◇
枕元にある携帯が鳴る音で、彼女は目を覚ました。時刻はまだ7時前。電話がかかってくるにしては朝早いと思いつつもディスプレイを見て、そこに表示されていた名を目にして彼女は納得した。まだ少し寝ぼけつつも、通話ボタンを押す。
「……もしもし?」
『あ、もしもしベッキー? ナナミだよ。……あれ、もしかしてまだ寝てた?』
ソウヤが一度地球に帰った時はベッキーの家に居候していたナナミだが、今はもうイギリスに戻っていた。日本は早朝だがイギリスは今は夜。ナナミもそこはわかっていたが、ベッキーなら起きていると思ってかけてきたのだろう。
「んー、実を言うとまあこれで起きたかな……。でも大丈夫だよ」
『そっかー。こっちは夜なんだけどそっち朝かなーと思って。ちょっと早いかなとは思ったんだけど、もう電話かけるの我慢できなくてさ。……シンクからのメール、見た?』
そのメールは、ベッキーの元には昨日の昼頃に届いていた。内容はミルヒとの婚約を正式に交わした、でも今まで通り勇者として往復生活を続ける。というものだった。婚約を交わしたとはいえ式の予定は未定で、決まったら是非ともベッキーもナナミもフロニャルドに招待したい。そう書かれていた。
「うん、見たよ。びっくりしたけど……やっと決めてくれたんだ、って感じかな?」
『それだけ!? ……あたし今日に限って携帯の充電切らしちゃってさ。今さっき充電した時にこのメール見たんだけど、思わず変な声あげちゃったわよ。シンクの事だからなあなあでいっちゃうんだろうなとか思ってたのに、急にこんなメールだったし……』
「多分……。ソウヤが背中を押してくれたんじゃないかな。あたしのせいとか言ってたけど、色々お節介焼きになったらしいし」
『レオ様とももう結婚してるしね。ほんといい兄貴分よ』
電話越しにナナミが笑う声が聞こえた。
『……ところでベッキー、あいつからメールは受け取ったけど、電話あった? さっき言ったけど、あたし今日充電切らせてたからあったかどうかよくわかんなくて……』
「着信はまだかな。こういう重大なことは出来れば電話で報告してもらいたかったけど……」
『でしょー!? ベッキーもそう思うでしょ!? あいつほんとこういうところわかってないわよねー、まったく!』
どうやらナナミはお怒りモードに入ってしまったらしい。「まあまあ」とベッキーはナナミをなだめつつ、内心ではどこかホッとしていた。彼女もシンクの事はずっと気がかりだったのだ。そしてナナミも同じだから、こうやってついくどくどと言ってしまうのだろう。
『……まあいいわ。あの朴念仁もこれでやっと腰を据えられそうね。……でも往復生活を続けるって事はこれまで以上に大変にはなるんだろうけど』
「シンクもその辺は覚悟の上だと思うよ。前に少し話した時に『往復生活は負担が大きいし、姫様の側にいられないからなんだか申し訳ない』みたいなこと言ってたし」
『それでよくこの英断をしたわね、あいつ。ソウヤはどんな魔法を使ったんだか知りたいもんだわ』
魔法か、とベッキーは小さく笑った。ファンタジーを愛したあのソウヤのことだ、本当に魔法のような方法を使ってシンクのこの決断を引き出してしまったのだろう。そんな風に勝手に思ったからだった。
『とにかく……。シンクの件がまとまったみたいでちょっと安心したわ。朝早くにごめんね。メール見たら居ても立ってもいられなくなっちゃってさ』
「ううん、いいよ。私もナナミにかけようか迷って、結局時差気にしてやめちゃったわけだし」
『じゃあこっちは段々夜中なんであたしはぼちぼち寝る時間だけど、朝早くにごめんね。ベッキーも二度寝でもしてくれたまえ。じゃーねー』
やはりいつも通りというべきか、言いたいことだけを言って通話は切れた。携帯を耳から離し、ベッキーは携帯をいじり始める。意識していないうちにメールの履歴を確認し、シンクからのメールを再び読み返していた。
(シンクが結婚……か……)
少し、寂しい気持ちはある。でもそれ以上に、祝ってあげたい気持ちの方が大きかった。しかも相手は彼女が一緒になってほしいと願ったミルヒだ。もし式に呼ばれたときは、心から祝ってあげようと思っていた。
