DOG DAYS DUAL-BRAVER   作:天木武

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Episode 30 目覚めし、眠れる獅子

 

 

 コンフェッティの南側防衛を任されたガレット軍はその持ち前の高い戦闘能力で「魔物」と呼べるかもあやしい、封印洞窟から逃げてきた野生動物の延長とも言うような相手を次々とだまへと変えていっていた。特に目を見張るのが領主でありながら最前線に立つガウル、そして期間限定で再結成している彼の親衛隊ジェノワーズの活躍だった。

 

「ガウ様、前に出すぎ! 今は領主なんだからもう少し控えて! いくら弱い魔物とはいえ、怪我する可能性だってあるんだし、怪我されたら困るんだから!」

「うるせえノワ! だったらちゃんと俺を守れ! 親衛隊だろ? 大体後ろにいるなんて俺の性に合わないんだよ!」

「そんなの知らないよ! 怪我なんてされたら私達の責任になるんだから……少しは自重してよ!」

「あーもううるせえうるせえ! 俺様に文句垂れる前に手を動かしやがれ!」

 

 が、実際はこんな具合に久しぶり、とも言えるガウルとノワールの口喧嘩のついで、とばかりに魔物達は薙ぎ払われているのが現状である。ここまで久しく顔を合わせなかった反動だろうか、2人はずっとこの調子だった。

 

「今の私が動かすのは手より尻尾なの! ……ガウ様危ない!」

 

 その言葉通り、輝力武装のセブンテールの1本を伸ばし、ガウルの側面から飛びかかろうとした猫のような魔物をノワールがだまへと変えた。だまになった、ということは精霊化がある程度進んでいた、それほど害のない魔物だったということになるだろう。

 

「あ、てめえ! 今のは俺様が振り向き様の一撃で決めようと思っていたってのに……!」

「今のはどう見ても危なかったでしょ! 適当な言い訳しないで!」

 

 そんな2人の様子に、やや後方で戦闘しているジョーヌとベールは失笑するより他はなかった。今まで何かと理由をつけて顔を合わせないようにしていたノワールだというのに、そんな必要があったのかと言いたくなる。

 

「あの2人の口喧嘩を見るのも久しぶりやけど……ノワ、これじゃ本当に複雑な心の事情抱えてんのかって疑問に思うほどやな……」

「全くだわ。でも、これまで溜め込んだものが一気に噴出したから、こういうことになってるんだと思うけど……」

「ガウ様もガウ様やで。ノワがぎこちなくしてるのを見て『何やってやがんだ、昔みたいにちゃんと親衛隊やりやがれ。それとも後方部隊にいたせいで実戦経験が鈍ったか?』とか煽るから……。まあおかげで、あんな2人を見られるのはほんましばらくぶりやわ」

 

 本来なら重装戦士であるジョーヌは4人の中で最前に立たなくてはいけないはずであった。だが、今ジョーヌが言ったガウルの挑発でノワールの方にも火がついてしまったらしい。「……いくらガウ様でもそれは聞き捨てならない」と返し、そこから先は口論しつつ「どちらが多く魔物を倒すか」というような競争まがいの様相を醸し出していた。

 そのため、本来ガウルを守るために一時的に再結成されたはずのジェノワーズだと言うのに、実質直接的にそのガウルを守っているのはノワール1人、いや、守ると言うより競っていると言った方が正しいような状況だった。2人が割って入りたくても「邪魔だ」と言わんばかりのその空気。已む無くジョーヌとベールの2人は引いた位置から、前の2人を援護する形となっていた。が、ジョーヌは近接戦闘が主である。つまるところ援護は弓兵であるベールだけの役割となってしまっており、その彼女を守ると言う形をジョーヌは取らざるを得なかった。

 

