DOG DAYS DUAL-BRAVER   作:天木武

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Episode EX 5 The Beginning Day

 

 

 時はひと月ほど遡る。ガレット先代領主伴侶のソウヤが休養を終え、義弟であるガウルから預かった書簡をミルヒに送り届けに来た、要するに姫様誘拐未遂の内戦、及びソウヤ復帰の夜戦の翌日。

 

「……もう1度言ってもらえますか?」

 

 今、ソウヤはビスコッティ騎士団長のロランと2人きりで対談をしていた。その最中(さなか)、挨拶もほどほどにロランの口から切り出された一言にソウヤの顔色が変わったのだった。

 ポーカーフェイス、というのとは少し違うが、ソウヤはあまり感情を表に出さない人だ、とロランは感じていた。元々感情の起伏も穏やかなのかもしれないが、多少のことには動じない、という節がある。だからこそあれだけ勇猛果敢な妻を(めと)ることが出来たのだろう、とも思える。

 そんなソウヤがここまで露骨に衝撃を受けたことを表情に表すなどかなり珍しい。そうなる原因を作った一言を言ったロランも、見るのは初めてのことだった。

 

「実はビスコッティの先代領主様ご夫妻は、行方不明になどなってはいない」

 

 2度聞いた同じ言葉に、身を乗りだし気味だった体を背もたれに預け、天を仰いだ後でソウヤはため息をこぼす。その一言を聞くまではてっきり妹の身の振り方の相談だとばかり思っていた。が、その目論見は大きく外れたことになる。しかしロランからすればその話は今の話より優先度が低い、ということになるらしい。現にロランの今の目は嘘を言っていない目だ。そうとわかっていながらなおソウヤは信じられないでいた。

 

「……笑えない冗談だ」

「申し訳ないが冗談でもなんでもない。本当のことだ。その証拠として、ここにお2人のサインが入った書状もある。差出日は先月としっかり明記されている。これだけでも、2ヶ月前の失踪というのは虚偽であるということがわかるだろう」

 

 重ねたロランの言葉と手元にある書状に対し、冷ややかにソウヤが一つ笑って返す。

 

「ちなみにその書状、見せていただくことは?」

「残念ながら出来ない。一応、重要機密文書扱いだからね」

「なら申し訳ないがあなたの言葉だけでは信じることは出来ませんね。行方不明になっていないなら、なぜ失踪したことになってるんですか?」

「ご本人達の希望だ」

「じゃあ捕まった、あるいは政治的策略に巻き込まれた、の線もなしですか?」

「ああ。お2人は今も元気に()()()に身を寄せておられる」

 

 ソウヤは黙り込む。ある国に身を寄せている、しかし政治的策略に巻き込まれてはいない。だとすると、受動的ではなく能動的に自らの存在を隠しているということか。

 

「……その国はどちらで?」

「すまないがまだ言えない。あなたが仲間(・・)になってくれるとは限らないからね」

 

 仲間。やはりなにかよからぬ雰囲気が漂う。ソウヤは警戒心を一層強めた。

 

「……ではお2人は現在のビスコッティの状況を知っているんですか?」

「勿論ご存知になられている」

「だとするなら、なぜ無事であることを発表しないんです? 今のビスコッティはお世辞にも安泰とは言いがたい状況だ。姫様の婚約相手が正式に決まっていないという事例もそうですが、それ以上にこのビスコッティであろうことか内戦がわずか2ヶ月のうちにもう3度も起こっている。しかも3度目は姫様の誘拐未遂ときた。この異変は先代領様主ご夫妻失踪の件から始まって……」

 

 そこで何かに思い当たったかのように、ソウヤは言葉を切った。思わずロランの口の端が緩む。さすがに聡明だ。説明の手間が省ける。

 考えてみれば解らなくもないことだ。ソウヤの言う通りこの異変の発端は先代領主失踪から始まる。だが、その失踪は実は失踪ではなく、()()()()そういうことになっているらしい。その後起こった内戦、これも先代領主は知っているというのに態度を変えようとしない。となれば、そこから導き出される答えは――。

 

「……先代領主様ご夫妻がこの状況を黙認……いや、この状況を()()()()()()()……」

「ご名答。さすがですね、デ・ロワ卿……」

 

 声のトーンを僅かに落とし、ロランは言った。

 

