DOG DAYS DUAL-BRAVER   作:天木武

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勇者と王子 後編

 

 

 実況も解説も好き勝手言っているとは思っていたが、今しがたの発言は同意せざるを得ないとソウヤは思っていた。目の前の最後の相手、それはフードとロングコートに加えて覆面で身を完全に隠し、書類にも匿名希望として名を明かさず参加している謎の存在だったのだ。

 正体、出身地、名前、全てにおいて不明。容姿も年齢も不詳ときた。わかっているのは機械弓――ボウガンらしきものと剣の使い手であるということと、あのビオレをもってして只者では無いと言わしめたこと。つまり、事前調査もろくに出来ずに、ソウヤが得意とする間合いでも戦うことが可能という、最も戦いたくない類の相手が、この最終戦という場面になって現れたということだけは確かだった。

 

(何でよりにもよって1番疲れてる最後に、こういう対処しにくい相手が出てきちゃうかね……)

 

 底無し輝力と言われるレオならまだしも、ソウヤは疲労がたまり、輝力の消耗も無視できないレベルになってきていた。自分より小柄な身長から、こういう場面で最も嫌なパワータイプでは無いとは思う。力押しをされてしまえばそこで終わりとなりかねず、加えて得意の小細工を打ち破ってくる力重視の相手を、彼は元々嫌う傾向がある。それが無さそうなだけ、まだ分が悪いわけでは無いと思っていた。

 

「すみません、訳あって名前も姿も明かせず、こういった格好で……」

 

 舞台に上がると、覆面の相手はそう実況ブースへと唯一覗く目を移して声を投げかけた。おそらく、本来戦うはずであったレオへと声をかけているのだろう。

 

『よいよい、気にするな。強い者であれば来る者は拒まない、それがこの興行故な』

「ありがとうございます。でも本音を言えば……レオ閣下と戦いたかったですが」

 

 その時、相手の発言を聞いていたソウヤの眉がピクッと動く。

 

『いや、こちらこそすまなんだ。じゃが最初に言ったとおり、そこにいる勇者を見事打ち破れば、ワシとの手合わせも応じるし、見合いという話についても考慮しよう』

「感謝します。是非そうしていただけるよう、代理の勇者様との戦いに勝利してご覧にいれたいと思います」

「俺に勝つ、か。随分とでかく出たな」

 

 苛立ちを隠さない様子で、ソウヤは目の前の相手へとレオとの会話を中断させるように声をかけた。身分も名前も明かさないからというのはある。自分を無視してレオと話しているということもある。だがそれ以上に、「自分を倒す」とはっきりと言われたことが気に障ったのだ。感情を余り表に出さない彼としては珍しく、声色に怒気が篭っている。

 

「勇者様に対する無礼は謝ります。ですが、私はあなたに負けるつもりはありません」

「それで俺に勝って、レオ様とお見合いをご所望か? ……ガキが、ませやがって。10年早いんだよ。年上嗜好を否定する気はないが……女性に必要以上の母性を求めてるなら、10代になったばっかのてめえぐらいの年だとママのおっぱいでも吸ってる方がお似合いだ」

「なっ……!」

 

 覆面姿の相手は、明らかに動揺した様子だった。

 

「なぜ……()の年を……!」

「まずはタッパ……身長が低い。顔を隠そうと背格好まで変えるのは困難だ。まあフロニャルドの人のことを完全に把握してるわけじゃないから、背が低い人もいるのかもしれないがな。それから声が明らかに若い。俺よりさらに数歳年下と予想できる。そして何より……俺のカマかけに対してのその様子から、図星だってことがわかるからだ。誤魔化そうとしてたらしいが、一人称が『僕』に戻ってるぜ、お坊ちゃん」

 

 ソウヤの挑発に、相手は息を呑んだようだ。それからややあって、静かで硬い声が返ってくる。

 

「……なるほど。風の噂でガレットの勇者様は頭が切れるらしいとお聞きしましたが、その通りなわけですね」

「口が悪いっては聞かなかったか、坊や?」

「……これ以上の問答は無用です。始めましょう」

 

 話せば話すほど、ソウヤの術中に嵌ると相手は判断したらしい。殺気を膨らませて右手に機械弓を構え、ソウヤにその先を向けた。受けて立つべく、エクスマキナが弓状に変化される。

 

