DOG DAYS DUAL-BRAVER   作:天木武

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Episode 34 演者達のカーテンコール 後編

 

 

「ソウヤ様、今、私ミルヒはすごーく怒ってます!」

 

 結論から言うと、高を括っていたソウヤの期待は華麗に裏切られ、全然大丈夫ではない状況となっていた。今フィリアンノ城の大広間にいるのは訪問してきたソウヤ、レオ、レグルス、ビオレと、ビスコッティ側はミルヒ、シンク、ロラン、アメリタにリゼルをはじめとしたメイド隊。促されるままに客間のソファに腰掛けたソウヤを待っていたのは、ミルヒの「お説教」であった。堰を切ったように始まった、身を乗り出してのお説教モードを誰も止めようとせず、いや、止めることの出来ないほどの彼女の勢いに、ソウヤも、そして周りの人間ももはや言葉を全て飲み込むしかなかった。もう出来ることなら地べたに正座して可能な限り身を小さくしたいと思いつつ、ソウヤは項垂れてそのお説教をただ受けていた。

 

「確かに結果だけを見れば大成功だったでしょう。国営放送の人も大喜びでしたし、編集して放送されればきっと凄まじい視聴率を叩き出すドラマかドキュメンタリーか知りませんが番組となるでしょう。だけどあんまりじゃないですか! 『ドッキリでしたー!』で許される範囲を越えてます! さすがの私も怒ります! 仏の顔も三度までです! 鬼の目にも涙です!」

 

 それを言うなら「堪忍袋の緒が切れた」でしょう、と突っ込みを入れたいソウヤだったが、この状況でそれが言えるほど自殺志願者ではなかった。大人しく身を縮めたまま、お説教を甘んじて聞き入れていた。

 さすがにそれを見かねたか、自国の騎士団長でビスコッティ側での発起人でもあるロランが思わず口を挟む。

 

「ま、まあまあ姫様。あまりソウヤ殿をお叱りにならずとも……。今回の件は私から振ったことですし……」

「心配せずともロランの番はこの後です! アメリタも一緒です! それが終わったらリゼルとメイド隊ですから、全員よく心しておくように!」

 

 しかしこれは完全に逆効果だったらしい。普段のおしとやかな姫様はどこへやら。まるで別人が乗り移ったかのような豹変振りに、誰もが口を噤むしかなかった。

 

「……ちなみに好奇心からの質問です。リコッタがそのリストに入ってなかった気がしましたが?」

「昨夜のうちにみっちり済ませておきました!」

 

 あららとソウヤは肩をすくめた。どうやら()()()()の人間は全滅らしい。このままこのお説教を受け続けるのは別に苦ではないが、生憎彼にも予定というものがある。この後()()()()の演者達にも挨拶しなくてはならないし、それ以前に目の前の勇者と姫君ともまともに会話を交わしていない。いつまでもこれでは時間がなくなってしまうと、ソウヤはこの場でもしかしたら唯一彼女の制御装置となるかもしれないシンクへと目で訴えかけた。それを受けてため息をこぼしつつ、シンクは口を開く。

 

「姫様。気持ちはわかるけど、そろそろソウヤのことを許してあげたら?」

「シンク!? シンクは怒ってないんですか!?」

「怒ってる、って言うか……。どっちかっていうとびっくりだった、っていうか、本当のことじゃなくてドッキリでよかったっていう安心感の方が強かったって、いうか……。まさかソウヤが本当にこんなことをやるわけないと思ってたし、やってほしくないと思ってた。だから、その僕の思い通りでよかったって気持ちの方が大きいかな。

 それにソウヤだって悪意だけであんなことをやったわけじゃないだろうし、多分僕が最後の一歩を踏み出せずにいたから、そこを後押ししたって意味合いが1番強いんじゃないかって思うんだ。……勿論、面白そうだったから、っていうのも否定は出来ないと思うけど」

「さすがシンク。パーフェクトな回答だ」

 

 どこか茶化し気味にソウヤにそう言う。それに対して苦笑を浮かべつつ、シンクは続けた。

 

「……でも、その面白そうだから、っていう部分でも、どうしても僕はソウヤを怒れないんだよね。僕自身もそこでなんか納得しちゃうっていうか……。だって、()()()()()()()()()()()

 

 ニヤッとソウヤは笑みをこぼし、レオは声を噛み殺して笑った。全てのネタ晴らしを終えた後、ソウヤがレオに告げた実に説得力のないナンセンスな理由。だがそれと全く同じ理由を目の前の、巻き込まれた当事者の勇者も述べたのだ。笑わずにはいられなかった。

 

「……やっぱお前は勇者だよ。俺と一緒でこの世界を心から愛している、な」

「面と向かって言われるとちょっと恥ずかしいけど……。否定できないし、するつもりもないよ。僕はフロニャルドが大好きだからね」

「それから隣にいる姫様も、だろ?」

 

 再び茶化し気味に突っ込まれたソウヤに、思わずシンクは顔を赤らめて俯いた。否定することではないし、今となってはなにかとごまかす事もないことだ。

 

「もう、ソウヤ様!? やめようかと思ったけど、また怒りますよ!?」

「すみません、ちょっと調子に乗りすぎました。一言多いのは俺の悪い癖ですよ。深く反省してますので、そろそろ勘弁していただけると助かります」

「ミルヒ、ワシからも頼む。お前の気持ちももっともじゃろうし、別にこいつがどれだけ怒られようがワシの知ったことではないが、これ以上はワシ達が話す時間もなくなってしまう故な。……それにレグの奴はこういう空気に敏感らしく、先ほどからぐずりそうでビオレが少々焦っておるんじゃ」

 

 親愛なる2人から頼まれ、ミルヒは深くため息をこぼし、乗り出しつつあった身をソファへと収めた。

 

「……わかりました。この件で皆悪意があったわけではない、盛り上がるようにという若干(よこしま)な考えはあれど、私達2人のことを考えてのことだった。そのことはよくわかっているつもりです。

 いえ、むしろそこまでしてでもと私達のことをと考えてくださっていた。そのこともわかっています。わかっていますが……。理解と納得はやはり別なのですね。シンクが言った通りだと思いつつも、どうしても振り上げた拳をそのまま下ろしきれず、つい自国の人間ではないソウヤ様に当たってしまいました。すみませんでした」

 

 次いで、軽く顎を引いて頭を少し下げる。これにはさすがのソウヤも思わず眉をしかめた。

 

「やめてください姫様。謝るべきは私であって姫様ではありません。自分は怒られるどころか、場合によっては極刑に値するとも取れる行動をしたわけです。そのお怒りはごもっともですよ」

「……ともかく、私のお説教はこのぐらいにしておきます。これ以上時間を割くのもすみませんし、これからソウヤ様は会わねばならない人が多くいるとも伺いました。私達のお話を進めましょう」

「え、そうなの? てっきりゆっくりしていくものだと思ったけど……」

 

 シンクとしては久しぶりに面と向かい合って話す機会があったと思い込んでいたのだろう。意外そうに聞き返す。

 

「いや、ゆっくりはしていくさ。今日はここに泊めてもらうつもりで来た。ただ、話すべき人間が多くいるからな。ここでの会話もほどほどに、挨拶してまわらにゃならん。……そんなわけでシンク、お前は最後に回すぞ。明日までいるんだから、明日でいいだろ?」

「えー……。まあいいけど……」

「お前とは色々と話さなくちゃならないことが多いからな。……だから、周囲の人たちとの話を終えて、最後にさせてくれ」

「うん……わかった。ソウヤに任せるよ」

 