「3度の内戦とも、先代領主様のご指示です。1度目は姫様を元気付ける形で、2度目はたまたま姫様がいらした砦を攻める形で、そして3度目はその姫様を狙う形で……」

 

 続けて語るロランに対し、思わず細めたソウヤの目が鋭くなる。思考が考えたくない答えにたどり着こうとしている。内戦を扇動したのが先代領主、そして騎士団長がそれを知っていて黙認状態、最後に狙いが姫。

 

「……クーデターでも起こすつもりですか?」

 

 話しながらソウヤは右手に意識を集中させる。返答次第、あるいは相手の出方次第によってはすぐにでもエクスマキナは剣の形を取るだろう。だが分別あるこの騎士団長がクーデター、など考えられない。未だ真意が見えないのだ。

 

「クーデター……。なるほど、それがソウヤ殿が出した答えか。……あなたがいた世界ではそういうことはよく起こるのかもしれないが、ここフロニャルドではそんなことは滅多に起きない」

「滅多に、では、極稀には起きるわけですよね?」

 

 ますますソウヤの視線が突き刺さらんばかりに鋭くなる。返答を間違えたか、とロランは思わず苦笑を浮かべた。

 

「失礼。では今私はそのようなことは考えていない、と答えよう。これならその殺気を多少は鎮めてくれるか?」

「……その言葉にどこまでの信憑性があるか知れたものじゃないですが」

 

 ふう、とロランは大きくため息をこぼした。降参、とばかりに両手を広げる。

 

「わかった、やめよう。……あなたを茶化すのも命懸けだ。それだけ臨戦態勢を取られてはこっちとしても気が滅入る。では、事の真相をお話しよう。だがそれを説明する前に……ソウヤ殿は私がどのようにしてアメリタとの結婚に至ったかご存知か?」

 

 これまで張り詰めていた空気が一気に軽くなる。これまでの言動が()()()()()だったと言わんばかりにロランからの重い雰囲気は消え去り、ソウヤと話し始めた当初のように戻っていた。ソウヤもそれを感じ、警戒をやや緩めたものの、まだ本意を掴みかねており、緊張を完全に解いてはいない。

 

「ええ、勿論知ってますよ。あの時()()()を指定したのは他ならぬ俺ですし」

「ああ、そういえばそうだった。……あなたの世界でこの月に結婚すると幸せになる、という言い伝えからだった、かな」

「そうです。結果、あなたはアメリタさんとはうまくいってるご様子だ。幸いなことに同じく去年のこの月に結婚した俺も、ですが。……まあいいや。で、それが何か?」

「アメリタが誘拐され、単騎で来るように指定された私は1人で彼女を助けに行った。そしてガレット軍を蹴散らしたところで姫様が現れて私とアメリタの関係を暴露、最高に盛り上がった状況で私は姫様の言ったことを否定することは出来ず、結局アメリタが折れて私達はあの場で挙式を行うこととなった……」

「そうでしたね。もう4年前かな。……それで?」

 

 思わずロランが笑みをこぼす。自分への不信感からか、未だ目の前の知将は話の真意に辿りついていないらしい。若いながらも策略をめぐらせることに関しては右に出る者がいないとも言われるこの男を一瞬でも手玉に取れた、というある種くだらない悦びを覚える。おそらくこんなことはもう2度はないかもしれない、そんな風にロランは考えていた。

 

「お気づきになられないか? 誘拐されたアメリタ、助けに行った私、そしてその後の結婚式……」

「だからそれが……」

 

 言いかけた言葉を切り、

 

「……おいおい、嘘だろ……」

 

 何かに気づいたらしく、彼の顔に苦笑いが広がっていく。次いでソウヤは左手を額に当てて天を仰いだ。

 

「……じゃあなんですか、置き換えるとするならアメリタさんは姫様、あなたはシンク、そしてあの時の姫様が先代領主様、ってところですか? 2度の内戦は布石、3度目の誘拐が本命で、そこで姫様を誘拐し、翌日シンクがそれを1人で助けに来る。そして助けたところで行方不明になっていたはずの先代領主様ご夫妻が現れて2人の口約束の婚約を本物に変える……」

「正解です。デ・ロワ卿。この書状に、あなたが今おっしゃったとおりのことが書かれている」

 

