◇
翌日はソウヤにとってフロニャルドに来てから初めての落ち着いた日であった。
今日はどこに行くという話はなく、特に予定も言い渡されていない。朝食を取り終えたソウヤは自室に戻り、そのままベッドへと腰掛けた。それと同時にため息をこぼす。手持ち無沙汰になると、昨日からずっと頭の中に引っかかっているブリオッシュの言葉が余計に気にかかってしまっていた。
『2人ともわかっているからでござる。ソウヤ殿の考え方は間違っている、と』
(間違っている……か。たとえそうだとして、俺はどうすればいい……?)
答えの出ないとわかっている質問を自分に投げかけ、やはりわからない答えによって頭を悩ませる。いや、もしかしたら答えはもうなんとなくわかっているのかもしれない。エクレールに言われた通り変わればいいのかもしれない。
だが今更それが出来るだろうか。両親との死別からずっと心を閉ざし、頑なに人との接触を拒み続け、別れの痛みを受けないために出会いすら避けてきた、こんな自分が。
仮に出来たとして、それが「正しい」と言い切れるのだろうか。結局別れは訪れる。なら、それを超えるほどの出会いというものがあるのだろうか。
そう疑念を投げかけつつ、しかし心のどこかでそのことに対して僅かに希望を抱いてしまっているような自身の心を、ソウヤは無視し切れなかった。
弓道のインターハイで優勝した時も、武道で強い相手と対峙し打ち勝った時も、今ひとつ満たされなかった自分の心。その飢え乾いた心を満たしてくれるのは、ひょっとしたら未だ自分の知らない、変わることによって得られる感覚なのではないだろうか。
だがそこまで考えたところで命題は振り出しに戻る。「自分は今更変われるのだろうか」と。結局思考は堂々巡り、出口のない迷宮を延々と彷徨い続けるような錯覚にすら陥りそうになる。
やはり答えは出ない。ならこれ以上考えるのはやめよう、とソウヤは頭を悩ませることをやめることにする。そう決めると、考え事をせずに済むように荷物の中からファンタジー小説を1冊取り出して読み始めた。「サモン・ヒーローズ・オペラ」と名の付けられたその小説は、奇しくも召喚された勇者が異世界を救う、というどこか今の彼と似たようなストーリーの小説である。もう何度も読んでいたものだったが、お気に入りのためにバッグに入りっぱなしになっているものだった。だが一般的には受けなかったのか、巻数は全3巻までしかなく、荷物の中にはそれが全て入っている。
見慣れた書き出しから始まり、次第に意識が小説へと没頭していく。やはり余計なことは考えずに済むと安心しつつ、読み始めてしばらく経ったときにドアをノックする音が聞こえた。
「どうぞ」
しおりも挟まずに小説を閉じる。何度も読んだこともあって話の流れで大体のページがわかっているし、そもそも考えごとをしないで済むように読んでいただけだ。詳しい場所がわからなくても大して困らない。そうしたところで部屋の入り口から1人のメイドが入ってくる。
近衛メイド隊長のルージュ・ピエスモンテ。メイドでありながら時には武器を取って戦うこともある。
普段ソウヤの世話をしていたのはレオの側役を兼ねるビオレであったが、ビオレが手を離せない時や他の優先すべき用がある時等、時折ルージュもその役割を受け持つという話だった。
「失礼します勇者様。……本を読んでいらっしゃったのですか?」
「特に他にやることも見つからなかったから読んでただけです。もう何度も読んだものですし」
「そうでしたか。……もし勇者様がよろしければ、兵達の訓練に一緒に参加されてはいかがですか? 特にガウ様は勇者様と一度手合わせをしてみたいとおっしゃっていましたし……」
「……わかりました。レオ様からやることも特に言われてませんでしたし、参加させてください」
「かしこまりました。では訓練場に案内しますので着いてきてくださいませ」
