DOG DAYS DUAL-BRAVER   作:天木武

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Episode 33 演者達のカーテンコール 前編

 

 

 シンクとミルヒの婚約が大々的に報じられてから数日が経った。

 パスティヤージュ領、エスナートにあるエッシェンバッハ城。領主執務室に3つの顔が並んでいる。険しい、というより明らかにお冠な様子のリーシャと、その前には申し訳なさそうに縮こまりながら領主机の前に腰掛けるクーベル、そしてその傍らに立つキャラウェイの3人だ。

 

「さて、クーベル様。私がここに来たのは他でもありません」

 

 いつぞやのデジャブ、しかしかつて行われた時とは立場がまるで逆だ。

 

「先日は何が何だかわからないうちに出撃を命じられ、『姫様達を保護しろ』という理不尽な命令の後だったために拒否しようとしましたが、あなたにしては珍しく強く命じられたために仕方なくそれに応じた。そこで待っていたのはなんと魔物との戦闘だった。そしてその後も何が起こっているかわからないうちに終わり、食事会ということになった……。魔物の登場は本当にイレギュラーで、どうやらシンク君と姫様は婚約を取り付けた。あの()()()がそれを仕組んだ、そこまではわかりました。ですが細かいことは未だ私は何もわかっておりません。あなたは『後日改めてちゃんと説明する』とおっしゃいました。さあ、洗いざらい話していただきますよ!」

 

 蛇に睨まれたカエルの如く、ビクリとクーベルが肩を震わせる。そう、本来の領主はこんな様子であるはずだったではないか。よくよく考えれば、あんな深刻な顔をして有り得もしないようなことを言い出したこと自体がおかしかった、その時になぜ気づかなかったのだろうか。

 

「リーシャ、まあ落ち着いて……」

「キャラウェイ君は黙ってて!」

 

 これは触らぬ神に祟りなし、とキャラウェイは大人しく引っ込むことにした。助けを求めるクーベルの視線を申し訳なく思いながらも無視することにする。

 

「いや……あの……。リーシャには本当にすまないことをしたと思っておる……」

「すまないことをした!? まったく本当ですよ! クーベル様もキャラウェイ君も事情を全部知っていて私だけ知らないなんて、あの詐欺師に馬鹿みたいに踊らされただけじゃないですか!」

「あーリーシャ、一応ソウヤ殿を詐欺師呼ばわりするのは……」

「キャラウェイ君は黙っててって言ってるでしょ!」

 

 この剣幕ではやはり何を言っても無駄だとキャラウェイは判断する。一応今回の一件の最大の功労者の苦労人に対して「詐欺師」呼ばわりだけはやめてもらいたかったが、これまで散々煮え湯を飲まされ続けた挙句、今回も知らぬ間に踊らされていたとなれば彼女の怒りももっともだろう。この場にいない本人には申し訳ないが、こればかりは致し方ないかとも思う。

 

「大体なんで私に黙ってたんです!? 2人が知ってることなら、私に言っても良かったじゃないですか!」

「あー……。ウチもそう言ったんじゃが……。あいつがどうしても『お前たち2人以外には口外禁止だ』と強く言うもんで……」

「いつの話です!? いつからそう吹き込まれていたんですか? 主席の誘拐未遂の一件のときですか?」

「そうじゃ。あの後来たソウヤがリコ誘拐の件で色々言った後、この計画について一枚噛みたいなら、とさっきの口外禁止の条件つきでウチらにもその説明をしてくれた。あいつとしてはパスティヤージュはしばらく静観すると見ていたらしい。じゃからあの時、自分の計画に狂いが生じる、特に不確定要素の第三国を刺激する可能性があると判断して、ノワと少数の騎士と共に仕掛けてきたというわけじゃ。……本当なら、リコの一件がなければもう少ししてからキャラウェイ経由で話をよこす予定だったらしいがな」

「でもなぜ2人だけなんです!? なぜ私はそこから外されたんですか!?」

「あのアンポンタンが言っておった。『良い演者とは、黙って踊る演者』じゃと。あいつは、お前にエクレールと踊る場を用意するつもりでいる、そう言っておった。じゃから、あの時にお前に追撃を命じたのじゃ」