「ったく、久しぶりのジェノワーズの再結成やってのに、なんかウチだけ貧乏くじ引かされてるみたいやわ」

「ぼやかないぼやかない。私はジョーに守ってもらってるおかげで、安心して2人の援護に専念できるわよ?」

「そ、そうか? なんかベルにそう言われるとまんざらでもない気分になるわ。……しっかし前の2人、本当に喧嘩するほど仲がいいというか……」

「ほんとその通りよね……。ノワも別に気負わず今ぐらいに、普段から会話してればいいのにって思っちゃうわ」

 

 ハァ、とため息をこぼしながらもベールは援護の手を緩めてはいない。今この会話をし終わった直後も、ガウルの右側の死角から彼目掛けて飛びかかろうとするネズミの様な魔物を的確な射撃によって撃ち抜いていた。

 が、良かれと思ってやったこの行為が今は余計なことだったらしい。前方のガウルとノワール、2人が揃ってベールの方を振り返る。

 

「おいベル! 今のは俺の獲物だぞ! 後ろから横取りしてんじゃねえ!」

「違うよ! 私のセブンテールの射程内にいたから私の獲物! ベルが手を出さなかったら私が倒してたの!」

 

 再びため息をこぼしてベールは右手で頭を抱えてしまった。もうどうしろというのだ。いっそ「領主を守る親衛隊」という役割を放棄して、口論しつつ爽快に魔物を薙ぎ払っていく2人の活躍をただ見てるだけの傍観者に回るのも悪くないかとまで思えてしまう。

 

「おうお前ら、ちゃんと殿下をお守りしてるか?」

 

 と、そこで聞こえてきた声に2人は声の主へと視線を移す。巨躯をいかつい鎧に包み、肩に鎖付き鉄球の大斧を担いだ、ゴドウィンの姿がそこにあった。

 

「2人してなぜこんな後方にいる? 殿下をお守りするために、ジェノワーズが再結成されたんじゃなかったのか?」

「それなんですよ、将軍。聞いてくださいよ」

「ガウ様とノワが『どっちが多く魔物倒せるか競争だ』みたいな空気になってもうて……。ウチらが迂闊に援護すると『邪魔するな』とか言われるし、もう前線にも出れないしで困ってたんですわ。おっちゃん何とかしてくれへんか?」

「……殿下がそうおっしゃるならそうするしかなかろうな。お前らも大変だな、久しぶりの再結成だと言うのに……。殿下もその辺り、困ったお人だ。だが、そうやって最前線へと出られる故、我等の人望も厚いというものだろうがな」

 

 ゴドウィンが言っていることはもっともだとベールは思う。確かに先代のレオ然り、前線に出て戦う領主と言うのはそれだけで他の兵達の士気も上がる。だが援護したのに「獲物を横取りするな」と言われてしまってはさすがに先ほどのゴドウィンに全面的には同意しかねるしかないだろう。

 

「それはそうと……。おっちゃんの方はもうええんか?」

「ああ。粗方片付いたようだ。ある程度の隊は残してきたが、俺は殿下が気になったために駆けつけたわけだが……余計な心配だったらしいな」

「そうですね。これならここも大丈夫だと思います。バナード将軍の方に行かれては?」

「そここそ問題なかろう。あそこはお前から()()()()()部隊の遊撃隊がいると聞いたが。エリート部隊がいる以上、俺が出向く必要もないだろうよ」

 

 確かに、とベールは苦笑を浮かべつつ頷く。ソウヤからの書状に従い、ガウルは遊撃隊と諜報部隊をバナードの指揮下に移し、今はその彼が指揮を取っている。この2つはいわばエリート部隊だ、そこにバナードもいるとなれば心配は無用だろう。

 

「俺はこの辺りの掃討役でもやるとしよう。あくまで殿下の邪魔にならん範囲でだが。……しかし、殿下とノワール、随分と楽しそうに見えるな」

 

 彼のその一言に思わずジョーヌもベールも表情を緩めた。やはりこの将軍の目にもそう映ったらしい。

 