本をバッグに戻したソウヤは立ち上がり、ルージュの後に続く。
城の中庭まで案内され、そこが兵士達の訓練場であった。兵士達の視線の先、その中央で少年と大柄な男が模擬戦を行っていた。
「ん……? ゴドウィン、ちょっと待て!」
「む……なんですかな?」
少年、すなわちガレット王子のガウルが自分の相手をしていた戦士団将軍のゴドウィンに中断を命ずる。兵士達も何事かとガウルの視線の先を追った。
「来たか勇者……あ、昨日から名前で呼ぶことになったんだっけか。……えーっとソウヤ、なんでも暇そうだって聞いたからな。よかったら相手でもしてくれねえか?」
右手に持っていた長剣を肩に担ぎながらガウルが言った。
「まあ昨日何言われたか知らねえし、お前自身色々あったってことはわかるが……。俺は頭いい方じゃないからよ、とりあえず体動かすってのはどうだ? その方が気も紛れるだろ」
「……うまいこと言って、実際のところは俺と戦ってみたいってのが本音でしょう?」
ニヤッとガウルが笑う。どうも否定する気はないらしい。なるほど、この王子は裏表のない性格のようだ、とソウヤは察する。
「わかってるじゃねえか。そういうことだ。どうだ?」
「やらせていただきます。実に面白そうだ」
部屋で悶々と頭を悩ませ、読み飽きたと言ってもいい小説を読むよりは、せっかくの異世界で暴れている方が楽しいだろう。そう考えつつ、ソウヤは手近にあった武器立てから剣を1本手に取り、重さを確認するために横に一度薙ぐ。
ゴドウィンが場所を開け、2人が近づいた。
「得物はそいつでいいか?」
「ええ。そう言う殿下は先日のように爪じゃなくていいんですか?」
「ありゃあ輝力武装だが、俺はどんな武器でも戦えるってことをモットーにしてるからな。これでも遅れを取る気はないぜ。……それから姉上のことを愛称で呼んでるなら、俺のこともガウでいい」
裏表のない性格に加え、人当たりも良いらしい。一見した時に王子らしくないと思っていたソウヤだが、心中でそれは撤回する。この少年にはおそらく人徳がある。相手を惹きつける、人の上に立つ者の魅力のようなものだろう。
自分と戦いたいのも本音だろう。だがそれを通して自分ともっと交流したいという面もあるに違いない。ソウヤはそう考え、同時に王子にそこまで気を遣わせていることになんだか申し訳なさも感じていた。なら、相手を尊重して申し出通りの名で呼ぶのが礼儀だろう。
「そうですか。ではこれからはガウ様と呼ばせていただきます。……ルールは?」
「紋章術はなし。それだけだ」
「では武器以外での攻撃もいいわけですね」
「体術か? いいぜ、俺も使わせてもらうけどな」
不敵に唇の端を一瞬緩め、ソウヤが剣を両手に持って正面に構える。
「……ダルキアンのときの構えはしないってか?」
「まずは様子を見させてもらいますよ」
「へっ、いいぜ。……それじゃ、行くぞ!」
ガウルが地を蹴り、2人の模擬戦が始まった。
◇
一方その頃、元老院との会議を終えたレオはため息をこぼしながらバナードとビオレを従え、自室へと歩いているところだった。
「ある程度予想はしていましたが……それ以上でしたね」
騎士団長バナードが話しかける。
「ひとまず勇者を召喚したことで高まっていた機運に応える形にはなりましたが、逆にそのことに対する期待が大きくなってしまった……」
「仕方ないじゃろうな。元々ガレットは戦好きな者達が多くおる。負ければそれを返上する勝利を、勝てばそれ以上の大勝を求める。……そしてソウヤは良くも悪くも活躍しすぎた」
「まさか自由騎士相手に勝ちを治めるというのは……正直言って私も予想していませんでした」
「ワシもじゃ。それなりに善戦、程度を想定していた。ダルキアンは物事をわきまえておる。なんだかんだと引き分け扱い程度にして退くと思っていたが……。あそこで勝ったのはかなり影響が出たな」