 動いたのは同時だった。ボウガンの一射と、速番えで放ったソウヤの速射。両者の矢が命中し、爆煙を巻き起こす。その煙の中、エクスマキナを剣状へと変化させたソウヤが飛び出してきた。

 

「……ッ!」

 

 弓同士による距離を離しての戦いになると予想していたのだろうか。覆面の相手に見て取れる動揺が走っていた。そこにつけ込まんと、ソウヤは剣を振り下ろす。

 相手は手に持つ機械弓の胴の部分で、それを受け止めていた。飛び退いて間合いを離しつつ機械弓を一射。だがソウヤはその軌道を見切って避け、なおも肉薄した。再び先ほど同様の攻防を経た後、相手は右手に持った弓を手放し、左の腰に差している剣へと手をかける。

 

(よし、ロングレンジの武器を捨てさせた。これで……)

 

 踏み込んで接近戦を続けると見せ、打ち込んだ後に再び間合いを取り直して弓で狙い撃つ。ここまでの連戦で勝利を収めてきた、必勝の策。

 それが嵌ったと思ったソウヤだったが――。

 

「なっ!?」

 

 離された機械弓は腰に巻かれたベルトに繋がれており、巻き取られて腰へと戻っていった。次の手を潰され、一合剣を交えてからソウヤは飛び退き、だが弓での攻撃をすることなく思慮を巡らせていた。

 

(こいつ……。弓だけじゃなくて装置まで機械仕掛けでそんなもん持ってやがるのか。こりゃ一筋縄じゃいきそうにない……。今の剣を交えた感覚から察するに、力こそそこまでじゃないものの明らかに使い手だ。……さて、どうする?)

 

 自問自答をしつつ、血を上らせていた頭を冷やして状況を分析しようとする。声や言動からまず間違いなく相手は子供だ。だが腕を軽んじては、自分が負けることに繋がりかねない。それだけは心に刻み込む。

 その上で、今の一連の行動を記憶から呼び起こしていた。相手は片手で扱える機械弓を使用し、さらにそこに巻き取り用のベルトを用いることで接近戦になっても武器を手放すことなく戦っている。一方でソウヤは武器の切り替えを宝剣の武器変化で賄っているわけだが、要するに両者とも近距離も遠距離もカバーできているわけで、これまでのように距離で揺さぶるのは難しいということになる。

 

(ボウガンである以上、弓、というより銃と考えた方がよさそうだな。片手で扱えるというのはでかい。空いた方に剣を持てば遠近両方を潰せる。ボウガンを手から離させたとして、ベルトで回収される。つまりロングレンジの武器を捨てさせる、もっというなら相手の苦手間合いで戦うという方法は困難か。……ならいっそ)

 

 剣にしていたエクスマキナを弓へと変化。続けて輝力で作り出した矢を番い、速射で相手目掛けて放つ。

 

(レオ様みたいに出たとこ勝負でやってやる!)

 

 今度は迎撃は無かった。正体を隠した相手は軽快なフットワークで射撃の瞬間に射線上から身をかわしていた。まるでダンスのステップのようにひらりひらりと舞って狙いを絞らせないようにしつつ、右手の剣を宙に放り投げて左手へと持ち替える。その間に空いた右手を腰へと持っていき、先ほど引き戻したボウガンをソウヤへと構えた。

 反撃の射撃がとんでくる。それに合わせ、ソウヤも再度矢を放っていた。少し前と同様、互いに相殺しあって爆煙を撒き散らす。

 来る、とソウヤは直感した。姿が見えない煙の向こうから、矢ではなく剣と共に迫る予感がある。闇雲に撃つ選択も姿を現したところで撃つ選択も射撃後の隙を突かれる可能性を考慮して捨て、エクスマキナを剣へと変化させて迎え撃つ。

 

「はあっ!」

 

 煙の中から、短い気合と共に小柄な相手が飛び出してきた。手に持った剣を大上段に構え、ソウヤ目掛けて振り下ろす。

 対するソウヤも全身に力をみなぎらせ、横薙ぎに剣を振り抜いた。十字に刃同士が交錯し、蒼と緑の互いの輝力の光が辺りへと撒き散らされる。

 次いで互いに剣を引いた後、相手の着地の隙を狙ってソウヤ得意の右回し蹴りが放たれる。体を後ろに仰け反らせての回避しつつ、相手の右手にはボウガンが。

 蹴りの直後を狙われた形。しかしソウヤは驚きも焦りもしなかった。地に着いたままだった左足1本で、矢が放たれる瞬間にその場を蹴り、射線から逃れていた。さらに蹴りの勢いをそのままに体を横に回転させ、無茶な姿勢のまま間合いを詰める。遠心力も乗せ、相手目掛けて紋章剣が叩きつけられた。

