選ぶか、防御を選ぶか。

 

「ガーネットスパーク、最大出力!」

 

 そんな彼の迷いを断ち切ったのはかつて戦の場で聞いたこともある声だった。黄金色の一撃が命中し、さらに魔物の体に無数の砲撃が降り注ぐ。これにはたまらず、魔物は体を振り、あからさまに嫌がった様子を見せた。

 その隙にシンクは一気にその場を離脱した。それから地面に降り立ち、改めて現れた援軍を驚きの視線で見つめる。

 

「クー様!? それにキャラウェイさんにリーシャさん……パスティヤージュの空騎士まで……!」

 

 もうシンクは何がどうなってるのかわからなかった。だがそんな彼にお構いなし、颯爽と登場した空のやんちゃ公女は不敵に笑みをこぼし、声高らかに叫んだ。

 

「待たせたな、ミルヒ姉にレオ姉! さあ……騎兵隊の到着じゃ!」

 




カルネアデスの板……金田一少年にも出て来た有名な話。厳密には「大のために小を切る」ではなく、「自分が助かるために他人を犠牲にする」という話。船が難破し、漂流した男が一片の板切れを見つけてそれにしがみつく。そこにもう1人別の男が板にしがみつこうと近づいてくるが、2人では板が沈んでしまうと判断した男が近づいてきた男を突き飛ばしてしまう。その後救助された男は裁判かけられるが罪には問われなかった、という話。

方程式もの……「冷たい方程式」というSF小説を素とする、類似した題材を描いた小説のこと。冷たい方程式を簡単に説明すると、水、酸素、食料などが人数分ギリギリしか積んでいない宇宙船に密航者がいた。このままでは目的地に到着する前に全員が死んでしまう。その密航者をどうするか、というような話。転じて、本編中では「小を犠牲にすれば大が助かる」という代表的な例えとしてソウヤが語っている。


もっとも、「方程式もの」なんてのはナデシコでしか見たことがないので詳しくわかってなかったりします。しかもあれも結局ご都合でなんとかなっちゃうし。ここに書いたのもネットで得たにわか知識なので……。
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