「元老院の方々もおっしゃっていましたが、勇者殿の活躍をさらに見たいという領民の声は多く挙がっています。勇者同士の戦いを希望する声もあります。……やはり、再度戦の機運かと」
ふむ、とレオは考え込むように間を置く。
「レオ様、戦の風潮はビスコッティ側でも高まっているようです。自国の自由騎士と1度勝利した勇者の再戦、あるいはやはり勇者同士の戦いを望む声は少なくないようです」
ビオレに補足され、レオは難しい表情を浮かべた。
「……閣下としてはあの勇者殿にご不安が?」
「……バナード、昨日の会食のことは聞いているな?」
「はい。しかし杞憂かと思いますが。過去の話から性格に少々癖があるのはわかりますが、閣下もダルキアン殿も釘を刺したのでしょう。ならば大丈夫かと」
「……だといいんじゃが」
レオは難しい表情を崩さない。
「レオ様、あまりお一人で考え込まないでください」
「そうは言うがな……。あやつを呼び出したのはワシじゃ。何か問題があれば、責任はワシにある」
思わずバナードとビオレが顔を見合わせ、真面目すぎる領主に対して苦笑する。
「……じゃが、同時に戦を通じてあやつの心が変わるかもしれんという期待も抱いておる。事実、戦っているときのあいつは楽しそうにも見えるからな」
「そうお考えになっているのはレオ様だけではないようですよ」
ビオレが足を止めて窓から外を眺め、レオとバナードもそれに倣う。
外ではガウルとソウヤが剣を取り、互いに手合わせをしているところだった。
「……ガウル」
「レオ様、ガウ様はガウ様なりにソウヤ様のことを気にかけていらっしゃるんだと思います。そしてそれはガウ様だけではなく他の方々も。……以前レオ様はおっしゃったではないですか。なんでも1人で背負い込みすぎていた、と。もう少し周りの方々を、そしてソウヤ様自身を信じられてはいかがでしょう」
自らの側役の助言にレオは考えた様子を見せる。
「……ビオレの言う通りかもしれんな。なんでもかんでも1人でなんとかしようとしてしまうのはワシの悪い癖のようじゃ。ここはひとつビオレの言うことを信じてみようかの」
再び窓の外へと目を移す。
ガウルと戦うソウヤの姿は、やはり自分が言った通り楽しんでいるようにレオの目に映った。
◇
ソウヤとガウルの攻防にそれを見つめていた兵士達は目を奪われていた。先ほどまでガウルと手合わせをしていたゴドウィンでさえ、瞬きを忘れるほどであった。
「お、おっちゃん……あの勇者、ホンマとんでもないんじゃ……」
「とんでもないどころではない……さすがあの自由騎士に勝利しただけのことはあるということか……」
目を離さず呟いたジョーヌにゴドウィンが答える。
その間も2人の攻防は続いている。
ガウルが剣による突きを繰り出せばソウヤも剣でその軌道を逸らし、
バランスを崩したかに見えたソウヤだったが、右手と右脚を地に着き、体を捻らせながら左足の蹴りでガウルの顔を狙う。アクロバティックに出された「シバータ」と呼ばれるカポエイラの蹴りに、上段からの攻撃を狙ったガウルは咄嗟に剣の柄の部分で攻撃をやり過ごすと間合いを取った。
「またかよ。お前、なんて姿勢から蹴り打ってくるんだ?」
「俺の習ってる格闘技の特徴ですからね。いや、厳密には本来は相手に当てないから格闘技、とは言い切れないですが。監視の目を盗んで格闘技の練習をしてると思われないようにするために、ダンスに似せたという話も聞くようなものです」
「へえ……。やっぱお前らの世界は面白そうだな」
「そうですかね、俺としてはこの世界の方が十分面白いと思いますが」
既にソウヤはブリオッシュと戦ったとき同様、剣を左手に持つ構えに変えていた。最初の構えで受けたのは数度、あとはこの構えに切り替えて先日同様に体術を織り交ぜながらの戦い方をしていた。
一方のガウルは剣を主体に攻撃してきたが、先ほどの足払いなど時折体術を見せてきていた。
