◇
コンフェッティ城の中庭。いや、中庭という表現が正しいかも怪しい、城の敷地内とはいえ人目につかない芝生の上に1人の青年が無造作に腰を降ろし、空を見上げていた。大きく息を吸い、そして吐く。
彼の表情は澄んでいた。長年背負い続けた重石がようやく取れたような、何かをやり遂げたような、そんな表情だった。
城の中からは喧騒が聞こえてくる。あの後、野営地にいた者達、さらには魔物討伐に協力してくれた周辺各国の人々をコンフェッティ城へと招き入れ、勇者と姫君の婚約を祝うという名目で食事会が行われていた。そのためにわざわざ周辺各国の人々を前もって
人目を忍んで、その場から逃げ出すようにここに来なければならない、という責務は彼にはなかった。その場の中心にいて「全ての舞台を整えた男」として称賛されてもおかしくはない立場だった。だが、誰よりも厚い
このままブラリとどこかへ消えてしまう、そんなのも悪くないとふと思う。結果はどうあれ、一歩間違えれば謀反の扇動、領主クラスという重要人物に対する
しかし実際罰せられるようなことはないだろう、彼はそう高を括っていた。なぜなら、
とはいえ、これだけの大仕掛けをやらかし、それでもなお我が物顔で「いやあハッピーエンドになってよかったよかった」と両手を叩きながら言うことなど、彼には到底出来なかった。彼は人を踊らせてその人間の運命を弄ぶことに快楽を得ているわけでも、そうやって人を躍らせた上で己の考えがピタリと当てはまったことにこの上ない喜びを得られる性格でもなかった。百歩譲ってそう言った感覚を持ち合わせたとしても今回はそれを表に出せるほど厚顔ではいられなかった。うまくいった、さらには親友のためにやったとはいえ、その親友と一国の領主、さらには自身の妻をも欺いたのだ。一体どんな顔をして会えばいいというのだろうか。やはりどこかへ消えたい衝動へと駆られる。
しかし彼はそれをしようとしなかった。いや、正確にはできなかった。彼をここに繋ぐ「約束」がある。まるで審判を待つ者のように、ただそこに座り続けていた。
「こんなところにおったのか」
そしてその審判者とも言うべき、彼が待っていた声が背後から聞こえてきた。自嘲気味に笑みを浮かべ、彼は首だけを後ろに向ける。
「まったく食事会の会場はおろか、城内でも見かけんというから探したぞ。なぜ会場を抜け出した?」
「どの面下げて、あの場にいろっていうんだよ?」
「その面でいいじゃろ。それ以外あるか?」
身も蓋もないと彼は肩をすくめる。いつだってそうだ。得意の小手先、口先のやり取りは全て彼女の前では通用しない。それほどに彼女は優雅であり、誇り高かった。だからこそ高嶺の花とわかりつつも彼は彼女に惹かれた。そして彼女も己にはない部分を見出して彼に惹かれ、結果として今のような形になったのかもしれない。
「お前はこの茶番劇の立役者。その主役が会場にいないとはどういう了見じゃ、ソウヤ?」
「それは違うなレオ。確かにこの茶番を仕組んだ総責任者が誰かと問われれば俺と答えるだろうな。だが主役は俺じゃない。最後まで見事に演じ切り、ハッピーエンドを掴み取ったシンクと姫様だろう」
「お前に踊らされているとも演じさせられているとも気づいていなかった、が抜けているがな」
やはり包む気がない一言にソウヤは苦笑を浮かべた。レオに言われた通りだ。確かにシンクとミルヒは見事に彼が描いたシナリオを演じ切った。だが、当の本人たちは演じているとは知らず、加えればそれは彼の背後にいるレオも同じ、であった。
「……で、呼び戻しに来たのか? お前がそんな無粋な真似をしに来るとは思えないが」
「会場に連れて帰って衆目に晒すのもよいかもしれんな。……しかしそれでもワシの腹の虫は収まらん。シンクとミルヒとこのワシを手玉に取ったこと、果たしてどう落とし前をつけてもらおうかの?」
