DOG DAYS DUAL-BRAVER   作:天木武

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Episode 6 会食

 

 

 会談を終えたミルヒとレオが応接間から出てくる。ゆっくり話すのは久しぶりだったというのもあるのだろう、2人とも表情は明るかった。

 

「予定より少し早く終わりましたね」

「元々形式上の会談じゃったしの。……お陰で後半はミルヒの惚気話になってしまったわ」

「あ、あれはレオ様が根掘り葉掘り聞いてくるから、仕方なく……」

 

 困った様子のミルヒを見てレオが笑った。

 

「もうレオ様……笑わないでください……」

「……会談はそのような愉快な内容だったのですか?」

 

 2人が応接間から出てきたのを確認して近づいてきたアメリタが思わず怪訝な表情を浮かべる。

 

「え、い、いえ。ただ最後の方はちょっと関係のない話になってしまって……」

「関係なくはないじゃろ。今日の会談は『勇者について』じゃったからのう」

「もう! レオ様!」

 

 再びレオが笑う。

 

「……その勇者様ですが、あ、ガレットの勇者様です。先ほど騎士エクレールとジョーヌ様と一緒に戻られましたので、食堂にお通しております。こちらの勇者様はもう間もなく到着されるかと」

「そうですか。では私達も食堂に向かいましょう。いいですかレオ様?」

「……いつまでもタレミミとジョーヌにあいつを任せておくのも悪いしの。行くとしよう」

 

 レオの言葉がどこか引っかかる部分はあったが、ミルヒは特にそれについて聞こうとはせず、自分達を案内するアメリタに続く。

 食堂のドアを開けると窓から外を眺めるソウヤ、その様子を横目に眺めながら腕を組んで柱に寄りかかるエクレール、疲れた様子で壁際で中腰になっているジョーヌの3人が目に入った。自分の主が登場したのを確認すると、すぐにエクレールは姿勢を正す。

 

「姫様、ガレットの勇者の城下町案内を終えました」

「ご苦労様でした、エクレール。勇者様、フィリアンノの城下町はいかがでしたか?」

 

 ミルヒの声にソウヤがゆっくりと振り返った。

 

「いい街でしたよ。活気があって行きかう人々が皆生き生きとしてる。さすがやり手の姫様のお膝元だ」

「いえ、私はまだまだ未熟ですし……」

「丁寧に案内してくれたそちらの親衛隊長殿にも感謝してます」

 

 一瞬エクレールが横目にソウヤを睨みつける。

 

「何が丁寧に案内や……」

 

 次いで誰にも聞こえないようにボソッとジョーヌが呟いた。

 

「ジョーヌもご苦労だったな」

 

 自分にかけられた労いの言葉に、ジョーヌは視線を声の主に向ける。

 

「もう大変でしたよ……。この役割は金輪際遠慮したいですわ」

「まあそう言うな」

 

 ポンポンとレオに肩を叩かれたジョーヌだったが、答える代わりにため息を返した。

 

「姫様、レオ様。今勇者様やダルキアン卿方が到着されました。もう間もなく会食を始められそうです」

「わかりました。ご苦労様ですアメリタ」

 

 アメリタが一礼して入り口から姿を消す。少し間を置いて一団の足音が部屋へと入ってきた。

 

「姫様、勇者様到着であります!」

「遅くなってしまって申し訳ないでござる、姫様」

「いえ、私の会談も先ほど終わったところですし。勇者様……えっと、ガレットの勇者様、先ほど紹介できなかった隠密部隊のダルキアン卿とパネトーネ筆頭です。もう戦場で会っているのでご存知かと思いますが」

 

 ブリオッシュが数歩前に進み、不機嫌そうにユキカゼがそれに続く。

 

「隠密部隊頭領、ブリオッシュ・ダルキアンでござる。改めてよろしくでござる、勇者殿」

「昨日はどうも。……言われたことは忘れてませんから、心配しなくてもいいですよ」

「そうでござるか。それはありがたいでござるな」

 

 あてつけ気味の付け加えられた一言を特に気にするでもなく、ブリオッシュはそう短く答える。次いで後ろのユキカゼに挨拶を促した。

 