「やっぱり将軍にもそう見えます?」

「ああ。……というより、あの2人があんなに話してるのも久しぶりと言えばそうだが」

「おっちゃんは……どう思う? あの2人、お似合いと思わんか?」

「お似合い? ……俺が言うまでもなかろうよ。2人とも幼馴染、殿下曰く腐れ縁。これまで数知れず喧嘩し、それでも互いに肩を並べ合うほどの仲だ。喧嘩するほどなんとやら、それほど仲のいい2人をお似合いと言わず、何と言う?」

 

 再び2人は顔を見合わせて微笑んだ。やはり領主と騎士という垣根を越え、ガウルとノワールはお似合いなのだ。この戦いを機に2人がくっついてくれればと思わずにいられない。

 

「……少々、お喋りが過ぎたかもしれん。ともかく、俺はその辺を警戒してくる。お前らもちゃんと殿下をお守りしろよ」

 

 そう言ってゴドウィンはその場を去っていく。残されたジョーヌとベール、共に援護という名目で前方の2人を再び見つめた。

 

「……やっぱり、この戦いが終わったら、私ノワにもう一歩踏み出すように言ってみようかしら」

「お、ベルも思ったか? 実はウチもや。……やっぱ、ノワにはガウ様が、ガウ様にはノワが必要なんやないかって思う」

 

 ああ、そうだ。それがいい。2人が頷き合う。なら、その願いを遂げるために、まずはこの騒動を静めなくてはならない。

 ジェノワーズの両翼2人はそう心に思いを秘め、自らの任務を全うしようと武器を持つ手に力を込めた。

 

 

 

 

 

「エクレール……それにクー様にパスティヤージュの騎士まで……一体何がどうなって……」

 

 突然の増援に助けられながらも、ミルヒもシンクやレオ同様戸惑っていた。かつては自分を捕らえようと動いていたはずのパスティヤージュだ。なのになぜ今、しかも味方として表れたのだろうか。

 

「おせーぞ、クーベル! 予定はもうちょっと早いはずだろうが!」

「やかましいアンポンタン! こっちにも都合ってものがあったんじゃ!」

「都合だァ!? どうせ大方そこの眉毛を言いくるめるに言いくるめられなくて出撃渋られたんだろ!?」

 

 そのソウヤの一言にクーベルが押し黙り、「眉毛」と呼ばれたリーシャは露骨に顔をしかめた。それに対して彼は小さく舌打ちをこぼす。

 この口調では彼はこの空騎士の援軍を知っていた、ということになる。ガレットばかりでなくパスティヤージュもこの場に呼んでいた。一体こいつは何を考えているのかとレオは改めて頭を悩ませた。

 

「……黙ったって事は図星かよ! もういい、とにかく来てくれたのは助かる。若干手詰まり気味だった。悪いがこっちの体勢を立て直したい。そっちの空騎士に時間を稼いでもらいたいが、頼めるか!?」

 

 だが混乱する彼女はさておき、ソウヤは話を進めた。クーベルに陽動役を頼み込む。

 

「了解じゃ! パスティヤージュ自慢の空騎士による高速機動戦、見せてやる! ……キャラウェイ、リーシャ! 散開して魔物の注意を引くぞ!」

 

 領主からの命令に「了解!」と2人の隊長は叫び、自分の隊へと指示を飛ばす。その隙に空飛ぶ絨毯よろしく、輝力武装のスカイヤーに乗るクーベルは空を飛び回りつつ輝力を高めた。

 

「2発目じゃ! ガーネットスパーク!」

 

 今度は背中に直撃。そしてその一撃で魔物は目標を自分の上を飛び回るうっとおしい存在へと切り替えたらしい。歩みを止め、首を上へともたげる。

 

 そこまで確認してソウヤはずっと気にかけていたレオへと言葉をかけた。

 

「レオ、お前まさかさっき攻撃を防御した時に……」

「……貴様の言うとおり、ワシも随分と耄碌(もうろく)したらしいな。あの程度、なんということはないはずじゃったのに……足に礫の残滓を当ててしまった。深刻ではないが……動き回ることは出来ん。そして先ほどのように集中に乱れが生まれる可能性もある……」

 