 ハァ、と今度は俯いて大きくソウヤはため息をこぼしつつ、ロランが差し出してきた書状を受け取って軽く目を通す。サインは本物らしく、日付は確かに先月。そして書かれていた内容は今ソウヤが言ったこととほぼ同じ。再び大きくため息をこぼして、書状を机に置いてからソウヤは椅子に深々と背を預けた。先ほどまでの警戒心はもう完全に解いている。もはや必要ない、事の真意は見えた。それなら合点がいく。

 要するにその4年前のロランとアメリタの件になぞらえて、シンクとミルヒを同じ状況にしようとしていたのだ。シンクが単身捕らわれた姫を助けに奮闘し、最高に盛り上がったところで婚約の件を発表する。そうなれば2人も断ることは出来ず、婚約は大衆の目の前で認められることとなる。

 普通じゃそんなのはありえない、で却下されるだろう。だが()()()()()()()()()()。凝ったドラマよろしくの茶番(・・)が仕立てられるのは日常茶飯事、そしてそれが()()()世界だ。捕らわれの姫を助けに単身戦った勇者が、その後で結婚を約束するとなったらさぞかし盛り上がったことだろう。

 

 つまるところ、ビスコッティは最初から不穏な空気などなかったのだ。確かに先代領主失踪という「作られた」事態は起こっていたものの、それ以外で言うと起こった内戦は3度、うち2度は多くの人間が「姫様を元気付けるため」という解釈を取っていたために問題になっていない。

 問題になるとすれば今回の3回目。しかしそれも本来なら翌日にシンクによってミルヒが助け出され、そこでこの騒動は終わる予定だったのだ。だがそれが失敗ということで、ロラン側から見れば予定が狂ってしまったことになり、周辺各国も「ビスコッティに不穏な空気が渦巻き始めた」と思うようになったのだろう。

 

「……ってことは、俺は余計な邪魔を入れた、ってことですか?」

「残念ながらそういうことになる。無論、ガレットからの増援は考えていた。そのため、私同様前もってこの情報を知っていたバナードには増援を送るということになったらそれとなくガウル殿下にやめさせるように頼んでいたのだが……」

「ちょっと待った。……あの切れ者将軍が知ってたって?」

「ああ、知っていたよ。今回のこの一件は、先代領主様ご夫妻が計画し、それ以外で知っているのは私とバナードぐらいだがね。根回しのために話を通していた」

「……数日前に会ったのに何も顔に出してなかったぞ、あの人。やっぱ食えない人だ」

 

 漏らした呟きを軽く笑って流し、ロランは続ける。

 

「とにかく、本来ならバナードが止めるはずだったのだが、ガウル殿下は独断で、まだ休養中だったはずのあなたの予定を前倒しして出撃を依頼した。……今回の誘拐戦が失敗したと聞いた時は頭を抱えたよ。ここまで事を大きくしたのに失敗してはいけない最後の局面で事を詰め誤った……」

「クソッ……。まさか良かれと思ったことが裏目になってた、ってことか……」

 

 俯いて右手で頭を抱えるソウヤ。どうあれ、結局自分が首を突っ込んだせいで段取りを狂わせたことに変わりはない。

 

「……さて、状況をわかっていただいたところで、私が最初に言ったことに話は戻る」

「最初?」

「ああ。……仲間になってくれるかどうかわからない、と私は言った」

「……俺にこの失敗の尻拭いをしろと?」

「本音を言ってしまえばそれが一番望ましいんだが……。そこまで厚顔な物言いはしないよ。出来ることならあなたの頭脳を借りたい。それが無理なら、この事態についてはレオ閣下、ひいてはガレット側を抑えて静観していてもらいたい」

 

 一瞬、ソウヤが黙り込む。

 

「……2点、いいですか?」

「なんだい?」

「まず、この茶番(・・)の始まりは2ヶ月前だ。いくらなんでも2ヶ月間、周囲の人間を騙し続けるというのは期間としては長すぎる。なぜ、失踪の情報を流したすぐ後の内戦で誘拐戦を行わなかったんです?」

「先代領主様ご夫妻のご意志だ。可能なら、勇者殿に自ら答えを出してもらいたかった。ある意味では猶予期間、と言ったところか」

「……なるほど。婚約の口約束を交わしたのは去年の瑠璃の月。そこから4ヶ月待っても状況に進展がなかったから行動を起こした、と」

「そういうことになる。加えて、その4ヶ月目は丁度勇者殿にとっては節目の年と聞いていた。だから、それに合わせて答えを出してくれるのではないか、という期待があっての猶予期間だった。その後はビスコッティの状況を改善するために婚約、という選択を取ってもらいたくての2度の内戦だったが……。効果はなかったらしい。もっとも、その2度はあなたが言った通り布石で、3度目を盛り上げるための演出という意味合いもあるがね」