「……ユキカゼ・パネトーネでござる」

「機嫌が悪そうだな、巨乳ちゃん」

「次にその呼び方をしたら怒るでござるよ」

「そりゃ失礼。……なんでも俺と似た戦い方をすると聞いたんだが」

「答える必要はないでござる」

 

 プイっと後ろを振り向いてユキカゼが離れていく。「こら、ユキカゼ」とブリオッシュが声をかけるが歩みを止める気はないらしい。

 

「やれやれ、嫌われたな」

 

 ソウヤが肩をすくめた。

 

「最後になりましたが、我がビスコッティの勇者様、シンクです」

 

 金色の髪にどこかあどけなさの残る凛々しい表情。ビスコッティの勇者、シンクがソウヤの前に出る。

 

「初めまして、シンク・イズミです。よろしくお願いします」

 

 シンクが右手を差し出す。ソウヤはその右手を握り返すと、

 

「……ソウヤ・ハヤマだ」

 

 そう短く答え、すぐに手を離してしまった。

 

「ソウヤさん、昨日のダルキアン卿との戦い、放送で見させてもらいました。すごい戦いで興奮しましたよ!」

 

 嬉しそうに話すシンクに対し、ソウヤは何も返さない。いや、それどころかシンクの目を見ようともしていなかった。

 

「えっと……住んでるところはどこですか? 僕は紀乃川って言う……」

「シンク・イズミ」

「は、はい……?」

 

 不意にフルネームを呼ばれ、シンクは驚いたように肩を震わせた。ソウヤはこれまで逸らして視線をシンクの方へと戻す。

 

「悪いな、馴れ合う気はない」

「えっ……? それってどういう……」

「2人とも挨拶はそのぐらいでいいじゃろう。せっかくの会食じゃ、続きはそこでということで、ミルヒ、いいかの?」

「あ……はい、そうですね。もう料理も出来てるでしょうし。……では皆さん、会食を始めようと思いますので、お席のほうにお願いします」

 

 ミルヒのその言葉に場の全員が席へと向かう。それに倣ってソウヤも向かおうとしたとき、レオに腕を捕まれ引き寄せられた。

 

「……勇者、ミルヒの前であまりワシに恥をかかせんでくれ」

「……努力しますよ。でも俺としてはあまりシンクと馴れ合うことはしたくないですが」

「なぜじゃ?」

「戦場で会ったときに情を挟めば手が鈍る可能性がある。互いに命がかかってる状況ならなおさら、その躊躇は致命的なものになる。それは避けたいですから」

「ワシらは殺し合いをするわけではない。あくまで戦じゃ。互いの国の親睦を深めるという意味でも……」

「だとしても、昨日も言いましたよね。どの道10日もすれば自分は帰る存在だと。それに俺は人と深く付き合わないとも。だから……」

「……わかった、もういい。じゃがここに来る途中に言ったと思うが、これは外交の1つとも言える。こちらにとって不利益を生む発言は控えてもらうと助かる」

 

 一応要求の体裁は取っている形ではあったが、ソウヤは言葉の端々からレオに半ば強制されていることを感じ取った。

 

「……努力します」

 

 先ほどと同じ言葉を口にする。レオは少し不満そうに一つ息を吐いたが、掴んでいたソウヤの腕を離した。そしてそのままテーブルへ。長机の中央に座るミルヒの向かいの席へとレオが腰を下ろす。

 

「勇者様はレオ様の右隣へどうぞ」

 

 いつの間に背後に近寄ってきていたのか、耳打ちをしてきたのはビオレだった。それを言い終えると端の席へと離れていく。

 ソウヤがレオの右隣の席に座ろうとすると、フィリアンノ城のメイドの1人が椅子を引いて座らせてくれる。慣れないことに一瞬躊躇したが、椅子に座り顔を上げると、向かいではシンクが座ろうとしているところだった。

 

「こういう経験はないのか?」

 

 戸惑ったことに気づいたのだろう、レオが小声で話しかけてくる。

 

「俺は庶民ですからね。こんな改まった席ってのはないですよ」

「そうか。お前にも苦手なものがあったとはな」

「さっきの仕返しですか?」

「さあ? さっきのとはなんじゃったかの」

 

