。
話自体は2部のアフターの時間軸ですが、内容の大半は1部幕間短編集付近の時系列の回想になります。
◇
シンクとミルヒが巻き込まれる形として起きた「大騒動」からしばらくが経過した、輝暦2916年のある日。肩の荷がようやく下りたソウヤは、自身が指揮を執る遊撃隊の訓練を見ていた。
まだまだ自分が動くべき事案は多く存在する。だがやはり気がかりだった一件が解決し、しばらくは暗躍しなくてもいいと思うと気は楽だし、晴れ晴れとする。
となれば、興行をうまく盛り上げることが出来るためにも、自分と隊の修練を怠らないようすべきだと彼は考えていた。事務作業や裏で動くことも嫌いではないが、体を動かしているほうが楽しいことは否めない。妻同様、つくづく自分も戦馬鹿だな、と考えをまとめて小さく自嘲的な笑みをソウヤがこぼした、その時。
「あの……ソウヤ様」
ふと、横からかけられた声にソウヤは視線を移す。そこにどこか困ったような表情を浮かべて立っていた近衛隊長代理を見て、数度目を瞬かせた。
「どうしました、ルージュさん?」
そういえば少し前は息子のレグルスの世話を任せていた時に、少し目を離した間にいなくなってしまったと青い顔をして頭を下げに来たこともあったと思い出す。結局それは母親であるレオがルージュに断り無く連れ出したことによる連絡不行き届きで済んだ訳だが、当人は随分とごねていた。普段から彼女に負担をかけてしまっていることはソウヤも自覚している。今回もそういった関係の話かと、少々不安になったのだが。
「あの……今、お時間よろしいですか?」
「今……ですか?」
「はい。あるお方が急にご訪問されてまして。本来なら応対をガウ様にお願いしたいところなんですが、現在国営放送の方に出向いているところでして、レオ様も先ほどレグルス様とビオレ姉様とご一緒にお散歩に出られてしまって。適任はソウヤ様かと。……あ、ベールでも……いえ、それは公的にはよろしくないわよね……」
遊撃隊に混じって訓練しつつ指示を飛ばす副隊長のベールを見かけ、最後の方は独り言のようにそう言っていた。とはいえ、やはりルージュはソウヤに時間を割いてもらいたい、と言いたげだった。
別に自分がいなくてもベールがいればこの隊は回る、とも考えてしまっているソウヤだ。すぐにここを抜けても何ら問題は無いと思っている。が、「ガウルがいないから自分、もしくはベール」というその人選に疑問を抱いていた。彼とベールの共通点といえば弓を使うところと同じ遊撃隊に所属していることぐらいだろうか。
「……ああ、そういうことか」
そこで「公的にはまずい」という言葉から、ソウヤは相手をなんとなく推測することが出来た。なるほど、その人物なら確かにガウルかレオが適役。それが無理なら自分に回ってくるだろうし、私的であるならベールでもいいということになるだろう。
「王子ですよね? 北国の」
「え? ええ、その通りです」
「わかりました、俺が行きましょう。……ベール!」
訓練中のベールへとソウヤは声をかけた。呼ばれたことに気づいた彼女は、特徴的なウサギのような立ち耳を一度ぴょこんとかわいらしく動かしてから振り返る。
「はいー? なんですか?」
「ちょいと急用が出来てこの場を空けるから、少し任せるぞ。もうしばらくして手が空いたら応接室に来るといい。お前の遠縁の王子様がいらっしゃってるんだとよ。最初は公的対応するから俺が出向くが、後でお前も顔を見せてやれ」
一瞬考えた素振りを見せてから、ベールは納得したように手を叩いた。「了解でーす」という独特な緩い感じの返事が聞こえてくる。