「よっしゃ、もうちょっと続けるとするか」
「まだやるんですか? ガウ様も好きですね」
「このまま引き分け、ってのも盛り上がりに欠けるからな。どっちか決定打を一発入れたらそこで終わりにしようぜ」
「……言っておきますが俺は空気が読めない方なんで。相手が王子でプライドがどうのとか全く気にかけませんが、いいんですね?」
「勝つ気でいるのか? それは考える必要はないぜ。勝つのは……」
ガウルが駆ける。
「俺だッ!」
真っ直ぐ突っ込むと見せかけて重心を左へ。
ソウヤが右足で上段へ回し蹴りを放つがガウルがそれを掻い潜る。反撃の斬撃を出そうとした瞬間、ソウヤが体を浮かせて軸足にしていた左足で蹴りを撃つ。ガウルは剣の胴でそれを受け、数歩後ずさる。
開いた間合いを詰めながらガウルは横に剣を薙ぐが、今度は剣でソウヤがそれを受け、両者とも間合いを取った。
舌打ちをしつつ、再びガウルが飛び込む。今度は真っ直ぐ、左脚側から逆袈裟に剣を切り上げる。
だがソウヤが数歩後ろに退いたことで切っ先は空を切った。その隙を見逃さずにソウヤが突きを繰り出す。剣を振り下ろしてそれを叩き落しつつ、ガウルはもう1度間合いを取り直した。
「……ヘッ! やるじゃねえか」
言いながらガウルが笑みを浮かべる。だがその表情にはどこか焦りの色が滲んでいるようにも見えた。
「……ノワ、ベル、信じられるか? ガウ様は間違いなく本気や。なのにあいつはそんなガウ様と互角以上に戦っとる……」
ここまでの戦いを眺めていたジョーヌが傍らで同じように見つめるジェノワーズの2人に呟く。
「信じたくなくても、目の前で起こってることが全て」
「弓の技術もあれだけ高いのに……それ以外でもここまでだなんて……」
ジェノワーズが驚くのも無理はない。確かにガウルは強かったが、自分達やゴドウィンと戦うときはやはりどこか余裕を持っていることが多かった。
それが今はその余裕が全く感じられない。それどころか焦りすら見え始めていた。
その色を振り切るかのようにガウルが突っ込む。
と、これまで待ちに徹してきたソウヤも前へと出た。上段からの剣筋では間合いの内側に入り込まれる、と判断したガウルは上げかけた剣を斜めに振り下ろす。しかしソウヤはそれを剣で止めながらなおも前へ、ガウルの左の懐へと潜り込む。
「なっ……!?」
慌てて左の膝でソウヤの胴体を狙うガウル。
だがソウヤは右の拳をその膝に合わせて直撃を避けると、体を半回転させて左手で剣の柄の部分をガウルの後頭部目掛けて叩きつけようとする。
目の端でその動きを捉えたガウルは頭を沈み込ませて攻撃をやり過ごす。が、同時に腹部に鋭い衝撃を受けてそのまま数メートル吹き飛んだ。
「がはッ……!」
今の攻撃を放った勢いを殺さず、ソウヤが右の膝蹴りを中段に放ったのだ。
見ていた兵達がざわつく。今まで滅多に見ることのなかったガウルの背が地に着くという光景、それをたった今目の当たりにしたのだ。
「大丈夫ですかガウ様?」
クリーンヒットさせてしまった王子の身を案じてソウヤが声をかける。
「ああ、なんともねえ。……体のほうはな」
ガウルが立ち上がる。
「……だが心の方はダメージがでかいぜ。完膚なきまでに叩きのめされちまった」
「いいえ、紙一重でしたよ。今の中段蹴りを止められてたら危なかった」
「よく言うぜ……」
地に着いた背中と腰を手で叩き、汚れを落とす。
「やっぱお前は強いな。……その強さを見込んで頼みがあるんだが、次の戦が始まるまで俺やゴドウィンと一緒に兵達を鍛える役をやってはくれねえか?」
ガウルの申し出に再び兵達がざわついた。
「ガ、ガウ様! ウチらそいつみたいなそんな突拍子もない動き出来へんで?」
「そんなの俺だって出来るわけねえ。そういうことじゃなくてもこいつから学べることは多くあるだろ。例えば……ベール!」
「は、はい!?」
突然名前を呼ばれてベールは自慢のウサギ耳を思わずピンと立たせる。