 思わずレオの表情が意地悪く変わる。だがソウヤは特に気にした様子もなく、汚れ一つない机のテーブルクロスを見つめていた。

 全員が席に着くとドアが開き、フィリアンノ城のメイド隊が料理を載せたカートを押してくる。そのメイド隊の長、細目が特徴的なリゼル・コンキリエが一歩前に出て頭を1つ下げた。

 

「お待たせいたしました。ビスコッティの名産をふんだんに使用した料理をご用意させていただきました。ごゆっくりお楽しみください」

 

 メイド達が料理を各人の前に持ってくる。皿に盛り付けられたのは色とりどりの野菜の数々。

 次いで、グラスに色鮮やかな液体が注がれていく。

 全員の前に最初の料理が出揃うとミルヒがグラスを持って立ち上がった。

 

「ではこれより会食を始めたいと思います。……一応公式な会ではありますが、あまり硬くなりすぎずにお話できたらと思います。……それでは、昨日のガレットの勝利とビスコッティの健闘を称え、また、両国のこれからの友好関係を祈って、乾杯」

 

 ミルヒがグラスを前に差し出す。他の全員も同様にグラスを前に差し出し、ソウヤもそれを見て真似た。続けてグラスの液体を口に運ぶ様子を確認し、同じ様にグラスを口元に近づけたところでソウヤは顔をしかめた。

 

「……レオ様、これ酒じゃないですか?」

「何を言っておる。会食の席じゃ、当然じゃろう」

「勇者様、もしかしてお口に合いませんでしたか?」

 

 腰を下ろし、グラスの中身を半分ほど飲み終えたミルヒが尋ねる。

 

「いや、口に合わないというより……」

「姫様、僕達のいた世界、というか国では未成年者は飲酒禁止で、20歳にならないとお酒は飲んじゃダメということになっていて……」

 

 ソウヤがこれから言おうとする言葉を汲む形でシンクが答えた。

 

「そ、そうだったんですか!? すみません、いつもはお茶だったので気づかずに……」

「なんじゃ、めんどくさい決まりがあるんじゃな。ここではそんなものはないというのに。それにしてもこんなうまいものを飲めんとは勿体ないのう、なあダルキアン?」

「そうでござるな。拙者が普段飲む酒とは違うものの、これはこれで美味でござる」

「レオ様もブリオッシュもお酒が好きですからね。……勇者様、他のお飲み物を用意しましょうか? 果実ジュースなどありますが……」

「あ、じゃあ姫様、僕はそれをお願いします」

 

 ミルヒとしてはソウヤの方を見ながら尋ねたのだが、勇者という単語に反応したのだろう、横からシンクがそう答えた。

 

「勇者、お前はどうする?」

 

 前菜のサラダを半分ほど食べ終えた――というより、我慢して食べた、という印象の方が強かったが――レオがソウヤに尋ねる。

 

「……水をいただけますか?」

「はい、かしこまりました」

 

 ミルヒが隅で待機していたリゼルに視線を送る。メイド長が1つ頷くと、メイド隊の2人がドアから出て行った。

 

「姫様、『勇者』と呼ぶ存在が2人いてはどちらがどちらかわからなくなるでしょう。『硬くなりすぎずに』ともおっしゃりましたし、そちらの勇者を呼ぶときは普段通りに呼んではいかがですか?」

 

 意外なことにそう提案したのはここまで口数少ないソウヤだった。それに対してミルヒとレオが驚いたように顔を見合わせる。ソウヤが話した、ということもあるのだろうが、それ以上に「勇者」以外に普段の呼び方をしている、ということを知っているからだった。そのことはソウヤは知らないはずである。

 

「な、なぜそのことを……」

「お前が知っておるんじゃ……?」

「さっき城の前で紹介があったとき、名前で呼ぼうとして訂正したと思ったからです。以前1度召喚したとも聞きましたし、仲がよければ名前で呼ぶぐらいはあることでしょう」

 

 ミルヒがどうしようか迷ったようにテーブルに目を落とす。その間に次の料理である白い色をしたスープが運ばれてくる。冷静スープらしい。

 次いで、先ほど部屋を出て行ったメイド達がオレンジ色と透明な液体の入ったグラスを持って入ってくる。前者をシンクに、後者をソウヤの前に置くと、早速ソウヤはその水を口に運んだ。