 結局話したかったこともたくさんあるだろうに、シンクはソウヤのこの提案をあっさり受け入れた。それを確認し、彼は背後の近衛隊長の方を振り返る。

 

「さて……。まずはビオレさん辺りから切り込みますか」

「あら? 私に話すことなど、何もないのではありませんか?」

「うわ……。棘しかねえや……」

 

 思わずソウヤは苦笑を浮かべる。事が収まって以降もソウヤ達は元住んでいた別荘には戻らずにヴァンネット城で生活していた。だが、その間ビオレはこれと言って言葉を交わそうとせず、明らかに機嫌を損ねているとわかっていた。

 

「あなたがここに忍び込んだあの晩に俺が気絶させたことをそんなに恨んでるんですか? それとも宿敵との一騎打ちを邪魔したことの方かな?」

 

 あの日、ビオレが単身フィリアンノ城に潜入した夜、気を失う間際に彼女が見た「見慣れた顔」、それは言うまでもなくソウヤだった。つまり、彼が彼女の気を失わせたことになる。

 

「そのどちらでもありませんし、そもそも怒ってもいません」

「だったらその不機嫌そうな顔を治してくださいよ」

「生まれつきです」

 

 取り付く島がないとソウヤはため息をこぼす。彼女と顔を合わせて以来、ここまでへそを曲げられたのは初めてのことだった。

 

「……ただ、私が怒っているとするなら、どうして私にまで黙っていたのか、ということです。レオ様に対してはわかりますし、ガウ様も……まあなんとなくわかります。ですが、ノワールやバナード将軍には通した話なのに私には一言も相談がなかった、それはどういう了見からでしょうか?」

「俺はガレットの人間は出来るだけ『聴衆』に回って欲しかった。だからノワール揮下の諜報部隊にこそ話は通しましたが、近衛隊はおろか自分の遊撃隊にもこの話はしなかった。

 ……この計画を実行に移すとき、レオが飛び出すことと、その時にレグをあなたに預けることは計算済みだった。それに後輩のルージュさんに近衛隊長の座を実質受け渡していた。だから、レグの面倒を見ることに専念してくれると踏んでいたのですが……昔の血が騒いだらしいですね」

「別にそういうわけではありません。ただ、首謀者を暴き出せば事は解決する、そしてそういう汚れ仕事を引き受けるとしたら……私が適役だろう。そう思っただけです」

「ついでにレオが飛び出すときについていけなかった。そのことに対して後悔も強く感じていたから、じゃないですか?」

 

 ソウヤからの指摘を特に顔色を変えずに聞いていたビオレだったが、そこまで話を聞くと思わず眉をひそめて息を吐いた。

 

「……そこまでおわかりになられているのでしたら、私が飛び出すことは計算済みだったのでは?」

「いえ。バナード将軍からあなたがヴァンネット城に見当たらない、という情報をもらうまでは信じられませんでした。あの日、俺はシンクと戦ってやられたフリをした後、諜報部隊と共にひっそりとこの城を訪れていた。そして翌日……つまり、最後の詰めの部分をどうするかをロランさんと相談している時に飛び込んできたその情報に耳を疑いましたよ。ノーマークでしたからね。なので、俺が予想できなかったのは事実です。……ただ、そこにその情報を聞いても顔色ひとつ変えなかったメイド長はいましたけどね」

 

 言いつつ、ソウヤはその時と同じであろう、メイドスマイルを貼り付けたリゼルの方へ視線を移した。

 

「リゼルさん、あなたはあの時確かこう言いましたよね。『ああ、やはりですか』と」

「ええ。よく覚えていらっしゃいますね」

「……なるほど、さすが優秀なメイド長殿。私が来ることなどお見通しだったわけですか」

「そういうわけでもございません。ただ、ソウヤ様からこのお話を伺ったとき、あなたに話を通していない、という点だけはずっとひっかかっておりました。場合によっては我が身を顧みずにこのフィリアンノ城まで直接来るかもしれない。そうは思っておりましたわ」

 

 リゼルの表情は変わらない。やはり、そこから何かを読み取ることは困難だった。だが、ビオレは自嘲的に口の端を緩める。

 

「……そこまで読まれていては、私の完敗のようですわね」

「それも違いますわね。まだ勝敗は決していないではありませんか。あの場は決着の場ではなかった。『次に戦場で互いに相見える時が決着の時』と約束しましたが、あそこは戦場ではありませんでしたから」

「あの場は俺が作った『舞台』上の袖と言ったところでしたかね。確かに戦場ではなかったわけだ。……で、どうします? 止めた俺が言うのもなんですが、個人的に2人の戦いは是非とも拝見したいところです。機会を設けるなら、見届け人だろうとなんだろうと俺が引き受けますが」

 

 ビオレとリゼル、2人の視線が交錯する。そして、同時に小さく笑った。

 

「必要ありませんわ。『戦場で互いに相見えたとき』が決着の時ですもの」

「そういうことです。なら、決着はその時までとっておきますわ」

 

 そして互いに「うふふふふふふ……」「おほほほほほほ……」と不気味に笑いを交わした。思わずその場の全員が引きつるような表情を浮かべる。レグルスが怖がって泣かなかったことだけが幸いだろう。

 

 ソウヤは次に自身をこの件へと巻き込んだ張本人、ロランとその妻であるアメリタへと視線を移した。

 

「さてと、次はロランさんですかね。大役お疲れ様でした」

「その言葉、そっくりお返しするよ」

「俺は舞台にそこまで留まってはいませんでしたからね。姫様に『ただ事ではない』と信じ込ませただけのあなたの気迫というか演技力、それがなければそもそもこの件は始まりもしなかったわけですから。……あとで映像で見せてもらいますよ。噂だと凍りつくほどの双眸だったとか」

 

 ロランが苦笑を浮かべる。確かに声色を随分冷たくして、普段の温和な自分を殺してミルヒに迫ったわけだが、それを改めて見られるというのはどこか恥ずかしいのだろう。

 

「あれは誰が見ても完璧でしたよ、私を信じ込ませるに十分な気迫でした。私からもそれは付け加えておきます。いっそ役者になった方がいいのでは、とも思いますよ」

「姫様まで。……やめてください。何も知らずに踊らされた姫様よりはよかったかもしれませんが、もう踊りたいとは思いませんよ」

 

 彼自身、謀反役としてこの舞台に立つことは乗り気ではなかった。だが、自分が詰めを誤ってソウヤに泣きついた以上、やれることはやらなくてはならない。そのこともまたわかっていた。だから彼はその顔を重厚な石仮面によって隠し、「クーデターを企てた騎士団長」という役割を演じ切ったのだ。

 

「アメリタさんもありがとうございました。この数日間、うまいこと姫様のスケジュールを調節していただきまして」

「確かに……今思うとあの数日だけ後にしても差し支えない公務ばかりだったと気づけますが……」

「申し訳ありませんでした、姫様。私はスケジュールの調整さえしてもらえば、勇者様の登場のときまであの部屋にいても特に何もしなくていい、と言われていました。……ですが、その事情を知ってる私でさえ、あの時のこの人の表情は鬼気迫るものがありましたわ」

「アメリタ! お前まで……」

 

 笑い声が上がる。今でこそ笑い事で済ませられることだが、当時からしたら本当に謀反が起こったという話だっただろう。

 

「……ですが姫様、実のところ私は当初はこの計画に反対でした。でも、私は以前この人と結婚する際に姫様にかけられた言葉を思い出し、考えを改めたのです」

「私がかけた言葉……?」

「はい。『大切な2人だから幸せになってほしいと願っている』……。その言葉を思い出したとき、姫様にはご負担がかかるかもしれませんが、勇者様と幸せになる道を歩んでほしい、そう思ったから、この計画に協力することにしたんです」