 

 2度頷き、「……なるほど」とソウヤはこぼした。

 

「では2点目。……3度目の、要するにあなたとアメリタさんの時になぞらえた方法。その方法でよしんばうまくいっていたとして、最後の最後にシンクと姫様、互いに納得すると思っていたんですか?」

 

 ハッと息を飲み、ロランは口を閉じた。

 

「確かに猶予期間を過ぎてからだ。もう酌量の余地なし、という判断で無理矢理にでもくっつけてしまえ、というのはわからなくもありません。……あなたとアメリタさんの時は彼女が結局折れた。そしてあなたもまんざらではなかったためにうまくいった。でもあの2人、特にこういうことに関しては頑固という言葉ですら温いほどの姫様が、折れると思いますか?」

「いや……。それは……」

「そうなると折れるのはシンクだ。しかしおそらくそこでも姫様がシンクの妥協を認めないでしょう。結局そこでの目論みも失敗、場合によっては2人の口約束すら白紙に戻る可能性すらあった。そこまで考慮しての判断でしたか?」

「……ないわけではなかったよ。先代領主様ご夫妻は、それでダメなら姫様には勇者殿を諦めてもらって、他の人を見つけるしかない、というご意見のようだった。……私としては、妹がああなってしまった以上、勇者殿にはなんとしても姫様と一緒になってもらいたく、この話を進めていたがね」

「……そうですか」

 

 それきり、ソウヤは口を紡んだ。それをロランも黙って見つめていた。

 やはりこの青年はなんとしてもこちら側に引き込みたい、とロランは改めて思っていた。彼の本心は先ほど言葉にした通りだ。このバナードをも越えると噂される策略家を味方として、さらに一旦頓挫したこの計画を立て直す主軸となってくれればベストだ。それが無理でもその知恵を借りることが出来れば、最悪邪魔さえしてもらわなければいい。

 実際彼の嗅覚は鋭く、そして誰よりも弟分のことを考えている。互いの気持ちまで考えての2つ目の質問。それを出来る時点で彼はシンクのことを本当に心配しているのだろう。ロランも2人の仲については進展を望んでいる。その「姫と勇者の関係の進展」という点に関しては目の前の男と利害は一致する。勇者となった時期こそ後だが、年上であり先に妻を(めと)った彼の方が兄貴分だ。なら、弟分の幸せは願うに違いない。

 仲間になってほしい、それが無理なら意見を借りたい。その思いで、ロランは口を開く。

 

「……ソウヤ殿、先ほどのこちら側に来ていただきたいという返答、如何に?」

「……わかりました」

 

 しばらく黙り込んで考えた後、ソウヤはようやく口を開いた。

 

「……ったく、妹がいつまでも結婚しない、って件で相談だと思ったのにまさかこうなるとは……」

「ああ、確かにそれも相談したかったが……。今はそれどころじゃなくなってしまっていたし、勇者殿の件が片付けば、それも一応の区切りを迎えられると思っていたからね」

「参考までに聞きたいのですが、この後ロランさんはどういう方法を取るつもりでいました?」

「恥ずかしい話だが、昨日の失敗でもう考えも何もなくなってしまったよ。バナードから今日ソウヤ殿が来ることは聞いていたから、その時に意見を仰ごうというぐらいに、手が詰まっている」

 

 ため息をこぼし、ソウヤは頭を掻く。

 

「……仕方ない。乗りかかった船だ。……いや、一度船を沈めたのは自分か。俺も手伝いますよ」

「本当か! 助かる」

「あの馬鹿の幸せは俺も願ってますしね。……あいつがさっさと正式に婚約を認めてりゃこんなことにはならなかったってのに」

 

 自嘲的にソウヤが笑う。よくやるいつも通りのその笑みが、ロランには心強く見えた。

 

「……で、ある程度俺は考えが浮かんでるんですが、いいですか?」

「ああ、言ってみてくれ」

「最終的には、さっき言った『姫様をどう折らせるか』が目標になります。まあこれははっきり言ってしまえばそこまで難しくはない」

「え……?」

「本人達にそう決めさせればいい。なら、俺は『道化』となって舞台を回し、然るべき場を整えればいい」

「……話が見えないのだが」

 

