DOG DAYS DUAL-BRAVER   作:天木武

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第3部
Episode 1 若き傭兵


 

 

『なんだなんだ、何が起こったー!? 紋章砲が放たれたように見えましたが、とにかく鉄壁と思われた防衛線があっという間に見る影もなし! 総崩れだー! どうやら谷を使って隠密行動後、飛び出しての奇襲のようです! 本来の入り口ではない両脇が崖に阻まれる位置のはずですが、そこを飛び出して来た模様!』

 

 混乱する戦場(いくさば)を反映したかのように、実況もまだ正確な情報をつかめない。しかし聞こえてくるその放送に、奇襲を掛けた張本人はニヤリと獰猛な笑みをこぼした。今言われた通り、本来は切り立った崖でもって登ること自体が困難と思われる谷から飛び出し、敵陣営の右側は切り崩した。そのタイミングを見計らったかのように友軍が突撃を仕掛け、鉄壁と思われた守備を蹴散らしにかかっている。

 

『南オランジュのアランチア地方名物、一般参加の攻撃側と騎士団の守備側に分かれての、一般参加対騎士団による拠点攻防戦! 非常に盛り上がってまいりました! 毎回数では劣勢でありながらも鉄壁と謳われる守備側の騎士団を前に、一般参加側は拠点攻略に辿り着くどころか、その前の絶対的な防衛線にどうしても攻めあぐねて手をこまねいた挙句、苦し紛れの突撃で散るのが常でしたが、今回は違います! 既に防衛線の右側は壊滅状態、これは全体がやられてしまうのも時間の問題かー!?』

 

 その混迷の真っ只中、この切り崩しを行った張本人達2人がいた。一方は()の短髪にそこから生えた猫のような耳。年の程は15歳、と言ったところか。脚甲以外まともに防具をつけてもいない軽装スタイルのその少年は長剣(ブロードソード)で目前の騎士をだまに変えつつ、背後に振り返って叫ぶ。

 

「プロヴァンス、今度は逆側を潰しにかかるぞ! それで済し崩し的に勝負は決まりだ!」

「了解、殿下!」

「殿下はやめろって言ってんだろ!」

「こりゃ失礼!」

 

 もう一方、プロヴァンスと呼ばれた大柄な、しかし顔の様子からまだ先ほどの声の主とさほど年の変わらないであろう少年がそう答えた。クリーム色の長めの髪を後ろにひとつで纏めたこちらは、対照的に要所を固めるよう、重厚な鎧を着込んだ典型的重装スタイル。さらに手にした得物も大剣(バスタードソード)ということも相俟って、その存在感だけで圧倒的な威圧感を誇っていた。

 

「よし、レベル1で地面えぐって砂塵舞い上げろ! それに乗じて一気に向こうまで突っ切ってやる!」

「いいんですかい!?」

「混戦だ、バレやしねえよ!」

 

 プロヴァンスが笑みを浮かべ、地面に剣を突き立てながらその手の甲に紋章が浮かべた。黒によって重々しく表されながらも赤のアクセントが映える紋章。それを通して輝力を増大させ、「ぬぅおりゃぁああああ!」という気合の声と共に、指示された通りに一気に地面をえぐり上げた。数メートルにわたって大地に溝が生まれ、砂礫が辺りに降り注ぐ。

 

「行くぞ!」

 

 それを確認するより早く、指示を出した方の少年は脱兎のごとく駆け出した。混乱状態でさらに視界悪化したことにより、相手はまともに対抗策を打ち出せないでいる。

 

『おおっと防衛線の真っ只中、派手に砂埃が舞っているぞ!? 何が起こった!?』

 

 空から様子を窺っていた実況もこれに気づいたらしい。そのことをマイクに向かって叫んだ直後、しかし『……っと、少々お待ちください』と声のトーンを急に落とす。

 

『情報が入ってまいりました! 守備陣を切り崩す突撃を仕掛けたのはスフォリア・テッレ! ご存知の方もいるかもしれません、北オランジュの戦に飛び入り参加して鮮烈な戦いぶりを見せ、その後ここ南オランジュで行われた地方戦においても八面六臂(はちめんろっぴ)の活躍を見せた、若き流れの傭兵です! その彼がまたもやってくれました! 連れている相棒と共に守備陣を切り崩すつもりでしょう。砂埃で完全には確認出来ませんが、どうやら今度は残った左側へと突進していく模様!』