ニヤッと彼女が不敵な笑みを浮かべる。が、ソウヤは特に動じた様子もない。この馬鹿げた計画をぶち上げた時に彼女の怒りを買うことぐらいは織り込み済みだ。そこを差し引いても友人には愛する姫君との婚約へと踏み切ってもらいたい。ついでに、どうせやるなら
「何を要求されようと、俺は従順な子羊のようにそれに従うよ。命さえ見逃してくれるなら鉄拳制裁だろうが、大爆破で吹き飛ばされようが、甘んじてそれを受け入れる。……ああ、離婚ってのだけは出来れば勘弁してもらいたいな。お前と、それにレグに会えなくなるってのはどこに生きる意味を見出したらいいかわからなくなりそうだ」
「なるほど、婚姻の解消か。それは思いつかなんだな。お前に灸を据えるとしてもっとも効果的なのはそれか」
「……おいレオ」
それまでのどこか余裕のある表情から一転、ソウヤの表情が一気に固まった。だが予想通りの反応だったのだろう、レオが思わず小さく吹き出す。
「冗談じゃ。まあ貴様のことだ、生き甲斐云々はどうせ戦興業に精を出せばすぐに見つかることじゃろうが、それをワシとレグの代わりにされるのは、こちらとしても少々悔しいというか……。腹を割ってしまえば、お前がいなくなったら、ワシも寂しいしレグも寂しがる、ということじゃな」
それを聞き、ソウヤはため息をこぼした。顔色にもどこか安堵感が戻る。
「じゃあ離婚はなし、ってことか」
「ああ。……ついでに言うなら、今回のことでは何も責めずにおいてやる」
「……いいのか?」
「本音を言えばいいはずがなかろうが。じゃが、どうせお前はこの後大目玉を食らうことになる。ミルヒ然り、ガウル然りじゃ。……言っておくが、怒ったミルヒはワシよりも怖いぞ?」
「そいつは怖ろしい。今から震えてその時を待つことにするよ」
皮肉っぽく笑ったソウヤの隣に、レオが腰を下ろす。こうやって裏がなく肩を並べたのは数日、いやずっと計画を立てていたというのなら約1ヶ月振り。さらに言うなら、これだけ清々しい表情を見られたのも久しぶり。
これこそ自身が求めていた男性の表情だとレオは思う。ずっと何かを塞ぎこんでいたような、思いつめていたような、そんな憑き物が落ちたような表情。それもそうだ。ここしばらく、頭の中ではいかにしてこの大舞台を「成功」させるか、そればかりがチラついていたのだろうから。
それがようやく終わり、己につけられていた重厚な仮面を取った彼を、彼女は労ってやりたかった。だから、もしここで自分を求めてきたら、場所も顧みずに、はしたないとわかっていてもきっと甘んじて受け入れてしまうのだろうとも思っていた。自分はそんな気持ちになり、そして場のムードもそういう空気になっていると感じていた。
だが彼が求めたのは彼女の唇でも、ましてや体でもなかった。そのまま体を横にし、彼女の太股に頭を乗せる。言ってしまえば「膝枕」の状態だ。
「……なんの真似じゃ?」
思わず、怪訝そうにレオは尋ねた。いつだってそうだ。こうやってムードを作り出したところで、それを感じ取ってもくれない。「自分はシンクやガウルほど鈍くない」と彼はよく言う。確かに早い段階からレオの心を悟っていたし、ノワールのガウルに対する思いに気づいてもいた。そういう点でそれは間違えていないだろう。だが如何せんデリカシーがない、こういうときに場を察してくれない。そういった「女心をわかってくれない」というところでは、彼が引き合いに出したシンクやガウルとも似たり寄ったりだと彼女は思うのだった。
「疲れた……。この姿勢が楽だからな。ちょっとそのご立派な太股を貸してくれ」
「ここはレグの特等席じゃ。お前に貸す場所ではない」