「こいつは弓も得意だ。お前と一緒に弓部隊の訓練を見てもらうってのもいいだろ。逆に紋章術についてはお前らのほうが使ってる経験が長い……とはいっても、もうこいつも大分使いこなしてるようだが……。まあ教えられることは教えてやれば、互いにとって有益だろ?」
「えっと……それはそうですが……」
ベールが困ったように返事をする。本人の前で言ってはないとはいえ、一旦「怖い」と感じてしまった相手である以上、やはり若干抵抗がある。
「ソウヤさん本人はどうなんですか……?」
「あ、そういやお前の返答聞いてなかった。どうだ?」
ふう、とソウヤがため息をつく。
「……俺は教えるのは下手ですよ」
「だとしてもお前が強いのは事実だしな。まあ人に教えれば自分もその分うまくなるとか聞くし、やってみろよ」
一瞬無言でソウヤは考え込む。
今朝ずっと考えていた「変わる」ということ。いきなり大きな一歩は踏み出せないかもしれない。だがこの異世界で、小さな一歩を踏み出すのはいいかもしれない。ダメだとわかればその出した足を戻せばいいだけのことだ。そう考え、ソウヤは口を開いた。
「……わかりました。引き受けましょう。これ以上ガウ様の顔に泥を塗るようなことはしないほうがいいでしょうからね」
「おう、ちょっと待て! 『これ以上』ってのは聞き捨てならねえぞ!」
「……失言でしたね」
「ケッ! 1回勝ったぐらいでいい気になるなよ? 今の言葉はいつかそっくり返してやるからな。……まあともかく任せるぜ、勇者」
期待を込める意味でガウルがソウヤの肩をポンポンと叩く。思わずやれやれとソウヤは1つため息をついた。
◇
『……そして我等ガレットは再び勝利し、美酒を味合うことになるだろう! ここに、ガレット獅子団領国はビスコッティ共和国への宣戦を布告する! 戦の開催日は3日後、ビスコッティの返答を待つ!』
悠々堂々とした様子で高らか宣言した彼女のその雰囲気は、国営放送の人間からの「オッケーです」という言葉と共に消えた。
ソウヤがガウルから兵達の指導役を引き受けた翌日、レオはビスコッティに宣戦布告を行っていた。両国共に戦の風潮が高まり、加えて勇者と言う存在が期間限定であるということもそれに拍車をかけていた。
今国営放送を通じての宣戦布告を行ったところで、あとはビスコッティからの返事を待ち、了承された上でそれに応えれば3日後の戦は確定する。もっとも、ミルヒと仲のいいレオは昨日のうちにプライベートながら連絡を取っており、ほぼこうなることは確定済みのことではあった。
カメラが回っていないことを再度確認し、レオは国営放送の人間の後ろへと目を移す。肘掛に肘を置いて頬杖をつきながら、どこか不機嫌そうに口を開いた。
「……あまりじろじろ見るな」
「……失礼。領主なんてのはやっぱりめんどくさいものなんだなと思っただけですよ」
やや表情を緩めながら答えたのはソウヤだった。関係者以外は立ち入り禁止であったが、せっかくだからというガウルの計らいで側役のビオレと共にソウヤはこの場を見学させてもらっていた。
「戦は興業じゃ。こういう布告の仕方で領民の機運を盛り上げて戦へと向ける」
「わかってますよ。ガウ様から色々と言われました。戦い方に華がないといけないだとか、紋章砲は派手に使ってなんぼだとか。俺のような曲芸染みた戦い方は受ける、とかっても言われました」
「……あいつの言うことは極端じゃ」
「それは思いますね。でもショーとして見せるのであれば、ガウ様の言うことも一理あると思います」
話しながら、レオは少し安心していた。フィリアンノ城での会食の後はどうしたものかと頭を悩ませたが、ガウルと模擬戦をした後、兵達の指導に当たったせいもあるのか、まだ癖はあるものの角は若干取れてきていたと感じたからだ。だとすれば弟の行動には感謝をしないといけない。