 

「オーラブレード!」

 

 即座に発動させたレベル1相当の紋章術であったが、直撃すれば一撃必殺の威力を誇る紋章剣。相手は咄嗟に左の剣をかち合わせ、さらに機械弓の胴を体の間に割り込ませて防御に入る。それでも勢いは殺し切れない。華奢な相手は数メートル吹き飛ばされつつ、地面を抉りながら足でブレーキをかけてようやく止まっていた。

 

『こ、これはすごい! ここまで勇者ソウヤが紋章術を使えばほぼ必殺という状態が続いていましたが……。この正体不明の対戦者、見事に耐え切りました!』

『ソウヤはここまで、基本的に決め所でしか紋章術を使ってこなかった。そのために必殺となっていたわけじゃが……相手も無傷とはいかないまでも防ぐとは、なかなかのようじゃ。しかし、今のソウヤの防戦から反撃に転じるときの体捌き……まったく、相変わらず読めん動きをする奴じゃの』

『だがその意表をつく形のソウヤの攻撃を、後手に回りながらも防いだ相手はやっぱりかなりのもんだな。とはいえ……今姉上が言ったとおり、ちょっとはダメージがあったらしいが』

 

 実況、レオ、ガウルと続けて述べたところで、相手の身を隠していたコートの一部がはじけとんだ。完全に殺し切れなかった、ソウヤの紋章剣による衝撃の余波だ。

 破れた装束の下から騎士や剣士といった雰囲気とは異なる、緑を基調としたどこか高貴そうな衣装が覗いていた。その下に隠れているであろう体格はソウヤの事前の予想通り華奢で、年で言うなら間違い無く10代前半程度の少年であると予想するのは容易だった。

 

「顔までは暴けなかったか。まあいい。次で暴いてやる」

「いえ、それには及びません」

 

 続きを始めるために構えようとするソウヤだが、目の前の相手はそう述べていた。そして、顔の部分も含む、残っていたコートを全て脱ぎ、ついにその全貌を明らかにする。

 

「やっぱりー!」

 

 ふと、そんな声が客席の一部分から聞こえてきた。視線だけを移し、その発言主がベールであることをソウヤは確認してから、目の前の相手へと目を戻した。

 案の定まだ少年、それも美少年というのがこれほど合っている顔立ちも珍しいだろうといえるほどの、女性に間違われかねない可愛らしい素顔がそこにはあった。頭には麗らかな金の髪。そこから今しがた客席で声を上げたベールと同じ、ウサギのような立ち耳がピンと上へと立っている。

 

「ウサギ耳……ハルヴァー人か……?」

「そうです! この子は……」

 

 まさか今の独り言も聞きとがめていたのかと、ハルヴァー人の聴力にソウヤは一瞬肝を冷やしていた。が、それ以上の衝撃の事実が、ベールの口からもたらされる。

 

「私の祖国……(サンクト)ハルヴァー王国の第8王子。私にとって遠縁にも当たる、リーフ・ラング・ド・シャー・ハルヴァー王子です!」

「ハルヴァーの……王子だって!?」

 

 予想もしていなかったその身分に、普段滅多なことで動揺しないソウヤも平静を保っていられなかった。到底信じられないと目の前の少年を見つめるも、その相手は本当だと言わんばかりに実況ブースの方へと視線を移し、口を開いた。

 

「お久しぶりです、レオ様。以前は稽古をつけていただいたこともあったのですが、僕のことを覚えておいでですか?」

『リーフ……。ああ、思い出したぞ、王子よ。確かにワシがハルヴァーに赴いた際、話したこともあったな。懐かしいのう。以前より随分と逞しい姿になっておったから、すぐには気づかなかったぞ』

「しかも正体隠してましたからね……。レオ様に無用な手心や気苦労をかけないようにと思ってのことだったのですが、それはそれで無礼なことをしてしまって申し訳ありませんでした」

『よい。ワシは特に迷惑を被ったということはないからな。謝るとしたら目の前のソウヤに対して、かもしれんな。正体もわからないことを随分と嫌がっておったようじゃからの』