 

 エクレールと踊る場を用意する。つまり、彼女のあの追撃におけるエクレールとの戦いすら、彼は計算のうちだったのだ。おそらく一行は足を止めずに戦う、やがて消耗する、そしてエクレールが残る。そう判断したからこそ、あえてリーシャにだけはこの話を言わず、2人を戦わせたのだ。

 その上で前もってエミリオを間に合わせるようなタイミングで出発させていたのだろう。結果はあの通り。エミリオは窮地の姫を助ける王子にはならずとも、その場でエクレールの心を決めさせるだけの効果を発揮し、そして丁度いいタイミングでそのシナリオを書いた張本人が介入してくる――。

 

「それじゃあ……それじゃあ私は、騎士エクレールの引き立て役としてあの場で踊らされた、と……!?」

「すまない、リーシャ。そういうことになる。……私が引き受けるといったんだが、ソウヤ殿がどうしてもと君を指名したんだ」

 

 キャラウェイの補足に、リーシャはようやく納得した。「良い演者とは、黙って踊る演者」。そうだろう、事情を知る人間より、知らない人間の方がリアリティが増す。ドラマとして盛り上がる。いや、それ以上に適した理由にリーシャは気づいていた。何よりもあの男は、つくづく自分をコケ(・・)にしたいらしい。

 

「……クーベル様」

 

 しばし黙り込んだリーシャが口を開く。声のトーンが落ちているのが逆に怖い。

 

「な、なんじゃ……?」

「クーベル様はあの時、私に『良い演者とは、黙って踊る演者』と、先ほどあの詐欺師が言ったということと同じことをおっしゃった。そしてあなたがそう思っているともおっしゃった。……それは本心ですか? それとも……」

「本心のわけがなかろうが」

 

 即答だった。迷う暇すら、クーベルにはなかった。

 

「ウチはお前を演者などと思ったことはない。あの時はお前も迷っていたようだし何かあと一押し言わねば、と思って受け売りを咄嗟に言っただけじゃ。……まあ確かに時々ウチが無茶を頼むせいで、その演者もどきにしてしまうことはあるかもしれんが……。ともかく、ウチやパスティヤージュのために懸命に尽くしてくれる立派な飛空術騎士団の隊長。それこそがリーシャ・アンローベ、お前じゃと思っておる」

 

 小さく、リーシャは笑みをこぼした。

 

「その言葉を聞いて安心しました。それでこそ、私の知る、この国の誇れる領主様です」

「そ、そうか……?」

 

 そうだ、それでこそクーベル・エッシェンバッハ・パスティヤージュ。そそっかしく、時に先走ってお目付け役のキャラウェイや自分を困らせる。それでもきちんと領主としての役を全うし、皆からの信頼を得る領主、それこそが彼女だ。

 

「ですが!」

 

 だが、彼女に振り回されるのはよくても、()にはもう振り回されたくない、とリーシャは語気を強めて続ける。

 

「あの()()()()の戯言で引っ掻き回されるのは金輪際ゴメンです! 今回甘んじていいように扱われたご様子ですが、クーベル様はあんな男に好き勝手に言いくるめられて悔しくないのですか!?」

「そ、それは悔しいわ! 今回だけは特別、あんなアンポンタン、いつか絶対ぎゃふんと言わせてやるのじゃ!」

「私も全くの同意見です! 私も協力します、いつかかならず吠え面をかかせてやりましょう!」

「おお! いい案じゃ、リーシャ! ウチも乗るぞ!」

 

 女性陣2人でひたすら盛り上がる様子を、キャラウェイは苦笑を浮かべて見つめるしかなかった。このままでは自分もこの2人の側に引き込まれるか、はたまたこの国の歯止め役としてソウヤから目をつけられるか。どっちに転んでも自分の明日はどうにも暗いんじゃないかと、キャラウェイは将来に対して少々悲観せざるを得なかった。

 

 

 

 

 