 見れば彼女の右足を守っていた脚甲が一部吹き飛び、そこから痛々しい傷の様子が窺えた。本人の弁の通り重傷ではないが、これでは動き回ることは出来ないだろう。怪我をしたということは守護力も弱っていると言うことだ、自然治癒は期待できない。

 

「それでか……。異変を感じ取ってやれなかった、悪かった」

「いや、シンクとミルヒの一撃で決まると思っていた、それ以前にダメージを受けたワシの方に責任はあるじゃろう。

 ……それより貴様、この状況を説明しろ。エクレールにクーベルとパスティヤージュの空騎士と来た。今ワシは何が起こっているかわからん。おそらくシンクにミルヒもそうじゃろう」

 

 名を挙げられた2人も頷く。助かったのは事実だったが、何がどうなっているのか理解の範疇を超えている。

 

「悪いな、詳しくは言えん。だがビスコッティ、ガレット、ドラジェと手玉に取ってる俺だ、パスティヤージュにだって根回しをしている、ぐらいは考えられるだろ? ……ま、今言えるのは俺とクーベル、それからキャラウェイさんもグルだったってことだ。そしてそれが味方として来てくれた、今のところはこれで納得してくれ」

「じゃああの時僕達を追いかけてきたリーシャさんも……」

「いや、眉毛は()()()側だ。……ともかくそのことは魔物を片付けた後でゆっくり話してやる」

 

 混乱はますます深まるばかりだった。ただわかったのは、この男は用意周到に、しかも相当に根回しをし、この一件を早々から練っていた、ということだろう。そこに表れたこの魔物という存在は、彼にとってイレギュラー、排除したい存在ということのようだ。

 

「姫様! ご無事ですか!?」

 

 と、そこに駆け寄ってくる影があった。こちらも本来ここにはいるはずのない存在、エクレールだ。

 

「エクレール! 無事だったんですね! ですが、どうしてここに?」

「それは……」

「さっき同様後にしてくれ。魔物を片付けたら一から納得がいくまでゆっくり話してやる」

 

 ミルヒの質問に答えようとしたエクレールだったが、ソウヤにさえぎられた。「そのまま黙っていろ」と言わんばかりの彼の視線を受け、不機嫌そうに彼女は押し黙る。

 

「……だがお前、なぜここに来た?」

「バナード将軍に直訴した。姫様がこちらで戦われると聞いたからな」

「そこでなんであの人はあっさりオッケー出しちゃうかね。だから詰め誤ったって過去の教訓本当に生かしてんのかよ。……まあいいか。来てくれたのが助かってるのは事実だしな」

 

 ため息と共に意味ありげにソウヤはぼやきをこぼした。それに対してエクレールは特に何も返さずに鼻で笑っただけだった。

 

「ところでエミリオはどうした?」

「置いてきた。というより、あいつが『自分では戦力にならないと思うので』とか言って固辞した。ガレット軍に混じって戦うらしい」

「薄情な嫁さんだ」

 

 やかましいとばかりにエクレールは舌打ちをこぼして睨みつける。「早く話を進めろ」と言いたげな表情だ。

 

「ともかく、作戦会議といこう。いつまでもクーベルに任せてもおけない。……現状を再確認するぞ。こっちはエクレールに加えてクーベルと隊長2人を含む空騎士が来てくれたとはいえ、レオが負傷、シンクと姫様の合体紋章剣も一発目が不発、俺もぼちぼち残り輝力の不安が出てくる頃だ。シンク、姫様、さっきの……ホーリーセイバーか、もう一発撃てるか?」

 

 2人が互いに顔を見合わせる。そしてほぼ同時に頷いた。

 

「大丈夫です」

「いけるよ。でも……さっきの一発目が通じなかった以上、もう一発撃っても同じことじゃ……」

「確かにそうかもな。……そこで俺は原因を2つ考えた。それを解消すれば通じるはずだ。……まず1つ目に考えたのは威力の不足」

「じゃがかつてはこれより強大な魔物に通じた紋章剣じゃぞ? それはないじゃろう」

「だが今通じなかったのは事実だ。そのためにより一層心を通わせる、って方法はどうだろうか。合体紋章術だ、それで威力は高まる。そうじゃないか?」

 