と、その時不意に携帯が再び鳴った。その着信画面を見て「あ……」と反射的に声をこぼす。ディスプレイに表示されたのは、今彼女が思っていたその人の名前、「シンク」の文字だった。1度深呼吸し、彼女は通話ボタンを押す。
「……もしもし?」
『あ、もしもしベッキー? シンクなんだけど……。今大丈夫?』
「うん、大丈夫。……何?」
『あ、えーっと……。実はメールで書いたことなんだけど……。ソウヤにメールでは報告したって言ったらそういう重要なことは電話でやれってすっごく怒られて、それで今さっきベッキーにかけたら話し中だったからナナミにかけたんだけど、ベッキーが先だろってやっぱり怒られて……』
思わずクスッとベッキーは笑う。実にシンクらしい。ソウヤとナナミが説教する様子が目に浮かぶようだ。
『そんなわけで、ちょっと変な感じっていうか、恥ずかしい気もするけど改めて』
そう言うと、電話の向こうの主はひとつ咳払いをこぼした。
『……シンク・イズミは、この度ビスコッティ領主ミルヒオーレ姫殿下と、正式に婚約を交わしたことを、報告したいと思います』
意図せず、ベッキーの表情が緩む。そして心から祝いの言葉を口にした。
「……うん。おめでとう、シンク」
『ありがとう……っていうべきなのかな。……ベッキーにも色々迷惑とか心配とかかけちゃって、ごめんね』
謝る部分がそこということは、やはりナナミがさっき言ったとおり相当な朴念仁ということだとベッキーは改めて思った。結局自分は幼馴染の範囲を越えることは出来なかった、いや、だが彼女はそこに不満を抱いてはいない。そこから「恋人」という方向とはまた別、「家族」というベクトルへ進めたのではないか、と思っていたからだった。ずっと家族同然に育ち、今も自分を気遣った言葉をかけてくれた。だからベッキーもシンクの幸せを願い、そしてそれが叶ったということは、自分のことのように嬉しかった。
『式とかまだ全然決まってないけど……決まったらナナミと一緒に招待するよ。その時は久しぶりにクー様と空を翔けてみたら? フロニャルドでの方法に則るから……何か派手な催し物とか、前後に戦とか用意されると思うし』
「……そうね。それもいいかも」
『よかった、クー様きっと喜ぶよ。まあまだいつになるかわからないんだけどね……』
そう言って、誤魔化すようなシンクの笑い声が聞こえてきた。
『……じゃあごめん、多分朝早くだと思うけど、いきなりかけちゃって』
「ううん、気にしないで」
『それじゃ……』
「あ、シンク」
電話を切ろうとしたシンクを、ベッキーは反射的に止めていた。なぜ止めたのか、何を言うべきか。
考えたのは一瞬だった。
「……おめでとう」
淀みなく、ベッキーの口を次いでその言葉が出た。電話の向こうでおそらくシンクが驚いてぽかんとしたのだろう、沈黙が流れた。
『……うん、ありがとう』
返ってきた言葉は、幸せそうだった。それだけで、ベッキーは嬉しかった。
『……じゃあまた。たまにはメールとか送るから』
「うん。またね」
短い会話だったが、それで通話は切れた。通話終了のボタンを押した彼女の顔は僅かに緩んでいた。その心には自分のことのように幸せな気持ちが満ちていた。
「……本当におめでとう、シンク……」
◇
美しい湖畔沿いの草むら。その木陰に1人座って難しい顔をして空を見上げていたソウヤは、近づいてきたシンクに気づいてその顔を彼の方へと向けた。
「終わったか?」
「うん。でも最初ベッキーにかけたら話し中だったからナナミにかけたんだ。そうしたら『なんであたしからなんだ、待ってでもベッキーが先だった、早くベッキーにかけてやれ』って怒られて、ナナミとはあんまり話せなかったんだけどね……」
「……姉御の言うとおりだ。それは怒られてもしょうがない」
「そ、そうなの……?」
まったくつくづく鈍い男だとソウヤはため息をこぼす。ベッキーとナナミにちゃんと報告したのかソウヤが尋ねたところ、一応メールはした、と言われてソウヤは大いに呆れた。彼にとっても大切な人に対してメールだけとはいかがなものか。「そういう重要なことは電話で言え」と思わずソウヤは小言をぶつけ、その電話が終わったところであった。