 ガレット、ヴァンネット城。領主執務室から1人の男が出てくる。ソウヤ・ガレット・デ・ロワ。この一連の騒動の張本人だ。

 今彼は領主であるガウルとの直接の対話を終え、部屋を後にしたところだった。結論から言えば、彼への処罰はなし。結果的にシンクとミルヒの婚約問題が解消したこと、ビスコッティ先代領主夫妻が寛大な処置を求めてきたこと、その他諸々、問題はあれどそれと差し引けるぐらいのプラスの面があったことは否めず、一先ずフィリアンノ城へ行って巻き込んでしまった張本人たちに詫びぐらいは入れて来いと部屋を追い出されるように出てきたところだった。

 そこで、部屋の前で待っていたノワールとすれ違う。彼女もソウヤ側で暗躍していた人間だ。ガウルからの沙汰待ち、直接の出頭を命じられていた。

 

「どうだった、ソウヤ?」

 

 心配そうに尋ねる彼女にソウヤは気楽そうに腕を広げて答える。

 

「なんらお咎めなし。とりあえず小言はぶつけられたが、それだけだ。でも姫様に詫びだけは入れて来いとは言われた。これからフィリアンノ城に行ってくる」

「そっか……。よかった」

 

 ノワールはホッとしたような表情を浮かべる。彼が無罪放免ということは、彼女もそうなる可能性は高い。

 

「ただ、俺の場合は圧力がかかってたからな。お前は後ろ盾がない、俺みたいにはいかないかもしれない。その辺は……」

「大丈夫。覚悟は出来てるよ」

「何を言われても、か?」

 

 コクリ、とノワールは頷いた。それを見たソウヤは、満足そうに笑みを浮かべる。

 

「なら、いいか。……あとは、お前次第だ。頑張れよ、黒猫」

 

 意味深な一言を残し、ソウヤは右手を上げて去っていく。「頑張れ」と言われた最後の言葉の意味を知りたいノワールだったが、既にその背中は離れていってしまっていた。

 

「おいノワ! いるならさっさと入って来い!」

 

 さらに部屋の中からもガウルの促す声が聞こえる。諦め、彼女は領主執務室へと入っていった。

 

 椅子に腰掛けるガウルの表情は真剣だった。「お前には後ろ盾がない」と言ったソウヤの言葉を彼女は思い出す。場合によっては降格や左遷、ということもあるだろう。

 

「……ノワール・ヴィノカカオ。ガウル殿下の命により出頭いたしました」

「ああ。よく来た」

 

 形式的に2人が固く挨拶を交わす。が、それが終わってもガウルの表情が緩むことはない。

 

「さてノワール・ヴィノカカオ万騎長、呼ばれた理由はわかってるな?」

 

 さらには愛称ではなくフルネームでの正式呼称。どうやら真剣なものになるらしい。

 

「……はい」

「部隊の私的独断使用、それに準ずる命令違反、さらには領主である俺に対する欺瞞(ぎまん)……。いくらデ・ロワ卿に協力を要求されたとはいえ、つまるところそれを受けたのはお前自身だ。そうだな?」

「……そうです」

「そのことに対して弁明はあるか?」

 

 シンクと姫様の、そしてその2人を心配するガウ様のためだから。本当はノワールはそう言いたかった。だが、その言葉を飲み込んだ。自分はガウルに褒められたくてやったわけじゃない。ソウヤから見たときに動かしやすいポジションに自分がいた、そしてシンクとミルヒをくっつけたかった。自分とガウルは一緒にはなれない、でもその分まで2人に幸せになってほしかった。そんな思いからだった。

 しかし、それをここで言う必要はない。彼は自分の思いを知らぬままに、自分なんかより素晴らしい女性と婚約し、そしてこの国を導く。その時陰ながらサポートできればいい。それだけで自分は満足だ。ノワールはそう思っていた。

 この騒動中に久しぶりに肩を並べた。互いに口喧嘩しながら魔物相手に戦った。彼女はそれを心から楽しんだ。可能なら、またああやって口論しながら昔のように過ごしたい。でもそれは叶わぬ願いだ。それはこれまでで重々承知している。だから、やはり彼女は自らの思いを全て飲み込むことにした。

 

「……いえ、何もありません」

「なら、何を言われても文句はない、そういうわけだな?」

「はい」

 