 

 そんな自身を紹介する実況を聞き流しつつ、スフォリアは敵の真っ只中を駆け続けていた。一発強烈な紋章砲を叩き込めばおそらく反対側もガタガタになるだろう。それを狙える攻撃ポイントまで辿り着き、仕掛けてきた近くの騎士に回し蹴りを叩き込んでだまに変えた後で、彼は気合の声を上げた。

 

「……ったく、やっぱレベル3を2連発は堪えるね」

 

 ボソッと呟き、彼は背後に鮮やかに紋章を輝かせた。彼の華やかな戦いぶりやお供のプロヴァンスの紋章とは対照的な、中央に銀の剣が1本描かれ、その周りは黒く塗られたただけの実に質素な菱形の紋章。だがこの質素さこそが「傭兵」であることを何よりも意味しているとスフォリアは考えている。

 そして生み出した輝力を気合の声と共に一気に放出した。横薙ぎに振るった剣を通して放たれた力がうねりを上げ、敵の騎士達を飲み込む。

 言ってしまえば輝力を撃ち出しただけの単純な紋章砲。しかしその威力は相当なものだ。放たれた一撃は多くの守備騎士を巻き込み、彼の思惑通りこれで陣形の左側も総崩れの状態へと陥った。

 

『ああーっと! スフォリアの紋章砲だー! かなりの威力の様子、これには騎士もひとたまりもありません! 数多くのだまが降り注ぐ中、悠然と立ち尽くす流れの傭兵、スフォリア・テッレ! 全軍突撃の足掛かりを作ったこの男、只者ではありません! この後に控える最後の砦の攻略戦、さらには今後この国においての戦でどれだけ活躍してくれるのかー!?』

 

 自分に向けられた賞賛とも取れる実況を、しかしスフォリアはどこか冷めた表情で聞き流していた。今言われたとおり既に周囲の敵は粗方自分の紋章砲で吹き飛ばした。あとは友軍の突撃をもってこの防衛線は完全に撃破、砦の攻略戦へと移行していくだろう。

 だが、スフォリアは手に持っていた剣を腰の鞘へと収めた。そして駆け寄ってきた足音の方を振り返り、プロヴァンスも無事健在であることを確認する。

 

「さすがですな。これで左も切り崩し完了。あとは友軍の突撃でここは決着がつく。……それで、俺達は一足先に砦攻略ですかい?」

「いや」

 

 プロヴァンスの意見を否定しつつ、スフォリアはいたずらっぽく笑みを浮かべた。

 

()()()()()

「は……?」

 

 一瞬意味が分からないと、プロヴァンスは首を傾げた。

 

「ここにも長居し過ぎた。そろそろ潮時だ。勝ちの舞台は整えてこれだけ盛り上げたんだ、十分だろう。あとは俺達がいなくてもどうとでもやると思うぜ」

「で、ですが……。今回の賞金諸々はいいんで? このまま行けば俺達はMVPでしょうが……」

「金は前までの2回分で十分稼がせてもらってる。MVPなんていらねえよ。むしろそれで独占インタビューなんざ、そんな必要以上に目立つことはこっちから願い下げだ」

 

 先ほどは疑問の声を上げたお供であったが、今度の言い分に対しては「……確かに、おっしゃるとおりだ」と肯定の意思を見せた。

 

「そうと決まりゃさっさとおさらばだ! さっきよじ登った谷んところにセルクルは置きっぱなしだ、来た時と同じルートで移動後、うまいことドロンといこうや!」

「了解!」

 

 まだ混戦が続く防衛線を、2人が横断していく。聴衆や実況、参加している人間達の目は既に次の砦の攻略戦へと移っている。彼らがこのまま戦場から逃亡(・・)しても誰も気づくものはいないだろう。

 その彼の予想は正しく、奇襲時の逆ルートで谷へと飛び込んでセルクルに乗っても誰も気づいた者はいない様子だった。それを証明するような実況が聞こえてくる。

 

『さあ、いよいよ防衛線が完全に破られた! 残るは砦の攻略戦、一般参加側の勝利が見えてきたかもしれません! 果たしてこの拠点攻防戦において攻撃側が勝利するのは一体いつ以来でしょうか!? その足掛かりを作ったスフォリアとそのお供の姿が見えませんが……。また何かを狙っているのでしょうか、ますます目が離せません!』