 その通りかもしれない。あの時のシンクはミルヒを助けたい一心で、そして神剣の力も借り、互いに心をひとつにして紋章剣を放った。結果、魔物を打ち払い、禍太刀の呪いから解放している。なら、今心を通い合わせ切れてないということだろうか。

 

「……つーわけでお前ら2人、ここでキスでもしろ」

「は……?」

「え……?」

 

 あまりに唐突で全く予想も出来ない発言だった。一瞬固まった後、2人揃って顔を赤らめて明らかに取り乱す。

 

「ソ、ソウヤ! 何を言い出すの!」

「キ、キスだなんて……!」

「貴様! ひ、姫様になんて破廉恥なことを!」

「あーもうやかましいな。嘘に決まってんだろ、冗談の通じねえ連中だ」

 

 当人2人に加えてエクレールまで辛辣な突っ込みを入れられ、ポリポリと後頭部を掻きつつソウヤはぼやいた。

 

「大体そういう場面で愛し合う男女がキスしてパワーアップとか事態を解決するなんてのはお約束だろうが」

「どこの約束さ、それ!?」

「俺のいた世界の小説やら漫画やらだよ。ベッキー辺りから借りて読んだことねえのかよ」

「楽しそうに話しているところ悪いが、無駄話をしてる話があるのか、貴様?」

 

 そこでレオが話に水を差した。もともと「時間がない」と言っていたのはソウヤだ。ならこれは無駄な話、さっさと切り上げるべきと判断したからだった。

 

「……異論なしだ。話進めるか。俺が考えた原因の2つ目、それは状況が適切ではなかった、ということ」

「状況……?」

「思い出せ、シンク。あの時首の1つは俺とレオで止めた。だが残る2つ、それがお前たちに牙を剥いた。結果、紋章剣は相殺されている」

「では全てに反撃、あるいは防御の余地を与えないようにし、その上で再び合体紋章剣を放ってもらう、そういうことか?」

「さすがレオ。飲み込みが早いな。つまり、威力を底上げせずとも、然るべき状況を作り出せば相手に十分通用する。そしてこの事態は解決できる。俺はそう考えている。……だから気張る必要はない、シンク。お前は姫様を、姫様はシンクを信じ、さっきと同じ一撃を打ち込めばいい。その舞台は、俺が整えてやる」

 

 ここまで話を聞いてレオはようやく気づいた。先ほどのソウヤの話は無駄話などではない。一見すれば2人を茶化しただけのように思えたが、「合体紋章剣が通用しなかった」という不安を2人から拭い去らせるために、わざわざおどけてあんなことを言ってみせたのではないか。

 事実、シンクもミルヒも先ほどまでよりも少し表情が明るくなったようにレオには見えた。今2人は「自分達が決めなければならない」という決意を新たに抱いていることだろう。再びそう思わせるだけの心を呼び起こさせた、戦意を高揚させてみせた。

 まさしくソウヤ・ガレット・デ・ロワその人ではないかとレオは改めて思っていた。この騒動を招いた張本人という疑いは晴れないはずなのに、魔物との戦いが始まってからの言葉には力があった。彼は狂ってなどいない。何かに操られてもいない。彼は彼自身の意思で立ち、魔物が登場する前の事態を招き入れた、そんな風に彼女は思い始めていた。

 なら、何か考えがあってのはずだ。操られていないというのであれば彼を、自分が愛したソウヤを信じてみたい。そして一体何を望んだのか、事の顛末を見届けたい。そのためにも、この戦いに勝つためにも自分は彼の傍らに立ちたい。レオの心にあった気持ちはそれだった。

 

 だが、そんなレオの心と裏腹、ソウヤは彼女が考えてもいない一言を告げる。

 