それを確認してから、ソウヤはルージュへと頷いた。行きましょう、という合図だとわかった彼女は、ソウヤと共に訓練場を後にして城内へと向かおうとしていた。
◇
ヴァンネット城、応接室。豪奢に飾られたその部屋で、1人の青年が椅子に腰を下ろしていた。鮮やかな金の髪と、そこから伸びる可愛らしい耳。線の細い中性的な顔立ちも相俟って、場合によっては女性とも間違われかねないほどの美青年であった。
「お待たせしてしまって申し訳ありません、リーフ王子」
と、その時部屋の入り口から聞こえてきた声に、王子と呼ばれたその青年は、ベールと同じ耳を1度小さく揺らしてから顔を動かしつつ立ち上がった。
「いえ、急に訪問したのはこちらですから。それにちょっとガレットの皆さんの顔を見たいと思って寄らせていただいたのですが、なんだか無理をさせてしまったようで逆に申し訳なく思っています」
形式張った挨拶に呼応するような堅苦しい返事。だが2人の間の空気は穏やかであり、共に表情を緩めている。
リーフ・ラング・ド・シャー・ハルヴァー。ベールの遠い親戚であり、彼女と同じ
「レオとレグがもう少し落ち着いたら王子へのお礼も兼ねてこちらから向かおうかと思っていたのですが……。すみません、そちらからご足労願うようなことになってしまって」
フッと小さくリーフが笑ったようだった。その笑みを受けてから、ソウヤは顎を引いて頭を下げる。
「……先日の自分が仕組んだシンクと姫様の一件、ハルヴァーに傍観するよう働きかけていただいたことを、心より感謝いたします」
「礼には及びません。むしろドラジェではなくハルヴァーを舞台にしてもらいたかった……と言いたいところですが、継承順位のそれほど高くない僕ではどこまで力になれたかわからなかったですね。それでも事態の把握と静観を提案するぐらいは訳ありませんでした」
「助かりましたよ。気を回すことが多かったもんで」
「その甲斐はあったでしょう。我がハルヴァーも多いに盛り上がりましたよ。……ソウヤさんとレオ様の時と同様に、ね」
思わずソウヤの顔に苦いものが浮かぶ。自分を引き合いに出されるとどうにもきまりが悪い。一先ず腰を降ろして一旦話を止めることにする。
さらに丁度いいタイミングでルージュがソウヤの前に飲み物を置いてくれた。まだ熱いとわかってはいたが、仕切りなおすという意思表示の意味でも、ソウヤはそれへと手を伸ばす。
「そういえば」
つられるようにリーフもカップを口へと運んで飲み終えたところで、そう切り出す。
「僕とソウヤさんが初めて会ったのも、そのレオ閣下絡みでしたね」
再び苦笑を浮かべるソウヤ。こっちは先ほどの話よりさらに過去に遡るためにまだマシではあるものの、やはり触れられるとどうにもこそばゆい話だと思うのだった。
「これまた懐かしい話を持ち出してきたもんだ。何年前でしたっけ? 4年前ですか?」
「えっと……。そうですね。
大きくため息をこぼし、ソウヤは頭を掻いていた。本来なら公的対応をしなくてはならないだろうし相手も王子ではあるが、そこに気を使う余裕も削がれた。この調子では王子はその話を続けることだろう。
「懐かしいですね。今でも思い出しますよ」
「俺はあんまり思い出したくないです」
「あはは……」
変わらないな、とリーフは笑って誤魔化していた。
初めて会った時――剣を交えたあの時からこの辺りの性格は全然変わらないと彼は思う。将来的にレオの傍らに立つ人物と言われ続けていたソウヤは、次第に口数も増えたし人付き合いも慣れてきた様子だったが、皮肉屋で斜に構えた態度はそのままだった。リーフ自身、最初は勘違いにより怒りをぶつけられたこともあり、付き合いにくい相手かもしれないと思ったが、剣を交え終えてからすぐにその考えは変わり、気づけば互いに打ち解け合っていた。いや――。