今はシンクにとって定例のミルヒとの朝の散歩の時間。そこにソウヤとレオも邪魔させてもらうと言う形で来ていたが、「シンクと2人で話がしたい」というソウヤの申し出により、互いに同姓同士2人きりになっていた。出発前にメールでしか連絡していないと聞いたために、ソウヤは「携帯を持って行け」と前もって言っており、このタイミングで地球の2人にちゃんと電話で報告させて、その後で自分と話す時間に使うつもりでいたのだ。
が、ソウヤの顔は険しい。なぜなら、昨日の記憶を探るのが危ういほどに、マキシマ兄妹と英雄王、魔王との晩酌につき合わされたからだった。今は大分よくなったが、少し前までは喋るのも辛いほどの吐き気と割れんばかりの頭痛が彼を襲っていた。さすが歴史に名を残すような偉人クラスとなると酒に対する耐性が半端ではないらしかった。ブリオッシュもイスカも底無しで、ほろ酔いな様子は見せるが、その頃にはもうソウヤはかなりべろんべろんになっていた。
とはいえ、アデルも結構酔っていたらしく、途中で酔いつぶれて寝た、というところまでは覚えているが、いつ自分が意識を失ったのかを明確に覚えていない。「だから言ったでござる」と目覚めた時にざまあみろとばかりにユキカゼに言われたが、その彼女はいつの間にかいなくなっていたわけで、つまりうまいこと逃げた、ということだろう。その後二日酔いに利くという薬をイスカから頂戴し、朝早くにフィリアンノ城に戻ったソウヤに「散歩に行くぞ」とレオは冷酷な提案を切り出した。が、元々シンクと話したかったのは事実で、ここが1番のタイミングと思っていた彼は断るわけにもいかず、体調をおして出かけ、そしてようやくよくなってきた頃だったのだ。
「それよりソウヤ、大丈夫? さっきより顔色はよくなってきたけど……」
「ああ。イスカさんからもらった薬が大分効いてきた。城出た頃は喋るのも辛いぐらいだったが、今はよくなってきた」
「そっか……。それはよかった。でもそんなになるなんて、僕はお酒は飲めないかも……」
「嗜む位は飲めた方がいい。飲みすぎなければいいものだぞ。特にガレット名産の酒はうまい。俺が保証しよう。それに姫様の夫になるなら、なおさら飲めた方がいいだろうしな。……ただ、マキシマ兄妹と飲むのだけはやめておけ。あの連中は剣の腕前もだが酒の量も化け物だ。付き合わされたら俺みたいにあっさり酔い潰されるぞ」
思わずシンクが苦笑を浮かべる。常に尊敬の念を抱いているようだった相手をこう言ったということは、昨日相当酷い目に合ったに違いない。そこまで思わせるほどなら、やはり自分は酒は控えようと思ってしまうシンクだった。
「さてと……。せっかく久しぶりに2人きりになったんだ。なんか言いたいことはあるか? あれだけの馬鹿げた茶番を仕組みお前を騙し続けた俺に対する恨み辛み、なんでも聞くぞ」
遠くを見つめたまま、ソウヤはそう切り出した。その横顔を一瞬見た後、シンクも彼の視線の先へと目を移してみる。湖畔に日の光が反射し、美しく輝いていた。
「そうだね……。まずは……ありがとう、かな」
その言葉を聞くとソウヤは意外そうにシンクを見た。
「……馬鹿かお前」
「ひどいなあ、その言い草。……僕は本当に感謝してるよ。ソウヤは僕の背中を押してくれた。それは、凄くよくわかったから」
「お前を騙し続け、俺の掌で踊らせ続けたのにか?」
「うん。もしソウヤが騎士団長と結託して本当に謀反を煽動した、とかなら軽蔑したけど……。全部筋書き通りのドラマだったとわかった時、安心したっていうか、ソウヤらしいっていうか……。なんか、怒る気にならなかったんだ。……だって、
プッとソウヤが吹き出した。そして声を上げて笑う。
やっぱりそうか、と思った。彼も自分と同じ、相当の
「……何かおかしいこと言った?」
「言ったな。やっぱ馬鹿だ、お前は。ただし……いい意味でな。……この世界で、つくづくお前と会えてよかったと俺は思うよ。俺もお前もこの世界を心から愛している。それは間違いないんだな」