 

「よいではないか、ミルヒ。紛らわしいのもなんじゃし」

「……ではそうさせていただきます。ガレットの勇者様のことはソウヤ様とお呼びしてもよろしいでしょうか?」

 

 飲んだ水のグラスを戻すソウヤの手が一瞬止まる。

 

「『様』、ねえ……。それもなんだかこそばゆい気がしますが……。まあ勇者とか言われるよりはしっくり来るか。構いませんよ、好きに呼んでください」

「では拙者達もシンク殿、ソウヤ殿と名前で呼んだほうがよさそうでござるの」

「だ、そうじゃ。……よかったの、タレミミ」

「な!? な、なぜそこで私が出てくるのですかレオ様!」

「さてな。自分で考えればよかろう」

 

 レオが声を上げて笑う。

 

「えっと……エクレ、これって笑うところなの?」

「や、やかましい!」

 

 エクレールが顔を真っ赤にしながらシンクの頭をグーで叩く。その光景に思わず周りから笑いがこぼれた。

 

「い、痛いよエクレ! なんで僕が殴られなくちゃならないの……」

「黙れ! アホ勇者が!」

「これこれ、『勇者』ではなく『シンク』じゃろ、タレミミ」

「レオ様もからかうのはやめてください!」

「ま、まあまあレオ様もエクレールもその辺で……」

 

 思わずミルヒが2人をなだめたところで3品目の料理が運ばれてくる。

 肉料理、おそらくメインだろう。茶に焼けた表面の色と対照的にやや厚く切られた肉の内部にはまだ赤みが残っており、周りに添えられたソースが香ばしい香りを漂わせている。

 その料理を目にすると同時にレオの目の色が変わった。

 

「ミ、ミルヒ……もしやこれは……」

「はい。フォンセのロースト、ランシッドソース添えです。レオ様はこれがお好きでしたよね?」

「そうじゃ! よく覚えていてくれた……」

 

 レオにしては珍しく興奮気味に、そして目を輝かせて、運ばれてきた目の前の料理をナイフで一口大に切って口へと運ぶ。

 

「ああ……この噛み締めるほどに味の溢れ出すフォンセの旨みと、芳醇な香りのランシッドのソースが格別じゃ……。ほれソウヤ、お前も食べてみろ」

 

 初めてレオに名前で呼ばれたことに、ソウヤのナイフを持つ手が一瞬止まる。が、その後は気にかけていない様子で肉を切り分けて口に入れた。

 そのまましばらく噛んで味を確かめた後に飲み込む。

 うまい。まず真っ先に彼が感じた感想がそれだった。肉などせいぜい牛丼屋で食べる程度、質がどうのとかサシがどうのとかそういう難しいことはわからないが、とにかくこの肉が格別だということだけは味に疎いソウヤでもわかる。確かに今レオが言ったとおり噛み締めるほどに肉汁と共に旨みが溢れ出し、ソースと見事にマッチしている。日本で食べるとしたらお値段は間違いなく4桁の後半、ここまでのコース料理とあわせれば5桁まで届くのは確実であろうというクオリティである。

 

「あの……お口に合いませんでしたか?」

 

 だがそういったことを全く言葉に出さず、無言で食べたせいでどうやら余計な心配をかけてしまったらしい。ミルヒは心配そうにソウヤの方を見つめて尋ねる。

 

「いえ、おいしいですよ。……よく考えたらこんなうまいものを食べたのは久しぶりだったってことを思い出しただけです」

「普段は何を召し上がっておられるのですか?」

 

 ソウヤが二口目を飲み込んで口を開く。

 

「朝と昼は適当に、ブロックの栄養バーかゼリー飲料。夜はスーパーの半額弁当か惣菜辺りです」

「え? えいようば……え?」

 

 単語の意味がわからなかったらしくミルヒが固まってしまった。しかもソウヤは説明する気もないらしく、黙々と食べることに集中している。苦笑を浮かべ、シンクが補足を始めた。

 

「えっとですね、姫様……栄養バーって言うのは僕の世界にある食べ物で……このぐらいのサイズのお菓子みたいなものなんですが、それで食事を取ったと同じぐらいの効果を得られるって食べ物です」