「……あんなことになっちゃったから、何事もなかったかのように打ち解けられたのかな」
「王子、やっぱりその話に持っていくんですか? レオが戻ってきた後に話してみればわかると思いますが、どうせ笑い話にされておしまいってオチが待ってますよ。そうですよね、ルージュさん?」
ソウヤに問われても、ルージュは苦笑を浮かべるだけだった。が、それこそが先ほど彼が言った「笑い話」であることの証明でもあるだろう。
とはいえ、リーフとしては小さく呟いただけのつもりだったはずなのに、ソウヤがそれを耳に入れていたことに驚いていた。しかしこう言われると、逆にからかってみたくなってしまうのが心情というものであろうか。
「ハルヴァー人顔負けの地獄耳ですね」
「……あの純朴な少年がなんでこうも口が悪くなっちまったんだか」
「ソウヤさんに影響されてる部分があることは、否めないと思いますけどね」
完敗だ、と言わんばかりにソウヤは肩をすくめていた。この手の切り返しは特にガウルにやられる。口が悪いことを自覚している以上、こう言われると彼としてはもう返す言葉が無くなってしまうのだった。
「やれやれ。……ほんと、あの頃のあなたはウブ過ぎる美少年だったってのに」
小さくひとりごちたところで、否が応でもリーフとの初対面の時が思い出されていく。4年前。そういえばあの頃はまだ勇者でソウヤ・ハヤマの名だったな、とか、レオとの関係も今と違っていたなと、ソウヤは記憶を遡り始めていた。
◇
輝暦2912年
「……えーと、もう1回言ってもらえます? お見合い、とか聞こえた気がするんですが」
「ああ。言ったぞ」
「姉上のお見合い興行だ。ガレットじゃ有名な興行で結構盛り上がるんだよ。去年は召喚術式が確立されてなくてお前はいなかったからわかんねえだろうが、毎年やってるんだ」
表情を変えないままに、今度はため息がこぼれる。心底うんざりした様子のまま、ソウヤは口を開いた。
「勘弁してくださいよ。ついこの間の5月……
「おいソウヤ。あまり自分を卑下するな。あの時のお前は立派に戦ったとワシは言ったであろう」
「それにそいつも早とちりだ。……でもま、姉上のお見合い、と言われて自分を引き合いに出されることがわかってるってことは……まあいろいろと心構えはあるわけだな」
ニヤけつつガウルにそう言われ、ぐうの音も出ないとソウヤは黙りこくる選択を取った。不機嫌そうな勇者の顔を見て、だがどこか愉快そうに小さく笑ったその王子は先を続ける。
「安心していい。お前と姉上が戦うわけじゃない。従来の形式を説明すると、予選審査を勝ち抜いた数名が姉上と直接戦うんだよ」
「予選審査? 書類選考とかですか?」
「いや。ワシは希望する者が強者であるなら、誰であろうと拒むつもりはない。よって腕前を確認もせずに書類で落す、などということはせん」
「でも1000人とかとやるわけでもないんでしょう? ……まああなたなら1000人だろうと斬り伏せそうな気はしますけど」
どこか投げやり気味に、それも嫌味をこめた風に言ったソウヤをジロリとレオが一瞥する。「まあまあ」と取り持つように姉をなだめつつ、ガウルが説明を始めた。
「一次審査は近衛隊に担当してもらってる。そこで戦ってある程度骨がある、と判断されたら通過だ。……まあその時点で数十人、多くても百人前後にまで減るけどな」