 

 そう言われ、リーフは今一時手を休めているソウヤの方へと見つめた。覆面越しではない、明らかとなった王子と視線と交錯し、どこか気まずそうに勇者は目を逸らす。

 

「……正体を知らなかったとはいえ、王子ともあろう方に随分な暴言を吐いたことは謝罪します」

「いえ、僕もお忍びの身ですし、余計な気遣いは無用ということで正体を隠していたのですから。こちらこそ勇者様に失礼なことをしてしまったとも思いますし、気になさらなくて結構です」

「ですがどうにも解せませんね」

「解せない? 何がです?」

 

 リーフとしては正体を明かし、相手からの謝罪も受け入れた以上、憂いは全て断ったつもりだったらしい。しかし釈然としない様子のソウヤの表情とその言葉に、首を傾げていた。

 

「王子であるあなたほどの身分の方となれば、こんな方法を取らなくてもレオ様と手を合わせる機会はあったはずでしょう。戦馬鹿という言葉がこれ以上無いほどに似合う方がレオ様だ。かつて稽古をつけた相手からの頼みとあれば二つ返事で了解をしかねない。なのに、あなたは素性を隠した上で今回の興行に参加するという面倒な手を取った。それがどうにも理解しかねまして」

「ああ、なるほど」

 

 軽い返答に、なおもソウヤの目が細められる。それを意に介した様子も無く、リーフは説明を続けた。

 

「そうですね、先ほども述べたとおり余計な手心をかけてもらわないように、というのがまずあります。あとは……ここで勝利できれば『お見合い』が検討される、ということも大きな要因を占めています」

 

 ピクリ、と自分の眉が意図せず動いたことを、ソウヤは意識せずにはいられなかった。

 

「では王子はレオ様とのお見合いを望まれている、というわけですか」

「はい」

 

 ハッキリとした返答だった。今度はソウヤから舌打ちが零れていた。

 

「……なるほどね。周りからは色々と言われてはいるものの、俺自身はレオ様と肩を並べられる存在足りうるか、常に自問自答はしてたわけです。相手が王子ともなれば、立場的にも俺より適格かもしれませんね。しかしまあ、初めて会った相手にこうもはっきり『てめえはふさわしくねえよ』と言われると……。イラッとはくるもんですね」

「え……?」

 

 らしくなく、ソウヤは怒りを露わにしていた。体から溢れる怒気を殺気へと変え、目の前の王子へとぶつける。

 

「あ、あの勇者様、何か勘違いされていませんか……?」

「勘違い? ……ああ、自分で言うのもなんですが、そもそも俺とレオ様の噂をお耳に入れてもいらっしゃらなかったか」

「いえ、それは聞いております。ここまで手を合わせていてさすがは勇者様だと感じています。レオ様が勇者と選んだ方は間違いなく本物で、先ほどの言葉に返すならば、おふたりは肩を並べ合うにふさわしい存在だと思っていますので」

「そこまで知っていて、なのにこの興行に参加して、お見合いを望んでいるわけですか?」

「はい」

 

 再度の明瞭な返事に、またも零れる舌打ち。

 

「……かわいい顔して皮肉はいっちょまえか。おまけにおねショタに加えて寝取り属性持ちとは、こいつは驚いた」

「お、おねしょ……なんですか?」

「いや、いい。些事だった。つまるところ、俺がここで勝てば全てが済むことだ」

「よくわかりませんが……。続きですね。やりましょう」

 

 リーフがそう答えて手に持つ剣を構えるより早く、ソウヤは地を蹴って一気に飛び込んでいた。それから力任せな一撃が振り下ろされる。

 

「くっ……!」

「そんなにレオ様と見合いがしたいかよ! ここで俺に赤っ恥をかかせて!」

「勇者様に恥をかかせる気はありません! ですが、僕はレオ様と2人でゆっくりとお話をしたい……『お見合い』をしたいというのは本心です!」

「それが俺に恥をかかせて、不適格の烙印を押させることに他ならないじゃねえか!」

 

 リーフの左手側からエクスマキナの横薙ぎ。それを剣で打ち払った瞬間、反対側から蹴りが飛んでくる。今度はリーフが右手でどうにか防御。勢いで間合いが少し離れたのを見計らって、防御した手を機械弓に伸ばしてソウヤへと放つ。