「そのレグが今はいないんだ。……だったらいいだろ、別に今ぐらい」
まったく、とレオはため息をこぼす。しかしここまで大役を背負ってきたソウヤは、こうやって本当は誰かに甘えたかったのかもしれなかったとも思えた。だから、普段は撫でられることを好む彼女が、この時ばかりは無意識にソウヤの頭を撫でていた。
「大体は……わかったか?」
「今回の一件か?」
「ああ」
「さっきお前とロラン、それにビスコッティ先代領主ご夫妻からあれほど詳しく、そして疑いの余地のないほどに詳細に説明されたんじゃ。嫌でもわかるわ。種を明かせばあれも嘘、これも嘘。全てが演技。先代領主夫妻失踪という話も、内戦も、ロランの謀反も、ワシ達の逃避行も全てが仕組まれたことじゃった、ということであろう?」
「ああ、そうだ。そこまでわかってる上で……それでも俺に聞きたいことはあるか?」
レオが一瞬押し黙る。確かに今言ったとおり、この騒動のそもそもの仕掛け人であるビスコッティ先代領主ご夫妻、その代行として当初の計画を実行に移していたロラン、そして助け舟を出す形で最終的に総責任者とでも言う立場に立ったソウヤ。その詳細な説明から、ビスコッティどころか他国すら巻き込みかねないこの騒動が全て仕組まれた茶番であり、シンクとミルヒの婚約をこぎつけるための物だったということは承知している。
しかしそうだとして、疑問が完全に晴れたわけではない。レオが口を開く。一度聞いたことだろうと、本人の口から説明があったことだろうと構わず、改めて聞きたいことだった。
「お前は本当に、シンクとミルヒの婚約をこぎつける。ただそれだけのためにこれほどまでに大掛かりで馬鹿げた茶番をしたのか?」
「……何度聞く気だ? 答えはイエスだ」
「ビスコッティの謀反もどきも、パスティヤージュの途中介入も、魔物の乱入も予定通りか?」
「……また最初から説明しなおしをお望みかよ。ああ、最後の以外はそうだ。魔物についてはトラブル、と捉えてくれ。元々その気配はあった。お前が星詠みで視た、と言っていたからな」
「だがお前はその魔物への対策も取っていたわけだろう?」
レオはソウヤが言った「プランB」という言葉を思い出していた。おそらくそれが非常時、魔物出現時の代替策のことだったのかもしれないと思っていた。
「ああ。魔物が出現した時の非常用に『プランB』を用意していた。お前たちとの休戦と防衛の最優先だ。一応言っておくと、魔物が現れる可能性を示唆した時にノワールにこの計画の実行自体を反対された。だが、既にアメリタさんに日程を頼んで調整済み、シンクもさっさとしないと休みが終わっちまう状況で引けなかったから強行しちまった、って背景はあるんだがな。
実を言うとあとはカミベル乱入時用の『プランC』もあったんだが……。使うことなく終わって助かった。もっとも、ダルキアン卿に頼み込んで、少し前から周辺を警戒してもらっていたから、本当はプランBも不発で終わってほしかったというのが本音だが。ま、ビスコッティを空けていてもらった方が、茶番を仕組む上でも都合がよかったし、うまく終わったことだからもういいんだが」
「そしてお前は『謀反で捕らえられかけた姫様を助け出した勇者との逃避行』などという『三文芝居』を考えた」
「おいおい、『三文芝居』ってのは下手な演者に投げかけるべき言葉じゃねえか? 俺に言う分には構わんが、他の人間は見事な演者だった。……そう、それこそ『本気で』演じたわけだからな。だからいうなら『茶番』が妥当だ」
話の腰を折られてレオがムッとした表情を浮かべる。演者。それは何も知らずに踊った、いや、「踊らされた」者のことを言っている。それは情報を全く知らなかったシンクでありミルヒであり、そしてレオ自身のことでもあった。改めて手玉に取られたと思うとやはり少し腹立たしい。