「続けて同様の方法で、二次審査をルージュを筆頭とした近衛隊の中でも腕利きの連中が担当する。さらに十余名まで減ったところで最終審査、近衛隊長であるビオレの登場じゃ。これで最後は数名となり、ワシが直々に戦う」
「……ルージュさんとビオレさんと渡り合えるほどの腕前って、騎士でいうと千……いや、万騎長クラスじゃないんですか? 下手すりゃ将軍クラスとかもありうると思うんですが」
信じられないとばかりに言ったソウヤに対し、「そうじゃが、どうした?」とさも当然のようにレオが返事をする。
「そんな連中数名と連戦でやるんですか? 『百獣王の騎士』なんてふたつ名は伊達じゃないってわけですね……。で、勝ったらお見合いをする、と」
「するわけじゃねえよ。お見合いの話を考える、って話だ」
ガウルの説明にソウヤは訝しい表情を浮かべていた。
「……前向きに検討します、ですか? 俺のいる世界じゃそれはやんわり否定する場合の常套文句なんですが。『貴殿のますますのご検討をお祈り申し上げます』とかと一緒です」
「なんじゃそれは?」
「……いや、いいです。俺がひねくれすぎてました。ここがフロニャルドだってことを忘れてました。……で、まあ限りなくゼロに近いとは思うんですが、もし勝つ人がいたらお見合いの話に前向きに考える、と」
「そういうことじゃ」
「一応確認しておきます。この世界でのお見合いも俺の世界でのお見合いと一緒……つまり、交際、ひいては婚約を前提として男女が対面する、ということで合ってますか?」
「ああ。それで合ってるぞ」
どうにも表情を変えることが出来ないと思いつつ、ソウヤは「へえ」とだけ短く返していた。
「お、やっぱ不服そうだな」
それを目ざとく気づいたガウルが突っ込んでくる。
「もしそこで勝っちまう奴が出たなんて場合……姉上を取られるんじゃないか、って不安なんだろ?」
「……そりゃ不安ですし不服ですよ。冷やかされるのを覚悟で言いますけどね。俺はまだまだ器として未熟すぎるのは自覚してますが、それでもレオ様にはそれなりに認められてるはずですし、俺との関係も一応公になってないとはいえ周知の事実のはずです。そこでお見合い、とか言われると俺としては穏やかではないですね」
ニヤッと獅子の姉弟が同時に笑った。その表情にソウヤは不気味さを覚える。
「ガウル、聞いたな?」
「ああ、聞いた。……ソウヤ、つまるところお前は姉上のこのお見合い興行、ぶっちゃけて言っちまえば面白くない、ってことになるわけだな?」
誘導尋問だな、とも思う。が、別に否定する必要もない。嫉妬深い性格でないと、彼自身思ってはいる。それでも自分という存在を差し置いてレオの相手が決まるかもしれない興行と言うものは、どうにも納得がいかなかった。
「……ええ、そうですよ」
「よっしゃ! 決まりだ、姉上!」
「ああ。盛り上がるのは決まりじゃな」
「何がですか?」
さっきから置いていかれっぱなしなために声に苛立ちが含まれていた。だがそれを表に出したにも関わらず、ガウルは全く気にかけていない様子である。
「決まってんだろ。不服だって言うわけだ、お前もお見合い興行に参加するんだよ」
「……は?」
しばらくソウヤは固まっていた。最初にガウルは何と言ったか。レオと戦うのではないかと尋ねたソウヤに早とちり、と言ったはずではなかったか。
「ああ、安心しろ。さっき言ったとおり姉上と戦うってわけじゃねえ」
「レオ様と戦うわけじゃない? じゃあどう参加するんです? 予選の番人であるルージュさんとビオレさんとでもやれってですか?」
「お前ならあの2人が余裕でオッケー出すだろ。仮に