「アメリタ……」

 

 長い間自分を支えてくれてきた秘書官の名をミルヒが呼ぶ。アメリタはそれに笑顔を返して応えた。

 

「……ありがとう、アメリタ。あなたがいつも陰ながら私を支えてくれているから、私は安心して公務に励めます。これからもよろしくお願いします」

「勿体無いお言葉です。私などでよければ、いくらでもお支えいたします」

「ロランも、今回はちょっとやりすぎかなと思ってもいますが……。騎士団長として、これからもよろしくお願いします」

「深く反省していますよ。もう姫様にあのような視線は向けないと、固く誓いましょう。その上で、ビスコッティ騎士団の騎士団長として、改めてこの国のため、姫様のために剣を取ると誓います」

 

 ミルヒは満足そうな笑みを浮かべた。「お説教はこの後」と言ったが、その必要などないのではないか、と思えてしまう。なぜなら、彼女自身、もう2人に対しての怒りの心など当に消え去ってしまっていたからであった。

 

「……さてと、それじゃあここは大体収まったかな」

 

 話が一息ついたと判断したソウヤは、そう述べてゆっくりと腰を上げた。

 

「なんじゃ、ミルヒやシンクともっと話していかんのか?」

「姫様とのお話はお前に任せる。俺と話すより、その方が姫様も楽しいだろうからな」

「いえ、私はそんなことは……」

「それに、俺の迂闊な失言でまたお説教モードに入ってしまっては大変ですからね。……レオも落ち着いて姫様と話すのは久しぶりだろう? 俺に気にせずゆっくりしろ。俺は挨拶して回ってくる」

「そう言っておいて、貴様はこの後、夜にはダルキアンのところに飲みに行くと聞いたが?」

「お、耳が早いな。()()()()()とは前々から飲もうと約束していたからな。いい機会だろう」

 

 ニヤッとソウヤが笑みをこぼす。その笑顔に酒好きのレオはやや不満そうな表情だったが、諦めたようにため息を吐いた。

 

「……今日のところは文句は言わんが、もう少ししたら今度はワシも誘えよ」

「ああ。そうするよ。……それじゃあ行って来る」

「エクレールのところに行くのかい? 親衛隊なら中庭で訓練中のはずだ。まあ……くれぐれも気をつけてな」

 

 渋そうな顔でロランはソウヤに忠告する。温厚なミルヒでさえ拳を上げたあとでなんとか振り下ろすのをやめたのだ、エクレールは間違いなく、それも躊躇なく振り下ろしてくるだろう。

 

「一応紋章術展開して全力でぶん殴られる覚悟ぐらいはしてきてますんで、多分大丈夫ですよ」

「はは……」

 

 ロランの先ほどの渋そうな顔は戻らなかった。結果良しとはいえ過程はエクレールにとってかなり不満だったのはよくわかっていたからだ。事実、兄のロランにさえ事が終わった後は珍しく小言をぶつけるほどだった。

 

「中庭でしたら、私がご案内いたします」

「いつもすみませんね、リゼルさん」

「いえ。……いざというときはソウヤ様の身を守るために割って入らなくてはならないですからね」

「……あいつそんな怒ってんですか?」

 

 果たして「討魔の剣聖」と約束した夜の酒宴の席に参加出来るのかと思わずソウヤは苦笑を浮かべる。元々借りを作ることを嫌がっていた様子の彼女だ、怒りは相当だろう。

 

「とりあえず行ってきます。その後は……少し早いけどダルキアン卿のところに行くかな」

「ではお前は朝帰りじゃろうから、次に会うのは明日の朝か?」

「……朝帰り許してくれるのかよ、この寛大な嫁さんは」

「ダルキアンは酒に関しては底なしじゃぞ? お前など()()()()()()に酔わされた挙句、結局庵で酔い潰れるのがオチじゃろ。そこであいつなり天狐なりに()()()()()()をしないというのであれば、朝帰りぐらいは多目に見てやろう」

「……なんとか自制心を失わないよう、理性だけは保つ努力をするよ」

 

 結局、部屋を出るまでソウヤは苦笑を崩すことは出来なかった。レオにいいように扱われている気がする。よくこれで以前は手玉にとって茶番を成功させられたものだと思わずにはいられなかった。

 

「ではいってらっしゃいませ、ソウヤ様。……くれぐれもお気をつけて」

「僕と後で話すって約束したんだからちゃんと帰ってきてよー……」

 

 ミルヒとシンクにまでこう付け加えられてはどうしようもないだろう。深く、そして大きくため息をこぼしてソウヤは大広間を後にした。

 

 

 

 

 

 フィリアンノ城中庭。親衛隊はこの日も変わらず訓練を続けていた。中庭が見える位置まで差し掛かったところでソウヤはその様子を見つめ、真面目なのはいいことだがたまには休んでもいいだろうとも思ってしまう。と、いうより、訓練より先にやるべきことが、主に隊長と副隊長にあるだろうと彼は突っ込みを入れたかった。

 

 その中庭で訓練に励む隊員を監督していたエクレールは、城内から中庭に現れた訪問者を目にした途端、隠そうともせず露骨に顔をしかめた。次いで「全体、休憩だ!」と指示を飛ばす。

 彼女が飛ばしたその指示より早く、少し離れたところで見学していた背の小さな女性はソウヤの存在に気づいていた。立ち上がり、彼のところへと近づいてくる。

 

「お疲れ様であります、ソウヤさん」

「ああ、お疲れ様。()()()()()の主席殿」

 

 どこか少し困ったように、リコッタは笑顔をソウヤへと返す。彼女はソウヤと()()()に位置していた。つまり、今回ミルヒに大目玉を食らった側になる。

 

「大丈夫だったか? 昨日姫様に散々絞られたと聞いたが……」

「ああ……その話題には触れないでほしいであります。姫様とのお付き合いは長いでありますが、もう二度と、金輪際、絶対に姫様を本気で怒らせないようにしようと心に誓ったであります……」

 

 一体どれだけ、それこそ拷問のような「お説教」を受けたのだろうか。それはそれで興味があったソウヤだが、ここまで言っているトラウマを抉り起こすのも酷というものだろう。その興味は心の中にしまっておくことにした。

 

「そういう貴様はなぜ無事にここにいられる?」

 

 聞こえてきた声は彼の予想通りに不機嫌そうだった。そして仰ぎ見たその表情もやはり不機嫌そうである。近づいてきたのは声の主であるエクレール、その背後には正式に婚約者として認めてもらったエミリオ、そして親衛隊のアンジュの姿もあった。

 

「姫様の寛大な恩赦を受けてな。振り上げた拳をなんとか収めてもらった」

「そうか。そいつはよかったな。だがな、生憎私はその拳を収めるつもりはない」

「だろうな。そういう奴だ、お前は」

 

 そこまで話したところでニヤリ、とエクレールから不敵な笑みがこぼれた。

 

「だが私も鬼ではない。それに姫様が恩赦をかけられたのに私ばかりが過剰に手を下すのもなんだか気が引ける。本当は貴様が気を失うまで紋章剣を叩き込むなり紋章術込みで殴り続けるなりしてやろうかとも思ったが……。今日のところは全力で一発殴るだけで済ませてやる。あとはこれまでの借りまで含めて全てチャラ、それで勘弁してやろう」

「お、これは意外だ。貸し借りゼロにされるのは少々失うものとしては大きいが……。まあ我が身には変えられないからな。それでお前の気が済むなら、それでいい」

「済むか、阿呆。我慢してやる、と言ってるんだ」

 