 ガウルが一度間を空ける。息を吐き、ゆっくりと口を開いた。

 

「……ではノワール・ヴィノカカオ万騎長。ただ今をもって、騎士である権利を剥奪する」

「え……」

 

 予想していなかった。後ろ盾がないとはいえ、ソウヤに対して無罪放免で自分は騎士権の剥奪。だが何を言われても言い返すつもりはなかった。お前はもう騎士である資格も、自分の裏方で何かをする資格もない、ガウルにそう告げられたのだとわかり、彼女は俯いて返事を返す。

 

「……わかり……ました……」

「代わりに……」

 

 続けられたガウルの言葉に、彼女は項垂れたその頭を僅かに上げた。

 

「……俺の、側にいてくれ」

 

 そしてその言葉の意味がわからず、きょとんと彼を見つめる。

 

「……え?」

「俺と……俺と結婚しろって言ってんだよ!」

 

 顔を赤くし、これまでより声量を上げてガウルはそう叫んだ。やや遅れて、今度はノワールの顔も赤くなる。

 

「な、な、何言ってるのガウ様!?」

「何度も言わせんな! 結婚しろっつってんだ!」

「そうじゃなくて! どうして急にそんなこと……! ガウ様、私の気持ちに気づいてたの!?」

「いいや……! 恥ずかしい話だが全然気づかなかった、これっぽっちも思ってなかった! ……でもソウヤの奴にさっき言われたんだよ。『俺が魔物と戦う時に送った書状の理由がわかりましたか』ってな。俺はてっきりジェノワーズの一時的な再結成程度だと思ってた。だが違うとあいつは言った。ノワが解散を申し出た理由を今までに考えたことがあったか、なんで解散なんて申し出たのかわかっているのか、と。……俺から距離を置きたかった、俺を意識したくなかった、そうだろ!?」

「ソウヤ……! なんでそんな余計なことを……!」

「余計なことだと!?」

 

 机を叩き、ガウルが立ち上がる。

 

「何が余計なことだ! あいつに言われるまで、俺はお前の気持ちを全く考えようともしなかった。家族同然に育って、そんなお前がジェノワーズ解散を言い出して、いよいよそれ相応のポジションにつこうという気になったのかとしか思わなかった。

 俺は馬鹿だよ、今おめでたいシンクより馬鹿だ! なんで身近にいたお前の気持ちにすら気づいてやれなかった!? あの時久しぶりに一緒に戦ったってのに、俺はただ懐かしさと楽しさを感じることしか出来なかった。共に戦場を駆け、背中を預けたのに、その心の中を察してやることが出来なかった!

 そしてお前もお前だ! 今までずっと自分1人で飲み込むような真似をしやがって……! なんで自分の気持ちを俺に伝えようとしなかった!?」

「伝えられるわけないでしょ! ガウ様は領主だよ!? でも私はただの騎士……。そんな私が、ガウ様と結ばれていいわけがないじゃない!」

「ふざけんじゃねえ!」

 

 再び机を叩き、ガウルはノワールの元へと歩み寄った。後ずさろうとするが、その両手で両肩を掴まれ、彼女は後ろへと下がれなくなる。

 

「結ばれていいわけがないだと!? そんなの誰が決めた!」

「でも……でも私じゃ……!」

「俺はずっとお前と過ごしてきた。お前に対して恋愛感情があったかと言われればはっきり言うがノーだ。だがな、これ以上ないほどの自分の事を思ってくれている大切な女を見捨てて別な女を(めと)れるほど、俺は図太い神経で生きることは出来ねえ。そしてここしばらく、どこか物寂しいと思っていた俺の心が、あの時お前と一緒に戦えたことで満たされたような気がしたのも事実だ。だからノワ、お前の気持ちを聞かせてくれ。俺は、お前の気持ちが聞きたい!」

「私……私は……!」

 

 好きだ。それだけ言えばいい。だがずっと心の中で思い続けているその3文字を言うことが出来ない。本当に自分でいいのか。自分はガウルの相手にふさわしいのか。

 

「……やっぱりダメだよ! 私とガウ様じゃ身分が違いすぎるよ!」

「だったら!」

 