「囮役は俺とエクレールでやる。シンクと姫様はそこいらの高台にでも身を隠して、攻撃のチャンスを待ってほしい。……そしてレオ、お前は野営地に引き返せ」

「なっ……!」

 

 後退。ソウヤはそう告げたのだ。

 

「ふざけるな! 後退じゃと!? ミルヒもお前もまだ戦うというのに、ワシだけのうのうと後方の安全な場所に戻れというのか!?」

「その足の怪我じゃ囮役は無理だ。かといって砲台役としてもお前単体の紋章砲となる。それだけでも十分な威力なのは百も承知だが、狙われたとしたら今のお前じゃ回避も防御もしきれない懸念がある。だから下がれ」

「出来るか! この程度、なんということは……」

「レオ」

 

 言葉を遮り、ソウヤは彼女の名を呼んだ。珍しく、真っ直ぐな瞳で見つめる。それ故、彼女は視線を逸らせなかった。

 

「お前に何かあったら、レグが悲しむ。勿論俺だって悲しむ。今お前は怪我をしている。そこをおして戦って、もしもなんてことがあった場合、俺は自分で自分を呪っても呪い切れない。レグに合わせる顔がない。だから……引き返して怪我の治療に専念してくれ」

 

 まごうことなき、ソウヤの言葉だった。彼女が愛した夫の言葉だった。今の言葉で彼女は確信する。ソウヤは、間違いなくソウヤなのだと。

 そう思えたら、これまでの奇妙な行動やら狂気に満ちた笑みやら、そんなものはもう関係なかった。「自分の腕でレグルスを抱く」、ミルヒの逃避行に参加してから片時も忘れたことのないソウヤとの約束。それを確かに果たす。そのために自分は五体満足で帰る。そして、それはソウヤも同じだ。

 

「以上だ。シンクと姫様は行ってくれ。チャンスと見たら仕掛けろ。3つ首とも、なんとか俺達で抑えてやる」

「わかった……。任せるよ。でも、無理はしないでね!」

 

 シンクはトルネイダーを展開した。ミルヒと共に、あまり距離が開きすぎず、かつ見晴らしのよさそうな高台を探して飛び立つ。

 

「エクレールは俺と囮だ。大型紋章術は取っておけ。2人の突撃にあわせる必要がある」

「わかってる。安心しろ、実剣と輝力武装分の2発叩き込んでやる。貴様の頼りない紋章砲と合わせれば、それなりになるだろうよ」

「言ってくれるじゃねえか。大口叩いただけの活躍はしてみせろよ?」

 

 フン、と鼻で笑い、エクレールは飛び出した。それを確認してソウヤは顔だけをレオのほうへと向けた。

 

「さっき言ったとおりお前は下がれ、いいな。……俺は必ず帰ってやる。約束は守る。だから心配せずに怪我を治してろ」

 

 言い残し、ソウヤは離れていく。その背中を見つめ、レオは決心した。

 帰るのは2人一緒だ。どちらも欠けてはならない。なら、自分1人だけ安全な場所にいるなど到底出来ない。この手で、自らの手でソウヤを守り、決着をつける。

 立ち上がり、痛む足を引き摺りながらレオは懸命にソウヤを追いかけ――そして、背後から彼へと抱きついた。

 

「……何の真似だ?」

「貴様1人を……死地に行かせはせん」

「死ぬ気など毛頭ねえよ」

「なら……ワシと一緒にいろ」

「出来ねえな。俺は囮役をやる。引くわけにはいかない」

「逆じゃ。ワシも共に戦う、と言うておる」

 

 ソウヤは眉をしかめた。

 

「ダメだ。危険だ」

「ソウヤ……。お前が何を考えてこれまでのことをしてきたか、ワシにはわからん。じゃが、ワシはお前を信じる……! じゃから、お前もワシを信じろ!」

「信じろっつったって……」

 

 言いかけたソウヤの言葉を遮るように、レオは彼の右手を掴んだ。そしてその中指に、本来彼女の人差し指に収まっているべきはずの指輪を通す。

 