 エクレールが平手を構える。素直にソウヤは諦め、その手の届く範囲まで足を進めた。そして目を閉じ、衝撃に耐えられるように歯を食いしばる。

 それを確認したところで、再びエクレールはニヤリを笑みをこぼす。次いで平手を閉じて()()()()、彼の()()に一発全力で叩き込んだ。

 

「ゲホッ……!」

 

 予想もしていなかった一撃に耐え切れず、悶えながら腹部を抑えてソウヤはその場にうずくまる。

 

「エ、エクレ! ひどいでありますよ! 平手じゃなかったでありますか!?」

「私は『一発殴らせろ』としか言わなかった。顔を殴るとも、平手で殴るとも一言も言ってないぞ。……そもそもこいつはそういうことを平然と言ってやってのける奴だ、私がやったところで文句はないだろう?」

 

 得意気に笑みを浮かべつつ、まだ咳き込むソウヤをエクレールが見下ろす。苦痛に顔を歪めながらも、彼もその顔を上げてなんとか笑顔を返した。

 

「ゴホッ……。ま、まあこいつの言うとおりだ……。いつも言ってやってることをそのまま返されただけだ……。文句も言えねえよ……」

「だがこれで今回のことと、これまでの借りは全部チャラだ。寛大な処遇に感謝しろ」

「お前だって最後は()()()()だっただろうがよ……」

「あれは望まずにそうなっただけだ。結局貴様の掌の上で……エミリオと共に踊らされ、そして貴様の言い方で言うなら舞台を降りた、それだけのことだろう?」

「まあ……そういうことだな」

 

 ようやくソウヤが立ち上がる。まだ腹部を抑えてはいるが、大分ダメージは引いたらしい。一度大きく深呼吸し、改めて彼女に向き直った。

 

「そういうわけなら、これで貸し借りチャラ、今回お前を踊らせた責任も俺は取った。それでいいんだな?」

「ああ。そうだな」

「わかったよ。……だがこれで貸しを使ってお前とエミリオの結婚式に呼んでもらう計画はおじゃんだな。それだけは残念だ」

「……いや」

 

 エクレールは視線を逸らした。そのまま恥ずかしそうに顔も俯かせる。

 

「……仲人を呼ばないわけにはいかないだろう。だから……貴様は呼んでやる」

「へえ……?」

「か、勘違いするな! 他の呼びたくて呼ぶ人たちとは違うからな! しょうがなく呼んでやるだけだ!」

「頑なに拒もうとされたので、自分も説得したんですけどね」

 

 ここまで心配そうに2人のやり取りを見ていたエミリオがようやくここで口を挟んできた。

 

「仮にも、ソウヤさんが今回のこの騒動を仕組まなかったらこういう結果にはなってなかったでしょうから。……ちなみに、あなたの頭の中では、自分と隊長のこの一件も計画されていたんですか?」

「一応な。確率は……はっきり言って五分五分だった。不確定要素が多かったからな。エクレールが盾になってあの場に残るのは計算していたが、リーシャ隊が姫様達を見つけられるか、その戦闘中にあなたが間に合うか、間に合ったとしてこいつの心に届くことが出来るのか……。だがそれら全てを見事やってのけた。だからエミリオ、あなたはそこの隊長と肩を並べるにふさわしい存在だと、俺は思ってるよ」

 

 照れくさそうにエミリオは俯く。一方でさっきまでそういう表情だったエクレールは普段通り、いや、普段よりも表情を渋くし、ソウヤに尋ねた。

 

「つまるところ、やはり貴様の掌の上で遊ばれていたというわけか」

「一言で言えばそういうことになるのかな」

「どうだった、軍師殿? 私達をうまく手玉に取れて、思い通りに動かすことが出来て、満足か?」

 

 その問いかけに、ソウヤの表情から一瞬色が完全に消えた。肯定したら即座に罵詈でも浴びせてやろうと準備していたエクレールは出鼻をくじかれる。

 

「……確かにお前の言うとおり、俺は軍師みたいなもんなのかもしれないな。足りない分をなんとか搾り出した知恵……というより、奇策やら姑息な方法で乗り切ることが多い。戦の時、うまく策がはまって相手の優位に立てたとき、それは心の中でほくそ笑んでうまく出し抜けた喜びを感じるさ。

 だが、今回ばかりはそんな喜びはなかったよ。俺が掌で弄んだのは戦の勝敗じゃない、その人間の今後の人生まで懸かっていると言ってもいい事柄だ。うまく狙い通りに事は運んだとはいえ……覚えたのは喜びの類よりも安心の方が上だった。……いや、その安心でさえも結局は自己満足だ。特にお前たち2人においては、本当に背中を押していいものか迷ってもいた。

 だからエクレール、エミリオ、逆に聞きたい。過程としては俺に仕組まれた形となったかもしれないが、結果としてお前たち2人はめでたく結ばれる運びとなった。そのことを、お前たちは今幸せに感じているか?」

 

 エクレールとエミリオは互いに顔を見合わせた。そして同時に頷く。

 

「答えるまでもないな」

「幸せですよ。いえ、彼女はこれから自分が幸せにします。そういう、約束ですから」

「そ、そういうことを平気で言うな、お前は……」

 

 最初の発言時の態度とは一変、エクレールは頬を赤らめて視線を泳がせる。そこまでの様子を伺い、ようやくソウヤは表情を僅かに緩めた。

 

「……それを聞けてよかった。俺の勝手な善意の押し売りをやっちまって、逆にそれが迷惑になるとしたら、お前に殴られた分だけじゃ自分で納得できないところだった」

 

 赤らめていた表情を戻し、エクレールが眉をひそめる。そして、ゆっくりと口を開いた。

 

「……はっきり言ってやる。私はお前が好きではない。初めてここに来た時の戦いで、尊敬するダルキアン卿に正当と言い難い方法で勝利し、そして私に滔々(とうとう)と自分の考えを語ってみせた。その後はまるで手玉に取るように戦において策を張り巡らせ、常にそのどっから湧いてくるかわからないような自信に満ち溢れた表情を貼り付けている。そんなお前が、私はどうしても好きにはなれない」

「だろうな。別に俺もお前に好かれたいとは思っていないし、好かれる性格だとも思ってねえよ」

「だがな、今さっきのお前のセリフでわかったよ。……お前は悪い人間じゃない。そして、根っからの悪人になることも出来ない。結局貴様は根はいい奴なんだ。だから、そうやって掌で踊らせた人間のことまで気にしてしまう。うまく他人を弄んでも『ざまあみろ』と言うことが出来ないでいる。勝手にお節介を焼いて、私のことを不器用だとか愚かだとか散々言ってくれたが、言った貴様が人のことを言えないほどに不器用だったらしいな」

 

 しばしの間エクレールの話を驚いたように聞いていたソウヤだったが、不意に声を上げて笑った。

 

「……そうだよ、その通りさ! 言ってくれるじゃねえか! ……結局戦で相手をはめた時こそ『ざまあみろ』と言えても、今回の件で俺はそう言ったことを全く感じられなかった。他人の人生を左右させて、そこに悦楽を得るほど神経が太く、図々しく出来てなかった。どうやら残念ながら俺は悪人にはなれそうにないらしい。だがおかげで、お前に心から嫌われることはなさそうだな」

「そういうことにしておいていやる。……さっきは殴ったが、今回のことは私なりに感謝はしてるぞ」

 

 その一言で十分だった。ここまで散々苦労を背負ってきたが、それが少し報われた気がした。絶対に感謝の気持ちを述べないような堅物の親衛隊長に感謝の言葉をかけてもらえた。そのことで思わず彼の頬が緩む。