 だがソウヤも退かない。普段ならもっと冷静な対処をするであろうが、放たれた矢を剣の力技でもって弾き、さらに肉薄していた。

 

「うおおおおおおおおッ!」

 

 気合の声と共に大上段から叩きつけられるエクスマキナ。対するリーフは機械弓を手放して剣を両手持ちにし、華奢な腕の膂力を動員してどうにかそれを防ぐ。

 

『あーっと、勇者ソウヤ猛攻! 果敢に攻めていく! これは珍しい!』

『いや、果敢というより……。あやつ、完全に頭に血が上っているようじゃな……。らしくもない……』

『ああもはっきりお見合いしたいって言われりゃ、さすがのあいつもキレるだろ。……ってかなんかリーフとの話噛み合ってなかった気がするんだが』

 

 フランボワーズとレオとガウルの実況と解説を聞き流し、鬼気迫る勢いで攻撃を仕掛けつつ、ソウヤはリーフに対して叫ぶように問いかけていた。

 

「俺より自分の方がレオ様に相応しいと思っている、そうはっきり言えばいいだろ!」

「思っていません! 確かにレオ様を慕ってはいますが……レオ様に勇者様という心に決めた方がいるのであれば、妨げになる気はありません!」

「そう言ってるくせにお見合いはしたいってかよ! 本当はあの人のことが好きなんだろ!?」

「好き、って……。それは好きか嫌いかで問われれば間違いなく好きです! そう言う勇者様は違うのですか!?」

「んなもん好きに決まってるだろうが! そうじゃなくちゃここまで苛立ちもしなけりゃ追い詰められた思いをしたりもしねえ!」

 

 実況ブースのレオの眉が、僅かに動いた。

 

『あのー、レオ閣下……』

『……なんじゃ』

『ガウル殿下も先ほどおっしゃられましたが、どうも2人の話が食い違っているように感じますが……』

『……ワシもじゃ』

 

 それ以上に、大衆の面前で告白とも思えるソウヤの発言を聞いたのが、レオとしては不本意だった。が、必死な表情で鍔迫り合いの力比べをする今の彼に、その思いは全く届きそうに無い。

 

「僕はレオ様と2人でゆっくりとお話をしたいだけです!」

「愛してますから結婚してくださいってか!? 見合いの席で!」

「言いません! 勇者様は『お見合い』の場でそういうことを言うのですか!?」

「ああ言うね! もし俺があの人とお見合いとなったら、愛してますと俺の意思を伝えてやるよ! 常日頃から思っていても口に出せない言葉でも、はっきりと口にしてやる!」

 

 それは直接ではないとはいえ、明確な告白に違いなかった。「暗黙の了解」ということではっきりとした答えをはぐらかされ続けてきた聴衆達は、とうとう勇者の口から飛び出した発言に一気に湧き上がる。

 

『うわっ! あの野郎言いやがった! おいどうすんだよ姉……』

 

 その盛り上がったという意味では、ガウルの心も同様だった。予想に反してこの興行が面白い方に転がっていると心が沸き立つ。ここで姉をおだてて事を公にしてしまうのも悪くない。何より、姉が普段見せない顔を見せてくれるのではないかと、そんな悪戯心で持って、レオに声をかけようとしていた。

 だが、彼の言葉は尻すぼみとなって最後まで続けられなかった。視線を移した先、明らかに姉が憤怒しているとわかったからだ。額に青筋が浮かび、頬が引きつっている。こうなっている時は、可能なら半径数十メートルには寄りたくない。そうわかるほどの怒りのオーラが、体からにじみ出ていた。

 

『……ガウル』

『なっ、なんだ、姉上……?』

 

 思わず声が裏返る。からかおうとしたことで怒られるかもしれない。

 そう思ったガウルだが、予想に反し、レオはゆっくりと立ち上がっただけだった。しかし怒りを収めているわけではない。その矛先が自分には向いていないというだけだと気づいていた。

 

「ちと席を外す。恥知らずな馬鹿者共に、お灸を据える必要がありそうだからな」

『そ、そうか……。いってらっしゃい……』

 

 今のレオの発言はマイクに乗っていない。解説ブースにいるフランボワーズとガウル以外、誰もわからないだろう。

 いや、仮にスピーカーから響いていたとして、それをどれだけの人が聞いているかも怪しい。既に会場内の熱気は最高潮。同時に、舞台上で戦う2人――いや、ソウヤもまた、らしくなく感情を剥き出しにし、対するリーフは必死で受けている。聞こえもしないだろう。