そんなことを考えているとピンク色の髪をした少女の映像が浮かび上がる。
『フィリアンノ領主、ミルヒオーレ・フィリアンノ・ビスコッティです。ただいまのレオンミシェリ閣下の放送を拝見させていただきました。……さて、ただいまの宣戦布告に対してですが、我々ビスコッティはそれに対して受けて立ちたいと思います!』
レオは無言でミルヒの演説を聞く。
『先の戦では残念ながら敗北してしまいましたが、今度はそうはいきません! ガレットも勇者の召喚を成功させていますが、ビスコッティにだって素敵な勇者様がいます!』
「公共の場で惚気話か、さすがやり手の姫様ですね」
皮肉をこぼしたソウヤをレオが睨みつける。角が取れてきた、とはいえこの口の悪さと一言余計なのは一向に改善の余地は見られないらしい。
『敗戦でションボリなんてしてられません! ビスコッティの皆さんの力を、私に貸してください! そして共に勝利の喜びを分かち合いましょう! ……以上、ミルヒオーレ・フィリアンノ・ビスコッティでした』
映像として映し出されていたミルヒの姿が消える。
代わりにレオが厳しい表情へと変えて口を開いた。
『ビスコッティの英断に感謝する。……それでは3日後、互いに雌雄を決しようぞ!』
そこで放送は終わるが、既に気分の昂ぶった兵達は少なくないらしく、外から雄叫びのような声が聞こえてきた。
「ありがとうございました、閣下」
「うむ。そなた等もご苦労じゃった」
国営放送の人々に労いの言葉をかけるとレオは立ち上がり、そのまま急遽放送用に設えた応接室を出る。ビオレとソウヤもそれに続いた。
「宣戦布告ってのはいつもあんな感じに行われるんですか?」
「ああ。大抵は数日後を指定してその日から戦が始まる」
「戦は国を挙げての興業です。盛り上がる形にしなければなりません」
ビオレが補足する。
「その通りじゃ。まあそのせいで熱くなることもあるがの。例えば……戦に互いの国の宝剣を賭けよう、などという提案があったりな」
「そんなことがあったんですか?」
その時の状況を知らないソウヤの発言にビオレが思わず苦笑を浮かべた。
「あれは、レオ様が星詠みで見たミルヒ姫様の未来のビジョンを変えようとして行った苦肉の策ではありませんか。熱くなって、と言うことではないと思いますが」
「じゃが民が盛り上がったのは事実じゃ。……とはいえ、魔物の乱入で結局はなかったことになったがの」
「それってビオレさんが話してくれた戦場に魔物が現れたと言う話ですか?」
「そうじゃ。……あれは例外中の例外じゃったな」
思い出すようにレオが話す。
と、ソウヤが立ち止まった。廊下の分かれ道、右に行けば兵達の訓練場へと続いている。
「俺はここで。レオ様の放送の様子を見終わったら弓部隊を見てくれとガウ様に頼まれてますので」
「そうか。手腕に期待しとるぞ」
「あまり期待しない方がいいですよ。教えるのは下手ですから」
自嘲的にソウヤが軽く笑った。その様子を見たレオも表情を崩す。
「そう謙遜するな。戦の日取りも決まったことじゃし、兵達の士気も上がっとるだろう。任せたぞ」
「努力しますよ」
ソウヤが訓練場へと向かい、その後ろ姿をレオが見送る。心なしか、数日前に見送った背中よりも力強く彼女の目に映った。
「……やはり少し変わられましたね」
「ビオレもそう思うか?」
「はい。特に最初会ったときとフィリアンノ城から帰ってきた直後は……刃物のような、誰にも触れられたくないような感じがありました。ですが今はそれが少し和らいだような気がします」
「だとすればガウルには感謝せねばならないな。あいつが兵士達の指導役を任せたおかげじゃろう。……その調子で3日後の戦も、『勇者らしく』活躍してもらえれば何も言うことはないんじゃが……」
戦は3日後、しかしそれまでに戦の準備や関連した公務など仕事は多くある。まずは戦に向けて商工会への書類の確認作業のためにレオは自室へと足を進めた。