 

「……だがな、そのせいでうちの親衛隊にも迷惑をかけたことは自覚しろ。特にアンジュは面倒な目に遭ったんだからかな」

「……ああ、そういえばロランさんから聞いたな。あの人に真っ向から歯向かったんだって?」

 

 思わずアンジュが苦い表情を浮かべる。当時状況を全くわかっていなかったとはいえ、今になって思えば何の証拠もなく目上で格上の騎士団長に食って掛かったということになる。

 

「隊長や勇者様、それに主席が姫様を誘拐などするはずがないとはわかっていましたから。騎士団長が怪しいのではないか、という噂は騎士の間でも囁かれていましたし、そんな風に思っていた時にあの人がエミりんに声をかけていて、それが余りにわざとらしかったので……。思わず感情的になって突っかかってしまったんですよ」

「いや、でもその芽は早いうちに摘めてよかった。……一歩間違えたらうちの近衛隊長みたいになっていたかもしれなかったからな」

 

 その「近衛隊長」という単語にエクレールが反応した。「ああ」と相槌を打ち、続ける。

 

「そういえば聞いたな。ビオレ隊長、ここに夜中潜入したんだって? 随分無茶をやる……」

「全くだ。ともかく、そうはならなくてよかったよ。……もっとも、こっちじゃリゼルさんが目を光らせていたし、カンが良さそうな人を見かけたら早いうちに()()()()に引き込むよう言ってあったから、突っかからなくても時間の問題だったんだろうけど」

 

 ハァ、とアンジュはため息をこぼした。何度か短く話したことはあったものの、面と向かい合って長く話したのはこれが初めて。なるほど、隊長が「好きになれない」という人間だと彼女は理解していた。彼は本当に己の一挙手一投足まで見抜くような、いや、見透かしてくるような人間なのだ。あれだけの壮大で途方もなく、そして馬鹿げた計画を平然と行ったのも納得だった。伊達に「蒼穹の獅子」の異名を持ち、あのレオ閣下を(めと)った人間だということだろう。

 

「しかし兄上に突っかかったという度胸は大したものだと私は思うぞ。まあ私はもうしばらくこの地位に留まりたいと思ってはいるが……結婚、となれば新婚旅行とかもあるからな……。義姉のアメリタ秘書官も『姫様と勇者様もですが、その前にまずあなたの旅行プランを組んであげますよ』とかノリノリだし……。そうなった場合、アンジュ、私とエミリオが不在の間この隊を頼むぞ」

「わ、私がですか!?」

「僕も賛成だよ。君になら問題なく出来るさ」

 

 親衛隊の隊長と副隊長に背中を押され、一瞬考えた様子のアンジュだったが、決心したようにその顔を上げた。

 

「……わかりました。その際は、責任を持ってこの隊を預からせていただきます」

 

 2人の表情が緩む。理解ある隊の人間に恵まれて本当によかったと、エクレールは心から感謝していた。

 

「……とまあ、これでエクレ絡みの親衛隊の件は一件落着でありますな!」

 

 ここでずっと聞き側に回っていたリコッタが無理矢理まとめようと割って入ってきた。

 

「勝手にまとめるな、リコ。……しかしまあ、こいつの言う通りかもな」

 

 フフッとエクレールにしては珍しい笑い方を見せた。今のリコッタの言うとおり、エクレール本人としては不満でも一応は一件落着、ということになるだろう。

 

「リコッタも苦労かけたな。お前無しでは成功はありえなかった。勇者召喚の有識者って事で引っ張りだこで忙しかっただろうに……」

「いやいや、自分はあくまで連絡役、ソウヤさんの指示通りに動いただけでありますから。……それに他国も自分を頼ってくれるというのはありがたいことだと思っているであります。幸い、パスティヤージュは勇者召喚についてはしばらく保留という結論を出しそうだという話でありますし、その手で少々厄介なことになっているカミベルからも、一度意見を伺いたいということで今日書状が届いたであります」

 

 それにはソウヤも意外そうな顔を見せた。今回魔物と同等に懸念していたイレギュラー、そのカミベルが融和な姿勢に出たというのは少々予想外だったからだ。

 

「……まあ行く時は一応気をつけろ、以前のパスティヤージュの二の舞になる可能性もないわけじゃない。だが……向こうの勇者様……いや、俺と似たポジションに着いたらしいから『元』か。ともかくその人間も頭が固すぎるわけでもないらしいな。行って、思ってることを意見してきてくれ。それで姿勢が変われば、俺もあの国に対して少し評価を改められる」

 

 コクリ、とリコッタは頷いた。勇者召喚は方法を彼女が確立させ、同時に思わぬ弊害まで導いてしまった事柄。自分の手でなんとかしたいという思いがあるのだろう。小さな体に似合わぬ苦労をかけてしまうと思ったソウヤだが、彼女はそんな彼の心配を跳ね返すほどの瞳をしていた。

 

「だがリコも大変だな。そんな苦労ごとの最中、こいつの面倒ごとに巻き込まれたわけだろう?」

「エクレールの言う通りかもな。それはすまないと思ってる。少なくともパスティヤージュ連中との戦いはガチ(・・)だったわけだし、それと知られず意見するとか前もって宿になりそうな辺りや道を調べるとか、結構面倒な役を振っちまったからな」

「それも苦ではなかったでありますよ。時々ノワも協力してくれて色々知識を借りることが出来たでありますし」

「……お前ら、本当に綿密にこの計画を練ってたんだな」

 

 呆れたようにエクレールが言う。

 

「当然だろ。こんだけでかい馬鹿げたことをやるんだ、失敗は許されない。出来るだけ関係者を少なくして聴衆を増やし、そして盛大に成功させる。この世界で、フロニャルドで受けるようなそんな茶番を、俺はやろうとしていたわけだからな」

 

 これには先ほど呆れていた彼女も苦笑を浮かべるしかなかった。その彼の望みは理想的な形で叶った。多少のアクシデントがあったが、それでも見事に完成された茶番だった。途中までは演者だった彼女も、最後は知っている側に回ったわけだが、だとしても称賛したい終幕だった。

 殊この男は本当にフロニャルドを愛しているとわかる。だからこそ、この世界に似合う最高の形で2人の婚約を盛り上げ、そして自分達もそこに乗せられたのだと今のエクレールはわかっていた。過程はどうあれ、結果として彼女は幸せを掴むことが出来そうだ。だからもういいか、と彼女は自身を納得させることにした。

 

「……貴様には頭が上がらん。これからもその活躍を期待してるよ、『蒼穹の獅子』殿」

 

 完全に虚を突かれた形でソウヤは目を見開いた。が、すぐ渋い表情へと変わる。

 

「……お前に面と向かってそういうことを言われると背中がゾワゾワッとするんだが」

「安心しろ。おそらく後にも先にも今回だけだろうよ」

「そうかい」

 

 まあいいか、とソウヤは天を仰いだ。日は傾きかけ、やがて夕方の様相を示し始めそうだ。これから行こうとしている場所には予定より少々早くなりそうだが、別に構うことはないだろう。そう思い、ソウヤはそろそろこの場からお暇しようと考えた。

 

「……ま、話したいことは一頻り話した感じか」

「そうだな」

「んじゃ俺は行くか。この後ダルキアン卿と飲み会でな」

「ああ、聞いている。酔い潰されて来い。そして胃の中の物をひっくり返して無様に醜態を晒すといい」

「……鬼か、お前は」

「ついでに寄った勢いでユキ辺りに抱きつけ。そうしたらレオ様の耳に入れてやる。みっちり絞られる貴様を拝めるからな」

「やらねーよ。さっきレオにそれだけはやめろと念を押されてる。……ったく見送りぐらい普通にしろってんだよ」

 