「シンクの世界ではそんな食べ物があるんですか!?」

「はい。急いでるときとかは僕もお世話になりますね。あとゼリー飲料って言うのはそれの飲み物版みたいなものです」

「面白そうであります。それは美味しいんでありますか?」

「いや、味の方はあんまり……。あとスーパーっていうのは僕の世界のお店のことです。そこではお弁当やおかずとかを前もって作り置きしていて、作ってから時間が経つと悪くなっちゃうんで、その前に値段を下げて買っていってもらおうという売り方があるんです」

「へー。やっぱお前の世界って色々面白いんだな、シンク」

 

 ガウルが早くも料理のほうを平らげてそう言った。

 

「そうかな……僕はこれが普通だと思ってたけど……。でもソウヤさん、そんな食事で大丈夫なんですか?」

「……1人暮らしの食事などそんなもんだろう」

「お一人で生活されてるんですか?ご両親とかは……」

 

 ミルヒのその質問にそれまで料理を食べることに集中していたレオが手を止める。つい食事に夢中になって水を差し損ねてしまった。面倒なことを言い出すのではないかと不安げな表情を浮かべる。

 

「……もういませんよ。6年前に死にました」

「あっ……。……失礼しました、私……」

「いえ、気にしないでください」

「亡くなったって……両親とも?」

 

 シンクの問いかけに苛立ちを隠す様子もなく、ソウヤは声の主を睨み返した。

 その目の鋭さ、そして瞳の色に思わずシンクがうろたえる。明確な怒り、あるいは敵意が込められた視線だった。だがそれと同時に、どこか寂しいような、悲しいような、そんな色も含まれているとシンクは感じ取っていた。

 

 ソウヤは何も返さず、ただ深くため息をこぼした。そしてそのまま椅子を引き立ち上がる。

 

「おいソウヤ!?」

 

 突然席を立った勇者に召喚主のレオが不安そうな声をかけた。だがソウヤはそのレオの方を見ようともせず、吐き捨てるように口を開く。

 

「……外の空気を吸ってきます。俺に気にせず続けてください」

 

 その背中は、何人(なんぴと)も自分に構うな、という強い拒絶を表しているようだった。そんな雰囲気に気圧されし、レオが声をかけるタイミングを失う。

 そうこうしているうちにソウヤは戸惑うメイド達の横をすり抜けて部屋を出て行ってしまった。部屋には気まずい空気が残される。

 

「えっと……もしかして今のは僕のせい……?」

「いや、気にすることはないでござるよ」

 

 ブリオッシュが立ち上がりつつ、シンクに配慮の言葉をかける。

 

「彼はなかなか気難しい性格のようである故、まっすぐなシンク殿とはかみ合わないのかもしれないでござるな」

「あ、敬称省略の呼び捨てでいいですよ。……でも、悪いことを言っちゃったなら、謝りに行きたいけど……」

「いや、お前は行くな。あいつを刺激しかねない。……代わりに私が行って来る」

 

 言うなりエクレールも立ち上がった。

 

「ユキカゼ、お主も来るでござるよ」

「……お館様がそうおっしゃるのでしたら」

 

 主に促され、ユキカゼも立ち上がる。その様子に思わずレオも立ち上がった。

 

「待て、これはガレットの問題じゃ。お前たちより先にワシが……」

「レオ様、ここは拙者達に任せては下さらんか? 拙者は彼と一度剣を交えたことがあることに加え、おそらくガレットに戻ってからは話す機会もないと思われる故、頼むでござる」

 

 しばらく考え込み、レオはため息をこぼした。

 

「……わかった。頼むぞ、ダルキアン」

「御意に」

 

 ブリオッシュ、エクレール、ユキカゼが部屋を後にする。それを見送ったレオは重々しく腰を下ろした。

 

「よかったのか、姉上?」

「いいも悪いもないじゃろ。あのように言われては任せるしかないわ。恥ずかしい話じゃがワシはあいつを知らなさ過ぎる……。慌てて今話すよりももっとゆっくりと話さなくてはならないじゃろうからな」

 