 

 苦笑をこぼし、確かに狙ってるは狙ってるな、とスフォリアは心中で1人呟いた。しかしその狙いは彼らの思っていることとは真逆だ。

 

「プロヴァンス、谷を抜けたら森に突っ込むぞ。そのまま今日中にこの国を抜ける」

「了解です。あとはこれまで通りほとぼりが冷めるまでのんびりと、次の目的地に向かうわけですね?」

「ああ。次の国でこの辺りはほとんど周ったことになるからな。その後どうするかは……ま、それから考えるか」

 

 戦はまだ熱を帯びているらしい。実況も同様だ。しかしもう彼らにとってこの戦場は興味の対象から外れていた。ひたすらにセルクルを走らせ、そして彼らはこの戦場から完全に姿を消す。

 

『砦陥落はもはや時間の問題だー! なんという予想外の展開、今回も守備の騎士側圧勝かと思われましたが、これは大番狂わせ! 今回のMVPはこの足掛かりを作った流れの傭兵、スフォリア・テッレにほぼ確定でしょう! しかし、攻略戦に彼の姿がないぞー! 一体どこに潜んで、何を考えているのかー!?』

 

 

 

 

 

「今日も馬鹿みてえにいい天気だよなあ」

 

 透き通るような青空の下。心地よい風が吹き抜ける。その風を感じた後、セルクルの上で1人の少年が空を見上げて伸びをしつつ、そう溢した。

 スフォリア・テッレその人である。結局、あの後南オランジュの戦は一般参加者で構成された攻撃側が勝った、と彼は風の噂で耳にしていた。同時にMVP候補が突如として姿を消した、ということも。

 

 彼は今、南オランジュからは離れ、国と国とを結ぶ街道をセルクルに乗って、お供のプロヴァンスと一緒に進んでいた。オランジュの一件からは、もはや2週間近く経過している。いい加減ほとぼりも冷めたころだろう、と彼は考えていた。

 

「そうですね。こういう日はまさに旅日和、といったところですかな、殿下」

 

 と、それを聞いたスフォリアが振り返る。その表情にはどこか不満げな様子が浮かんでいた。

 

「おい、殿下はやめろって言ってんだろ。……そういやこの間の戦の最中にも言いやがったな。いいか、俺は……」

「はいはい、わかってますよ、流れの傭兵スフォリア・テッレ殿。俺とあなたは各地を回って適当に戦に参加する傭兵同士、その関係でしかない。俺が敬語を使ってるのはあくまであなたが1つ年上だから。そう言いたいんでしょう?」

 

 プロヴァンスが小さく肩を揺らしながら返答する。これまでの長い付き合いで互いに相手のことはよくわかっている。だから彼はこう言ってスフォリアをからかえば面白いことを知っているし、同時に本気で怒ることもないと気づいていた。

 

「わかってんならそれでいいんだよ。いちいち俺をおちょくるな」

「おっと、常に一言多いあなたに言われるとは心外だ」

「うるせえ。お前だって人のこと言えなくなってきてるぞ?」

「だとしたらきっとあなたの影響でしょうな」

 

 そこまで言ったところでプロヴァンスは豪快に笑い声を上げた。体格に似つかわしいその声量はいかにも予想通りで、スフォリアは反射的に顔をしかめていた。

 別に嫌なわけではないし不快とも思わない。だが如何せん、やかましいのだ。人によっては「その豪快な笑いっぷりはこっちまで楽しくなる」などという人もいたが、四六時中こんなやかましいと気が滅入る時もある。どうやったらそれだけ物事をなんでも楽しめるように笑えるのか聞いてみたくなる時さえあった。

 

「……お前のその笑い方は完全に父親譲りだよな」

「まあ……。そうですな。否定しませんよ」

「ついでに図体のでかさもな」

「それを言い出すと……どうにも父方の血を受け継ぎ過ぎてる感は否めませんが。母方からどの辺を継いだんでしょうかね?」

「図体に合わず意外と几帳面なところだろ。……ああ、それも親父譲りだったか?」

 

 言い終えたところで声を噛み殺してスフォリアが笑う。これは彼の癖のひとつだ。相手を皮肉った時に出る癖。だから、それを見たプロヴァンスの方も言い返さずにはいられなかった。