 ソウヤが城の方へと振り返った。これ以上話してもまともなことにならないだろう。ならさっさと去るが吉だ。

 

「じゃあな。まあまたそのうち来る」

「来なくてもいいぞ」

「自分は待ってるでありますから、またでありますよソウヤさん」

 

 ああ、お前はいい奴だよリコッタ、と彼は心の中で一言呟く。そして背を見せたまま右手を上げて別れの意志を表すと、次の目的地である風月庵へと向かうべく、城内へと足を進めた。

 

 

 

 

 

「では、未来ある若者たちに幸多きことを願って、乾杯」

 

 地球で言うお猪口サイズに注がれた酒を掲げ、場の4人――ソウヤ、ブリオッシュ、イスカ、ユキカゼは一気に中の液体を飲み干す。

 予定より少し早く、ソウヤの到着をもって予定されていた酒宴の席は始まった。まず最初の乾杯、いくら飲みすぎには気をつけようと一応思ってはいるソウヤでも、最初の一杯ぐらいはなんの気兼ねもなく飲み干していた。

 

「……強いな。でも、うまい」

 

 普段自分が飲む酒とは全く異なる酒を飲み、ソウヤは率直にそう感想を述べた。

 

「お、このうまさがわかるとは、ソウヤ殿はやはりいい酒飲みになりそうでござるな」

「飲みすぎて酔っても知らないでござるよ。もし拙者に抱きつくとかいやらしい事をやらかしたらレオ様に報告する故、ゆめゆめ忘れぬように」

 

 ブリオッシュに続いて述べられた棘のあるユキカゼの一言に、思わずソウヤは苦笑を浮かべた。レオにもエクレールにも釘を刺され、挙句ユキカゼまでもだ。自分はそんなに女たらしかと反論したくなる。

 

「大丈夫さ、ユキ坊。ソウヤ君はこう見えて真面目で誠実だ。それにいざとなったら俺が止めるさ」

「助かりますよ、イスカさん。でもそれはちょいとばっかり俺を買い被りすぎじゃないですかね?」

「買い被り? よく言うよ。今の言葉でも足りないぐらいだ。君はあの大舞台を見事に成功させてみせた。それも自身が主演ではなく、あくまで可能な限り裏方として舞台を回して、だ。何も知らない人間を主演に据えて君のシナリオ通りになるべく、まさに操るようにあの場を整えてみせ、種を明かせば実に何ということのない茶番だったと平然と言ってのける。そんなことが出来る人間は、只者じゃないと俺は思うよ」

 

 新たに注がれた酒を一口含み、ソウヤは無表情で視線を床に落とす。自分は褒められるようなことをしてはいない。むしろその逆、咎められても仕方のないことをしたと思っている。先ほどエクレールに話した言葉は彼の本心に相違なかった。

 

「……俺はそんな大層なもんじゃありません。親友と、あと踏ん切りを漬けられないでいる人間を見るに見かねて、茶番を仕組んでそれを助けようとした。結果、俺自身は滑稽な役回りを演じ続けた、ただの道化に過ぎませんよ」

「そこさ。俺が君を一番買っているところだ」

 

 何を言ってるんだろうか、とソウヤは眉をしかめてお猪口に残った残りの酒を流し込む。熱い感触が食道を流れ落ちていく感覚がなんとも心地良い。

 

「思い当たる節がない、って顔だね」

「……ええ、まあ」

「君は自分を『道化』と呼んだ。さらには自分が仕組んだ計画を『茶番』とも呼んだ。失礼かもしれないが、君は己の身の丈を誰よりも理解していると見受ける、俺はそういう人間は嫌いじゃない。……あ、いや、少々自分で自分を過小評価している面はあるか。ともかく、そういう表面的には自嘲的としか取られない言葉でもって、しかし見事にその『茶番』を『道化』として完結させてみせた。この規模でそれをやらかしたとなれば、『道化の本質』を理解していなくては到底出来ないことだ」

「道化の本質……?」

「そう。自らが舞台の中心に常に立つでなく、主に裏方からその舞台を回して主演を盛り上げ、さらには演者にすらそれを勘付かせず、聴衆を飽きさせることなく楽しませる。それこそが道化の本質、言うなれば道化であることを自覚した真の道化。まさに君ではないかと、俺は思ってる」

 

 プッとソウヤは吹き出した。そして声を上げて笑う。

 

「それこそ過大評価ですよ。所詮俺はこの馬鹿げた茶番を仕組み、滑稽に役を演じ続けた道化でしかない。

 ……でもま、そこまで言ってもらえると俺としては嬉しいってのは本音ですね。別に見返りがほしくてやったことじゃありませんが……。ここまで見抜かれて褒められると、案外悪くないと思えてしまう」

「では『蒼穹の獅子』の異名も返上してもよいのではござらんか? 『道化の獅子』だとか……いや、何でも巷では『結婚請負人』やら『請負仲人』やらの異名まで飛び交っていると伺ったでござるよ」

「……は?」

 

 初めて耳にした単語にソウヤは間の抜けた声を上げる。「道化の獅子」まではこれまでの話の流れから理解できるにしても、その後の2つは初耳だ。

 

「なんです、その請負人とか仲人とか……」

「おやおや、情報通のソウヤらしからぬ発言でござるな」

 

 こちらは状況を知っているのだろう。普段の仕返しとばかりにユキカゼが笑いを噛み殺した。

 

「勇者殿と姫様、さらには親衛隊長と副隊長。そして今日になってガレット領主と諜報部隊長の婚約の仲介までしたらしい元勇者。それ故、巷でそんな風に呼ばれているらしいでござるよ」

「お、ってことはあの鈍感領主に迫られて黒猫もついに腹を決めたか。発破かけて正解だったな」

「ではガウル殿下にノワに迫るように仕向けたのは、やっぱりソウヤだったでござるか!?」

 

 ユキカゼが驚いたように尋ねる。情報の出所はどこかしらないが、おそらくトラジマかウサ耳辺りだろう。

 

「いい加減あの2人の関係を見てるのも嫌気が差してきてな。勇者に領主、親衛隊長に副隊長、その前には騎士団長に秘書官なんて前例もある。だったら、領主と騎士だっていいじゃねえかと思ったんだよ。

 ……それにあいつを……ノワールを見てると昔の俺を見ているみたいで辛かった。どうせガウ様なんて告白しちまえばイエスってしか言うわけねえのに、いつまでもウジウジと言い訳がましく逃げ道を作って逃げて、なのに諜報部隊なんてつかず離れずのポジションを取ってた。……だったらくっつくか離れるかどっちかにしろと、恨まれるの覚悟でガウ様にノワールの心のうちを全部話したんだよ。もともと、茶番の最中に布石だけは打っておいたからな」

「そこまで来ると、お節介焼きもいいところでござるな。もしかしたらノワに恨まれるかもしれないでござるよ」

「かもしれない。もしかしたらただの善意の押し売りだった可能性もある。だが、それでもあいつが諦めるしかないと長年殺し続けてきた思いが遂げられたなら、俺は恨まれようが嫌われようが別に構わないさ」

 

 その発言を聞いたイスカは笑みを浮かべ、お猪口の酒を一気に飲み干した。結局はこの騒動が終わった、と見せかけて最後の最後まで領主と自分の右腕だった諜報部隊長まで手玉にとって見せたということか。やはり自分の思ったとおりの面白い人間だと改めて思う。

 

「……何はともあれ、今日はいい日にござる! さあ、改めて乾杯でも……」

 