「グランヴェール……!? お前、何を考えて……」

「ワシの残りの全輝力と……グランヴェールをお前に預けてやる。囮などと生ぬるいことを言うな。以前貴様は言ったはずじゃ。ワシは弓で、貴様は矢なのであろう? なら、囮だからと逃げ回って気を引く必要などない。相手を撃つことで隙を作り出せばいい。そうじゃろう?」

 

 言葉を失った様子で、ソウヤは呆然とレオを見つめていた。一度、少し前に本気で斬りかかり、ここまで疑惑の目を向け続けて来た彼女が、恥も外聞も捨てて共闘を申し出てきた。さしものソウヤも、これは予想外だったらしい。

 

「『百獣王の騎士』と『蒼穹の獅子』の真の力、見せてやろうぞ……! そして胸を張ってレグの元へ帰る。……ワシと共に戦ってくれ、ソウヤ!」

 

 ここまで言われてなお断れるほど、彼は神経が太く出来ていなかった。同時に、感情を表に出さないはずの彼が、珍しく口元を大きく緩めた。そして、声高らかに笑った。

 その笑いは、彼女が星詠みで、さらにはつい数刻前に見た狂気染みたものは微塵も含まれていなかった。本心からの笑い。付け加えるなら、何かを確信したような、会心の笑い――。

 

「……言ってくれるじゃねえか! 生憎俺はここまで言われてもなおお前の意見を却下するほど人間できちゃいねえようだ。おもしれえ、ああ、実におもしれえ! 俺がかつて小説で読んで夢見た、燃える展開そのままじゃねえか! よし、やってやる! グランヴェールとお前の残りの輝力、俺が預かってやる! 特大の、最高の一撃をお見舞いしてやるよ!」

 

 ソウヤにしては本当に珍しい、これまでにないほど感情を露にした言葉だった。不敵、いや、どちらかといえばこの状況を楽しんでさえいるような表情のまま、彼はエクレールに向けて口を開く。

 

「エクレール! お前の2発の紋章剣、別々の頭を狙え!」

「それは構わないが……残り1つはお前がやるのか?」

「いや、クーベルと空騎士にやらせる。タイミングは向こうの攻撃後に合わせろ」

「じゃあお前はどこを狙うんだ?」

 

 ソウヤは肩を揺らす。笑いを噛み殺しているらしい。

 

「決まってんだろ。全部(・・)だ。お前らの攻撃後、3つ全部、俺とレオの紋章砲をぶち当ててやる!」

 

 思わず、エクレールの背に冷たいものが駆け下りた。悪寒ともまた違う、戦慄したとでも言うべきか。あの皮肉屋で卑屈なソウヤがここまで自信たっぷりに、何かが吹っ切れたようにはっきりと言い切ったことなど今まであっただろうか。

 同時に彼女は直感的にわかった。彼は間違いなくやる。今まで彼に対して見下したような態度を取ってきたのがほとんどだったが、心の奥底、その実彼女は彼を認めてもいた。隣国の元勇者で「蒼穹の獅子」の異名を持ち、弓と紋章術の取り扱いに関して並ぶ者はそうそういないとまで言われるこの男。だがその態度とお世辞にも強力とは言えない紋章術の出力、さらには姑息な戦い方ゆえ、評価をしかねていた彼女だったが、今この場においての彼は間違いなく本物、「勇者」「英雄」「猛将」……。どのような呼び方でさえ当てはまるような気さえしていた。

 

 そう。蒼穹の、眠れる獅子が、ついに目を覚ましたのだ。

 

「クーベル! 30秒後に左の頭に集中砲火だ! 出来るか!?」

「了解じゃ! やってやろう!」

 

 うっとおしいハエを払うかのごとく出される魔物の火球の礫をかわしつつ、クーベルはソウヤに返した。勝負どころ、クーベルもそのことは重々承知なのだろう。伝令はすぐ隊全てへと伝わった。

 

「聞こえたな、エクレール! 30秒後だ、真ん中と右を狙え!」

「ああ!」

 