 それに、とレオは思う。自分よりもはるかに長く生きているビスコッティの自由騎士なら、こういう場合の説得においても自分のように感情的にならず、きっと的確な助言をしてくれることだろう。

 結局他国の騎士に任せてしまったことを少し情けなく思いつつ、その気持ちを振り払うようにレオはグラスの中の液体を一口呷った。

 

 

 

 

 

 1人中庭に出たソウヤは空を見上げてため息をついた。よく知る世界の空と違う、紫に光る空。何となしにその風景を見上げながら物思いに耽っていた。

 

(くそっ……)

 

 心に浮かんだ苛立ちを隠そうともせず舌打ちをこぼす。どうも感情的になってしまっている、とまだ頭の冷静な部分で分析する。

 やはりシンクという少年は自分と正反対、相容れない存在ではないかと彼は予想する。普段なら気にもかけないようなやり取りのはずだった。だが、無邪気な表情と共に向けられた悪意がないとわかっているはずの言葉に対し、自身の不可侵領域を侵されたように感じてしまったのも事実だった。だとするなら、その人懐っこそうな相手に対し、人との接触を拒む自分が反射的に拒絶を示したということだろうか。

 

 やはりここはよくない、と彼は思う。心を閉ざした自分には刺激が強すぎる。忘れ去ったはずの過去を思い起こさせ、それこそが本来自身のあるべき姿なのだと、今の自分は躍起になって孤独を演じようとしているだけなのだと、この世界自体が語りかけてくるような錯覚さえ覚える。

 しかしそんな甘美なささやきに耳を貸したとして、最後はどうなるのか。昨日レオに言ったとおり、別れはいずれ訪れる。そこでご破算にされるぐらいなら最初からなければいい。結局それこそが自分の行き着く考えなのだ、とソウヤは改めて思いなおす。

 

 では、頭ではそうわかっているはずなのに、シンクに対してこうまで抱いてしまっている敵対感のような感覚は何か。もしかしたらそれは先ほど親衛隊長に言われた嫉妬心に近いものなのだろうか。

 

(馬鹿げてやがる……。何を嫉妬する必要がある)

 

 頭を悩ませても答えが出ない。が、そんな状態でもさかしい彼の感覚は背後から近づく気配を感じ取っていた。

 

「俺のことは気にせず会食を続けてくれと言ったはずですが?」

 

 その言葉は聞こえているはずなのに足音は近づいてくる。

 

「私に貴様の言うことを聞いてやる義理はない」

 

 その声にソウヤが振り返る。エクレールとその後ろのブリオッシュ、ユキカゼの姿を見て、彼は1つ鼻を鳴らした。

 

「意外だ。自由騎士殿はまだしも、親衛隊長と筆頭がいらっしゃるとはね」

「貴様がさっき言ったことの理由が少しわかった気がしたからな」

「さっき言ったこと……?」

「ああ。城下町を歩いているときに貴様が言ったことだ。『自分は他人と深く関わるつもりはない、そして変わるつもりもない』。そういうことを言ったな?」

 

 一瞬の沈黙。

 

「……それが?」

「その発言と、さっきの態度でなんとなくわかった。……貴様は逃げてる」

「逃げてる……?」

「ああ。まるであいつと話すことを避けるように部屋を出た。それは貴様が言った深く付き合えば付き合うほど、別れる時の痛みも大きくなる、という考えからだろう。でもそんなのは逃げだ。後の痛みのことだけを考えすぎて、出会いまでもないがしろにしている」

「そうだ。逃げて悪いか?」

「……貴様はアホだ、うちの勇者以上に。私もかつて似たようなことを考えたことがあった。あいつはいつか元の世界に帰る、思い入れすぎると別れが辛くなる、と。……だが同時にこうも思った。いっそ別れがつらくなるくらいの楽しい思い出ができるなら、それはきっといいことだ、とも。

 ……私は……あいつに会えてよかった。短い時間だったがともに過ごせて楽しかった。……たとえ別れの時がきても私がその時に感じた気持ちは変わらない。貴様はプラマイゼロだとも言った。でも私はそうは思わない。あいつがフロニャルドで過ごした時間はあいつにとっても、そして姫様や私やリコ……ビスコッティの人々にとってもプラスの方が大きいと信じている」