「勿論でしょ。言うまでもないことだよ」
そうだ、言うまでもないことだった。ソウヤにとってはもう故郷となっている場所、だがそれはシンクにとっても同じだったのだ。
「ソウヤは休養空けに僕と会ったとき、『後悔しない道を歩いてほしい』って言ったよね。それに『あれかこれか、じゃなくて、あれもこれも、って答えを出してくれる気がする』って」
「……よく覚えてやがったな」
「ずっと引っかかってたんだ。……多分それは、ソウヤが望んだけど選べなかった道。そして、選べなかったことで後悔してしまった道じゃないかって思ったから」
シンクは鈍い男だとソウヤは思う。だがそれは女性関係に限ったことだけかもしれない、と時折思うのだった。今のだって言った当の本人でさえ覚えているか怪しい話だった。だが確かに彼の本心を思わずこぼした話に他ならない、そしてシンクの予想通り、まさしくその通りだったのだ。
「だから、そういう意味でも僕はソウヤに言われた『後悔しない道』を選びたいって思ったんだ。ずっと姫様の側にいる、ってことだけは妥協しちゃったけど……。でも姫様は納得してくれた。きっとあれが皆が1番納得できる方法なんじゃないか、そう思ったとき……僕は勇者なんだから、その道を進まなくちゃいけないって思ったんだ」
思わず、ソウヤはため息をこぼした。呆れではない。感嘆だった。
「……やっぱり、お前は勇者だよ」
「そういうソウヤも勇者じゃない」
「元、な」
「肩書きはそうかもしれないけど。でも、これだけの大ごとを中心に立って仕掛けて、当の本人である僕や姫様、レオ様に全く勘付かせることなく事を運ぶなんて、勇者どころか英雄とかって言われてもいいぐらい凄いことだと思うよ」
「あれのどこが英雄だよ。あんなのは道化のやることだ。そして……案外俺はその道化って呼び方を気に入ってる。勇者なんてのは俺の器じゃない。勇者ってのは、このドラマで中心に立って姫様を見事
少し照れくさそうにシンクは俯く。それを見たソウヤは軽く鼻で笑ってその続きを述べた。
「……だが、次の戦、おそらくお前は『シンク・フィリアンノ・ビスコッティ』とか言われることになるからな」
「え、ええー!? ……まだ婚約しかしてないよ、僕。その辺だってどうなるか姫様と相談してないし……」
「それでも言われるんだよ。そう相場が決まってる。……だってここは」
「「フロニャルドだから」」
完全にハモった言葉に、2人とも同時に吹き出して、声を上げて笑った。またこうして一緒に笑うことが出来てよかった。時に親友として、時にライバルとして、一緒にフロニャルドを愛した2人は紆余曲折ありながらも、やはり心は通い合っていた。親友だった。
共に語り合う、そんな親友2人の間を、フロニャルドの風が優しく吹き抜けていった。
◇
かつて暮らしていた別荘にソウヤ達4人が戻ってきたのは久しぶりだった。そこでのご無沙汰なビオレによる手作りの夕食を取り終えた後、ソウヤはなんとなしにベランダに出て夜空を見上げていた。肩の荷が下りたせいもあるだろう、いつもより星々が美しく見える。
「夕涼みか?」
と、そこでレグルスを抱きかかえたレオが外へと出てくる。レグルスは眠っているわけではなく、まだ言葉にならないことばを発して、構ってもらいたそうにしている。
「まあ……そんなところか」
「ようやく大役を終えて一息、と言った所か、『道化の獅子』殿?」
「……その呼び名、やっぱ広まってるのか?」
「いや、ごく一部じゃ。やはり『蒼穹の獅子』がもっともしっくり来るらしい。……それより約束じゃ。ちゃんと守れ」
言うなり、レオはレグルスをソウヤへと差し出した。一瞬考えた様子を見せた後、「ああ」と声を上げてレグルスを抱きかかえる。
「……まさか忘れていたわけではあるまいな?」
「忘れちゃいないが、あまりに急で唐突過ぎるだろ」
「お前はムードというものが読めんらしいな。ここはそういうムードだろう。その辺りを読めないのは、ワシとしては不満じゃな」
そうは言われても出来ないものは出来ないだろう、とソウヤはレグルスを抱いたまま肩をすくめた。