「なら茶番にしてやろう。ともかく、ここまで馬鹿げたほど壮大な計画を仕掛けておき、いざその目的はといえばシンクとミルヒの婚約。……わざわざここまででかくする必要はあったのか?」
「それも説明済みだろう。本来はロランさんとアメリタさんの時のレベル程度な規模で収めるつもりが、俺のせいでそれはおじゃん。代わりに、と俺が盛り上がりそうな計画を思いついただけだ」
「そこじゃ」
膝枕されているソウヤに、レオの鋭い視線が降り注ぐ。嘘は言わせない、ごまかしもさせない。暗にそう意味するだけの力のある視線だ。
「仮にも現実主義者を名乗る貴様が、これだけ不安要素の多い計画を『盛り上がりそう』というだけで実行に移すか? まあ盛り上がったのは事実じゃ。国営放送ではないが、結婚式とあわせてこの逃避行をドラマ仕立て、それもこれ以上にないほどリアルなドラマとなれば、視聴率は凄まじいものになるじゃろう。
……じゃが本当にそれだけか? いくらなんでも割りに合わなすぎる。2人の婚約、というだけなら、ここまで事を荒立てなくても済んだはずじゃ。
そこでワシが考えたのが……。お前自身のためではないか、ということじゃった。お前に限ってハイリスクローリターンな選択はしない。じゃったら、何かしらお前に見返りが来るはず。しかし、身分や出世だの、そんな俗世な事に興味を示さないお前じゃ。だとしたら……自己満足、お前が1度口にした、『運命に翻弄された人間模様』、それを見るためにだったのではないか、と考えた」
ソウヤは何も返さない。普段通りの表情を貼り付け、レオを見上げていた。
「……外れていて欲しい、と思いながら言うぞ。お前は、ゲームをしたかったんじゃないのか? リアルな人間達を掌の上で動かし、それがどう動いていくのか、どう運命に翻弄されていくのか、そんなゲームを楽しみたかったのではないか? 自身は設えられた絶対安全な椅子からその様子を見守り、果たして自分の作ったシナリオに対してどこまで思い通りに動いてくれるのか。そんなリアルなボードゲームを楽しむために、この計画を実行に移したのではないか?」
しばらく、ソウヤは口を閉じたままだった。だが、レオの話に続きがないとわかると、ややあって、口の端を僅かに上げた。
「……さすがはレオ。俺のことなどお見通しか。……と、言いたいところだが、それは100点満点でいうなら30点だ。確かに俺は自分で言うのも何だが策謀家だ。戦の時、考えた作戦がピタリとハマった瞬間、それはなんとも言いがたい悦な気分に浸り、アドレナリンが脳内に溢れるのも事実だ。しかしそれをやるなら、俺は絶対安全の椅子には座らねえな。己の身もチップに代えて、そのゲームに乗らせて頂いた上で快感を得たい。そもそも今回だって『道化』として俺も舞台上で踊ったわけだぞ。
だがな、今回のこれに関して言えば、そんな感覚は微塵も感じなかった。そんな喜びよりも先に感じたのは安心感だった。無事、幕は下りてよかった、そうとしか思えなかった。もしもここで俺が砂一粒ほどでもお前の問いにイエスと思えたなら、俺は他人の運命を左右させて快楽を得られるような悪人になる素質があっただろうにな。しかし実際に心に溢れたのは紛れもない安堵感だけだった。俺は他人を、殊に親友と愛する女を弄んで、それでさらに悦に入れるほど図太い神経じゃなかったらしい。だからお前のその予想は外れていることになる」
「だったらなぜ……!」
「30点の部分、それは『自己満足』だ。俺はあいつの、『シンク自身の口から』姫様に対する婚約の言葉を引き出したかった。そして、実際にそれを引き出したことで、俺は満足したってのは事実だ。