 ノワールの両肩を掴む、ガウルの腕に力が入った。

 

「だったら、その身分が上である領主の俺様が命令してやる! お前は俺が幸せにしてやる! だからノワ! 俺の女になれ!」

 

 包み隠そうという気さえない真っ直ぐで、そしてあまりに理不尽な命令だった。だがツーッと彼女の瞳から一筋涙が零れ落ちる。

 

「……私なんかで……いいの……?」

「良いも悪いもねえ。命令だ。お前には拒否権もないんだよ」

 

 強引過ぎる。だが、命令なら仕方ないと自分に言い聞かせ、ノワールは本心に従うことにした。ガウルの胸へ顔をうずめ、背中に回した手で力強く彼を抱き締める。

 

「ガウ様……ガウ様……!」

「……すまねえ、ノワ。俺は馬鹿で不器用で、こんな形でしかお前の気持ちに応えてやれない男だ。だが、それでも俺のことを思ってくれるのなら……俺はお前しかいらない。だからノワ……そう思ってくれているなら……結婚してくれ」

 

 胸元で彼女の顔が上下に動くのがわかった。思わず表情を緩ませ、ガウルは彼女の頭を撫でる。

 

「お前は、俺が必ず幸せにしてやる……。だからこれからよろしく頼むぜ、ノワ……」

 

 涙と、鼻を啜る声と共に小さく「……うん」という声が聞こえる。領主執務室に涙交じりの、だが嬉しさの色を含ませた嗚咽だけが響いていた。

 

 

 

 

 

「よかった……。ノワ……本当によかった……」

「まったくや……。ソウヤも罪な奴や、最後の最後、こんなんを用意しとるなんて……」

 

 その執務室の扉の前、壁に耳をあてがいながら2人の女性も涙を流していた。かつては同じ親衛隊のジェノワーズとして肩を並べたジョーヌとベールの2人だ。

 

「ソウヤの奴、出て行くときに『もし何かあったらノワールのことを頼む』とか言うから一体何事かと思ったら……。こういうことやったんか……」

「だから魔物と戦うあの時、わざと私達3人を近くに配置してジェノワーズを再結成させた……」

「ウチらがやりたがっていたことをさりげなくやって、しかもその実それが布石でガウ様とノワをくっつける……。シンクと姫様、エクレとエミリオに続いて3組目、結婚請負人やないか……」

 

 その例えにはベールは苦笑を浮かべるしかなかった。確かに彼はここまで3組の間を取り持つことに成功している。とはいえ、その呼び方は本人が耳にしたら嫌がるに違いないだろう。

 

「しかし……。ガウ様の口説き文句、かっこよかったなあ……」

「あ、ジョーもそう思った? 『俺の女になれ!』なんて言われたら……ちょっとドキッとしちゃうわ……」

「もし言われたら……ウチもころっと転がってしまいそうや。……ま、ノワほどお似合いなカップルにはならんやろから、結局譲ることになると思うけどな」

 

 互いに顔を見合わせ、2人はフフッと笑う。そして盗み聞きしていた執務室のドアから離れようと振り返ったところで、「うひゃあ!」と同時に間の抜けた声を上げた。

 そこに立っていたのはルージュとバナード。だがバナードはソウヤより先にガウルとの謁見を終えたはず。今更この部屋に用事はないはずだ。

 

「将軍の言うとおり、やっぱりここで盗み聞きしてたのね……」

「私の、というよりソウヤ殿の言うとおり、だな。そしてこの2人の様子なら部屋の中でも彼の目論見どおりになった、ということのようだ。……ジョーヌ、ベール、私がソウヤ殿に言われたのは『盗み聞きはかまわないが、くれぐれも2人の邪魔はするな』ということだ。ばれないうちに、ほどほどにして引き上げた方がいい」

「と、当然や! ウチらもそうするところやったんや! 勿論水を差そうなんて野暮なことは考えてないですし!」

「じゃあ善は急げですね。一先ずここを離れましょう」

 

 4人が執務室から離れていく。ドアが空いても怪しまれないだろう、という距離まで進んだところで、ジョーヌが口を開いた。

 