 

「そう言うあなたのその笑い方も、父親譲りですな」

「おう、違いねえ。ついでに一言多いのもな」

「しかしあなたの場合は母方からの血も、はっきりとわかりますがね」

 

 だが、それを聞くと今度はスフォリアの表情が自嘲めいた笑みへと変わった。これも彼の癖だとプロヴァンスは知っている。この表情を浮かべるのは痛いところを突かれた時、あまり都合がよくない時だ。それに気づき、からかおうとはしたものの、言ってしまってからあまり触れない方がいい話題だったかと若干後悔の念を覚えていた。

 

「……すみません、失言でしたな」

「いや、気にしてねえよ。俺自身肝が据わってるとか言われるときは親父よりおふくろの血なんだろうなとは思うさ。ただ……こうやってぶらぶらとしてる俺が、誇り高き風格を身に纏うおふくろの血を継いでるのかと考えると、時折疑問に思ってみることもあるってだけだよ。……ま、その親父もおふくろも、最後はお前の好きにしろって俺のケツを引っぱたいてくれたから、こうやってるわけだけどな」

 

 そこまで話したところでこの話は終わりだ、と言いたげにスフォリアは手をひらひらと振る。それに応じて話題を変えるかとプロヴァンスが視線を前へと戻したところで――丁度目的地が見えてきたということに気づいた。

 

「スフォリア殿、前を」

「ああ、わかってる。……今回の目的地、ドラジェだな」

 

 ニヤッとスフォリアが獰猛な笑みを浮かべる。戦いの時に時折見かける、心から楽しんでいるとわかる表情。さながら、獲物を追い詰めた獅子を思わせるその雰囲気に、プロヴァンスはやはりこの人物についてきてよかったと心から思うのであった。

 

「今回も派手にやるんで?」

「当たり前だろ。受け売りだが、戦は派手にやってなんぼだ。そしてその上で勝つ。そうすりゃ金はがっぽりだ。国内戦に外様(とざま)として参加してんだ、派手に見せないとその国の人達を喜ばせることなんて出来ねえだろ?」

「おっしゃるとおりで。さすが、舞台を回すお方は言うことが違いますな」

「それは俺じゃねえだろ。そもそも俺はそこまでの器なのか怪しいもんだぜ? 15年前に歴史に残るとまで言われる大舞台を回した偉大なお方には到底及ばないかもしれない」

「まったく、そのお方の子であるというのに何をおっしゃいますことやら」

 

 そう言うとプロヴァンスは先ほど同様に豪快な笑い声を上げた。彼は確信している。自分が心から敬服するこのお方は、いずれきっとどんな大きなことでもやってのけてしまうのだと。

 

「……お前も親父やおふくろ同様に俺を買い被り過ぎじゃねえか? まあいい。ともかく、まずは目の前のことからだ。これまで外様で参加させてもらってきた時同様、ドラジェの国内戦もいっちょ派手に行くとするか!」

 

 スフォリアのその言葉にプロヴァンスが雄叫びを上げる。戦から戦へと渡り歩く、まだ若い2人の傭兵を乗せ、セルクルは街道を進んでいた。

 

 輝歴2931年水晶の月。春先の暖かいこの日も、フロニャルドの風は変わらず優しく吹き抜けるのだった。

 

 

 

 

 

 スフォリアとプロヴァンスは流れの傭兵だ。傭兵、とはいってもその実態は国から国へと渡り歩き、そこで行われる戦に参加して稼ぎを得る風来坊である。厚生が豊かなフロニャルドにおいてこういった存在は珍しく、大抵どこかの国に腰を据えれば、そこで十分暮らしていくことは可能だ。加えて、2人は戦においてその国の者ではない、いわゆる「外様」の一般参加者でありながら、本参加である騎士級の相手はおろか場合によっては隊長クラスまでも討ち取ることすらある、という程の実力者である。定住を申し出れば即騎士級になることぐらいは造作もないだろう。

 しかし2人はそのようなことを決してしようとしなかった。さらには、その国での戦に数度参加し、国民が2人の活躍を楽しみにする声が上がり始めると、それを嫌うかのようにそこを後にするのだった。場合によっては、南オランジュであったように戦の最中に姿を消す、ということまでして。それ故、気まぐれな「流れの傭兵」として2人の名は次第に広まるようになっていた。