 

 ソウヤはエクレールの話を黙って聞いていた。

 

「……頭はいいほうじゃないんで、要点をまとめて言ってもらえますかね?」

「出会いで得るものは別れで失うものと等しいものではない、とエクレールは言いたかったでござるよ」

 

 エクレールの代わりに答えたのはブリオッシュだった。

 

「ソウヤ殿、別れを恐れて出会いも避けるというのは勿体ないことでござる。せっかくの人生、より多くの人と出会って楽しく過ごしたいとは思わないでござるか?」

「……思いませんね。今の俺は死んでるようなもんだ」

「でも実際は生きてるではないでござるか」

 

 3人目の声にソウヤが意外そうな顔をした。

 

「……巨乳ちゃんは俺のことは嫌いじゃなかったのか?」

「どうしても好きにはなれないでござるよ。その呼び方をする時点でそうでござる。……でも両親を失った者の気持ちは……わかるでござる。拙者も魔物によって両親を失ったでござるから」

 

 一瞬、ソウヤの眉が動いたように見えた。

 

「あの時は自分の命も、何もかももうどうでもいいと思っていたでござる。……それでも拙者はお館様に会えて、その過去から立ち直ることが出来た……。だから……!」

「もういい」

 

 吐き捨てるようにそう言い、ソウヤが目を逸らす。不機嫌さを隠すつもりもなく、舌打ちをこぼして口を開く。

 

「……なぜだ? エクレールもユキカゼも俺のことなどよく思ってないんだろう? なのになぜそこまで俺のことを気にかける? 放っておけばいいだろう?」

「2人ともわかっているからでござる。ソウヤ殿の考え方は間違っている、と」

「間違っている……?」

「かつては自分が思って選ぼうとした誤った道……その道を今ソウヤ殿が進んでしまっている。だからそれを止めたいと思っているでござるよ」

「……だとしても俺を気にかけるという理由にならないと思いますが」

「そんなの理由も必要ないでござる。困っている人、悩んでいる人がいたら助ける。誤った道を進んでほしくないと思う。……ただそれだけでござるよ」

 

 ソウヤは反論しない。いや、出来なかった。今までここまで突っ込んで話をしてくれる人はいなかった。これが初めての経験だったからだ。

 そしてひねくれてると自分でもわかっている物言いに対してここまで真摯に答えを返してもらえることも初めてだった。

 お人好しな連中だと思う。だがそう思いつつも、ソウヤは心のどこかでそれを嫌がっているわけではない、むしろ逆のような、言葉に出来ない感覚を抱いていることを実感していた。

 

「……落ち着いたら戻ってきてほしいでござる。リコッタがソウヤ殿の世界と連絡を取れるようにしてくれると言っていたでござるから。……では拙者たちは先に戻ってるでござるよ」

 

 遠ざかる足音を目で追おうともせず、自問自答を続け、ソウヤは中庭に1人立ち尽くしていた。

 

 

 

 

 

 会食は終わった。

 結局ソウヤはあの後戻ってこようとはせず、リコッタとリゼルが呼びに行くまで、まるで呆けたかのように中庭にずっと立っていた。

 その後はリコッタの案内でフロニャ周波の強化増幅装置によって元の世界に数件メールを送り、レオと合流。そのままヴァンネット城へと帰る運びとなった。

 

「急な訪問ですまなかった。久しぶりのランシッドソースのフォンセは美味じゃったぞ。また馳走になりたいものじゃな」

「わかりました。またご用意して待たせていただきます」

「うむ、それは嬉しいのう。……ソウヤ、お前からは何かあるか?」

 

 会食を途中で抜けてからより一層気難しそうに、そして口数の減った自国の勇者にレオが話を振る。

 

「……せっかくの会食の場を乱してしまってすみませんでした。親衛隊長、ダルキアン卿、筆頭、わざわざ俺なんかを気にかけてくれたことは感謝します。……次は戦場で会いましょう」

 

 そう言うとソウヤは口を閉じる。おそらく会話を促してももう話すことはないだろう。それを感じ取り、レオはあっさりと諦めた。

 