 

「そこまでじゃ、貴様ら!」

 

 故にスピーカーを通さない、生のレオの声が聞こえたことに、ソウヤとリーフは思わず手を止め、驚いたように声の方へと目を移していた。歓声をあげていた観衆達も、別な意味で再度歓声を上げ始めている。

 

「れ、レオ様!?」

「なんでここに……?」

 

 防具こそ身につけていないが右手にはガレットの宝剣、グランヴェールを斧に変えて握り締め、レオは特設舞台の端に威厳すら纏わせて立っていた。が、その表情が見るからに機嫌を損ねているとわかる。

 

「ルール変更じゃ! 貴様ら2人、まとめてワシが相手をしてやる! かかってこい!」

 

 突然の事態に、当事者2人は状況をつかめないと戸惑う。が、見ている観客達はお構い無しだった。今しがた五分の戦いを演じた、ガレットの勇者と身分を隠していた王子。そんな2人と戦う、とレオが宣言したことで期待の歓声が上がる。

 

「ちょ、ちょっと待ってくださいレオ様! どういうつもりですか!?」

「そうです! まだ僕と勇者様の戦いは終わっては……」

「貴様らの恥知らずな会話を垂れ流しながらの戦いはもう十分じゃ! ソウヤはワシと2人きりのときに言うべき台詞を大衆の前で言いおって、リーフもそんなソウヤを相手に感情を煽るような発言をしおって! 貴様ら、大勢の人間が見ている興行の場と言うことを忘れてはおるまいな!?」

 

 両者とも同時に「いや、それは……」と弁解しようとする。が、レオは聞く耳を持たんとばかりにグランヴェールを横に薙ぎ、背後に紋章を浮かび上がらせた。

 

「問答無用! ソウヤが勝とうがリーフが勝とうが禍根を残すというのなら……この勝負、貴様ら両方ともまとめてワシが蹴散らして、今年もワシの目に適う者はいなかったということで終わりにしてやろう! 行くぞ! 獅子王、炎陣!」

 

 口にされた紋章術の名と、それが嘘でないことを証明するように空から降り注ぐ火球。ついさっきまで感情を剥き出しにして敵対していた2人は、もはや戦うつもりもなくなったらしい。それどころか、放たれる紋章術の威力と範囲を考えれば防御も回避も不可能と判断した。どうにかしてレオを説得するということで目的は一致し、いつの間にか2人の間では休戦協定が結ばれていた。

 

「今回は俺と戦わないって言ったでしょう! 約束破る気ですか!?」

「僕が勇者様を煽ったということがよくわかりません! 教えてください、レオ様!」

 

 懸命に訴えかける2人。しかし当のレオ本人は聞く耳持たずと、グランヴェールを高々と掲げ、必殺の紋章術の名を、最後まで口にした。

 

「大爆破ァ!」

 

 

 

 

 

(……で、結局俺も王子も仲良く吹っ飛ばされてノックアウト。ルール無視の乱入で幕を下ろしたけど面白いからよしという、いかにもフロニャルドらしい理由でまとまり、興行は終わった。その後、俺と王子はレオの奴に呼び出されて大目玉を食らったっけな……)

 

 記憶を呼び起こし終え、今ではレオの夫となっているソウヤは小さく笑いながらため息をこぼしていた。

 

 興行が終わった後、2人はレオに呼び出された。そこでそもそもの大元を探ったところ、リーフはお見合いを「結婚が前提」という認識はなく、あくまで「2人きりでゆっくり話し合うもの」程度の行いだと思っていたらしい。

 元々ソウヤがナーバスになる話題だったことに加えて、この致命的ともいえる勘違いと、噛み合わないがために逆上させてしまった会話。それが原因だとわかると、リーフはひたすら平謝りしたのだった。一方のソウヤもソウヤでらしくなく頭に血を上らせ、目上の相手に暴言を吐いてしまったことは反省し、謝罪していた。結果、ようやく2人の間の確執は解消されたのである。

 

(ま、誤解が解けたどころか、「あの興行で勘違いした挙句、両成敗されて吹っ飛ばされた者同士」ってんで、俺と王子はすっかり仲は良くなったわけだが……。困ったことに未だにあの話は笑い話としてたまに話題に上がるんだよな……)