 

 だから、スフォリアは今現在自分が置かれたこの状況を予想していなかったわけではない。とはいえ、あまりに急な展開に少々戸惑っているのも事実ではあった。

 

「……よかったんですか? いきなりこんな目立つような状況になっちまって」

「仕方ねえだろ。俺達の噂が段々と広まってるのはわかってたんだからよ」

「ですが……。外様の俺達を、この国で戦う様子を見たでも無しにいきなり直々に、ってのは……」

 

 その小声でのやりとりをしつつ、プロヴァンスの言い分はわかるとスフォリアは思っていた。

 今2人がいるのはドラジェ商工会に顔の利く、ソンブレロという権力者の屋敷である。今回2人が参加しようとしているドラジェでの戦の後援者、あるいはスポンサーとも言い換えられる。

 

 事の発端は、普段のように戦への参加の手続きを済ませようとした時だった。今回参加する予定の戦はドラジェ国内の東西戦。国内戦としてはかなり大規模である。

 別に東軍西軍、どちらの所属になろうと大した気にかけていなかった2人は、もっとも手近なところで受付を済ませるつもりでいた。そこでスフォリアと名を述べると、戦の受付をしていた担当者が少し待つように告げ、突然どこかに連絡を取り始めたのだ。それからややあって使いの女性が現れ、丁寧に挨拶と事情を説明された後、ここまで連れて来られたのである。

 断ろうと思えば出来ない雰囲気でもなかった。が、有力者でありさらには戦の後援者からの誘いを無下にしては今後この国での戦においての風当たりも悪くなりかねない。よって、スフォリアは素直に従うことにしていた。

 スフォリア達の前を歩く使者、あるいは使用人と護衛を兼ねたような女性から話を聞くに、どうやら2人の名は既にそこそこ広まっており、そのソンブレロという人物がこれまでの他国での戦いの様子を見てえらく気に入っているということであった。

 

「おふたりが戦に参加された映像は、ソンブレロ様と一緒に私も拝見しました。南オランジュでしたかね。たった2人で敵本陣へと奇襲、両翼を切り崩して揺さぶりをかけ、本隊突撃の足掛かりを作った。お見事としか言いようのない戦いぶりでした」

 

 後ろで交わされる小声での話を2人が不安からしているものだと感じたのだろう。前を歩く使いの女性は僅かに首を傾け、そう話しかけてくる。

 

「今回ソンブレロ様は東軍のメインスポンサーなんです。それで是非ともおふたりにご活躍いただき、戦を大いに盛り上げて勝利したいと大変意気込んでおられます。時折我が強いこともある人ですが……悪い方ではありませんよ」

「こんな風来坊に目をかけていただいているんです、出来るだけ泥を塗るようなことはないようにしたいと思いますよ。もっとも、ご期待に添えられるかどうかはまた別問題ですが。さっきの話も、『その後MVP候補が消えた』という続きが抜けてますしね」

 

 そう言って声を噛み殺して笑うスフォリアの隣で、プロヴァンスが苦笑を浮かべているのがわかった。また始まった、とか思っているらしい。もはやいつものことと、と化している彼はそんな相棒の苦い表情を見ても特になんとも思わないが、顔色を窺えない案内役の彼女はどんな表情をしているのだろうか。おそらく隣の相棒と同じような苦笑いだろう、と思うことにした。

 

「ソンブレロ様はこちらです。今はアドバイザー兼今回のゲスト解説としてお呼びしている方との会談中です」

「では自分達以外にも外様……外部からの呼び寄せた人間がいると?」

「はい。有名な方ですから、おふたりもご存知かと思われますよ」

 

 思わずスフォリアは隣のプロヴァンスと顔を見合わせた。相手も自分同様少々渋い顔をしているとわかり、肩をすくめる。

 案内された談話室の扉が開けられる。中で向かい合うように腰掛けていたのは2人。顎鬚を蓄え、恰幅が良く嫌味にならない程度に装飾品を身に纏った中年の男と、同じぐらいの年でありながら体格は対照的に細身でスラリと背の伸びた男であった。前者はこのドラジェの人々の特徴であるイタチのような耳から、2人を呼び寄せたソンブレロという人物であると推察できた。

 