『自分が決める』のと『周りに決められる』のは結構違うものがあるらしくてな。俺はかつて自分の心を殺し、お前の気持ちも無視して地球に帰ろうとしていた。だが、お前自身と、そしてこの世界で出会った人々の言葉を思い出して、もう1度考え直した。考え直して……改めて『自分の言葉で』お前への気持ちを伝えた。……だから俺は、今もこうしてお前といられると思っている」
シンク自身の口から、言葉を引き出したかった。それがソウヤの真意だというのだろうか。だとするなら、そのために、そのためだけに――。
「そのためだけに……貴様はこれほどのことをやらかしたというのか!?」
「『人間死んだ気になれば何でもできる』とは俺の世界でよく言ったものでな。一度そんな状況で約束を交わせば、命に代えてでもその約束を守ろうとするものなのさ。シンクみたいなクソがつくほど真面目な奴なら、なおさらだ。だが逆にそれ故、シンクは最後の決断を下せなかった。口約束で婚約を交わしても、婚約予定の相手の両親が失踪しても、その後国で内戦が起きても、さらにはその姫君が誘拐未遂にあっても、だ。だったらもう
ここから先は俺の勝手な推論だ。そうであって欲しい、という願望と捉えてもらっても構わない。……あいつは当に答えなんて出していたはずなんだ。なのに地球の生活だなんだ、結局答えを先延ばしにしていた。だから、俺はあいつに期限を設けてやったんだ。絶対に退くことのできない期限を、な。
だからあいつがこれまで通りの勇者生活を選ぶ、と言った時、狙い通りとは思った。絶対にそう言うとわかっていた。そのはずだったが……さっき言ったとおりそれ以上の安心感が生まれたさ。俺の読みどおり、という喜び以上に、あいつ自身が自分で道を選び、それを突き進んでくれるだろうって思えたからな」
自嘲的に、ソウヤが笑う。結局、この元勇者は現勇者のためだけにこの計画を考え、実行したということになるらしい。
だから彼は時に憎まれ役を買って出た。シンク当人もわかっていることを敢えて口にしたり、今回で言うなら「本当にミルヒにふさわしい存在か」と投げかけたり。それら全て、他ならぬシンクを思っての行動だったのだ。
「……馬鹿だな、お前は」
「ああ、馬鹿だよ。大概に、な」
「まったく心配をかけさせおって……。ワシはてっきり、またお前が魔物に取り憑かれるのではないかと心配していたというのに……」
「なるかよ、んなこと。大体お前の星詠みだって視えたのは巨大な魔物だった、という話だっただろうが。……ああ、それで思い出した。俺はお前が星詠みをしたって言った時、てっきりこの計画がお前にバレたもんだと思ってたんだよ。だかららしくなく取り乱したんだ。だがお前は魔物しか視えなかった、と言ったからな。おかげでそれに対する対策は取れた」
「……しかし『狂気に支配された貴様の顔』が、まさか演技だったとは思わなんだがな」
今のレオならわかる。あの一瞬だけ、「狂気に支配された顔」をソウヤが見せた時だけ、彼が全く異質だったその原因。それは、「演技」だ。彼は狂った自分を一瞬演じてみせた。おそらく彼女を黙らせるためだろう。だから、普段とは全く異なるその様子を醸し出し、そして彼女を惑わせたのだ。
だが当の本人はきょとんとレオを見上げる。そのこと自体が初耳だったからだ。
「何だその……『狂気に支配された顔』ってのは」
「ワシが星詠みの時、魔物の後に視えた、狂気に歪んだような貴様に似た男の笑みじゃ」
「な……! そんなの初耳だぞ!? なんで言わなかった!?」
「言えば本当にそれが現実に起こってしまう、そんな嫌な予感がして黙っていたのじゃ」
ハァ、と大きくソウヤがため息をこぼした。そして右手で頭を抱える。
「……そうか。だからあの時」
「ん?」