「しっかしソウヤの奴、ガウ様とノワの結末も、ウチらが盗み聞きすることもお見通しか……」

「それはそうよ。今回これだけの大仕掛けをやってのけた人だもの」

「つってもあいつ1人だけの力やないみたいやけどな。ノワと、あと将軍も協力してたんやろ?」

「協力、というよりもともとは私と、そしてロランから振った話だからね」

 

 それを聞いてジョーヌがため息をこぼす。そしてどこかつまらなそうに両腕を頭の後ろに組んだ。

 

「ったく、それやったらウチらにも一言あってもいいものを……」

「まったくよ。私なんてあの人の隊の副隊長よ? なのに一言もなしだなんて……」

「彼の中では、ビスコッティの人間を中心に舞台を作り上げて、あくまでガレット、パスティヤージュ、その他の周辺各国は聴衆に過ぎなかった、ということだったのさ」

 

 バナードの説明にまだジョーヌは納得がいかない様子だ。

 

「それもよくわからんわ……。もしウチらが余計な動きをしたら、計画そのものを破綻させてたかもしれなかったんやろ?」

「だがそうはならなかった。なら、そのもしはない、とこの場に彼がいたら言うだろうね。事実、ビオレ殿は独断で動いたが、大事には至らなかった」

「……それは将軍が姉様の動きに気づき、ソウヤ様に連絡したからではないでしょうか?」

 

 思わずルージュが突っ込みを入れる。ミルヒ達がドラジェに入りそうだとバナードが報告した時に、彼はビオレの動向を気にしていた。てっきり近衛隊の指揮、という表向きの言葉をあの時は信じていたルージュだったが、今思えば不測の事態に備えての情報収集だったとわかった。

 

「ああ、確かにあの時はそうだった。だがおそらく私があそこで気づかなくても、事態は何も変わらなかったと思うがね」

「監視的な要素は薄かったですものね。どちらかというと将軍はガウ様の動きを制御する役割、のようでしたし」

 

 鋭い指摘だ、とバナードは苦笑を浮かべた。彼女の言うとおり、バナードの主な役割は将軍、それも頭脳役としてガウルをソウヤが望むべき道へと誘導すること。結果、「逃亡」した姫様の直接の保護を見送り、ドラジェへ連絡をつけて、そこに逃げてもらう、という一連の筋書きを作り上げたのだ。

 

「……しかし最後の最後、ガウル殿下とノワールのこの件までは、私も今さっきまで知らなかったよ。彼は見事に『味方』であるはずの私まで欺いてみせた。……そして私はこのことに関しては『関係者』でも『演者』でもなく、『聴衆』にまわったということになるわけだ」

「その……さっきから言ってる演者だの聴衆だの、どういう意味なんでっか?」

 

 バナードが口の端を僅かに上げる。

 

「彼はこの一連の事態において、役割を『演者』『関係者』『聴衆』に分けた。今回メインとなったシンク殿や姫様、何も知らずに動いたレオ閣下などは『演者』、私やロラン、ノワールなど事情を知っていた者は『関係者』、そしてそれ以外、この騒動を見守っていたものが『聴衆』だ。彼は『聴衆』をなるべく多くなるように望んだ。なぜなら、彼にとってこれは『茶番』であり、フロニャルドの方式に則ったいかにも本物のように見せた虚偽のドラマであり、そしてそれはあくまでエンターテイメント……『聴衆』を楽しませるための物だったからだ。……だが結果、この国で『関係者』と思っていた私とノワールも、最後の最後で彼に一杯食わされた。彼は最後まで道化を演じ切った、というわけさ」

「じゃあソウヤがやりたかったことって……」

「出来るだけな派手な道のりを経ての、最終的にはシンク殿と姫様の婚約の取り付け、加えて向こうの親衛隊長と副隊長も、だと思っていたが……。自国の領主殿も含まれていた、ということだな。それを、あくまでこの世界の方式で演出して、そしてまとめあげた、ということだろう」

 

 ジョーヌとベールが顔を見合わせた。ソウヤという人間はそういう男だと改めて実感する。常に全てを見透かし、そして思ったとおりに事を運ぶ。敵には回したくないが味方にすれば心強いことこの上ない男。それがソウヤだ。