「……普通じゃない参加の仕方をしろってですか。何をさせようって言うんです?」
再び2人が同時に笑みを浮かべる。反射的に背筋にゾクッと寒気が走ったソウヤだったが、次の言葉を聞いて、自分の予感は的中してしまったと嘆くことになるのだった。
「ソウヤ。今回のお見合い興行……ワシの代わりとして貴様が戦え」
◇
なんでこんなことになったんだと、興行会場の控え室に腰掛けながら、ソウヤは何度目になるかわからない自問自答を繰り返していた。会場から盛り上がった人々の歓声が聞こえてくるのが恨めしい。
戦興行にお見合い興行。結局は「興行」でありエンターテイメントのショーだ。それは彼も頭ではわかっている。だが、だからといって誘拐まで興行としてしまうこの何でもありの世界は、人様の恋路やら何やらまでバラエティーにしてしまうのかとも思う。人の不幸は蜜の味とはよくもまあ言ったものだと、彼は1人心の中でずっと愚痴り続けていた。
「なんや、暗いな。もっと元気出さんと、戦う前から負けてまうんちゃうか?」
そんな彼の心中など全く意にも解さないような馬鹿明るい声が聞こえてきた。ガウルの親衛隊であるジェノワーズのジョーヌだ。隣にはノワールとベールもいる。
「……レオ様のお見合い興行をやる、まではわかる。人気がある興行らしいからな。百歩譲ってそこまでは認めよう。だがどこをどう考えたら、あの人の代わりに俺が戦うって理屈に結びつくんだ?」
「だってソウヤ不服なんでしょ? それにレオ様が言ってなかった? ソウヤとレオ様は互いに将来を誓い合うほどの仲であろうことは、おそらく広く知れ渡ってる。でも楽しみにしている人も多いお見合い興行をやめてしまうのは気が引ける。だからその代理として、将来夫になるかもしれないソウヤが戦って、もしそこで打ち負かすような相手が出てきたらレオ様も考えを変えるかもしれない、っていうのが表向きの理由だって」
「安心していいですって。ソウヤさんは負けませんよ。それに万が一負けたとして、レオ様も、これから戦う相手の方々も、その辺りの暗黙の了解はわかってるはずですよ。レオ様だってあくまで『考える』っていうのは名目だけのはずでしょうし。どちらかといえばソウヤさんがレオ様の相手として相応しいのを広く知らしめるためにって意味合いが強いはずですから」
ノワールとベールにそうフォローされても、ソウヤの表情は晴れなかった。
今2人に言われたようなことは、「参加しろ」と言われた後に、実際レオとガウルからも説明されていた。彼自身も頭ではわかっている。が、理解と納得は別物。この数日はどうにも落ち着かないでいたのだから、直前ともなればナーバスになるのも無理はないだろう。
「周りがどんな評価を下そうと、仮に暗黙の了解やら周知の事実があるとしても、無様な負け姿を晒すことになったら俺自身の気持ちが収まらない。前回の東西戦でのレオ様に対して負けたことだって、本当はまだ心に引っかかってるんだからな。それがレオ様とのお見合いを目的に来た相手となったら……なおさらだろ」
「そりゃあ……まあそうかもしれへんけど」
「ソウヤってそういうところ変に真面目過ぎ」
思わずジロリと今発言したジョーヌとノワールの方へ視線が移る。どうやら今の彼は得意の皮肉も返せないほどに余裕がない、とわかるには十分だった。
「まあそういうわけで頑張ってください、ってしか私達は言えませんが……。ソウヤさんならきっと大丈夫だって信じてますよ」
「……見てる方は気楽でいいだろうよ。当事者としてはたまったものじゃねえってのに。……でもま、励ましの言葉はありがたく受け取っておく。元より最初から負ける気は無いしな。ベストを尽くすよ」