「ではワシらはこれで失礼する。……ミルヒ、近いうちにまた戦になるかもしれんが、そのときはよろしく頼むぞ」

「こちらこそ。次は負けませんよ」

 

 ニッと笑ってレオが自分のセルクルであるドーマを進ませる。ガレットの一団がそれに倣って進み始めた。

 

「じゃあなシンク! またな!」

 

 ガウルに対して笑顔で手を上げたシンクだったが、その姿が見えなくなると力なくその手を降ろした。

 

「やっぱり……ソウヤ殿のことが気になるでござるか?」

 

 シンクは無言で頷く。

 

「私やダルキアン卿が話をしたが……あいつは相当なひねくれ者で頑固者だ。どこまで私達の話が届いたか……」

「エクレ、何を話したの?」

「あいつは別れの痛みを避けるために出会いも避けてる、と言った。だからそれは間違っている、出会いで得るものと別れで失うものは等しくはないという話をしてやった」

「……確かに僕はここに来れて、姫様やエクレやリコ、ダルキアン卿やユッキーやロラン騎士団長、他にもたくさんの人達に会って楽しい思い出をたくさん作れた。そしてまたここに来ることができた。それはとても嬉しいことだった……」

 

 エクレールが一瞬頬を染めたように見えた。が、シンクは気づかずに続ける。

 

「だから僕は……ソウヤさんにもこの気持ちをわかってもらいたい……。同じ世界から来ている人間として、悲しいことがあってもつらいことがあっても、それ以上の嬉しいことできっともっと元気になれるって教えてあげたい……!」

「シンク……」

 

 ミルヒがどこか嬉しそうに勇者の名を呼ぶ。そして頷いて言葉を続けた。

 

「シンクの言うとおりだと思います。いつまでもションボリしているより、笑って楽しく過ごせれば、それがきっと1番だと思います」

「姫様……。……よし、決めました!」

 

 そう言うとシンクの顔が明るくなる。次いでブリオッシュのほうへと向き直った。

 

「ダルキアン卿、僕に稽古をつけてください。修行したいと思っています」

「修行……でござるか?」

「僕は次の戦でソウヤさんと戦うつもりです。そこでソウヤさんにフロニャルドの戦は明るく楽しいものであることを示して、全力でぶつかって、そして仲良くなりたいと思っています。……でもソウヤさんは強い、今の僕じゃ相手にならないかもしれない。それに異世界から召喚された勇者同士の戦いは、互いの身を傷つけあう危険性もある……。だからそうならないためにも、ダルキアン卿、お願いします!」

 

 シンクが頭を下げる。その様子を見てブリオッシュはやれやれと、しかしやはりどこか嬉しそうにため息をついた。

 

「わかったでござるよ。……姫様、いいでござるか?」

「ええ。シンクが望んでいることです。それに、ソウヤ様と仲良くなれるということであれば、私のほうからも大歓迎です」

「決まりでござるな。……拙者の修行は楽ではないでござるよ?」

 

 ブリオッシュの脅し文句に思わずシンクが苦笑を浮かべる。

 

「う……が、頑張ります!」

「シンク、拙者も手伝うでござるよ。あやつは体術も使う。間近で見ていたし、拙者のユキカゼ式体術も役に立つでござろう」

「ありがとう、ユッキー」

 

 自分と同じ「勇者」と呼ばれる者と戦うため。言葉を重ねるより、互いの力をぶつけ合って、その思いを伝えるため。

 ビスコッティの勇者、シンク・イズミの表情に迷いはなかった。




フォンセ……型の底に生地を敷きこむこと。
ランシッド……油脂の酸化、加水分解のこと。
「フォンセのロースト、ランシッドソース添え」は「牛フィレ肉のトリュフソース添え」辺りのイメージ。

なお、飲酒シーンがありましたが、フロニャルドは生まれたときからお酒飲んでオッケー、あるいはいわゆるアルコールではないか、アルコールが非常に弱い、ぐらいの解釈で書いてます。
日本において未成年者の飲酒は法律で固く禁じられています。

追記:過去回想削りました。元々やりすぎだと思っていた部分もあったので。ただ、ニュアンスを大きく変えないで最小限の修正でいこうという無難な方法を取ったので削った以外あまり手を加えてなかったりもします。
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