「……今思えばあの約束はワシに対して『無理をするな』という意味だったのだろう? 自分が描いた茶番で何かあっては困る、と」
「アクシデントはあったがな」
魔物との戦いは肝を冷やした。万に一つのこともあっては困ると後退を指示したのに、レオはそれに従わずに彼と共に戦う道を選んだ。だが、おかげで魔物の封印に成功している。
「……あの時、お前を少し見直した」
「あの時?」
慣れない様子でレグルスをあやしつつ、ソウヤはそう聞き返す。
「ああ。ワシがグランヴェールと輝力を預けた時、お前は『全てを撃ち抜く』とはっきり言い切った。……あんなお前は初めてだった。普段卑屈な態度をとるお前には、到底見えなかった……」
「あれか。……まあ当たり前といえば当たり前なんだがな」
「何?」
「だって考えてみろ。お前からグランヴェールを託され、輝力まで預けると言われた。さらにはあの時、お前はまだ俺を完全に信頼できる状況じゃなかったはずだ。なのにあそこまでやられたら……失敗するわけにはいかないだろ。俺が読んでた小説であったような最高に燃える展開。今俺がその中心にいる。そう思うと、もう外すわけがないと思った。出来ないわけがないと思ったのさ。
……あのひと時だけ、俺は道化であることも、自分が小さな人間だってことも完全に忘れて、無心で紋章砲を放った。道化として舞台を回すのも気に入ってるが……なんだかんだ、俺は本当は心のどこかでヒーローに憧れていたのかもしれねえな」
どこか呆れたように、レオは小さく笑みをこぼす。だが同時に、だから彼が普段はあれほど卑屈な態度を取っているともわかったような気がした。
ソウヤは、諦めが良すぎた。物分りが良すぎた。それ故、自身の身の丈を誰よりもよく知ってしまい、過剰評価されないように普段から自分を過小評価するようになってしまった。しかし心の奥底、彼は今言ったとおりヒーローになりたかった。「勇者」になりたかった。だからフロニャルドに来た時に勇者になることを受け入れ、成長し、しかしその実、理想と現実のギャップに悩み続けていた。それでも、今こうして自分と肩を並べている。
どれもこれも勝手な妄想に過ぎないかもしれない、とレオは思った。だが妄想でも何でもいい。今自分と肩を並べていてくれる、それだけで彼女は満足だった。
とはいえ、その気持ちを直接口に出来るほど、彼女は素直ではなかった。「ヒーローに憧れていたのかもしれない」、それだけは確実にソウヤが言ったことだ。なら、自分の妄想はさて置くとして、そこに触れて返事を返そうと思った。
「……子供じゃな、お前は」
「そうかもな。……悪いか?」
「いや。その方が、レグにとってもいいのかもしれんしな」
「レグにとって? どういう意味だ?」
「……ワシは、レグにはお前の背中を見て育ってほしいと思っている」
予想していなかった言葉にソウヤは数度目を瞬かせる。だが、構わずレオは続けた。
「やはり男子は父親の背を見て育つのがいい、そう思ったからじゃ。じゃが、どこかひねくれ者なお前の背を追わせていいものか。そんな風にも思っていた。……しかし杞憂だったな。あの時のお前はまさしくワシの夫、そしてガレットが誇る猛将、ソウヤ・ガレット・デ・ロワに他ならなかった」
ハァ、とソウヤはため息をこぼした。そしてレグルスをレオへと返す。
「……俺はそんなんじゃねえよ。俺の背を見て育つか、お前の背を見て育つか、それはもうちょっとでっかくなった時に、レグ本人にでも決めさせりゃあいい。……でもな、その時に恥ずかしくないよう、俺ももっとしっかりするよう、お前と堂々と肩を並べられるようになってやるよ」
フッとレオが笑う。そんなに気張る必要はない。なぜなら、もう肩を並べる存在としてふさわしいからだ。だが、彼女はその言葉を飲み込んだ。彼自身がそう思っているなら、もっと上を目指してもらってもいいだろう。卑屈な彼にはそのぐらいで丁度いいのかもしれない、と彼女は少し意地悪くそう思った。
「お、そういえば」
そこまで思ったところで、彼女は話すべきことをようやく思い出した。
「なんだ?」
「10日後、ビスコッティと戦があるそうじゃな?」