それをきっかけとして、3人は退散して観客席へと移動するようであった。ひらひらと手を振って適当に見送った後で、ひとりとなったソウヤはやはり自問自答へと耽ってしまう。
(ベストを尽くす、か……。ベストを尽くしたけどダメでした、って言い訳、今回使うとしたら自分自身に、なわけだが……。そんな言い訳で済ませられる話じゃねえんだよな)
ならば「負ける気は無い」と言った以上、「必ず勝つ」と3人に強がって見せてもいいはずだった。だがそこが「変に真面目」と言われた彼の由縁なのだろう。常に心に抱いている、嘘をつきたくない、という心情。しかしそれも普段なら「ベストを尽くしたけどダメでした」で自分の中で納得させられることが出来る。
ところが今回に限ってはそれが出来そうになかった。「自分はレオンミシェリと肩を並べられる存在足りうるか」という不安を、彼は常日頃から抱いていた。
以前の東西戦後にレオにある程度認められた。それはわかっている。周囲からの目も温かいものが多いだろう。そのことも承知の上だ。それでもなお、彼自身の心は落ち着かなかった。結局は勇者として戦い、その姿でもって人と自分を納得させるしか無いということなのだろう。
(まあ、そういうことだな……。どう足掻こうが俺は勇者としての活躍を見せ続けるしかないってわけだ。でもそれがレオ様と肩を並べる条件だとするなら甘んじて受け入れる。……以前もそう考えたじゃねえか。今更うだうだ言っても始まらねえ。やるしかねえ、ってことだ)
自身を鼓舞させるとソウヤは立ち上がった。会場から上がる歓声が耳に入る。そこで今回参加者が戦う相手がレオで無く、勇者の自分であることが紹介されると、ゆっくりと足を進め始めた。
◇
『さあ、今年もいよいよ開催の時が近づいてまいりました、レオンミシェリ閣下のお見合い興行! 実況は私、フランボワーズ・シャルレーでお送りいたします! ご覧いただけていますでしょうか、既にヴァンネット城前にあります特設会場は大賑わいです!』
そんな実況のフランボワーズの声の通り、会場は「興行」の名に相応しい盛り上がりを見せていた。入場できなかった人のために、会場の外にはパブリックビューイング用の映像板が多数設置されており、今の実況の声もそこから聞こえてきたものである。さらには屋台や物販のブースもあるなど、お祭りかライブかという有様だった。
『さて、本日は非常に強力な解説の方々にお越しいただいています。まずはガウル・ガレット・デ・ロワ殿下です! 殿下、本日はよろしくお願いします!』
『おう、こっちこそよろしく頼むぜ。……でもま、俺はおまけみたいなもんだ。本命はもう1人いるからな』
『いえいえ! 殿下にお越しいただきありがたく思っております! ……しかし! 今殿下がおっしゃられたとおり、もう1人非常にビッグな方がいらしてくださっています! というか、なぜこの方がここにいらっしゃるのか、という話でもあります! レオンミシェリ閣下です!』
会場から歓声と、合わせてどよめきが起こった。レオのお見合い興行である以上、当人が戦って然るべきだ。一応事前に告知はあったものの、疑い半分という観客もいたのであろう。どよめきはそう言った人達から上がったものだと推測できた。
『レオンミシェリじゃ。今年もワシが直々に名乗りを上げてくれた者達の相手を……とも考えたのじゃが、折角勇者が来てくれているわけであるからな。少々趣向を変えてみようと思い立った。……改めて説明しよう。今日はワシの代わりに、勇者であるソウヤが相手をする!