 ブリオッシュが再び仕切りなおそうとしたその時だった。僅かだが地響きを感じる気がする。いや、気ではない。確かに地響きだ。次いで、空の方から何やら音も聞こえてきた。その音の雰囲気からまだ距離があるとわかるが、もっと近づいたら間違いなく轟音だろう。

 

「……ダルキアン卿、なんだか地響きと轟音がしてる気がするんですけど」

「気のせいではないよ。……どうやら、ご到着のようでござるな」

 

 ややあって、その地響きと音は収まった。代わりに庵の入り口からソウヤにとっては聞き慣れない声が聞こえてくる。

 

「お邪魔するのです、ヒナ」

「なんだよ、もう始めてやがったのか?」

 

 入ってきたのは一組の男女だった。男の方は白髪に狼のような耳。一見するとレオを思わせるような風体だが、その尻尾が特徴的に分かれて鋭いところが大きく異なる。何より、醸し出す雰囲気が「光」か「闇」かで判断した時に後者に近い、というのがソウヤの第一印象だった。

 それよりソウヤが驚いたのは女性の方だった。金髪で青い瞳の彼女には耳も尻尾もない。つまり、自分と同じく異世界の人間だとわかる。だがブリオッシュを「ヒナ」と呼んだことからつい最近召喚された人間ではなく、ブリオッシュとは深い仲、要するに自分よりずっと早くに召喚されたということは推察できた。付け加えるなら、レオといい勝負が出来るぐらいにスタイルもいいとソウヤは感じていた。

 

「よう、アデル、ヴァレリー。悪いな、ソウヤ君がちょっと早く来てくれたからな。先に始めてた。お前らだって遅刻だ、文句はないだろう?」

 

 こちらも知った様子で話すイスカ。この場でユキカゼだけがやや緊張した様子から、大体の事情をそれだけでソウヤは察した。

 

「あら、こちらが今回の仕掛け人であるソウヤ・ガレット・デ・ロワ卿ですの?」

「ええ。俺がソウヤです。堅苦しい呼ばれ方は嫌いなんで、呼び捨てで結構ですよ。……で、ダルキアン卿。このおふたり、イスカさんが話を通してくれて、あなたとイスカさんと共にあの場の厄介な魔物共の相手をした後に再封印した、ユキカゼ曰く『強力な助っ人』のおふたりで間違いないですね?」

「ほう……?」

 

 ヴァレリーと呼ばれた男が感心したように声を上げた。この短いやり取りで事態を把握するとは、なかなかの洞察力と見抜いたのだろう。

 

「ああ、その通りでござるよ。英雄王アデルと魔王ヴァレリー……。拙者と兄者の友人で、対魔物戦では最前線に立たせてもらっていた者達でござる」

「アデライド・グランマニエなのです。よろしくなのですわ」

「ヴァレリア・カルバドスだ」

 

 女性の方の名を聞いてソウヤは眉をしかめた。次いで、酔いつつある頭をフル回転させて記憶を必死に探る。

 

「英雄王アデル……。アデライド・グランマニエ……。すみません、失礼ですがご出身は? あ、この世界で、です。別に元の世界の出身に興味はありません」

 

 アデルは苦笑を浮かべた。ブリオッシュから大体の話を聞いてはいたが、予想以上に怖いもの知らずと言うか、無遠慮だ。だが彼女は特に気にした様子もない。

 

「パスティヤージュなのです」

「……ああ、やっぱり。やっと思い出した。パスティヤージュの英雄王伝説、『白き英雄王』アデライド・グランマニエ。まさかガレットの図書館で読んだ伝記の人間の名を耳にするとは思ってもいませんでした」

「あら、なかなか博識なのですね」

「趣味なんですよ、そういう伝記だの小説だのを読むのは、昔からね。……で、あなたはその何代目アデライドになるわけですか? それとも……」

「アデライド・グランマニエは私しかいません。子孫として、今はクーベルがパスティヤージュを治めていますけど」

「ああ、やっぱりか。さすがフロニャルド」

 

 そう言ってソウヤは失笑をこぼしただけだった。伝記に載る、ということはそれは数百年単位で昔のこと。だが、目の前の彼女は「それは私だ」と平然と告げた。しかしそれに対してソウヤは何の疑問も持たない。なぜなら、()()()()()()()()()()()()だ。もう細かい理屈など抜きに、目の前の人間は英雄王アデルその人なのだと、ソウヤは確信していた。

 

「……で、付き添いの方は魔王とおっしゃいましたが、どうせこの世界だ、この魔王、いい人なんでしょう?」

「いい人だと!? 貴様、俺の恐ろしさを……」

「お黙り、ヴァレリー」

 

 アデルにそう言われただけで飼いならされた犬よろしく、ヴァレリーは唸りながら口を閉じた。その様子にソウヤは声を噛み殺して笑う。

 

「……おかしいか、小僧」

「ええ、おかしいです。俺がいた世界の物語じゃ、魔王って存在は十中八九悪い存在、倒されるべき存在でしたから。……まあ中には勇者と仲良くなってしまう美人の魔王なんて話もありましたけど。そこから言うと、そちらのおふたりは、その関係に近いのかな?」

「ヴァレリーは厳密には魔王ではない。魔神の力を使うことに長けているから、魔王を名乗っているのさ」

 

 イスカから入った説明に「なるほど」とソウヤは相槌を打つ。

 

「つまりは『自称』魔王様か。……そしてその魔王様は俺同様、嫁さんにいいように尻に敷かれていると」

「う、うるせえ! これはアデルの奴が……」

「お黙り、ヴァレリー」

 

 先ほどと同様の一言で、同様の展開となった。これにはソウヤだけでなく、場の全員から笑い声が上がる。

 

「……まあいい。丁度仕切り直しをしようとしていたところだ。エイカ、カナタ、アデルとヴァレリーの前にも酒と料理を」

 

 かしこまりました、という声が台所の方から響いてくる。アデルは丁寧に腰を下ろし、ヴァレリーはムスッとした様子で胡坐をかいてそれを待つ。

 

「で、おふたりがこの兄妹の友人だということはわかりました。あと巨乳ちゃんからの説明で実力も同等クラス、つまり俺なんかが真っ向切ってケンカを売っても瞬殺されるレベルだってことも。ですが、どういうきっかけで今の関係に?」

「私とヒナとイスカとヴァレリー、そこに今は亡き私の召喚主を入れたパーティで、魔王を倒したのです」

「その魔王はこれじゃなくて本物の?」

「おい小僧! 『これ』とはなんだ!」

「お黙り、ヴァレリー。……まああなたが読んだという伝記の頃の話ですから、かれこれいつのことか……」

「巨乳ちゃんはその後にダルキアン卿と会ったのか?」

「ユキカゼとは確かそうでござる。アデルとヴァレリーはその後世が治まったということで眠りについた。……まあふとしたことでまた今こうして目の前にいるわけではあるが。ともかく、それで2人が眠りについた後に兄者とも別れ、その後拙者が旅をしていた時に出会ったでござる」

「つまり、ここにいる者全員、拙者も含めてソウヤより随分と長生きということでござる。ソウヤはもっと敬意を払うべきでござるよ」

 

 ここぞとばかりにユキカゼは胸を張った。英雄4人からすれば自分などまだまだヒヨッコだが、それでも普通の人間のソウヤよりは長生きだ。ここぐらいは虚勢を張ってもいいだろう。

 

「……じゃあお前のその立派な胸に敬意を払ってやるよ」

 