 

「でも……私も安心したわ。ノワのことは心配だったのよ。ガウ様はガウ様で全然あの子の様子に気づいていないし……。まったく、あの人の耳に入れる前に断り続けていた縁談をそろそろ諦めて報告しようかと思ってたところだったし、その前でよかったわ」

「え、ルージュ姉それ本当か!? ……ってまあそうか。姫様やないけど、ガウ様もそういう年頃やしな」

「だけど……。ノワはガウ様と結ばれてよかったけど、あなた達はそれでよかったの?」

 

 ルージュの問いかけに、ジョーヌもベールも軽く笑って返した。「野暮なことを聞くな」と言わんばかりの表情が、そこにあった。

 

「ウチらはそういうんと少し違うから。確かに家族同然でここまで来たけど……。ノワが抱いていたような恋愛感情とは、ちょっと違うって言うか」

「仮にこの気持ちが恋だったとしても、私じゃノワには敵わないし。だから結ばれるべき人と結ばれたと思ってるんで、私もジョーもその辺は納得してるんです」

 

 やれやれとルージュはため息をこぼした。離れていてもジェノワーズの心は繋がっていた。違う部隊になっても、この子達は互いに互いを信頼しあえている。そして親友の幸福を素直に喜んで上げられる。

 

「……いい子達ね、あなた達は」

「よしてや。もうそういう扱いされる年やないで」

「だが君達のような若者が隊長格としていてくれるおかげで、ガレットの未来も明るそうだよ。ジョーヌ、私もいつでも安心して君に自分の分まで任せられそうだ」

「や、やめてくださいよ! ウチにバナード将軍の代わりはまだ荷が重過ぎますわ!」

 

 声を上げてジョーヌ以外の3人が笑った。

 

「……でもジョー、『子ども扱いされる年じゃない』って言ったけど、ノワじゃないけど私達もそろそろそっちのことを考えないといけないかもね」

「ああ……そやな……。ソウヤにも冷やかされるしな……。ルージュ姉、何かいい案……」

 

 そこまで言いかけてジョーヌはしまったと気づいた。彼女は今、意識せずに地雷を踏み抜いたのだ。

 

「……大丈夫よ、ジョーヌもベールも私なんかと比べたらまだまだ若いから。相手なんていくらでも、すぐに見つかるわ。フフフ……」

 

 ルージュの笑顔は引きつっていた。近衛隊長の代理を務めなくてはいけない、と困っていた彼女だったが、それ同様にこの結婚についての話題もかなりナーバスになっていた。自分より年下のレオやノワが結婚という話になっているのに、いつまでも自分が独り身なのを負い目に感じていたのだ。

 

「な、何言うてんのや! ルージュ姉だってまだまだ若い……」

「へえ……? 世間だと私ってまだ若い、って認識でいいのかしら……?」

 

 傷口を広げた。どうしようと困った顔でジョーヌはベールに助けを求める。が、固い絆で結ばれているはずのジェノワーズの片翼は知らん振りで顔を背けていた。続けて愛妻家の切れ者将軍にいい案を求めようとバナードを見るが、こちらも知らん振りで前だけをじっと見つめている。完全に孤立したジョーヌは苦し紛れにごまかそうと口を開いた。

 

「え、えーっと……。そや、あれや! 今回3組もの仲人を務めた『結婚請負人』のソウヤに頼めばきっとなんとかしてくれるに違いないで! ()()()だけにきっと()()()! ……なんちゃって……」

 

 相変わらずルージュは笑顔を貼り付けたままだった。結局ジョーヌも愛想笑いを浮かべてごまかすしかなく、彼女のシャレだけが虚しくヴァンネット城の廊下に響き渡った。

 

 

 

 

 

「へっぷし!」

 

 ガレットとビスコッティを結ぶ街道、そこでヴィットに乗っていたソウヤはひとつ大きくくしゃみをこぼす。

 

「どうしました、ソウヤ殿? お加減でも優れないので?」

 