理由はまあ色々あるが……あえて言わんでおこう! なお奴の腕はワシが保証するし、皆も理解していると思っている。とはいえ、ワシの戦いぶりを楽しみにしていた者達には少々申し訳ないとも思うが……きっと期待を裏切らぬ活躍を見せてくれることじゃろう!』
今のレオの提案を観客はどう思ったか。答えは、割れんばかりの会場の歓声が如実に表していた。異論は無し。そうわかると、映像板の中の彼女は満足そうに頷いた。
『皆の理解に感謝する。じゃが参加者の中には当然それで納得がいかない、ワシと戦いたいという者もおることじゃろう。そう思うなら……まずはソウヤを打ち破ってみせい! そうすればワシも勝負について応じ、見合いの話についても検討することとしよう!』
再び会場が沸く。それは勇者の活躍を期待する声か、はたまた挑戦者達へのエールか。いずれにせよ、事前のレオとガウルの予想通りの大盛り上がりとなるのは間違い無さそうだった。
『それでは閣下にご説明いただいたところで、本日の閣下に変わる主賓をお呼びいたしましょう! 我がガレット王国の勇者、ソウヤ・ハヤマ!』
百獣王の騎士と戦うために待ち構える最後の番人、勇者ソウヤ。スモークを焚かれた闘技場の奥からその姿を現し、歓声がとぶ舞台の中央へと、どこか渋々といった様子で脚を進めてくる。
『それではソウヤ殿、閣下に代わる本日の主役として、挨拶なり意気込みなりをお願いできれば、と思います!』
地上の国営放送クルーがソウヤへとマイクを手渡す。やけに気だるそうに受け取ってから、勇者は口を開いた。
『どうも。いきなりですが、今回のこの件、上で解説してる姉弟が謀ったせいでこうなったわけでして、はっきり言って俺は乗り気じゃありません。俺なんかが戦うよりも当人が戦ったほうが盛り上がるでしょうし、筋も通っているとは今でも思っています。……ただ』
やる気の無さそうだった目がすうっと細められた。一気に闘気が膨れ上がり、彼の目の前に並んだ7名の男達――これから戦う、お見合い興行の参加者達へとぶつけられる。
『俺とてガレット領主、レオンミシェリ閣下によって召喚されたガレット勇者なわけでして。まあ最後の関門とでも思ってください。それに一度言ってみたかったんですよね。……ここから先、俺に勝ったら通してやる、ってね。……レオ様のお相手として相応しいか否か、俺が変わりに見定めさせていただくとしましょう!』
言うなり、ソウヤはエクスマキナを剣状へと変化させ、参加者達へと向けた。それを受けて実況にも熱が入り、いよいよ興行が始まろうとしていた。
『さあ! レオ閣下の代理人として勇者ソウヤはどんな戦いぶりを見せてくれるのか!? 1人目の相手はオランジュ王国からやってきた凄腕の若手騎士、レイモンド卿です! それでは……』
『ワシの代理勇者によるお見合い興行、開始じゃ!』
◇
「実際問題よ、姉上的にはいいのかよ?」
「何がじゃ?」
実況ブースの中、マイクに声が拾われないよう、オフレコ状態でガウルはレオへとそう尋ねる。
「確かに俺も乗り気でこの話を進めちまった。でもよ、もしソウヤが負けたりしたら、姉上はどうするんだ?」
「どうもこうもない。倒した相手とのお見合いの話を前向きに検討する。それだけじゃ」
「そうは言ってもなあ……」
「それに、じゃ」
どこか皮肉っぽく笑う姉へ、弟の視線だけでなく顔までもが動かされる。
「あやつがよく言っておるじゃろう。『もしもという仮定の話は存在しない』と。なら、そうなった時に考える。それだけじゃ。……もっとも、ソウヤは負けん。あいつ自身、踏ん切りがつかないようじゃからこうやって意地の悪いことをしてしまっているが、きっと勝ち抜き、ワシにふさわしい勇者であることを皆に証明してみせる。そう信じておるよ」
少々虚を突かれたようにガウルは目を見開いていた。姉にはもうお見合いなど必要ない。なんだかんだ、将来パートナーとなるであろう勇者のことを心から信頼し、だが踏み出し切れない相手の背中を押す形としてこの催しを企画した。そうはっきりとわかって、少し嬉しく思っていた。
『えー……私ばかりが実況しっぱなしなわけですが、実は今ブース内でレオ閣下がオフレコで惚気話をしているのが理由でして……』