「ソンブレロ様。スフォリア様とプロヴァンス様のおふたりをお連れいたしました」

「おお! 来てくださったか。いやいや前々から噂は耳にしていましてな。そろそろこの国に来るらしいという話を聞いたが、なんでも突然いなくなることもある気まぐれやだとか。そんなわけで来てくれないのではないかと少々心配だったのですよ」

「これからこちらの国で一稼ぎさせてもらおうと思っていた矢先でしたので、そのような野暮な真似は出来ませんよ。……それで自分達2人がここに来るって話は、そちらの方から聞いたんですかね?」

 

 スフォリアがもう1人の男の方へ視線を移しながらそう口を開いた。彼の視線の先にはこの国の人間とは異なる、豹のような耳を持つ男が微笑を浮かべながら2人を見つめている。

 

「ああ、紹介……するまでもなく知っているかもしれませんが。こちらは……」

「バナード・サブラージュ()将軍。ガレット切っての知将と有名で名は耳にしていましたよ。数年前に騎士団長と将軍の座を退いたと聞いていましたが……」

「若いのに随分とお詳しいのですね、スフォリア殿。自分ではそれほど名が知れているとは思っていませんでしたよ」

「何をおっしゃいますやら。自分のような若輩者でさえ耳にしたことがあるほどご高名ですよ。……お会いできて光栄です、はじめまして」

 

 微笑を崩さず、バナードは軽く顎を引いてそれに応えた。それで挨拶としたのだろう、次いでスフォリアはバナードの右手側にある長椅子に腰掛け、どこか緊張した面持ちで突っ立ったままのプロヴァンスを目で促して腰掛けさせる。

 

「それで、バナード元将軍も戦に参加するんで?」

「いや、私はあくまで相談役ですよ。それにゲスト解説も頼まれている。ソンブレロ氏に呼ばれたのは今回の戦をいかに盛り上げて勝利するか、それを助言させていただくためにお声をかけていただいただけのこと……」

「そうは言いますがな、バナード殿。なんでしたらゲスト解説などほっぽり出して参加していただいても結構ですぞ? 貴殿はガレットの勇猛な将軍であった方、登場していただければきっと聴衆も盛り上がることでしょう」

 

 ソンブレロからの提案にバナードは一瞬困ったような表情を浮かべた。東軍側の要望でゲスト解説として呼ばれたわけだが、ついでに知恵を貸してほしい、ということで話を受けていた。戦場に立つつもりはないという様子だ。

 

「自分はここドラジェにおいては外様ですので……」

「それを言い出すと自分達も流れの存在ですから、外様ですけどね」

 

 しかし続けて重ねられたスフォリアのこの台詞には、彼も肩をすくめるしかなかった。なかなか痛いところを突く。

 

「私のような年寄りがいつまでも戦場に残るより、あなた方のような若い者達が戦を盛り上げるべきでしょう。だから私は今回裏方に徹するつもりですよ」

 

 鼻からひとつ息を吐き、今度はスフォリアが肩をすくめた。降参、ということだろう。

 

「……失礼ですが、お二方は本当に今日が初対面で?」

 

 そのやり取りを見ていたソンブレロがここで口を挟んできた。予期しなかった質問にスフォリアとバナードが一度顔を見合わせる。

 

「なぜ、そう思われたので?」

「いえ、互いのやり口を知っているような、探り合うやり取りのように思えましたので」

「さっき『はじめまして』と述べた通りですよ」

「私の悪い癖でしてね。軽口を叩き合えるような、しかもまだ若いのにそういった心得のある人を見るとついこういう具合で話してしまうのです」

「ははあ……」

 

 蓄えた顎鬚をいじりつつドラジェの権力者は一応納得したような声を上げた。ともかく、初対面であるとすれば、それにもかかわらずこれだけの会話を交わせるこの助っ人はかなり頭も切れる、ということだと彼は思うことにした。

 

「まあ、戦まではまだしばらくありますからな。スフォリア殿もプロヴァンス殿も長旅の後でありましょう。戦についての話はまた明日ということで。この館の中におふたりの宿泊場所を用意させていただいたので、くつろいでくだされ」

 

 その言葉に、これまでポーカーフェイスか、あるいは微笑を貼り付けていたスフォリアの表情がここで一瞬崩れた。

 