 

 やれやれ、とソウヤはため息をこぼす。それに気づいたのだろう。当時同様中性的な顔立ちでありながらも、青年となったリーフは小さく笑い、心の中を読んだように口を開く。

 

「ソウヤさんもあの時の僕との事を思い出していたんですか?」

「話を振ってきたあなたのせいですよ。……まったく、あの後レオにこっぴどく怒られましたよ。大人気(おとなげ)ないだの、自分との関係を民にバラすなだの、愛の告白をしたいなら2人きりの時に直接言えだの。確かに言われたとおりだとは思いますけど、あの時は気が気じゃなかったってのに……」

「人の恋路を邪魔する気はない、とか言われておきながらお見合いをしたいなんてはっきり言い切られたら、それは皮肉だと思いますよね……。特にそういうのに敏感なソウヤさんなら、なおさらです。今の僕としては、とんでもない勘違いをしていたものだとわかります。ソウヤさんが怒るのも無理ありませんよ」

 

 再びソウヤから、今度は深いため息がこぼれた。もう彼自身、このことでリーフを責める気は毛頭ない。

 

「それは当時のあなたが余りに純朴だった、という他ならぬ証ですよ。……こうやって俺をからかうことなんて、まるでわからなかった、当人としては皮肉を言ってるつもりなど微塵もなかった少年の、ね」

「あはは……」

 

 リーフは笑うしかなかった。昔よりは随分と口が達者になったと自覚してはいるが、やはりこの手のやり合いでは元々分がある元勇者には叶わないらしい。

 

「……それで、その後レオ様にちゃんと愛の告白をなされたから、今ソウヤさんはレオ様と肩を並べられている、というわけですね」

 

 だが、この一発はソウヤにとって予想外で、かなりこたえたらしい。さっき愚痴るついでにうっかり口を滑らせたことをそのまま返されては、完敗と言うものだろう。

 

「……まったく、本当にあの純朴な少年がなんでこうも口が悪くなっちまったんだか」

 

 少し前に言ったことを再度口にしつつ、ソウヤは頭を抑えて天を仰いだ。

 しかし当時はかなりの敵意を持って剣を合わせたというのに、気づけばここまで腹を割って話せる関係になれたというのは嬉しくも思っていた。立場で言うなら、どこの馬の骨とも知れない召喚された勇者であった自分より、王子と言う身分のリーフの方がレオにはふさわしかったかもしれない。

 だがリーフはレオを慕ってこそいたものの、お見合い興行の時に述べたこと同様、恋路を邪魔することはなかった。そのことでも、ソウヤは深く感謝していた。

 

 と、その時。応接室の扉が開いた。腕にまだ小さな赤ん坊――レグルスを抱いたまま立っていたのは、過去の一件の時に2人をまとめてノックアウトしたレオンミシェリその人だった。

 

「すまなかったな、リーフ。ちとレグと一緒に散歩に出かけていたところでな。……なんじゃ、ソウヤと2人して。ワシを見て笑いおって。ワシの顔に何かついているか?」

「いえ。……よくよく考えると、あの場で全てを吹っ飛ばして終わりにしたと言うのは、今思うと随分とレオ様らしい発想だと思いまして……」

「おっと、王子も同じ事を考えていましたか。禍根を残さない、なんて言ってましたが、喧嘩両成敗という名目で紋章術をぶっ放すとは、実にこいつらしいやり方だと、俺も思いますよ」

「何の話じゃ? 2人だけでこそこそと。ワシにもわかるように説明せい」

 

 どこか不機嫌そうにレオがソウヤの隣に腰を降ろす。そんな2人――いや、2人の愛の結晶でもあるレグルスも入れた3人を見て、リーフは目尻を下げていた。

 

「王子と話してたら、ちょっとした昔話を思い出してたんだよ。俺とリーフ王子が出会うきっかけとなった、今じゃ笑い話にされるあれだ」

「笑い話……。ああ、あれか。……まったく、あの時のお前達と来たら……」

 

 そして楽しい昔話は、レオを交えて再開する。

 

 時を経ても変わらない友情と、ほんの少し恋にも似ていた、尊敬の気持ち。それらを抱いたまま、リーフは大切で愉快なこの時間を謳歌しようと思うのだった。

 

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