「耳が早いな。そうだ。シンクと姫様の婚約決定記念、とか一応銘打たれてるらしいが。……なんだ、国営放送から解説のオファーでも来たか?」
「ああ、まさにその通りじゃ」
「そうか。お前が解説に来るとなれば、そりゃ盛り上がるだろうな」
「いや、ワシは断っておいた。その役はビオレに任せてある」
意外そうにソウヤはレオを見つめた。だが彼女の表情が意味ありげな笑みを浮かべているのを見て、それは意外でもなんでもない、ある種必然ともいえることだと気づく。どうにも嫌な予感を覚えずにはいられなかった。
「……おい、お前……まさか……」
◇
『さあ、天気も快晴! 今日も絶好の戦日和となりました! 本日行われますは、ミルヒ姫様の婚約を祝っての、ビスコッティとガレットとの戦となります! 実況は私、フランボワーズ・シャルレーと、解説役にガレット近衛隊長のビオレさんでお送りいたします! それにしても両軍ともかなりの気合の入りようです! ガレットはまず何と言っても……』
カメラが切り替わる。ソウヤを隊長とした遊撃隊が映し出された。傍らに副隊長のベール、そして――。
『デ・ロワ卿率いる遊撃隊に、なんと隊長補佐という取ってつけたような肩書きでこの方、レオンミシェリ・ガレット・デ・ロワ閣下が復帰しております! ついに来ました、蒼穹の獅子と百獣王の騎士の戦場での共闘! これは否が応でも期待せざるを得ません!』
ソウヤの嫌な予感は的中していた。国営放送からのオファーを断ったレオは、そのままガウルをうまいこと言いくるめてこの戦を復帰戦とするように約束を取り付けていたのだった。もう少し休養を取っていてもいいだろうにとも思ったが、既に先日の彼が仕組んだ茶番で彼女は戦っている。ならもういいかと、深く考えずにいたのだった。
『一方のビスコッティも気合十分! 姫様の陰に隠れがちですが、先日、とうとう婚約を受け入れたエクレール・アラシード親衛隊長とエミリオ・アラシード親衛副隊長、ついに同じ部隊での登場となります! そして、その騎士エクレールと共にビスコッティの切り込み役といえば、言わずと知れたこの方でしょう! この名で呼ぶのは少し気が早いかもしれません、しかし婚約を受け入れたとあれば、もう呼ばせていただいてもいいでしょう!』
ガレットに続いてビスコッティの紹介が始まり、画面に金髪の青年が映し出される。青い鉢巻に凛々しくその表情を引き締め、だが僅かに笑みを浮かべた、神剣パラディオンを手にするビスコッティの勇者――。
『ビスコッティ勇者、シンク・フィリアンノ・ビスコッティ!』
DOG DAYS DUAL-BRAVERをここまで読んでくださった皆様、本当にありがとうございました。以上をもってこの物語は完結となります。
当初は2期制作決定の発表前に、2期を意識してこれの1部を書き始めたわけですが、その後本当に2期のDD’が発表、そして放送され、今度さらに3期も決定ということで嬉しく思っています。
次はどんなフロニャルドでの日々が待っているのか、今からとても楽しみです。
さて、1部、短編集、2部と書いたわけですが、それぞれコンセプトがありました。
まず1部は先ほど書いたとおりプロットを組んだのが2期発表前だったので、自分なりの2期を意識して、ガレット側を主軸とし、オリ主として原作にいないようなキャラを据えて、そのキャラの成長を描くということをテーマにしました。
しかしその据えたソウヤのキャラがキャラだったためにややシリアス風が強かったのは否めません。あとは感想でも指摘されましたが、「成長」ということで書いたつもりではいたのですが、見ようによっては周りの意見に左右されすぎた、となってしまったのも良くなかったかもしれないです。
次に短編集ですが、これはなるべく原作の空気に近づけるよう、ノリとしてはドラマCDや原作2期を意識してる部分が大きいです。
ある種実験的要素というか、割と聞くネタを取り入れたりしてます。レオの逆召喚とかガウルとノワールのケンカとかロランとアメリタとか。