 そのソウヤと並走していたゴドウィンが心配そうに彼を覗き込む。が、ひらひらと手を横に振って彼は気にしなくていいとジェスチャーした。

 

「そりゃ疲れてましたけどね。でも心労が降りた分、ここ数日は随分ゆっくりさせてもらってますよ。今のは、大方どっかのトラジマやらウサギ耳やらが俺の噂でもしてたんでしょう」

「それならいいですが……。しかしそういうホッとしたような時こそ、気の緩みから体調を崩しかねませんからな。用心するに越したことはないでしょう」

「……見た目と裏腹にそういうところは几帳面ですよね、あなたは」

 

 ゴドウィンが思わず顔をしかめる。だがそこに嫌悪感は全く伴っていない。むしろ意外そうな意味合いの方が強かった。

 

「……そうでしょうかね?」

「体格も戦い方もも豪快なのに、そういう気配りだけは細やかだ。だからいい部下に恵まれ、嫁さんも最高で、将軍として出世街道を順調に昇ったのでしょう?」

「よしてくだされ。それを申されるのならソウヤ殿こそ、最高の妻を得たのではありませんかな?」

「最高の妻、ねえ……」

 

 チラリとソウヤは背後の騎車の方を振り返る。以前フィリアンノ城を訪問した時同様、ソウヤはヴィットと共に外に、レオはレグルス、ビオレと共に騎車の中にいたのだった。

 

「愛妻家は、俺よりあなたでしょう?」

「またまたそうおっしゃる。自分もそうかもしれませぬが、今回の件でもその関係が揺るがなかったソウヤ殿とレオ閣下も、相当な間柄ではございませぬか」

 

 ガレット指折りの愛妻家にそういわれ、ソウヤは苦笑を浮かべるしかなかった。確かに今回の一件、最悪の場合離婚もありえるだろうとソウヤは思っていた。

 だが実際は何もなかった。自分を信頼してくれたということだろうか。逆に不気味なほど、特に何を言ってくるでもなかった。「これに対してはもう終わったこと」とでも言いたげな彼女に、彼もそれでいいかと思うことにした。

 よって、ソウヤが今騎車ではなく外にいるのはそういった喧嘩の類、というものではない。フィリアンノ城を訪問するとなったとき、ガウルが半ば無理矢理護衛役としてつけたゴドウィンに対して感謝の意味を込めて並走しているのが主な理由であった。

 

「それにしても、あなたも忙しいだろうにすみません。俺の護衛、なんてことで目付け役をやらせてしまって。まあ一応大騒動を引き起こした張本人ですので、監視という名目の人間は必要でしょうが」

「ソウヤ殿が謝ることでもないでしょう。かといって、殿下を責める気も自分は毛頭ありませぬが。それに自分はソウヤ殿を監視する、などと考えてはおりませぬ。あくまで、殿下が護衛を命じられたからそれに従っているだけのことです故」

「やっぱそういうところしっかりしてるな、あなたは。あ、あと……結果的にあなたも騙すことになってしまった。出来るだけガレットでは情報を知っている人間を少なくしたかったとはいえ、将軍クラスであるあなたにまで黙って計画を進めたことは、詫びたいと思います」

「なんのなんの。自分は舞台には乗っていない、あくまで観衆の側だった故、楽しませていただきましたぞ」

 

 聞き様によっては皮肉だろう。おそらくゴドウィン自身その自覚は全くないと思われる。が、ソウヤとしてはそれを言葉通りに受け取れるほど素直ではなかった。

 

「でしたら、もし次があったら、あなたも舞台で演じていただこうと思いますよ」

「それは面白そうですな。……ですが、すぐ次に、とはいかないのではないかと思いますが」

「と言うと?」

「噂だとミルヒオーレ姫は結構にお冠だとか。今日もこの後、危ないのではないですかな?」

「あの姫様が? そういやレオが『怒るとワシより怖い』とか言ってた気がしないでもないですが……。まさか。大丈夫でしょう、きっと」

 




本来エピローグにする話だった第1弾。ところが長すぎて1話=上限の4万字にすら収まらないんじゃないかという結果に。
そんなのはエピローグに適してるのか、ということで本編組み込みとなりました。
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