「……ありがたいお話ですが、自分達は流れの身です。あまりご迷惑をかけるわけにもいきませんし、適当に宿屋を取りますので」

「何をおっしゃる! 私が招いた客人にそのような真似をしたとあってはこちらが困ることになってしまいます。お荷物の方は既に部屋に運ばせましたので」

「ソンブレロ氏のおっしゃるとおりです。お若いのに謙遜を知っていらっしゃるという心には感心ですが、時には相手側の提案に素直に応じた方がよろしいこともあるということですよ」

 

 年上の2人に畳み掛けられては、これ以上スフォリアに反論の余地はなかった。やれやれとため息をこぼし、了承の意図を示す。

 

「……わかりました。ではお言葉に甘えさせていただきます」

「それはよかった。ではすぐ案内を……」

「いえ、部屋はわかってますし私の部屋の近くですので、その役は引き受けますよ」

 

 使用人に案内をさせようと思ったのだろう。ソンブレロは人を呼ぼうとしたが、意外なことにそれを止めたのはバナードであった。

 

「バナード殿? しかし、客人に案内をさせては……」

「どの道私もこの顔合わせが終われば部屋に戻るところでしたし、気になさらないでください。それに、若き傭兵殿にあまり大っぴらにせず少々個人的に尋ねたいこともありますので」

 

 どこか不承不承、という様子ではあったがソンブレロはそのバナードの申し出を了解した。戦場にほとんど立ったことのないソンブレロにはわからないような話か、あるいは各国を流れている2人だから、他国の現状の確認か。いずれにせよ詮索しなくてもいいだろうと思ったのだった。

 

「いえ、バナード元将軍のお手を煩わせるのも申し訳がありません。部屋さえ教えていただければプロヴァンスと2人で行けますよ」

「そうはいかないでしょう。迷われては大変だ。……それにお話したいことがある、とも申したが?」

 

 再びため息をこぼし、観念したようにスフォリアは立ち上がった。やや遅れてプロヴァンスも同様の行動を取る。

 

「……わかりました。案内、お願いしますよ」

「承知しました」

「ではごゆっくり休んでくだされ。何かありましたら、その辺りを歩いている使用人に声をかけていただければ」

 

 ソンブレロに対して感謝の意を表し、スフォリア達は部屋を後にした。

 

 談話室から3人が出て、宿泊用に用意された部屋を目指して歩き始める。だが、少し離れたところ、周囲にひと気のない廊下。そこで不意にバナードが小さく吹き出した。

 

「……何笑ってんだよ?」

 

 先ほどまでの口調と一転、そう話しかけたのはスフォリアだった。彼はバナードに対しての敬語をやめ、()()()で話しかけたのだ。だが、バナードはまったく気にする様子もなく、さらにはこちらは敬語をやめることなく答える。

 

「申し訳ありません。ずっと我慢していたものでして……」

「はん、ひっでえ文字通りの茶番だったけどな。俺も役者が板についてきた、とか言いたいのかよ。……つーか変装って程でもないがそれなりに誤魔化してたのに、やっぱ即バレか」

「それはあなた様をよく知っていますからね。()()()()()を変えたぐらいでは、一般の人々は気づかなくても私達のような者はすぐに気づきますよ。それに、お供を隠す気が全くない」

「こいつは下手に芝居打つと余計に怪しいからな。偽名すら使わせるのもボロを出しそうで危ういぐらいだ。だから普通にさせたんだよ。まだ名も広まってなかっただろうしな」

 

 自分の横を歩くお供を親指で指しつつ、スフォリアはつまらなそうに述べた。だが指差された本人であるプロヴァンスは特に反応するでもなく、身を固くしている。

 

「……で、俺を案内する口実に使った話したいことって何だ? いつ国に戻るのか、か? それともこの馬鹿げてると思われているであろう旅の功績はどうか、か? あるいは……おふくろ辺りに何か言われたか?」

 

 明らかに棘を隠そうとしない物言いだった。バナードは失笑を返してそうではないという否定の意思を表す。

 

「私はその辺りのことにとやかく口を挟むつもりはありませんよ。ご両親も特に何もおっしゃっていません。確かにさっきのは今あなた様がおっしゃったとおり口実に過ぎません。ですが、むしろそちらから私に聞きたいことは、あるのではないですか?」