 エクレールから輝力を高める様子が窺える。まだまだ十分力を残しているらしく、力強い気配を感じる。

 負けじと、ソウヤも弓をこれまでのエクスマキナだけの状態からグランヴェールも取り入れた状態へと変化させた。元々の紺に加え、より深い色合いの青と、攻撃的なフォルムが追加された弓へと形が変わっていく。

 その弓を握る彼の左手に、レオも左手を添えた。次に右手の上にも同様に右手を添える。そしてありったけの輝力がソウヤへと流れ込んでいく。

 

「うおっ……!」

 

 反射的に、ソウヤはそう声を上げた。どこが残り少ないか。十分自分のベスト時の全輝力量を超える量だとさえ思える。気を緩めたら許容量を超えた輝力に体が飲み込まれるような、そんな錯覚を抑えて彼は必死に自身に流れ込んでくる輝力をコントロールする。

 

「さすが底無し輝力。今の段階でさえ俺の全容量超えてんじゃねえか……?」

「扱い切るんだろう? 貴様は輝力の扱いにおいて右に出るものはいないと言われるまでのテクニシャン、ワシが預ける輝力も綺麗に捌いて見せろよ?」

 

 挑発的なレオの言葉に、だが彼も今日ばかりは自信に満ちた笑みで返していた。

 

「ああ、やってやるよ。俺とお前の魂をかけた一撃、失敗してなるものかよ!」

 

 ソウヤの右の人差し指から小指までのそれぞれの指の間に輝力による矢が1本ずつ、合計3本生まれた。指の間を引き裂いてしまうような、巨大で、美しく蒼に輝く輝力の矢。

 

「そろそろか?」

「ああ……!」

 

 ソウヤは背後に眩くガレット紋章を輝かせた。一角を持つ2頭の獅子を形どった、勇猛で雄々しいその紋章。それは、これまでのどの時よりも明るく輝いていた。

 

 これまで回避、あるいは防御に専念していたクーベル達の一斉砲撃が始まる。ラストステージ、戦いの最後の幕が切って落とされる瞬間だ。

 

「ガーネットスパーク、最大出力!」

 

 その声と共にクーベルが放った黄金の一撃を筆頭に、空騎士たちの晶術弾が一斉に魔物の左頭に集中した。たまらず、残り2つの頭が空騎士を薙ぎ払おうと狙いを定める。

 

「紋章剣! 裂空十文字!」

 

 それを阻止するべく、エクレールの紋章剣がまず真ん中の頭を捕らえた。続けて彼女は輝力武装「光輪剣・双牙」の剣も十字状に振るう。

 

「裂空光牙十文字!」

 

 今度は右の頭へ。3つ全ての頭に紋章術を浴び、さしもの魔物も怒り狂ったように、最後に攻撃したエクレールの方へ狙いを変えてきた。

 だがこれはソウヤにとって逆に好都合。おあつらえ向きに目標を差し出してきた相手にソウヤは最大級の皮肉を込めた笑みを送り、弦を極限まで引き絞る。

 

「いくぞ、ソウヤ……。ワシ達の約束を守る……未来のために!」

「ああ!」

 

 瞬間、風が吹き抜けた。凄まじい量の輝力の放射であることを物語る衝撃波。その気配に魔物もようやくその存在、そしてもっとも早くに狙うべきだった存在に気づいたらしく、視線を2人へと向け、口を開けた。

 しかしもう遅い。グランヴェールとエクスマキナ、レオとソウヤ、2人の神剣に輝力と思いを乗せた、放たれるは究極の合体紋章砲――。

 

「「イクリプス……アロー!」」

 




イクリプス……日食や月食を意味する語。「ホーリーセイバー」と対をなす技名にしようとした際、負の意味を持つ単語を使いたかったが、「ダークネス」や「イビル」はちょっと負の印象が強すぎた気がしたので「イクリプスアロー」で落ち着くことに。


エクレ「エミリオは置いてきた。はっきり言ってこの闘いにはついていけない」
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