この辺からオリ主分を抑えられる話は抑えようという風潮が自分の中で出てきてます。あくまで話の中の1キャラクターとして扱いたい、そう思ったりしてました。
そして2部。衝撃的な、犬日々らしくない展開から始まり、それが続き、しかし終わってみれば「嘘ぴょーん」という、一見原作ではありえないシリアス風な、それでも最終的に自分の中ではDOG DAYSらしい締め方で行こうと決めて書くことにしました。
そのためこのらしくない展開から、否定的意見は多く来るだろうとは見越していました。穴を突っ込まれないよう、なるべく念入りにプロットも組んだつもりです。ですので、2部は書き始めたときから、もうこの展開、このラストということは決まっていました。
2部のテーマは原作では絶対に触れないであろう、シンクとミルヒを筆頭とした恋の結末、という部分にしたつもりです。そもそも原作3期を放送して終わったとしてもシンクはフラグだけ乱立させて結局相手を誰にするかは決めないと思いますし、同時に一ファンとして原作では決めてほしくないとも思っています。が、これは二次ですし、こういうのもあるんじゃないかなという思いで、2部を書かせてもらいました。
そのためソウヤの出番は控えめ、特に終盤においては狂言回し的(そもそもの狂言回しの意味を取り違えてるかも……)な役割を与えようと書いていました。……が、実際は結構出番多かったなとも思います。それでも逃避行以降はソウヤ主眼で描くことは極力避け、その役割はレオに回すようにしてあります。
その上で、基本全員が幸せなハッピーエンドで終わるようにしたいと思っていました。ですがシンクとミルヒはいいにしても、そのせいでエクレはちょっと無理があるカプとなってしまいましたし、ガウルとノワも駆け込み的にまとめてしまった感は否めません。ベッキーに至っては原作の待遇から本当に程遠くなってしまいました。そもそも自分はラブコメとか恋愛もの、特にハーレムものを敬遠しがちな傾向があったりします。うまく書けていないとしたらそこが要因として大きく働いていると思います。それでも、今自分に出来る渾身の力で描かせてもらいました。
あとは全体を通して「脇役にスポットを当てる」という部分にも力を入れました。ビオレ、リゼルの因縁を勝手に作ったり、ロランとアメリタの関係を掘り下げようとしてみたり、エミリオを主役格の相手役に押し上げてみたり、リーシャの出番を大幅に用意してみたり……。特にリーシャは原作あまりに不憫すぎたのでかなり力を入れました。一方キャラウェイが割を食ってしまったわけですが……。
ジェノワーズも1部でジョーヌに大分スポットを当てたつもりです。しかしそのせいか、2部は同部隊ということでベールと、あと自然にノワールの出番が増えてしまいました。ゴドウィンとバナードはもう少し出番用意できればとも思いました。
ただ、ベッキーとナナミは1部を書き始める前から「普通の人」ということで描こうと決めていたために、原作2期と大きくかけ離れた役回りとなってしまいました。それでもなんとかベッキーの魅力を出そうとは頑張ったつもりです。加えて出番が少なかったのが英雄王と魔王。この2人は原作で優遇されてましたし、ダルキアン・イスカ・ユキカゼが裏に回らざるを得なかった2部だったので、登場は顔見せ程度になってしまいました。
ちなみに原作は3期が決定しましたが、このデュアブレにおいて今後続編を書く予定はありません。レグルス主役とかにしたら世代交代で、もうDOG DAYSの原型留めなくなっちゃいそうなので。でも短編で一本ぐらいならいいかも……。
ただ、原作3期見て何かいい案があったら短編とかでちょっと書いてみたりはするかもしれません。とにかく今のところは予定無しというのが現状です。
また、もしDOG DAYSで長編を書くとしたら、今度はソウヤという道化のいない、完全な別物、おそらくオリキャラなしという状況で書くことになるでしょう。
気づけば合計約100万字という結構な量となってしまいましたが、少しでも楽しんで読んでいただけたのなら、書いた人間としては嬉しい限りです。ここまで読んでくださった読者の皆様、本当にありがとうございました。