 クックックとソウヤは笑いを噛み殺す。それをロランは怪訝な表情で見つめた。

 

「……失礼。やはり俺はあまりいい性格ではないらしい。これから俺が言おうとしていることは『本人達に気づかぬうちに演者を演じてもらう』ってことです。そのためには、まず味方を増やしたい」

「味方……?」

「ええ。姫様誘拐未遂という既に結構大それた事をやらかし、しかも2ヶ月も不穏な空気を漂わせているんだ。だったら、()()()()()()()()

 

 平然と言い放ったソウヤに対し、ロランの表情が固まる。既に思わせぶりな3度の内戦を行ってしまっている。ひょっとしたら大衆も気づき始めるかもしれない。そのためにロランはここまででもう限界、と思っていた。だがこの人はまだ事を大きくする、いやそれどころかその空気すら利用するつもりか。

 しかし驚くと同時に感心もしていた。自分やバナードではその発想は生まれなかった。なるべく事を荒立てずに、国内でうまくまとめきる、そのつもりでいた。しかし彼のこの口調、おそらくこのビスコッティだけでなく彼の国も巻き込むつもりだろう。

 

「何驚いた顔してるんです。あなただって結構なことをやってるでしょうに」

「いや、まあ確かにそうではあるが……」

「それにこの国で人気絶大なあいつと姫様の婚約までの道のりです。そういう派手な茶番の方が、国民にも受けがいいでしょうし、何より祝福も大きくなると思いますよ。

 それはそうと、先代領主様、確か連絡が途絶えたということになっていたのはドラジェだったはず。なら、今はドラジェに?」

「ああ。……それとなくお2人が頼んでまだ見つかっていないことになっているが……」

「ならまずドラジェのレザン王子を完全にこっち側に引き込みます。それで2人の状況は安泰だ。次はこの国での協力者が必要なところですが……」

 

 そこまでソウヤが言った時、不意に扉がノックされる。

 

「お茶をお持ちいたしました。入ってもよろしいでしょうか?」

 

 声から察するにリゼルだ。確かに茶を持ってくる、とは言っていたが、それにしては随分とゆっくりだ。

 ロランが目でソウヤに確認を取る。ソウヤは頷いてそれに答えた。一旦話は小休止、ということになりそうだ。

 

「入ってくれ」

「失礼いたします」

 

 扉が開き、一礼してリゼルはお茶の乗ったカートを押してくる。他のメイドはいないらしい。カートを部屋の中に入れ、扉を閉めた彼女はカートと共に2人の元へ近づいてきた。

 

「お話はいかがですか?」

「あ、ああ。なかなか順調だよ。さすがソウヤ殿だ、相談してよかった」

「そうですか」

 

 ロランはややうろたえた様子だったが、特に気にしていないのかリゼルはカップに茶を注ぎ2人の前に差し出す。

 が、この抜け目ないメイド長がその様子に気づいていないはずなど、いや、既にそんなことはそれ以前の問題として、話は進もうとしていた。

 

「……それで、私はその味方(・・)に入れてもらえますか?」

「なっ……!」

 

 カップに手を伸ばしかけたロランが驚愕の声を上げる。一方ソウヤはまるでこれを予期していたかのように失笑しただけだった。

 

「……やっぱりですか。あなたはそういう人だと思ってましたよ、リゼルさん」

「リゼル! 盗み聞きをしていたのか!?」

「申し訳ありません、騎士団長。……ですが昨今のこの状況に加えて、昨日の不審な人事配置……。何かあるのでは、と少々探りを入れさせていただきました」

「ロランさん、あなた昨日何やったんです?」

 

 ソウヤがカップに手を伸ばしてお茶を口に運ぶ。一方のロランは渋い表情を浮かべてソウヤの問いに答えた。

 

「……姫様の外遊の護衛を極力減らすように工作した。本来は親衛隊をつけずに私が指揮を執る騎士団のみの構成のつもりだったが……。エクレールがどうしてもと聞かないからな。私の代わりにあいつに指揮を執らせた。付け加えるなら、護衛につける騎士の数も本当は50にしたかったが、エクレールがその倍はほしいと100になったという背景もあった」