 が、返って来たのは相変わらずのセクハラまがいの一言だった。それに対してユキカゼが思わず顔を赤くしたところで、アデルとヴァレリーの前にも酒と料理が用意される。

 

「さて、全員が揃ったところで改めて乾杯といこう」

 

 場の全員に酒がいきわたったことを確認し、ブリオッシュは続ける。

 

「……では、我らの久方ぶりの酒の席であることと、この度盛大な『茶番』を企画し、見事それを成し遂げたソウヤ・ガレット・デ・ロワ卿と、これからの未来ある若者たちに幸多きことを願って、乾杯!」

 

 6人が杯を掲げ、中の液体を飲み干す。いい加減何杯目だったか、段々とソウヤもほろ酔い気分になりつつあった。

 「未来ある若者たちに幸多きことを願って」。ブリオッシュの締めの文句は先ほどと同じだった。ソウヤはさっきユキカゼが言ったとおりこの中では相当の若輩。だが、思いは音頭を取ったブリオッシュと一緒だった。シンクとミルヒ、エクレールとエミリオ、ガウルとノワール。皆が幸せになってくれればいい。善意の押し売りはしたくないと思いつつも、彼はその背中を押した。かつて「やって後悔するよりやらないで後悔でいい」と発言した人間の行動とはとても思えない。だが、結局レオと結ばれてなんやかんや苦労しつつも幸せを感じている自分は、もう「やって後悔」している側なんだとわかっていた。だから、彼らの背中を押したのだ。

 

「ダルキアン卿、改めて、今回は感謝します。自分の茶番に付き合っていただいたこと、魔物の登場という想定の中とはいえ予定外のアクシデント。それを見事に解決していただいたこと……」

「何を今更。言ったはずでござるよ、魔物討伐は拙者のお役目、と。それに、兄者やアデルやヴァレリーも理解を示してくれた。皆、ソウヤ殿に同調したからでござるよ」

「私は面白そうなことをしようとしていると思ったからですけどね。しかもそれを考えたのがまだ若い元勇者の青年……。実に興味を惹かれた、だからヴァレリーと共に協力しただけなのです」

「俺はしょうがなくだけどな」

 

 つまらなそうに言い、ヴァレリーは酒を喉に流し込んだ。次いでお世辞にも行儀が良いとは言えない様子で料理も口へとかきこむ。

 

「ともかく、全面的に協力していただいて本当に助かりましたよ。あなたがたはカードゲームにおけるジョーカー、こちらの計画を根底からひっくり返すだけの力を持つ存在だ。それを味方に引き入れられなかったら、この計画は頓挫するしかなかったでしょうね」

「私たちはあくまで若者たちの未来を見守る側なのです。だから、ヒナから話を聞いた時点で心は決まっていたのです。……それに、私は面白い話だと思いましたし、それを計画したというあなたに会いたいとも思ったのですけどね」

「俺に? ……珍しい方もいたもんだ。で、どうです? 会った感想は?」

「やはり面白い人なのです。なんでもガレットの凛々しい姫君を(めと)ったと聞きましたが、納得なのですわ」

「おう、あの美人な姉ちゃんか! 遠めに見たがなかなか美人だったな、特に胸の辺り……」

「ヴァレリー」

 

 ジト目でアデルに睨まれ、ヴァレリーは愛想笑いを浮かべる。そのまま酒を飲んでごまかした。

 

「なるほど、魔王様の目に止まるほどあいつは美人に見えますか。そいつは俺としても鼻が高い」

「アデルにはかなわねえが、なかなか美人だな。お前のような小僧の妻にしておくのは勿体無い。是非とも着替えやら入浴を覗かせていただきたいものだ」

「ヴァレリー、いい加減に……」

「いいですよ、別に」

 

 予想外のソウヤの答えに止めようとしたアデルの声が止まった。さらにヴァレリー自身も意外そうな表情を浮かべる。

 

「ただし、あいつが平然と覗きを許すほど寛大だとは思いませんけどね。だからそう簡単には出来ないと思いますよ。それに……万が一うまくいったとしても、一応俺はあいつの旦那ですから、黙って見過ごすのも腑に落ちない。その時は対価を払ってもらいたいですね」

「対価だぁ?」

「つまり、俺にもあなたの嫁さんを覗かせろって言ってるんですよ」

「な……」

「な……!」

 

 驚きの声を上げたのはヴァレリーとアデル同時だった。それを確認した後で、悪戯っぽくソウヤは微笑み、酒を喉に流し込んだ。

 

「……冗談ですよ。確かにアデルさんは魅力的な女性だと思います。ですが俺は別に人妻が好きなわけじゃないし、他人の女性を狙う趣味もない。それに『白き英雄王』とまで呼ばれる偉人を覗くなど恐れ多い。そしてなにより……俺にとっちゃあいつが1番ですからね」

 

 ヒューと口笛を吹いたのはヴァレリーだった。そしてニヤリと笑みをこぼす。

 

「言うじゃねえか、小僧。……気に入った! 今回の馬鹿げた騒動を引き起こしたことといい、今の物言いといい……。そして何よりこの俺を前に微塵も臆する様子のないその度胸。お前は間違いなく大物になる。これからも、お前とはうまい酒を飲みたいもんだな!」

 

 ソウヤもお猪口に酒を注ぎなおしつつ、不敵に笑みを返した。

 

「勿体無いお言葉、ありがとうございます魔王様。……俺もあなたと飲めて嬉しいです。今後とも末永く頼みますよ」

 

 そう言い合って笑顔を交わし、2人の男は同時に酒を飲み干した。

 

「おらアデル、次だ次! じゃんじゃん注げ!」

「ヴァレリー、私はあなたの召使いではないのですよ」

 

 文句を言いつつもさすがにそこはアデルとヴァレリー、アデルは次の一杯をヴァレリーのお猪口へと注ぎ始めた。

 

「巨乳ちゃんもここで俺に注ぐぐらい気を遣ってくれ」

「断固辞退するでござる。そんなに飲みたいなら自分で注げばいいでござろう?」

「なら俺が注いでやろう。かわいい女の子じゃなくて悪いが」

「いえいえ、ご高名な刀鍛冶に注いでいただいたとあれば、これから先の自慢にもなりますよ」

 

 ユキカゼに断られた代わりにソウヤはイスカからお酌を受ける。既に彼の顔は赤く、相当量飲んでいるのがわかる。だがまだ飲むらしい。というより、完全にイスカのペースに乗せられている。

 これは完全に酔い潰されるな、とブリオッシュは思った。いや、彼女自身、今日は彼に限界まで飲ませてみたいという悪戯心に駆られている。今日ぐらい、少しはハメを外してもいいだろう。「道化」と称して裏方に回り、見返りを求めずに他人を踊らせながらも自分も懸命に踊った、この青年を労ってやりたい。

 ああ、未来ある若者たちに幸多かれ。三度、今度は心の中でそう呟いたブリオッシュは、お猪口の中にあった酒を一気に飲み干した。

 




本来エピローグにする話だった第2弾。エクレのところとダルキアン卿のところは力を入れたせいで2万字オーバーになってます。このせいで1話に収めるのが不可能となりエピローグから本編組み込みになりました。
そして事実これがエピローグ前の最終話ですが、ここまで散々存在を匂わせておいたアデルとヴァレリーがようやく登場。原作は優遇されすぎ(まあ新キャラなので……とも思ったけど、ならキャラウェイとリーシャの扱いはもっとよくてもいいはず……)と思ったので、今回のダルキアン卿同様ずっと裏方に回ってもらったことになってます。
ところであの2人、本編中で完全に夫婦扱いしてますが実際どうなんでしょう……。原作でもはっきりとは明言されてなかったような……。
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