「お前が俺に飛びかかろうとしたろ? 魔物出現の報告の直前だ。あのお前の行動だけは予想できなかった。俺のあの芝居めいた笑みを見せ、ありえないセリフを吐けば、お前なら何かを勘付いて引っ込むと思ってた。当初の予定なら魔物は出ないはずだったから、そのまま姫様が心を決めようとしたところでシンクが割って入って大団円。そういうはずだったんだよ。
……ところが俺の笑みを見た途端、お前は激昂した。間違いなく本気で斬りに来るとわかった。その展開だけは想像してなかった。……そうか、そういうことがあったからか。情報不足、って事だな。『人間、計画を練れば練るほどボロが出ると思うが大丈夫か』とロランさんに危惧されたが、まさにそれを地で行っちまってた、裏目ってたわけか」
ククッとソウヤが自嘲的に笑う。唯一、今回の計画で完全に計画外だった行動といえばそれぐらいだった。
次いで彼は大きくあくびをこぼす。見るからに眠そうな様子だった。
「……段々眠くなってきたな。質問があるなら早めにした方がいいぞ」
「もし、お前の計画に便乗する形でロランたちが本当にクーデターを起こしたとしたら、どうするつもりじゃった?」
「もし、はない。実際には起きなかった。それが全てだ」
「……では、もし、お前とシンクの一騎打ちのとき、シンクがお前を本当に斬っていたら……」
「同上。もし、はない」
「……貴様、『現実主義者』とか言っていつもそう言うが、都合の悪い質問は全部それで逃げるつもりではあるまいな?」
「お、いいところに気づくな。確かに、半分はそれで合ってる。だが、答えようがないだろう? 実際は起こらなかったわけだ。だから考えるだけ無駄だ」
大きくレオがため息をこぼした。もう何を言ってもこの調子で逃げ切られるだろう。だがそれでも、最後にどうしても聞きたいことがあった。
「……では最後にひとつだけ。出来るなら逃げずにこれは答えろ。もし、シンクがミルヒに婚約を迫らなかったら、お前はどうするつもりじゃった?」
「同上……で済ませたいが、答えてやる。……ああ、ついでにここまでの質問の答えも合わせて答えてやるよ。今お前が言ってきた質問、それは、全て有り得ないんだよ」
「なぜじゃ?」
ニヤッとソウヤが笑う。全てを悟ったような、それ以外に答えはないと言いたいような。まるでこの世の全てを知る賢者が物事を
「なぜなら、あいつは勇者だからだ。そして、
一瞬虚を突かれた表情を浮かべ――そしてレオは心から笑った。実にナンセンスな、説得力のない答えかもしれない。だが、それで十分だった。それが、全てだった。
一体何を不安に思う必要があったろうか。この世界と彼の何を疑う必要があっただろうか。そうだ、ここはフロニャルドだ。謀反だの侵略だの、そんなことが起こるはずのない世界だ。そして、誰よりもその世界を理解しようとして愛したソウヤが、それを起こそうなどと動くはずもなかった。
結局こんな答えで満足してしまった自分まで、この男の掌の上だったのだとレオは気づいた。だがそれでいい。踊らされるのは好きではない。それでも、この男になら、死ぬまで踊らされてもいい。そうとさえ思えてしまう。だから今こうして、彼女は己の太股の上で心地良さそうに寝そべる夫をただ優しく見守るだけだった。その彼の瞼が次第にまどろんでくる。
「……悪い……。さすがに……疲れた……。少しでいい……このまま寝させてくれ……」
レオは頬を緩める。ここまで「道化」として舞台を回し、自らも最後まで演じ切ったのだ。今ぐらい、夫のわがままにつきあい、労ってやろう。彼女はそう思い、右手でそっとソウヤの頭を撫でた。
「……ああ。大役ご苦労じゃったな。我が夫、『蒼穹の獅子』よ……」
タイトルはEpisode 31からの続き。うまく五七五調にまとめた……つもりが最初と最後が字余り。