「その際、私にはここに残るよう強く言われ、その上でついていくメイド隊は戦闘経験の浅い者ばかり数名でしたので」

「それで誘拐戦が起こった。そりゃ疑われますよ。確かに誘拐を成功しやすくするための内部工作として護衛をなるべくつけないなんてのは常套と思いますが。……で、リゼルさんは途中まで立ち聞きしてたのでここまで入って来れなかった、と」

「ええ。そうです。そのためお茶が少々冷めてしまいましたね……。メイドとしてこれは本当に申し訳ありません」

 

 リゼルが頭を下げる。盗み聞きは謝らず、冷めたお茶に対しては謝る。それはどうなんだろうかと思わず突っ込みを入れたいロランだったが、話の腰を折るかもしれないとそれはお茶と一緒に飲み込むことにした。

 

「聞いてたなら話は早い。騎士団長の疑いは晴れました?」

「晴れたというより、もっと深まったというか、確定的になったというか」

「……ソウヤ殿、これはリゼルも引き込まざるを得ない状況か?」

「ええ。というより元よりそのつもりでした。姫様の身辺警護を担当し、カンも鋭いこの人は引き込んだ方が話が早い。……協力してくれますか?」

 

 ソウヤの問いにリゼルは得意のメイドスマイルを浮かべ――。

 

「はい。姫様と勇者様のためです。何より()()()()ですし、喜んで協力させていただきますわ」

 

 あっさりとそう返した。

 

「メイド達のコントロールは任せます。……これで大分楽になった。騎士団とメイド隊の頭が抑えられてますからね。あとは……ロランさん、嫁さんを説得しておいてください」

「アメリタをか? いいが……なぜだ?」

「姫様のスケジュール管理はあの人だ。シンクの……そうだな、夏休みに合わせてうまくスケジュールを調節してほしい。これで数日かけて荒事をしてもなんとかなる……」

「……ソウヤ殿、何を企んでいる?」

 

 ロランの問いにソウヤは含み笑いを返しただけだった。

 

「もうちょっとお待ちを。あと……隠密2人はいつ戻るかわかります?」

「いや、まだなんとも。帰ってきたら声をかけたほうがいいか?」

「ええ。ですが国に戻ってきたら俺に連絡をください。直接説得します。あの2人は全部をひっくり返しかねない、カードゲームで言うジョーカーだ。まず最優先で味方に入れるべき存在になりますからね。……実際あなたとアメリタさんの時もそういう見解で引き込みましたし」

「エクレールは? この案に乗ってくれるか怪しいが……」

「俺もそう思ってますし、この際なのであいつには()()()もらいます。……ちょいといい案が思い浮かびそうなので」

 

 どうにもこの男の考えていることはわからない。ロランは難しい顔で彼を見つめていた。

 

「主席はどうなされます?」

「引き込みます。……が、これはうちのノワールとセットかな。彼女には姫様たち()()()()()()()()をしてもらって、ノワールと連絡を取り合ってもらいたいですし」

「お目付け役……ですか?」

 

 リゼルが返すがソウヤは答えない。やはり先ほど同様声を噛み殺して笑っただけだった。

 

「ソウヤ殿、もはやビスコッティはかなりの人数を説得するということだが……。一体何をお考えだ? これはかなりの規模の話になると思うのだが……」

 

 業を煮やしたロランが考えの真意を聞きたいという口調で問いかける。

 

「そうですわね……。これだけとなればかなりの大ごと。何をなさるおつもりです?」

 

 続けてそう言ったリゼルの方を一瞬見た後、ソウヤは視線を落とす。やや間があって、小さく笑みを浮かべつつ、ゆっくりと口を開いた。

 

「……いいでしょう。俺が考えてる茶番(・・)を大まかにご説明しましょう。まず……姫様には()()()()()になっていただく」

 




タイトルの意味は「始まりの日」、一応beginningに形容詞的使い方があるから絶対間違ってる、とかじゃないはず……。
そのタイトルの通り、ソウヤにとってこの日が始まりの日、ここをきっかけに彼は道化として茶番を仕組んでいくことになるわけです。
時間軸は冒頭に書かれているようにミルヒの誘拐未遂の翌日、ソウヤがフィリアンノ城を訪問した時になります。
つまり、Episode 4の1つ目と2つ目の場面転換の間、そこで行われたのがこの話し合いになるわけです。もし再度読んでいただける、という機会がありましたら、既にこの時からソウヤは後の騒動を起こすことまで考えて行動していた、というところを念頭に置きながら読んでいただけるとまた違った見方ができる……かもしれません。
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