「ああ、あるね。ここにお前がいるのは偶然じゃねえだろ?」

「いえ、それ自体は偶然です」

「それ自体は、ねえ……。その言い方だと俺達がこの国に来るのは計算済み、ってか?」

「各地を回るルートから見て、次はここだとは思っていました。ですので、戦の時になって私の存在を知り動揺なされるよりは、早いうちにコンタクトを取ったほうがよろしいかと思いまして。それにこちらの戦力となればアドバイザーも兼ねてある私としても助かりますし」

「その言い分はどこまで信用できたもんだか。しかし知将と名の知れた元将軍様には俺達の行動なんざ筒抜けか。さすが親父が互いに一目置き合う存在と言うだけあるってわけだ」

 

 そう言って声を噛み殺して笑うスフォリアを見て、部屋を出てからというもの、どうも苦笑以外の表情が出来ないとバナードは思っていた。ペースを握られている、というわけではないが、よほど()に似たのだろう。口は非常に達者だ。バナード自身、その父と話しているような錯覚さえ覚えるほどであった。

 

「ともかく、私はお目付け役でもなんでもありませんが、せっかくですので呼ばれたこちらの戦力として迎えようと思ったわけです。ですので、ここにいる間はあなたを『若き流れの傭兵、スフォリア・テッレ』として接することにさせてもらいますよ」

「当然そうしてくれ。そうじゃなきゃわざわざ名を偽って、さらには髪の色やら紋章(・・)やらまで誤魔化してるのが全部無意味になる」

 

 ここでようやくバナードに苦笑ではない、微笑が生まれた。次いでその視線を2人の少し後ろを歩くプロヴァンスの方へ向ける。

 

「話は聞いていたかい? ずっと黙りこくったままだけど、プロヴァンスもそれでいいね?」

「は、はっ。バナード元将軍がそうおっしゃるのであれば……」

「そんな固くならなくていい。別に君の()()()は小言をこぼすようなことはしていないよ」

「こいつは融通利かねえから仕方ねえ。部屋入ってお前の顔見た時とかあからさまに動揺してたし、バレんじゃねえかとひやひやだった」

「違いないですね。私達が顔見知りではないかと見抜いたソンブレロ氏は、あれでいてなかなか鋭いカンをしているようですので」

「お前が馴れ馴れしく話すからだろ」

「先に話を進めたのはそちらと記憶していますが?」

 

 うるせーよ、とこぼして「スフォリア」が苦いものの混じった自嘲的な笑みを浮かべる。丁度そこでバナードは足を止めた。2人の部屋へと着いたのだ。

 

「こちらが部屋になるようです。ヴァンネット城ほどの広さではありませんが……」

「こちとら流浪の間、街の宿屋に散々世話になってる身だ。今更気にもしねえよ」

「そうでしたね。では、ごゆっくりなさってください。……殿下のことは、あとは君にお任せするよ、プロヴァンス・()()()()()百騎長」

「念を押すな。こいつは今までよく尽くしてくれてる。心配いらねえよ」

 

 緊張した面持ちで何かを返そうとするプロヴァンスより先にそう言い残し、「流れの傭兵」を自称する少年は部屋へと入っていく。それを見送り、頭をひとつ下げてドアを閉めつつバナードは口を開いた。

 

「それでは失礼いたします、スフォリア・テッレ殿。……いえ」

 

 その先が予想できたのだろう。改まって言い直すとしたら、次に口から出てくるのは自身の本名。そう考えつつ、「スフォリア・テッレ」は足を止めて振り返り、面白くなさそうに視線をバナードの元へと向けた。

 

「……レグルス・ガレット・デ・ロワ殿下」

 

 




スフォリアテッレ……イタリアの焼き菓子。スフォリアテッラとも。
プロヴァンス……フランスの地方名。姓のドリュールがフランス語のお菓子用語なので、そこからの連想。
ソンブレロ……テキーラの銘柄。原作も後期にはお酒関係が用いられたのでそこにあやかる形で。
アランチア……イタリア語でオレンジの意味。なお、オランジュはフランス語でオレンジにあたる。

本文中に書かれている通り、舞台は輝歴2931年水晶の月(4月)です。原作1期は輝歴2911年珊瑚の月(3月)から水晶の月にかけて、原作2期及び本作1部は同年紅玉の月(7月)付近、本作2部は輝歴2916年真珠の月(6月)付近の話となっています。
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