「なっ……!? フラン、貴様余計なことを!」
『閣下、マイクが今も入っておりませんので、入れてからどうぞ』
ぐっ、と息を詰まらせ、レオはマイクを入れなおした。それからわざとらしく咳払いを挟み、舞台上で行われている戦いへと目を移す。
ソウヤはレオの予想通り、順調に勝ち続けていた。既に5人を相手に勝ち抜き、次で6人目。あと2人で全員抜きというところまできている。
『……失礼した。少々ガウルと内密な話をしていた故な』
『オープンにしてもいい話だと思いますけど?』
『フラン! 貴様なあ!』
レオに噛み付かれてもフランボワーズは特にこたえた様子は無かった。軽くそれを流し、再び実況へと戻る。
『はいはい、内輪揉めはこの辺りとしまして。勇者ソウヤ、ここまで実に見事に勝ち抜いております! 現在6人目、ヒノウラ出身の剣士ミヤマとの戦闘中ですが……。いやあさすがですね! 相手にペースを掴ませない!』
『ゴホン! ……これがソウヤの強みでもある。相手に合わせた戦い方が出来るのがあやつじゃが、それは裏を返せば今フランが言ったとおり相手のペースを乱せる、ということにもなる』
実況と解説は間違えていないことを証明するかのように、今のソウヤは剣の間合いのさらに内側、インファイトでの格闘をメインに戦っていた。剣士というだけあって、刀での間合いを好む相手は非常にやりにくそうな様子を見せ、防御一辺倒となっている。
『勇者ソウヤ、剣士ミヤマの懐へと潜り込む! これは嫌がられております!』
『ここだけの話じゃが……。あいつはここまで残った面々を密かに研究して対策を練っていたからな。ワシやビオレに以前手を合わせた時や事前審査の時の印象などを聞き、その上で過去の記録映像も漁り出しておった。それほど負けたくないのじゃろう』
『他人事だよな、姉上は。大体ソウヤに聞かれたって剣の使い手、とか槍の使い手、ぐらいしか教えてあげなかったじゃねえか』
『細かいところは気にせん
豪快に笑う姉に苦笑を浮かべつつ、今も間合いを守って戦うソウヤに目を移し、仮に結ばれたとして将来的に苦労するのだろうなとガウルは同情していた。将来の義兄候補は必死になって、レオの言葉通り負けたく無いという一心で今戦っているのだろう。事前研究などと入念に下調べをしていたことからもそれは推察できるし、ガウル自身も相談を受けていたからそうと想像がつく。
とはいえ、そこを差し引いてもここまで見事な戦いを続けている、とガウルは思っていた。剣士ミヤマはどうにか有効打を凌いではいるものの、明らかに劣勢。そろそろ焦りが出てくる頃だ。
『
故に現状に耐えかねて、相手の剣士が大きく間合いを離した姿を目にした瞬間、ガウルはポツリと呟いていた。おそらく今回の戦いにおいてソウヤが導き出した勝利の方程式。相手の嫌う間合いで戦い、それを嫌がって仕切り直しをしようとしたところで――。
「サイクロン・アロー!」
舞台上から必殺の紋章術の名を叫ぶ声が聞こえた。今しがたまで剣だったエクスマキナはソウヤ得意の弓へと姿を変えており、輝力によって作り出された矢が放たれている。威力こそレオの紋章術と比べればパワー不足といわれるが、比較対象がおかしいだけで、それでも十分すぎる一撃は慌てて防御をしようとした相手へと直撃。見事撃破して相手をだまへと変化させていた。
『決まったー! 距離が離れたのを見計らったかのようにエクスマキナを弓に変えての狙い済ました一射! 今日ここまで何人がこの方法で敗れてきたでしょうか!? ついに6連勝、残すところあと1人となりました!』
『じゃが……その最後の1人。どうやら一筋縄ではいかんらしいな』
『ああ。姉上の記憶の中にも記録映像にもない。ビオレもかなり印象的だったと話す相手。さらに武器に機械仕掛けの弓に剣という、ソウヤの得意間合いに対抗しうる武器。とどめに……姿もわからず出身地不明名前も匿名希望、ときたもんだ』
ガウルとしてはソウヤに勝ってもらいたいし、そのまま姉と結ばれればいいとも思っている。だが、この戦いはそういう希望と天秤にかけても面白いと思えるほど、彼としても興味が惹かれていた。
『さあてソウヤ、最後の1人のその匿名希望野郎……。お前はどう戦う!?』